ナザリック守護者統括相談役は割りと偉い地位である反面、権力も振るえる権限もほとんどありません。
守護者統括であられるアルベド様へ直接言葉を届けられるのは凄まじい権力と言えなくもありませんが、言い換えれば何をするにもアルベド様を通さなければなりません。個が持つ権力は微々たるものです。
そもそもにして、アルベド様が「あの子はお仕事なんかしないで遊んでいてくれればいいの」と仰っておりますので、不相応に過剰な権力は必要ないのです。
それでも守護者統括相談役。少々のお願いなら聞いてもらえます。ナザリックを訪問するのだって顔パスです。
もう一つのタイトルである魔導国宰相閣下相談役でも同じです。地位はあっても権力はありません。そのくせ、守護者統括相談役よりも制限が多いです。それというのも、アンデッドの王が支配する魔導国にて偉い方々と人間たちとの橋渡し的な役割を担っているからでした。
宰相閣下相談役になってからは異形種ばかりの魔導国中枢で唯一の人間でありますから、国民からは僕たち私達の期待の星的な目で見られているのです。彼の若旦那様が魔導国に来たばかりの頃は顔がいいだけのヒモと思われていたというのに凄い出世です。
そんなわけでして、自分勝手な我儘でエ・ランテルを離れられないのです。
具体的には、モモン様から待ったが掛かりました。
「モモン様! 私も魔導国の冒険者になりました! これまでは魔導国と王国でちょっとあれなこともありましたがこれからは同じ魔導国の冒険者です! 魔導国の冒険者同士今後ともよろしくお願いします!」
イビルアイもといキーノがキラキラと目を輝かせてモモン様に迫っています。
迫られたモモン様は怪訝な声で応えました。
「それよりも……、アンデッドだったのか?」
「あっ」
キーノは、イビルアイであった時分にはいつも被っていた仮面を外して、アンデッドの気配を隠す指輪も外して、吸血鬼の素顔を晒していました。
仮面の効果で歪んでいた声は少女の軽やかな声となり、吸血『姫』との称号に相応しい整った顔を見せています。
大変好ましく思われる容貌ですが、吸血鬼です、アンデッドです。
モモン様は報告で知っていましたが知らない振りです。
「キーノが魔導国の冒険者となったのは、アインズ様が掲げていらっしゃる『魔導国は種族によって差別しない』との理念に深く共感したからだそうです。モモン様はご存知なかったのですね。キーノは人に害を為す存在ではないことを私が保証いたします。ご安心ください」
お屋敷の若旦那様がキーノを弁護します。
一同が会しているのはエ・ランテルの大きなお屋敷の応接間。
モモン様が長期の依頼を終えてエ・ランテルにお戻りになると聞いたキーノが、是非お会いしたいとすっ飛んできたのです。
「キーノ? 前はイビルアイと名乗ってたと思ったけれど?」
「イビルアイは名を隠すための通り名です。本名はキーノ・ファスリス・インベルンというそうです」
「……ふぅん」
自分から聞いておきながら興味なさそうなのは、モモン様とセットのナーベ様です。
ナーベ的には、小娘の名前がイビルアイだろうとキーノだろうとコム・スメだろうとガガンボだろうとカトンボだろうと何でもいいのです。
名前なんかよりも、キーノの中身が思った以上に整っているのが気に掛かります。上背は低いのですが、その割に胸があるように思えます。キーノにどういうつもりがあるのかわかりませんが、体のラインが出るピッタリとしたワンピースを着ています。モモン様や若旦那様の前でそんな服装をして何を考えているのでしょうか。
「それで……ラキュース、だったよな? どうしてメイド服を着ている? まさか冒険者を辞めてメイドに転職したのか?」
「え、ええっとそれは、ですね……」
ラキュースも同席しています。
モモン様の至極真っ当なツッコミに目を泳がせます。
黄金の輝き亭を爆破してしまったので建て替え費用を稼ぐためにメイドをしています、とは言えません。余りにも馬鹿過ぎる理由です。
「モモン様とナーベ様も御存知の通り、現在黄金の輝き亭は建て替え中です。それに関連した事柄ではありますが、詳細はどうかご容赦を。ラキュースの名誉を守ると思ってくだされば幸いです」
「あ、あはは…………」
乾いた笑い声です。
黄金の輝き亭爆破が言えなければ、若旦那様のお世話をしたいがためにメイドをしているのも言えません。
じとーーーっとナーベ様から見られてるのは気付かない振りです。
「私達は一応の付き添い」
「モモン様に話があるのはキーノとラキュース」
ティアとティナもキーノについてきました。蒼の薔薇勢揃いです。
もう一人のメンバーであるガガーランは、最近になって自律して行動できるようになりました。喋ることも剣を振り回すことも出来ます。但し、昔のことはちょっとあやふやなようです。
剣の番人と炎の番人とドアの隙間から発生する黄色い悪魔を駆逐しなければならない、などと不思議な事を口にします。どうやらラキュースと同じように遠い世界に旅立っていたようです。
ティアとティナが戦闘訓練を付き合って、リハビリしている真っ最中です。
「私からのご挨拶が遅れて申し訳ございません。お久し振りでございます、モモン様、ナーベ様。見聞を広めるために帝国へ赴いておりましたが、この春エ・ランテルに戻ることが出来ました。エ・ランテルに戻って早々に黄金の輝き亭が崩壊して驚きました。モモン様とナーベ様はさぞご不便であると存じます。建て替え中はどうか本屋敷に滞在してください。私どもとしましてはずっと滞在していただきたいものでございますよ」
若旦那様は、自分が絵を描いて黄金の輝き亭を爆破したのに、顔には衷心を浮かべていけしゃあしゃあとそんな事を宣います。
「ありがとうございます。私達は冒険者ですから不在が多いでしょう。それでも黄金の輝き亭が再建するまではお世話になります」
モモン様が若旦那様にペコリと頭を下げます。慌ててナーベ様も続きました。
モモン様に頭を下げられては、若旦那は困ってしまいます。二人に顔を上げてもらってから、改めて漆黒のお二人がお屋敷に滞在することを心良く受け入れました。
なお、キーノとティアとティナが、私もの目を向けてくるのは無視しました。
ちなみにですが、黄金の輝き亭を再建するには時間がかかります。
人力のみで行う場合、近隣から人手を掻き集めて三年は掛かることでしょう。しかし現在のエ・ランテルは王国ではなく魔導国の領土です。王国から人手を集める事が出来ません。エ・ランテルに住まう石工や大工たちだけでは、倍以上の期間を要すると思われます。
だけども魔導国の王様は偉大なアインズ様。アインズ様が使役するアンデッドを無給もとい無休で働かせれば半年も掛かりません。
それがあるからこそ、アインズ様は黄金の輝き亭爆破にゴーサインを出したのです。
と、ここまでは予定通りです。
モモン様が若旦那様に待ったを掛けたのは、お屋敷に滞在する挨拶をしたかったからではありません。面倒事を押し付けるためです。
一通りの挨拶を終えてから、キーノとラキュースは視線を交わして真剣な顔で頷きました。
冒険者休業中のラキュースは若旦那様の後ろに立っているので、一応はお客様であるキーノが蒼の薔薇を代表して口を開きました。
「モモン様にお話したいことがあります。私は魔導国の冒険者になったが、王国に滅んで欲しいとまでは思わない。魔導国と王国との間で戦争が起こらないようにモモン様のお力を貸して欲しいんです」
蒼の薔薇がエ・ランテルを訪れたのは、モモン様とお会いして不足の事態に備えるための相談をしたかったからなのです。
モモン様は、そんな面倒な話に付き合いたくありません。だけども、漆黒の英雄モモンのイメージを崩さないためには、世のため人のために万難を排して平和を守るスタンスを見せなければなりません。
あちらを立てたいがこちらも無視できない。ちょっとむつかしいです。
そこをどうにかするために、若旦那様に付き添いを頼んだのでした。
「……私は二人よりもアインズのことを知ってるつもりでいる。アインズが意味もなく王国に攻め入るとは思えない」
モモン様とアインズ様は個人的な友誼を結んだ友人同士なのです。
で、モモンとアインズのイメージを崩さないようにするにはこう言わなければならないのですが、魔導国が王国に侵略するのは決定です。アルベドとデミウルゴスも積極的に賛成しており、アインズ様的にも二人がそう言うならそうだよなと納得してしまいました。
しかし、こんな事を言ってしまった後で魔導国が王国を侵略してしまうと、「モモン様の嘘つき!」になってしまいます。
モモン様は嘘を言ったりしてはいけないのですから、そこのとこをどうにかしなければなりません。
どうにかするために、同席させた男が早速効果を発揮しました。
「モモン様はアインズ様と気のおけない親しい関係を築いていると聞き及んでおります。モモン様がそう仰るのでしたら、アインズ様もそのようにお考えになっておられるのでしょう。ですが、個人としてのアインズ様と為政者としてのアインズ様は違います。恐れながら、モモン様のお言葉はアインズ様個人を指しており、魔導国の王としてのアインズ様ではないと愚考します」
「どういうことですか?」
頼むぞ二人を納得させてやれ、と祈りながらモモン様は続きを促しました。
「私は恐れ多くも魔導国宰相閣下の相談役として取り上げられました。個人としてのアインズ様はモモン様がお詳しいでしょうが、為政者としてのアインズ様はご存知ではないのではないでしょうか?」
「それはそうでしょうが、アインズが道理の通らないことをするとは思えないんですよ」
「モモン様の仰る通りでございます。アインズ様は大変に度量が大きく、お心が広い方であります。一度や二度の失敗は笑ってお許しになり、三度や四度になっても変わりません」
いやそれでも限度はあるぞ、と思いながらモモン様はしたり顔で頷きます。
今日のモモン様の中身はアインズ様なのです。
「しかし、アインズ様はお許しになっても、臣下の方々と、何より民は違います。言い換えますと、魔導国は許さないと言うことです。魔導国に限らず、全ての国家はすべからく許してはならないのです」
「魔導王は許せることでも、魔導国としては許せない。ご主人はそう言うのか?」
「「ご主人?」」
モモン様とナーベ様が、異口同音にキーノの言葉を拾いました。
うっかり零してしまった言葉を拾われたキーノは、吸血鬼の白皙を真っ赤にして身振り手振りを伴いながら違うと強く主張するのですが何が違うのかわかりません。
「私をご主人様と呼ぶ者もおりますから、キーノに伝染ってしまったのでしょう。キーノが言うように、国家には体面があるということです」
「そそそそいうことです! 別にご主人が本当にご主人さまになったわけじゃなくて」
モモン様の顔は幻術ですが、ナーベ様の顔はナーベ様の顔です。ナーベ様はとても白い目でキーノを睨めつけました。
零下の視線で羞恥の熱を吹き飛ばされたキーノは縮こまって機能不全に陥り、仕方無しにラキュースが選手交代しました。冒険者休業中でも蒼の薔薇のリーダーはラキュースです。
「魔導国にも体面があるのはわかります。そして強大な力を持つことも。だからこそ王国に破局的な未来が訪れないようにモモン様にお願いを」
一応は王国の冒険者だったけども愛国心さっぱりなキーノよりも、王国貴族の令嬢であるラキュースの方が政治はわかるし言葉に熱がこもろうというものです。
ですが、ラキュースの言葉を若旦那様が手を上げて制止しました。親指と人差指と薬指の、三本の指が立っています。
「アインズ様はとても広いお心をお持ちである寛大なお方です。一度や二度の過ちなら笑ってお許しになることでしょう。しかし、三度目はどうか? 先も申しましたように、如何にアインズ様がお許しになろうと民は違います。国家として見過ごすことは出来ないのです」
借金返済のためにメイドをしているラキュースには砕けた態度である若旦那様ですが、今だけは王国を代表する一貴族と扱っているのでしょう。
蔑むことも嘲笑うこともなく、真面目な顔をしています。
若旦那様は薬指を折りました。
「一度目はアインズ様が王国辺境の農村をお救いになった時の事です。帝国兵に扮した法国の一軍が王国戦士長ガゼフ・ストローノフを討ち取ろうと行動していました。近隣の村を焼き払い、戦士長を誘き出そうとしたのです。モモン様はこの件をアインズ様からお聞きになったことがおありでしょうか?」
「ええ、聞いたことがあります。法国まで絡んでいたとは初耳でしたが」
初耳どころか、モモン様の中身はアインズ様なのですから、最初から最後までよく知っています。
若旦那様は一つ頷いてから話を続けました。
「法国の精鋭だろうとアインズ様の前では小猿が芸をしているようなもの。見事に打ち払ったそうです。辺境とは言え王国の領土をお救いになったのです。さて、王国はアインズ様へどのような礼を払ったでしょうか?」
「それは……」
ラキュースは口ごもりました。
知らないではない話ですが、聞かされたのは全てが終わって大分経ってからのことです。ラキュース自身はアインズ様へのお礼を決定する立場からとても遠いところにいました。
それでも想像は出来ます。
「何もなかったそうですよ。王国からは恩賞どころか礼の言葉一つなし。戦士長は戦士長としての立場を離れてガゼフ個人がアインズ様へ感謝の言葉と共に幾ばくかの金貨を贈ったそうです。あくまでも、ガゼフ個人として。王国は領土を守ってもらったのに、王国戦士長の命を救ってもらったのに、何もなかったのです」
「無礼ね」
ナーベ様が怒気を伴った鋭い声で一刀しました。若旦那様は我が意を得たとばかりに深く頷きます。キーノとティアとティナも同じ意見のようです。
王宮内で何が起こったか想像できてしまうラキュースだけが苦い顔です。
「王宮内ではアインズ様の行いを、報奨欲しさの自作自演と吹聴する者もいたのではないでしょうか。アインズ様は偉大な魔法使いであられますが、王国において魔法とは、氷を熱して水にする事を指します。アインズ様の魔法を全く理解できないことでしょう」
「い、いや……、王国でも魔法はもうちょっと色々出来ると思われてる、と思う……」
キーノが自信なさげに反論しました。自信がない時点で大幅減点ですし、「氷を水にする事象」を比較対象にする時点で論外です。
この場ではキーノに匹敵する魔法使いと言う設定になっているナーベ様が、真面目な顔で小首を傾げました。
「氷は放っておいたら溶けるんじゃないの?」
「その通りです」
「……よくわからないわね。王国ではそんなのが魔法になるの?」
「なってしまうのです。ですから誰も彼も魔法使いですし、魔法使いは誰でも当たり前に出来ることしか出来ないと思われているのです」
「はあ……、そんなものなのね」
真面目なナーベ様には皮肉がわかりにくかったようです。
ラキュースとキーノは毛虫でも飲み込んだような顔をして、同じ顔をした忍者は失笑しました。
「とかく魔法が軽んじられる王国です。そのため、王国ではアインズ様のお力が理解されませんでした。無理解ゆえに甚だ非礼な態度をとってもおかしいと思わなかったのでしょう。それがどれほど無礼な侮辱であるかも理解せずに」
若旦那様は親指を折りました。
「二度目は帝国と王国で行われたカッツェ平野での会戦の時です」
その時の魔導国は、帝国側として轡を並べました。その理由というのが、エ・ランテルは魔導国の領土である、というものでした。
滅茶苦茶な理由ですが、戦争を始める理由なんて何でもいいのです。それこそ空が青かったから、で始まる戦争もあることでしょう。やる気があるかどうかだけが問題です。
現に王国は辺境の村々を片っ端から焼かれても何もしてません。つくづくやる気がないのです。
「その時は魔導王が圧倒したと聞いたが……」
退場させられたキーノが恐る恐る口を挟みました。
キーノが伝え聞いたところによると、魔導王のスゴい魔法が王国兵士数万を一瞬で薙ぎ払ったそうなのです。
同じ魔法使いとして、キーノはそんな事が出来てしまうのを信じがたい思いでいます。ですが、本当だとしたら、魔導王はどれほど凄まじい魔法使いであることでしょうか。
それはそれとして、魔導国が圧勝した戦争で王国が無礼を働いたというのはおかしな話です。
「舞台はカッツェ平野ではありません。アインズ様がお救いになった農村です。王国は正規の王軍を率いて農村を攻めたのですよ。無礼どころでは済まない話です。アインズ様もさぞ驚かれた事でしょう。王国が戦争をする際は、無力にして無辜の民を虐殺することから始まるのですから」
「そんなわけがないわ! いくら王国でもそんな、そんな……」
「ラキュースがそう思いたくなくても実際に起こったことですから。王軍を率いたのは王国第一王位継承者だそうです」
当然のことながら、王軍に攻められたカルネ村は無事。エンリ大将軍に撃退されました。
命からがら逃げ延びた王国第一王子のバル何とかはルプスレギナがぷちっとやっちゃいました。
その際、痛めつけては回復してボコボコにしては回復してフルボッコにしてから回復して、とお楽しみだったルプスレギナです。その事を聞かされた若旦那様は、顔を顰めました。
おにーさんはそーゆーの嫌いなんすか、と鼻白んだルプスレギナでしたが、真逆でした。
カルネ村はエンリ大将軍が支配するゴブリンの村ですが、人間もちゃんといます。人口は減ったり増えたりで、当時は100前後でしょうか。100人が酷い目に遭う危険に晒されたのですから、同数だけボコボコにすべきと若旦那様は主張したのです。
でもそんなの逆にしんどいと反論したルプスレギナは正論で袋叩きにされたものです。
「王国と戦争をする時は民の虐殺から始めなければならない。他でもない王国が教えたことです」
「そんな! だってそれは……」
ラキュースが若旦那様に訴えているのを眺めながら、モモン様は内心で唸っておりました。
王国虐殺ヒャッハーは既定路線です。
帝国・聖王国と穏当に支配してきたので、次は厳し目に行くことが決まっていました。鏖殺について特に思うことはないアインズ様ですが、やりすぎて反感を持たれたりしないよな、とも思っておりました。
ところがところがです。王国の戦争マナーはそうなのだから、それに倣わなければならないという事になってくれました。
一応、モモン様として口を挟んでおきます。
「う、む……。王国が非道だとしても、アインズがそこまでするとは……」
「恐れながら、モモン様はお強いからそう仰れるのです。モモン様でありましたら、たとえ百万の軍勢が相手だろうと生き残ることが出来るでしょう。ですが、無力な民は違います。向こうはお前たちを皆殺しにしようとしているが、魔導国は強大だから飛んでくる矢を払うだけで許してやろう。そう言えますか?」
「うっ……、そう、だな……」
打てば響くとはこの事です。
王国にこれといって忠誠心がないティアとティナはご愁傷さまと内心で唱えます。
キーノは思うところは大いにあれど、王国の自業自得なのですから一方的に魔導国を責める気にはなれません。
ラキュースだけは親しい隣人のお葬式を知らされたような顔になっていました。
若旦那様は人差し指を立てています。
「もしも魔導国と王国とで戦端が開かれれば、結果は火を見るよりも明らかでしょう。とは言え前から申しておりますように、魔導国は王国と緊張状態にあっても攻め入るつもりはありません。王国が何かを仕掛けない限りは、ではありますが」
そうは言っても、戦争はやる気になりさえすればいつでも始められます。
魔皇が荒らした聖王国が落ち着いたら戦端が開かれることでしょう。
モモン様との会談はラキュースが望まない形で終わりました。
キーノとティアとティナはお屋敷を後にします。
お屋敷に滞在することになったナーベ様は本日のメイド教官に案内されて応接間を離れました。
意気消沈しているラキュースですが、どうせ後で若旦那様に慰められて元気になります。ラキュースにとっての若旦那様は、悠久の天を貫く月桂樹の果てより月面世界に降り立った美しき光の化身なのです。若旦那様から悟りをもたらされて静かな心で王国の行く末を見届けることが出来るようになるでしょう。
応接間に残ったモモン様は、アインズ様として口を開きました。
「参考までに聞いておきたい。王国が魔導国との戦争を回避する術はあるか?」
「ございます。王国はそれがわからないのか、わかっているのに出来ないのか。おそらくはいずれでもありましょう」
「ふむ……、やはりな。お前は回避させたいと思うか?」
「以前申し上げましたように興味はありません。ですが、魔導国の方針は王国を平らげることですからさせてはならないことでありましょう」
「その通りだ。そうはさせぬために何を為すべきと思う?」
「特に何も。王国では出来ないことと判断しております。おそらく、アルベド様もデミウルゴス様も同様に判断しておられるかと思われます」
アインズ様が聞きたいのはそこなのです。わかってるぞムーブでどうやって聞き出そうかと考えました。
が、面倒になりました。
ちょっと弱気を見せたこともあるこの男に、そこまで気を張るのは疲れてしまいます。
「仮にお前が王国に属していたらどうやって戦争を回避する?」
若旦那様は嫌そうに顔を顰めました。アインズ様の前でそんな顔が出来るのは若旦那様だけです。
「私の本意ではありませんが……」
手っ取り早いのは国王が白旗を上げて王国を魔導国に併合してもらうことです。ですが、そんな事は出来ません。国王がそんな事を言いだしたら、実行する前に暗殺されることでしょう。王国はけして一枚岩ではないのです。
次善にして最善の策が国を割ることです。
例えば、ラキュースの実家であるアインドラ家をアインドラ公国として独立させ、親魔導国を掲げます。そうすると自動的に王国内で内戦が発生します。
国家の一部が独立して好き勝手に振る舞うことなど許していいことではないのです。一度でも許せば、王国は瞬く間にバラバラになることでしょう。
アインドラ公国は他の領主たちを味方につけて親魔導国派を増やし、王国を反魔導国として滅ぼしてから魔導国に下れば良いのです。
親魔対反魔の戦争では少なからず犠牲があるでしょうが、そのあたりは内々で話し合っておけば済むことです。
つまりは革命を起こして、旧勢力を一掃すればよいのです。
「ですが実現は不可能です。革命を成就するには王族を反魔導国派として一掃しなければなりません。王国でそこそこに知恵があるのは王派閥ですが、革命を起こしては自分の首を締めるようなもの。王派閥と睨み合う貴族派閥は王族を滅ぼせて万々歳となりそうなものですが、彼らにそこまでの知恵はありません」
特に王国内の貴族派閥は、帝国に甘い毒を注がれて王国を内から腐らせておりました。
知恵がなければ自分の足で立つ気概もないのです。カタツムリに超位魔法を使えと言っても無理なものは無理なのです。
その時、アインズ様はピコンと閃きました。
「ふーむ……。話は変わるが、法国の向こうにエルフの国があるのは知っているか? そこと魔導国が接触するにはどうすればいいと思う?」
「目的によります。エルフの国と友誼を結ぶのか、王の首をすげ替えるのか、滅ぼすのか。しかし、そのような大戦略はアルベド様とデミウルゴス様が練られていると思うのですが」
「勿論二人の意見も参考にする。それは……あれだ。物事は多角的に見なければならない。アルベドと、デミウルゴスと、そしてお前では物の見方が違うだろう? 私は様々な言葉に耳を傾ける必要がある。それで、だな。お前とアルベドが話し合うと折角複数ある視点が一つになってしまうのだ」
「仰る通りでございます。ですが、そうしますと洗練されていない荒い意見になってしまいますが」
「それでよいのだ。そこをまとめるのが私の仕事だからな」
「アインズ様直々にそこまでお考えになるとは……!」
さすがのアインズ様に若旦那様は深く感服しました。
アインズ様のお立場的に、そんな細かいことは部下に投げればよいのです。アインズ様のお仕事は決定することなのですから。
「よい、頭を上げよ」
「はっ!」
表情を窺わせないお骨のお顔で、アインズ様は鷹揚に声を掛けました。
だけども内心ではビュンビュンしておりました。
(くっくっく……、はっはは……、はーっはっはっはーーー!! よっしゃこれであいつらが何か言ってきても知ったかぶりで焦ることはないぞ!! アルベドもデミウルゴスも分野によってはこいつが上って言ってたくらいだしな! これでもう何もこわく……)
その時、アインズ様の脳裏を懐かしい顔が過りました。
彼は鳥頭なのに昔のことをよく覚えていたのです。
(はっ!? 俺は今何を……? ペロロンさんが言ってたじゃないか、それはフラグだって。大丈夫です、ペロロンチーノさん。俺はもう油断しません!)
アインズ・ウール・ゴウンは油断しないのです。