※この作品はR-18です。

トキヨジセツ~第一部・愛した人はヴァンパイア~   作:氷ユリ

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9 問題発生

 

 この日の帰りは、母のお迎えを断って新堂先生の車で送ってもらう事にした。

 クラスメイト達には先生から、体育で頭を打ったので念のため、という言い訳を周知済み。まあ、そんな言い訳は今や必要ないだろうけど?

 

 

「明日から、今週いっぱい留守にする」運転しながら、先生が話を始めた。

「え……どこか行くんですか?」留守と聞いて、あからさまにガッカリしてしまう。

「ああ。この先、晴天が続くらしいからね」そう言って外に目を向ける。

 

 今日はどんよりのお天気だけど。ヴァンパイアだから、晴れの時は外に出られないのか……。

 

「今ユイが、何を考えたかなら分かるよ」どこか楽しそうに先生が言う。

「太陽の光に当たったら、灰になるとか思ってるんだろ?」と続ける。

「当たり!だって定番のヴァンパイアはそうでしょ?昼間は棺桶で寝てるって」

 私の答えに、さもおかしそうに笑っている。こんな顔は、どこから見ても人間なんだけどなぁ。

 

「ねえ。違うの?」

「今は昼だが、俺は棺桶で寝てないぞ?」

「それはまあ、確かに。でもほら、曇ってるし?」

「そもそも、我々は眠らない」

「眠らない?いいな~。なら、悪夢を見る事もない訳だ」

 

 私の答えがあまりに意表を突いたのか、途端に人間離れした表情になる。でもモンスターではなく、彫刻の方ね。

 

「おまえと話していると退屈しないよ!」先生は目を細めて私を見た。

 穏やかな、見守られているような気分になる。

「そういえば、ミサコさんが言ってたな。眠れてないって?今もか?」

「時々ね。悪夢にうなされて。時々よ」

「それでも、睡眠は大事だ。酷いようなら薬を出すから言いなさい」

 大袈裟だと思ったけれど、先生があまりに真剣な顔で言うから断れない。

「ありがとうございます。じゃ、その時は是非」

 

 これ以上心配させないように、私は話題を変えた。

 

「でもいいの?今週はもう学校に来ないなんて。まだ月曜よ?」

「もともと本業は町の外科医だ。他所からもお呼びがかかれば出向く。空いた時間でいいからと、頼まれて行ってるだけなんで問題はない」

「そっかぁ。あの学校には、保健の先生っていうのは元からいないの?」

 先生は頷いただけでコメントはない。

 

 もしかして、自分が医務室を占領するために手に掛けたとか……!大抵保健の先生って、若くて可愛らしい女の人だったりするし?

 そんなシーンを想像してしまう。

 

「何だ?」

「っ!え?べ……別に」今私が考えている事が、この人に読めなくて良かった。

 先生は、もうずっと人を殺めていないと言っていた。

 これは単なる私の妄想だ。

「いもしない女に嫉妬か?言っただろ。俺の気を引いているのは朝霧ユイ、おまえだけだと」

「んなっ!何のことですか?」

 嫉妬?その保健の先生に?あなたが餌食にしたかもしれない女に?意味わかんない!って、何で私の考えてる事が分かったの?

 

 私の混乱をよそに、先生は自信たっぷりの顔で笑っている。それもなぜか嬉しそうに。

 

「気を引いてるだなんて!それ、何度言われてもイマイチ信用できないんですけど」

 ああ、そうか。「それって、私の血が特殊なヤツだからでしょ。きっといい香りするのよ」

 虫にもよく刺されるし?大勢集まっていても、なぜか私だけ刺されたりする。

 先生の殺人疑惑も忘れてこんな結論に達し、一人満足する。

 

「そうかもしれない。だが、それだけじゃない」

 またも先生は、前を見ずに私だけを見ている。

 

 これでも安全運転ができているのは、周囲の人間の心が見えるからなんだ。安全確認の必要がないなんて、便利ね~。

 思わず私は声に出して笑っていた。

 

「何がおかしい?今、笑うところじゃないと思うが」

「ああ、ごめんなさい。別の事考えてた。ほら、どうして先生が前も見ないで運転できるのかって。そのウラが分かっちゃったから」

 先生は肩を竦めてようやく視線を前方に向ける。

「今頃か?おまえにしては遅かったな!」

 

 この反応にほっとする。「良かった。また彫刻になられたら、どうしようって思ってたの」

「彫刻か!なるほどな」彼は鼻で笑って言った。「かなり上手いこと人間を演じていると、自分では思ってるんだが……なかなか難しいものだな。ご指摘感謝するよ」

「どういたしまして」

 

 不思議だ。私は今、人間じゃない存在とこんなにも楽しい時間を過ごしている。それもキハラに禁じられた行為を。

 でも、この人が危険な存在じゃないなら?きっとキハラも考えを変えてくれるに違いない。

 まだこの人が完全に危険じゃないと、断言はできないけれど。

 

「ねえ?新堂先生は、太陽に当たるとどうなるの?」好奇心いっぱいに尋ねる。

「どうもならない。ただ、目立ちすぎるので出られないだけだ」

 今だって十分に目立っている。人間離れした美しさや、優雅な身のこなしによって。

 それなのに、もっと目立つって言うの?

「それってどんな?見てみたい!」

 

 ワクワクしながら先生を見ると、彼の表情は何の感情も映していなかった。

 

「おまえはもう少し、警戒心というものを持った方がいい」ふいに声を低めて、とても重要な警告だとでも言うように語る。

「なぜ?」負けずに尋ねる。

「あまり俺を惑わせるな。どこまで踏み込んでも問題ないか、判断し兼ねているんだ」

「問題?大丈夫よ、新堂先生なら。私は怖くないもの」

「そうじゃない!俺だって、過ちを犯すかもしれないんだぞ?」

「そんな事ない」

「なぜ言い切れる?」

「だってこの町の人達、先生のこと神様みたいに崇めてるのよ。もし何かあったら、それこそ大事件になってここにいられなくなる。そんな事くらい先生はちゃんと弁えてる。するはずない」

 

 どう答えるべきか考えあぐねているという感じで、彼は黙り込んだ。

 

 やがてポツリと言った。「それを覆す程の魅力が、自分にあるって事を忘れるな」

「そんな事を思ってるのは、世界中で先生だけよ!」

 私にそんな魅力があるなら、キハラはとっくに私のものになってるでしょ。フンだ!

「何だよ、急に不機嫌になって。何を考えてるんだ?」怒らせるような事は言っていないぞ、と先生は首を傾げている。

 

 女心なんて、何百年生きても男には分からないって事ね。

 大きなため息を、聞こえよがしについてみた。

 

 そんな先生が気を利かせてか、こんな提案をしてきた。

「週末、どこかへ出かけないか?気晴らしにもなる」

「どこかって?それって二人でって事よね」

「ああ。すでにこうして、二人きりで行動している時間も増えた。問題はないだろう」

「あるわ。先生が安全確認の達人って事は分かったけど、スピード違反は大いに問題!」

 これを聞いて、先生が声を上げて笑った。

「これは面白い!俺を怖がる理由はいくらでもあるのに、俺の運転を心配してる訳か!」

 

 呆れて首を振って、次の瞬間には真剣な顔になる。

「行くなら、俺と一日過ごす事、ミサコさんにはちゃんと言っておけ」

 この言葉には何か、別の意味が込められている気がした。

 

 そんな事を話したら、また私に天罰が下るじゃない!だって神様を独り占めするって事でしょ?

 

「それはそうと、どこへ行くの?スピード狂のドライブには、あんまり付き合いたくないんですけど!」なんていうのはウソだけど。

「天気が良さそうだから、俺は一目を避けないとならない」

 だから学校にも来ないんだった。留守にすると言っていた事を思い出した。

「なら、町中は無理ね。あ……でもそうすると、私も会わない方がいいんじゃ?」

 当たり前の事にふと気づく。

 

「話の流れ的に、誘ってるおまえを置いて俺一人で行くのは変じゃないか?」

「そうだけど!」一目を避けるって、私も見ちゃいけないのかと思うじゃない?

「まあ……ユイさえ良ければの話だが」やや戸惑った様子で確認してくる。

 いいに決まってる!「先生の秘密、余すところなく暴くつもりだから」

「お手柔らかに頼むよ」こう返した先生だけど、とても嬉しそうだ。

 

「でもミサコさんには、きちんと話しておいてくれ」

 またその話?「それがそんなに重要?」

「ああ重要だ。ユイを無事に連れて帰らねばと、自分に言い聞かせるためにな」

 先生と出かけて私が行方不明になったら、真っ先に自分が疑われる。疑惑の目は簡単には消せない。この小さな町ではたちまち噂が立つ。

 そうなればここには住めなくなる。それは先生にとっても絶対に避けたい事。

 

 自分を戒めて必死で踏み止まっているのか。私は本当に危険なのかもしれない。

 

 ふいに、前方に目を凝らして(珍しく前方に気を取られて!)先生が呟いた。

「面倒だな……」手はハンドルの上で固まっている。

「どうしたの?」

 先生の瞳には、動揺の色がはっきりと浮かんでいる。これから何か起こるの?

 私は不安になって無意識に身構えた。

 

「思ったよりも早かったな。もう少し時間がほしかった。問題発生だよ」

「問題?」

「ああ。遠出はしばらく延期……いや。中止になるかもしれない」

「何で?!」そんなぁ!

 

 ほんの一瞬だけ私を見て、すぐに視線を反らす。その目は相変わらず前方を睨みつけている。

 日が暮れかかるどんより薄暗い前方に、私も目を凝らす。ヘッドライトの明かりが点っている辺りを。

 そこには、見覚えのある白い車が停まっていた。

 

「あ、あれって、キハラじゃない?」私は思わずその名を口に出していた。

 続いて先生が言う。「ミサコさんもすぐ近くまで来てるよ」

「送ってくれてありがと。それじゃ、先生またね!」

 気もそぞろになって、急いで車から飛び降りドアを閉める。

 

 この時はただただ、やっとキハラに会えたという喜びだけ。先生と二人きりでドライブしていた罪悪感なんて、すっかり頭にない。

 こんな私の後ろ姿を、どこか悲しげに見つめる新堂先生に、私が気づくはずもなく。そしてキハラと彼の視線が激しくぶつかっている事にも、もちろん気づかなかった。

 

 

 白い車の元へ走って近づくと、愛しの師匠が車から降りて来た。

 

「キハラ!どうして何も言わずにいなくなるのよ!とってもとっても心配したのよ?」

「申し訳ありません、ユイお嬢さん。緊急の要件で、どうしても行かねばならず」

「それって婚約者さんでしょ?何があったか教えてくれるよね」

「……なぜそれを?」

「あ、それは……」

 

 新堂先生から聞いたなんて言えない。

 でも、もうバレてるよね。だって今も一緒にいたところを見られてるし。

 

 答えに困っていると、キハラが言った。「やはり忠告は無意味でしたね」

「あのねキハラ!新堂先生の事だけど!」

「とにかく、もう暗くなります。部屋に入りましょう」

 キハラは私の話を遮って、アパートの方へ私を促した。

 

「ユイ、お帰りなさい。あらキハラ。あなたもいたの」先生の予言通り母も現れた。

「お母さんも今帰ったの?」

「ええ。お夕飯これからなら、良かったらキハラも食べて行って」

「恐れ入ります」

 

 律儀に姿勢を正して深々と頭を下げるキハラを、チラリと見ただけで母は部屋へと入ってしまう。

 

 まあ、夕ご飯を一緒に食べられるなら、文句は言えないか。

「ほら行こ!キハラ!」いつまでも頭を下げたままのキハラの腕を掴んで引っ張った。

 こうなったら、新堂先生の良さをお母さんにもアピールしてもらおう。

 キハラを何とかして説得しなきゃ。

 

 

 こうして始まった夕食タイムは、もちろん和やかなムードとは行かない。

 

「ユイ。また新堂先生に送ってもらったの。ダメよ?先生は忙しいんだから」

「そうです、ユイお嬢さん。これからは自分がお迎えに上がります」

 何よ、どうしてそう来るの?二人して!

「違うの。今日学校でね、体育の時、頭から落ちちゃってさ。それで先生は心配してくれて、念のためって……」これは墓穴を掘った。

「まあ!ケガしたの?どうなの、大丈夫なの!」母が騒ぎ出す。

「してない!どこも何ともない!念のためって言ったでしょ」

 

 何とか母を宥めても、すぐに次の急襲がやってくる。「ユイお嬢さん。今日の授業は何だったのです?」

 キハラの鋭い目線に思わず俯く。「体操。跳馬を少々……?」囁きに近い声で答える。

「さては、余計な事を考えていましたね」

 図星だ。さすがは私の師匠。でも今は嬉しくない!「スイマセン……」

 鋭さをさらに増した視線が私に突き刺さる。久々の感覚に胸が疼く私って、ヘン?

 

 けれど、すぐにその視線は外された。

 あれ?何だか呆気ないな。どうしたのかな。逆に不安になって、今度は私がキハラを覗き見た。

 キハラは静かに食事を進めていた。

 

 拍子抜けして自分も箸を進める。

「お母さんの料理は最高だわ!この煮物なんか絶品!ねえキハラ?」

「ええ。本当に。自分までご馳走になって恐縮です」

「いいのよ。遠慮せずに召し上がれ」

 

 ようやく雰囲気が落ち着いてきた。

 ここぞとばかりに話を切り出す。

 

「今日新堂先生ね、なかなか学校に来なくて。隣町の患者さんの手術してたんだって。本当に忙しいんだよね、あの人」

「そうよ。とっても優秀だから、時には外国にも行くみたいよ」

「ホント?!スゴーイ!」大袈裟なくらいに驚いてみせる。

「ありがたいわ。そんなお医者様がこの町にいてくれて」

「そうそう!ありがたい、ありがたい!」

 

 チラリとキハラを見てみる。全く話題に乗ろうとしない。

 ならばこっちから聞いてやるんだから。「ねえキハラ。そう思わない?」

「そうですね」

 

 何?その返事は。ヴァンパイアだってもっと感情豊かに答えるわよ!

 母を使って新堂先生の良さを伝える作戦は、どうやら失敗に終わったようだ。

 

 

「ご馳走様でした。それでは自分はこれで。また明日伺います」

「ご苦労様。よろしくね」

「ねえ、キハラ!話があるんだけど」

「ユイ。明日にしなさい。キハラもさっき着いたばかりで疲れてるんだから」

 

 いいえお母さん、この人は全然疲れてはいないと思いますが!こう反論したかったけれどやめた。それは、キハラが目で従えと訴えているのが分かったから。

 私は唇を真一文字に結んで静かに頷いた。

 

 新堂先生が言っていた問題発生というのは、キハラが戻って来る事だった。これからどうなるんだろう。こんな不安が頭から離れない。

 確かにこれじゃ、遠出デートは中止かも……。

 

 

 

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