崩壊した世界で水着ジャンヌに弟にされるだけの話 作:アルテマ
思ったより早く書けたので投稿します。
それと今回はQ&Aコーナーはお休みです。次回はR-18回になります。
ジャガーマンと天草四郎。 そしてその向かいに現れた、天草たちの介抱している少年の姉を名乗るサーヴァント、ジャンヌ・ダルク。
突如としてこの場に現れたジャンヌ・ダルクに対し、天草とジャガーマンの間で流れていた緩やかな空気は一気に引き締められ、警戒心が一気に闖入者たるジャンヌ・ダルクの方へと向けられた。
彼女は厳密には違う存在とは言え、元が同じとなった英雄の
基本的に彼女は愛する弟以外には当たり障りない対応をし、恐らくは彼女の中で決まっているであろうボーダーラインを越えて誰かと関係を深めようとはしない。 それはジャガーマンと天草でも例外ではなかった。
しかしジャガーマンはともかく、天草には遠い世界での聖杯戦争の記憶からか、ジャンヌ・ダルクに対して陰悪でこそないが、あまり良い感情を持っていない。 そのため天草は
しかし、こちらの世界で出会った目の前のジャンヌ・ダルクを名乗る少女は、天草に対して苦手や嫌悪といった感情を少しも向けることはせず、ジャガーマンたちと同様の態度で接しているのである。
カルデアの時と同様の対応の仕方を心がけようとしていただけに、その時の天草は自身の知る聖女と比較した際の違和感に少々面食らってしまっていた。
そして天草は多少なりとも因縁のある人物からそんな対応をされて『まあこう言うこともあるのだろう』などと楽観視するような人間ではない。 自身の感じ取った違和感を信じ、誰にも露見しないよう静かに警戒していた。
そして、何故今こんなことを説明しているのかと言えば、答えは簡単である。
(……ある程度予測していたとはいえ、本当にこの場に現れるとは……。
それに、我々に突き立てるようにして向けている、鋭く重い殺気……やはり、この少年の前では
今彼らの目の前に立っている少女の纏う雰囲気が、いつもの柔らかなものと比べて冷たいのだ。 どこか刺々しいとすら感じられるその空気を放つ彼女の表情は俯いていて読むことが出来ない。
しかし肌で感じられるプレッシャーから、天草は迂闊に動けずにいた。 彼女が今のような状態となっている原因については心当たりはあるものの、言葉は慎重に選ばなければならないために、表情にこそ出てはいないが多少緊張している。
戦士としては凡才である天草がそんな直感を感じ取っているのだ。 自他共に野生育ちであることを認めるジャガーマンも、そんな空気をヒシヒシと感じ取って───
「おおう! 丁度いいところにジャンヌちゃんもとい、姉を名乗る不審者が!
お願いお姉ちゃん! スキンシップをガチ拒否されたも同然で傷心中のおねーさんを慰めてぇぇえええ!!」
……感じ取れてなかった。 いや、あるいは感じ取ってて尚こんな行動にでたのだろうか。
ともあれ、ウソ泣きであることが実に分かりやすいことを宣いながら、一直線にジャンヌの元へと駆けていくジャガーマン。
重苦しいプレッシャーを放っていた彼女もそれに面を食らったか、それとも呆れたのか、そこの真相は分からないが、少なくともこの場の空気が幾らか緩んだのは確かだった。
流石は空気を読めないのではなく、敢えて読まないことを自称しているだけのことはある。 おかげで周辺に漂っていた空気が台無しである。 勿論、これは良い意味で、である。
しかしそんなデリカシーをどこかに放り捨ててしまった者には、それが良い結果を残してであっても、相応の罰が下るのは共通なのである。
「Please comfort me! どうか私に癒しぉおおおおおおおおブベらッ!!?」
妙にネイティブな発音の英語とともにジャガーマンの口から出た叫び声は、真下より抉りこむように飛び出してきたイルカにより中断されてしまった。
「ウボォァァァアアアアアアアアアアアア!!?
あ、これ死んd」
哀れジャガーマンは顎にクリーンヒットしたその一撃により空中へと投げ出され、珍妙な叫び声をあげながら放物線の軌跡を描き、やがて地面へと頭から着地した。
上半身までどっぷりと地面に突き刺さっているジャガーマンのそのさまは正に犬〇家の一族ならぬジャガ村家の一族のソレである。
「弟くんっ!!」
そのイルカを放った張本人であるジャンヌと言えば、ぶっ飛ばしたジャガーマンのことになど目もくれず、一直線に天草の介抱している少年の方へと駆けていく。
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られるように、姉の弟への愛情表現を邪魔するジャガーはイルカにぶっ飛ばされるのである。 残当。
(なるほど。 彼のお迎えでしたか。
……いえ、それも目的の1つではあるでしょうが、恐らくはもう1つ……)
ジャンヌ同様にジャガーマンを見なかったふりをした天草は思案しつつ、駆け寄ってきたジャンヌへと少年を引き渡す。
目を閉じたままの少年を、ジャンヌは天草からほぼひったくるようにして少年を受け取ると、抱き寄せて気付けするように軽く頬を叩く。 時々愛おしむように撫でているのはご愛敬である。
「ああ弟くん、大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「この少年でしたら問題ありませんよ。 既に負傷を治療を施しましたから。
今は気絶して眠ったままですが、直に目を覚ますでしょう」
必死に呼びかけるジャンヌを安心させるように天草は言うと、ジャンヌは少年の負傷した部位であるわき腹に手を当てる。
魔術礼装の破けた場所から見える少年の体に、既に傷と言えるものは跡すら残っていない。 破けた魔術礼装に関しても、修復は容易にできるものであった。
「よかった……。
大きな負傷もなく、黒鍵によって刻まれた軽傷も塞がれていたことに安堵したジャンヌは、顔を上げて天草へとごく自然に敬称で名を呼び礼を告げた。
そこに先ほどまで放っていた重苦しい殺気はなく、それどころか少し口角を上げて微笑みを浮かべていた。 社交辞令としての無難な笑みではあるが、因縁の相手に笑顔を向けていたのだ。
別世界でのサーヴァントとしてのジャンヌ・ダルクと敵対したことのある記録を知っている天草にとって、この対応は凄まじい違和感であった。
「いえ、こちらとしては彼に無理を言っている立場ですし、これくらいは当然ですよ」
向けられた笑みに警戒度が上がっていくばかりの天草ではあったが、それを表面化するようなヘマはしない。 彼は戦う者としては凡才かもしれないが、策謀家としては一流の域にいるのだ。
そんな天草の警戒に気づいている様子は見せていないジャンヌは言葉を続ける。
「この後はもう訓練はありませんよね?
それでしたら、弟くんはもう連れて帰ってしまってもよいですよね?」
「構いませんよ。
元々訓練終了後に貴方を呼ぶように、ギルくんから言われていましたから」
丁寧な物言いでありつつも、断ることなど前提にしていない強制力を伴ったジャンヌのその言葉に対し、同じような笑みを浮かべて対応する天草。
お互いに笑みを浮かべて表面上は穏やかかつ和やかな雰囲気ではあるが、その裏では何を考えているのかは全く分からない。 第三者がこの場にいれば、その表の裏での齟齬を少なからず感じられるような光景だった。
「そうでしたか。 それでしたら遠慮なく。
弟くんはこちらで看病しますから、後始末等はお任せしてもよろしいですか?」
「ええ、お任せください。
今日は訓練の初日ですし、酷く疲労しているでしょうから、十分に休息を取らせてあげてください。
それと、明日もまた訓練があることを彼にお伝えしていただけますか?」
「分かりました。 それでは私たちはこれで失礼しますね」
そんな表面上は穏やかなやり取りを終え、踵を返すジャンヌ。 天草は何事もなくジャンヌが去っていくことに、杞憂だったかと内心で安堵して彼女を見送りつつ、未だに地面でもがいているジャガーマンの方へと歩み寄るが
「あ、そうでした。 これを渡すのを忘れていました」
思い出したかのようにその場で立ち止まり、いつの間にか現れた傍らにいるイルカに少年を預けるジャンヌ。 同時にそのイルカから何かを受け取ると、振り返って天草の方へと再び歩み寄る。
声を掛けられた天草が視線を向けた先のジャンヌの手に握られたものは、天草が良く知っている、と言うよりは彼自身の所持品であった。
「ここに来る途中で拾ったのですけど、この黒鍵は貴方のものですよね?
どうぞ、お返しします」
恐らくはここに来る道中で、訓練中に用いて流れ弾としてどこかへと落ちていたのを拾ったであろうその黒鍵をジャンヌは天草に直接手渡すように掲げ、天草もまたそれに礼を述べて受け取ろうとしたのだが
「これはご丁寧に、ありがとうございま───」
そこで空気が一変したのを、天草は明確に感じ取る。
その異変に対して体が動く前に、次いで突如襲ってきた風切り音が天草の礼を述べる口を中断させた。
すぐ耳元でその風切り音と、首筋に何か冷たいものが当たる感覚を受けた天草が横目で見たものは、直前まで目にしていた自身の黒鍵そのものだった。
「……これはどういうことでしょうか?
私が何か、貴方に非礼にあたることをしましたか?」
どこか恍けたように、本当に何故こんなことをされているのかが分からないように、黒鍵を首に添えられ、再び噴き出した濃密な殺意に晒されながらも冷静に告げる天草。
こうなることを天草には想像がついていたのかは彼自身にしか分からないが、下手人は先ほどまでの和やかな雰囲気とは打って変わった、冷たい返答が投げ返された。
「ええ、その通りですよ。
確かに、訓練の必要性と私へのメリットについては事前にギルくんから聞いていました。
弟くんに必要なことであると、私自身も納得はしていました。 ショーでの演技は勿論、自衛のために弟くんが力をつけることには賛成です。
ですが……ただの訓練で、それも初めから実戦形式にする必要がどこにありましたか? ましてや、こんな黒鍵なんて実戦で使用するような武器を使う必要がどこにあったのですか?
いったいどうして、弟くんを傷つける必要があったのですか?
───答えなさい、
底冷えするほどに冷徹で、殺意がこれでもかと込められたようなその言葉を述べる彼女は、先ほどまでの雰囲気とは勿論のこと、普段の彼女とはかけ離れたものだった。
光の失せた瞳を向け、黒鍵の刃先を天草の首筋手前で構えている彼女の表情はひたすら虚無であり、それでいて凄まじい激情を孕んでいた。
1つ言葉を間違えれば、黒鍵が容赦なく振るわれることは想像に難くない。 それが1番よく分かっているのが殺意を目と鼻の先の距離で向けられている天草だ。
こう言った場面では相手を刺激せぬように言葉を選び、場合によっては誤魔化すことも必要になってくるだろう。 策謀を練ることに長けている天草にその程度の事は児戯に等しい。
しかし黒鍵を向けられて尚、焦ったような表情を一切出さない天草が口にしたのは、少年には話していない真の目的だった。
「……今回の訓練ですが、実戦形式にしたのと、私とジャガーマンが木剣のような訓練ようの装備ではなく、実戦で使用する武器を持ちだしたのは、現状で彼に不足しているものを鍛え上げるのに最も適していたためです」
「なんですか、その不足しているものとは」
「戦闘時間を維持する集中力。 更に突き詰めて言えば、痛覚に対する耐性です」
本人が懸念していた通り、これまで戦闘とは無縁の国、人生を送ってきた一般人であることを考えれば致し方のないことではあるが、少年には戦闘時における痛覚の耐性がほぼ皆無と言っていい。 これは戦闘行為をする上では致命的な隙を晒してしまう可能性が高い。
何せ戦闘において痛覚は余程の特殊な例がない限りは絶対に避けられない感覚だ。 敵からの攻撃における負傷は勿論のこと、罠や毒、果ては自身への過剰強化による代償など、枚挙にいとまがない。
そんな避けようのない痛覚に振り回されて集中力が乱れてしまえば、必然的に攻撃も防御も疎かになり、総合的な戦闘能力はガタ落ちとなってしまう。
故に痛みに慣れさせることが、少年へと課す訓練の目的の1つでもあるのだ。 これは少年自身も自覚がある弱点であるため、後に本人に聞かせても訓練のないように疑問はあっても賛同はしてくれるだろう。
最も、この場で納得させなければいけないのは少年ではなく、その少年の姉を名乗る彼女であるのだが……
「……」
「貴方の懸念については分かります。 ここで伏せてもすぐに発覚しますでしょうし、貴方への不義理になりますので事前に通達させていただきます。
今後も私たちは今日行ったものと同一の訓練を彼に課します。 当然こちらも最大限彼へ配慮し、ましてや事故など起こしませんし、起こさせません。
ですが、彼が今日負った以上の負傷をしないと保障はできません。 ……いえ、断言しますが確実に今日よりも深い傷を負うことになるでしょう……っ!」
絶対零度の視線を向けられたままであろうと、全く構わずに淡々と説明を続けていた天草の顔が小さく歪む。
首筋に添えられていただけの黒鍵の刃が皮膚を切り裂き、エーテルで構成された肉体から血が流れ出す。 流れ出す血の流れ道を作っている黒鍵を震える手で握っているジャンヌはますます瞳に暗い色を宿し、纏う殺気も一段と濃くなっていく。
「違いますよ。 私が聞きたいのはそんなことではないんです。
そもそも
いいですか、もう一度言いますよ。
どうして、私の弟くんが、そんな傷を負ってまで、こんな訓練をしなくてはならないのです?
弟くんは私が守るのですから、戦う必要なんてこれっぽちもないんですよ。
……この訓練がただ弟くんを苦しませるだけの行為でしかないと言うのなら、私は……」
その先の言葉を彼女が紡ぐことはなかったが、首筋の黒鍵が更に天草の首筋に深く刺し込まれていくのを身も以て体感している天草には続く言葉が何かよく分かっていた。
よく分かっているからこそ、天草は目の前で殺意を自身へと向けている彼女を見ていられなかった。
確かにサーヴァントであるならば、現界の楔となっているマスターを守ることになるのは当然の帰結であり、それが好いているものであるなら猶更だ。 彼女の主張は本人の思惑はどうあれ筋は通っている。
だがこうまで弟と慕っている少年のために、彼が知っている
故に天草は1つ深呼吸をし、現時点で彼女に最も効くであろう言葉を突き付ける。
「……その少年の為でもあり、貴方のためでもあります」
「くどいですよ。 最低限の自衛のためだとか、そんなのはここに来る前に散々───」
「突き詰めて言えば、
「───」
パリン、と空気が音を立てて割れたようだった。 次いで黒鍵を持つ彼女の小さく息を呑む音。
辺りにヘドロのように蠢いていた殺気はピタリと停止し、殺気を放っていた彼女の目は分かりやすく目を見開いていた。
動揺を全く以て隠せないジャンヌに、黒鍵に首を浅く切られ血を流し続けるも微動だにしない天草。 2者は互いににらみ合った状態のまま、時は過ぎ去っていく。
1分だったか、あるいは10分、もしかしたらもっと長い時間そのままにらみ合っていたのかは分からないが、最初に動いたのは天草の首に突き立てていた黒鍵を引いたジャンヌだった。
「……分かりました。
訓練に関しても、訓練後に弟くんにそちらでも治療を施してくれるのであれば、余程酷い負傷でない限りは目を瞑りましょう。
ですが、今回の件のけじめはつけさせていただきます。
そこを動かないでください」
「ええ、いつでもどうぞ」
両手を広げて構えた天草に対し、ジャンヌは1度は下げた黒鍵で天草のわき腹を黒鍵で突いた。
身に纏う修道服は切り裂かれ、先ほど首筋に突き立てられた時とは比にならない程の出血が地面へとまき散らされるも、天草は身じろぎ1つせず、表情を苦痛に歪めることもなく立っていた。
黒鍵を突き立てたジャンヌはそれを投げ捨て、間髪入れずに治癒の魔術を天草へと施すジャンヌ。
翳した片手が暖かな光を放ち、天草へと向けられる。 すると翳されていない患部である首筋の部分も含め、たちどころに天草の負傷は塞がっていた。
「これで今回は手打ちとします。
再度警告しますが、弟くんに必要以上の怪我を負わせた場合、この訓練の中止は勿論のこと、貴方たちには然るべき罰を与えますのでご容赦を。
では、私たちはこれで」
治療を終えると、もう話すこともないとばかりに早口でそう捲し立てた彼女は、イルカに預けていた少年をお姫様抱っこで抱えてその場を一瞬で立ち去った。
比喩表現抜きで、彼女たちは天草が瞬きをしたその間で、最初からいなかったかのように消え去っていた。
「ッ……」
2人が立ち去ったのを確かに見た天草は、そこまで鉄面皮と言える程の堅く固まっていた表情が僅かに解いた。
首筋に手を添えて立ち尽くしている彼のその表情からは苦渋が見て取れた。
同時に、彼女たちが立ち去ったのを見計らってかどうかは不明だが、身動きの取れない状態から自力で復帰したジャガーマンが天草の方へと歩み寄り、その天草の様子を怪訝に思い声を掛けた。
「あー、酷い目にあった……。 かなりクリアに冥界が見えたような気がするニャ……。
でも向こう側で手を振っていたのが冥界の赤い天使な女神じゃなくて、サンバスタイルのルチャドールな女神だったのはなんでなのかニャー?
……あれ、傷は治療されてたのになんか眉間に皺寄せてどうしたのコトミネさん?」
「いえ、少々複雑なだけですよ。
ジャンヌ・ダルクと言う聖女と天草四郎時貞と言う男とでは、目指すべき理想の違いから敵対することが殆どと言えるのですが、彼女とはそう言った対立はなさそうなので」
荒事が苦手と公言し、是が非でも叶えたい願望がある彼にしてみれば、その願望を叶える上で障害となる人物が敵対するつもりがないのなら、それは良いものである筈だ。
だが天草の最後の言葉の声音には失望の色こそなかったものの、どこか悲し気でやるせないような、そんな思いが込められていた。