※この作品はR-18です。

アルベドのお食事   作:dolph

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週一ペースはまあまあと思ってましたが上には上がいるもんですね
本話11k字


おにぃちゃんとお兄ちゃん

「いってらっしゃ~い」

 

 お屋敷の大きな門を通り抜ける豪奢な馬車へ、ルプスレギナは手を振って送り出す。

 隣ではナーベラルが不満そうに呟いた。

 

「私が来た途端に出かけるなんて……」

「まーまー落ち着いて。おにーさんがナザリックに行くのは結構前から決めてたんすよ。ナーちゃんの顔を見てから出発したって思えばいいじゃないっすか」

「ふん」

 

 荒く鼻を鳴らすナーベラルだったが、ルプスレギナは妹の唇が綻んでいるのに気が付いた。相変わらず真面目で素直なのに、素直に喜ばないのをおかしく思う。

 

「しばらくお屋敷にいるんすよね? これからいくらでも会う機会はあるんすから。それとも我慢できないっすか?」

「別にそういうわけじゃないわ。私にそんなつもりはないもの」

「そんなつもりってどーゆーつもりっすか? どーゆーつもりでもナーちゃんにその気がないなら時間を作ってもらわなくてもオッケーっすね!」

「それとこれとは話が別よ! 向こうがどうしてもっていうなら仕方なく相手をしてあげなくも」

「はいはい、そーっすねー」

「その顔絶対わかってないでしょう!」

 

 ルプスレギナは満足するまでナーベラルをからかってから自室に戻った。

 おにーさんの趣味のような仕事のお手伝いは順調で、おにーさんがお出かけから帰ってくるまでに終わる予定である。この前みたいに夜を徹して頑張る必要はない。

 空いた時間を有効活用すべく、以前から気になっていたことを確認しようと机の上に白紙のノートを広げてペンを持った。

 

 まず、1.03掛ける0.03を計算する。結果は0.0309。元の数を足して1.0609。

 桁数が増えて一気に面倒臭くなった。我慢して頑張って手計算で1.0609を自乗する。まずは1.0609に0.009を掛けて………………。1.12550881と出た。頭を抱えた。0.009は完全に余計だった。

 適当に四捨五入して1.126を自乗する。大体1.27。これで1.03の8乗。1.27を更に自乗して約1.613。これで16乗。

 ここからは自乗を止めて、とりあえず1.27を掛けてみる。

 

「おお!」

 

 何ということだろう!

 16に8を足して24。24日目で2を超えた。正しくは大体2.05。

 一ヶ月には少し余計だがここに1.27を掛けると2.6ちょっと。

 

「一ヶ月で倍ちょっとって嘘じゃないっすか。2.6倍っすよ!」

 

 ナザリックへの訪問はアルベド様のお食事日を考慮して6日間らしい。と言うことはこれまた2日多目になるが、現在から1.27倍になることが確定。

 計算すると大体4.2になった。何日か余計に計算してる気がしないでもないが4倍は確定。そういうことにした。

 

 ルプスレギナはおにーさんからいつぞやのご褒美をまだもらっていなかった。ご褒美にはヒサンの利子が付く。一日三分である。

 ナザリックの最古図書館で見つけた悲惨な漫画に出てきた単語を何となく覚えていただけだったのだが、一日たった三分の利子がこうも素晴らしい結果をもたらすとは想定外。

 

 エントマのご褒美は、左手に加えて両足。

 ソリュシャンのご褒美は、一晩丸呑み。

 ルプスレギナは手足なんか要らないのでソリュシャンを基準にして、一晩が四回分ということは丸二日である。丸二日もあれば色々なことが出来てしまう。

 ご褒美を回収するのも良し。忘れた振りをしてもっと太らせるのも良し。

 一ヶ月以内にご褒美をあげればよいとか言ってたくせして、忘れてる向こうが悪いのである。

 

 

 

 

 

 

 ルプスレギナにご褒美をあげることを綺麗に忘れて複利の恐ろしさを味わうことになる男は車上の人となっていた。エ・ランテルからナザリックへ向かっているところだ。

 ナザリックへは何度も訪れていても、正規のルートである陸路で行くのは初めてだ。

 

「おにぃちゃんはナザリックに行ったことあるのぉ?」

「何度かあるよ。今回で六回目だね」

 

 エントマはG-SHOCK後のお掃除を完了した後、アインズ様のお傍に侍る栄誉に俗していた。悪魔メイドだったけども魔皇の呪縛は完全に解けていますよと外へアピールするためである。

 エントマとしてはずっとお付きをしていたかったが、それではエントマずるいの大合唱になってしまう。お披露目は十分と判断したアインズ様によってお付きの任を解かれてしまった。それに合わせてナザリックに戻ることにした。

 

「うぅ……、やっぱりおにぃちゃんいい匂いするよぉ」

 

 傍らの袋からおやつをちょっとだけ出して一口二口。隣に座る男を見てもう一口。

 男の顔は微妙である。さすがにこの男でも、隣で自分の足を齧られるのは難しい心持ちにさせられるらしい。

 

 エントマがナザリックに戻る一番の理由はポーションの入手だ。今はまだアルベド様のお部屋お掃除中に毎日もらっていたのとご褒美でもらったのを食べきらずに残してあるが、いずれはなくなってしまう。新しいのはポーションと交換と言われてしまった。

 なお、日数が経っている手足であるが、保存の魔法が掛かっている袋なので新鮮である。

 

 エントマの間食が終わってから、男は声を潜めてとっておきの話を切り出した。

 

「今日、お屋敷にアインズ様がモモン様としていらしたんだ。モモン様としてのお話が終わってから、アインズ様へエントマさんのことをこっそり話しておいたよ」

「アインズ様に私のこと?」

 

 昨日までアインズ様のお付きをしていたエントマである。お付きをしていた間、恐れ多くもアインズ様と多くの言葉を交わす光栄を許されていた。

 アインズ様へ自分のことを、しかもこっそりと話すとなると、全く心当たりがない。内緒話にしなければならないマズい話はないはずだ。

 

「キーノの声の事だよ。エントマさんはアインズ様からキーノの声をもらうお許しを貰っていたんだろ? 自分から欲しいって言ったのに後になって要らないとは言い辛いじゃないか。私からアインズ様へ、エントマさんはキーノの声が気に入らないようですって話しておいたから」

「ふえ? …………あっ」

 

 過日、キーノにエントマの口調を真似させたところ、ソリュシャンとルプスレギナは爆笑。ティアとティナは声質と口調のミスマッチに震えて怯え、肝心のエントマは「これじゃない」と明確に拒否した。

 だけれども、エントマはアインズ様直々にキーノの声を自分のものとするお許しを得ている。気に入らないからやっぱなしは無礼千万の鞭打ち万回に値する。エントマからアインズ様へ訴えるのは無理無茶を超えて不可能である。

 代わりにこの男がアインズ様へ耳打ちしたのだ。さすがのアインズ様はお心がとても広く、考慮してくださる様子を見せた。

 この話を聞いたアインズ様はソリュシャンとルプスレギナからその時の様子を訊ねて、二人が本当に爆笑したのを確かめた。エントマが凄く嫌そうな声で拒否したとも聞いた。どうやら本当に嫌であるらしい。

 カルマ極悪であるくせして思いやり溢れているアインズは、嫌なものを無理やり押し付けようとは思わない。エントマにキーノの声云々はなかったことにすることにした。

 

 善意100㌫の行動である。何故ならば自分も同じ境遇だからだ。

 アインズ様から、ラナーと一緒に暮らすと良いと言われた。本当は嫌なのだが口を挟む機会を与えられず、直接の上司であるアルベド様がお受けしてしまった。その場には守護者各位が同席していた。

 今になって覆すことは出来ない。

 自分はダメだが、せめてエントマは何とかなって欲しいと思ったのだ。

 

「あ、ありがとう…………」

 

 余計なお世話であるが、善意からなのは感じられる。エントマは引きつった声で礼を言った。

 

「どういたしまして。それで、だね」

「なぁに?」

「実はエントマさんにお願いしたいことがあるんだ」

 

 あれをしたからこれをしてくれ。ギブアンドテイクと言えば聞こえは良い。

 発端は善意であっても、得になることなら何かしらにつなげたいと思うのは人の常。

 

「エントマさんの顔は仮面と聞いたよ。ちょっとでいいから仮面の下を見せてもらえないかな?」

「えっ、やだ!」

 

 アラクノイドであるエントマの可愛いお顔は仮面である。仮面の下には蜘蛛人らしい顔が隠れている。

 至高の御方々の一柱でありエントマの創造主である源次郎様から与えられた顔であるが、エントマ自身は余り好んでいない事は、常に仮面を被っていることからも察せられる。

 見せてと言われても、気軽に見せてあげる気にはならない。

 

「エントマさんはヤダって言うけどね。もしもアインズ様が絶体絶命のピンチになって私しか助けに行けない時、エントマさんの顔を初めて見て驚いちゃったら助けが間に合わないかも知れない。そうならないためにあらかじめエントマさんの顔を見ておく必要がある」

「アインズ様はピンチにならないもん!」

「むむ、確かに」

 

 さすがのエンちゃんは一発論破である。

 

「じゃあシズさんがピンチの時。シズさんだったら可愛いくまのぬいぐるみに目を奪われてピンチになるかも知れない」

「ありそうだけどぉ……。でもおにぃちゃんが助けに行かなくても私が行くから大丈夫ぅ」

「エントマさんはお腹が減って力が出なかったら俺の出番になるだろ?」

「だったらおにぃちゃんがご飯をくれればいいでしょぉ!」

「エントマさんにあげられるとこがないかも知れないだろ?」

「だったらおにぃちゃんは助けに行けないもん!」

「……確かに」

 

 馬鹿げた問答が数度繰り返される。

 女心検定は赤点を行ったり来たりする男でも、エントマが本当の顔を見せたくない、おそらくは好ましく思っていないことはわかった。

 嫌がってることを無理強いするのは良くないことだ。しかし、好奇心が我慢してくれない。切り口を変えることにした。

 

「エントマさんの創造主は源次郎様と聞いています。エントマさんの顔は源次郎様から与えられたんでしょう?」

「……そうだけどぉ」

 

 創造主から与えられたものを好んでいないと言ってしまうのは、ナザリックのシモベとして少々心に来るものがある。

 

「その仮面も源次郎様から与えられたものなんでしょう?」

「そうだよぉ」

「だったら話は簡単だ。その仮面もエントマさんの本当の顔。仮面の下もエントマさんの本当の顔。どっちもエントマさんの顔で、片方は隠してるだけってことだね」

「どういうこと?」

「難しいことじゃないよ。俺の顔も同じだ。今のこの顔は俺の顔だけど、エントマさんと一緒でこの下にも俺の顔が隠れてる」

「ええぇえぇえええええええええええぇぇ!? どういうこと!?」

 

 エントマはマジマジと男の顔を見詰めた。至高の美に溢れるナザリックを基準にしても、けっして見劣りしない輝かんばかりの美貌である。アルベド様がお側に置くのがよくわかる。

 しかし、どこにも継ぎ目は見当たらない。仮面には見えず、本当の顔に見えた。

 

「この顔を剥ぎ取ると頭蓋骨があるんだ」

「そんなの当たり前じゃん!」

 

 本当に当たり前のことだった。

 

「当たり前のように俺にも顔の下に顔があるってことだよ。エントマさんと違って一度外したらすぐに戻せないけど。もしかしてエントマさんの顔も簡単に戻せなかったりするのかな?」

「そういうわけじゃないけどぉ」

「だったらちょっとでいいから。俺の顔も後で見せるから」

「別にみたくないぃ……」

 

 ぐいぐい来る。

 エントマの顔を見る代償に自分の顔を見せてもいいと言っている。間違いなくとっても痛いだろう。下にどんなのがあるのか他のを見たことがあるので見たいとは思えない。

 頭蓋骨はどうでもいい。仮面の下も、仮面も、どちらも本当の顔と言ってくれた。そうも言われてしまうと心が揺らぐ。

 

「それじゃぁ…………ちょっとだけ。でもでも嫌がったりしたら本当にイヤなんだからね!!」

「わかってる」

 

 男は居住まい正して背筋を伸ばす。

 エントマは両手を頬に添えて、愛らしい少女の顔を上にずらした。

 

「おお!?」

「っ!」

 

 男が驚きに声を上げる。

 その声がエントマに何かしらの感情を想起させる前に、

 

「すげぇ、複眼だ! どういう風に見えてるんだ? やっぱり視野角は広い? 立体の捉え方も違う? 複数の目で一つの対象を像に結ぶと、いやそれよりも複数の像を同時に認識している? 同時? それとも時間差が? 耳で音を聞くと左右の耳から入ってくる僅かな時間差があるのと同じで一つの対象を見ても僅かな時間差がある? いや馬鹿な意見だった、光と音は速度が違う。違うのは入ってくる角度だ。こう考えると角度を分や秒で表すのは適当だな。1メートル先の像を見ると目の位置によって0.5秒から10秒は差がある。俺の目に比べると目と目の距離が、ああっ!? もうちょっと見せてくださいよ!」

「もうだめ! おにぃちゃん難しいことばっかり言って!」

「いやだってコキュートス様も複眼だけど根掘り葉掘り聞けないでしょ? でもほらエントマさんなら……、今はこうして時間があるし」

「今ちょっと間があった、言い訳考えてたぁ!」

「いやそんなつもりは……」

 

 ちょこっとだけ見せてもらった顔は本当にちょこっとだけだった。

 ちなみに仮面の下は、蜘蛛の顔を人のように縦長にして目を増やし、大きな牙を追加したようなものだった。見ようによっては中々可愛い。

 重ねて頼んでも見せてくれない。男は仕方無しに話題を切り替えた。

 

「それじゃシズさんから聞いたんだけど、エントマさんに外性器がないって本当?」

「はアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!? シズのバカ何言ってんのぉおおおおおお!?」

 

 顔の話題が流れたと思ったら、言うに事欠いて性器。間違っても女の子に振る話題ではない。そんな事を話したシズも言語道断。

 エントマは堪忍袋が温まってきた。男は冷静に言葉を続けた。

 

「でも性器がないと生殖活動が出来ないから普段は体の中に隠れてるのかな?」

「う……」

 

 とってもあれな話なのに男の声はどこまでも冷静である。望遠鏡を覗いて星空を眺め、宇宙の深遠に思いを馳せる博士のようだ。

 エントマはとても混乱して恥ずかしいのに、憎たらしいことこの上ない。

 

「ちゃんとあるもん!」

「だったらシズさんが誤解した理由があるのかな。やっぱり隠れてる?」

「そういうんじゃなくてぇ、だからぁ……」

 

 シズが誤解したのは一緒にお風呂に入った時だ。恥ずかしかったから符術を使った幻術で見えなくしただけである。

 逆に堂々と見せていたシズには恥じらいがなさすぎる。

 

「そんなの教えるわけないでしょおにぃちゃんのエッチ!!」

「俺がエッチ!? 遺憾です訂正を求めます。俺は純粋な気持ちでエントマさんの体に興味があるだけなんだぞ!」

「それがエッチだって言ってるのぉ!!」

「エントマさんだって俺の体を欲しがってるじゃないか!」

「そういう意味で欲しがってるわけじゃないぃいい!」

「そういう意味を意識してるエントマさんがエッチだと思います」

「そんなわけないでしょうがぁああ!!」

 

 その時、御者台に通じる窓がコンコンと叩かれた。

 二人が一時休戦して静かになると、音もなく窓が開いて御者をしているミラが顔を覗かせる。

 

「お言葉ではございますが、ご主人様がエッチだと思われます」

「ほらやっぱりぃ!」

「くっ!」

 

 不毛な争いはエントマの勝利で終えた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃおにぃちゃんまた後でねぇ」

「ええ、私は明日です。エントマさんはポーションの確保を頑張ってください」

 

 馬車はそのままカルネ村に入っていくが、エントマは馬車から降りてナザリックへ向かう。カルネ村とナザリックの距離はちょっと長い散歩程度である。

 男はカルネ村に一泊して、ナザリックに行くのは翌日だ。ナザリックでの滞在が一日減ってしまうが、カルネ村を素通りする事は出来ない。

 ンフィーレアに用があるし、エンリ大将軍に挨拶をしなければならない。

 エンリ大将軍とは、素手でオーガを撲殺し、素手でナーガの首を引っこ抜き、腕っぷしの強さで五千ものゴブリンを従える女傑である。近くに来たのに挨拶もせずに素通りしたら何が起こるかわからない。両手両足をへし折って新作ポーションの実験に使うと言われても驚かない。

 と、男は思っているが誤解である。エンリは純朴な田舎娘だ。誤解を解く機会があったゴブリンのジュゲムは、誤解を誤解のままにしておいた。きっとこれからも解かれる事はないだろう。

 

 馬車はカルネ村の大通りを進み、止まったのは村を支配するエンリ大将軍の邸宅前である。

 邸宅の前には、主であるエンリと、エンリの夫となったンフィーレアと、二人を護衛するジュゲムが待ち構えていた。三者は豪奢なナザリックの馬車に緊張感を漂わせていたが、馬車の中から男が飛び降りると安堵の息を吐いた。

 

「大変ご無沙汰しております。明日までカルネ村に滞在させていただきたく。エンリさんにお許しをいただけないでしょうか?」

「どどどどどどうぞ! よろしくお願いします!」

「こちらこそよろしくお願いいたします」

 

 男がにっこり笑うと、エンリの顔がぽっと赤くなる。

 ジュゲムは困ったように笑って毛のない頭を掻く。ちらと隣を覗えば、ンフィーレアが眼差し鋭く男を見据えた。生憎ンフィーレアの目は長い前髪に隠れている。この場の誰にも「エンリは僕の奥さんなんだから!」アピールは伝わらなかった。

 軽い挨拶をしてから男は馬車を振り返る。

 

「そういうわけで、俺はカルネ村に泊まってから向かうよ。ミラは先に行って手配を頼む。俺は誰に頼めばいいかわからないからな。多分、ティトゥス様に聞けば教えてくれるだろう」

「かしこまりました。ですが、よろしいのでしょうか?」

「カルネ村に危険はないよ。ジュゲムもいることだし」

 

 ぽんとジュゲムの背を叩く。手のひらに伝わる感触は、まさに鋼の肉体。

 

「うおっと。驚かせないでくだせえ」

「ジュゲムも久し振り。短い間だけど世話になるよ」

「わかりやした。兄さんにはどんな危険にも遭わせやしません」

「と、言うわけだ」

「かしこまりました。私に出来る限りの手配をして参ります」

 

 ミラが気にしたのは危険が云々ではないのだが、ご主人様が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。朝からソリュシャン様と励んでいたことであるし。

 そこの男女は距離の近さから親しい関係であると察せられる。若い女は、もしかしたら人妻。ご主人様でも手は出さないはずだ。たぶん、おそらく、きっと。

 

 御者台の上から白い麗人が一礼し、馬車は来た道を戻って村の外へ出ていった。

 馬車がエ・ランテルを発ったのは昼過ぎだが、疲れ知らずの早馬が引くので一時間と少しの道程だった。まだまだ早い時間である。

 

「ンフィー君も久し振り。早速だけど色々話したいこともあって」

「え、ええ、いいですよ」

 

 ンフィーレアは警戒を露わにするが、気さくに声を掛けてくる男は全く気にしてない様子。

 出てくる話は錬金術のことばかりで、エンリは僕の奥さんなんだぞと警戒していたンフィーレアは肩透かしされたように思った。

 

「あっしもあちらさんについてきますので。姐さんの警護は抜かりないので安心してくだせえ」

「私のことは気にしなくていいわ。あ、ご飯をどうするのかだけ聞いておいてくれる?」

「わかりやした」

 

 ジュゲムは男二人を追いかけていく。

 エンリは遠ざかる三つの背中をしばし見詰め、家の中に戻った。

 

 

 

「あーーーーーーーっ!! お兄ちゃんどうして来なかったの!? ずっと待ってたのに!」

 

 錬金術の話をするならンフィーレアの錬金術工房が適している。

 ンフィーレアの錬金術工房はカルネ村のバレアレ家に併設されている。

 少しややこしいのは、エンリはンフィーレアと結婚したので姓がエモットからバレアレに変わった。さっきまで一同が居たエンリの邸宅もバレアレ家である。若い夫婦はそこで一緒に暮らしているのだ。

 錬金術工房が併設されているのはンフィーレアが以前住んでいた家だ。現在はンフィーレアの祖母のリィジーが残っている。そして若夫婦に気を利かせたエンリの妹のネムもこちらに移り住んだ。

 

 バレアレ家では、男の姿を見るなり目を輝かせたネムが駆け寄ってきた。

 

「もっと早く来たかったんだけどね。命令でついこの前まで帝国にいたんだ。これからはずっとエ・ランテルにいるはずだから、もう少しこまめに来られるはずだよ」

「んー、それなら許してあげる♪」

「ありがとう」

 

 年齢的にまだまだ子供のネムが一人前の女をしていることに、ジュゲムとンフィーレアは笑っていいのやら嗜めるべきなのやら。

 

「それよりお兄ちゃん、ネムに言うことないの?」

「抱っこするかい?」

「違う! ネムもうそんな子供じゃないもん!」

 

 男の胸に飛び込む勢いだったネムは、男から一歩空けて止まっていた。

 赤みがかった濃い茶髪を二つに分けてくくっているのは前と同じでも、随分と長くなって背中まで届く。髪が伸びれば背も高くなった。

 ここで「大きくなったね」と言っては不味いと様々な文献と実体験から学習している男だ。女心はわからなくても、技能と技術は磨かれ続けている。

 

「とても綺麗になったね、見違えたよ」

 

 ネムの頬も、姉と同じように赤くなった。

 

「んふふ……、ありがと♡」

 

 ネムはくすぐったそうに笑って、両手を腰の後ろで組んだ。背伸びしつつ微妙に背を反らして控えめな胸を張る。一瞬だけ真顔に戻り、男についてきた二人の男を牽制の視線で射抜く。

 射られたジュゲムとンフィーレアは、思わぬ不意打ちに一歩引いた。

 

 内緒話かなと思った男は腰を折って耳を近付け、ネムの小さな唇が囁いた。

 

(ネムのおっぱい、ちょっと大きくなってきたんだよ? あとでさわらせてあげるね♡)

 

 ちゅっと男の頬に口付けする。

 男は苦笑し、ジュゲムとンフィーレアは見なかったことにした。

 

「おばあちゃんに用事? ネムが案内するね」

「頼りにしてるよ」

 

 

 

 男三人はリィジーに睨まれながら錬金術工房であれやこれや。

 ジュゲムは一旦エンリ邸に戻り、夕食についてをエンリに伝える。

 ジュゲムが戻ってきてから、男たちは村の外に出た。近隣で自生している薬草などを確認しながら採取する。ゴブリンチームが二人を手伝ってるのは言うまでもない。

 

 あっという間に日が暮れて、夕食は皆で取ることになった。

 エンリ邸のダイニングに、若夫婦にその妹と祖母、ジュゲムもお呼ばれされて、ゲストの男は真ん中に据えられた。

 

「ったく、兄さんには敵いませんよ。あっしらゴブリンでも食べませんって」

「興味くらい持つだろう?」

「いいえ全く。お願いですから今日みたいな目であいつらを見ないでやってくれませんか? あんなんじゃ怯えて使い物になりませんから」

「そんな目で見てるつもりはなかったんだけどなあ」

 

 この男、オーガへの欲望を未だに捨てきれないでいた。

 日中の採集中にジュゲムへこっそりと、「オーガを食べたことあるだろ? どんな味なんだ?」と聞いていた。

 聞かれたジュゲムは唖然とした。聞いてしまったンフィーレアも唖然とした。あれのことだよと指さされたオーガは震えて逃げ出そうとしたところを他のゴブリンに取り押さえられた。

 

「何のこと?」

「ネムは聞かないほうがいいんじゃないかな!」

「そうそう嬢ちゃんは耳に入れちゃいけません!」

「どうせろくでもないことだろうさ!」

 

 本当にろくでもないことである。

 吐き捨てるリィジーは年の割に食が進む。夫の祖母ということは自分の義祖母ということで、エンリは甲斐甲斐しく給仕して自分の食事は後回し。

 

 エンリがよりを掛けて用意した夕食は全員のお腹をいっぱいにさせた。

 食休みが終わって他愛無い話に一段落つけば各々はそれぞれの場所に帰っていく。

 

 若夫婦はエンリ邸で後片付け。

 リィジーとネムはバレアレ家に帰る。安全なカルネ村と言えど、老婆と少女に夜歩きはさせられない。付き添いとしてジュゲムが立ち上がったところで、エンリが久し振りに聞くネムの我が儘が発動した。

 

「ネム、お兄ちゃんのところにお泊りしたい!」

「馬鹿言ってるんじゃないよ!」

 

 間髪入れずにリィジーが却下した。

 枯れて乾ききった老体が潤いかねない美貌の男だ。そんなところへ幼いネムを預けようものなら道を踏み外す。ネムがもう少し大人なら好きにさせたが今はまだ早すぎる。

 

「そうよ、迷惑かけちゃダメ」

 

 エンリとしては、ネムの我が儘を許してやりたかった。

 両親が他界する前は甘えん坊で我が儘なネムだった。以降は大人にならざるを得なくなり、子供らしい我が儘を言わなくなった。そのネムが久々自分の欲求を訴える。叶えてやりたいのは姉の性。だけども我が儘が向かう先はお客様である。

 

「でもンフィーやジュゲムばっかりずるい! ネムもお兄ちゃんともっとお話したいもん!」

「ぼくぅ!?」

「あっしですか?」

 

 ネムが攻撃したのはジュゲムとンフィーレア。二人はお客様が来てからずっと一緒に行動している。明るい時間は村の外へ遊びに行っていた。

 ジュゲムは疲れた顔で愚痴をこぼすが、本人の目の前でそんな事を言えるのだからきっと仲良しなのだ。

 ンフィーレアはずっと楽しそうだ。錬金術工房に採集した薬草を置きに来た時、あの人とこんな話をしたあんな話をしたと子供みたいに話していた。

 だけどもネムは、村の中でずっとおばあちゃんとお姉ちゃんのお手伝い。お話する機会は夕食の時間だけ。それだってンフィーレアやジュゲムが、エ・ランテルが帝国が王国がと難しい話ばかり。聞いてることしか出来なかった。

 

「私なら構いませんよ。小さな家ですが、ネムちゃんが眠る場所くらいありますから」

 

 以前、ルプスレギナが使っていた家だ。

 生活できる一通りが備えられているが、ルプスレギナはほとんど使ったことがないらしい。カルネ村とナザリックの距離を考えれば当然だ。カルネ村で寂しい一人暮らしをするより、ナザリックから通ったほうがずっと良い。

 ルプスレギナがエ・ランテルに移ってからは、定期的にナザリックから誰かが来て整備やら掃除やらをしているらしい。これと言ってマズいものは置いていないが、カルネ村の住人は立ち入り厳禁である。

 一応作ったけどもそれきりである家は、男がカルネ村で宿泊する時専用施設になった。

 

「でもご迷惑じゃ」

「家を荒らされたり散らかされたりしたら困るけど、ネムちゃんはそんな事しないだろう?」

「お兄ちゃんはネムがそんな事するって思ってるの? そんなの絶対しないもん。迷惑じゃないんだからネムがお泊りしてもお姉ちゃんはいいよね?」

「…………いいけど。本当にいい子にしてるのよ?」

「もちろん!」

 

 自分にはそんな時間が与えられない。だけどもネムは一晩も一緒にいることが出来る。

 

「ネムももう子供じゃないし、いいんじゃないかな?」

 

 妻の気配を何とはなしに嗅ぎ取ったンフィーレアはネムを援護する。

 

「あっしが口を出すようなことじゃありませんので」

 

 ジュゲムは賢くも投票放棄。軍人は民意に従わねばならぬシビリアンコントロールである。

 

 残ったのはおばあちゃんだけである。

 

「ネムにおかしなことしたら承知しないよ!」

「しませんよ」

 

 男は両手を上げた。持っていたら白旗も上げたかも知れない。

 ついさっきジュゲムに言われたばかりだ。ネムちゃんをこっそり連れ出して、あそこのオーガを明日の朝ごはんにしちゃおう、なんて出来るわけがない。大人しくしているつもりでいる。

 それはそれとして、触らせてくれるらしいおっぱいにはちょっとだけ、本当にちょっとだけ興味がある。どれだけ成長したのか確かめたい。

 

「えへへ、それじゃお兄ちゃんいっしょに行こ?」

「わかったよ。それでは私はこれで。おやすみなさい」

「おやすみなさーい!」

 

 ネムは男の腕を引っ張り、エンリにだけわかるようにやりと笑った。

 男の方はンフィーレアだけにわかるよう右拳の親指を立てた。

 ンフィーレアは力強く頷き、同じサインを返す。挑戦者の眼差しで隣のエンリを見る。生憎長い前髪に隠れて、ンフィーレアの決意は誰にも伝わらなかった。




ヤフー知恵袋に「エントマは人間と性交できますか?」と質問した剛の者がおりました
すごいですねそんけいします

アラクノイドは「蜘蛛が人の形をしている」もしくは「人の形が蜘蛛の姿を内包している」のどちらで解釈すべきか
177〜183に置いてあるアンケートは未だ拮抗
たぶんおそらくもうどっちかに偏ることはないと思われ
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