アインズ・ウール・ゴウン魔導国の偉大なるアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が滅茶苦茶強くて滅茶苦茶怖くて何もかも滅茶苦茶にしてしまう恐ろしい難敵魔皇ヤルダバオトを成敗しました。
偉大なる支配者の偉業は遠い王国にも聞こえています。
王国も魔皇から甚大な被害を被りました。魔皇の爪痕は王都のそこかしこに残れども、憎き強敵が打ち倒されたとの報はまさに福音です。
貴賎問わずに祝杯を挙げ、魔皇の滅びを喜びました。
しかしながら、ちょっとした祝賀ムードの王都であっても苦い酒を飲んでいる者もいました。
彼女たちは王都で一番の高級宿で難しい顔を突き合わせています。ちょっと人に聞かせるわけにはいかない話をしているので、ドアに窓を堅く閉めてちびっ子仮面も可能な限りの盗聴防止魔法を施します。そこまでしてしまうと内緒話をしていると丸わかりなのですが、こう言ったことが担当の双子忍者(ry)は別室にこもっているのでした。
「あいつらが持ってきた話、どう思うよ?」
ごきゅごきゅと酒杯を飲み干してから口を開いたのは人化したオーガの如き巨漢、もとい巨女のガガーランです。
「何とも言えないわ。そんなことはあって欲しくないしあり得てはいけないことだけど……」
「ふん。はっきり言ったらいい。バカどもがバカをやってもおかしくない。そうだろう?」
三人の中で紅一点に思える金髪の女性が、冒険者グループ「蒼の薔薇」のリーダーを担うラキュースです。
ラキュースの言葉を鼻で笑ったのがちびっ子仮面ことイビルアイ。
三人は、魔皇がやっつけられたにも関わらず難しい顔をしています。それというのも、ティアとティナが困った話を持ち帰ったからなのです。
ティアとティナは王国の王女ラナーの密命で、帝都へ赴いていました。三人も会ったことがあるエ・ランテルの大きなお屋敷の若旦那様が目当てです。
若旦那様はただのお坊ちゃんではなく、魔導国の宰相閣下に言葉を届けられる地位にあるようなのです。帝都では魔導国からの学士でありながら公使として扱われ、まるで国賓のような待遇を得ていたとか。
その若旦那様だかお坊ちゃんだか学士だか公使だかの宰相閣下のお付きの男と接触することに成功したティアとティナは、魔導国が現状をどのように捉えているかを聞かされました。
魔導国と王国は緊張状態にあっても敵対しているわけではない。
魔導国に王国へ攻め入る意志はない。
しかし、魔導国と王国は必ずや戦争状態になる。
つまり、王国が魔導国へ戦争をふっかけるから戦争が始まる、と言うことなのです。
「先の会戦で当主や嫡子を失った家は多いわ」
「ただでさえボンクラしかいねーのにみそっかすのクズが男爵さまだ伯爵さまだってふんぞり返るってことだろ?」
「資質に欠けてるって言いなさいよ」
王国と帝国との会戦と言う名の大虐殺で魔導王と相対した事がある者たちなら、間違っても魔導国と敵対しようとは思えません。
けども、魔導王の力を知らない者ならその限りではないかも知れないのです。
みそっかすのクズのボンクラが降って湧いた当主の座に有頂天となって、身の程知らずに魔導国へ弓を向ける。そんなことはあるわけがないと思いたいのにあり得ないと断定できないところが王国貴族の怖いところ。
ガガーランが持つ酒杯は何を注いでも苦くなってしまうし、ラキュースはいいとこでお嬢様をしていた時のことを思い出して頭痛が痛くなってしまいます。
「あんな小僧の言葉があてになるか! モモン様だ。モモン様しかいない!」
ドンとテーブルを叩くイビルアイはそればっかりです。
モモン様にはお美しい婚約者がいらっしゃるので振り向いてもらえる可能性はゼロとわかっているはずなのに、都合の悪いことは記憶から抹消されているのでしょう。口を開けばモモン様モモン様です。
いい加減辟易しているラキュースとガガーランですが、今度ばかりはイビルアイの言葉は尤もでした。
彼の若旦那様には一度しか会ってない三人ですが、「王国にはアダマンタイトすら石ころに変える大魔法が掛かっている」なんて聞かされれば王国のために動いてもらえるとはとても思えません。
対してモモン様は、かつて王都に攻め入った魔皇を撃退していますので、王国の力になってくれないことはないでしょう。人格的にも尊敬できます。実力は彼の魔導王の抑止になれるほどです。更に加えて、その魔導王と対等な友好関係を築いているようなのです。
宰相閣下のお付きと、魔導王の友人。重きを置くべきは断然後者です。
冒険者である彼女たちは必ずしも王国のために働く必要はないのですが、祖国の危機を防ぎたいのは当然です。王国の生まれではないイビルアイだって、モモン様にお会いしたいのが一番でも戦争を防ぎたい気持ちは同じです。
イビルアイが望む通りにエ・ランテルへ向かうことになったところで、相談に参加してない二人に意識が向きました。
「で、あいつらはどうした? どうして参加しない?」
もしかしたら王国の未来を決定づける大切な相談です。
それなのに姿を見せず部屋にこもりきりのティアとティナは、イビルアイの目に余りました。
ラキュースとガガーランは思わず顔を合わせて、何故か顔を赤らめたラキュースが早口に答えます。
「二人ともエ・ランテルに向かうことは納得済みよ。多分そうなるだろうって言ってたから話がまとまったら後で教えてくれたらいいって言っていたわ」
「だとしても私たちはチームだ。話し合いには参加するべきだろう!」
「あいつら帝都に行ってる間に自給自足覚えやがったんだ」
「自給自足?」
ラキュースとは対照的に、ガガーランはニヤリと笑います。
「イビルアイは知らなくていいからむしろ知っちゃダメだから! ガガーランは変なこと言わないで!」
「へいへい」
「……自給自足?」
イビルアイの言葉を遮るように、ラキュースも酒杯へ手を伸ばします。
イビルアイは小首を傾げ、ガガーランは笑うきりで、ラキュースはよほど答えたくないようで酒杯を次々に空けていきます。
姉妹が目の前で深い口付けをしたのは、ラキュースにはとてもショックなことだったのです。
そう言うことをそれぞれがしているのは知っていても、目にしたのは初めてだったものですから。
▽ ▽
「ティナと合わせるの初めてだけど中々。『シャルティア様に仕込まれた?』」
「『お付きの方と』。ティア慣れてる。けっこうイイ」
話に加わらなかったティアとティナは、隣室のベッドで絡み合っていた。
股を開いて座るティアの太股にティナが太股を乗せ、もう一方の太股では上下が逆になって抱き合っている。特に密着しているのは互いの性器。
男女の交わりに様々な体位があるように、女同士の貝合わせにも幾つもの体位がある。貝合わせの対面座位はどちらかが上位になることなく、互いに息を合わせてあまやかな官能を得ることが出来る。
双子もとい三つ子なティアとティナの息が合うのは当然だった。
「三桁行ってるから。こっちの経験じゃティナに負けない」
「量より質だから。んっ……、ティアの毛がちょっとくすぐったい」
「……私もツルツルにするべき?」
「どっちでも。私はピンクにしたい。早く会いたい」
「今頃隣で決まってるはず」
『お嬢様の依頼はあっさり完了』
ティアとティナが絡み合っているのは、仲間たちの邪魔が入らないようにだ。
ラキュースは絶対入ってこない。イビルアイが入ろうとしてもラキュースが止める。性にあけすけなガガーランだって情事の邪魔をする野暮はしない。
『エ・ランテルに行ってもボスがいなかったらどうする?』
『その時はその時。時期までは言われてなかった』
『ヤルダバオトが倒されたから戻ってもおかしくはないけど』
『そもそも帝都に行ってる理由が不明。学士とか言うのはたぶん建前』
『………………ラナー関連?』
『そこまではわからない』
口からは艶やかな声をあげつつも、両手はせわしなく動いている。二人の重要な会話は手話で行われており、覗かれても内容が漏れる心配はない。
「………………」
「どうした?」
『ボスはラナーのことを、クライムと乳繰りあってればいいと言ってた』
『ラナーがクライムに執着しているのは王宮に出入りしてればわかる。ボスとラナーの関係はわからないけど無関係じゃなさそう』
『だから、クライムはわかる。わからないのはザナック』
『……確かに言ってた。クライムで足りなきゃザナックがいるって』
『どうしてザナック?』
『間違ってもラナーの好みじゃない』
『乳繰りあうんじゃなくて話相手かも?』
『ラナーが頭いいのを知っててまともに会話できそうなのはザナックだけ、なのかも?』
『まあ、考えても仕方ない』
『言い出したのはそっち!』
『ともかくラキュースをエ・ランテルに連れて行って』
『ご褒美にボスに可愛がってもらう』
ラキュースを連れてくるよう二人に依頼したのはお嬢様なのだが、二人にとっては同じ事。
隣室と同様にこちらでも話がまとまって、二人は本格的に腰を使い始めた。
話がまとまったのを知らせようとラキュースがドアをノックしたのだが、漏れてくる嬌声に顔を真っ赤にして引き返した。
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ところで、公使の仕事とは何か。
公使とは、つまるところ外交使節である。外国との交渉や自国民の保護を行う国家の代表者と言ってよい。
とは言っても魔導国から帝都に出張して来ている男は、あくまでも公使として扱われているのであって公使ではない。実際は学士である。国家の代表と言えるほどの権限は何も持っていない。
それはさておき国家の代表者が表の仕事とすれば裏の仕事は何か。裏と言うほど隠れていない公然の仕事は、外国の情報を集めることである。
主な手段はあちこちに顔を出して人脈を作ること。太くした人脈から国家中枢へのパイプをつなげられれば尚よし。勿論人脈作り以外にも情報収集の手段は多種多様で、乱暴に言えばスパイから非合法活動を除いたものと言って良い。
逆から見ると、スパイから非合法活動を除くと外交官になる。
尤も、魔導国と帝国においては必要ないことである。
魔導王と皇帝は個人的な友人関係にあるし、情報が欲しければ魔導王の凄い魔法で何でもぶっこ抜けてしまう。
ではそれ以外に公使の仕事は何があるか。サボリがちで大使ってもんはこれだからと言われる大使でも絶対に忘れないその仕事とは、本国の慶事を祝うことである。
なんちゃって公使である男もこれには全力投入した。
▼
お屋敷の若旦那様が密かにエ・ランテルへ一時帰還した翌日以降。お屋敷はにわかに忙しくなりました。
それというのも、若旦那様から相談されたセバス・チャン様が早速メモを送ってくださったのです。
メモの内容は、ナザリック式パーティーの段取りでありました。
アインズ様の勝利を祝わなければならないのです!
若旦那様は、アインズ様が近々勝利を引っ提げてご帰還なさると聞いたその時から盛大な祝勝会を催そうと考えていました。
これこれこう言うことでナザリック式パーティーはどのようにすればよいかとセバス様に相談。セバス様がどれほど若旦那様の話に共感したかと言えば、翌日に20ページにもわたるメモを送ってくださったことからよくよくわかるというものです。
話はナザリックにも伝わって、ナザリックのメイド長であるペストーニャ様は人員の派遣を決定。
ナザリックに帰還したデミウルゴス様の耳にも入り、是非やるべきですと本腰を入れて協力。
ナザリック的にアインズ様の勝利を祝うのは当然です。世界征服にだって優先することでしょう。
準備は着々と進められ、春の善き日を迎えました。
「これは……、帝都の社交が変わるかも知れないな」
眼下の光景を見下ろして、帝国のジルクニフ皇帝陛下が誰に聞かせるともなく独り言ちます。
アインズ様は友達のジルの言葉に軽く驚きました。
「それほどか?」
アインズ様の目には極普通のパーティーに見えるのです。
二人がいるのは、帝都にある魔導国の公館となった大きなお屋敷のバルコニーです。
バルコニーは二階部分から大きくせり出しており、庭園全体を眺めることが出来るお屋敷の好景観ポイントだったりします。
その庭園には幾つものテーブルが並べられて、それぞれに帝国の貴人たちが着いていました。
庭園の隅っこではナザリックから派遣された楽団がアインズ様の耳に懐かしい音楽を奏でています。楽団員に仮面を被っている者が多かったりするのは、素顔がちょっとあれだからです。幸いにもお客様方は余り気にしていないようです。
お二人が眺める間にも新しいお客様が馬車から降りていらっしゃいました。
紳士とご夫人は美しいメイドに案内されて庭園の空いた場所に連れられます。そこにはテーブルもイスも何もありません。こんな事をされれば、俺たちは立って飲み食いしろと言うのか、と怒る場面ですが心配ご無用。
云百キロはありそうなバカでっかいテーブルを仮面を着けたデスナイトが担いでいるのです。
事前訓練の甲斐あって、デスナイトは音もなくでっかいテーブルを地面に置きます。と同時に別のデスナイトがイスを置いて男性使用人がささっと並べます。間髪入れずにメイドが純白のテーブルクロスを広げ、別のメイドがワゴンから飲み物やら軽食やらを配置。
最後にネームプレートを立てて撤収です。
別のお客様のテーブルは、デスナイトの代わりに見るからに手弱女な白いドレスの女性が運んでいます。
こちらはドレス姿なので肩に担いでしまうと生地が傷んでしまいます。そのため、テーブルの縁を掴んで真上に持ち上げています。初見の紳士淑女は度肝を抜かれるのですが、何度も見せられれば慣れるもの。手には白いドレスグローブを、顔には白いベールを垂らす女性へ拍手を送る紳士もおります。
ほどなくしてパーティーの主催となった魔導国の学士殿が挨拶へ伺います。
お客様はとてもたくさんいらっしゃいますので、学士殿が挨拶へ伺えない席もあります。
そう言った方々は自分たちの身分が他の方々より軽いとわかってはいますが面白くありません。ですが、供された飲み物に口を付けた瞬間「うまっ!!」であります。衣食住に不自由せず、帝国で最高の贅沢を知る方々ですらこれなのです。不満を持つどころか、招いてもらったことに感謝感激になるのは当然のことでありました。
「ガーデンパーティーと言ったか? 外でパーティーを開くことはなくもなかったがこういう形式は初めてだ。なにより楽だ。一々誰々のご入場などと聞かされなくて済む」
アインズ様とジルクニフ陛下がいるのは、いわゆるロイヤルシートです。
近くにいるのは相応の立場を持つ者ばかりで、誰それから不意に声を掛けられることはありません。バルコニーと言うのもいいです。下の様子が一目瞭然で、帝国貴族の人間関係がどうなっているのかよくわかるのです。絶大な権力を持つ皇帝陛下と言えども、損益に感情が複雑に絡み合う政治力学は無視してよいものではありませんから。
「気を悪くさせたら済まないと言っておく。もしもアインズがこのパーティーの主催だったら侮る者が出たかも知れない」
アインズ様の隣に座っているシャルティアの目がギラリと光りました。
ナザリックから派遣された一般メイドたちと男性使用人たちはアインズ様のご友人へ不躾な視線を投げたりしませんが、愉快な気持ちにはなれません。
なお、アインズ様のパートナーは交代制です。アルベド様も少しだけいらしたのですが、お仕事がいっぱいあるので早々にナザリックへお戻りになりました。
戻る際は、シャルティアがアインズ様の隣にいていい時間はここまで、と厳しく言い置いています。自身の相談役に言いつけたので、時間は厳守されることでしょう。
「初めての形式だからだ。アインズは帝国のパーティーを余り知らないだろう? 知らない者が誰も知らないパーティーを開いてしまうと単なる出鱈目になるからな。だがあいつは……」
ジルクニフは椅子から立ち上がって眼下を見下ろします。ついでに手を振ってやると招待客たちは歓声を上げました。
アインズ様も付き合ってジルクニフの隣に立ちます。ジルクニフが見ているものは一発でわかりました。遠目にも目立つ男です。
「帝国貴族の社交をよく知っている。下手をしたら俺より詳しいくらいだ。そんな男が開く新しい形式は、出鱈目ではなく型破りになる」
魔導国の学士殿は、アインズ様の勝利を聞いてからサボリがちだった社交を頑張るようになりました。
今や彼の男を知らない帝国貴族は一人もいないことでしょう。
艶やかな容姿もさることながら、博識なのです。
歴史学者顔負けのレベルで帝国の歴史を知っています。
地学者顔負けで帝国の地理を知っています。辺境に領土を持つ伯爵様が自分の領地の事細かな地名を上げられてびっくりしたことが何度もありました。それぞれの領土の特産品も把握しており、作付け面積から翌年の収穫高を予想された時はびっくりを通り越して戦慄しました。
もしも市井に生きる男なら、大枚を叩いてなんとしても取り込むか、はたまた暗殺が視野に入るほどです。
社交の場では典雅そのもの。
一挙手一投足が優美なら、話題も豊富で紳士にご婦人を楽しませてくれます。
なお、帝国貴族の社交会にソリュシャンとルプスレギナもデビューしました。
二人はカルカとレイナースに頼み込んで、社交に必要なスキルを教えてもらったのです。元々身体能力に優れている二人ですから、ダンスを覚えるのにもさして時間はかかりませんでした。
その代償に、二人から臑を蹴られまくって足を踏まれまくった若旦那様が度々回復魔法のお世話になったのは余談です。
「ご歓談のところ失礼いたします」
「……どこから入ってきた?」
話題の男が恭しく頭を下げています。
さっきまで階下にいた男で、ここはバルコニーです。二階部分と言えども、すわ皇帝の離宮かと思わせる大きなお屋敷ですので、高さが相当にあるのです。
「お前の足ではここまでジャンプできないだろう?」
アインズ様もジルクニフと同じ疑問を抱きました。
バルコニーに通じる扉は開いていますが、男が現れたのはその反対側です。ならば下から飛び上がったとしか考えられません。
「下から放り投げてもらいました。些か品がないと自覚しておりますが、格式張った場ではありませんのでご容赦ください」
黒いドレスの手弱女に放り投げてもらったのです。
この日のために、格好良い放り投げられ方と、格好良い飛び降り方に受け止め方を練習していました。比喩ではなく骨を折った練習の甲斐あって、学士殿がバルコニーを往復する度にお客様方は歓声を上げております。
「これからアインズ様の勇姿を皆様にご覧になっていただこうと考えております。よろしいでしょうか?」
「面倒はごめんだぞ?」
「映像をご覧になっていただくだけでございますから、アインズ様にお手数はお掛けしません。始める前に皆様へ手を振っていただければ幸いです」
「まあ、それくらいなら」
男に促され、アインズ様は眼下の帝国貴族たちへ手を振りました。
同時に男が口上を述べます。
「恐ろしき魔皇ヤルダバオトは、ここにいらっしゃいます偉大なるアインズ様に打ち倒されました。彼の怨敵が如何に強大であったか、アインズ様のお力が如何に偉大であるか、どうかご鑑賞ください」
ぽちっと映像スタートです。
『あなたたちに降伏は求めません、認めません。苦しみ、嘆き、絶望に泣き叫んで死になさい。私があなたたちに望むのはたったのそれだけです。簡単なことでしょう?』
どよめきました。
なんと、庭園の中空に魔皇ヤルダバオトが現れたのです!
「魔導国が所有する映像を投射する魔道具によるものです。ヤルダバオトがここにいるわけではありません。アインズ様のご厚意により、過去視を可能とする貴重な魔道具を用いて記録された映像です」
学士殿の言葉に一同は安心したようですが、映像の中でヤルダバオトが引き起こす絶大な破壊はとてもとても凄惨なものです。麗しいご婦人たちは卒倒寸前になってしまいました。
そのあたりは注意して映像を編集したのですが、血や死体が映らずとも大きな建物が腕の一振りで倒壊する様子は刺激が強すぎたようです。
映像は聴衆の悲鳴を無視して進みます。
ヤルダバオトの恐ろしさを印象づけたら、我らが偉大なるアインズ様の登場です。
『おやおや、生きていたのですか』
『たとえこの身が滅ぼうとも、私には世界を平和に導く義務がある。貴様に世界を渡すわけにはいかない。ここで滅びよ、ヤルダバオト!』
アインズ様とヤルダバオトの一騎打ちを、結末を知っているはずの聴衆は固唾を飲んで見守っています。
そこだ行け! とか、アインズ様頑張って! とか。ところどころで声援が上がり始めます。
ジルクニフも映像に見入っています。
帝国はヤルダバオトの被害を受けていないので、どれほどの強敵か知らなかったのです。アインズなら余裕だろうと思っていたジルクニフですが、アインズと互角の戦いを繰り広げるヤルダバオトは衝撃でした。
そのアインズ様はと言うと、やっぱりびっくりしておりました。
(俺……、あんな事言ってないぞ!?)
それも当然のこと。
実際にあった戦いはデミウルゴスがばっちり録画していましたが、いま流れてる映像は違います。デミウルゴスとパンドラズ・アクターが協力して撮影したスペシャルエディションバージョンなのですから。
主催がアルベドの相談役であろうとナザリックの者がアインズ様の勝利を祝うのです。全ナザリックが協力するのは当然のことです。
誰も彼もが忙しい毎日から少しずつ時間を捻出して、今日の善き日のために注力したのです。
映像は流れ続け、ついとアインズ様がヤルダバオトに痛打を浴びせました。
鳴り響く歓声と拍手は凄いものがあります。
こんな映像を観るのは帝国の皇帝だって初めてですし、恐ろしい敵を頼りになる味方がやっつけてくれるのです。紳士に淑女にご婦人たちも熱狂しています。
その傍らで、学士殿から耳打ちをされたシャルティアが頬を膨らませます。拗ねてみせますがあっさりとはねのけられます。
アインズ様に辞退の挨拶をしてからゲートの魔法を発動しました。どこへ行くかと思えばバルコニーの下。学士殿と違って、スカートを履いてるシャルティアは飛び降りたりしてはいけないのです。
階下に移ったシャルティアは黒いドレスの手弱女に何事かを語りかけています。
やがて映像の中でヤルダバオトが倒れます。聴衆の熱狂は最高潮まで盛り上がりました。
「平穏を脅かす者は私がけして許さない。魔導国と、そして帝国の平和は私が守ろう!」
学士殿に促されたアインズ様がちょちょっと格好良い事を言います。臨席している帝国貴族たちは全員が立ち上がって、盛大な拍手をアインズ様へ送りました。
この場にいる帝国貴族は、皇帝のジルクニフがいるくらいなのですから上から順番に偉い人ばかりです。
アインズ様はたった一言で皆の心を掴んでしまったのです。
ヤルダバオトがアインズ様の手の者と知っているジルクニフは内心で苦いものを噛みしめていましたが、一瞬で帝国重鎮たちの心を掴んでしまったアインズ様に戦慄もしました。
シャルティアに手招きをされた学士殿はアインズ様とジルクニフ陛下に頭を下げてからバルコニーを飛び降ります。
黒いドレスの手弱女に受け止められるのですが、練習の時と違ってちょっとバランスを崩してしまいました。幸いなことに無様に転ぶことなく、シャルティアが手を引きます。
二人が連れだって帝国貴族たちの席へ向かうのを、学士殿のパートナーを交代で勤めていたソリュシャンとルプスレギナとカルカとレイナースが微笑を湛えて見送ります。
本日この場のレイナースは、明らかに魔導国よりのポジションにおりました。
「………………10年前だったら喜んで帝国に招かれたと言っていたな」
「そうなのか?」
またもやジルクニフの独り言にアインズ様が耳を寄せます。
「ああ、はっきりとそう言っていた。残念なことに今はその十年後だ。帝国に鞍替えするつもりはないそうだ」
「ジルの目にあいつはどう映る?」
「賢者にして隠者だな。有効に使えばどれほどのものをもたらすか。あいつを何とかして取り込めないかとどれほど陳情されたと思う? 全て一蹴したが、俺も同じだ。遊ばせておくくらいなら俺に任せてみないか?」
「残念だがそうもいかん。だが、ジルにそこまで言わせるなら帝国で大いに学んだのは間違いないのだろう」
「学ぶどころか丸裸だ! さすがに魔法省で研究してる内容までは知らないだろうが、帝国で動員できる最大兵員から継戦能力まで何から何まで語られた時にはもう…………な? アインズの部下でなかったら……。まさかそのために帝国へ寄越してわけじゃないだろうな?」
非合法な活動は一切していない学士殿ですが、帝国の懐事情を丸裸にして弱みを握るために派遣されたと言われたらやっぱりそうかと頷いてしまいます。
アインズ様の部下でなければ暗殺を即決しているところでした。
「帝国の文化を学ばせるために派遣した。それ以上の意味はない。それ以上があったところで、さっき言った通りだ。魔導国と、そして帝国の平和は私が守ろう」
やはりそれ以上があったのだとジルクニフはほぞを噛みます。
表からも裏からも、国力も軍事力も、何もかもをアインズ様に知られてしまったのです。これではどうあっても魔導国の支配から抜け出せません。
しかし、アインズ様も彼の学士も、道理が通じる理性的な相手です。手を誤らなければ共に繁栄を享受出来ることでしょう。
と言うような事をジルクニフが色々思ってる隣で、アインズ様はうーんと唸っておりました。
もちろんのこと、ジルクニフが思うのは全て誤解です。そんなつもりは全くありません。人類絶滅とかバカを言ったので左遷したのが実態です。
バカを言ったのは大いに反省したようで、帝国ではずいぶんと活躍しているようです。ジルクニフにこーいうパーティーは楽でいいと言わせるくらいですから、帝国文化もきちんと吸収してものにしたことでしょう。
「アインズ様、私もマスターのお側に付こうと思います」
「ああ、構わん」
黒髪黒目の少女に軽く手を振ってやります。
パーティーが始まる前にアルベドから紹介されたサキュバスのソフィーです。何でも自身の相談役のお付きにと創造したのだとか。アルベドにそんなことが出来るのかとびっくりしました。生憎回数制限があって代償が必要なスキルらしく、量産は出来ないようです。
ソフィーはシャルティアや学士殿とは違って、きちんと屋敷内の階段を使って階下へ向かいます。
アルベドと違って、ソフィーには角も翼もないのが意外でした。
ところが、ソフィーにもきちんと角と翼があるようなのです。任意で仕舞えるらしいです。相談役が言うには、正確には仕舞うのではなく見えず触れずの状態にしているそうです。それを聞いたソフィーの方がむしろ驚いていました。
驚くポイントがアインズ様にはわかりませんでした。そう言うものはそう言うものだと受け入れるしかない時もあると悟っているのです。
ソフィーへ逸れた思考がまたもアルベドの相談役に向かいます。
アインズ様としてはどっちでもいいと思っていた左遷ですが、友達のジルクニフにこうも警戒されてしまうならそろそろエ・ランテルへ戻してやった方が良いかも知れません。
本人に面談をした上で好きな方を選ばせてやろうと考えました。
おしまい
ここまで辿り着かないはずでした(コンワク)
本作は36話でタイトル回収し37話前書きでえたる気漫々書いたとおり続けるつもりはなかったんです(マガオ)
だけども感想をもらって続くことになり、特に月光蝶Gさんからの感想がなかったら続くにせよここまで来るのに早くてあと三年は掛かったはずです(カンシャノキワミ)
次話は隕石が降らない限り投稿します
次回、王国終了のお知らせ