「チェックです」
「おや? 負けてしまいましたか」
「お戯れを。賽の目で決めた勝敗です」
ソリュシャンお嬢様はお嬢様ルックのままだけどソファには座らず給仕役。シクススはこれでもかと背筋を伸ばして直立不動。ホストはお屋敷の若旦那様。ゲストはナザリックからの賓客です。
ナザリックの階層守護者であるデミウルゴス様。風変わりで品の良い衣装を身につけた知的な男性であるが正体は悪魔。ソリュシャンやシクススより地位も強さも遙か上のお方である。
二者は言葉を交わしながら王国や帝国の知識階級に広く知れ渡る盤上遊戯で腕を競った。幾つもの升目にそれぞれ交互に駒を置き敵将を討ち取る戦場を模したゲーム。
(至高の御方のお言葉をお借りすればこれは完全情報ゲーム、最適手を打ち続ければ勝敗は初めから明らか、これに運が絡むゲームならアルベドが負かされたと言うのも頷けますね)
交わす言葉もデミウルゴスを満足させた。
王国衰退の要因。それを挽回する方策。帝国が王国を支配した後に取り得る政策。金と領土と忠義の話になり今は亡き王国戦士長の名があがった。忠義と正義。正義とは何か。思わずセバスに聞かせてやりたいですねとこぼす。王国最大の失敗はこの男を虐げ翼を毟ったからとさえ思わされた。
(アルベドが自分の楽しみのためだけに人間を飼うとは意外でしたが、なるほど)
と思われているのも知らず、デミウルゴス様はお疲れなのだなあと春風駘蕩と揶揄される若旦那様は思いました。
このゲーム、実はラナーと何度もしたことがあった。初めの内は駒の動かし方しか教えて貰わなかったため連戦連敗。その度に「お前は醜いだけでなくとっても愚かしいのね」と嘲笑される。心の奥底に僅かながら存在する自尊心が大いに傷つき、どうすれば勝てるのか考え続けた。たどり着いた結論は、最初から適切に駒を動かし続ければ帰結は明らかであること。つまりは全てのルールを知らずに競っていたようなもので「このアマふざけやがって!」と大いに憤ったのも良い思い出。勝ち負けは最初から決まっているのでゲームとしては今一だが手と頭を使うので思考の整理のお供にはちょうど良かった。
「それらの知識はどこで身に付けましたか?」
と言われても困りもの。読み書きは幼少時に盗み習った。昨今の王国内の動きはラナーから聞かされたこともあった。しかしデミウルゴス様と語り合った内容は全て自論。どこかで身に付けたのではなく、僅かながらに得られた情報を整理し抽出した論理である。
「ご存じと存じますが、かつては火傷の痛みで眠ることさえままならない苦痛の日々を送ってきました。黒粉は常に使用できたものではなかったので苦痛から逃れるには思索の海へ深く身を沈め記憶の宮殿に遊ぶしかありませんでした」
「考え続けた末にたどり着いたわけですか。記憶の宮殿とは?」
「今まで見聞きしたものを宮殿を模した場所に置いてあります。宮殿があるのは私のここですが」
とんとこみかめを叩いた。
ふうむとデミウルゴス。まこと稀有なことに人間相手へ初めての感心。
「そこへ潜っていれば痛みを忘れると?」
「はい」
「試しても?」
「事の後に回復していただけるなら」
「それは約束しましょう。あなたはアルベドの大切な子飼いですから」
「それでしたら」
「汚れるといけませんからシクススは退室することをお勧めしますよ?」
「は……はい」
退室するまでに三度振り返った。
「それでは」
▼
「顔色はさすがに悪くなりましたが眉根一つ動かさないとは。トーチャー泣かせですね」
ふうむと二度目の感心をしながら手を拭う。コップ10杯分の血溜まりはソリュシャンがキレイキレイしました。役得です。
「突然だと驚きますが事前に痛むとわかっているのなら。何の役にも立ちません」
「いや、大したものです」
「恐れ入ります」
デミウルゴス様が人間をお褒めに!? とソリュシャンの驚愕はどこにも伝わらない。
「ですが戦闘に使える特技ではないでしょう。けども戦闘を伴わない戦場もあります。その頭脳、アインズ様のお役に立てるつもりは?」
「アルベド様のご命令があれば」
数瞬、熱い殺意が現実世界を浸食した。
「君がアルベドの子飼いでなければ殺すしかないところでしたが、まあいいでしょう」
無言で一礼。ふと思いついたように、
「そう言えばアルベド様はいかがお過ごしでしょうか?」
知謀の悪魔、ピンと来た。
「今の私は別件でナザリックを離れていますのでアルベドに負担が掛かりすぎていないか心配しています。どこかに補佐をする者でもいれば彼女の負担も減るのでしょうが」
「なんなりとご命令下さい」
「その言葉を待っていました」
さすがはデミウルゴス様。安定のさすデミ。一瞬で男の操縦方法を完熟。とは言っても即戦力とはなり得ない。頭は中々冴えているが法国や聖王国への言及は一度もなかった。歪みきった人生を送ってきたため知識に不足がありすぎる。政務などは到底任せられず、当面はしっかり勉強するようにと言い置いた。
期待していますよと言ってデミウルゴス様はお帰りになりました。
▼
「つ……つかれた…………」
デミウルゴス様の内緒の採用試験を正面突破した男はその場に崩れ落ちた。
痛い思いはナーベラルのボグァとかメキャァの方が上だったし覚悟の時間も与えられた。盤上遊戯は頭の整理で交わす言葉はとても楽しかった。しかし最後のプレッシャーはひどかった。意志に反して身体が現場放棄したがるのだからどうにもならない。立っているのがやっとである。
「デミウルゴス様が人間に期待するだなんて……」
「うう……ソリュシャン、何か甘いものが欲しい……」
「お兄様ったら仕方ありませんわね。でもデミウルゴス様と対等に言葉を交わされるなんて凄いですわ」
「そうかな?」
男が今まで触れあった人物は非常に少ない。アルベドに解放されるまで、直近10年で言葉を交わした者は片手の指で足りてしまう。よってラナーの頭脳が基準である。しかして男から見ればラナーは知らないことを知ったつもりでいる愚か者。但し自己愛の怪物で保身の天才であることは認めている。
「そうですわよ。ご褒美に私のおっぱいは如何です?」
「ソリュシャンはおっぱい出ないだろう?」
「そうお思いでしたらお試し下さいな」
床に寝転がる男の傍に座って膝枕。両手を使ってドレスの襟をずり下げればたゆんたゆんのおっぱいがぷるんと現れる。大きなおっぱいは少し身を屈めるだけで男の口へと近付いた。
ピンク色の突起が口に含まれ、ソリュシャンはうふふと笑った。
「そのまま強く吸って下さい。ソリュシャンの特製おっぱいをたあんと召し上げれ」
くどいようだがソリュシャンはスライム。体の至る所から補食可能だし至る所から様々な粘液を分泌可能。スクロールがそうだったように体内に収めたものを好きなところから取り出すことが出来る。それらを応用するとどうなるか。飲食したお茶や飲料、あまあいお菓子。それらを吸収しきらず体内に留めておけば、そこへソリュシャン汁を適宜ブレンドして好きなところから分泌することが出来る。
(ああ、お兄様が私のおっぱいをちゅうちゅう吸っているわ。うっとりと一生懸命吸っちゃって。シクススがお兄様は可愛らしいと言っていたけど本当ね。いつもは私が吸ってばかりだから今日は私のおっぱいをお好きなだけご馳走しますわ)
愛おしげに髪を撫でながら吸わせる。ふと先ほどの会話を思い出し、気になることを尋ねた。
「正義の話をしていらしたけど、そこではアインズ様の正義はどのようになるの?」
「アインズ様の正義は小さい正義だね」
言い終えるなり先のデミウルゴス以上の殺意が舞った。
「いくらあなたが私のお兄様でアルベド様のご飯でもアインズ様を愚弄することは許さない」
「あなたは私たちの話を聞いていましたか? 聞いていたはずですよねすぐ傍にいたんだから。まさかソリュシャンお嬢様からソリュシャン・イプシロン様に変わると聞こえなくなるってわけじゃないでしょう。聞いてたのにどうしてそんな言葉が出てくるんですか。正義の大小は優劣とも善し悪しとも全く関係ありません。ソリュシャン様の言葉は料理の腕を足の速さで競うに等しい。或いは見上げるような泥山と拳大の綱玉のどちらが高価なのか、もしかしたら泥山には鉱脈があるかも知れないけどそんなものはわかったものじゃない。大体お兄様ってのは偽装でしょうが」
「そんな! 私はお兄様を本当のお兄様と思っているのに……」
「なに話を逸らしてるんだ」
いいですか? との言葉からデミウルゴス様との会話の解説を装ったお説教の振りをした鬱憤晴らしが始まった。アルベド様がいらっしゃらない憂鬱とメイド達から夢精トカプークスクスされる恥ずかしさをここぞとばかりにぶつける。しかしソリュシャン様の不見識を正すという立派な理由があるのだから仕方ない。しかしおっぱいを吸いながら吸わせながらなのでまことにシュール。
あーだこーだうーたらどーたら、もしかしてソリュシャン様は、
「おバカなんですか?」
「違うわ! それはシャルティア様の担当よ!」
きっとそんなことを言ったのが悪かった。
その夜。
壁を血飛沫が汚す若旦那様の寝室にて。渋面を作る男と天を仰ぐソリュシャンの前に。上から下まで赤と黒に統一したドレス姿。
鮮血の戦乙女が土下座を敢行していた。
■
シャルティア・ブラッドフォールン。
デミウルゴスと同じくナザリックの階層守護者。少女と女の美しさを併せ持つ十代半ばの美しい少女に見えるが本性は始祖の吸血鬼にして戦闘力はアインズ様をも凌駕するナザリック防衛の要の一つ。
シャルティアは彼の男の血液がとっても美味しいのにアルベドが独り占めするのは許し難い蛮行であると考えた。喜びは皆で共有するべきなのだ。皆には自分も当然含まれる。よって吸血鬼らしく夜襲を決行。
お屋敷はアルベド様のお食事処であり現在はメイド研修場も兼ねる。アルベドご飯やメイド教官たちは戦闘力皆無であるため防備は完璧である。百万匹のビーストマンが襲ってきても返り討ち余裕、エ・ランテルの5年分のお肉が備蓄できます。しかしシャルティアはナザリック所属。警戒をあっさりスルー。ゲートの魔法を使用してお屋敷に侵入楽勝でした。そうして見つける美味しい血袋。
一応はアルベドご飯であるためシャルティアは全ナザリックが驚く優しさを発揮して、ちょいと血をおくんなんし。
『お断りします』
シャルティア激高、人間如きが私の要求を断っていいと思ってるのか!
小突かれ吹き飛び壁のシミ一歩手前。
折悪しく、デミウルゴス様との対談でお兄様はお疲れでしょうから、と言うことでソリュシャンはベッドを別にしていた。しかし轟音に驚き急行。
『シャルティア様!? その者はアルベド様のお食餌なのですが』
『ああ!? 大口ゴリラのことなんて知ったことか、こいつは人間のくせに私の要求を断った!』
『ですがデミウルゴス様もこの者には期待しているとお言葉を残されたばかりでして』
『えっ』
『それだけでなくモモン様もこの者との会話を楽しまれていたようです』
『アインズ様が!? ちょ、ちょ、ソリュシャン! これの回復をしておくんなんし!』
『直ちに』
『このことはアインズ様には内緒にして欲しいでありんす 』
『お断りします』
『あ゛あ゛!?』
『私の保身でもシャルティア様への意趣返しでもありません。虚偽の報告は出来ないと言うだけです。確かにアインズ様は偉大です。どんなに小さな嘘でもお見通しでドラゴンがカタツムリに噛まれた程度の痛痒しか感じないでしょう。ですが間違いなくお心を痛めるに違いありません。なにせナザリック一の忠臣であられるシャルティア様が嘘を吐けと仰るんですから。それは裏切りの萌芽ですよ。まさかアインズ様はシャルティア様に裏切られるとは思ってもみないに違いありません。だと言うのに……くっ……、アインズ様のご心痛を思うと……くっ!』
『そ、そんな……! 私は……!』
過日、操られたとは言えアインズ様に刃を向けてしまったシャルティアには効果覿面だった。アルベド様が聞けばざまぁでもちょっとかわいそう、アインズ様が聞けばそこまでいくと言い過ぎだぞ。しかし男はそんなことをつゆとも知らない。
横で聞いてるソリュシャンはシャルティアを庇ってやりたかったが痛い思いをしたのは男だし下手に口を出すと飛び火しかねない。すごくデジャヴを感じる。アルベド様のお気に入りでデミウルゴス様と話が合うんだから悪魔のような男であるのは間違いなかった。
『ど、どうすれば許してくれるでありんすか?』
『許す許さないではありません。シャルティア様のお心の問題です』
『うう…………』
古き善き日々。己の創造主であられるペロロンチーノ様が度々為されていた最大限の謝意を示すポーズを敢行。
▼
もちろん意趣返しである。
壁のシミにさせられかけたことではなく、アルベド様をこともあろうか大口ゴリラ呼ばわりしたことへの怒りである。お美しいアルベド様へ対してなんたる不敬! いくら親しかろうと言って良いことと悪いことがあるのだ。
しかしポロポロと涙を落としながらアインズ様アインズ様と唱えるシャルティアはちょっとだけかわいそう。良心などとうに投げ捨てたつもりの男だがアルベド様との不和の芽となり後に尾を引くのは困りもの。
シャルティア様のお心はよくわかりました、やはりシャルティア様はナザリック一の忠臣であるに違いありません、アインズ様もきっとお喜びであることでしょう、私の胸に収めておくのは少々重い一事ですがシャルティア様のためとなるならこの重みにも耐えましょう、どうか頭をお上げ下さい。
男がそう提案しようとした矢先だった。
いつかのようにアルベド様がお越しになるのなら問題万事解決めでたしめでたし待った無しだったのだが、残念なことにそうはならなかった。目元をさっと拭ったシャルティアが覚悟の面持ちで顔を上げた。
「お前がわたしを殴りなんし! それでおあいこでありんす!」
いやいやいやおあいこになるわけないでしょうとソリュシャンは思ったのだがシャルティア様が聞き入れるわけがないのはわかりきっていた。