連日40度とか嘘だろどこに苦情いれればいいのだ
私にはお兄様がいるそうです。絶対に秘密だと念を押してから、お母様が私にだけ教えて下さいました。
私はすぐさま「おにいさまのおとうさまは?」と尋ねました。お母様は黙って首を振るきりです。それでおおよその事が知れました。お兄様のお父様はもう生きてはいないのでしょう。いずれにせよ私とは無縁の方です。生きていてもお会いする機会はありません。それよりもお兄様の事が気にかかります。二人のお兄様とはどう違うのでしょうか。
私には二人のお兄様がいます。お母様がお話になったお兄様はどちらのお兄様でもありません。私が如何に幼かろうとお母様がそのように愚かなことを言うはずがありません。月を指してあれがお月様と教えるのは、言葉を覚え始めた幼子にするものです。
二人のお兄様はお母様が生んだ子供ではありません。お母様の長子は私です。私のはずでした。ですがお母様は「あなたにはお兄様がいるのよ」と仰いました。お母様は私の前にお兄様を生んだのです。
王妃であるお母様と国王であるお父様との間に生まれた子供なら王国の第三王子になっているはずです。しかし、そのようなものはおりません。王妃は国王以外の子供を孕んだのです。
お兄様のお父様は処刑されたのでしょう。王妃に不貞を働いたのですから当然に思えます。お母様が連帯とならなかったのはお美しいからでしょうか。私の耳にもお母様のお美しさを称える声が何度も聞こえてきています。お父様はお美しいお母様を処刑することが惜しいと思ったのでしょうか。それとも醜聞を恐れたのでしょうか。王妃が国王以外の男に心を奪われたのが明るみになれば敵対派閥に力を与えてしまいます。
ここまで考えますと、私だけのお兄様が生まれたのはお母様とお父様がご結婚なさってからだとわかります。国王が未婚の子供を産んだ女を王妃に迎えるわけがありません。
お兄様の存在は秘中の秘と呼べます。存在が明るみになれば国王の威信が落ちます。存在を知っているのは、それこそお母様とお父様だけかも知れません。お母様がお一人でご出産なさったとは思えませんが、口は封じれるものですから。
お兄様のお父様は死んでいます。ですが、お兄様は存命なのでしょう。わざわざ無事に産まれた子供を葬るくらいなら流した方が早いのですから。母と言う生き物は自分の子供が生きているか死んでいるかで心身の調子が大きく違ってくると聞いたことがあります。おそらく、王族や貴族からは遠い商人や職人の家に押し付けたのではないでしょうか。扶養のための年金を付ければ手を挙げる者は幾らでもいます。
お兄様を生かしておくことがお父様なりのお母様への温情なのかも知れません。なんて無駄な事をと思ってしまいます。ですが、お母様の心身の調子を整えて私を生ませるために必要だったとするならば、そのようなものと受け入れるしかないでしょう。
それからのお母様は、私と二人きりになる度に私だけのお兄様のお話をするようになりました。
『あなたのお兄様はあなたに似てきっと秀でた男の子よ』
『あなたのお兄様はあなたに似てきっと可愛らしい男の子ね』
『あなたのお兄様はあなたに似てきっと優しい男の子と思うの』
私と似ているお兄様なら、きっと寂しい思いをしていることでしょう。私がそうなのです。それでも、私にはお母様とお父様がいます。けれど、お兄様には誰もいません。
私と似ているお兄様なら、ご自身を育てている者を実の親とは思えないことでしょう。秀でた美しさが違います。言葉が通じても意味が通じません。
この頃、私の侍従たちが不思議な泥棒の噂話をしていました。
私は王国の第三王女です。私の侍従は町娘ではありません。然るべき地位を持った貴族の令嬢なのです。彼女たちの父祖は大きな領地を持って、王都にも大きな屋敷を構えています。
そんな彼女たちが噂する泥棒は、貴族の屋敷に忍び込んでパンを食べてスープを飲んでいったそうです。
私はすぐに、それは子供が忍び込んだのでしょうと教えてあげました。
大きなネズミが悪さをしたと言う者がいました。ネズミがパンを齧るならともかく、スープは飲みません。
手癖の悪い使用人が犯人だと言う者もいました。使用人の不手際なら家令が処断します。
噂になるくらいですから一度や二度ではないはずです。ネズミでしたらとっくに駆除をしていなければなりません。手癖の悪い使用人は金品ではなくパンとスープだけを盗むのですか。こっそり屋敷に忍び込める魔法使いがわざわざパンとスープだけを盗むわけがありません。
何度も盗んでいるのに見つからないのは見つかりにくいからです。大きな体ではどうしても目立ちますから、きっと小さな子供でしょう。
ここまで話してあげたのに、頑なに否定します。
話を聞きますと、不思議な泥棒は幸運の妖精の仕業だと言うことにしたいようです。本当のことよりも、信じたいことだけを信じているようです。目の前で起こっている事よりも、お伽噺を信じているようです。
侍従たちだけではありません。みんながみんなそうでした。
自分で口にした言葉なのにどうしてすぐに忘れるのかわかりません。
自分の言葉を忘れるくらいですから、私の言葉はあっという間に忘れられます。同じ事を何回も何回も何回も言ってあげないと頭に入れてくれません。
同じ事を何回も説明しないと次に進めません。一つ一つ具体的に説明しないとわかってもらえません。見ればわかることなのに、理解が及ぶまで途方もない時間を待たされます。
どうしてわからないのかわかりません。話が全く噛み合いません。同じ物を見て同じ事を取り上げているはずなのに、互いに全く違うものを指しているように思えます。私の目はみんなとは違うのでしょうか。私の頭はみんなとは違うのでしょうか。
一人や二人ではありません。みんなです。私と同じ姿をして、同じ言葉を話しているのに、同じ生き物と思えないくらいに違います。
私が感じることをみんな感じていました。みんなは私を指して「あれは違う」と言うのです。
『違う』とは幾重にも柔らかくした表現です。率直に言えば強い不安でしょうか。みんなが私を見る目に、強い不安が浮かんでいるのです。
不安は恐怖の萌芽です。わからないからこそ不安なのです。わかってしまえば恐怖になりましょう。恐怖を浮かべて私を見る者もいました。
私の何がわかって、何が恐怖なのでしょうか。どうしてそんな目で見られなければならないのでしょうか。わかってくれたのなら安堵するべきではありませんか。
わからないのは私です。どうしてあなた方はそんなにもわからないことばかりなのでしょう。私にはそれがわかりません。
手を変え品を変え、妖精の噂話は浮いたり沈んだり。小さな泥棒は王都の隅々にまで出没しているようです。
時々泥棒の正体を考察してみます。小さな子供なのは間違いありません。妖精との呼称は誰か目にした者がいたのでしょうか。妖精と呼ばれるくらいですから秀でた姿をしているのでしょう。
小さな泥棒は、きっと堂々と屋敷の正門から入っています。公爵家や侯爵家のタウンハウスは大きな壁で囲われています。子供が何度も上ったり下りたりするのは大変でしょう。それとも夜間に道具を使って忍び込むのでしょうか。そんな事を何度もされて気付かないほど愚かな人たちではないはずです。そんな事をするくらいなら、門番の目をそらして入る方がずっと楽ですから。
そして狡猾です。侵入が発覚しているのに誰も大きく騒ぎません。欲をかかず最低限のものだけを盗んでいます。泥棒に入られるのと妖精に悪戯されるのとでは受け止め方がまったく違います。
噂が遠い時期もあります。捕まったとは聞きません。死んだとも思えません。私の侍従たちの目と耳に入らないところで盗み続けているのでしょう。そうして噂が下火になったら帰ってくるのです。
きっと楽しい毎日です。好きなところへ行って、好きなものを食べるんです。お供なんてありません。自分一人で全部するんです。
そんな毎日が送れたらと考えたことはありません。羨ましいとも思いません。だって、私にそんな日が来ることはありませんから。
初めて不思議な泥棒の話を聞いてから初めての冬を迎えました。
ある夜のこと、焦げた臭いを感じて目を覚まします。部屋の外では大勢の人間が走り回っているようです。しばらくして私の部屋に侍従が飛び込んで来ました。大きな火事があったようです。幸いにも王宮に火が飛ぶことはなさそうです。
私の部屋から窓を開けますと、南の空が赤くなっているのが見えました。煙の臭いがここまで届くくらいですから、城下の一角を焼き尽くすほどの大火と察せられます。
私は王女ですから、自由に外へ出ることは出来ません。それでも、何度かお供に連れられて城下の街を見たことがあります。火が上がっている辺りには近付いたこともありません。治安が特に悪い区域なのでしょう。
ほおと赤い空を見上げる内に、胸が高鳴ってきました。
ああ、お兄様はなんて美しいのでしょう!
自分で思っていたことなのに、私はお兄様のことを失念していたのです。
私と似ているお兄様は扶養者とうまく行かないと思ったのは私です。お兄様は扶養者から離れ、一人で生きていくことにしました。
不思議な泥棒はお兄様です。お母様があれだけ美しいと口にするお兄様ですから、妖精と例えられるのも当然のことでした。
ですが、美しいとは幸いなことばかりではありません。王都の治安は年々悪くなっていくばかりなのです。美しい少年は人攫いの目を大いに引くことでしょう。お兄様はそれを焼き払ったのです。何故ならば、私がお兄様なら間違いなくそうしていますから。
お兄様は好きなところへ行くことが出来るのです。好きなものを食べる事が出来るのです。好きなときに眠ることが出来るのです。
何をするも自由です。自由を阻むものは何者であろうと焼き払ってしまいます。
空を飛ぶ鳥のようです。広い広い大空をたった一人でどこまでもどこまでも飛んでいけるのです。
空を飛ぶ鳥を羨ましいと思ったことは何度もあります。狭い籠に囚われず、どこまでもどこまでもたった一人で。
胸が高鳴り、焦げるほど羨ましい。
自由が、何者にも囚われない自由が。
何も求めず、何も与えず、たった一人で。
大火が天を焼いています。
あの辺りの地理は詳しくないのですが、死傷者が千を下る事はないでしょう。
如何に治安が悪い土地と言えども、王家が何もしないわけにはいきません。お父様たちは明日から忙しくなることでしょう。私だけのお兄様は煩わしい者たちを焼き払って安穏と眠ることでしょう。
お兄様はなんて美しくて、なんて素晴らしいのでしょうか。
広い広い夜空が赤く照らされています。
星は見えません。強い風が吹いて、まき散らされる無数の火の粉が星々の代わりです。炎が舞い上がって、雲を払うほどになりました。雲間に星々が覗きます。
どこまでもどこまでも高い星空を見ている内に、胸の高鳴りは収まりました。私は、お兄様を地に落とすことを決意しました。
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「あっ! なっ! たっ! はっ! じっ! つっ! のっ! いっ! もっ! うっ! とっ! とぉっ!!」
「あばばばばばばばばばばばばばば!!」
アインズ様には見せてはいけない顔をして、アルベドは男の胸ぐらを掴んだ。
想いを通じて愛を交わし、前の女との縁が切れているのを確信したと思ったら切っても切れない縁があった。しかもあろうことか実の兄と妹。
アルベドは、この男がラナーとしてきたことを知っている。それこそ匂いが嗅げる至近距離から、背中が二つある怪獣ごっこを抜かずに三回もしているのをじっくり見ていた、何度も生唾を飲み込みながら。
血の繋がった実の兄と妹でそんな事をするのは常識に照らし合わせればあり得ない。しかしながら、実の娘とそのようなことをさせてやっても良いと考えているアルベドだ。それというのもあちらは人間でこちらはサキュバス。サキュバスにそんなタブーは存在しないので全く問題ない。
これをダブルスタンダードと云う。
「なっ! にっ! をっ! しっ! てっ! るっ! のっ! よっっ!!」
「………………………………………………………………」
アルベドは吊し上げた男を上下前後に揺さぶる。近接戦闘に優れたシャルティアやコキュートスですら男の頭が三重に見える高速運動。このままでは頭の中身がシェイクされて耳や鼻から出てくるか、頸椎が外れるか折れるかもげるかしてしまう。
リザレクションのお世話になりそうな男を救ったのは、偉大なるアインズ様であった。
「ウオッホン!」
「はっ!? 申し訳ございません!!」
「あっ……」
ゴキャァ!! ピクピク……。ウワァ、ソレハイササカ、ウヌゥ、イイニオイ、ヤリスギ、アワワ。
この場がどこであるかを思い出したアルベドは、すぐさま跪いて頭を垂れる。自分が跪くのだから男にも頭を下げさせなければならない。
顎から逝ったのは幸運なのか不運なのか。もしも額から逝っていたら割れて中身が飛び出る勢いだった。その場合、リザレクションのお世話になったろうが苦痛は短いと思われる。
床に押し付けられた男の顔から赤い血が広がっていく。手足がピクピクしてるのは今わの際の痙攣か。アインズはどん引きした。
「あー……。デミウルゴス、ペストーニャを」
「はっ、ただちに」
男の惨状は一刻を争う事態だが、デミウルゴスは優雅に一礼してから走ることも大股になることもなくいつも通りの歩調で退室した。たとえ間に合わなくてもリザレクションのお世話になってもらえばいいのだ。
それはそれとして、回復させるか復活させるかしないと綺麗にすることが出来ない。わかっているデミウルゴスは円卓の扉を閉めるなり駆けだした。
なお、一番早いのはアインズがメッセージの魔法を飛ばすことであるが、シモベたちに仕事を与えてやるアインズの思い遣りであるに違いない。忘れていたわけではないはずだ。
「お前たちの間で齟齬があったようだが……」
「申し訳ございません。大変お見苦しいところをお見せしてしまいました!」
「よい」
「アインズ様……!」
アインズ様の御前で自裁ものの醜態を晒したというのに、偉大にして寛大であられるアインズ様はお許しになられた。アインズ様のお心は海よりも深く天よりも高く、まさに世界を統べるに相応しいお方。
一同はアインズ様のお心に感動しているのだが、当のアインズは下手に突っ込むとろくでもないことになるに決まってるのでこれ以上関わりたくないだけであった。
「その者と王女が兄と妹であることはわかった。幸いなことに王女はナザリックで受け入れる予定だ。そうしたら兄と妹で暮らすが良い。家族は大切だからな」
プゲェ!?
男が叫ぶ。しかし、鼻も口も失われて床に押し付けられている現状だ。血溜まりが僅かに泡だっただけだった。
「お、恐れながら申し上げます。この者が妹と暮らすことを望んでいるとは……」
「何故だ? 兄と妹だろう。ああ、わかった。確かに表面上は険悪な兄妹もいるだろう。しかし血が繋がった兄妹だ。いつか必ずわかりあえるはずだ」
アインズは、ちらとシャルティアを見る。
シャルティアは友人のペロロンチーノが残した一粒種だ。友人が作ったNPCなので、シャルティアの設定を前々から聞き知っていた。そこには「アウラと仲が悪い」とある。
自我を得たNPCが設定を反映しているのは間違いないことであって、シャルティアも例に漏れない。現にアウラとは頻繁に口喧嘩をして、キャットファイトに発展するのがいつものことだ。
しかし、シャルティアとアウラはけっして仲が悪いわけではない。それどころか喧嘩するほど仲が良いを体現している。それは、シャルティアの創造主であるペロロンチーノとアウラの創造主であるぶくぶく茶釜が実の姉弟だったからだ。
ペロロンチーノがぶくぶく茶釜にあれこれ文句を言っていても、本当は仲良しなのをアインズはよくよく知っている。
アインズが知る血の繋がった兄妹姉妹は、ペロロンチーノとぶくぶく茶釜しかいないのだ。唯一のサンプルが仲良しなのだから、兄弟姉妹と言うものは全て仲良しであると間違った認識を得てもおかしいことではなかった。
「……仰せの通りでございます」
プゲラ!?
血溜まりがまたも泡立つが誰も気付かない。
兄本人が抗弁するなら兎も角として、アルベドが兄と妹の事に口を挟むことは出来ない。ましてアインズ様の温情なのだ。余計な口を利こうものなら正気を疑われる。
せめて、その妹が兄を何年間も監禁していたことを知らしめれば良かったのだが、機を逃した。
それを知っているのはアルベドだけ。デミウルゴスはラナーに囚われていたことだけは知っているが、何が起こっていたかまでは知らない。
その他の面々は、アルベドがどこからか連れてきたとしか思っていない。
「王女を迎えるのはまだまだ先だが、その前に顔合わせしておくのも悪くないだろう。向こうも兄が生きていると知れば喜ぶだろうからな!」
プゲェェエ!?
しかし血溜まりが泡立つだけである。
さすがのアインズ様が、略してさすアイが発動してしまった。
アインズは、兄と妹が一緒に暮らせる未来を純粋に喜んでいる。弱音を吐いてしまったりアルベドの抑えになってくれたりカッコイいブレイドアーツを教えてもらったり、何かと力を借りてる男だ。贔屓な気がしないでもないが、これくらいは良いだろうと思っている。
シャルティア以下の守護者たちはアインズ様のお優しさに打ち震えている。
アルベドは顔を深く伏せて、唇を噛み切った。
男は死にそうになっていた。
優雅なデミウルゴスは急いでいてもちょっとゆっくりだった。
ラナーの回想をもっとねちっこく書きたかったがそうすると本作の方向がクルッとしてやたら長くなる(本編より長い回想が流行った時期がありました)のはいいのだけどエントマ登場が弾かれそうなので断念
エントマ出張が終わったのでそろそろ出てくるはずなんです