※この作品はR-18です。

アルベドのお食事   作:dolph

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修行→冬休み

 広大と言って差し支えない敷地の一角で、軽やかな金属音が響く。

 

「こうして剣を交えるのは初めてだが中々だな」

「お……、……、恐れ入ります」

 

 恐れ多いことでございます、と言い掛けたのを何とか言い直したのは及第点。判断が遅いのはもう慣れっこ。

 

「近くで見てるのはナザリックの者達ばかりだが、遠くの連中に聞こえないとも限らない。気を付けろ」

「はっ! 申し訳ございません!」

 

 だからそれが駄目なんだって、と言いたいのをグッと堪える。言ったら電池が切れた玩具のようにパタリと倒れる。

 アインズはもう黙っとこうと思った。

 

 漆黒の英雄モモンに相対しているのは美姫ナーベである。ナーベはマジックキャスターでありながら剣を使うことが出来るのだ。

 ナーベが攻めるのをモモンはひたすら防いでいく。足を滑らせるのか、ナーベが時々体勢を崩す。

 二人の訓練を見学しているのはお屋敷の若旦那様とお嬢様、それに赤毛の神官と護衛達。仕事の合間か、手を休めている使用人たちは遠目に窺う。

 

「おっと」

「も、申し訳……」

 

 モモンの剣に打ち込んだナーベがバランスを崩し、つんのめった。転ぶ前にモモンが剣を放り投げて咄嗟に受け止める。

 

「怪我はないか?」

「ご……、ございません」

「そこは『ありません』でいい。訓練はここまでしよう。大変有意義な時間だった」

「光栄でございます」

「…………」

 

 だからそれがと言いたいのをグッと堪えた。

 

 モモンは見学者たちを見回しながら訓練の終了を宣言する。

 美貌のお嬢様と神官に挟まれてなお艶めかしい美貌の男と目が合う。男はモモン以外には見えないようにして右の拳から親指を立てた。

 

(アインズ様、完璧です!)

 

 マイスターから合格のサイン。

 モモンはブレッヒェン・ロンブスを見事に修得し、頂が果てしなく遠いモモンズ・ブレイドアーツの道を一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 アインズに課せられた修行は厳しかった。ひたすらに難しかった。肉体ではなく頭を使う技術だったのだ。アインズは人間であった頃を思い出し、この地に転移してから今日までを振り返り、これほどまで頭を酷使したことはないと断言できるほどに、それはもう徹底的に頭を使うことを余儀なくされた。

 

 とりあえず、ブレッヒェン・ロンブスは胸郭の動きが肝要というのは嘘だった。

 いや、けして欠かすことの出来ない、欠いてしまえば完成しない重要なパーツであることは確かではあるが、一番重要というわけではなかった。

 重要なのは、体を意識して動かすこと。

 そんな事は当たり前だろうと思っていたアインズだが、修行を通じて体があらゆる場面で勝手に動いていることを自覚した。

 

 例えば、である。

 右足から踏み出して歩く場合。

 意識しなければ右足を出して歩き始める。これだけで終了。しかし一旦意識し始めると幾つもの行程を経て歩いているのがわかる。

 

 まず、左足の指の根本からつま先に掛けて力を入れ、地を蹴り始める。同時に右足の股関節を操作して右大腿を上げる。

 左足のつま先に力が加わっていくと同時に左足首を曲げる。右足では股関節から大腿の角度が深くなり右膝を曲げて臑から先を前に振る。鏡写しのように左の股関節も操作して右とは反対の向きへ足を曲げる。

 重心が前方へ移動し、そのまま前傾となって倒れてしまわないよう腰から上の姿勢を維持する。ちなみに、二足歩行で歩くときはこの倒れる力、すなわち重力を利用するため、四足歩行より少ないエネルギーで歩くことが出来る。長距離移動に適した移動方法である、らしい。

 地と足裏が水平になるよう操作してから足裏を地に突く。水平でないと足首を挫く。そして転ぶ。

 ここまでの行程を経てやっと一歩。

 ほとんど自動で行われるこの動作を、全て意識して行うのが修行の第一歩だった。

 

 つまりブレッヒェン・ロンブスとは、体の自動操縦をカットし、意識して精緻な身体操作を行う技術なのだ。動きを体に覚え込ませる既存の武術とは設計思想が正反対である。

 体の様々な部位から発生する力を束ねて一つの出力とする。力の大きさと向きの制御。すなわちベクトルを操作すると言い換えても良い。

 

 体がどのように動くのか把握するのが最初の30時間。

 ある程度把握したら個々の動きを取り出して把握するのに10時間。とりあえずはブレッヒェン・ロンブスに必要な動作だけに絞ったのに10時間。

 組み合わせるのに400時間。頻繁に個々の動作確認を復習したとは言え400時間。

 勿論昼夜ぶっ通し。

 アインズは、飲食睡眠不要で疲労も無効にする指輪を貸したことを心底後悔した。

 

 基本的には67時間ぶっ通しの修行が1セット。肉体の強さではなくて細かな動作の確認なのだから派手さはなくとても地味である。

 次の5時間は帝都のお屋敷に戻り、二体のドッペルゲンガーとナーベラルから不在時に起こったことを文書で報告を受ける。報告書は男が秒で読んで秒でまとめて口頭でアインズに報告する。報告内容はソリュシャンとルプスレギナが書記となって文書に残す。この間、長くても20分。

 ソリュシャンとルプスレギナを退室させ、今度は出張しているパンドラズ・アクターがやってくる。アインズの影武者として何があったか事細かに報告を受ける。同席させている男に情報をまとめさせ、要点だけを掴んでいく。

 そしてもう一度67時間の修行。5時間の報告タイム。その後の24時間はアインズが設けた一週間に一度の安息日。お休みである。アインズはナザリックの自室に戻ってぐったり。体は疲れないわけだが、頭がとてつもなく疲れている。ベッドに転がってあーとかうーとか一頻り唸り、起きあがったら修行内容を復習したり、パンドラから受けた報告をまとめたり、お休みなのに忙しい。

 

 帝都に残った男はと言うと、上位世界よりこの地へ真なる美を知らしめるために降臨なさったアルベド様が楽しみにしている週に一度のお食事日。いつぞやのセックスしない宣言はなんだったのかと思えるほどやることをやってお帰りになる。

 体位は何故か騎乗位オンリー。少し重くなってきたのではと思うも、シズに重いと言ったら怒られたことを思い出して何も言わなかった。

 休日の半分はアルベド様へ捧げ、残りの半分で惰眠を貪り、ソリュシャンに貪られ、ルプスレギナにナーベラルの機嫌をとって、一応はカルカの様子見をして、次はヴァンパイアプライドたちにと言うところで24時間が過ぎてしまう。

 休日は外していた魔法の指輪を再度填め、アインズ様の修行再開となる。

 

 と言うような一週間を三度繰り返したところで、アインズのブレッヒェン・ロンブスが様になってきた。

 アインズがそれだけ熱心に修行したわけだが、マイスターの繊細な指導があったからこそ短時間で修得できたと言える。

 

 アインズはこの男と長い時間を身近に接する中で、この男が本当に人間なのか疑わしく思えてきた。

 アルベドが「分野によっては自分を凌駕する」と言っていた。しかしあれは、この男を罰するかどうかと言う雰囲気の中で出てきた言葉だ。まるきり嘘ということはないだろうが、男を庇うために大袈裟に言っていたのではないかと思っていた。

 思っていたのだが、本当に凌駕していたっぽい。

 アウラが住むツリーハウスの葉の枚数を数えたのもそうだし、こちらの動きを1mm単位、0.1秒単位で把握して修正してくる。見た目は人間だが、中身はプログラミングされたロボットなのではないかと思えた。

 傍証はルプスレギナからももたらされる。

 トランプでポーカーをすると必ずロイヤルストレートフラッシュを出すのだとか。

 男が持っているトランプはペストーニャからもらった物でユグドラシル由来のプレイングカード。魔法的なイカサマが一切出来ないようになっている。タイムストップを掛けると数字が出ている面が表の模様と同じになり、カードに触ることが出来なくなる。魔法で転移させるのも不可。魔法で焼いてしまうのも不可。魔法が全てすり抜ける仕様となっている。すり抜けるだけのため、防具等への利用は不可。

 アインズも目の前で見せられた。カードをすり替えているのは確かだが、どこですり替えているのか全くわからない。とりあえず、カードに触らせるとすり替えるので、この男とカードで遊ぶ際はカードに触らせないのがルールになったらしい。

 トランプタワーを作ったときは目を疑った。

 一枚一枚カードを立てて作るのではない。カードを上から撒くと、カードは倒れる前に別のカードに寄りかかって立ったままになり、それが幾度も繰り返されてトランプタワーになるのだ。あらゆる魔法が効かないプレイングカードなので、魔法で作った可能性はゼロ。魔法でカードを操ってもアインズには出来る気がしなかった。

 舞い散るカードの一枚一枚の動きを予測して操作してトランプタワーを作るのだとか。

 こいつの中身は絶対ロボだろ、とアインズが思うのは無理もない。肉体はともかく頭の中身が異次元に生きている。ソリュシャンたちはとうに理解を諦めている。

 

 ちなみに、トランプタワーは別名をルプーほいほい。トランプタワーを作ると必ず壊しに来ることから付けられた名称である。

 

 

 

 

 

 

 その夜、パンドラズ・アクターが最後の報告にやってくる。

 アインズ様を崇拝し始めた人間を一人生き返らせたと聞いていたので、その人間の為人について詳しく復習しておく。

 向こうでの進捗は、アインズがヤルダバオトに敗北する場面に差し掛かろうとしているところ。デミウルゴスとアインズのダンスの一幕が始まるところだ。このあたりのことはデミウルゴスが作戦マニュアルに記した通りの流れである。

 

「わざと負けるのも大変だな」

 

 アインズは自信を持って笑う。支配者ロールではない素の自信。

 ブレッヒェン・ロンブスを修得し、戦士としての位階が上がったように感じていた。

 

「その際はどんな台詞がいいと思う? お前達の意見はどうだ?」

「ヤルダバオトにはアインズ様の執念を刻み込み、周囲の人間達には希望を持たせる言葉がよろしいかと」

「それは違います。人間達には絶望を与えるべきです。絶望するからこそ、アインズ様の復活が一層輝くのです」

「なるほど。……いえ、それですと、敗北したアインズ様を捜索しようと思わないのではないでしょうか?」

「そこは心配ない。聖王国側にもドッペルゲンガーを忍ばせてある。人間達の誘導は可能だ」

「アインズ様を崇拝する人間、ネイアと言いますが、彼女ならアインズ様を最後まで信じ抜くことでしょう」

「私ごときの想定は全て手を打ってあるのですね。それでしたらこう言うものは如何でしょう?」

「ふむふむ、中々わかっていますね。ですが、ここはこうするともっといいでしょう」

「おお、流石です!」

「いや待てお前ら。ほどほどにな?」

 

 以前は出来なかった類の相談も肩の力を抜いて出来るようになった。

 使い方を覚えれば優秀な頭脳を持つ者達だ。穴を見つけたら瞬時に塞ぐ術を提案してくる。

 暴走したがる二人へ適宜ブレーキを掛け、舞台の演出を決めていく。

 

 深夜の密談を終え、しばし軽口を叩き、夜が最も暗い時間にアインズは聖王国へと赴いた。

 向こうに着いたら早速ヤルダバオトとのハードダンス。その後は死んだ振りを装うのでしばし余裕がある。

 ダンスを終えたのを切っ掛けにメイド悪魔に扮するシズが単独行動を始めるので、そちらの方も気がかりだ。こればかりはシズを信じるしかない。

 シズはヤルダバオトの支配から脱してアインズの助けとなる重要な役割を任されているのである。

 

 パンドラズ・アクターと男の二人は、アインズ様の出立を跪いて静かに見送った。

 

「さて」

 

 ここからは選手交代である。

 聖王国のアインズ様はパンドラズ・アクターからアインズ様に。

 帝国にいるモモン様はアインズ様とドッペルゲンガーの二交代制からパンドラズ・アクターに。

 二体のドッペルゲンガーは適当に帰還させておけとアインズ様が仰っておられた。

 

 部屋の外に控えていたプレアデスの三姉妹と二体のドッペルゲンガーを中に招き入れた。

 姿を変えたままのドッペルゲンガー二体を近くに立たせる。

 

「あなたは私と共にナザリックに帰還しなさい。あなたの方はもうしばらくモモンの影武者を装うように」

「パンドラズ・アクター様は如何なされるのでしょうか?」

 

 モモンのパートナーであるナーベラルが疑問を述べた。

 どのようなことを為さっていたのか把握していないナーベラルであるが、アインズ様は帝国で必要なことを終えたらパンドラズ・アクターと交代すると聞いていた。モモンの役は以前のようにパンドラズ・アクターが担うはずである。

 

「私もナザリックに帰還します。ナザリックで為さなければならない重要な役割があるのです。これまで通り三日に一度はこちらに来ますのでその際に不在時の報告を受けましょう。何かあったら遠慮なくメッセージの魔法を使うように」

 

 真っ赤な嘘とは言い難いが、少なくともアインズ様から仰せつかった任務ではない。パンドラズ・アクターは私利私欲のためにナザリックに帰還するのだ。

 

 アインズはアイテムコレクターである。そのアインズに創造されたパンドラズ・アクターは、筋金入りのマジックアイテムフリークである。定期的にマジックアイテムを愛でていないと禁断症状が出るレベルのフリークである。

 帝国でモモンが担う役割は、今までドッペルゲンガーがこなしていたくらいなのだから自分でなくても可能であるはず。アインズ様はヤルダバオトに敗北する予定なので、その報が魔導国に伝わったらモモンとしてエ・ランテルに戻らなければならないが、それまでのモモンはお飾りでも問題ないはずである。

 スケジュールからして、余裕をもっても十日はある、はずである。

 その十日間を、ナザリックの宝物殿でマジックアイテムを愛でるつもりなのだ。

 心の栄養補給である。

 

 アインズ様の影武者としての大任を果たしたのだからこれくらいの自由はあってもいいのではないだろうか。アインズ様は週に一日は休むようにと仰っておられるので、むしろまとめて休まなければならないのではないだろうか。

 報告・連絡・相談はきちんと手配するので問題は全く見あたらない。

 ここはしっかりと休んで英気を養っておくべきでしょう。完全完璧な理論ですね!

 

「十日後にはエ・ランテルに戻ります。それまでにモモン役を交代しますから心配はいりません」

「それでは……私は如何いたしましょうか?」

「これまでと同じように過ごせばいいでしょう。遅めの冬休みだと思いなさい。ただし、モモンのパートナーとして羽目を外しすぎないように注意しなさい」

「私としましては、パンドラズ・アクター様がモモン様役をなさっている間に一度は皇帝のところへ顔を出したいと思っております」

 

 一応、ドッペルゲンガーが顔を見せたのだが、時候の挨拶をしただけで終了したと報告があった。焦らしに焦らしてそれだけかよと、ジルクニフは大層不満であったらしい。

 

「仕方ありませんね。明日は急でしょうから、三日後の午後。その時なら時間があると伝えておきなさい」

「承知いたしました」

 

 相手は天下の皇帝陛下である。スケジュールとか一ヶ月先まで埋まってる。三日後とか普通に無理である。その無理を通さなければならないほどに、ジルクニフはモモンに重きを置いているのだが、残念ながら片思いに終わることが決まっていた。

 

「それでは三日後に」

 

 パンドラズ・アクターは、内心でヒャッハー! と快哉をあげながら姿を消した。

 宝物殿でマジックアイテムを磨いて愛でて頬ずりして、やりたいことが目一杯詰まっている。

 

 

 

 

 

 

「冬休み、ね」

 

 ナーベラルがぽつりと呟いた。

 

 ナーベラルの自由時間は割と少ない。モモンのパートナーとして選ばれ、至高の御方であられるアインズ様のお側に、あるいはアインズ様が手ずから創造なさった領域守護者であるパンドラズ・アクター様の側に侍っていた。

 ナザリックのシモベとして非常に光栄なことである。不満など夢にも思わない。

 

 しかし、それは、それ。

 これは、これ。

 

「時間があったら私の番。そう言ってたわよね」

 

 舌打ちと鼻を鳴らす音が返ってきた。

 不満はあっても異論はないようだ。

 いつも近くにいる二人と違って、ナーベラルは別行動が主である。気を遣ってリップサービスをしてあげたのが裏目に出た。ナーベラルの自由時間は数時間どころか十日間もあるらしい。

 

「ふふ……」

 

 ナーベラルは右手を握る。

 拳となった右手をゆっくりと持ち上げる。

 上へ、上へ。

 天を貫かんばかりに掲げられた拳は、ナーベラル渾身のガッツポーズ。

 

 ナーベラルにボーナスタイムが降ってきた。




二度もやるぞと言ってたセバスにSEKKYOUは正義とはなんぞやという話です
真面目な教養系の話になるので本作に入れるのはどうかと思ってます
別作品に投稿するか、Quora(SNSみたいな質問サイト)に似た質問みっけたのでそっちにするか
とりあえず次回はナーベラル回

前回のアンケートがひっくり返ることはもうないと思うので終了
たぶん次回も違うアンケート入れると思うので目に付いたら投票してみてください

セバスにSEKKYOU(正義についての話)を

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