目下最大の懸念であったシャルティアとの勝負に決着がつき、ティナの再教育も終えて二人を王都へ送り返した。
一週間後のシャルティアへの一日命令権はお遊びなので措いておき、いよいよソフィーへ直飲みさせるための訓練に取り掛かる事が出来る。幼い体で大きくしなければならない。
以下に女性未満への戦績を挙げると、
シャルティア:問題なくクリアー。
シズちゃん:……なんとかクリアー。
ネムちゃん:………………………………不覚にもクリアー。
アウラ様:ピクリともしない。フェイルド! (ドーピングすれば余裕だが本末転倒のため不可)
いきなり幼女から始めるのは無謀なので、まずはボーダーのすぐ向こうにいるアウラ様で大きく出来るようにすべきである。
しかし、アウラ様はとっても偉い階層守護者。そのアウラ様に向かって「アウラ様のロリボディで欲情出来るよう協力してください」などと言おうものなら裁判を経ずにアウラ様の階層守護者権限で即刻死刑になる可能性を否定できない。
そのため、別件でお越し願う事にした。
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「一応聞くけど、これどうしたの? 帝国に出回ってるわけじゃないよね?」
「皇帝の元には高精細な地図もあると推測しておりますが、一般に普及しているのは非常に簡略化したものだけです。アウラ様に以前お見せした地図を描く際に参考にいたしました」
先だって、アウラは魔導国の支配領域警戒網をどうすればいいものか、この男に相談していた。
警戒網を維持するための組織、効率的な警戒ルート。後者の話が出た際に近隣諸国の地図を提示された。要警戒区域や巡回ルートなどが書き込まれ、今でも便利に使っている。
その時の地図に比べたら、目の前に広げられた地図は遙かに詳しい。
先の地図は都市間の位置関係や大きな街道などは正しく描かれているが、逆を言えばそれ以外は曖昧なところがある。特にこの世界の国境は線ではなく面であるので、どちらでもありどちらでもない領域が多々存在している。はっきりと区切れるのは河川に引ける国境線くらいだ。
ところがこちらの地図は、河川や街道は元より地形すら細かく描かれている。土地の高低は等高線によって表され、いつも上空から見ていた景色はこのように表現されるのかと唸らされる。山脈を這う川が記され、これはあの川だなと見当が付いたときは何とはなしに嬉しくなった。
「こちらの地図は、様々な書物に記述されている地理、王国や帝国に普及している地図、それらに加えて私が実際に目にした景色を元にして描き上げた地図となります」
アウラ様にちょっとあれなお手伝いして欲しいから来てくださいとは絶対言えない。どのネタならアウラ様に来ていただけるか考えた末に導き出されたのが地図であった。
ただの地図では駄目だ。アウラ様の、引いてはアルベド様のお役に立つ精度の高い地図でなければならない。
ソリュシャンの課題図書に出てきた有能執事のジェバンニなら一晩で出来るのだろうが、合間合間を縫って描いていたために数日掛かった。そもそも徹夜なんてしたくない。
「間違いなく帝国にも王国にも、法国だろうと評議国だろうと、これ以上の地図はないと断言いたします」
「へぇ……、言うじゃん」
大言壮語するだけはある地図である。
一度目に焼き付けた物は記憶の宮殿に永久保管し、一枚のキャンバスを60万分割出来る能力を駆使して描いた物が生中なものであるわけがない。もしも帝国の皇帝のところへ持って行けば、金貨1万枚までなら言い値で買うだろう。持って行くのがこの男でなければその後に物理的な口封じが待っている。
「いずれアインズ様へ献上するつもりでございます。アインズ様でしたら近隣の地理はとうに熟知なさっておられるでしょうが、お役に立てるなら幸いでございます。ですが、ご覧の通りに……」
「まあ、ちょっと中途半端だよね」
精度こそ非常に高いが、描かれている領域は以前の地図の半分以下。
西は王国の王都、東は帝国の帝都、南はエ・ランテルの向こうに広がるカッツェ平野の中程まで、北は王国と帝国を隔てるアゼルリシア山脈が北側の三分の一ほどで途切れている。南東の竜王国や王国の西にある聖王国は載ってない。
あえてしたのではない。知らないのだ。地図に描かれている外の領域は行ったことがなければ見たこともない。物の本からある程度の形は想像できても、ここにある地図と同精度のものは描けない。
「実際にその地へ赴き目にすることが出来れば。或いは上空から撮影した写真などがあれば、他の領域の地図も描けることが出来ます」
「……写真なんてどこで知ったの?」
アウラは、目に映る景色そのままを印紙に焼き付ける写真の存在を知っているが、この世界にはない技術のはずだ。少なくとも、アウラはこの世界で写真を見たことは一度もない。
「最古図書館で借りた辞書にカメラと写真についての記述がありました。機会があれば作ってみたいとも思いましたが、私の手製では原始的なものとなってしまいましょう。感光の技術から開発しなければなりませんし。ナザリックには存在しているのではと推測しておりましたが」
「たぶんなくはないと思う、よ?」
ナザリックの最古図書館には多数の映像が収められていることをアウラは知っている。ただし、写真機ではなく、魔法のスクロールで画像や映像を撮影している、のだと思う。詳しいことは知らない。そのあたりはパンドラズ・アクターの担当だ。
「でもとりあえずはこれだけで十分じゃない?」
アウラは、知らないことを誤魔化そうとしているのではない。本当にこれでいいと思っている。
なにせ並べてある地図は非常に数が多い。
縦横の比率が約3対4の横長の用紙で、大きさは大判のノートくらい。それが会議室用の特注大型机の隅から隅まで並んでいている。縦に13列。横に10行。掛けると合わせて130枚。
男が解説するところによれば縮尺は五万分の一で、地図の真ん中にナザリックがあると同じ地図の端っこにカルネ村が来る。
同じ縮尺で以前の地図と同じ領域まで描くと、枚数がざっと四倍以上になる。詳しいのは大いに結構な事だが、情報のオーバーフローと言う奴だ。
「ご意見有り難く。それでは私からアルベド様へ献上するか、アウラ様がアインズ様へお見せなさるか。もしお手数でなければアウラ様にお願いできますか?」
「いいの?」
「勿論です」
アインズは転移の魔法によって長距離移動することが出来る。物流も空を飛べる存在が多数あるので街道や地形など無関係。ゆえに、ナザリックでは地図をさほど重要視していない。しかし、なくていいものではない。
アインズ様がそのような些事に気を回す必要はないので、アルベドはいずれ正確な測量から正しい地図を作製しようと考えていた。着手していないのは優先順位が低いからだ。
そこへアウラが地図を持って行けば大いに評価される。アインズ様に評価されるのはナザリックの全てのシモベにとって無上の歓喜を与えるものであるが、人の手柄を掠め取るようで、罪悪感とまでは行かないが借りを押しつけられたような釈然としない気持ちが残る。
アウラの目は机上の地図と男の顔を行き来し、耐え難い誘惑に抗っている。
「ですが、アウラ様にご相談したかった本題はこれからです。地図の中で何カ所か曖昧なところがございまして、実際に上空からその地を見ているアウラ様にご確認いただきたいのです」
「うぇっ!?」
上手い話には裏がある。ナザリックの一員に相応しい悪い男が罠を張っている。
アウラに難題が降りかかってきた。
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(……どうしてこうなってるんだっけ?)
見上げれば男の顔。前を見ればいつもよりちょっとだけ高い視線。
アウラの足は床についておらず、自分の足で歩いていない。
小柄な体は、何故か男に抱き上げられていた。
始めこそ二人とも立って地図を見ていた。しかし、大きな机に無数の地図が並んでいる。机の反対側に置いてある地図は見辛いし、背の低いアウラでは尚更だ。
一々動き回るのが面倒で、アウラは椅子の上に立った。
椅子の上から、そこはこうでってそこじゃなくてもっと右でこっちから見て右だからそっちは反対で行き過ぎもっと戻って、と指し示していたのだが互いに面倒になった。
よろしいでしょうか? との提案を、初めてじゃないし、とアウラが受け取ってこうなっている。
「この部分に滝があるのですね? 修正しますので右手を使います。私の首にしがみついていただけますか?」
「……うん」
男の腕がアウラの膝裏と背中を支えるお姫様だっこ。背中を支える右手がペンを持つと、アウラは落っこちてしまう。ならば降ろせばいいのだが、修正する度に降ろしてまた抱き上げるのでは面倒だ。
男がペンを持つときは、アウラは男の首筋に両腕を回してしっかりとしがみつく。
男の胸板に顔を押し付け、ペンが紙面を走る音に耳を傾ける。それよりも、男の心臓の鼓動の方がよく聞こえてしまう。そしてそれよりも、自分の鼓動の方が大きく聞こえる。
「終わりました。ご確認ください」
「ん……、それで大丈夫。えっと次は…………何?」
男の首から手を離し、地図を見なければならないはずのアウラは、ちらと盗み見した男の顔が気になった。穏やかな表情が一瞬だけ歪んでいた。
無視してもアウラの立場なら構わないのだが、そんな顔をされれば気にもなる。
「いえ、大したことではありません」
「大したことじゃなくても何かあったってことだよね? で、何?」
階層守護者である己を誤魔化そうとは不届き千万。間を置かずに放った追求の矢に、男は抵抗なく白旗を揚げた。
「実は……、アウラ様のベストのボタンがぶつかりまして。少しだけ痛かったですが、大したことではありません。どうかお気になさらないでください」
アウラが着ている白いベストは金糸で縁取られて非常に格調高い仕立てになっている。ボタンもピカピカ光る金色だ。防御力も抜群で、と言うことはボタンもとっても硬いのだ。
「部屋の温度が少々暑く感じましたので私はジャケットを脱ぎましたが……。アウラ様はお寒くありませんか?」
「私も暑いくらいだけど……」
アウラ様をお招きする会議室が寒くてよい道理はない。冬の夜に備えた服装だと汗ばむほどだ。それに加えて抱き上げている。
率直に言って、アウラも暑いなとは思っていた。
しかし幼い外見でも心は経験してしまった大人の女性。子供のように暑いから脱ぐー、はみっともない気がして出来なかった。
「別にあんたに気を遣ったわけじゃなくて暑いから脱ぐだけだから」
「ありがとうございます」
暑い以外の理由で請われるなら脱いでもいい。
アウラは男の腕から一旦降ろされ、脱いだベストを椅子に引っかけ、少し考えて首から下げたネックレスも外した。ネックレスには金色のどんぐりが付けられており、どんぐりを押し付けられるのも痛いだろうなと考えたのだ。
双子の弟のマーレは銀色どんぐりのネックレスを着けている。アウラと対になってる魔法のアイテムで、互いに通信できる機能を持つ。
ベストを脱いだアウラは、首もとまで覆う赤い長袖のインナーだけの姿となって、再度男に抱き上げられた。
ベスト一枚分の距離が近くなった。動悸がさっきより激しくなる。
忸怩たる思いで告白すると、まだまだ胸が薄い体なので、動悸が伝わってしまうのではないかと心配になった。
「それではこちらは……」
こちらの気を知らないのか、男はさっきと同じ顔で地図に目を落としている。
始めこそ高精度な地図に驚き、雑念なく話をすることが出来ていた。
抱き上げられて距離が近くなると、思い出してしまう。地図に集中しようと思っても、赤裸々な記憶が邪魔をする。
大体全部この男が悪い!
アインズ様の大戦略のために地図を精査するなら真剣にもなれるだろう。しかし、アウラ自身が細かい地形なんて覚えてないし、地図の曖昧な箇所と言ったって道や河川に地形は全て正確なようで景色の良さだとか、水質……は大切かも知れないが水浴びが出来るかどうかだとか、帝国領の観光案内もちょくちょく混じって、左の耳に入った話が右の耳から抜けていく。
集中しようにも難しく、呆と男の顔を見上げる。赤い唇が開いては閉じて、内容はともかく心地よい声が流れ出る。
あの唇であんな事を、と思い出したところで目があった。
慌てて地図に目をやった。
「ひゃん! ななな何すんのよ!」
「申し訳ございません。アウラ様のお耳は長いので、ぶつかってしまいました」
ダークエルフであるアウラの耳は長く、先端が尖っている。
顔を背けた際。耳の先端が男の唇に触れてしまった。
「この部分は少しわかり辛いですね。ペンを持ちますので」
「…………」
何度か繰り返されたやり取り。
アウラは無言で男に抱きついた。
小さな胸が男の体に押し付けられる。
アウラはインナーとその下に薄い下着。男はシャツ一枚だ。
「ここはこうして……。ちょっと違うな。注を入れておこう。……しまった。俺の字は読めないとか言われてたな。もっと丁寧に書かないと。もしかしたらこの地図をアインズ様にご覧になって頂くんだから下手な字は書けない。いや、一から書き直してもいいのか? だとしても修正を入れる前の地図が汚いと後で困らないとも限らないし」
やたらと時間が掛かっている。
その間はアウラに声が掛かることはないし、アウラはしがみついていなければならない。
こんなに距離が近いと、どうしても思い出してしまう。ちらちらと脳裏に浮かぶレベルではなく、克明に。
シャルティアの協力を得てあんな事をしてしまってから、アウラは何度も帝都の屋敷を訪れていた。
仕事の話があったし、顔を見に来るだけの時もあり、お土産を持ってきたこともあった。
あんな事を思い出す時はなくもなかったが、そんなつもりで訪れたことは一度もない。
したいわけではないではないような気がしないでもないが、自分から踏み出したことはないと言うか出来ないし、持ち掛けられたこともない。長居しないように気を付けていたのもある。
それなのに二人きりで距離をゼロにして、ちょっとでも思い出してしまったら動悸が激しくなって、このままではいけない!
「お土産! 私から結構色々持ってきたよね? あれちゃんと食べてる?」
脈絡のない話題転換だったが、男は怪訝な顔をするでもなく返事を返した。
「はい、大変美味しく頂いております。私一人で食べきれる量ではありませんので皆と分け合っていますが、よろしかったでしょうか?」
「ま、まあそれでもいいんだけど! …………メイドとかにまであげてないよね? あ、シクススとかはいいんだけど」
「エ・ランテル及び帝国で雇ったメイドには振る舞っておりません。一番食べているのは間違いなく私です」
「それなら……、うん。それならいいよ」
アウラが差し入れた果物は、アウラの守護階層である第六階層で栽培した物の他に、魔法的な効果がある物もある。
出来るなら後者はこの男にだけ食べて欲しいが、ストレートにそれをやると色々と怪しまれると思って木を隠すなら森の中作戦で行っている。作戦は順調なようだ。
「甘い果物を食べると、アウラ様と一緒に帝都に来たときの事を思い出します」
「あ、あの時ね。そう言えば屋台巡りとかしたっけ」
「アウラ様が甘い物を。私が酸味がある物を」
正しく言うならば、アウラが食べて酸っぱかったのを男に押し付けていた。
「その前のことも思い出します。ドラゴンに乗って天を駆けたのは掛け替えのない思い出です」
「……機会があったらまた乗せてあげてもいいけど?」
「本当ですか!? 是非お願いいたします。現在の私は帝都にいることを命じられておりますので、いずれとなってしまうのが残念な限りです」
「自業自得じゃん」
人類絶滅計画を、アウラも小耳に挟んでいた。バカだと思った。
「お恥ずかしい限りです。ただ、ドラゴンに乗って地上を見下ろした事以外にも思い出すことがあるんですよ」
「……他に何かあったっけ?」
上手いこと話が続き、アウラは勝手に湧き出てくる思い出から気を逸らすことが出来た。
自然に男の顔から視線を外し、あの時に何かあったっけと思い出そうと閉められたカーテンを眺める。
オーガとゴブリンをけしかけたのを有耶無耶にしようとして上手いこと行って。確か天気が悪くて雨が降ってきて。濡れたくなかったから雲の上に出て。自分は平気だったけどこの男は寒かったみたいで。そして、
「アウラ様に女性の体のことをお話したのを覚えていますか?」
「うぇっ!!?」
反らしたかった思い出が、直球で心臓に突き刺さった。
驚いて見上げた男の顔は、優しく笑っている。
何故か距離が近くなってる。
男はいつの間にか椅子に座って、アウラは男の膝の上に乗せられていた。
「その夜はエルフの女性の体について話しました。抱き合って眠ったのを覚えていらっしゃいますか?」
「う…………」
しっかりと覚えている。
男がアウラの部屋を訪れる直前、アウラは初めての自慰をしてしまったことも覚えている。
「そしてあの夜。アウラ様のお体はお話した通りでした」
「っ!!!」
静まっていた動悸が十一の利子を付けて帰ってきた。十秒で一割の極悪金利だ。
「如何です?」
「あっ!?」
背を支えていた男の手が、アウラの脇の下を潜って体の前にまで来ている。手のひらが触れているのは、ネックレスのどんぐりがあったところから、少し右。
膝上に座らされているので、左手はアウラを支える必要がなくなった。アウラの膝を撫で、太股に上がり、内股に落ちて、止まらない。
「よろしければ……」
「………………」
甘い言葉にアウラは顔を伏せ、ほんの少しだけ顎を引いた。