あれやこれやを終えてから、男がようやく切り出した。
「モモン様、お話になってもよろしいかと」
三姉妹に緊張が走った。
モモンとナーベが帝国を訪れたのは、魔導国に対する帝国民の心象をモモンの耳で知るため、だったはずである。
しかし、男の言葉はあからさまに裏を臭わせるものであった。
モモンの逡巡を察した男は姉妹のフォローを忘れない。
「ルプスレギナは命令の内容をきちんと言い聞かせれば無視する事はないと思われます」
「うっ!」
「ナーベラルはちょっとドジ……、いえうっかり……、いえ迂闊……、いえ注意不足……、少々あれなところがあるようですが守秘くらいなら問題ないと信じています」
「ドジ!?」
「ソリュシャンは命令を独自解釈するきらいがありますが、他に解釈する余地のないものなら大丈夫のはずです」
「はず……?」
モモンは三姉妹を睥睨した。
三人とも姿勢を正して直立不動。真摯な気持ちを面に乗せ、どんな命令でも完遂するであろう真剣さを漂わせている。
「ふむ……、止めておこう」
「「「!!!」」」
フォロー失敗。
ソリュシャンだけには話しても良いかと思ったモモンであるが、一人だけというのは不公平である。
「後のことは任せる。準備はいいか? 場所を変えるぞ」
「準備は終えております。どちらへ赴かれるのでしょうか?」
「誰もいないところだ」
モモンは全身鎧を解除してアインズとなり、かねて打ち合わせしていた通りに二体のドッペルゲンガーを呼び出した。二体は二人の男の姿を象った。
ドッペルゲンガーは、グレータードッペルゲンガーとは違って姿を写す事しかできないが、ここにいますよと見せるだけなので問題ない。
「行くぞ」
アインズが宣言するなり、二人の男は転移の魔法で消え去った。
と同時に、三姉妹はパタリと倒れる。アインズ様からの信頼を得られなかったダメージは、時としてナザリックのシモベたちに致命傷を与えるのだ。モモン様の前で痴話喧嘩した報いに違いない。
三姉妹の命令に従わなければならないドッペルゲンガーたちは困り切ってしまったがどうにもならない。
部屋から出てこないことを心配したシクススが様子見に来なければ、三姉妹は夜が更けるまで倒れていたかも知れなかった。
▼
「だいたいナーちゃんはずるいっすよ。なにいきなりアインズ様にお願いしてるんすか!」
「そうよ! これは裏切りだわ。折角私がセバス様に根回ししてるのに」
「なによ。それを言うなら二人ともいつも一緒じゃない!」
なお、ドッペルゲンガーたちはシクススが連れて行った。
屋敷で過ごす際の注意事項等を説明している。本当はソリュシャンとルプスレギナの仕事である。
「へー。そんな事言っちゃうんすか? だったらモモン様のパートナーを私と交換してもいいってことっすよね?」
モモンのパートナーにナーベラルが選ばれたのは、プレアデスの中で人前に出しても違和感がない姿をしているからである。しかし、アインズの予想に反してポンコツなところを見せること多々。モモンのパートナーはルプスレギナにしとけば良かったかも、と思うアインズである。そのことをナーベラルに知られると首を吊られるので誰にも言うことが出来ないでいる。
「そっ……それとこれとは話が違うわ! それより、あの金髪の人間と子供は何なの? どうしてあんなのがいるの?」
「カルカ、よ。デミウルゴス様の戦略だそうだから手出し出来ないわ。子供の方は……」
「おにーさんが奴隷市場で買ってきたんすよ。安かったからセットで」
「アインズ様がああも仰ったのだから、それなりに扱わないといけないわね」
■
人間の名前を中々覚えられないナーベラルが口にした子供とは、双子幼女のクーデリカとウレイリカのこと。
三姉妹の痴話喧嘩が終わり、モモンたちの帝国での滞在期間等のスケジュールを詰め、本題に入る前にアインズ様へ拝謁させた。単に紹介したのではない。割と重要な案件である。
『親の罪は子の罪。子の罪は親の罪となるのが王国や帝国での慣習でありました。であれば、姉の罪は妹の罪となりましょう。二人の姉はナザリックへの侵入と言う大罪を犯しました。二人を如何なさいましょうか?』
シャルティアがお屋敷を訪れた際、何度か双子の顔を見ていた。
どこかで見た顔でありんすね、と言うので試しに不思議な青いキャンディーを舐めさせたところ、あーーーーこいつの顔は! となった。
キャンディーは瓶から出して日数が経っていたため、大人になっていた時間は10分となかったが、シャルティアが顔を思い出すには十分だった。
クーデリカとウレイリカの姉はアルシェと言う。困窮する実家のために、貴族のお嬢様でありながら汚れ仕事にも手を出すワーカーとして働いていたアルシェは、最後の仕事にナザリック地下大墳墓の探索に赴き、帰らなかった。
アルシェの最後を処理したのがシャルティアだ。
ナザリック侵入の大罪はアルシェ自身が命であがなったわけだが、血族の罪はどうするべきか。
『ならん! 罪は相続しない。その者の罪はその者だけのものだ。姉の罪を妹に問うなど絶対に許さん!』
アインズが人間であった頃に生きていた場所では、社会での階級は完全に固定化していた。富む者の子は富を受け継ぎ、貧しい者の子はやはり貧しい。負の再生産を繰り返していた。
それはつまり、努力や才能を無駄に散らす社会制度。かつてのアインズは激しく憎んだ。この世界での慣習がどうであろうと、アインズは負の再生産を絶対に認めない。
この件はアルベドに報告され、魔導国の法に反映されることとなる。
本当に重要な案件だったのだ。
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アインズ様から、罪を問うことは絶対に許さん、とまで言われた双子である。ナザリックのシモベは絶対に手を出せない。出したら最後、アインズ様からのお怒りを受けることになる。それすなわち消滅と同意。
その双子はアインズ様のお言葉を頂いた直後に、カルカ付きのメイドとなるようご主人様から命じられた。
前々から考えていたが、アインズ様のお考えを伺うまで決定できなかったのだ。折角買った双子が処分されなくて、ちょっとほっとしているご主人様だった。
双子はカルカの金髪を見て「お姉さま」と慕うのはいいのだがまだまだお子様。出来ないことの方が多い。
カルカは大人なのだけれど、魔導国の一員となって日が浅い。ソリュシャンの専従メイドとしてお屋敷にやってきたシェーダから色々と教わっている最中である。
ついでに双子もメイドとしてのあれこれをシェーダから教わることになり、シェーダ先生と敬うようになる。
シェーダは面倒と思いながらも業務命令なので仕方なく、けれども手を抜かずにきっちりと面倒を見る。ナザリックのメイドは超一流なのだ。
そんなシェーダを、ルプスレギナは胡乱な目で見る。
ソリュシャンと同じく至高の御方の一柱であられるヘロヘロ様に創造された一般メイド。創造主を同じくするのだから、ソリュシャンお嬢様の専従メイドとしてついてくるのはおかしいことではない。
しかしあの日、ルプーは見た。
「あっ」
シェーダの姿を認めた若旦那様が小さな声を上げる。
シェーダは若旦那様に詰め寄り、真ん前に立ったら押しやって尚も進む。ドアを開いて二人とも部屋の中へ。音を立てずに閉まったドアに、ルプスレギナは耳を当てた。
『シェーダもこっちに来ることになったんだね。ソリュシャン共々よろしく頼むよ』
『…………ええ、わかっています。私はメイドですから』
『でも良かったのかな。あの二人はシェーダの姉妹だったんじゃないのか?』
『……ヘロヘロ様に創造された者同士ですので、姉妹と言えば姉妹と言えます。…………出来れば三人一緒が望ましいとは思っていました』
『だったらどうして?』
『どうして? どうしてかわからないと仰いますか?』
『わからないから聞いてるんだけど?』
『…………あんな醜態を晒して平気な顔でいられるわけがないでしょう……』
『醜態? ……ああ、あれのことか。あれは醜態じゃなくて痴態って言うと思うよ』
『バカッ!!!』
パアン! イテッ。
ルプスレギナは咄嗟にドアから離れた。
顔を赤くしたシェーダが出てくる。次いで若旦那様が出てきた。こちらも顔を赤くしていた。ただし、左の頬だけ。
おにーさんがシェーダに良からぬことをしたことがあるのは明白だった。
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ナーベラルはソリュシャンが連れて行った。
お屋敷の案内だったらルプスレギナが適任だが、一応はここでもお嬢様になってるソリュシャンが案内する方が好ましい。
ルプスレギナは、若旦那様がいなくなって暇をしている女のところに来た。
「今更っすけど。あんた誰っすか?」
「彼女は……」
「ミラはいいっすよ。私が聞いてるのはそっちっすから」
「私のことでしょうか?」
「そっすね」
ミラと歓談していた彼女は、問われて椅子から立ち上がり、一歩前に出た。
「ルプスレギナ様はご存知のはずです」
「ご存知ないから聞いてるんすよ?」
「本当にご存知ないのですか?」
「……ほんとっすよ」
「わかりました。お答えします」
彼女は目を伏せ、スカートの両端を指先で摘まみ、恭しく膝を折った。
「ヴァンパイアブライドです」
同じくヴァンパイアブライドであるミラと並ぶと、背が低めで華奢に見えた。
「そんなことは見ればわかるっすよ!」
「見ればわかることをどうしてお聞きになったのですか?」
「だから私が聞きたいのはそーいうんじゃなくて、どうしてここにいるのかって聞いてるんすよ!」
「私はヴァンパイアブライドです。全てのヴァンパイアブライドはシャルティア様のご命令に従います。私はシャルティア様のご命令に従って帝都に参りました」
「だから……」
うわなんだこの女めんどくさい、と思い始めたルプスレギナ。しかし、ここで投げ出すわけにはいかない。
「シャルティア様の命令ってなんすか?」
「研修です」
「……メイド研修じゃないっすよね?」
「メイド研修ではありません」
「………………」
そこは研修の内容を答えるのが普通と思うのに、中々聞きたいことが通らない。
「研修の中身は?」
「ルプスレギナ様は協力していただけるのですね。ありがとうございます。あの方はいらっしゃいませんし、ミラだけでは不安に思うところでございました」
誰も手伝うなんて言ってない。
こーいうタイプのことを何と呼ぶか、ルプスレギナは知っていた。
「……天然っすね」
「天然? 私のことでしょうか?」
「……そっす」
「私たちヴァンパイアブライドは至高の御方々に創造されたわけではなく、地下大墳墓ナザリックの力で発生しました。私たちが天然と言うのなら、確かに天然なのかも知れません」
「………………」
手強い。
ルプスレギナは、撤退を選択した。
これだけ話したのに名前すら聞けていないのが不思議である。
彼女の正体は、SVB:NO.26。ヴァンパイアブライドで最弱であることを苦にしていた彼女である。
最弱であることから、ヴァンパイアブライドにしては爪が弱い。頑張れば爪切りで短く整えることが出来る。爪を短くして、あの男からフィンガリングを学んでこいとシャルティアに命じられてやってきた。
特別な用途を思いつきはしたものの、エリートシックスではないNO.26。シャルティア直々には名前を与えなかった。
代わりにマイスターとなった男からジュヌヴィエーブと名付けられたが、シャルティアは長いと一蹴。略称にして愛称でもあるジュネとなった。
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あの方=おにーさんと察したルプスレギナは、また新しいのが増えたと重い息を吐いた。
ついこの前まで、好きな時にイチャラブックスが出来た。ところが、ソリュシャンにシェーダにジュネに、カルカはノーカンとしてナーベラル。ナーベラルは一時滞在と言うことで大目に見ても、一挙に三人も増えた。
これでは先日のような一日中は到底望めない。
朝、目を覚ましたら一緒に朝食。テーブルクロスの下で手を握ったり足を絡めたり。
午前はイチャイチャ。他愛ない話をして、スキンシップを繰り返して、盛り上がったら一回目。三回まで延長可。
お昼も一緒。色々した後なので気分が盛り上がってる。交互にあーんして食べさせあう。
午後は読書や書類仕事に付き合ったりもするけれどやっぱりイチャイチャ。指を絡めて手の平を合わせる恋人握りでいるのが基本形で、手を離さなくてはならないときも体の一部が絶対に触れている。勿論午後も一回二回と。
何度もしてると汗をかくので一緒にお風呂。自分の体は自分で洗わない。洗ってもらう。洗ってあげる。口ですることもあり、しちゃうこともある。
夕食になるともう色々と高ぶりまくってる。給仕を入れずに二人で食べる。全部口移しで食べさせあう。
その後はベッドの中で。これはもう言うまでもない。
一日だけで、それぞれ二十回以上好きとか愛してると言われる。体の隅々まで綺麗とか美しいとか可愛いとか言われる。触り心地に抱き心地に揉み心地に中の具合まで誉められる。皆で協力してきちんと女性を誉めるように仕込んだのだ。
と言うような日を過ごすことがあるルプスレギナは、帝都で雇ったメイドたちからは若旦那様の愛人と思われていた。
ところがある日、
『ルプー、回復してー』
『しょうがないっすね』
両手首から先を無くしていた若旦那様を魔法で一発回復。
変な薬品を扱って爆発したか溶かすかしたらしい。後に、そんな様で出歩くなとシクススがしばいた。
この一件で、ただの愛人から並外れて優れた信仰系魔法の使い手であると認識されるようになる。
ルプスレギナの評価はさておき、色々と増えてしまった現在では、あの素晴らしき日々はもう望めない。
エ・ランテルではソリュシャンとシェア出来ていたというのに、ルプスレギナは贅沢になってしまった。
増えてしまったのはナザリックの面々ばかりなのでどうにも出来ない。カルカはやはりノーカンである。アルベド様から「孕ませてはダメ」と言われたので、手は出さないと思われる。
仕方ないものは仕方ない。しかし、どうにか出来そうな者だったらどうにかしなければならない。
「ずっとほっといたっすけど、そろそろあの女をどーにかしないとダメっすね」
ソリュシャンやナーベラルは知らない女だ。自分が動くべき。
帝国では地位がある女なので暗殺のたぐいは不可。
しかし今まで見てきた結果、どうにか出来そうな手段を思い付いていた。
「もしもおにーさんを選ぶようだったら……、ま、少しは認めてやってもいいっすね」
皇城に送ったモモン様受け入れに対する返書は、きっとあの女が持ってくるはず。その時に選ばせてやろうと考えた。
▼
一方、転移の魔法で飛んだ二人は、木々もまばらな名も無き荒野にいた。
東方には南北に連なる山脈。低い気温からして高地。ちらほらと雪も見えた。
アゼルリシア山脈北西部、トブの大森林より更に北方。アウラが張った警戒網をギリギリ外れる僻地である。
「ここなら誰かに見られる心配もない。まずはこれを預けておこう」
アインズが男へ手渡したのは魔法の指輪。
「填めておけ。飲食に睡眠が不要となり疲労を無効化する指輪だ」
「ありがたく拝借いたします」
かつてアウラから言われた通り、ペストーニャからプレゼントされた魔法のブレスレットも着けている。寒くてもへっちゃらだ。
こういう時に使うべきアイテムであって、間違っても夜に外でナニをする時に使うものではない。
「さて…………大丈夫だろうな?」
流れでこの男から剣術を習うことになってしまった。
嘘を言わないし、自信過剰と言うこともないと思われる男だが、剣が使えるかどうかは疑わしい。
見るからに剣とは無縁な優男なのだ。
ダメだったらアインズスペシャルオーダー「どうにかしろ!」を発令する所存である。ここで発令してもパワハラにはならないはず。
「技量はコキュートス様と同等にあると判断しております。自己言及の矛盾とも言いますから客観的な評価ではないことをご承知ください」
「…………そうか」
コキュートスと同等と聞き、アインズは感情抑制が働くほど驚いた。
その顔でコキュートスレベルに強くて一体どこのプレイヤーだと思ったが、プレイヤーはこんなに頭が良くない。アウラからツリーハウスの葉っぱの枚数を数えたらしいと聞いてドン引きした覚えがある。
ならば特別な設定を持つNPCか。しかしこれも違う。本人から、高祖父が、母が、と聞いている。この地で生まれたのだから、プレイヤーの血を引く可能性があったとしても、プレイヤーやNPCであることはあり得ない。
そもそも強さではなく技量と言った。強いわけではないと気付いた。冷静になったおかげである。
「それでは始めます前に、ラウンドムーンキリングテックを越える剣術のコンセプトを知っていただこうと存じます」
男は腰に差したカタナブレイドを抜いた。
刃渡りは1メートル近い。抜くには1メートル引っ張らないと抜けないわけだが、そこを工夫するのが抜刀術。
左手で鞘を後ろへ引き、腰を捻ることによってカタナブレイドから鞘を抜き、右手で鞘からカタナブレイドを引き抜く。
三つの動作を同時に行い、刃先をアインズへ向けた。
(ほう……)
言うだけはある見事な抜刀だった。バネ仕掛けで飛び出たようにも見えた。
コキュートスから指南を受ける前のアインズだったら、いつ抜いたかわからなかったかも知れない。
「アインズ様も剣を持って頂けますか? ……剣を持ったらアイモン様とお呼びするべきでしょうか?」
「アインズでよい!」
「かしこまりました」
こういうところがあるから、この男が賢いと素直に思えないのである。
アインズは魔法で甲冑と大剣を創造し、モモンの姿となった。
「片方だけ抜いてください」
モモンが背負う大剣は双剣だ。二刀流のモモンである。
一本だけ引き抜き、両手で構えた。
漆黒の全身鎧の戦士が大剣を構えている姿は、ただそれだけで圧力がある。
対する男はアインズの間合いギリギリ外に立つ。
「まずはあらゆるキリングテックの源流となるイニシエイトカタナテックから体験していただきます」
イニシエイトカタナテック。
アインズには聞き慣れない言葉だ。
しかし、心の琴線をちょっぴり刺激したらしい。何だかカッコイい言葉に聞こえてしまった。
前話前書きは9月まで書かない宣言だったつもりなのに涼しくなりました
アルベドのお腹は大きく
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なる
-
ならない
-
任せる