家族
魔導国及びナザリックの最終意志決定者はアインズである。
これはアインズ・ウール・ゴウンがナザリック地下大墳墓を支配するギルド名を指していた時代から変わらない。
アインズが他者の意見を聞いてから意志決定することもその時から変わっていない。アインズは絶対の権力をもっていても、独り善がりの独裁者ではないのだ。
以前はギルドメンバーたちから意見を募った。しかし、彼らはもういない。
今はナザリックを守護する守護者たちから意見を募る。
意志決定のために皆から意見を募るその場こそが、ナザリック地下大墳墓第九階層「ロイヤルスイート」にある「円卓」である。
名前の通りに大きな円卓を41の豪奢な椅子が囲んでいる。
最奥の椅子にアインズが座る。
アインズから幾ばくかの間隔を空けて、階層守護者たちが座る。そこへ座るのが初めてではない彼ら彼女らだが、一様に緊張した面もちであるのは、本来は至高の御方々が座るべき椅子であるからだ。
ソリュシャンやルプスレギナらプレアデスでは立ち入ることすら許されないナザリックにおける最重要意志決定機関が、この円卓であった。
「さて……。私たちの話を聞いてお前が呼ばれた意味がわかっただろう?」
守護者たちの意見が出尽くした上で守護者統括であるアルベドが話をまとめ、アインズへ報告する。
アインズは報告内容を元に意志決定をする前に、一人だけ立っている男へ声を掛けた。
「王国に住み暮らしていた私の視点から気にかかることがあるか述べよ、と仰せでございましょうか?」
プレアデスでは立ち入れない。守護者であっても領域守護者では立ち入り出来ない。一つの階層以上を守護する階層守護者以上でなければ列席を許されない円卓に、守護者統括の相談役がその身を置いていた。
聖王国を実質的な属国とした魔導国が、次に狙うのは王国である。
王国をどのように攻め、どのように治めるかを話し合っているのだが、人間虐殺ヒャッハーがデフォのナザリックであるため、話し合いが始まる前に結論が定まっており話し合いという名の既定路線を辿っているように思えなくもなかった。少なくともアインズはそう感じた。
ならば、ナザリックの生まれではない人間の目からはどのように見えるのか。
魔導国の首都エ・ランテルに住まう人間たちは王国の民だった。しかし、彼らに意見を募ることは問題外。ナザリックの事を何も知らないからだ。
カルネ村の住民たちも元は王国に所属していたわけだが、如何せん政治から遠すぎる素朴な農民たちばかり。カルネ村を束ねるエンリはナザリックを知っていても、彼女に意見を求めるのは酷と言うもの。
ンフィーリアとリイジーの薬師二人はカルネ村の住民より政治を知っているかも知れないが、言ってしまえば専門バカで期待は出来ない。むしろ期待する方がおかしい。
人間は所詮人間であり、ナザリックが人間に意見を聞く必要はない。しかしながら、ナザリックは便利な人間を手中に収めていた。
彼はナザリックを知っている。王都に長いため、王国をよく知っている。ジルクニフを辟易とさせるくらいに政治にも軍略にも詳しい。
なにより、アインズが直々に認めた守護者統括相談役だ。
意見を聞くのに彼以上の存在はなく、彼がいなければそもそも意見を聞く必要を認めなかっただろう。
「その通りだ。だが、お前の意見で王国攻略の是非が決まることはない。王国を攻めることは既に決定している。あくまでも参考として聞くにすぎん。気を楽にして答えよ」
「はっ!」
「とりあえずもっとこっちに来い。そこだと遠すぎる」
「かしこまりました」
41もの豪奢な椅子が囲む円卓は、とても大きい。円卓の上でキャッチボールが出来るくらいには大きい。
着席までは許されていない男は、円卓を挟んでアインズの反対側に立っていた。声を張り上げないと聞き取りにくい距離である。
デミウルゴスがいつもより背筋を伸ばし、コキュートスが大きな体を縮こませているのに、男は悠々と歩いてアインズの右斜め前方へ立った。
丁度アルベドの真後ろなのは偶然でも何でもない。アルベドの相談役なのだから当然だ。いつもは給仕係としての仕事ばかりなところを初の相談役としてのお仕事。気合いが入っている。
各々は椅子を回して、余裕すら見せる男へ耳を傾けた。
「それでは私から、リ・エスティーゼ王国について思うところをお話させていただきます。王国について特別に取り上げたいことは、素晴らしい国土を持っていることでございます」
「王国は素晴らしいから攻めるなと言うことでありんすか?」
「それは違いますよ。彼が素晴らしいと言ったのは国土であって王国ではありません」
「デミウルゴス様に補足していただいた通りでございます。結論を申します前に、皆様に共通の認識を持っていただくため些か迂遠な話となってしまいますことをどうかご了承願います」
「構わん」
先を促すアインズは、シャルティアがいることに感謝した。
もしもアルベドとデミウルゴスに合わせて話されたら、きっと何を言ってるかわからなくなるに決まってる。しかし、シャルティアに合わせて話をしてくれるなら大丈夫。シャルティアにわかるなら俺にだってわかるに違いない。わかるはずだ。信じてるぞ!
「王国の地理から解説させていただきます。皆様もご存知の通り、王国は西の大洋と東のアゼルリシア山脈に挟まれております。北方はアーグランド評議国と国境を接しており、南方にスレイン法国があります。どちらの国も領土的な野心はなく、それぞれが抱え持つ戦力は主に人間に敵対的なモンスターの駆除へ向けられています。
アゼルリシア山脈を包むトブの大森林についてはアウラ様とマーレ様が詳しいことでしょう。大森林ではハムスケさんを筆頭に長らく勢力が拮抗しておりました。大森林からモンスターが現れる事は希ではありませんでしたが、王国の存続を危うくするまでには至っておりません。
バハルス帝国ではアンデッドが多数発生するカッツェ平野に近いことから国軍がモンスターの駆除を行い、南方の諸国家ではビーストマンの群れに手を焼き、先だってアインズ様がお救いになったローブル聖王国では亜人たちと緊張状態にありました。
王国はいずれの脅威とも隣接しておりません。東西南北の四方を強固な壁に囲われた安全な土地なのです」
ここまでよろしいでしょうか、と男が問いかけて注視するのは要注意のシャルティア。
シャルティアはアウラを見て、マーレを見て、アインズ様に見られているのに気付いて大きく頷いた。
「つまり王国は危険が少ない安全な土地と言うことでありんすね? わかりんす!」
最後の一言を拾っただけであるが、それだけわかっているならひとまず大丈夫である。
「シャルティア様の仰る通りです。
王国は長らく帝国と戦争状態にありました。しかし先ほど申し上げた通り、王国と帝国はアゼルリシア山脈で分断されているため、要衝であるエ・ランテルにだけ注意を払っておけばよかったのです。
では、帝国が王国へ野心を抱いていたのは何故か。これにつきましては、アインズ様のご友人であられるバハルス帝国のジルクニフ皇帝陛下に直接伺った事がございます。
陛下は、沃土だ、とはっきり仰いました」
「あの……、沃土って何ですか?」
突き刺さる視線に身を固くしながら、マーレがおずおずと手を挙げた。
ちなみにシャルティアもわからなかった。マーレに感謝した。
「沃土とは肥えた土地、と言うことです。痩せた土地と肥えた土地とでは、同じ種を蒔いても作物の収穫量が大きく違います。同じ種を蒔いて、同じ労力を掛けるなら、肥えた土地の方がたくさん作物を収穫できるのですよ」
「土に栄養があるってことですか?」
「仰る通りです」
大地に栄養を与えるのは、ドルイドであるマーレの専門だ。魔法で簡単に出来ることなのに戦争の種になるなんて不思議に感じるが、人間はそう言うものなのだろうと受け入れる。
わかりました、ありがとうございますと礼を言って先を促した。
「帝国は王国の沃土を狙っておりました。
ですが、仮に帝国の国力が王国の千倍あったらどうするか。その場合、陛下は王国へ攻め入ることはないと仰いました。征服のための征服は無意味です。統治に手間がかかるばかりですから」
「無駄ヲスルナ、ト言ウコトカ?」
守護者たちの幾人かが不快を露わにする中で、コキュートスが口を開く。
コキュートスはアインズから一軍を任され、ナザリックより遙かに劣るリザードマンたちを攻めたことがある。あれを無駄だと言われるのは、アインズ様の御前でなければ声を荒げていた。
「陛下の視点ではそうなります。ですが、それは帝国だけを考えているからです。
これにつきましてはエ・ランテルを。そして聖王国の未来を見れば明らかとなります。どちらもかつてとは比べものにならない繁栄を手にすることでしょう。ナザリックからの、つまりはアインズ様からの慈悲を受けて発展していくのです。
自国だけを見るか。はたまた世界全体を見据えているか。陛下とアインズ様とではこのように視点が違うのです」
「フム……。ソウダナ」
男の言葉通りに、コキュートスが攻めたリザードマンたちの集落は以前より栄えている。
やはりこの男はアインズ様のお考えをよくわかっている、とコキュートスが納得する一方で、当のアインズはいやいやいやいや……、と内心で頭を振った。
「そのように王国を攻めることはないと陛下は仰いました。但し、ある条件の下では王国を攻めざるを得ないと仰います。
一つが王国から攻め込まれた場合。これは当然でしょう。二度とそのような愚行をしでかさないよう徹底的に教え込む必要があります。
もう一つが病です。病が広がる前に焼き払わなければなりません。そして、王国には不治の病が蔓延っています。私はナザリックの最古図書館の書物から、ユニバース25と言う実験を知りました」
ほう、と小さく感嘆したのはデミウルゴス。
アルベドも知らないユニバース25を、デミウルゴスは知っていた。男と同じように、実験結果を人間に重ね見た。
「ユニバース25とは楽園実験です。実験対象はネズミです。ネズミが生存するのに最適な環境を整えて、ネズミの行く末を見守る実験です。外敵はなく、食料も水も豊富で、広さも十分にある。さて、ネズミたちはどうなるのか?」
「どうなるの?」
魔獣使いであることから、動物の行動には興味があるアウラだ。
元の話が何であるかを一時忘れ、身を乗り出して訊ねた。
「全滅しました」
「……………………は?」
「一匹残らず死に絶えました」
「…………それってネズミの楽園だったんでしょ? なんで死ぬの? 最初のネズミが少なかったから?」
「初期のネズミは数匹から数十匹ありました。繁殖には十分な数です。実験開始直後からネズミはまさにねずみ算で増え続け、あっという間に二千匹余りに達したそうです。楽園では同時に三千匹は居住できる環境でした。楽園と言えど土地は有限なのです。そしてそこで頭打ち。ネズミの数は徐々に減り始めます。この過程でネズミたちの間に階級が現れました」
「階級……。ちゃんと説明しなんし!」
「勿論でございます。
簡単に分類しましょう。力が強くて体が大きい雄ネズミ。強い雄ネズミに囲われる雌ネズミ。弱くて群から弾かれた雄ネズミと雌ネズミ。この四種類です。細かく分類すればもっと種類がありますが、おおまかな理解を得るにはこの程度で十分です。実験を行った研究者は、これらを富むものと貧しいものと分類しました。
富むものたちは普通のネズミのように繁殖をしていきますが、貧しいものたちは代を重ねるうちに異性への関心を失っていきます。富むネズミの子孫も同様の道を辿っていきます。
やがて富むものたちの数が減って独占が崩れ、食料も水も異性も住む場所も、全てを自由にできる楽園が再び戻ってきます。しかしそうなった時に残っているネズミたちは、異性に関心を持たないものばかりになっていました。彼らは自分の生存にしか興味がなかったのです。繁殖はしない。けれど、ネズミは死に続ける。そうしてネズミたちは最後の一匹まで死に絶えることになりました。
ユニバース25の「25」とは、25回目と言うことです。25回の実験全てで、ネズミたちは一匹残らず死に絶えたのです」
守護者たちが意外な実験結果に驚いている中で、アインズは元の世界を思い出した。
富めるものと貧しいもの。異性への興味すなわち階級の再生産。まさにあの世界そのものだ。あんな社会がいつまでも持続するとは思えない。いつかは楽園のネズミたちのように、全てが死に絶えることだろう。
「王国も同じです。脅威のない安全な土地。豊富に供給される食糧。赤子が眠る揺りかごの如き環境で住み暮らしている王国の民がどれほど腐敗しているか、皆様もよくよくご存知のことと思われます。ジルクニフ陛下は王国が輸出する一番のものは犯罪だと笑っておられました。傍証は他にもございます。ガゼフ・ストロノーフをご存知でしょうか?」
「王国の戦士長だ。高潔な戦士だった」
「私もそのように伺っております。ガゼフは王国の国王であるランポッサに見出され、王国戦士長の座を与えられました。では、ガゼフが忠誠を捧げているのはランポッサなのか、それとも国王か、はたまた王国か、いずれなのでしょう?」
アインズは、ちらと横目でアルベドとデミウルゴスの様子を窺った。二人は軽く頷いて納得の素振り。
二人はわかっているようでも、アインズにはちょっと飲み込めない。しかし、この場にはシャルティアがいる。シャルティアが効果を発動した!
「それがなんでありんすか全部一緒でありんしょう!」
わからないことを素直にわからないと言える凄さ。もしもこれがアルベドやデミウルゴスの話だったら見栄を張って知ったかぶりをしたかも知れないが、階級が下であるこの男には強気に聞けるらしい。
もしかすると、アルベドやデミウルゴスが話をする際にこの男を同席させ、そしてシャルティアがこの男に解説をさせればよくわからない話がよくわかるようになるのではないだろうか。それはとても素晴らしいアイデアに思えた。
「それでは、ナザリック、階層守護者、シャルティア様のお名前をお借りして例えましょう。ここでのナザリックは、アインズ様を頂点とした巨大な組織と考えてください。階層守護者である皆様は、ナザリックへの脅威を打ち倒し、アインズ様の憂いを払うのが役目です。アウラ様とマーレ様もそのようにお考えでしょう?」
「当然でしょ!」
「お姉ちゃんの言う通りです!」
弱気なところを見せることがあるマーレも、階層守護者の役割は強く肯定する。
「それではアウラ様。アウラ様は甘いサクランボがお好きでしょう。食べたくなるときがありませんか?」
「…………まあ、あるけど」
「そんな時に手元になかったら誰かに命じて取ってこさせませんか?」
「それは……まあ、そうだけど……」
アインズ様の御前で甘いものが好きだとか取ってこさせるとか言う話は、確かにその通りなのだけどもはしたなく思えてちょっぴり恥ずかしいアウラちゃんである。
男はアウラの様子を気にかけず、シャルティアへ視線を戻した。
「それではアウラ様と同じ階層守護者であるシャルティア様も甘いサクランボがお好きですね?」
「それが好きなのはアウラでありんしょう。私はそんなの食べんせん」
「はい、承知しました。このようにアウラ様は階層守護者ですが、階層守護者全てがアウラ様なわけではありません。アウラ様だけでなく、シャルティア様もマーレ様も、デミウルゴス様もコキュートス様も階層守護者です。階層守護者とは役割であって、シャルティア様個人を指すわけではないのです。こう申し上げれば先の事もわかっていただけないでしょうか? 国家とは組織です。国王とは組織の長を勤める役割です。ランポッサとはランポッサ一個人を指します。よろしいでしょうか?」
「うむむ…………、役割と私、でありんしょうか?」
ほおと男が眉根を上げた。
「仰る通りでございます。役割と個人、つまりは公と私と言うことです。話を戻しましょう。ガゼフが仕えていたのはランポッサ個人なのか、国王と言う名の役職なのか、王国そのものなのか。それが不定なのです。言い換えますと、時と場合によって仕える主を変えているわけです。そして最後はアインズ様との一騎打ちに望み、アインズ様から下れとの提案を拒否して死を与えられました。恐れながら、アインズ様にお聞きします」
男はその場に跪く。
恐れ多くもアインズ様に問いかけるのだから、立ったままでは不敬というものである。
「仮にガゼフがアインズ様の元に下り、ランポッサの助命を嘆願したら如何なさいましたか?」
「む……それは、だな」
「ありがとう存じます。その一言で十分でございます。配下となったガゼフから嘆願されれば一考の余地があるとお考えなのですね」
「生かしておくにせよそのままには出来ん」
「その際は権力と財力の全てを奪い、辺境に封じるのが妥当となりましょう。ガゼフが真にランポッサを思い忠誠を捧げていたのならば、アインズ様の元に下って助命を願うべきでありました。しかし、ガゼフが最後に仕えたのは己の矜持です。矜持と言えば聞こえは良いですが、言ってしまえば我が儘です。先のネズミたちと同じ。ガゼフは主より国家より、自分の我が儘をとったのです。かようなガゼフを扱えるのはアインズ様の大器だけだったのでしょうが……」
男の言葉にしばしの沈黙が満ちる。
生まれた時から強者であった守護者たちには想定しづらい状況だ。
ガゼフをバカだと言うのは簡単だが、アインズが高潔と評した戦士を嘲ることは出来ない。
「ガゼフは特異な例だとしても、自分たちが構成する群れよりも己個人を最優先するのが現在の王国です。階級が上がるに連れてこの特徴は顕著となります。
王国は王族と貴族があるが故に不法と腐敗に満ちているのです。私情を挟まず申し上げますれば、病を食い止めるために病原を根絶しなければなりません。王族貴族を絶やすため、必要とあらば私の命をお使いください」
長い話が終わった。
男は跪いたまま、深く頭を垂れている。
一同は男の姿を注視していたため、アルベドが右の瞼を震わせたのは誰も気付かなかった。
「顔を上げよ」
「はっ」
「二つ言っておくことがある。まずは王族のラナーと言ったか。デミウルゴス!」
「はっ! 王国の第三王女ラナーについては、魔導国に協力した功績をもってナザリックに領域守護者待遇で受け入れることを検討しております」
「と、言うわけだ。これは私の名において決定したことでもある。お前の危惧はわかるが、たった一人でナザリックを腐敗させることはあり得ん」
「……仰せの通りでございます」
再度頭を垂れた男は、うえぇまじかよと思っているのだが、こちらもアルベドの怒りと同様に誰にも伝わらなかった。
「そしてもう一つ。これはお前だけでなく、お前たち全員への言葉だ」
アインズ様のお言葉である。
一同は居住まいを正して、お言葉を待った。
「死ぬことは絶対に許さん。それがたとえ私の命令であってもだ!」
死ぬなと命令するのはわかる。
しかし、死ねと命令されても死んではならないと言う。
明らかな矛盾は、知的労働が担当であるアルベドとデミウルゴスを混乱させた。二人が混乱するのだから、その他の面々には訳が分からない。
「私はけして無謬ではない。時には間違うこともあるだろう。だが、お前たちに死ねと命じるのは何があろうと絶対に間違っている! もしもそのような事を私が言った時は、お前たちは臆さず私を正さなければならない。もう一度言うぞ。死ぬな」
「あ……、アインズ様……!!」
アルベドが椅子から崩れ落ちると、椅子に座り直すことなく床の上に跪いた。
アルベドだけではない。デミウルゴスもコキュートスも、アウラとマーレにシャルティアも椅子から降りて床の上に跪く。
一様に頬を涙に濡らしていた。
アインズ様が、ご自身の命令よりもシモベである己たちの命を優先しろと仰ったのだ。
アインズ様はけして間違わないことをよくよく知っている守護者たちだ。だと言うのに、アインズ様は自分は間違えることもあると言ってまで己たちの命を大切にしろと仰ったのだ。
アインズ様はご自身が泥を被るのを厭わず、己たちの命を大切にしろと仰ってくださったのだ。
我らが偉大なるアインズ様はご自身の矜持すら投げ捨てて私たちを大切に思ってくださっているのだ!
一同の感動は尋常なものではなかった。
シャルティアは声を上げて泣くし、アウラとマーレは鼻をすすっている。
デミウルゴスは顔を上げられず、床上にぽたぽたと水滴を垂らしている。
コキュートスは全身を小刻みに震わせて、カツンカツンと鳴るのは凍り付いた涙なのか。
アルベドはたおやかな微笑みを浮かべ、けども黄金の瞳は感動に潤んでいる。
アルベドの号令の元で一同がアインズへの忠誠の儀を行っている間、アインズはちょぴり引いていた。
自分が間違うのは当たり前で、その当たり前をシモベたちに見せる気になったのは、そこに跪く男にちょっぴり弱気を吐露したことがあるからだ。だと言うのに、どうしてこんなことになっているのだろう。
顔を上げた男と目があった。守護者たちほどではないが、男の目には新鮮な驚きが浮いていた。
どういうことか後で解説させようと考えている間に忠誠の儀とか言うのが終わる。
コホンコホンと咳払いをして、一同を椅子に座らせた。
「さっきのお前は私情を挟まずと言ったな? それなら私情を挟むとどうなるのだ?」
私情を挟まずと言うのは、個の欲求よりも公の利益を優先すると言うこと。
聞いたところで、まさか一個人の欲求をナザリックの利益に優先させるわけがない。単なる好奇心である。
「恐れながら、皆様に失礼な事であるかと存じますので」
失礼と言うからにはナザリックの利益に反することなのか。
先走ったシャルティアは少しだけ不快に思う。お兄ちゃんは人間だからやっぱり人間の味方をするのか。
「構わん。お前たちも、この者が何を言おうとそれをもって責めることを禁じる。いいな?」
一同が承諾したところで男が口を開く。
果たして続けられた言葉は、思いも寄らないものだった。
「私情を正直に申し上げれば、興味がありません」
「……ほえ?」
意外な言葉にシャルティアが間の抜けた言葉を漏らす。
慌てて取り繕い、先を促した。
「私の父方は祖父の代に王国に定住した流浪の一族だそうです。私にはその血が濃いのでしょう。早くから養父母の家を出て、長旅に耐える体にまで成長したら王国を出て帝国へ向かおうと思っておりました。残念ながら叶わなかったわけですが……。王国を出ることを決めたその時から、私にとっての王国は過去のものとなりました。ゆえに、今の王国がどうなろうと興味がありません。時には思い出して懐かしむことがあるかも知れませんが、あろうとなかろうと思い出が変わるわけではありませんので」
嘘を言ってるようには見えなかった。
アインズが一切の責を問わぬとして話させたことなのだから、嘘を言えるわけがない。つまらない嘘を言う男でもない。心から興味がないと言っている。
王国が滅ぼうと繁栄しようと、この男にとってはどちらでもよいのだ。
「そうか。そう言うことなら……」
アインズが曖昧に濁した言葉の続きを察せられない男ではない。
全てを飲み込み、恭しく頷いた。
「わかった。それでは……」
必要と思われる話は一通り聞き出した。
アインズが閉会を口にしようとした時、デミウルゴスが手を挙げているのが目に入る。
顎でしゃくり、発言を許す。
「私から一つ聞きたいことがあります。あなたは王族貴族を絶やすために自分の命を使えと言いましたね。それはあなた自身が王族あるいは貴族の血を引いているからの発言でしょうか?」
自分が生きていると王族貴族の血が残ってしまう。だから自分諸共滅ぼすべし。聞きようによってはそうとれるのだ。
もしもこの男が王族の血を引いていた場合、現在の王統を倒した後に玉座に着けて傀儡とする選択肢があった。あくまでも選択肢であって絶対に選ばれることはないだろう。しかし、アインズ様から選択を奪うのは甚だ不快である。
不快の矛が向くのは秘密を隠していた男と、そこに思い至らなかった自分自身。
男は意外な事を聞かされたように、パチパチと二度瞬きをする。
自分の命をと言ったのは言葉の綾で、死んだとしても生き返らせてもらえればと思っていた。
「誤解を招く物言いをしてしまい申し訳ございません。先に申し上げた通り、父方は祖父の代に王国入りしました。こちらに王族貴族の血が入る余地は皆無です。ですが、母は王国に古い一族の生まれです。こちらでは王族の血が幾分混じっておりましょう。いずれにせよ正式な結婚の末に生まれた身ではありませんので、血統を主張することは出来ません」
「なるほど、わかりました」
王国も帝国も父系社会だ。母の血筋がよくとも、父がどこの誰とも知れぬ男なら玉座がどうのとは無理な話である。
二人のやり取りを聞いて、アインズは極当たり前のことを思い出した。
アインズが持つオーバーロードの体はアインズが人間であった頃にゲーム内で作成したアバターだ。この場にいる守護者たちはギルドメンバーたちが作成したNPCである。どちらもゲーム世界のものだったのに、異世界に転移したら己自身の体となって、NPCたちは自我を得た。
しかし人間とは、何もないところからぽっと発生するわけではない。父がいて母がいて、それで生まれるものである。
「お前に家族はいるのか? いるのなら魔導国に呼び寄せておくと良い」
なんとお優しいアインズ様であることか!
感激して然るべきだが、言われた男はアインズ様のお優しさに震える守護者たちと違ってどこまでも冷めていた。
「祖父は私の幼い頃に他界しました」
「……そうか」
「はい」
「…………それで?」
「はい?」
「…………うむ?」
「………………?」
「………………?」
会話が止まる。
男は答えるべきは答えたと考え、アインズは続きを待っている。
アインズ様がお言葉を話されている最中なので、守護者たちは横やりを入れられない。
微妙な沈黙が流れた。
「他に家族がいるだろう?」
「おりません」
きっぱりと答えた。
これにはアインズ様も一同も少々困惑してしまう。
アインズはアルベドをちらと見た。この男の扱いでよくわからない時はアルベドに投げるのが一番である。
「養父母がいると言ったでしょう。それに生みの父と母がいるはずよ。アインズ様がお尋ねになっているのはそのことよ」
「かしこまりました。私は家族と思っているわけではありませんが、養父母と血縁に関してお話しいたします」
血がつながっているから自動的に家族になるわけではなく、共に住み暮らしているから家族になるわけではない。この男の基準では、家族と呼べるのは他界した祖父だけだった。
それでも話せと言うのなら報告しなければならない。
「私は養父母の元で豊かな幼少期を送りました。それは養父母が裕福だったわけではなく、私を引き取り育てることで年金が支給されたからです。家族の情は互いに抱いておりませんでした。実際に祖父の他界後は露骨に扱いが悪くなり、早々に家を出て一人で生きることを選びました」
帝都のお屋敷で囲っている双子幼女よりもう少し成長してからの話である。
なお、この男を逃がした養父母は年金を打ち切られた。それの意趣返しか生きる糧を得るためか、奴隷商に美貌の幼子の話を持ちかけた。その結果、大火に巻き込まれてしまうのは大変不幸なことであった。
「父は処刑同然に戦線に送られ、私が生まれるのに前後して死んだそうです。父については祖父から聞かされた以上のことを知りません」
死ぬくらいなら逃げろと思った。しかし、母の身に宿った命を人質にされたとも考えられる。それを思えば感謝しなくもない。
真実を知る者は死んだ父と、他に数人いるかどうか。今こうして生きている以上、どちらであろうと関心がない。
「母とは一度も会ったことがありません。遠目に見たことが何度か。話を聞かされたことは何度もありますが、いつしか聞かなくなりました。私が母に興味を持っていないことを察したのか、死んだのか。どちらであるか確かめたことはございません。祖父から聞いたところによると、私とは生まれた直後に引き離されたそうです」
家族と思っていた祖父はもういない。
養父母とは絶縁。
父は死に、母は知らない。
アインズが唸るくらいには天涯孤独だった。
「ただ、妹が一人おります。こちらはある程度成長してから知ったので、やはり家族とは思えません。魔導国へ呼び寄せようにもナザリックに招くとお聞きしましたので、私からは特に何もございません」
「…………………………うむ?」
知的労働が得意でない者たちは、妹がいるのか、としか思わなかった。
アインズはナザリックに招くと言うところが引っかかったのだがそれが何を意味するのかすぐには飲み込めない。
アルベドは瞬時に理解したが、心が理解を拒んだ。
しかし、この場にはデミウルゴスがいる。
デミウルゴスは男の言葉が何を指しているのか理解し、不足部分を埋めようとアインズに断ってから口を開いた。
「あなたの過去は簡単に聞いています。それは、義理の妹、と言うことでしょうか?」
「いえ、血の繋がった実の妹です」
「…………ふむ」
デミウルゴスが思案顔で顎を撫でるのを見て、男はようやくアルベドの様子がおかしいことに気が付いた。
アルベドは切れ長の目を限界まで大きく見開き、顎が外れたかのようにぽかんと口を開いている。
アルベド様はご存知と思ったがご存知でない方もいることであるし、改めて話しておいた方がよいと考えた。
「リ・エスティーゼ王国の第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは……、長い名前ですね。ラナーは私と母を同じくしております。ラナーと私は、父が異なる異父兄妹となります」
アルベドから異様な気が発せられ、誰も口を開けない。
アルベドがぷるぷると震えてから15秒後。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」
アインズ様の御前であるのに、アルベドは絶叫した。
ソフィーが自分の娘と確信したのは似てたから
第一第二王子、第一第二王女とラナーは母が違う異母兄妹なので、ラナー以外と血縁はありません
77話のジルクニフはいいとこつきましたが知ったところで意味はないと考察を中断しました
フラグをあちこちに蒔いたつもりです
兄と妹なので似てるのは当然でした
次回、未定
読んだの一言でも感想もらえると凄くうれしいです