が、有効活用されるかどうかは全くの未定です
少し考える事があると、アインズは一人円卓に残った。
件の男についてである。酷い火傷を負ったり天涯孤独であったりと不幸な半生を送っていたようだが、ナザリックの一員となって火傷を癒やされ真っ当な生活を手に入れ、近い未来に家族と共に暮らせるようになる。
聖王国を魔皇の魔の手から救ったアインズだが、あれはマッチポンプなのでノーカン。今回のは純然たる善行。善いことをした満足感に一人深く頷いた。
カルマ極悪であるアインズだが根は善良なのだ、と言うと矛盾があるようだが実際そうなのである。だからこそシモベたちが傷つけば我が事のように怒り、シモベたちが喜べば我が事のように喜ぶことが出来る。
(そう言えばあの時、母は一人で産む決意をしたけど出来る能力も立場もないとか言ってたな。そりゃ王妃がこっそり子供産むとか無理だろ)
アルベドとの現場を押さえ、ついでにナザリックへの忠誠心を試した時のことだ。
試した結果、忠誠はナザリックやアインズ自身と言うよりアルベドへ捧げているようであったが文句なく合格。合格したのはまず良かったがその後に生き返らせるのに苦労した。
リザレクションによる復活を拒否したのはわかる。その後、マジックアイテムで強制的に復活させた直後に死んだのはわからない。ブレッヒェン・ロンブスの修練をした際にそのあたりの話を聞きだした。
なんでも、ソリュシャンが欲しがったので50本以上手足をぶった切った際に必要に駆られて血流の操作を覚えたとか。あまりの事に流せる涙があったら流していたかも知れなかった。
(あの時はあいつにドミネイト・パースンを掛けて…………、待てよ?)
完全不可知化の魔法によって姿を消した状態で魔法を打ち込んだ。攻撃したり魔法を使ったりすると姿を消した状態は解除されてしまう。だから魔法を使った後にこちらを見られるのはおかしいことではない。
しかしあの時、あの男は魔法を掛ける前にこちらを見ていなかったろうか。
完全不可知化の魔法を破る方法はある。どれもあの男は使えないはずだ。アウラは完全不可知化状態でもなんとなく気配を感じるとは言っていたが、まさか100レベルのレンジャーであるアウラほど鋭い感覚を持っているわけがない。
しばし考える。答えは出ない。
アインズは玉座の間へ向かう。
玉座からなら、かつてユグドラシルで使用できたナザリックの管理システムを使用することが出来る。正式にナザリックに迎え入れた男なので、管理システムから情報を閲覧できるはずなのだ。
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一方、こちらは修羅場っていた。
アルベドの私室にて、バタンと大きな音を立ててドアが閉まる。アルベドは目尻を吊り上げて振り向いた。
男も眉間に皺を寄せている。珍しく険があった。
アルベドから口火を切った。
「どうして黙っていたの?」
「アルベド様はとうにご存知と思っておりました。改めてお聞きします。ラナーが私の妹であることをご存じなかったのですか?」
「知らないわよ!」
アルベドはナザリックで生まれたからこそ気付けなかった。
ナザリックのシモベたちで人の姿をしている者は、例外なく美しい容姿を誇る。偉大なる至高の御方々がそのような姿を与えたからだ。全員がそうなのだから、外で美しい男や女を見てもこういう者もいるのかとしか思わない。
彼ら彼女らが思うように、幸運か運命の悪戯かで美しく生まれた者もいるだろう。
それよりも、血筋によって美しく生まれついた者の方が多い。帝国の皇帝であるジルクニフはその結晶である。権力というものは、富と美を際限なく集める習性があるからだ。
そのジルクニフは、この男を一目して間違いなく高貴な血統であると見抜いた。カルネ村のエンリは、男神様か王子様かと思った。ナザリックで生まれた者では持てない視点である。
「実の妹とあんなことをしてただなんて……いやらしい!」
「いやらしい!?」
覚醒したサキュバスが、男の精液を食事とする大淫魔が、嫌悪に顔を歪めていやらしいと云う。
「お言葉ですが、アルベド様は私の言葉をお忘れでいらっしゃいます。あの女を抱くか、死ぬか。私に選択肢はありませんでした。囚われていた私に自由はなかったのです。それなのに、アルベド様は私を責めるのですか?」
もしもシャルティアが相手だったら、一合と噛み合うことなく打ち払われる。
ソリュシャンやルプスレギナであっても、これ以上は切り込めない。
しかし、アルベドである。ナザリックにおいて知の代名詞とも言えるアルベドである。
言葉にしていない急所を見抜き、貫いた。
「勿論覚えているわ。でも……」
怒りが嫌悪にとって変わった。
黄金の瞳が縦に裂ける。風もないのに豊かな黒髪がそよいで波打つ。
「あなたから求めたことがないとは言わせないわ!!」
「ぅ……!!」
この男は長く石の部屋に囚われていた。思索に遊ぶ以外に何もすることがない。そこへ美しい少女が訪れる。事が起こらないわけがない。
ラナーの好奇心が始まりだった。
兄の体は女である自分の体とは違う部分がある。どのように違うのか。どのような機能を持つのか。
王族の子女として男女の何やらに関しての教育を受け、兄を相手に実践したがった。その過程で、兄の方からも女の体はどうなのかと興味を持ち、妹は体を開いた。
「やっぱりそうなのね。それにあなたはあの女が自分の顔を焼いたと知ってたんでしょう? それなのによくもそんな事をしてやる気になったものね!」
「ですから私に選択肢は――」
「それはさっき聞いたわ!」
「……顔を焼かれはしましたが、その後の介護によって多少は受け入れてもよいと思ったのは確かでございます」
「絆されたとでも言うつもり?」
「だとしたら顔も見たくないとは申しません。あくまでもその時に限っての対応でございます」
「…………本当かしら?」
煮えた油を浴びせられ、激しく怒り憎悪したのは事実だ。しかし、火傷がある程度癒えて体を動かせるようになってからラナーへの害意を抑えられたのは、その間があったから。
王城の一室に運び込まれるのは袋に入れたり箱に詰めたりして幾人もの手を経たらしい。しかし、酷い火傷を負った得体の知れない少年を公然と囲えるわけがない。それ以降は存在を完全に隠して、ラナー一人が全ての面倒を見た。
食事から下の世話まで。幼い少女の腕では湯を運ぶのも重労働だったろうに毎日体を拭いてもらった。週に一度は全身に香油を塗られてマッサージをされてから垢を擦られた。自分の時間と睡眠時間まで犠牲にして、まさに献身的と言って良い介護だった。
その頃には自分の境遇を理解し、ラナーに反抗するのはあまり得策ではないと悟ったのもある。
「かつてがどうであれ、今はアルベド様に申し上げたことが全てでございます。顔も見たくない。名前も聞きたくない。出来れば間抜けな理由で死んで欲しい。私が思うことに変わりはありません」
「でも、かつてが今になったわ」
「それにつきましては私から申し上げたいことがございます」
アルベドのターンが終わった。
攻守が入れ替わる。
「先ほど私が口を開くことが出来ればアインズ様に申し上げることが出来ました」
「ぅ…………」
「血の繋がった妹だとは言え、共に暮らすなど真っ平御免であると。ですが何も申し上げることが出来ず、アインズ様は決定してしまわれました」
アインズ様の決定である。
もしもこっそり伝えてくれた事ならば、あれはこれこれこういう理由でなしにしてくださいと訴えることが出来た。家族がいがみ合うのはアインズ様的に残念な事だが理由があるならば受け入れてくださる寛大なお方である。
しかし、守護者一同の前で決定なさった事はそうはいかない。あげると言ったご褒美をやっぱなしとか言えばアインズ様の沽券に関わる。
それ以前に、アインズ様のご褒美を要らないとか言ってしまうのは甚だしく不敬な事である。激怒した守護者一同から八つ裂きにされるのは間違いない。アルベドだってそうする。
「だって驚いちゃったんだから仕方ないでしょう!」
「仕方ないと仰いますか? アルベド様がいつものように冷静を保っていてくださったなら回避できる事態でした。それを仕方ないと仰るのですか?」
アルベドが男の秘密に怒っているなら、男の方もアルベドの態度に不満があった。
心と体と命と忠誠の全てを捧げる尊きお方であろうと、道理にそぐわぬ事へは異を唱える事が出来る。
「自分のことは棚に上げて私に非があると言うつもりなの?」
「そうは申しません。過去と現在を分けているだけでございます。そして一番重要なのは未来です。過ぎたことは如何に言葉を連ねようとも変わりません。ですが、アルベド様は未来に通じる現在の選択を間違えました。そう申し上げております」
非をあげつらわれ、アルベドの眼光が一層鋭くなる。
脆弱な存在ならこの場にいるだけで絶命させうる怒気を、男は一歩も引かず受け止めた。
それどころか、秀麗な美貌を険に歪めてアルベドを見返す。ルプスレギナなら目にしただけで無条件にごめんなさいしてしまう表情である。
「!?」
睨み合いは短かった。
アルベドの眉間から皺は消えていないが、唐突に怒気が霧散する。
男は狼狽えたように手を泳がせた。
「どうしてわからないのよ!」
そう言われても何のことだかさっぱりわからない。
いつもなら素直に問い返した。出来なかった。
「あなたをあの女にとられたくないからに決まってるでしょう!!」
「!!」
アルベドは怒りの形相のまま、大きく見開いた目から、ポロポロと涙をこぼした。
大粒の涙は頬を濡らし、顎へ伝っていく。
涙は止まず、顎から床へ滴った。
「あなたと何回もセックスしてる女だからどうしても気になるって言ったでしょう!? 会いたくないって言ったから安心してたのにあの女はあなたの妹で、血が繋がってて、私とあなたは血が繋がってるわけじゃないのよ!? 私よりあの女の方があなたに近いって言うの!?」
「アルベド様!」
「あっ!?」
それ以上言わせてはいけない。
これ以上涙を流させてはいけない。
アルベドに詰め寄り、強く抱き締めた。
アルベドは抵抗しない。虚脱したように男に体を任せる。
「そんな事はあり得ません。私がアルベド様より妹を選ぶわけがありません。私が愛してるのはあなたです」
アルベド様にあんなことを言わせてしまった。涙を流させてしまった。罪悪感が胸を抉る。
女の涙なんて面倒なだけで、カルカが泣いていたときは鬱陶しいと思っていた男だ。しかし、アルベド様だけは違う。何としても涙を払わなければならない。
「近いと仰いましたが、私の腕が捕らえているのはアルベド様です。私に一番近いのはアルベド様です」
「…………」
アルベドもおずおずと男の背に腕を回す。
顔は伏せ、男の胸に額を押し付けた。角がちょっぴりちくっと来たが我慢した。
「セックスの回数はこれから幾らでも増えていきます。アルベド様がお嫌でなければ、でございますが」
「…………」
アルベドは無言で首を振る。
またも角がちくっと来たが我慢した。
「……あなたが抱きたいのはあの女じゃなくて私なの?」
「当然です!」
「あんっ」
腰を強く抱かれ、アルベドの背が僅かに跳ねる。
「それなら……」
笑みを消してから、アルベドは顔を上げた。
頬は濡れたままだが、涙は止まっている。
止まったではなく、止めたが正しい。アルベドにとって涙の出し入れなど呼吸と同じで自由自在。
二度も見せてしまった涙なのだ。今更涙を使わない理由はない。武器として有効に活用できるのだから使うべきである。
効果は抜群で、旗色が悪かった情勢が一瞬で逆転した。あまりにもうまくいってしまったので、にやりと唇の端が持ち上がった。ここで笑ってしまうのは不味い。何とか表情を繕った。
流そうと思って流した涙であるが、思いも言葉も本当なので騙したつもりはない。
仲直りに持って行くための演出である。
なお、この場を乗り切ったとしても問題が解決したわけではない。
「あっ……」
顎に指を掛けられ上を向かされる。
アルベドは僅かに背伸びをして高さを合わせ、右目の縁に唇が触れた。ちゅっと軽い音がして涙が吸い取られる。右に続いて左も同様に。
涙を吸い取られるのは、アルベドの乙女心にきゅんと来た。
女心への無理解を多々見せる男だが、時々こうしてクリティカルを繰り出すから侮れない。頬が上気してくるのは演技ではない。
(喧嘩した後のセックスは燃えるって聞いたけど本当みたいね。スゴくドキドキしてるわ。こんなにくっついてドキドキしてるのが知られちゃったら少し恥ずかしいけど、でも……♡)
今度こそ唇を合わそうと、潤んだ目を閉じて唇を薄く開いて、無粋なドアがコンコンと鳴り出した。
『アルベド様、失礼いたします。相談役殿をアインズ様がお呼びでございます』
「………………」
「………………」
数瞬、無言で見つめ合った。
アルベドは、はあと息を吐く。現在は会議の後の小休止的な時間であって、お休みのためにベッドインしていい時間ではない。
自分の欲望をアインズ様の御用事に優先していい道理はない。以前は何度も優先してしまって謹慎すらもらったアルベドであるが、過去のことである。優秀なアルベドは反省できるのだ。
「アインズ様がお呼びなら仕方ないわね。続きはエ・ランテルでしましょう」
「それは! よろしいのですか?」
「ええ」
左遷解除のお知らせである。
元々、彼をエ・ランテルから離したのは多様性を学ぶためというのは後付けで、本当はラナーから距離をとらせるためだ。それがどうにもならなくなってしまった以上、帝国に置いておく意味はない。
アインズ様からも、そろそろエ・ランテルに戻して良いだろうとお言葉を預かっている。
「行ってらっしゃい。でもその前に」
「!!」
男の頬を両手で包み、引き寄せる。
赤い唇で男の唇を覆った。
ただのキスではない。お預けを喰らったサキュバスのキスだ。
これから燃えさかるようなセックスをと思ったところで中止を余儀なくされたアルベドは、フラストレーションが一挙に高まった。何とかして解消しないと以降の業務に差し支える。
合わせた唇から男の精気を吸い取っていく。
男のただでさえ白い顔は青く、そして土気色に。一週間絶食して真冬の海に肩まで浸かって百数えた色になっていく。
一言で言って瀕死になった。
部屋の外では少し賑やかになっていた。
「何してるんでありんすか?」
「はい、シャルティア様。アインズ様がアルベド様の相談役殿をお呼びでございます」
「ほーん。で、シズは?」
「相談役殿に私が聖王国でとった行動を評価してもらいに来ました」
「真面目でありんすねぇ。そっちはどうして二人? 呼びに来ただけなら一人でいいでありんしょう?」
「はい。ソリュシャン様のお付きとなったシェーダの様子を相談役殿から伺おうと思っておりました」
「私とリファラとシェーダは三人で行動することが多かったものですので」
「お兄ちゃん大人気でありんすね……」
「シャルティア様も相談役殿に御用事でございますか?」
「私が用があるのはアルベドでありんす。中々出てこないでありんすね。アルベドー! アインズ様の御用事でありんすよー! 早く出て……」
シャルティアがドアを叩こうと腕を振り上げた時、ガチャリとドアが開かれた。
と同時に、どさりと何かがシャルティアの体に倒れ込んでくる。
「しゃ……シャルティアさま、ご無礼を……。申し訳ございません」
「ペストーニャに回復してもらってから向かいなさい。あら? 随分賑やかなのね。シャルティアまで。この子はアインズ様がお呼びなのよ?」
ドアの前に四人もたむろしているのを見て、アルベドは眉をひそめた。
「私が用があるのはアルベドでありんす。お前たちは早くアインズ様の用件を済ませなんし!」
死にそうな男をシズが背負い、二人のメイドが先導する。
三人と一人が向かうのは第十階層に向かう大階段のようで、ペストーニャに回復してもらうのは後回しにするらしい。アインズ様の御用事を最優先している、と言う方が正しいかも知れない。
瀕死であろうとすぐに死ぬことはないと思われるので、アルベドは遠ざかる背中から視線を切った。
なお、瀕死の男を連れてこられたアインズはどん引きした。
アルベドの抑えにこの男がいることを心底感謝した。もしも自分が人間のままだったら自分がこうなっていたかも知れないと想像して感情抑制を発動させる。
とにもかくにも用件を切り出す前にペストーニャを呼び寄せた。今度は忘れずメッセージの魔法を使った。
先週は睡眠時間が半減してもうろうとしてました
今週はちょっと涼しいけど今年の夏はいったいどうなるのだ
先週の天気予報だと明日(7月7日の木曜日)は最高気温25度とか言ってて楽しみにしてたのに今日の予報だと30度超
次回はアインズ様のお話かアルベドとシャルティアの密談かシズにご褒美かメイド二人か、どれかになるかも知れないしどれにもならないかも知れません
R18的に後者二つのどっちかを選ぶべきかもです