「ヤバいマズいヤバいマズいヤバいマズいヤバいマズい……………………どうしよう!!」
ナザリック第六階層ジャングルに立つツリーハウスの一室にて、アウラは震えながら頭を抱えていた。
顔色はかなり悪い。アウラとの仲が微妙なシャルティアであっても気にかける程度には真っ青だ。
昨夜遅くに帰ったアウラは、服を着たまま風呂に飛び込んでエルフメイドたちを驚かせた。着衣入浴は帝都で流行ってるらしいと出鱈目な言い訳をしてエルフメイドたちに帝都への誤解を与え、早々に就寝。
翌朝つまりは今朝はいつものように起き出してパジャマのまま朝ご飯を食べて着替えようとして、大切な物が胸元を空けていることに気が付いた。
焦ったが、いつどこで外したかはっきりと覚えている。
いつものズボンにベスト姿だと胸元に気付かれてしまうので、その上からマーレのとは少し違う襟付きマントを羽織って第十階層へさくっと移動。
アウラはレンジャーにしてビーストテイマーであって、使える魔法は数が少ない。目当ての魔法は修得難易度が低いのだが、アウラが使える系統の魔法ではなかった。けどもナザリックに多数いるリッチ系のアンデッドたちなら全員が使用出来るので、最古図書館の司書の誰かに頼むのだ。
上層に移動してシャルティアの階層にいるリッチたちに頼むのはありかと言えば絶対なしである。間違いなくシャルティアの耳に入り、そこからろくでもないことに発展するのが目に見えている。
朝早いため、最古図書館の利用者が少ないのは幸いだった。
手すきの司書を捕まえ、帝都にいる男へメッセージの魔法を飛ばしてもらった。
しかし果たして、目当ての品に心当たりがないと返ってきた。
件の品を外したのは、間違いなく帝都のお屋敷の会議室。ベストを脱いだと一緒に外したはず。
色々した後、シャルティアが来たとか聞いて慌てて服を着て窓から飛び出した。
ちなみにパンツを穿く暇はなかった。ちょぴっと染みたパンツはズボンのポケットに突っ込んでノーパンのまま帰ってきた。
聞いたところによると、アウラが帰った直後に地図を拾い集めるため会議室の床は隅から隅まで確認したと言う。探したのがミラやメイドたちだけだったらもう一度探せと言ったろうが、探したのはあの男である。
アウラが起居するツリーハウスは巨木をくり抜いて居住空間を確保した住居であり、地下には根を張り樹上には無数の枝が張りだしてそれぞれが無数の葉をつけている。その葉っぱの枚数を一枚単位で数えた男が、多少広かろうとも一室の床に落ちてる物を見逃すはずがない。
会議室になければない。屋敷中を捜索させようとの提案は断った。
そして冒頭に戻る。
ナザリックには失せ物探しの魔法を使える者がいる。
そうすればどこで落とそうと、落とした品を誰かが拾っていようと、確実に発見出来る。
しかしそうすると、何を落としてしまったのか知られてしまう可能性がある。可能性は僅かであっても、知られてしまうのは非常にマズくて滅茶苦茶ヤバい。
アウラが落としてしまったのは、金のどんぐりネックレスである。
至高の御方々の一柱であり、アウラの創造主であるぶくぶく茶釜様がアウラのためにと授けてくださったアイテムなのだ。
この世に二つとない唯一無二のユニークアイテム。
希少価値云々で計れる物ではない。今やお隠れになってしまわれたいと尊き方との絆を示すとてもとても大切なアイテムである。
もしもなくしてしまおうものなら、叱責とか怒られるとか、そのような次元ではない。ナザリックの全員から失望と最大限の軽蔑の対象となる。
アウラとて、マーレがアウラと対になってる銀のどんぐりネックレスをなくそうものなら、あんたは本当にいったいなにやってんの、と深い失望を感じるのは間違いない。
アウラはそれを落としてしまった。
落とした場所はわかっている。誰かに知られる前に自分の手で見つけださなくてはならない。
会議室で落とした。
その直後に会議室からなくなっていた。
あの男やミラがアウラに嘘を言うはずがなく、拾った物をこっそり懐に入れるわけがない。
二人ではないなら別の誰か。
あの時、アウラが急いで会議室を抜け出たのはシャルティアがやってきたから。
「って、シャルティアしかいないじゃん!!」
アウラが叫んだその時、出待ちでもしていたのか、ピッタリのタイミングでノックもなしにドアが開かれた。
「呼びんしたか?」
「シャルティア!?」
青ざめた肌に紅い唇を歪に釣り上げたシャルティアが、それはそれは得意げな顔をして言い放った。
シャルティアの向こうではエルフメイドたちがおろおろしている。アウラの部屋に誰も入らないよう守っていたがシャルティアに押し通られ、どうすればいいのか困っているようだ。シャルティアはあれでも階層守護者。エルフメイドたちを責めるのは酷である。
「……シャルティアと話があるから誰も入れないで」
「かしこまりました」
エルフメイドたちはドアの向こう側。シャルティアはこちら側。
分厚い木のドアがシャルティアの後ろで静かに閉まる。シャルティアは鍵を掛けた。
▼ ▼
「アウラが私に会いたいんじゃないかと思いんしたが丁度良かったようでありんすねぇ? ま、こっちに来て座りなんし」
アウラの部屋なのにシャルティアは我が物顔に振る舞って、自身が座るソファの隣をぽんぽんと叩いた。
アウラに逆らう選択肢はない。大人しく座るアウラに、シャルティアの笑みが裂ける。
「今日はまた珍しい格好をしていんすねぇ?」
「……そう言う気分だから」
「ほお! そう言う気分! 外ならまだしも部屋の中でマントはおかしいんじゃないでありんしょうか? あつっくるしいから脱ぎなんし」
「……別に暑くないし」
「ほー? へえぇ? ふっぅうううううん? 私はてっきり胸元が寒いから着てるのかと思いんした」
アウラはきつくシャルティアを睨みつけた。
アウラに睨まれた程度でどうにかなるシャルティアではなく、むしろ睨まれるのが心地よいとばかりに笑みを深めた。
「変身してでかぱいになっても胸元は寒いまんまでありんしょうねぇぇええ?」
「くっ!」
変身とかでかぱいとか言うなと言ってやりたい。しかし、言えない。
胸元が寒いのは確かだ。胸に穴が空いたかのような虚無感がある。その理由を、シャルティアは知っている、かも知れない。おそらくは知っている。
しかし、もしも知らなかったら。
自分が大切なアイテムを落としてしまったのを知られてしまうわけにはいかない。シャルティアは知らない前提で話を続けなければならない。自分から触れてはならない。
「子供形態のアウラはまだまだチビちゃんでありんすから? 胸元が寒くなりんせんようネックレスとかいいんじゃないでありんしょうか? そう言えばアウラの創造主であられるぶくぶく茶釜様はアウラのためにネックレスを授けてくださいんしたねぇ? ぶくぶく茶釜様から授かったネックレス! ああ、なんてなんてうらやましいことでありんしょう!」
「…………」
「ああうらやましい。おおうらやましい。うらやましいからちょっとだけ見せてくんなましえ?」
「………………やだ」
「やだ!? アウラはやだと言いんしたかぁ? やだと言われるとは思いんせんでありんす! 私なら至高の御方に授かった品物は見せびらかしたくて見せびらかして仕方ありんせん!」
断られたシャルティアは嬉しくて仕方ないと言わんばかりに満面の笑み。
対照的にアウラは暗い顔で深く俯き、マントの袷をぎゅっと掴んだ。
「アウラはイヤでもマーレは私と同じでありんしょう。確かマーレはアウラと対になってるネックレスと持っていんしたね? マーレに見せてもらいに行ってきんす! マーレならきっと素直に見せてくれるでありんしょうねぇ? アウラと違って」
くっひっひ、と邪悪な笑いがアウラのすぐ隣から聞こえてきた。
「そうしたら? マーレのネックレスは、アウラのネックレスと対になっていんすから? マーレのネックレスを見せてもらいんしたら? アウラのネックレスと一緒に見たくなりんすよ? もちろんマーレもだいっっ賛成でありんす! アウラとマーレのネックレスはぶくぶく茶釜様から授かった特別ですぺっしゃるなアイテムでありんすからねぇぇええ?」
立ち上がろうとしたシャルティアのドレスを、アウラは反射的に握っていた。
「待って!」
「ほう…………、待って!? 待ってと来んしたかぁ……! 他ならぬアウラの頼みでありんすから? まあ特別に? 待ってあげてもいいでありんすよ?」
座り直したシャルティアは、プルプルしてるアウラの肩に馴れ馴れしく腕を回す。
アウラはシャルティアを拒めない。
シャルティアは物凄くうざかった。
いつものアウラだったら、シャルティアがここまでうざくなる前に手が出てる。
しかし、今は出来ない。
もしもシャルティアが知っていて、と言うか間違いなく知っているのだろうが、ここで下手に出ていれば内々で収めてくれるかも知れない。
けども手を出してしまったら、マーレに知られる。コキュートスにもデミウルゴスにもセバスにもアルベドにも、ナザリック中に知られた末にアインズ様にまで知られてしまう。シャルティアだったら絶対やる。シャルティアに善意を期待するなんて、ハムスケに翼を生やして空を飛べと言うより馬鹿げたことだ。
アインズ様に知られるなんて想像もしたくない。間違いなくお怒りになるのだから。
「アウラは私を呼び止めて、いったい何の用でありんすかぁ?」
「くっ……。シャルティアの方こそ何? 私に何か用があるから来たんでしょう?」
「そうでありんすねぇ? アウラとちょーーーーーっとばかし内緒話をしに来んしたでありんすけどもお互い守護者で忙しいでありんしょう? また日を改めて」
「今大丈夫だから。私、お休みだし」
お休みだから、昨夜はお泊まり提案に乗ったのだ。
逃げ帰らずそのまま泊まっていればと思っても後の祭り。
「なんと奇遇な! 私もお休みを頂いていんす。それなら今日は? アウラと一緒に? たあっぷりとガールズトークと行きんしょうかねぇ? くっふっふ…………!」
シャルティアはかつてないほどのどや顔だった。
▼ ▼ ▼
エルフメイドたちにお茶の用意をさせて、マーレが来ても入れないよう言い含めてからもう一度ドアに鍵を掛ける。
紅茶は香り高いマスカットティー。茶請けが各種果物なのはアウラの好みだろう。アンバランスだが、飲料以外は基本的に口にしないシャルティアには関係ない。
「アウラとこうして二人きりで話すのも、初めてじゃありんせんけどたまにはいいでありんすね」
「……うん。まあ……。たまには……」
シャルティアはティーカップをとって香りを楽しみ、喉を潤す。
アウラは手が出ない。両手はずっとマントがめくれないよう握っている。
「時々帝都に行ってるでありんしょう? お兄ちゃんとどんな話をしていんすか?」
「へ? お兄ちゃん?」
「………………アルベドの相談役になったあの男でありんす。私より年上に見える大人の男をお兄ちゃんと呼ぶのがそんなにおかしいでありんすか!?」
「おっ、おかしくないから! そうだよね、お兄ちゃん、お兄ちゃん……、マーレもお兄ちゃんとか言ってたしお兄ちゃんでもおかしくないかな?」
「マーレがあいつをお義兄ちゃん呼び? マーレのお義兄ちゃんならあいつはアウラの」
「違う違う! 大人の男だからお兄ちゃんって呼んでもおかしくないからって、シャルティアも今自分で言ったばっかじゃん!」
「そっ……、そうでありんすね……」
シャルティアが言葉を濁して紅茶に口を付けるのを、アウラは突っ込めない。
シャルティアに急所を握られているかも知れないのもあるし、アウラ自身も全く同じ勘違いをしたことがあるからだ。
シャルティアがくぴくぴと紅茶を飲み、いい加減喉が乾いてきたアウラも果物に手を伸ばす。
先日、帝都へお土産で持って行ったのと同じ葡萄だ。
皮が薄い品種なので、そのまま全部食べられる。皮ごと食べると渋みがあるので、全部食べるかどうかはその時の気分次第。今日は皮を剥く余裕がなくて、丸ごと飲み込んだ。
「お兄ちゃんとは仕事の話が多いかな。私はナザリックの外での警戒を担当してるから、どういう風にやれば効率いいかって話とか」
「ほーん?」
シャルティアは外でのお仕事にナザリック発の航空便を管理してたりするが、メインはナザリック内の警備である。
日頃からは想像も出来ない真面目さで取り組んでおり、警戒云々についての話は興味をそそった。
具体的な話に行きたいところだが後回し。目当てはもっと違うことだ。その辺りの話は今度お兄ちゃんに聞いてみようと心にメモする。
「面白そうでありんすが後にしんしょう。もっと違うことはしないんでありんすか?」
「違うこと?」
「手を出しなんし」
アウラに右手を上げさせ、親指と人差し指で輪を作らせる。
シャルティアは左手の人差し指と中指を揃えて伸ばし、アウラが作った輪の中に抜き差しした。
わからないほどうぶなアウラではなかった。
「しないよ!? してないから! あんなことしたのシャルティアと一緒のあの時だけだから! …………ひゃぁっ!?」
頬にぬめった感触。
シャルティアから距離を取ろうにも肩を組まれているので離れられない。
「こいつは嘘を吐いてる味でありんす!」
「嘘の味!? そんなのわかるわけないじゃん!」
「私にはわかるんでありんす!」
真剣な顔でアウラを見据えるシャルティアだったが、目を泳がせるアウラを見てにへらと笑み崩れ、アウラの肩に深く腕を回す。
頬と頬を寄せ合う距離で、小さく囁いた。
「私とアウラの仲でありんしょう? 私と一緒にお兄ちゃんと好いことしたのを忘れんしたか? 私にだけなら構いんせんでありんしょう? アウラが正直に話すなら私も正直に知ってることを話しんす。さあ……、私にだけ……、話しておくんなんし……」
甘い声が誘惑する。
吐息が耳朶を舐めている。
「話したら……、シャルティアも正直に話してくれるんだよね?」
「もっちろんでありんす! お兄ちゃんとどんなプレイをしてきたのかぜーーーんぶアウラに話しんすよ?」
「そういうんじゃないから! …………わかってるでしょ?」
「……ま、仕方ありんせん。アウラが知りたいことを話しんしょう」
「私が知りたいことわかってる?」
「おやおや、アウラは欲張りでありんすねぇ?」
「わかってないならいい。何も話さない。…………………………ティトゥスに相談する」
司書長のティトゥスから失せ物探しの魔法を使える者を教えてもらい、出来る限り詳細を伏せた上でネックレスを探してもらう。
最悪の場合、何を探しているか気付かれる。その時は何としても話を広めないで欲しいと頼み込むつもりだ。知られてしまった者からは軽蔑の対象になってしまうだろうが。
シャルティアに誤魔化されはぐらかされてずっとからかわれ続けるよりも、マシではないかも知れないが仕方ない。
それはシャルティアにとってもいささか都合が悪い話である。
ティトゥスの所へ話を持って行かれてはアウラをからかい、もといガールズトークを続けられない。
その上、アウラのネックレスを持っているのがシャルティアだと知られたら、お前はなんて事をしているんだと非難の対象になってしまう。
今ならまだ落とし物を拾ってあげた優しいシャルティアでいられる。
「アウラの寂しい胸のことでありんす」
「おっぱいがちっちゃいとか言う話じゃないよね?」
「細かいこと言いんすねぇ。アウラのネックレスのことでありんすよ」
「もしかしてシャルティアが持っ」
「おおっとぉ!?」
シャルティアは、ビシッとアウラに人差し指を突きつけた。
「それは気が早すぎでありんしょう? まずはアウラの話をじーーーーーーーーっくりと聞かせてくんなまし♡」
「…………わかった」
多分おそらくきっと、ネックレスはシャルティアが持っている。
アウラに拒否は出来なかった。
同じソファに座って、深く肩を組まれ、頬と頬が触れ合う距離で、アウラは昨日のことを話し始めた。
毎年の事ながら花粉が飛び始めました
パフォーマンスがすっごい低下してるのを感じます