「ほう」
ラウンドムーンキリングテックtype-クレシェントNo17。
type-クレシェントは追襲の技。永劫に凍える女王ラウンドムーンの頬を撫でるが如き剣閃が落涙す。
初太刀にて致命。二の太刀にて絶命。
数多の命をラウンドムーンへ捧げてきた魔剣が止まった。
「知っておるのか、この剣を」
「阿呆が」
敵手は唾を吐き捨てた。
ティーゲルハッチを弾いたカタナブレイドを、振り下ろした形のまま刃を返す。腰を落とし、握りを変えるその構えは、ラウンドムーンキリングテックtype-カープそのものであった。
type-カープは切り上げの技。ラウンドムーンを仰ぎ見るが如き終の形は、女王ラウンドムーンへの忠誠に他ならぬ。
「どこで知った」
「だから阿呆と云うのよ、戯けが」
月下の草原をムーンライトが清め始めた。
絶死の剣を浴びた666の骸が、血と肉と魂をラウンドムーンに喰われている。
奉命の儀を汚してはならぬ。二人のサムライは微動だにしない。
最後の肉片が蒸発した瞬間、剣閃が煌めいた。
ラウンドムーンに奉ずるが如き切り上げは何者にも防げない。
呼吸をずらし間合いを外し、額の皮一枚を手向けに空いた胴を貫く、はずであった。
「なに!!」
天に吠えた剣が落雷めいて切り替わる。
ティガーの口に飛び込んだも同然の窮地を、type-カープNo71にて迎撃。剣刃に寸分違わずカタナブレイドの柄尻を合わせて防ぐ。
裏の技を使われたティーゲルハッチが不満に呻いた。
「生きたか。阿呆は阿呆なりに工夫するものよ」
「ラウンドムーンキリングテックtype-カープNo1からtype-フォビトゥンへのアレンジ。捨て置けぬ。貴様、どこで知った!」
「阿呆。逆よ逆。吾からすれば己の剣こそ逆しま剣。吾の剣の猿真似に過ぎん」
致死の剣を放った恐るべき敵手のカタナブレイドが天を突く。
ムーンライトに照らされて、闇夜に深遠を呼び覚ました。
「吾の剣こそムーンテックの祖なる技。ダークムーンキリングテックをその身に刻め!」
▼
(ムウ、ココニ来テ新キャラトハ)
コキュートスは紙面から目を上げ、残りページを確認した。
目算で10ページはない。
2・3ページは参考文献や作中の死亡者名簿などに費やされるので、実質的には5ページあるかどうかだろう。
間違いなく、この巻の中で新キャラとの決着はつかずに終わる。
コキュートスが読んでいるダークカタナテックジェノサイドノワール小説「グレート・モンド・ダウンヒル」の構成は、まず主人公のデスク・ドラゴニオが強盗か強姦か強殺をして無辜の民を殺める。追っ手が掛かる。返り討ちにする。続いての追っ手には中ボスが含まれており、これを皆殺しにする。最後に大ボス。これは強敵の時があれば、今回のように大軍の時もある。
そしてエピローグ的なものがあって終わる。
この構成を1~3巻のペースで繰り返し、コキュートスが読んでる21巻で一つの区切りとなった。はずなのだが終盤に新キャラ。しかもあからさまな強キャラムーヴ。
(ヤハリ決着ツカズ、カ)
21巻を最後まで読んでも新キャラの名前が明らかになっただけだった。
続きが気になる。凄い気になる。
以前のコキュートスには読書習慣がなかった。
アインズ様がお決めになられた週に一度の休日や空いた時間に少しずつ読み進め、頻繁にページを戻って技名などを確認し、どこまで読んだか忘れてしまって同じページを読み返す。
そんな読み方だったから、ソフトカバーの小説でも一冊読み終えるのに一ヶ月は掛かっていた。
しかし、二〇冊も読めば慣れる。
作中に登場した技の名前が頭に入ってきたため、一々確認する必要がなくなった。(なお、作中の登場人物は主人公を除いて全員死ぬため、人物名を覚える必要がない。地名も10巻に一度の割合でハイエンドオブラウンドムーンキリングテックの『斬国剣』を繰り出すことによって壊滅するため、こちらも覚える必要がない)
きちんと栞を挟むようになったので、どこまで読んだかわからなくなることもない。
結果、読むペースが上がっていた。
一冊読むのに一ヶ月掛かっていたのが、今や一週間も掛からなくなっていた。その気になれば休日を利用して、たった一日で読み終えることが出来るかもしれない。だからといって続けて読んでいいものかどうか。なるたけ時間を掛けて読んでいるところ。
全166巻の超長編であっても、読み進めていけばいずれ終わってしまう。それが、惜しいのだ。
じっくり長く楽しみたい。しかし早く続きを読みたい。
コキュートスは葛藤した。
葛藤して、最古図書館へ赴いた。
楽しみを貪りたいだけだろうと思うのは、コキュートスのことをよく知らない証拠である。
『グレート・モンド・ダウンヒル』に書かれている剣術は中々どうして理に適っている。読むことによって新たな剣術を編み出せる可能性があるのだ。それはナザリックの、ひいてはアインズ様のお力になれる可能性を秘めている。
つまり、コキュートスは、アインズ様のために小説を読むのであった!
言うまでもなく、これを詭弁と言う。
「ナンダコレハ!!」
「図書館ではお静かに願います」
「済マヌ……」
書架を前に叫んだコキュートスを、通りすがりの司書が注意する。
『グレート・モンド・ダウンヒル』は超長編小説だ。書架の一角にずらりと並んでいる。コキュートスが借りている巻だけ隙間がある、はずだった。前に借りたときはそうだった。
しかし、今。書架には大きな空間があいていた。具体的には、11巻から41巻までがなくなっていたのだ。
「ドウイウコトダ? ドコへ行ッテイル?」
謎を解くため、すぐさま貸し出しカウンターへ。
司書長のティトゥスに問いただした。
「現在貸し出し中です」
「三〇冊ハ多過ギデハナイカ?」
「コキュートス様もご存じの者と思われますが、借りているのは……」
アルベドの相談役となった人間の男であった。
あの男は頻繁にナザリックを訪れることが出来ないので、ティトゥスの厚意により貸し出し限度数が通常の倍になっている。貸出期間も通常は二週間、一度の延長が可能、となっているところをこちらも倍。加えて貸出期間は貸し出し限度数よりも緩く、貸し出し予約が入っていない限り多少延びたところでペナルティはない。あまりにルーズだと注意が行くが、その程度である。コキュートスが貸し出し限度期間の四週間を越えて丸々一ヶ月も借りていられる理由がこれだ。
貸し出し予約をしていなかったコキュートスの失策であった。
「バカナ! 21巻ハココニアルノダゾ!?」
「飛ばして借りて行かれました」
「飛バシ読ミ……ダト!?」
ティトゥスはわざわざ説明しなかったが、少しばかり誤解があった。
まず、あの男の貸し出し限度数は20。30ではない。
貸し出し受付をしたのはあの男を我が君とするヴァンパイアブライドのミラである。その間、借り主本人はアルベドの元にいた。
ミラは指定された小説を自身の貸し出し限度数である10を含めて11巻から41巻までを借りていった。21巻が抜けていたのは気付いていない。シャルティアのシモベらしい雑さと言おうか、新たな主人が大らか過ぎると言うべきか。
コキュートスは続き物の小説を飛ばし読みすることに憤っているが、あの男が望んだことではなかった。
しかし読んでる当人は、21巻が抜けてることを「あ、抜けてる」の一言で済ませ、何の躊躇も戸惑いもなく22巻へ手を伸ばした。飛ばし読みを気にするほど繊細な性格ではないのだ。
それどころか、ミステリー小説を最後から読み、犯人とトリックを把握してから読み始める外道である。
そんな男なので、ネタバレをすることもされることも何が問題なのか全くわかっていない。
ある時のこと、ソリュシャンから課題図書として指定されていたロマンス小説をシクススが読んでいるのを見かけ、善意100㌫の親切心で結末を教えてあげたところ、怒りのお盆チョップをくらった。
怒りが治まらなかったシクススはルプスレギナに告げ口し、ルプスレギナは「人間としてありえないっすよ」とまで言った。
お前ら人間じゃなくて人狼とホムンクルスじゃねーかと思った男は、帝都の屋敷に詰めるメイドたちへ緊急のアンケートを実施。
帝国には、ナザリックの最古図書館ほどの質と量には到底及ばないまでも、戯曲や演劇などの娯楽がある。帝国のメイドたちは基本的に貴族の娘であるため、そういったものに触れる機会があった。
新作の戯曲の結末を読む前に教えてもらったら嬉しいかどうか。
九割が教えて欲しくないと回答した。残り一割は、諸所の関係で見聞きする機会がないと思われるが流行の話題について行くために知りたい、である。出来れば自分の目で見たいとか。
人狼とホムンクルスに人間であることを否定され、人間のメイドたちにもそれはないと言われ、心が傷ついた若旦那様はアルベド様に泣きつきました。
『もしも私にそんなことをしたら二度と口でしてあげないわよ』
アルベド様もネタバレ否定派であった。
この件で、味方はどこにもいなかった。
「イツ返却サレルノダ?」
「通常の返却期限は二週間ですが、あの者は特別ケースとしてその倍にしてあります。貸し出し期間は一度の延長が可能となっておりますが、貸し出し予約が入っている時はその限りではありません。期限が来ましたらこちらから返却要請を出します」
「二週間ノ倍。……四週間!?」
なお、ミラが小説を借りていったのは昨日今日の話ではない。コキュートスが21巻を借りた直後なので、ここから四週間も待つ必要はない。ティトゥスから返却要請を出せば二週間ほど後に返ってくるはずである。あくまでも最古図書館の利用規則的には、であるが。
すぐにも続きを読みたいのに四週間待ち、と思っているコキュートスが吠えたその時、偶然にもアルベドが通りかかったのは運命の悪戯か。
この時、運命の歯車が噛み合った音を聞いた者はどこにもいなかった。
「うるさいわね。図書館では静かにしなさい」
「アルベド貴様、部下ニドンナ教育ヲシテイル!」
アルベドはコキュートスと違って、娯楽を求めて最古図書館に来ているわけではない。赤ちゃんについて調べに来ていた。
妊娠中のセックスについてだとか、赤ちゃんの名付けについてだとか、子育てについてだとか。しかし忌々しいことにどれも人間の赤ちゃんについてなので、参考程度にしかならない。どうして最古図書館にはサキュバスの妊娠出産についての書籍がないのであろうか。アルベドの中で、元から低かったギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のギルドメンバーへの評価が更に下がった。
探し求めた書籍は、貸し出し受付を通すと履歴に残ってしまうため、閲覧室で読むつもりでいる。
ずっしり抱えた本の一番上と下には赤ちゃんとは無関係の難しそうな本を乗せ、赤ちゃん関連の本は背表紙が自分の方へ向くように持っている。メイドたちが異本をこっそり読む際も、今のアルベドと同じように難しそうな本でサンドイッチして運ぶのは余談である。
「教育ってなによ。あの子が何かしたのかしら? あの子の忠誠の深さはコキュートスも目の当たりにしたでしょう」
「ソノ事デハナイ!」
受付の前では邪魔になる。二人は閲覧室に移動した。そこでコキュートスは吠えた。訴えた。
彼の邪悪なる知識欲の怪物は、あろうことか続き物の小説を一冊飛ばして読んでいる。その一冊は、作中でも重要になりそうな人物が登場した巻だと言うのに。
アルベドに訴えても無駄なのは、コキュートスにもわかっている。
続きを続けて読むか読むまいかと言う葛藤の末の決断。決断を無為に帰された口惜しさをぶつけているのだ。つまりは愚痴である。
聞かされているアルベドは真面目に取り合わない。そんなことはコキュートスも望んでいない。誰かに聞いてもらえるだけでいいのだ。
アルベドはコキュートスの愚痴を聞き流しながら、借りてきた本を読んでいる。中身がコキュートスに見えないように注意して。
「アレヲ読ム事デアインズ様ノオ力ニナレルヤモ知レヌノダ。アインズ様ハ剣士モモントシテモ活動シテオラレル。剣ノ真髄ニツイテキット深イ関心ヲオ持チニ云々」
ペラペラと赤ちゃん本を読んでいたアルベドに、ふとコキュートスの言葉が引っかかった。
アインズ様。剣。モモン。
先日、聞いた言葉である。
「少し聞きたいことが出来たわ。最近……そうね、ここ一ヶ月くらいでいいわ。アインズ様に剣の指南をすることがあったかしら?」
アインズ扮する漆黒の英雄モモンは剣士であるが、アインズ自身は魔法使いである。剣は使わない。
そのアインズへ剣を教えていたのが、ナザリックにて剣の第一人者であるコキュートスだった。
「アインズ様ノ剣ハ非常ニ上達ナサッテイル。最近ノアインズ様ハオ忙シイ事モアッテ指導ノ時間ヲ取レテオラヌ」
アインズに尽くすことがナザリックのシモベ達の喜びなのだ。
アインズへ剣の指南する時のコキュートスが至福の時を過ごしていたのは想像に難くない。
「そう……」
「ソレガ何ダト言ウノダ?」
本を閉じて、アルベドは物思いに耽った。
守護者統括である時ならまだしも、現在のアルベドは休憩時間。プライベートのアルベドは、とある個人的な事情で少々気が抜けがちになっていた。
コキュートスの問いかけを無視し続けて数分。
現世に戻ってきたアルベドは、コキュートスがまだ目の前に座っていることに驚いて目を丸くした。
「まだいたの」
「アインズ様ノ剣ガドウ為サッタノダ?」
「コキュートスが知らないならきっと大したことではないわ」
「ソウトモ限ラヌダロウ?」
「……そうね。小耳に挟んだことなのだけど」
そう前措いて、アルベドは言ってしまった。
「アインズ様、と言うよりはモモンと言うべきかしらね。モモンの剣が、なんて言ったかしら。なんとかムーンを越えたとか」
「…………マサカ。ラウンドムーンキリングテックノ事カ!?」
「そう、それよ。ラウンドムーンキリングテックね。おかしな名前ね。一体何のことなのかしら?」
「ッ!!」
「ちょっと!」
コキュートスは椅子を蹴って立ち上がった。
ヴァーミンロードの複眼の全てが限界まで見開かれ、シルバーメタリックの体がわなわなと震え始めた。
パスが届くにはしばらく掛かります、たぶんおそらく
それと広告スキップ機能をほとんど使ってないことに気づきました