アインズ様は最古図書館の閲覧室でお待ちでした。
机の上にはでかい本が幾冊も積まれています。円卓の間での会議からさして時間は経っていないのにあれだけの本をお読みになったのです。さすがのアインズ様です。アインズ様が呼び出した男を運んできた三人は深く感服しました。
ところがその男、何故か瀕死になっています。アインズ様は取り急ぎペストーニャ様を呼び出して回復させました。
短時間で二度も死にかけた男に、ペストーニャ様は呆れるやら困惑するやらです。ペストーニャ様は事情をお尋ねになったのですが、尋ねられた男が答える前にアインズ様がお言葉を濁されて答えてしまいます。どうやら関わりたくない、関わってはいけない事であるとご判断されているようなので、ペストーニャ様は食い下がることなくお仕事にお戻りになりました。
アインズ様の御用件は不思議なものでした。
相談役殿に幾つもの問題を出して解かせます。大別するなら数学の問題でしょうか。パターン認識を計っているようです。
まず複数の図形を見せます。その次に提示する図形から最初の図形と共通点がある図形を選ばせるのです。
20問ありました。
相談役殿は問題を提示された瞬間に解答します。
「…………いかん。これだと120までしか計れない」
120が何を意味する数字なのか、解答している相談役殿も閲覧室の出入り口前で控えているシズちゃんとメイド二人にもわかりません。
「アインズ様、私が代わりに計測してもよろしいでしょうか?」
デミウルゴス様がいらっしゃいました。
アインズ様があっさりと選手交代したところを見ると、偶々いらしたのではなくアインズ様がお呼びになったのかも知れません。
デミウルゴス様もアインズ様と同じように問題を出します。書面による図形問題以外にも、口頭での問答がありました。
今度は難易度が高くなりました。デミウルゴス様がお話になる長文を頭に入れて論点を整理し、問いに答えなければなりません。ここに図形が加わることもあります。その上制限時間がありますので、答えが確定しない状態でも解答しなければなりません。
時折相談役殿の眉間に皺が寄ります。相当に考えているようです。
なお、聞いてるだけのシズちゃんとメイド二人には答えがさっぱりわかりませんでした。実を言うとアインズ様にもわからない問題があったのですが、そういうことはデミウルゴス達に任せれば大丈夫だからと震えていました。
デミウルゴス様からの出題は、アインズ様からの出題の10倍以上時間が掛かりました。時計の長針がくるんくるんと回ります。
「経歴から結晶性知能には劣るものがあります。しかし、流動性知能は私より上と言って差し支えないかと」
相談役殿にシズちゃんとメイド二人には聞き慣れない言葉です。アインズ様はふむと頷いていらっしゃるので、デミウルゴス様の言葉を全て了解していらっしゃるようです。
相談役殿は文脈と語感から、結晶性知能は知識の測度や活用、流動性知能は論理的思考力及び処理速度、と判断しました。以前最古図書館で借りた辞書には載ってなかった言葉ですので、後々調べてみようと心にメモします。
なお、アインズ様もメモしました。
「精神力は問題ないな」
「はっ、仰る通りかと。私が試しました時は……、そちらの彼女たちには聞かせない方がよろしいでしょう。以前報告した通りでございます」
つーかカンストしてるだろ、とアインズ様がぽつりと呟いたのは傍に控えるデミウルゴス様にも聞こえませんでした。
「ご苦労だった。疲れただろう? ゆっくり休むと良い」
終始控えていたメイド二人が何故か元気よくお返事します。何故か最後まで付き合っていたシズちゃんも一拍遅れてお返事をします。
相談役殿はアインズ様とデミウルゴス様に退室の礼をして、眉間を揉みほぐしながら最古図書館を後にしました。
本当なら本を借りていきたいところだったのですが、デミウルゴス様との問答で割と疲れてしまったのです。
アインズ様はデミウルゴス様を労ってから自室にワープします。
ぽふんとふかふかベッドに身を投げ、ボスボスと枕を殴りつけました。
「クソがぁっ! こんな条件達成出来るわけないだろクソ運営!!」
そして感情抑制発動。冷静さを取り戻しました。
手に入れてしまった戦略級隠しクラスをどのように有効活用しようかと考えます。しかし、有効活用するにはアルベドを通さなければなりません。ちょっとだけ考えて保留にしました。
まずは聖王国の復興と支援です。まだまだ若い魔導国の地盤固めをしなければならないので余計な事をしてる場合ではないのです。
それにユグドラシル時代と違って現在は代替手段が有効です。無理に使う必要はありません。アルベドの説得が大変そうだからと云うだけではないのです。
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「で?」
「……急に何よ?」
呼んだわけでも入室を許したわけでもないのに、シャルティアは我が物顔で椅子に座る。指先でテーブルを叩き、客にお茶も出さないのかとのたまう。
アルベドは眉をひそめながらもフレーバーティーを振る舞った。
「ローズティーでありんすか。香りがちゃんと際だっていんすね」
「どういたしまして。それで何よ?」
「それはこっちのセリフでありんす。何があったんでありんすか?」
「だから何のことよ?」
「とぼけんすねぇ。さっきの会議でお兄ちゃんに怒ってたでありんしょう?」
自身の相談役をお兄ちゃんと呼ばれ、アルベドは露骨に顔をしかめた。今は妹を感じる言葉を聞きたくないのだ。
「あの子はシャルティアの兄じゃないわ」
「呼び方なんて何でもいいでありんす。アルベドがどうしてあんなに怒ったのか聞きにきんした」
「私に秘密があったからよ」
「ほーん?」
あの場で、女であるシャルティアだけが気付いた。
アインズ様を含む男性陣は、アルベドが言ったように隠し事があったから怒った、としか思っていない。
アウラはと言うと、まだまだ女以前のお子様だ。軽く話してみたところ、あんな事秘密にしてちゃダメだよね、と言っていた。お子様はこれだから仕方ない。アウラはまだまだおチビのお子様で、と言いたいのだが言ってしまうと後々成長した暁に復讐される可能性大であるので我慢する。それはそれとしてあの爆乳にはまた吸い付いてみたい。あれほど熱心だったテック練習を止めたのは一体何があったのだろうか。お兄ちゃんが関わってるに決まってるので、いつかまた3pしたいものである。
紅茶の香りを楽しみながら心を遠くに飛ばしているシャルティアへ、アルベドは胡乱な目を向ける。
呆けるなら自分の部屋でやって欲しい。
「それを飲んだら帰りなさい」
「違うんでありんすよ? アウラのおっぱいじゃなくてアルベドの態度でありんす。お兄ちゃんとラナーとか言うのとの関係を聞かせなんし」
「……あの子が自分で言った通りよ。腹違いの兄と妹。それだけじゃないかしら?」
「ほーん? そーゆーこと言うんでありんすかぁ? べっつに私はお兄ちゃんに直接聞いてもいいんでありんすよ?」
「くっ!」
必要なことも必要ないことも言わないが、聞かれれば何でも素直に話してしまう男である。
どうでも良いことから言ってはいけないことまで話してしまうので、質問には注意が必要だ。本当に要らない事まで話してしまうので、アインズ様が直感に従って言葉を遮り惨劇を未然に回避したこともあった。
「聞いてどうするつもりよ?」
「どうもしんせん。ただの興味本位でありんす」
興味を引いたのは、アルベドが嫉妬していたからだ。
あの場で、シャルティアだけがアルベドが嫉妬していることに気が付いた。
羨望が持ってないものを欲しがる気持ちなら、嫉妬は持っているものを失う恐怖である。
シャルティアが羨望と嫉妬を言葉で詳しく説明出来るわけがない。しかし、アルベドが何かに嫉妬して何かを恐れていることを直感した。
登場人物は、アルベドとお兄ちゃんとラナーとか言うお兄ちゃんの妹。アルベドが嫉妬してるのは妹以外にありえない。どうしてそんなものに嫉妬するのか。
ペロロンチーノ様とぶくぶく茶釜様のように、姉がいれば弟がいる。兄がいれば妹がいる。それが一体何だというのか。
「私がお兄ちゃんに直接聞くのは? アルベドが嫌がると思いんしたから? だからわざわざアルベドに聞きにきんしたんでありんすよ? 私の厚意を? アルベドは無視するんでありんすか?」
嫌なことにだけは知恵が回る吸血鬼である。
厚意と言うのは真っ赤な嘘で間違いないが、直接聞かれるのが嫌なのも事実。あの子の口からあの女の名前を出して欲しくないのだ。
アルベドは歪む唇をティーカップで隠し、紅茶で口を湿らせた。
隠しているわけではないのだ、周知していないだけで。この場で話そうと話すまいと、シャルティアが遠からず知るのは確実。だったらしばしの不快に耐え、話してしまった方が良い。
「あの子が私に会う前、顔に酷い火傷があったというのは聞いているかしら?」
「どこかで聞いたような気もしんす」
「子供の頃に煮えた油を掛けられたそうよ。あの子の顔を焼いたのがラナー」
「ほえ? 自分のお兄ちゃんの顔を焼いたんでありんすか?」
「そうよ」
「お兄ちゃんはそのあたりのことを全く話しんせん」
それはシャルティアがあえて聞いていないからであって、聞かれていたら素直に話していた。現に、初対面でゴブリンのジュゲムには話している。
所詮は過ぎたこととして、苦い記憶ではあるが過度に気にしてはいないのだ。
「それから私があの子を見つけるまで、ずっとラナーに囚われていたのよ」
「へー。……で?」
「……シャルティアもあの子と寝たならわかるでしょう?」
「何でありんす?」
「…………セックスがとても上手なことよ」
現場を抑えたことがなくても状況証拠から明白だ。シャルティアが匂わせてる時にボディへいいのをくれてやれば溢れてくると思われる。アルベドはそこまでして証拠を押さえるつもりはない。空いてる時なら貸してあげても良いと思っている。
「確かに」
シャルティアの返事には実感と力がこもっていた。
「あの子はずっとラナーに囚われていたのよ? どこでセックスのやり方を覚えたかわかる?」
「アルベドが教えたわけじゃ……、ありんせんね。私がお兄ちゃんとらぶらぶエッチしてた時もアルベドは処女でありんしたし」
アルベドのこめかみにピキリと青筋が走る。
これはぶっ飛ばしても無罪。断罪してやろうと思ったが、シャルティアが気付くまで懸命に我慢した。
「ってことは……、お兄ちゃんは妹とセックスしてたってことでありんすか!?」
「そうよ」
「ほえ~~~~~~~……。さすがお兄ちゃん、レベルが高いでありんすねぇ」
「何がレベルが高い、よ! 妹よ? 妹とセックスしまくりだったのよ!?」
「はいはい、それで?」
「それでって何よ!」
「だからお兄ちゃんが妹とセックスしまくりで、だから?」
「はぁ!?」
「何でありんす?」
アルベドは得体の知れない怪物を見るような目でシャルティアを見た。
シャルティアも似たり寄ったりで、アルベドが何を考えているのか理解できない。
シャルティアにとって、兄が妹と、と言うのは何の障害にもならない。何せエロゲマスターの異名を誇るペロロンチーノに創造されたのだ。それがどうした、としか思わない。
これがもしも姉が弟とだったら激しい拒否感を覚えたかも知れないが、事は兄と妹である。
「だから、あの子は……あの子が……!」
「……?」
言葉に詰まるアルベドを、シャルティアは小首を傾げて見やった。
唐突に悟った。
「そうでありんすね、お兄ちゃんと妹がって言うのはちょっとあれでありんす。これはちゃんと言っておかないとダメでありんす。私に任せなんし。私からもお兄ちゃんに注意しておきんしょう!」
「……別にいいわよ。余計なことしないで」
「そうでありんすか? それじゃ今まで通りで。邪魔しんした。屍蝋玄室に戻りんす」
「……そう」
シャルティアが突然聞き分けが良くなった。
率直に言って気味が悪い。何を考えているのか問いただしたくなるが、触れたくない話でもある。もう一度余計なことはしないようにと念を押してから、立ち去るシャルティアを見送った。
「…………くひ」
アルベドの部屋を出たシャルティアは、堪えきれずに笑みをこぼす。
アルベドがシャルティアが気付いたことに気付かなかったことが愉快であり、隙を見つけた事がなおさら愉快である。
アルベドは嫉妬していた。
何を嫉妬したのか、誰に嫉妬したのか。
ラナーに嫉妬して、お兄ちゃんを失うことを恐れた。
そんな事はあり得ない。悔しいが、お兄ちゃんがアルベドから離れることは絶対にない。
それなのにアルベドが嫉妬していたのは、お兄ちゃんを信じきれないから、ではないだろう。
自分が確信するくらいなのだから、アルベドにわからないはずがない。
ならば、アルベドが信じきれないのは一体何か。
アルベド自身に他ならない。
以前、アルベドに飽きたら自分のところに来いと言ったことがある。
ものの試しで言った言葉であるが、嘘偽りない本心だ。そうなったら嬉しいが、そうなることはないと思っていた。
だけれども、もしもアルベドがお兄ちゃんを囲うことを辛く思うようになったら? 辛さが解消されず先鋭化したら?
アルベドが何を引け目に感じているかは知らないし興味もない。確実に言えるのは、自分がお兄ちゃんを嫌になることは絶対にないと言うこと。
もしかしたらもしかするかも知れない。
アルベドは兎も角として、お兄ちゃんの意志を変えるのは余程の事があっても不可能だ。
なんであれどうであれ、楽しい夢想に耽るのはとても楽しいことだ。
だからシャルティア様は起きながら夢を見ているとか言われるのだが、本人的にはとても楽しいのである。
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頭を抱えていたり不穏だったりするあちらと違って、こちらはとても平和であった。
第十階層から第九階層に戻ったメイド二人はちらと目配せをしあう。それだけで以心伝心完全完了。
ナザリックの優秀なメイドにして創造主を同じくし、ずっと三人(今は二人になってしまったが)で働いてきたのは伊達ではない。
二人には目的がある。達成するだけなら難しい事ではない。いつぞやからポーションはエプロンドレスのポケットに入れたままになっている。
しかし、その後が問題だ。思い出されるのはシェーダの痴態。ああなってしまうと後始末が大変になる。出来れば避けたい。
だったら止めればいいのだが、そうはいかない。三人の中で一番厳しくて一番隙がないシェーダがああも乱れたのだ。素晴らしいことなのは間違いない。
始めこそ好奇心だった。ペロロンチーノ様が遺された異本は真実であるか否かを知りたかった。今は違う。異本の内容は真実で、確実に素晴らしいことだとわかっている。それを我が身で体感したい。
よって、事に挑むのは大前提。
ただし、上述の理由により後始末が大変な可能性がある。
ベッドが一番無難であるが、自分がしてしまったおしっこの中で眠るのは絶対に避けたい。二人の内どちらかがダウンしてももう一人が何とかしてくれるだろうがそんな事態にならないのが一番だ。
洗い流せる場所がいい。
とするとバスルームになるが、生憎二人が起居する部屋のバスルームはいささか手狭だ。二人がどうこうするスペースはあっても、三人となると厳しいものがある。浴槽だって三人同時には入れない。
どこかに広いお風呂はないものか。
考えたと同時に二人はピンと来た。
ナザリック第九階層にはスパリゾートがある。アインズ様はメイドたちにも利用を解禁してくださっている。アインズ様はなんとお心が広くシモベたちを思いやってくださるお優しくも寛大なお方であることか!
とは言えメイドたちには気軽に行きかねる場所である。何せ本来は至高の御方々のための施設なのだ。今回に限っては、相談役殿を慰労するという名目があるので何とか行ける。
と、ここで問題発生。
スパリゾートナザリックにはゴーレムが設置されていると、二人は聞いたことがあった。
今は彼方にお隠れになってしまわれた至高の御方であられる「るし★ふぁー」様が創造なさったゴーレムである。聞いたところによると、マナー違反したものを攻撃してくるのだとか。利用する際は厳に注意すべしと徹底周知されている。
るし★ふぁー様はお隠れになった今もナザリックの規律を守ってくださっているのだ!
二人は感動することしばし。感動はしたが、邪魔すぎる機能である。間違いなくマナーに違反する行為をしてしまうのだから。
「シズさん、二人が何を話してるかわかりますか?」
「わからない。案内すると言ったからついて行けばいい」
「……そうですか」
二人はまたもピンと来た。
スパリゾートナザリックには多数の風呂がある。ゴーレムがない風呂を選べばいい。
第九階層の隅々までお掃除をしている二人は、当然の事ながらスパリゾートナザリック内も把握している。ゴーレムと思われる石像が設置されているのはジャングル風呂。そこを避ければ済む話だ。
いずれにせよ、多数ある風呂は男湯と女湯で分かれているため、ジャングル風呂を利用することはない。男女が混浴出来るのは露天風呂だけである。
露天風呂は風光明媚な景色が楽しめる。ゴーレムらしき石像はない。源泉掛け流しのオーソドックスな大きなお風呂だ。洗い場だってとても広い。床は石畳で硬いため、バスタオルやマットを多めに用意した方がいいだろう。
諸々が決定し、二人は顔を見合わせて深く頷いた。
同時に振り向き、きちんとついてきている男へ心からの笑みを見せた。
「相談役殿はお疲れでしょう。お風呂で汗を流してはいかがでしょうか?」
「私どもはアインズ様から相談役殿をお世話を仰せつかっております。お背中を流す名誉をお与えください」
アインズ様はそんな事は言ってないと思ったが、メイドたちにだけ伝わる符丁があったと言われたらそうなのかと言わざるを得ない。
「そうですね。よろしくお願いします」
符丁がなかったとしても、美女に世話を焼かれるのはとても嬉しいことだ。断るわけがなかった。
メイド二人はぐっと拳を作って小さく振り、
「私も行く」
「「……あっ」」
シズちゃんがいることを今更ながらに思い出した。
一話先がどうなるかわからなくても時間が経つとなんとかなるもんですね
あんまり暑いとどうにもならなくなりますが_(:3 」∠)_