小正月前なのでセーフ!
何の憂いもなく快楽を貪った日々は永遠に続くようでしたが振り返ればあっという間だったように思えます。私が女になってしまった以上、様々な事に気を配る必要が出てきたのです。
極端的に申し上げれば初潮が来ました。子供を産める体になったのです。間違っても兄の子を孕むわけにはいきません。今まで以上に注意を払う必要があります。尤も、交われる部分はそこだけではありませんから私達兄妹の一時が途切れることはありません。
同時に私の商品価値が高まったことを意味します。有り体に申し上げれば政略結婚です。
私はリ・エスティーゼ王国の第三王女です。国王の威信を高め権力を盤石とするための道具に過ぎません。結婚即ち閨閥の構築は今も昔も、おそらくは遥か未来に至るまでありふれた手段でありましょう。
現在の私に婚約者はおりません。王国の未来を思えば嘆かわしいことです。もしも国王の権力が盤石であれば私が生まれる前から婚約者が決まっていてもおかしくありません。それが初潮を迎えた今になっても婚約者がいないのは、適切な相手がいないことになります。私を嫁がせて国王の権力が強固になるなら喜ばしいことですが、反対に嫁いだ先が王位を狙うようになっては目も当てられません。
私のためにも王国の未来が暗いものになっては困ります。そうはならないよう子供の疑問を装った政策提言をしておりますが、間に合いません。王国はいずれ先細りとなり、残酷な刃で断ち切られることが決定しています。遅いか早いかの問題です。今後十年は平穏な暮らしを営めるでしょうが、その後は目に見えて衰退が加速していきます。
兄は国王の命日すら予測してみせました。私は一応王国の第三王女ですから兄の妄言を窘めはしましたが、内心ではその日が思ったより近いことに胸を高ぶらせました。
しかし、遅いです。その日までに私が嫁がされるのは確実です。
私が未婚の間にその日が来るのなら帝国の後宮に入れられるかも知れませんが、夫を持つ何々夫人となった私はどうでしょうか。兄が予想する帝国の皇帝の為人では、精々が断頭台の露と帰す事になりそうです。私が帝国の皇帝でも同じようにするでしょう。
さりとてそれはまだまだ先のこと。私が嫁がされる方が先になります。
王宮で私の権勢が高まれば自分で婚約者を選ぶことも出来ます。私を思ってくださる優しい殿方を見出すことはけして不可能ではないはずです。これについては兄に何の相談もしておりません。すれば確実に大笑いされます。あんなになっても抜け目のない兄ですから、その後についても思索を巡らすことでしょう。いえ、私が何も言わなくても何かしらを思い巡らせているかも知れません。
私が嫁ぐ際に近侍を一人二人連れて行くことは十分可能です。
未婚の女に男の近侍が就くことは本来有り得ないのですが、その程度はどうとでもなります。クライムは別段問題にならないことでしょう。
クライムは孤児であった時分に私が拾い上げ、育ててきたのです。いずれは立派な騎士になって私に剣を捧げると言ってくれています。クライムの経歴と忠誠の深さがあれば誰であれ納得します。しなくても私がさせます。
問題は兄です。
私の兄であることを隠しても、顔が焼け爛れた醜い男が受け入れられるわけがありません。兄の美しさは私だけが知っているのです。
とはいえ、火傷を癒やすのは論外です。
兄は火傷を負ってから数年が経つ今でも痛みに苦しんでいますが、それは私が塗り薬に酸を混ぜているからです。
酸が混じっていても薬は確かなものです。痛みを和らげ、けれども皮膚を爛れさせ、爛れた皮膚を癒やして毒を皮下に取り込ませて。
兄の苦痛を多少なりとも和らげようと黒粉を用い、痛みとともに兄の理性をも溶け流そうと目論んでいるのですが、兄から意思が失われる兆候はありません。我が兄ながら強固な意思をお持ちのようです。
強固な意思を持つ兄の火傷を癒やしたら最後、私の元から逃げ出してしまうことでしょう。
いいえ、逃げ出すだけなら可愛いもの。凄惨な復讐を連れて来ても不思議ではありません。
私は火傷を負った兄を偶然見つけて献身的に看病をしました。火傷を負わせたのが私と知らなければ、私に心からの感謝を抱いている事でしょう。最近は見られなくなりましたが、兄の言動から私への感謝を見つけることは稀ではありませんでした。
同時に兄を閉じ込めているのも私です。兄は自由を求めていました。私は様々な理由を上げて退けてきました。
ある時から兄は諦めるか受け入れるかしたようで、自由を口にすることはなくなりました。口にしないだけで、内でくすぶっているかも知れません。
兄の心を折るべく兄を自由にさせられない理由を毎日毎日何年も掛けて説き続けます。いつしか兄は私の気持ちを受け入れてくれました。
それでも兄が私を恨む気持ちがなくなったわけではありません。
目障りだから。鬱陶しいから。
たったのそれだけで城下に火を放ち、千を超える人間を焼き払ったのです。
自由と快適のためにそこまでする兄が明確に復讐を定めたらそれ以上の惨禍を引き起こすのは想像に難くありません。
王宮内で不審死を続発させ、全ての容疑を私に向けるくらいは造作もないことでしょう。罪に問われた私は王女であることから処刑は免れても命果てるその時まで石の牢獄に繋がれることになります。
自由を奪われた復讐に自由を奪うのです。いやらしい兄のことですから、私が囚われたら此れ見よがしに王国を繁栄に導くかも知れません。
王国が滅ぼうと繁栄しようと私の生活に関わらなければどうなろうと構いません。
しかし、私の自由が失われる恐れがある以上、兄の火傷を癒やすことは出来ません。
かといって、兄を連れて嫁ぐことは出来ません。
そして兄を手放すことも出来ません。兄がいるから私なのです。私の一部である兄を手放すことなど想像も出来ません。誰だって自分の手足を切り離すのは忌まわしいことです。それと全く同じことをどうして出来ましょうか。
目下の悩みは嫁ぐ際に兄をどのようにするかとなりました。
アインベルン家の娘と誼を交わしたのは幸いでした。彼女を使って兄を一時的に保護させれば良いのです。
苦しんでいる人、困っている人を助けるのが自分の為すべきことと思い込んでる女ですから、火傷の苦痛に苛まれ続ける兄を放ってはおかないでしょう。
兄が余計なことを喋ると困りますから、その時までに喉を潰しておく必要があります。筆談もありますから手指も落とすべきでしょうか。ですがそうしますと、兄の指を永遠に味わえなくなってしまいます。
意思が強い兄ですので、言い聞かせても私からラキュースの庇護下に移ったと同時に全てを脳裏から追い払うことでしょう。
あれもそれも困ってしまいます。
ラキュースへはよくよく言い聞かせ、兄へは強い薬を与えて自我を失わせるしかないかも知れません。どのようになっても強い兄ですから、心が失われてもいつかきっと元通りになってくれることでしょう。
いつかの算段をつけ、時間を掛けて準備を進め、その日が来ました。
美しい悪魔が私の前に現れたのです。
智に優れている私でも直接的な暴力には無力です。
暴力がなくとも彼の美しい悪魔を謀ることは出来ません。あの方は私と同等以上に遠く深くを見通しています。
私は全てを語り、悪魔と契約しました。
その翌日のことです。
いつものように兄の部屋を訪れ、あの方に兄のことを伝えなかったことに気付きました。あえて伝えなかったわけではありません。完全に失念していたのです。
あの方がいらしたのは兄と交わった直後で胎に兄の精を収めたままでした。私としたことが気恥ずかしく思ったのでしょうか。それとも、兄の存在は余りに当たり前のことであって、一番に伝えたと勘違いしたのでしょうか。
美しい方でしたから兄を惑わして欲しくなかった、と思わなくもなかった可能性を否定しきれません。兄はあのように醜い顔をしていますから、あの方が兄に興味を持つことはあり得ないというのに。
兄のことはいずれの機会にお伝えすれば良い。この時はそう思っていました。
そうして幾ばくかの月日が過ぎ去り、王都が炎に包まれます。兄が放った火の比ではありません。
兄の放った火が私達兄妹の始まりなら、王都を包む炎は私と兄とクライムの、三人の未来を寿ぐ祝福です。
私が望む未来が始まろうとしているのです。
ですがその日、兄は王宮から姿を消しました。
▼
「イビルアイ様、ティア様、ティナ様の三人は王国の冒険者であることを辞め、魔導国の冒険者になる。そんな噂が流れています。ラキュース様とガガーラン様は冒険者をしばらく休止するとか。あのラキュース様が冒険者を辞めるなんて信じられません。質の悪い中傷に決まっています!」
青年騎士は努めて平静を装ってるつもりでも、顔は白く、指先が小さく震えている。
見られていることに気付き、クライムはぎゅっと拳を作った。
「私を思ってそう言ってくれるのね。ありがとう。でも、もしも根拠がないただの噂話だったらラキュース自身が否定しています。それがない以上、噂は真実に近いことを伝えているのでしょう」
「……ラキュース様が身動きできない状態に、囚われているのかも知れません」
「ラキュースが囚われたならイビルアイたちが動きます。そのイビルアイは魔導国の冒険者になるのでしょう? ラキュースが冒険者に戻っても、きっと王国に戻ってくることはないのでしょうね」
ラナーは儚く笑った。
王国の王女であるラナーにとって、ラキュースは唯一といって過言ではない心許せる友である。そのラキュースが魔導国に属してしまえば、これまで通りに二人が会うことは不可能だろう。
主の寂しさを払う術をクライムは知らない。無力が苛み、歯を食いしばった。
「ですが、ラキュース様はアインドラ家のご令嬢です。冒険者を休止したのはきっと何かわけがあるはずです。いつか王国に戻ってきてくれるはずです」
「そうですね、おそらくアズスが動くことでしょう」
「アズス様が!?」
アズス・アインドラは、王国のアダマンタイト冒険者チーム「朱の雫」のリーダーであり、ラキュースの叔父でもある。ラキュースは冒険者である叔父に憧れ、生家を出奔して冒険者になったのだ。
アズスの言葉ならラキュースに響くはず。クライムの顔は光明を見出したように晴れたが、ラナーの顔は沈んだまま。
ラナーは顔を伏せ、黄金の異名の元となった豪奢な金髪を揺らした。
「アズスの言葉で戻るくらいならラキュースはあれほど憧れた冒険者を休止しないでしょう。仮にラキュースが戻ってくるとしても、イビルアイとティアとティナは魔導国の冒険者になってしまいました。ガガーランが戻ってくるかもわかりません。ラキュースだけでは、蒼の薔薇はもう……」
「ラナー様!?」
立ち尽くすクライムに、ラナーはそっと体を寄せた。
生憎、クライムは純白の全身鎧をまとっている。ラナーが与えた鎧だ。硬い鋼に包まれたクライムの胸元に、ラナーはこつんと額を当てた。
「ラキュースも、皆もいなくなってしまっても、クライムだけは私の傍にいてくれますか?」
「も、もちろんでございます!」
「ああ、クライム……」
顔を上げたラナーを、クライムは直視できなかった。
青い瞳は涙に潤み、けども白い頬は薄く赤らんでいる。
「クライム……」
名を呼ばれ、ラナーを見下ろす。
ラナーはクライムが見守る中、ゆっくりと目を閉じた。
ラナーへの忠義を示すため、生活の全てを騎士になるために費やしてきたクライムは色恋を知らない。全てはラナーに捧げている。
それでも、ラナーが求めていることは察せられる。
「ラナー様……」
クライムは全身全霊の力を振り絞ってラナーの細い肩に両手を置き、そっと押した。
求められることがわかっても、主であり王女であるラナーに騎士見習いに過ぎない自分が応えるわけにいかないのだ。
「鍛錬に戻ります!」
「……はしたないところを見せてしまいました。頑張ってくださいね」
「はっ!」
クライムを見送り、一人きりとなったラナーは窓を閉めカーテンを引いた。
クライムに見せた儚い美貌を熱っぽく歪め、硬い手が触れた肩を撫でた。
「クライムには色々と教えなければいけませんね」
兄ならば、内心で何を考えていても望むことをしてくれる。さきのクライムが兄だったら、優しく抱擁してくれたことだろう。
その後はラナーの時間が許す限り体でもって慰めてくれたはずだ。
しかし、兄はもういない。魔導国にいる。あの日お会いした美しい悪魔の相談役に取り上げられた。
ラキュースたちの話を聞く限り、火傷は癒やされたようだ。ラナーだけが知っていた美貌は、ラキュースをして見入ってしまうほどだとか。独占していた宝物を晒されるのは少しだけ残念に思う。
兄の火傷を癒やさなかったのは、美貌を自分だけのものにしたかったのと、逃亡防止のためだった。兄が王宮から離れた以上、醜いままでいる必要はない。いつか確実に再会するその日に兄の顔をもう一度見ることが出来るのはとても楽しみだ。
兄が姿を消した日、心臓を氷柱で貫かれたように感じた。少し考えればわかることなのに、ああも取り乱したのは兄が占める部分がそれだけ大きかったのだろう。
兄が自分から姿を消すことはない。誰かに導かれたのだ。
痕跡を消し存在を隠しきった兄を知る者は、二度引き合わせたラキュースだけ。しかし、ラキュースが私に断らず兄を連れ去るわけがない。
ならば該当者は一人だけ。誰にも知られず気付かせず私の前に現れた美しい悪魔。
あの方は兄から何を見出したのか。
爛れた顔の向こうに美貌を見たのか、私を馬鹿な小娘扱いする智に触れたのか。
ああ、何ということだろう!
あれほど悩んだ兄の処遇を完全に解決していただいたのだ。
私が嫁ぐ際に、兄をラキュースに一時保護させるのは、幾つもの決断に危険な橋を渡る必要があった。全てが想定通りに運んだとしても、今まで通りに兄と過ごすことは不可能だ。
それがいまや、兄はエ・ランテルでかつての美貌を取り戻し、壮健に過ごしている。魔導国宰相閣下相談役に取り上げられたのであれば、ナザリックなる彼の地も知っているはずだ。
私はその地にて平穏に過ごすことを約束されている。今はまだ何もわからないクライムに時間を掛けて色々と教えてあげることが出来る。
そして、兄。
クライムは妬くかも知れないが、私と血の繋がった兄と知れば無下にする事はない。
クライムと、そして兄と、永遠の平穏を享受する事が出来る。
如何なる智謀を巡らせても、王国全ての富を費やしても、王国を灰燼と帰す暴威があっても叶わない素晴らしい未来。
幸運という言葉では収まらない。
僥倖ですら足りない。
運命、あるいは宿命。
いいや、これが天意というものなのだろう。
「もう少しです。もう少し……」
▼
「クライムをあてがいます」
「クライム……、あの女が執着していた人間のことね」
「はい」
デミウルゴスが魔皇ヤルダバオトとして王都を攻めた時、手引したラナーはクライムを傷つけないことを条件とした。いつの日かナザリックに入る際もクライムを連れて行くことを望んでいる。
ラナーがクライムに執心していることは、王宮どころか王都に出入りすれば聞こえてくる話である。
「ただ、問題が一つ。クライムは知覚異常の馬鹿なのです」
「馬鹿……それは死んだら治る馬鹿なのかしら?」
「死んでも治らない方でしょう」
死ぬくらいで馬鹿が治る可能性があるならとりあえずでやっちゃうのがナザリッククオリティである。
「クライムは王都の通りに住み暮らしていたのをラナーに拾われました。クライムはラナーに大きな恩義を感じているそうで、いつか立派な騎士になってラナーに仕えるのが夢だそうです。そのように思うくらいですから、クライムはラナーを汚れなき清純な乙女と思い込んでいるようなのです。この事から目も耳も正しく機能していないことがわかります」
乙女どころか初潮前に全ての穴を使ってきたラナーである。
汚れなきどころか王国へ滅びを呼び込んでいるラナーである。こちらに関しては、ラナーが何もしなくても王国がいずれ滅ぶのは確実だったので、遅いか早いか、あるいは誰が滅ぼすかが違うだけとなる。
「目も耳も閉じているクライムですので説得は困難。一番の難点はクライムが女を知らないことです」
「それを教えるということね。どうやって教えるつもり?」
アルベドの目がギラリと光った。
色々とデリカシーのない男である。ここでもしもナザリックの女を使うとか言い出したら厳しく指導しなければならない。
幸いなことに折檻され済みであった。
「娼婦を使います」
「娼婦を抱くくらいならとっくに女遊びを知っているんじゃなくて?」
目と耳が閉じてるクライムなので、異常なほどに清廉潔白であろうとする。それでもクライムなりに様々な事情があると知っているので娼婦を厭う事はないだろうが、金で女の体を自由にすることを良しとしない。そんな金があったら女に与えて、自分は指一本触れないだろう。
「仰る通りでございます。そのために使いたい者がおります」
男が上げた名は、アルベドにも覚えがあった。現在は魔導国と王国の戦端を開くため、工作の準備をさせているところだ。
あれを使えばそちらが遅れる。アインズ様の覇道を遅らせるわけにはいかない。しかし、所詮は開戦の口実作りをさせているに過ぎない。
戦争とは、始まりは何でも良いのだ。戦争をする能力と、始める意思だけが重要である。国民の士気を高める大義はどうとでもなる。
検討に要した時間は短かった。
「いいでしょう。私の名前で使うことを許可するわ」
「ありがとうございます。クライムが女を知れば目の前にいるラナーを無視できなくなることでしょう。王女であっても女に過ぎないのです。クライムの目がラナーただ一人に注がれるのなら、ラナーが私に目を向ける余裕はなくなるに違いありません」
日常的に、ソリュシャンとルプスレギナとミラとシェーダとラキュースと、帝都ではシクススとジュネに時々レイナース。シャルティア様は気ままに、アウラ様はちょっとご無沙汰である。そろそろモモン様とナーベ様がお戻りになると云うことはナーベラルも加わって、そう言えばユリのところに顔を出してないことを思い出す。素敵な秘薬のお店にも顔を出し、他の同業者からうちにも是非と言われているので近々考えている。
言うまでもなくアルベド様が一番に来る。
日常でこれなのだ。それをたった一人に注ぎ込めばどうなるか。ラナーは息をする間もなくなるだろう。
「クライムを呼び出す算段は既にございます。準備には時間が掛かるでしょうが、年を跨ぐことはないでしょう」
「……いいわ。あなたの思うようにやりなさい」
「はっ、かしこまりました!」
忠義者のクライムはきっと幸せになります(`;ω;´)
エントマのアンケートはまだ生きてるんですが拮抗したままです
どうしてこうなった(AA略