「そうだ八本指だ。やっと思い出した」
朝食の席で突然そんなことを言い出した若旦那様を、カルカとメイド達は怪訝な顔で見つめた。
一方、八本指が何を意味するか知っているソリュシャンとルプスレギナは厳しい顔を作った。事態は深刻だ!
数日前話題に上って既に答えが出ている事を今になって思い出すとはどう云うことか。おそらくは記憶を失ってしまったのだと思われる。若旦那様は頭を酷使し過ぎて、遂に頭がおかしくなってしまったのだ。元からおかしかったかも知れないがそのたぐいのおかしさとは違うおかしさだ。
若旦那様は頭が良いとか賢いとか言うよりも、正しくは頭の出来が良いと言える。但し、使い方がなってない。
例えるなら、ハードウェアはハイエンドだが走ってるソフトウェアはポンコツ。それでもハードは極上なので計算が早い。物凄く早い。100桁の数字の100乗根を暗算出来たりする。
アインズ様が「こいつロボだろ」と疑ったルプーほいほいもといトランプタワー作製では、53枚のカード全ての状態と挙動を把握して計算して制御。空気の粘性や流れ、そこから生じる浮力も考慮に入れているのは言うまでもない。
特製ローションを始めとする各種薬液は、脳内シミュレーションしてから最小限の実験で使える形にまで持っていく。
そんな風に頭を酷使し続けているものだからどこかが焼き付いてしまったのだろう。
「昔、少し迷惑を掛けたことがあった。その相手が八本指って言われてたのを思い出したんだよ」
ソリュシャンとルプスレギナが散々なことを思っているのは知らず、若旦那様は言葉を続けた。
「八本指は王国に巣くう犯罪組織です。八本指がお兄様に迷惑を掛けたのではなく、お兄様が迷惑を掛けたのですか?」
「おにーさんの昔って子供の頃の話っすよね?」
「ん……、まあな」
自分から話しておきながら、若旦那様の歯切れは悪い。
「その頃、一年と少しくらいを王都の路上で生活してたことがあった」
「へーーー!!」
若旦那様の昔話はレアである。ルプスレギナは身を乗り出して食いついた。
ソリュシャンやカルカたちは、路上生活と聞いて目を丸くする。
カルカは若旦那様の詳しいことを未だ聞かされていないが、ソリュシャンは若旦那様が十年ほど監禁されていたことを知っている。と言うことは、10歳に満たない幼子が一年以上も路上生活していたという事になる。
「その頃の王都は今よりも治安が悪くて昼間から人攫いがうようよしてたんだ」
輝ける美貌の若旦那様の十年前なのだから、さぞや愛くるしい美少年であったことだろう。そんな美少年が路上で生活していれば、奴隷商人が目を付けないわけがない。昼夜問わず追われる毎日だった。
「人攫いっすか。よく捕まらなかったっすね?」
「俺はそんなに間抜けじゃないよ。王都の地理は完全に把握していたからね。断言するけど、ルプーでも俺を捕まえるのは無理だったと思うよ」
無数に敷かれている石畳の一枚一枚の状態を把握するレベルで王都の地理を熟知していた。どこの屋敷のどの時間帯にはどの部屋に何人いて、その時開いてるドアや窓がどれであるかも知っていた。子供の路上生活であっても、衣食住に困ったことは一度もない。衣食は適度に拝借し、寝床は空き部屋を渡り歩いた。
そこに加えて変装する。王国兵士による一斉摘発であっても捕まえるのは不可能だったろう。
「捕まるわけがなかったけどやっぱり鬱陶しくてね。それで、まあ…………、カルカ!」
「はい!」
唐突に名指しされたカルカが背筋を伸ばす。
「たとえ話だ。カルカには敵がいるとする。敵に捕らえられたら嬲り物にされて殺される。カルカだけじゃない。ウレイやクーも、俺やソリュシャンにルプーも同じ目に遭わせてやろうと考えてる恐ろしい敵だ」
「……はい」
「ある日、カルカに呪いが掛かった」
「めちゃくちゃ脈絡ないっすね」
「たとえ話なんだからいいんだよ。呪いに掛かったカルカは三日後に死ぬ。呪いを解くためには生け贄が必要だ。生け贄に出来るのはカルカの敵だけ。敵を生け贄に捧げれば呪いはたちどころに消えてなくなる。代わりに千人の敵が死ぬ。どうする? 敵を生け贄に捧げるか?」
ソリュシャンとルプスレギナにすれば考えるまでもない問いかけ。
しかし、カルカは苦渋に顔を歪めた。元国家元首がこれだから聖王国はダメだったのだ。
「カルカは何もする必要がない。生け贄に捧げる、と言うだけでいい。それだけで千人の敵が死んでくれる。捧げなければカルカは死ぬ。カルカが死んだ後はウレイにクーに、俺にソリュシャンにと順に殺されていく」
「なんで私の名前が出てこないんすか!」
「一々全員の名前を挙げなくていいだろうが。それに殺される奴の名前だぞ……。それで? カルカはそれでも敵を生け贄に出来ないか?」
「生け贄を捧げた報いは……」
「全くない。敵が減って平穏な日々がやってくるくらいだ」
「………………、捧げます」
悲痛な様子で答えたカルカとは対照的に、若旦那様は我が意を得たりとばかりに笑みさえ浮かべて頷いた。
「カルカだって捧げるんだ。幼かった俺が同じ事をするのも当然だ」
「つまり、お兄様は八本指の構成員を千人殺したと言うことですか?」
「いや千人は行かなかったと思うし俺が直接殺したわけじゃないしってかそんなの無理だし。結果的には似たようなことかも知れなかったけど。その時は明日を平穏に生きることしか考えてなかったが、今にして思うと悪いことしたかな」
「それでも千人とかかなりの数っすよ? 一体どうやったんすか?」
「過ぎたことなんだからいいじゃないか」
火をつけたのだ。
地理を完全に把握している子供の火付けである。八本指の奴隷部門に関係する人員が集まった時に、湿度や風向きに近隣の建築物の材料まで確認して火を放った。
死者は八本指に留まらず、大惨事になった。
王国が衰退し続けている要因の一つに、この時の大火が含まれているのは言うまでもない。
それでもこの男に言わせれば、自身の身柄を付け狙う犯罪組織を幾ら処分したところで心は痛まないし、巻き込まれた連中も見て見ぬ振りをして来たのだから似たようなもの。平穏が手に入るのだから悪いことは一つもない。明日の平穏が何よりも大切な暮らしをしていたのだ。
しかし、そうして手に入れた平穏は、ラナーに囚われて終わることになる。
こちらはあちらを知らなかったが、あちらはこちらを知っていたのが最大にして唯一の敗因だった。
それから十年。満ち足りた生活を手に入れ、当時を振り返れば迷惑掛けたなと反省しなくもない。
心にゆとりを持つには生活の安定が必須なのだ。
「今日はこれから皇城に行ってくる。レイナースが迎えに来る予定だ」
暇なようでいて、最近は割と予定が詰まってる若旦那様である。
アルベド様のお言葉によって生じた新たな試練は今日明日にどうこうしなければならないわけでもない。Yes ロリィタ Go タッチ! は時間的に余裕がある。
ティアの調教は期限を半分消化した。まだまだすべきことは残っているのだが、皇帝からの呼び出しは余り先延ばしできない。延ばせても精々一週間で、それだったら先にこちらを終えた方がいい。
「誰かついてった方がいいっすかね?」
「話をするだけだから危ないことはないよ。御者にミラだけ連れてくつもりだ」
▼ ▼
皇城にて通されたのは、帝国なりに最上級の防諜を施した一室である。
ナザリックから見れば失笑してしまう対策で盗み聞きしようと思えば苦もなく出来てしまうのだが、帝国の現在の技術ではこれ以上を望めないのだ。
密室には、帝国からは皇帝のジルクニフとその愛妾であるロクシー。今は帝国に身を置くが、いずれ魔導国に向かうレイナース。魔導国からは学士と御者兼護衛であるミラ。四人の人間は椅子に座り、ヴァンパイアブライドは学士の後ろに立つ。
これから交わされるであろう内容的に帝国からはフールーダがいてもよいのだが、彼の魔法狂いはアインズに帰依しているため、ジルクニフは呼ばなかった。
「レイナースをやる。代わりに知ってることを話せ」
「はて?」
皇帝の言葉が理解できず、学士は首を傾げた。
「レイナースさんが魔導国へ身を置こうと考えているのはレイナースさんの意志ではなく陛下のご意向なのですか?」
「いえ、私の意志でございますわ」
「それでしたら、レイナースさんの代わりに私が対価を払うのはおかしな話です」
「レイナースは四騎士の一だ。抜ければ穴が空く。その穴の対価を寄越せと言っている」
「それは陛下とレイナースさんとの間で話すべき事柄です。私が口を挟むことではありません」
「……チッ」
ジルクニフは渋面を作って舌を打った。
先の仮面舞踏会の翌日。帝都の貴族間で大騒ぎになった。
レイナースの呪いが解けて元の美貌を取り戻した。魔導国の学士と踊っていた。宮廷雀たちが騒ぐのに十分すぎる。
当然の事ながら速やかにジルクニフの耳に入った。レイナースを呼び出し、呪いが本当に解けていることを確認して事の次第を問いただした。
レイナースが四騎士を担っているのは、呪いを解く方法を得るためだ。それが成された以上、レイナースは騎士を続ける理由がない。引き留める材料もない。精々が情に訴えるくらいだ。
失うことが確定した駒なのだから、最後に有効活用しようと考えた。
しかし、投げかけた言葉は右から左へ抜けていく。
「陛下、そちらの学士殿に取引や駆け引きを持ちかけても無駄です。正直に素直な気持ちでお聞きになっては如何ですか?」
人間観察ならジルクニフよりロクシーの方が上となる。ジルクニフが重大な決断を下すときは、常にロクシーが陰にいた。
「知りたいことがある。頼む。教えてくれ」
ジルクニフは帝国の皇帝だ。軽々に頭を下げてよい人物ではない。
そして、それが通用する学士でもない。アルベド様が頭を下げるなら万難を排して無理を通すが、アインズ様が頭を下げても無理な物は無理と断じる。ジルクニフだろうと辺境の幼女だろうと、頭を下げられても意に介さない。
しかし、頼まれたのなら出来ることはしようと考える程度の良識はあった。
「私にお話し出来ることならなんなりと」
「そうか!」
上げた顔には笑みが戻り、レイナースへ顔を向けた時には厳しさがあった。
「レイナース、お前は外せ」
「かしこまりました」
「でしたらミラも外しましょう。陛下との会談が終わるまで外で待ってろ」
「……お言葉ではございますが、私は護衛としてこの場におります。アインズ様のご友人であられるジルクニフ陛下が害を為すことはあり得ませんが、私の役目としてご容赦ください」
学士殿はめっちゃくちゃ面倒になりました。シャルティア様に返品しようかなとちょっとだけ思いました。
「陛下は内密な話をご希望だ。これから話すことは他言無用。アインズ様とシャルティア様の名に掛けて誓え」
「それは……」
「アインズ様に不利益となることを話すつもりはない。それでも誓えないのか?」
「かしこまりました。アインズ様とシャルティア様の御名に掛けて、これからお聞きすることは決して漏らさないことを誓います」
これでもダメなら本当に返品するつもりでした。色々重宝しているし気に入ってもいるので、そんなことにならなくて一安心です。
「そのようなわけで、ミラの同席をお許しください」
「構わん」
ジルクニフは鷹揚に頷いた。
こんなことが切っ掛けであちらの主従の仲が怪しくなって飛び火でもしたら迷惑極まる。
居住まいを正し、ジルクニフは問いかけた。
「お前が舞踏会に連れてきた女。カルカと言ったが、あれはローブル聖王国のカルカ・ベサーレスだな?」
「ご推察の通りです。ですが、ご内密にお願い申しあげます」
「聖王国を襲ってる魔皇ヤルダバオトはアインズの手の物だな?」
「ご推察の通りです。ですが、ご内密にお願い申しあげます」
「アインズは一体何を考えている!?」
「ふむ……」
ジルクニフは、薄々そうではないかと思っていた。しかし、どうしてそんなことをするのか全くわからない。魔導国の力をもってすれば、迂遠な策を巡らすことなく全てを正面から打ち破れるはずなのだ。
「陛下はアインズ様を愚者だと思われますか?」
「まさか! 狂的なほど深遠な策謀を巡らす賢者だ」
「仰る通りでございましょう。狂的であっても狂人ではない。賢者です。真に狂人であれば目的と行動に結びつきはなく、理由もありません。賢者は違います。アインズ様の為さる事には時に飛躍があり、そこをもって狂的に見えることもあるでしょう。その飛躍を飛ばすことなく、一つ一つ推測を重ねていけばアインズ様のお考えに近付く事が出来ます。陛下にお尋ねします。帝国が王国と戦争をしていたのは何故ですか?」
「それは……」
理由は幾らでもある。
そもそも、ジルクニフが始めた戦争ではない。帝国と王国は長年の敵国同士で、戦端が開いたのはジルクニフ以前の事だ。
犯罪組織が幅を利かせる王国は治安が悪く、犯罪が輸出されるのを嫌ったのものある。
敵国なのだから、不慮の事態が発生しないよう牽制する意図もある。
あらゆる理由の中で一番大きなものは、
「沃土だ」
王国の土地の力は帝国より優れている。
しかし王国はその沃土の力でもって、麻薬を栽培している。遊ばせている土地もある。耕作されていても、帝国から見れば非効率だ。
帝国の手にあれば適切な農法によって収穫量が増える。帝国はより豊かになり、元王国民も豊かさを享受することになる。王国の王族やら貴族やらは、この段階に至るまでに退場願う予定だ。
「王国の沃土を手中にし、帝国は繁栄の元をまた一つ手に入れることになります。このように戦争は利益あってのものであり、征服のための征服は意味がありません。如何思われますか?」
「その通りだ。何の得にもならんことをする馬鹿がどこにいる」
ジルクニフの目には、アインズは何の得にもならないことをしているように見える。しかし、アインズは愚者ではない。そこへ生じる齟齬が不快で不可解で、理解出来ないアインズへの恐怖を生む。
「では仮に、帝国の国力が今の千倍あったとしたら。陛下は王国へ戦争を仕掛けますか?」
「それは戦力もか?」
「左様でございます。王国が100万の兵を率いて攻めようも、陛下が指を鳴らすだけで壊滅させることが出来ます。帝国にとっての王国は全くの無価値。文化も歴史も、全てが遙かに劣ります。目を引く特産品もなし」
「しないな。王国が攻めてくるなら焼き払いもするだろうが、撃って出る価値はない。侵略でもしようものなら統治が面倒なだけだ。無価値どころか害悪ですらある」
「王国の民は風が吹けば飛んでしまう粗末な住居に暮らし、衣服は袋に穴を空けた貫頭衣のみ。農耕は悲惨です。灌漑の概念を知らないため、水は全て天水頼り。雨乞いのために夥しい数の生け贄を捧げることでしょう」
「お前の目には王国がそう映るのか?」
「私の目にはもう少し悪く映ります。美化した姿をお話ししているとご承知ください」
ここまで王国を悪く言うのなら、魔導国に取り込まれる前に遣いを出していれば帝国に仕官したと言ったのは本当だと思われた。
「毛の抜けた猿の如き王国人ですが、それでもおそらくは人間です」
「お前の話を聞いていると、王国は帝国に滑稽な姿を見せるために生まれたとしか思えんな」
「その上で王国へ侵略するとすれば。どのようなことが考えられますか?」
「病だな。帝国へ王国の流行病が染らない内に消毒する必要がある」
「慧眼でございます。彼の地は彼ら故に不法に満ちています。焼却処分が適当でしょう。ですが、アインズ様は違うように考えておられるようです」
「それはなんだ?」
「まさか……」
二人の会話が始まって初めて、ロクシーが口を挟んだ。
自身の思いつきが余程意外だったようで、驚きに口を手のひらで押さえている。
「何か気付いたのか? 言ってみろ」
「……ではお言葉に甘えまして」
アインズはいっそ狂的に見えるほどの賢者であるが、狂人ではない。行動には理由があり、目指す的があるはずだ。
帝国にとっての王国は全くの無価値であり、侵略は容易だろうが害しかもたらさない。王国の民は帝国の民と同じ人間であり、とても惨めな暮らしを送っている。
ジルクニフでは絶対理解できない理由を、女であるロクシーは直感した。
「哀れみ、でしょうか?」
哀れな王国の民に真っ当な生活を与えるために、不用どころか面倒でしかない侵略を行い、支配する。ジルクニフでは絶対たどり着けない、共感性の高い女であるからこそ思い至る意外すぎる思い付き。
学士は涼やかな笑みを浮かべて頷いた。
「ご推察の通りです。アインズ様は、とてもお優しいのですよ」
▼ ▼ ▼
ジルクニフが堰が切れたように笑い出した頃、ルプスレギナは自室にいた。
「今日は呼び出されないといいっすね……」
うんざりとした顔で一人呟く。
ティアの調教では、ソリュシャンにルプスレギナも呼び出されることがあった。
ソリュシャンが呼ばれるのはお掃除。胎内に吐き出した精液をキレイキレイするためだ。胃の中はさすがに嫌がったので、飲ませたことは一度もないと言う。これから調教期間の後半に入り、徐々に味を覚えさせていく予定らしい。
ルプスレギナが呼ばれるのは回復。何度も何度も気が狂うほどの快感を与えられ、精も根も尽き果てあちらへ踏み出そうとするティアの命を止めるために回復する。それだけなら惨状にどん引きするくらいで許容範囲だ。
「前回呼ばれたのは酷かったっす……。あんなの回復するなんて金輪際もう絶対ゴメンっすよ!」
若旦那様がアルベド様に下賜されたサキュバス御用達アイテムを調教に使い始めたところまでは良かった。
しかし、アナルプラグなる淫具を目にしたジュネに天啓が降りてしまったらしい。開発を凄く頑張ってしまったようなのだ。
具体的には、たったの一晩で未通からグーまで行けるように広げてしまった。
ちょっぴり切れてしまった。広がりきってきちんと閉まらなくなってしまった。ティアは日常生活にプラグが必要な体にされてしまったのだ。
これは流石にやり過ぎだと、ルプスレギナが回復する羽目になったのである。
土下座するジュネを死んだ目で見下ろしながら、ルプスレギナは回復してやった。
おにーさんに色々おだてられても精神的苦痛は大きかった。
「おにーさんは出掛けてるから無理はしない、はず。……信じるっすよ」
前に入れていい物、後ろに入れていい物を細かく指導されたジュネである。
留守中は手指を使わずに口と舌だけと命じられていた。
ルプスレギナは気怠い雰囲気を漂わせながら、ドアに鍵を掛けた。ドアノブを回して引き、きちんと施錠出来ているのを確認する。
窓にはカーテンを引く。部屋が少し薄暗くなった。窓の外は見えない。窓の外から中も見えない。カーテンを閉めなくても高さ的に三階にある室内を覗くことは出来ないだろうが気分の問題だ。
部屋が完全に密室となってから、ルプスレギナは机の引き出しを開けた。
取り出した物品は、触ると温かい。いや、熱い。火傷するほどの熱さではない。冬空の下で握りしめれば心地よい温度。
「おにーさんはなあに考えてこんなの作ったんすかねー。まあったくエロエロなんすから」
長さが20センチほどの真っ白な丸棒である。太さは5センチはあるだろうか。
「これってどうやって作ったんすかね? 一々掘るわけないだろーし」
表面に小さなぼつぼつが無数についている。米粒大の半球を埋め込んだように見える。もしもこれらを一つ一つ手彫りしていたら、どれほどの時間が掛かるだろうか。
つついてみるとやや弾力があり、何かを張り付けたか塗装を工夫したのだと思われた。
「先っちょが割れてるのって……、変にリアルでエロいっすよ」
先端部は球を潰して斜めに付けたような形状。ここにはぼつぼつがなく、表面は滑らかだ。
その先端に、小さな溝が彫ってあった。溝よりも割れ目が適当か。
実物はこんなに広がってないので、デフォルメしたのか、それともこうなってると好いことがあるのか。
「ちょっち重いっす。私なら問題ないっすけど、こんなの動かしてたら手が疲れるんじゃないっすか?」
持ち上げると見た目に反してずしりと来る。
握ったまま、何度か上下に振ってみた。そんな気分になってきた。
「……まあ、いいっすよね?」
誰にともなく、熱っぽい声で一人呟く。
ルプスレギナはベッドに身を投げた。
ルプスレギナが持っているのは、若旦那様が作った改良型ディルドだった。