性悪な美人姉妹が机に向かって黙々とペンを走らせている。
堪りかねたのか、姉が呻くように言った。
「どうしてこうなってるんすか……」
「口より手を動かして」
「だっておかしいじゃないっすか……。ソーちゃんはおにーさんを休ませたんすよね?」
「休ませたわよ。私たちではお兄様に追いつけないからゆっくり休んでくださいって」
「それじゃどーしてこーなってるんすか!」
「お兄様の仕事が早すぎるんだから仕方ないでしょう!」
ルプスレギナに続いてソリュシャンも吼えた。
二人は終わりの見えない書類の山と格闘している真っ最中なのだ。
二人の仕事は文書を翻訳して清書すること。原本に書かれた文字は下手を通り越して独自の速記となっており、二人以外に読める者がいないのだ。
原本を作ったのは魔導国宰相閣下にしてナザリック守護者統括の相談役。アインズ様が直々にお認めになり、守護者統括であられるアルベド様が分野によっては自身を上回ると言ったのは伊達ではない。
彼の男が一時間仕事をするとソリュシャンとルプスレギナの二人がかりで半日掛かる。半日はおよそ5・6時間。
それが二時間仕事をすると丸一日。二十四時間のことだ。
そこへ一日仕事をされると、実働は精々8時間なのに二人がかりで十日掛かる。飲まず食わずの不眠不休で最大能率を常に発揮して十日である。当然のことながら、体力お化けである二人でも不眠不休の十日間は不可能だ。とてもとても一生懸命頑張って一ヶ月は必要になる。
「それになんすかこれぇ……。この川は大物が狙えるとかワイルドボアの丸焼きが名物とか、こんなの観光案内じゃないっすかぁ……」
「アウラ様にお見せする地図の解説だそうよ。内容の是非は私達が判断することじゃないわ」
「それはそうっすけどぉ……、そんなのわかってるんすけどぉ……」
「だったら口より手を動かしなさい! さっきも言ったでしょう!」
「怒鳴らなくてもいいじゃないっすか!」
帝国の詳細な一次情報を清書するなら、まだ納得できた。しかし、竜王国内の観光案内を書くのは心に来るものがあった。
つまらない言い合いから熱が入った二人は立ち上がってしばし睨み合い、仕事が遅くなるだけと気付いて座り直した。
「はあ……、ジュネが早くおにーさん文字をマスターしてくれないっすかねぇ」
「…………私達だけがお兄様の文字を読めるからお兄様のお傍にいることが許されているのよ。読める者を増やしたくないわ」
「それはわかるっすけど限度ってもんがあるっす………………んん?」
「何よ、突然立ち上がって。休憩にはまだ早いわ」
「そうじゃないっすよ。お客様っす」
ルプスレギナに促され、ソリュシャンも窓の外を見る。
窓の向こうではお屋敷の正門が開かれ、豪奢な馬車が入ってくるところだった。魔導国の紋章を掲げた馬車だ。
魔導国あるいはナザリックにおいて、馬車に乗って移動する者は限られる。アインズ様を筆頭に、守護者以上の方々なら魔導国の紋章を掲げた馬車を使っても不思議はないが、大抵は独自の移動手段を用いて訪問する。
それなのにわざわざ馬車を使うとなれば、体面や形式を重視している事になる。そのような事を二人は何も聞いていない。
兎にも角にも出迎えようとして、御者台に座る黒い影に首を傾げ、馬車から飛び降りた者を見て目を丸くした。
▼
「何こいつら?」
「どこから出てきた!?」
キーノたちを連れ歩いていたラキュースの前に、見知らぬ少女が突然現れた。
魔法による転移かと思えたが、いずれも一流の冒険者であるラキュースたちは見逃さなかった。少女は窓と壁をすり抜けて姿を現した。およそ真っ当な存在ではないのは、すり抜けた技だけでなく姿かたちからも窺える。
腰まで届く黒髪は夜蝶の羽ばたきのように揺らめき、黒炭の目は赤と青の光が煌めいている。桜色の唇は如何にも健康的で少女の魅力を振り撒く。それらを収める輪郭は形良い卵形だ。透き通るほどに白い肌も通った鼻梁も。オフショルダーの黒いドレスに包んだ体は凹凸がはっきりとして、すらりと長い手足が伸びる。絶世と評して不足ない美貌である。いずれ少女の幼さが抜けきれば城を傾け国を滅ぼし時代を荒らす魔性となるのは確実だろう。
とは言え、美貌とくればお屋敷のお嬢様に神官様も傾世の美女。ラキュースはそこまで及ばないものの美貌で知られるアダマンタイト冒険者。一同が驚いたのは少女の美貌ではない。
少女は髪の生え際から一対の白い角を生やしていた。腰からは一対の黒翼が濡れたような艶を放っている。明らかに異形種だ。
エ・ランテルの大きなお屋敷は魔導国中枢の方々も訪れるため、人間以外の者がいてもおかしくはない。それを知っているラキュースたちだが、壁をすり抜けて突然目の前に現れれば身構えてしまうのは無理もない。
「一人はメイドで、でも他のは違うよね? なんでこんなのがいるの?」
「お前こそ何だ?」
「おまえ? あなたみたいなおチビさんにお前なんて呼ばれる筋合いはないんですけど?」
「うっ……」
少女の視線がキーノを捉え、キーノは捕らわれたように動けなくなった。
キーノの実力は蒼の薔薇随一で、他のメンバー全員を合わせたよりもキーノ一人の方が強い。ヤルダバオトに操られ悪魔メイドであったエントマを退けたこともある。そのキーノが、視線一つで何も出来なくなった。
この少女はエントマよりも遥かに強い。彼の魔皇には劣ると思いたいが、余りにも格上過ぎて強さを測りきれない。
「このお屋敷にいるのに礼儀を教えられてないの? 一体誰がこんなの雇ったの?」
「わ、私は冒険者だ。今はまだ王国に属しているが近いうちに魔導国から認定を受けることになっている」
「冒険者? それも王国の? ますます何でこんなところにいるの? 誰に呼ばれたわけ?」
「それは私が――」
「あーーーーーーーーっ!!」
少女は奇声を発してラキュースに近付いた。美貌をラキュースの体に寄せ、すんすんと鼻を鳴らす。
ラキュースの後ろにいたティアがさっと少女の後ろに回り込んでこちらもすんすんと鼻を鳴らして美少女ヤバいいいにほいヤバいとなっているのは誰も気が付かなかった。
「……………………お父様の匂いがする」
「お父様?」
ラキュースに、少女の父親であろう年齢の男性に心当たりはない。近くに接した男性はいるが、とてもではないが少女の父親になれる年齢ではない。
「私だってまだなのにまた違う女に!」
「え? え? あの……、お父様ってまさか……」
「ソフィー様。何度も申し上げているように窓からではなく扉から出入りしてください」
「「ジュネ!」」
廊下の向こうから歩いてくる黒衣の女性に、少女とティアが異口同音に発する。
「「ん?」」
またも異口同音に発して顔を見合わせた。
「あなた誰? ジュネを知ってるの?」
「私はティア。帝都の屋敷ではジュネにとても世話になった」
「帝都で? でも私知らない。私がお部屋にいた頃なのかな?」
「ソフィーちゃんじゃないっすか。それにジュネも。いや〜待ってたっすよー!」
「あっ、ルプー!」
黒衣の女性とは反対側からやってきたのは赤毛の神官。
廊下の真ん中でキーノたちと異形種の少女と黒衣の女性、それに赤毛の神官が集まってとても賑やかなことになっている。
「私を待ってたのはお父様よね♡ お父様に会いに遥々エ・ランテルまでやって来たんだから!」
「エ・ランテルと帝都じゃ遥々って言うほど離れてないんじゃないすか?」
「そーいう気分だからいいの! それでそれでお父様はどこ?」
「あー、おにーさんは――」
「ソフィー様!」
キーノたちを置き去りにして賑やかに始まった情報交換を、黒衣の女性がばっさりと断ち切った。
「こちらも何度も申し上げていますように、ソフィー様がマイスターを名付け親でいらっしゃることからお父様とお呼びしますと同じくマイスターからジュヌヴィエーヴの名を授かった私もマイスターのことをお父様とお呼びしなければならなくなるのですがマイスターからは拒否されてしまいましたのでソフィー様がマイスターをお父様とお呼びするのはとても不自然なことであり同様に私がソフィー様からお姉様と呼ばれない事の道理が通っておりません。仮に私がソフィー様からお姉様と呼ばれますと甚だしく不遜にして秩序を危うくしかねない事でございますからソフィー様からジュネと呼ばれることを大変嬉しく光栄に思っております。ですがソフィー様がマイスターをお父様とお呼びするのは不自然にして道理にそぐわないことでありますからそのような事を続けますとソフィー様の評価が軽んじられることに繋がりかねません事を危惧しております」
「うへぇ……」
赤毛の神官は一歩引いてよろめいた。
相変わらず話が長くて何を言ってるかわからない。初対面時に植え付けられた苦手意識は今になっても克服されていなかった。
一方の少女は一歩も引かない。目尻を釣り上げ反撃した。
「もう! ジュネの話はいっつも長いの! 三行で、じゃあれだからスリーワードで!」
今の長い話を単語三つで。
無理難題に思えたが、黒衣の女性は帽子をとってヴェールに隠れた吸血鬼の白い美貌を婉然と華やかせ、
「父と、呼ぶな、馬鹿」
「「「「「!??!」」」」」
真っ直ぐに罵倒した。
遅れて加わったティナも目を丸くした。
キーノたちは知らないが、ルプスレギナは知っている。
ジュネとソフィーは、二人とも相談役殿の配下で地位的には同格。しかし、ジュネは数あるヴァンパイア・ブライドの一人に対し、ソフィーはアルベド様を母と呼ぶことが許された一粒種。個としての強さも隔絶している。
それなのにこんな事言っちゃっていいのかと思うのだが、言われたソフィーはへにゃりと笑った。
「やーーーーーん! ジュネったらきびしいぃ♡」
「こんな所で抱きつかないでください」
一同はやはり目を丸くした。
ティアと目覚めさせられたティナは、私も抱きつかれたいと思っているのは措いておく。
罵倒しようとキツい態度をとろうと、敬意を払っていれば許される。
ソフィーの父が階層守護者であるシャルティアを引っ叩いて足蹴にして罵倒しても許されているのも同じ理由である。もしもあれがシャルティアを軽んじての行為だったらとっくに生きてない。敬意があるからこそ許されるのだ。
勿論のこと、敬意が相手に伝わってないと意味がない。
「それでマスターはどこに? このお屋敷にいるんでしょ?」
「あー、それっすけど、ね」
キラキラと輝く少女の期待を曇らせるのはルプスレギナの本意ではない、でもないかも知れない。
いつも笑顔で闊達に見えるルプスレギナだが、本性は極悪サディスト愉悦系ワーウルフなのだ。
ソフィーに負けず劣らずのいい笑顔を見せ、教えてあげた。
「おにーさんはさっき帝都に行っちゃったっす。しばらくあっちで過ごすって言ってたっすよ♪」
ソフィーは膝から崩れ落ちた。
▼
娘の涙を知らない父は、三人の美女に囲まれていた。
「夏が終わるまでには魔導国へ移れそうです」
対面に座ったレイナースが嬉しそうに報告する。
今はまだ帝国四騎士の一であるレイナースは、帝都の魔導国公館を訪れる時は全身鎧を装備する。あくまでも儀礼的な装備であって、屋敷に入れば早々に脱いでしまう。
今は鎧の下に着けている黒いワンピースレオタードだ。以前とは違ってスカートの裾にフリルが付いていたり、ベルトのバックルの装飾が凝っていたり、バストのアンダーにラインが走っていたりと、中々お洒落である。ブーツは太ももまであるが、スカートとの間に肌色が見えている。異本の用語では絶対領域と呼ばれている。
「そうなったら魔導国に来てくれてもいいし、この屋敷に住み暮らしてもいい。今まで通りに通うのが楽かも知れないな。そこはレイのいいようにして構わないよ」
「はい、ありがとうございます」
貴族社会の裏表をくぐり抜けたとは思えないほどに、レイナースは綺麗な笑顔を見せた。
今までと同じに通うとしても、帝国の軍人から魔導国の国民となれば心理的な距離がより近くなる。それが嬉しいのだ。
レイナースは一番話したかったことを直に話せてから、本日の本題を切り出した。この男を相手取る時は余計な駆け引きは不要と知っている。
「本日は学士殿にお願いがあって参りました。以前分けていただいた塗り薬を用立ててはいただけないでしょうか?」
レイナースが今も愛用している魔法のローションのことである。老廃物を分解してくれるので、以前は呪いで爛れてしまった顔に塗っていた。呪いが解けた今は不要になったが、入浴前に全身に塗るとお肌の調子がとても良いのだ。
「こっちに置いてある材料だと……、レイに渡した小瓶で五十本は出来るかな。それで足りるか?」
「まずは五本ほどいただけましたら。今後も度々お願いするかも知れません」
理由も聞かずに応えてくれるのが嬉しくなる。とは言え無償で譲ってもらうつもりはなく、そもそもレイナースが欲しているわけでもない。
「対価は如何程でございましょうか?」
「レイから取るわけ無いだろう」
男にとって、レイナースはいずれ魔導国に移り自分の下につく可能性が高い。今は違っても未来の部下になるかも知れない女から金を取るつもりはない。部下にならないにしても、お手製ポーションは売ろうと思って作ったわけではないので値付けは全く考えてない。
「そういうわけにはございません。陛下からのご要望なのです」
レイナースはいまだ帝国四騎士の一なのに、男の傍に行けることを先に報告して、自国の皇帝陛下からの言葉を後回しにした。
レイナースは美容のために使っている魔法のローションだが、元はシャルティアとのアナルセックス用に開発したローションである。
ジルクニフ陛下はそちらもお好きなのかと勘ぐった男であるが、レイナースからの話は全く違った。
帝国の皇帝陛下には複数の妻がいる。妻たちは男子禁制の後宮に暮らしている。しかしレイナースは女性であって、後宮に出入りするのに何の問題もない。
そこで皇帝の妻たちの目がレイナースに留まった。魔導国に移ると公言しているレイナースなので、陛下からの寵愛を奪われるかも、と猜疑や嫉妬が飛んできたのではない。レイナースの美しさが、具体的に言えば肌の艶が目に留まったのだ。
カルカから美容のノウハウや衣装の見立てを伝授されているレイナースであるが、肌の艶で一番に思いつくのは以前貰った魔法のローション。
皇妃や側室たちに執拗に請われて話してしまったところ、是非にも分けてもらえないだろうかと来るのは火を見るより明らかだった。
あの学士殿なら心良くわけてくれるだろうと思いはしたが断言はせず、いずれ離れる国なので無視してもよく、それでも後宮と太い繋がりを持つのは悪いことではないと判断したところで何故か皇帝陛下から話があった。
皇帝の耳はとても良い。自分の知らない所で自分の妻たちがあの男と密かな繋がりを持つことが甚だ不快なのだ。
結果、皇帝からの依頼で話を伝えることになった。
「陛下は必ず対価をお支払いすると仰せでございましたわ」
只より高いものはない、である。
人は何かを貰うとお返しをしたくなるものであり、返報性の原理として知られている。ここでお返しが出来ないと上下関係に変じていく。簡単に言えば、親分と小遣いを貰う舎弟の関係だ。
それを知らないジルクニフではない。あの男と貸し借りはまっぴら御免と思っている。
「そう言ってもな。レイだったらあれ一本にいくら払う?」
商品の値段とは、生産コストで決まるものではない。需給のバランスで決まる。
生産コストは、現状では手作りと言っても調合方法が確立しているし原料も高いものではないのでゼロに近い。
供給はこの男の手作りのみ。そして需要はさっぱりわからないからレイナースに訊ねている。
「以前でしたら金貨500枚でも高いと思わなかったことでしょう」
金銭感覚がいまいちな男と給仕のシクススはピンと来ないが、カルカは目を見張った。
以前は呪いで顔の右半分が爛れていたレイナースである。仮面で顔を隠したかったが汚臭を発する膿がとめどなく分泌されたため、それも出来なかった。
仮面で顔を隠せるようになったのは、ローションを塗ることによって膿が無色透明で無味無臭な液体になったからだ。
根本的な治療ではなくても、醜い顔を隠せるようになるだけで大枚を払うに値した。
「今となってはあの方、ペストーニャ様と仰られましたでしょうか。ペストーニャ様に呪いを解いていただきました今ではそこまで払うことは出来ません。200、では少し高価に感じます。150なら躊躇しないことでしょう。100ならあるだけ購入したいと思いますわ」
金貨100枚でも相当に高価である。が、指先に付けた微量でも全身に塗りたくれるほどによく伸びて、毎日使っても小瓶一つで一年近くは保ちそうだ。
下地作りが完璧になるのだから、高貴な女性が美容に掛ける額としては高価過ぎるとまでは言えない。
「それなら一つ金貨100枚にしよう。明日取りに来てくれ。それまでに用意しておくよ」
「はい、仰せの通りに。ありがとうございます」
「あの、旦那様? 実は私からもレイナース様と近いお願いがありまして……」
「うん?」
レイナースの話が片付いたと思ったら今度はカルカ。隣に座っているが、間に一人分空けている。
春になって久しく大分暖かくなってきた昨今である。
カルカのドレスも、ソリュシャンと同じ上乳見せ肩出しドレスになってきた。ソリュシャンのような迫力はなくても程良い大きさの胸が谷間を作っている。パーティーでもないのに攻めたドレスを着ているのは男に見せるためである。着付けには専従となっている双子幼女が頑張ってくれた。
「フリアーネ様から髪の手入れについて度々質問を受けてしまって」
「フリアーネ……。魔法学院生徒会長のフリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンド、公爵家だな」
「そこまでご存知なのですか?」
「帝国貴族の名は全員覚えてるよ。夜会で二度会った。そう言えばここで働いてるクリアーナとパナシスを見たこともあったな」
今更なのでシクススは驚かないが、カルカとレイナースの胸中は驚愕の一言。
優れているとは知っていたが、群を抜いているとか優秀だとかの形容では不足が過ぎた。
「で、その公爵令嬢が髪の手入れ? カルカが髪を洗ってるのと同じものが欲しいって事か?」
「遠回しではありましたが、そのようです」
遠回しではあっても、公爵家の令嬢がねだるような事を言うのだから相当に執心していると察せる。
髪は女の命なのだ。
「まあ、それも難しいことじゃないが」
「後にしようと思いましたが、私からもございます」
「シクススもか」
お屋敷のメイド長になってしまったシクススが若旦那様を持て成す担当なのは当たり前。
繊細な刺繍がとても美しいエプロンに、乳房で生地が切り替わるメイド服はいつ見てもやっぱりとてもエッチである。
「雇っているメイドたちから、お屋敷の浴室に備えている浴用品はどこで手に入るのでしょうか、と度々聞かれるようになりました」
始めはナザリック製のシャンプーやボディソープが並んでいた。
しかしいつの日からか、この男が趣味で作ったシャンプーやボディソープになっていた。試しでルプスレギナやシクススが使ってみたところとても品質が高く、ナザリック製のものと比べても遜色がなかったのだ。
もしもずっとナザリック製の品が並んでいたとしたら、メイドたちの言葉を言語道断と切って捨てたシクススである。今は若旦那様製になっているので、そこまでは思わない。
こんな事を報告することに、シクススは忸怩たる思いを抱いている。
メイドたちがお屋敷の品を、消耗品と言えど欲しがるのはかつてなかったことだ。それというのも、現在の帝都のお屋敷には御主人様がいないから。
頼りない若旦那様が一応の御主人様であったが、本当に頼りないし以前はメイドにやり込められる事もあったので関係ない。ソリュシャンの事だ。
綺麗で怖くて我儘なお嬢様が目を光らせているのだから、メイドたちは息を殺して粛々とお仕事をする毎日だった。しかし、若旦那様にくっついてエ・ランテルに行ってしまった。
カルカは若旦那様の奥方様ということになっているが、お屋敷に勤めていれば仮初めのものだとすぐに知れる。また、カルカは何をするにもシクススの許可を得る必要があり、お屋敷で振るえる権力がない。もしもカルカが諸々を無視して好き放題するような性格だったら、聖王国が南北に分断されているのを放置しなかっただろう。カルカが自由に動かせるのは専従メイドの双子幼女だけ。
カルカがダメでもソフィーが残っていた。
ソフィーは見事にソリュシャンの後を継いで我儘お嬢様になっていた。天真爛漫で無邪気な我儘は可愛く思えるが、ソリュシャンとは別種の怖さがある。ピリピリしてるソリュシャンの前で粗相をすればとても厳しく叱責されるが、ソフィーだと何をされるかわからない。にっこり笑って、もう来なくていいよバイバイ、くらいは平気でやりそうなのだ。そんなソフィーに口答えしようものなら親譲りの聡明な頭脳を納得させなければならず、それ即ち不可能と同意で、大変なペナルティが待っている。解雇された者はいないが、甘く見て泣かされた者はいた。
しかし、そのソフィーも家出して不在。
残ったカルカではメイドたちの抑えにならず、お屋敷の権力を一手に握るシクススが御さなければならない。ならないのだけれど、シクススの手に余った。メイドの仕事は完璧でも人を率いるのに向いてない自覚がある。仕えるべきお屋敷の御主人様方がいないのでメイドたちの仕事が不足しているのもある。
とどのつまりは暇をしているメイドたちがちょっぴり甘えてきたという事だ。
そしてその程度なら、若旦那様にお伝えしてもよいと判断したシクススである。勿論のこと、メイドたちが増長するようなら厳しく締め付けるつもりだ。
「ふーむ……」
男は唸った。
レイナース、カルカ、シクススの要望は、全て女の美容に関わることだった。女たちが美にかける執念恐るべし、である。
そこまで需要があるのなら一々希望を聞いて渡すよりも、いっそ商品にして売ったほうが早い。
ラキュースのために多額の借金を背負った。返済のための金稼ぎは金貸しをしようと思っていた。
帝国貴族の懐事情は全て頭に入っており、既に顧客名簿があるも同然。まずは少額の貸付から始めていずれは事業のような太い投資に繋げるつもりだった。
無論、金貸しには然るべき筋の許可がいる。こっそりやって後で問題になるのは面倒だ。幸いにも帝国の皇帝はとても聡いので、理を説いて利を誘えば許可を得られるだろう。
だが女たちが欲しがってる美容については、許可を得るどころか向こうからお願いされている。競合品はなくもないが質が違いすぎて相手にならない。
帝国の経済規模、富裕層の割合、年代別性別ごとの人口、生産手段、生産量、生産コスト、販売方法、販売コスト、売上、原価、利益、税率。規模は手工業のレベルまで。期待できる最大と最小と失敗した時のたたみ方。
あらゆる事を頭の中で計算して、
「屋敷に空き部屋が幾つもあるだろう? そこを工房にして生産する。シクススは手先が器用なメイドを五人上げてくれ」
「メイドたちを使って作るのですか?」
「とりあえずはな。正確な量で希釈させるだけだから器用なだけで十分だ。カルカとレイはどんなのが欲しいか教えてくれ。俺にはさっぱりわからない。レイはここにどんなものがあるか知らないだろう。知るために泊まっていってくれないか?」
「よろこんで。日時はどういたしましょうか?」
「いつでも。俺がいない日もあるが気にしないでいい」
「本日はお帰りになられるのですか?」
「2・3日は滞在していく予定だ」
「それでは本日このまま詳しいことをお聞きしたく思いますわ」
他にも考えることはある。皇帝の妻なら金貨100枚出せるだろうが、屋敷に勤めてるメイドでは不可能。メイドたちの給金から捻出できる額で購入できるのは、金貨一枚だとしたら量を百分の一にするのか効能を百分の一にするのか。
金銭感覚はずれていても金勘定は出来る男なのだ。
とりあえずはレイナースの育成を再開である。
▼
ルプスレギナは悪い狼である。
相手が弱ってきたらぐりぐりと弱みをつついて止めを刺すのだ。
「ソフィーちゃんておにーさんといっつもすれ違いっすよねー。それってもしかして避けられてるんじゃないっすか? それともすれ違うのが運命かもっすね!」
床に雫を落としていたソフィーは、きっと顔を上げ、ギロリとルプスレギナを睨みつけた。
ルプスレギナのとってもいい笑顔が引き攣り、頬と言わず額と言わずあちこちに冷たい汗を流し始めた。高位の神官でとっても強いルプスレギナが怖気づくほどに、ソフィーの圧は重かったのだ。
ソフィーが帝都を発ってナザリックに招かれ、エ・ランテルに来るまでこうも時間が掛かったのは、遊んでいたわけではない。そんな事はアインズ様がお許しになってもソフィーの母が許さない。
ソフィーは戦闘訓練をしていたのだ。
高レベルのシモベを相手に、時にアルベド直々に、珍しいことをやっているなと見物に来た守護者たちに。
強い相手ばかりでぐったりしたソフィーを見て、現在の実力を把握したアルベドはこれまでと判断したのだが、アインズ様の琴線に触れてしまった。
ソフィーのステータスをモニターしていたアインズ様は、ソフィーのレベルが上ったことに気付いたのだ。召喚ではなく限定特殊スキルによる創造であるためか。他のシモベたちと違って、ソフィーには成長する余地が残っていた。
レベルが上がるのだから、上げなければならない!
レベルが上がるのにどうして上げないのか。上げない選択肢はない。上げなければおかしい。上げるのが当たり前。生きていれば息をするようにレベルが上がるなら上げるもの。アインズにとって太陽が東から昇って西に沈むと同じ普遍の法則である。
恐れ多くもアインズ様監修の元にソフィーのレベル上げが始まってしまった。
ナザリックの防衛に影響がない範囲で、ソフィーはナザリック内で自然に発生するモンスターをひたすら狩り続けた。上層部のヴァンパイア・ブライドも自然と発生するモンスターであるが、これだけは除外。シャルティアを始めとする一同はアインズ様のお優しさにむせび泣いた。ソフィーもジュネの同僚を手に掛けずに済むのはほっとした。
ソフィーのレベルはぽこぽこ上がり続け、しかしレベルキャップに当たったのか種族やクラスによる制限でもあるのか、数日もすると全く上がらなくなってしまった。
必要経験値が増加した可能性もあって更に狩り続けたのだがレベルに変化はなし。
ひとまずソフィーのレベル上げは終了した。
100レベルには遠かったが、目に見えて数字が上がっていくのをアインズ様はとても楽しそうにしておられたので全てヨシである。
ソフィーは元々ルプスレギナより強かった。
今やプレアデスの姉妹が揃ってもソフィーが上である。恐ろしいことにそこへプレアデスの上司であるセバスを加えても、相性の関係でソフィーが有利だったりする。
ソフィーにパンチされれば、ルプスレギナはとっても痛い目にあってしまう。
ヤバっと思ってももう遅い。言ってしまったことは取り消せない。謝るべきか冗談だと誤魔化すべきか。
ルプスレギナが内心で大いにビビっていると、ソフィーは険しい顔のまま、頬に一筋の流れが追加された。
「う…………うぅ……、うえぇぇええええーーーーーん!」
「ありゃ、泣いちゃったっすか」
ソフィーはジュネの腰にしがみつき、声を上げて泣き出した。
蠱惑的な美少女に見えても、ソフィーは年初に生まれたばかりのゼロ歳児。まだまだお子様なのだ。
「あなたたちは廊下の真ん中で何をしているのよ」
今度はソリュシャンお嬢様である。
遅いルプスレギナに業を煮やし一言二言ぶつけてやろうと出向いたらソフィーが床の上で泣いている。
「あなたたちは何か用なの? お兄様は不在よ」
「ええと、お嬢様たちにご挨拶をと思いまして」
「いらないわ」
ラキュースの言葉をピシャリと断ち切るお嬢様の貫禄である。
ラキュース率いるキーノたちをしっしと追い払い、性悪姉妹とソフィーとジュネが残った。
「ジュネが来たのなら丁度いいわ。お兄様の文字が読めるようになったかしら?」
「私がマイスターの文字を分析し始めたのは――」
「待った! 読めるか読めないかどっちかで答えて欲しいっす」
「読めない、です」
勉強を始めて十日後にソフィーに引っ張られて出かける羽目になり、その後は栄光のナザリックに戻ることが出来た。
ソフィーの戦闘訓練中は最古図書館にこもって、マイスターから指示された論理学トレーニングの初歩テキストを繰り返し読んでいた。
ジュネなりに勉強に励んでいたものの、彼の男が作った文書群は帝都のお屋敷にある。そちらはほとんど進んでいない。
「それならソフィーは?」
「ツーーーーん」
ぷいとそっぽを向く。
ソリュシャンから微笑が消えた。
「ソーちゃんストップ! 私たちはおにーさんの仕事を手伝ってるんすよ。ソフィーちゃんが手伝ってくれるならおにーさんも喜ぶと思うっすよ?」
「…………」
ソフィーはルプスレギナをちらりと見る。イジメられたばかりなので警戒心が仕事中だ。
「おにーさんにもソフィーちゃんのことちゃんとしろって言っておくっすから。二人共間が悪すぎるっていうかソフィーちゃんがじっとしてれば済んだ話っすけど」
「うっ」
「はぁ……、お兄様は帝都に赴かれたけれど明日も一度はこちらにお戻りになると仰っていたわ。その時にこれからのことをきちんと相談してちょうだい」
「……………………はぁい」
「それでソフィーちゃんはおにーさんの字が読めるっすか? 読めるっすよね?」
「んーーーー。ルプーとソリュシャンは何か困ってるの?」
ソフィーが立ち上がってようやく廊下から移動した。
姉妹が仕事をしていた部屋に通し、書類の山を見せつける。
これを翻訳して清書するのがお仕事である。
「お父様の字ってこんななんだ。最初の三画までは結構違うからそこに注意すれば読めるようになるのは早いかも」
ということは、現在は読めないということである。
「でも二人のお仕事って翻訳でしょ? それなら二人は翻訳に専念して、筆記は別の誰かに任せればいいんじゃない? アインズ様にお願いしてエルダーリッチを派遣してもらえれば書くの早いと思うし」
姉妹の目から鱗のようなものがはらりと落ちた。
「て、てんさい……」
「それほどでもないですけどぉ♪」
むしろ何故気付かなかったのか。
作業を分担するのは効率化の第一である。
「ソリュシャンは私に言うことないの?」
「……ありがとう」
「それじゃ私がお父様からミルクをもらうの邪魔しないで!」
「何のことかしら?」
「えっ」
ソリュシャンにとぼけている様子はない。演技だとしたらソフィーには見抜けないだろうが、ソリュシャンは本当にとぼけていない。心当たりがないことだ。
ソフィーは、お父様から吸精出来ていないのはソリュシャンが邪魔をしているからだと思っていた。
確かにソリュシャンは夜討ち朝駆けをして美味しいミルクを堪能してきた。が、ソフィーの邪魔をしていたつもりはない。
ソリュシャンを口実にして遠ざけていた男がいる。
とても苦しい時の寸止めの恨みは深かったのだ。
ソフィーのタイプはステルスアサシン、先制して一撃必殺
母譲りの防御力と父から受け継いだクラス特性で物理攻撃無効
やはり親譲りで魔法は不得手
魔法には弱く、特にアストラル・スマイトを撃たれると痛くて泣いちゃう
という設定が活躍する日はたぶんこない
アンケートは暫定で「任せる」はおいといて「ナザリック勢(カルネ村含む)」がトップなのはエンリかシズでしょうか
シャルティア、アウラは足があるので
「エ・ランテル(その他組)」はユリとナーベラルが入ってるのだけどもわかりにくかったかもです
一人一人上げると項目多くなってあれなもんですから
次に行って欲しいとこは
-
エ・ランテル(お屋敷組)
-
エ・ランテル(その他組)
-
帝都残留組
-
ナザリック勢(カルネ村含む)
-
まかせる