カルカが悶々と独り寝するのを放置してレイナースをベッドに誘った翌朝。
帝都からエ・ランテルのお屋敷に戻れば娘が待ち構えていた。
「お父様! ソフィーはお父様に会いに来たのにどうして出掛けてるんですか!」
「ソフィーがフラフラしてるからだ」
「折角お父様に会いに来たのにどうしてそんな事言うの!?」
「帝都には毎日行ってるし、昨日の朝はここにいたんだ。むしろどうして帝都で待ってなかった?」
「お父様が来なかったからじゃないですか!」
ソフィーは赤い顔で両腕を振り回す。絶世の美少女が怒りの形相で詰め寄っているのに、男の態度は涼しいもの。何を怒ってるのかわからないとでも言うように首を傾げる。
「だから行ったじゃないか」
「ソフィーがいる時には来ませんでした!」
「だからそれはソフィーがフラフラしてるからだろう」
「フラフラなんてしてません! 目的をもって行動してました!」
「目的がなんであれじっとしてなかったのは同じだ」
「むっかーーーー!!」
話は全く進展しないのに、ソフィーの感情だけが高ぶっていく。水掛論の中でも悪いやつの典型である。
はあと溜息を吐いたルプスレギナが、昨日の約束通りに口を挟む。
「ストップっす。ソフィーちゃんはちょっと落ち着くっすよ。あっちこっち行ってたソフィーちゃんも良くないっすけど、元はと言えばおにーさんが連絡しなかったせいっすよ? ちょこっと五分でいいから向こうに行って今は忙しいって言えば済んだ話っす」
「むむ」
エ・ランテルの大きなお屋敷を恐怖のどん底に叩き落したG―Shockから始まった諸々で時間を取られていた。そのため、しばらくまとまった時間が取れないと伝えておけば良かった。
それをしなかったせいでソフィーは家出。ナザリックではアルベドに扱かれ、アインズ様に育成の楽しみを思い出させ、やっと辿り着いたエ・ランテルでは父不在。
見た目は大人びても中身はお子様なソフィーが怒るのは仕方ない。
「そうだったな。すまなかった」
男は素直に頭を下げた。
感情的な事柄には疎くても、理路整然と非を突き付けられれば事の是非は理解出来る。
「別にお父様に謝って欲しいわけじゃなくて……」
ソフィーが怒っていたのは確かだ。だけども、父に頭を下げさせるのは何か違う。
振り上げた拳をどこに下ろせば良いかわからず、右に左にと視線を彷徨わせた。
そして、短い謝罪の時間は終わってしまった。下がった頭が上がると、父の顔はちょっぴり厳しかった。
「誤解を招くから無闇にお父様と呼ぶなと言ってあるだろう」
「うっ」
「はい、私からもソフィー様へ何度もお伝えいたしました。ソフィー様がマイスターをお父様と呼ぶ度にマイスターはソフィー様の名付け親であることを説明し続けてきました。このままソフィー様がマイスターをお父様とお呼びし続けますとマイスターは私のお父様にもなってしまい私がソフィー様のお姉様となってしまいます」
「…………私はジュネがお姉様でもいいけど」
「そういう問題じゃない」
「私がソフィー様からお姉様と呼ばれるのは大変光栄なことではありますがアルベド様が創造なさったソフィー様からお姉様と呼ばれるのはマイスターが仰る通りに誤解を招き入れる事になりかねませんので私もマイスターをパパとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「そこは分けて考えろ。ソフィーがお父様と呼ぶのとジュネがパパと呼ぶのと、ソフィーがジュネを姉と呼ぶのはそれぞれ別の問題だ」
「あーもう何ややこしい話してんすか!」
素直な少女に、話をひたすら複雑化させる女に、ややこしい話でも飲み込んで論点を整理する男がいると、話が全く進まない。ツッコミ不在の悲劇である。
業を煮やしたルプスレギナが断ち切った。
「そーいうの全部後! 私だっておにーさんのせいで暇じゃないんすから」
翻訳作業の真っ最中だ。ソフィーの提案でエルダーリッチを借りることにしたが、彼らの時間が空くのは主に夜。作業の目処がつくまでは昼夜逆転の生活をしなければならない。昨日だって夜通し頑張り徹夜だった。これから夜に備えて一眠りの予定である。
「兎も角、ソフィーはジュネと一緒に帝都に戻れ。シクススが心配してたぞ。俺も向こうでする事が出来た。しばらくは向こうに重点を置く。勿論毎日こっちに戻ってくるよ」
最後はルプスレギナに向けた言葉である。
「……それじゃお父様、じゃなくてマスターは今日も帝都に戻るんですか?」
「そうなる」
「明日の夜は帝都にいますか?」
「その予定だ」
「予定じゃなくて約束してください」
「アルベド様かアインズ様に呼ばれない限り帝都にいるよ」
「わかりました。帝都に戻ります」
ソフィーは一礼して踵を返し、窓に向かって飛び上がると顔を打ってその場に蹲った。
「いたた……。何ですり抜けられないの!?」
赤くなった鼻をさする。
ちょっと足りない子に見えてしまう。
「アインズ様が加護の魔法を掛けてくださっている。何をしようとしたか知らないが、窓から出入りするな」
「マイスターの仰る通りです。ソフィー様が私の申し上げていたことを聞き入れてくださっていらしたらこのようなことは起こりませんでした」
「うう……。お父様だってバルコニーから出入りしてたのにぃ」
「あれは客の目を楽しませる演出だ」
ピシャリとやられ、ソフィーはうーうー唸りながらドアから出ていった。恭しく頭を下げてジュネも続く。
ややあって、豪奢な馬車がお屋敷の門を抜けた。ソリュシャンとシェーダがカルカを連れて帝都に乗ってきた馬車は、ソフィーの足になってしまったようだ。
騒がしい娘がいなくなってから、男はルプスレギナの機嫌をとる。ルプスレギナがへそを曲げて文書の翻訳をしてくれないとアインズ様にお見せ出来なくなる。
ということはソリュシャンの機嫌もとる必要がある。寝室で休んでいたソリュシャンからはミルクを絞られた。
二人揃ったところで、帝都で美容に関する品を生産して販売する計画を伝えた。
まずは既にあるものを提供。その後は様子を見て生産量を加減する。需要があるならエ・ランテルでも販売する。これらに関しては、二人共忙しいので手を煩わせるつもりはない。
ラキュースを捕まえ、浴用品等で欲しい物があるか、あるとすれば幾ら払うか。
素人錬金術師の工房から手で持てる程度の材料をかき集めて再び帝都へ。待っていたレイナースの前で最強に見える魔法のローションを調合する。
ローションを手に入れたレイナースはその足で皇城に向かったわけだが、一本金貨100枚と聞いたジルクニフは「そんなにするものなのか?」と渋面を作った。皇帝陛下に金貨数百枚が出せないわけがないが、体を潤わせるだけの液体に小瓶一本で100枚は高すぎる。吹っ掛けられているのではと疑念が過ぎった。
値付けしたのはレイナースである。このローションが如何に優れているかを力説してジルクニフを辟易とさせた。同席していたロクシーが試してみたところ、想定以上の効果に驚きに目を見開いた。
早速一本追加注文である。
その夜の男は、カルカが悶々と独り寝するのを気にせずにシクススをベッドに誘って翌日。
帝都のお屋敷の一室を生産工房にする。当面は原液を希釈して瓶詰めするだけなので、生産設備は簡単なものだ。目盛りがついたフラスコを並べるだけでよい。
しかし、中身があっても外身がなければどうにもならない。中身を詰める瓶が必要だ。容量を指定し、密封出来る瓶を発注することにする。注文する工房は幾つか目星がついていたがレイナースを通す。事は帝国の皇帝陛下の息が掛かっているので、その旨を帝国四騎士のレイナースから伝えられればおかしな物を掴まされる心配がなくなる。
「お父様! 本当にちゃんといた!」
「今度はドアから入ってきたな。偉いぞ」
「えへへ♪」
ソフィーは午前の内に帰ってきた。ジュネが頑張らされたのだろう。
「それじゃ早速」
「早速何するつもりだ。昨日も言ったがしばらく帝都でする事がある。日中は忙しくて遊んでる暇はない」
「遊びじゃありませんー。でもそういう事でしたらソフィーは大人しく夜になるのを待ってます」
「待て。手伝え。難しいことは何もないから」
「えーー。お父様の簡単って絶対簡単じゃないです」
「えーってなんだえーって。忘れてるようだから言っておくが、ソフィーは俺の下につく形になってるんだぞ。命令なんだからちゃんとしなさい。それとお父様と呼ぶな」
「ちゃんとした場所ではちゃんとマスターとお呼びします」
「今だってちゃんとした場所だろうが。これからさせる事を説明するところだ」
「お父様が仰ってるのは場所ではなく場面です。私が言ってるちゃんとした場所っていうのは――」
早速ツッコミ不在の弊害が出ていた。
ここにはルプスレギナもソリュシャンもいないのだ。にこやかに見守っているジュネには不可能むしろあちら側の最北端。シクススはお仕事中。三人の近くでうろうろしているカルカは上位者たちの会話に言葉を挟めないでいる。
ボケばかりでも聡い三人である。身があるようで全く無い言葉遊びをしながらも仕事は進む。
ジュネは重たいものを運んで、ソフィーは工房となる部屋のレイアウトを担当。作業者の導線を考えながら作業台やら棚やらを配置していく。
その間に二人の上司は手順書作成。達筆過ぎる日本語だと読める者が帝都にいないが、帝国でも王国でも使われている文字なら大丈夫。シクススが選抜した五人のメイドに読ませ、不明な点を洗い出す。尤も、原液を希釈して定量を瓶詰めするだけなので難しいことは何もない。強いて言うならば、ローションとシャンプーとボディソープを混同しないよう注意することくらい。これにはローションならローションだけ、シャンプーならシャンプーだけと担当を固定すれば問題ない。
どれも見た目は透明な液体なので、いずれは色付けをして区別出来るようにと考える。
ちゃんとエ・ランテルに戻ってソリュシャンたちのご機嫌伺い。
この日はソリュシャンだけでなくルプスレギナからも絞られる。
遊んでばかりではなく、シェーダ同席の上でメイドたちと世間話。各種美容品は当面富裕層だけに売るつもりだが、需要によっては彼女たちも顧客になる可能性もある。庶民感覚が全くない男なので、彼女たちが美容に費やせるのは如何ほどか見当もつかない。
シェーダの献身によってメイドたちのお尻は若旦那様から守られた。シェーダが一手に引き受けていたとも言う。
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慌ただしく帝都に戻れば即席工房が完成していた。
ソフィーの頑張りを褒めそやし、就寝前に時間を取ることを改めて約束する。
約束を交わしたのは夕食の席で。給仕をしているシクススの耳には当然入る。若旦那様はソフィー様にも、と呆れるやら感心するやら。昨夜たっぷりしたばかりなので嫉妬も羨望もない。
「ジュネも来てくれ」
「かしこまりました」
「ジュネもですか? 別にいいですけど……」
不満とまでは行かないがどこか釈然としない様子なのは、父の懸念を薄っすらと感じているのかも知れない。
対照的に指名されたジュネは誇らしげである。
そんなジュネと更に対照的な表情を浮かべた女は、プリンに差したスプーンが止まってしまった。
上目遣いに旦那様の顔を覗き見る。残念ながらこちらを見ていない。対面のソフィー様を見る。可愛らしく小首を傾げるが、この後の事を思ってかすぐに華やいだ笑顔を見せた。
さりげなく左手をテーブルの下に隠した。
んんっと軽く咳払いしながら、左手で乳房を揺すった。今夜のイブニングドレスはやはり上乳見せのセクシーなドレス。柔らかな乳房がプリンのようにぷるんと揺れた。
「お母様のお部屋でどうですか? もういらっしゃらないと思いますから」
「そうだな。アルベド様のお部屋については一任されてる。ソフィーの部屋と繋げてもいいだろう」
アピールに反応するどころか気付いてさえいない。全く相手にされてない。自分をそのような対象と思っていないのは明らかだった。
アルベド様は美の果に至り美の何たるかを衆生にお伝えくださった偉大なお方。比較することすらおこがましい。
ソリュシャンとルプスレギナ様も大変お美しい女性であるが、自分はけして見劣りしない自負がある。半生を掛けて磨き続けてきたのだ。
レイナースも綺麗な女性だが、もしも自分と並べば、自分の方が視線を集めるのではと思っている。レイナースを貶すつもりは毛頭ない。騎士であるレイナースと、磨き続けることが出来た自分とでは違いがあって当然だ。比較対象になり得るレイナースが優れていると言うべきである。
シクススも美しく魅力的な女性である。少しだけあちらの方が大きいのでは、と常々思っている。
ソフィー様は未だ幼い様子がちらほらと見られるが、いずれ魔性の美貌となるのは確実。だからなのだろうか。
この場にいないお三方はよい。
声が掛かったソフィー様も、一先ず措いておく。
シクススと、レイナースだ。
レイナースは一昨夜。シクススは昨夜。
それなのに自分はずっと独りで寝ている。一人ではない。独りである。
「カルカ様はどうかなさいましたか。手が止まっています。真っ白なクリームがたっぷりと掛かったプリンはとても甘い匂いがして皆様のように食事を取らない私にもとても美味しいものなのではと想像をさせてくれます」
「……いえ、少し考え事をしてしまって。とても美味しく頂いております」
「私の分もお楽しみくださいませ」
大きなダイニングテーブルの端に旦那様。
ソリュシャンとルプスレギナ様がいた頃はその両隣に座っていらっしゃったが、今はソフィー様が座っている。ソフィー様の後ろには、専従のように黒衣の女性が控えている。
彼女からは、ソフィー様の対面に座っている自分がよく見えるのだ。向き合っているはずのソフィー様はずっと旦那様を見ている。
「ジュネも食事にするか?」
「大変光栄なお言葉ではございますがお食事の席でマイスターの血を流させてしまうのはいささか相応しくない行為ではありませんでしょうか」
「晩餐会なら兎も角誰も気にしないだろ。血が云々言うなら、俺たちが食べてるこれだって獣のしぃたっ!」
シクススが旦那様の頭をお盆でポカリ。
旦那様は時々無神経でいらっしゃる。
「若旦那様には場に相応しい言葉を覚えてくださいますようお願い申し上げます」
「………………はい」
「ふふっ、お父様怒られてる」
「お父様と呼ぶな」
「はぁい、マスター♪」
「伸ばすな」
「若旦那様は失敗したからと言ってソフィー様に当たらないでください」
「………………はい」
旦那様は誤魔化すように咳払いをしてから右手をナプキンで拭い、差し出した。
「恐れ多いことでございますが、マイスターの血を飲んでしまうと余りの幸福にして口福に酔いしれてしまいます」
「後にすると時間までに動けるようにならないだろう?」
「ここで倒れちゃっても私が運んであげるよ」
「それでは……、失礼いたします♡」
黒衣の女性は跪いたので、旦那様の陰になってしまって見えなくなった。
見えたのは、彼女が歩いて、赤い唇が弧を描いて、両膝を折る。それだけでも鮮烈だった。
「ちゅぷ…………、んっ……んっ…………。あぁ、マイスターの…………♡」
艶めかしい声が聞こえてくる。
アルベド様にお会い出来たのは一度だけ。
ソリュシャンとルプスレギナ様はいない。
レイナースもシクススも、きっとその時になれば違うのだろうが、そんな様子を見せたことがない。
ソフィー様は無邪気でいらっしゃるので参考にするのは難しい。今まで聞き知った断片から察すると、そのような事は一度もなかったのではないだろうか。
しかし彼女は。
旦那様からジュネの名を与えられた彼女は、一挙手一投足が蠱惑的だった。
立つ。歩く。座る。
たったそれだけの動作に、匂い立つような色気がある。動作が違うのか、体型が違うのか、表情はヴェールに隠していることが多いのでこれは違う。
幸いなことにジュネは帝都に残った。
自分には足りていないであろう色香を身につけるために、ジュネの全てを大いに参考にしているのだ。
しかし、残念なことに成果は未だ出ていない。
男は知らなくても一人遊びをすることはなくもないので、それなりになってきたと思っているのに足りていないらしい。
((カルカ様!))
(ウレイ、クー……)
専従メイドとして後ろに控えているウレイリカとクーデリカ。幼いながらにも仕える主がご主人様から軽んじられていることがわかるようで、少しだけ悔しそうな顔を見せた。
なお、二人は旦那様と一緒にお風呂に入ったことがある。一緒のベッドで眠ったこともある。風呂は当然、ベッドでも裸で。
思い出したカルカの目が死んだ。
「それじゃ私はジュネを連れていきますね」
成人女性を少女の細い腕が軽々と抱き上げる。ソフィー様が行ってしまう。
参考にしているのはジュネなのにどうしてソフィー様が行ってしまうと思うのか。
答えに辿り着く前に口走っていた。
「私も見学させていただいてもよろしいでしょうか!?」
「へっ?」
旦那様と、ソフィー様と、シクススの視線が突き刺さる。
何を見たいと言ってしまったかに気付き、顔が熱くなってきた。
「カルカもか? 俺はいいがソフィーは?」
「別にいいですけど……、初めてで上手く出来ないかもだけど。笑ったら怒るからね」
「そんな事は絶対にいたしません!」
「それなら……まあ」
ジュネはちょっと遠いところに行っているが、中心の二人から了承を得たので問題なし。
カルカは、ありがとうございますと大きく頭を上下させた。
後ろではよくわかってない双子幼女が、女主人の健闘にガッツポーズをとる。
カルカが思い出したのはソリュシャンの言葉。
『お兄様は多情な方だけれど、すごく受け身なのよ。女の方から迫らないと』
カルカは一歩を踏み出した。
なんか流れで
次に行って欲しいとこは
-
エ・ランテル(お屋敷組)
-
エ・ランテル(その他組)
-
帝都残留組
-
ナザリック勢(カルネ村含む)
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まかせる