プロローグ
その日、ナザリック地下大墳墓はちょっとした騒ぎになった。
アインズが介入した帝国と王国の戦争が終わり、魔導国建国にあたって慌ただしかったのは確かだ。しかし、その程度で平常心を無くす下僕はナザリックにいない。全く別の要因である。
あろうことか、アルベドが人間を飼い始めたと報告したのだ。
アルベドが、である。
多種多様な異形種を抱えるナザリックのシモベたちは人を下等な種として蔑視しており、アルベドはその筆頭と言って過言ではない。
そのアルベドが人間を飼い始めたと言うのだから、アインズは元よりその場に居合わせた面々の驚きは相当なものであった。
アインズが聞いたところによると、セバスのように保護したのではなく、シャルティアのように玩具としてでもなく、食用である。出来心でつまみ食いしたところ意外に美味しかったので飼う事にしたが些事であると思われ書面ではなく口頭で報告したとのこと。
納得する一同。
しかしアインズがアルベドの種族を思い出すと同時に不可視の閃光が迸る。
アルベドの種族はサキュバスである。サキュバスと言えば、触手モンスター・オーク・エロフを凌駕するエロモンスターである。
そんなサキュバスの食事と言えばあれがあれしてナニをするのかと再度の感情抑制。
アルベドはギルドメンバーであるタブラ・スマラグディナが創造したNPCであり、アインズにしてみれば娘同然。その娘がいつの間にか知らない内に男をこしらえてあれをナニするとはお父さんは絶対に許しませんよ連れてきなさい!
果たして連れて来られたのは思った通りに男であった。しかも人外の美を誇るナザリックの面々をして「へぇ」と感心させる輝かしい美男であった。
その顔で娘を誑かしたのか絶対に許さんこのリア獣め!
「いいえ、私は自分を美しいと思ったことは一度もありません」
人間の男は物怖じせずに答えた。
ここでアルベドが補足した。
初めて見た時は右目を除いて顔面が醜く焼き爛れ、とてもではないが見れた顔かたちではなかった。ポーションで古傷は治るのものかと試したらこのような顔貌であった。
「幼少期に煮えた油で顔を焼かれました。適切な治療を受けられなかったため、以来十余年断続的に続く苦痛と共にありました。元は王国民に多い金髪でしたが、顔が焼けた痛みのショックで色が抜け落ちたようです。左目は長く塞がっておりました。ポーションで回復して頂き開くようになりましたが、血の色が浮かんだようで赤く染まっております。以前は右と同じように青い目でありました」
人の不幸話に同情する者はナザリックに余りいない。但しこの場にはカルマが善であるセバスとユリ・アルファがいる。セバスが保護した外部の人間であり現在はメイド見習いであるツアレは自身の過去を思い出してか顔を青くした。
人としての感性を僅かながらも持ち続けるアインズも同情しなくはなかったがそれはそれ。大切な娘を任せられるかどうかは別問題である。
食事とはどのようにするのか、エントマのように噛り付くのか、シャルティアのように血を啜るのか。感情を悟らせない骨の顔でなければ盛大に引きつっていたと思われた。
それでは御前にて失礼を、と言ってアルベドが実演した。
ナイフとフォーク以外持ったことがないような華奢な腕を持ち上げ、白魚の如き指を男へ向けて開く。魔力とは違う何かが男からアルベドへ流れていき、男は白い顔を青く、アルベドは満足そうに微笑む。アインズが魔法で男の生命力を調べるとぐんぐん減っている。
アルベドの説明によると、種族特性により生命の素を直に吸収できるらしい。
魔法やスキルのほとんどを把握しているアインズであっても、ゲームであったユグドラシルではフレーバーテキストに過ぎないそれぞれの特性が異世界に来たことでどのような変化を遂げているのかつかみ切れていない。目の前で見せられればそういうものかと納得せざるを得なかった。
こうして吸収した生命力がとても美味しいのだと言う。
何時からいたのかシャルティアが、ちょっと味見させて欲しいでありんす。
少しだけよとアルベドは許可するが直飲みさせると吸血鬼化待ったなし。これまたどこから取り出したのかグラスとナイフを男に手渡す。
躊躇なく手首に突き立て、アインズはちょっと引いた。男を除けば唯一の人間であるツアレは卒倒寸前。
手から滴る血をグラスで受け、跪いてシャルティアへ捧げる。
中々わかってる人間ねとシャルティアは優雅にグラスを受け取って一飲み。見開かれる瞳。落ちるグラス。砕ける音。真顔になって男へ飛び掛かり、セバスとアルベドに取り押さえられた。
「わっ私に欲しいでありんす! ちょっとだけちょっとだけでいいから!」
生命力だけでなく血も美味であるらしい。
これはアルベドのだからシャルティアは諦めなさい食べ物の恨みは恐ろしいのだぞとかつてを思い出して至言を口にされる至高の御方。
己の創造主であるペロロンチーノが幼い日に姉にプリンを奪われたことを昨日のことのように何度も口にしていたことを思い出し、シャルティアはしょんぼり諦めることにした。
ナニをあれするのでないのなら何の問題もない。アインズは寛大な心でアルベドが人間を飼う事を許可した。
一礼をして退室するアルベドに付き従う男をふと呼び止める。
男は最初から最後まで物怖じすることなく、アインズ達に敬意を払い、自らを傷つけることも躊躇わなかった。一体何がそうさせるのか、自分たちが怖くないのか。
「恐怖とは死の予兆です。死が近付くと人は恐怖します。ですが私の命はアルベド様のもの。私が死ぬときはアルベド様が望まれた時になります。アルベド様のお望みを妨げることなど出来ません」
人間にしては出来ていますね、とは激辛評価に定評があるデミウルゴス。ちなみにシャルティアとは違って最初からいた。
最後にアインズがその場をまとめる。
「私は食事をとることは出来ないが食事の喜びは知っているつもりだ。うまいものを食えばやる気も出てくる。飼うことを許可しよう。折角だからいくつかアドバイスをしてやろう。家畜の味を良くするには良好な栄養状態とストレスがない生活が必要だ。ストレスは肉の味を悪くするからな」
別にお肉をむしゃむしゃ食べるわけではない。
しかし、一同感激。さすがアインズ様。シモベを気遣うお優しいアインズ様。何でも知ってるアインズ様。流石のアインズ様である。万歳。
こうして男はアルベドの食餌となったのである。