「う、うーん……。まぶし……もうあさぁ? ……もう朝!?」
朝日の眩しさに起こされたンフィーレアは、朝になってる事に気付くとベッドから跳ね起きた。直後、目眩に襲われくらりとよろめく。
起きたばかりなのに倦怠感がある。寝る前の自分は何をしていたのだろうか。と思ったところで昨夜の記憶が蘇った。
昨日の夜、食事の後片付けを終えてエンリと一緒にベッドへ入る前に、エ・ランテルのお客様からもらった強壮剤を一息に飲み干した。凄まじい力が全身に滾ったと思ったら、そこで記憶が途切れている。
多分おそらく凄くなったと思うのに、今は体を動かすのも億劫だ。一夜眠って尚気だるいほどしてしまったのだろうか。
してしまった相手は勿論エンリ。どんな事をしてしまったのか。あんなにも滾った状態で自分本位の乱暴な事はしてないだろうか。困ったことに何も覚えていない。
自分が疲れ切っているのはどうでもよい。一番重要で唯一の問題は、エンリに嫌われてはいないかだ。
不安に苛まれるンフィーレアを救ったのは、ンフィーレアの愛しい女神だった。
「ンフィー、起きた? おはよ! よく眠ってたわよ。そろそろご飯が出来るから顔を洗って待っててね♪」
エンリが輝かんばかりの眩しい笑顔で寝室にやってきた。鼻歌が出そうなくらいに上機嫌で、いつもよりお肌が艶々しているように見える。
エンリが眩しければ眩しいほど、ンフィーレアに濃い影が落ちた。
「え、エンリ……。おはよ…………。あの、昨日の僕は……」
エンリが瞬間硬直したのを、シーツに目を落としていたンフィーレアは気付かない。
「よく覚えてないんだけど……。どうだったかな?」
「昨日のンフィーは凄かったわ。本当に全部出しちゃったのかと思ったもの。頑張ってくれるのは嬉しいけど無理はしないでね」
「あ……、これは」
エンリから手渡されたのは、二本の空き瓶。
昨夜飲んだのは一本だけだと思ったのだが、二本も飲んで頑張ってしまったのだろうか。
「ンフィーはいつも頑張ってるんだから、こんなのに頼らなくても大丈夫よ。ンフィーはンフィーのままでいいんだから。ほら、起きて。私の旦那様♪」
「あっ……」
ほっぺにチュッとされた。
エンリの顔は離れず、耳元で小さく囁かれた。
(赤ちゃん、出来るといいね♡)
(!?!?!?)
ンフィーレアは、しばし呆然と唇が触れた頬を押さえ、朝食の準備に戻るエンリの後ろ姿を見送った。ややあって、重たかった体に力が漲ってくる。
謎は、全て解けた。
エンリのお肌が艶々でとても上機嫌で、赤ちゃんなんて言葉が出てくると言うことは。昨日の自分はとても頑張ってエンリをとても満足させたのだ。
全く覚えていないが、それ以外にありえない。
(ありがとうございます!!)
ンフィーレアは、特製の強壮剤をプレゼントしてくれたお客様に深い感謝の念を捧げた。
ふうと一息ついてダイニングテーブルにあれこれ並べ始めたエンリは、ンフィーレアが自分の夫で良かったと改めて感じていた。
初めての時も凄く好かったが、昨夜の体験は素晴らしいの一言では収まらない。世界と一体化して全能感すら覚える恍惚とした多幸感。
あれが天高くへ続く
しかし、毎日では絶対に体が保たない。月に一度くらいなら望むところで次はいつ出来るかなと考えているが、一週間も続いたら駄目になる確信があった。とても素晴らしくて気持ちよくて自分の全てを解放してくれるが、あまりにも度が過ぎている。
昨夜を思い返すと、官能と共に元に戻れないのではないかという恐怖も感じる。現に、艶めかしい感触を思うだけで潤ってくる。
そこに加えて、とても素敵でとても綺麗な人。絶対に多くの女性から放って置かれない。ンフィーレアも、エ・ランテルにいた頃は天才錬金術師として持て囃されはしただろうが、彼と比べていいものではないだろう。
どう考えてもあの人が真っ当な家庭を築けるとは思えない。
自分と一緒になって家庭を築いてくれるのは、ンフィーレアのように自分だけを見てくれる人だ。
そして自分が感じたことは、その通りであったらしい。
「私はそんなに偉くないと言ったでしょう?」
透き通った笑みである。
全てを諦め何もかもをも捨て去るとこのように笑えるのだと思わされた。
▼
幼くても可愛くても実は天使でも、辺境に生きる女であるネムは太陽の恵みを無駄にしない。多少夜更かししても、東の空が白む頃には自然と目が覚める。
方や名ばかりの相談役で給仕係としての仕事だけに専念している男は、太陽がすっかり顔を出しても惰眠を貪っている。ソリュシャンかシクススに起こされないと、一定時間眠らないと生中なことでは目が覚めない。
「おにいちゃん、あさだよ? おきて?」
甘ったるい少女の囁きが耳をくすぐる。
「おきないとイタズラしちゃうよ? いいの? しちゃうからね♡ チュッ♪」
真っ赤な唇が頬に触れる。
唇からは赤い舌が伸びて、男の頬をれろりと舐めた。
「もう! まだおきないのぉ? ほらはやくぅ、おきてったらぁ!」
囁きでは起きず、頬にキスしても起きず、少女は焦れたように男の肩を揺さぶった。
「う〜ん……」
「………………」
ソリュシャンの寝フェラかシクススのビンタでないと起きない男である。かつてアウラが散々苦労して果たせなかった。それ故か、彼女が同じ道を辿るのは運命だったのかも知れない。
しかし、彼女はアウラより暴力的で気が短かった。
「さっさと起きなんし!」
ビタン、ドサッグエッ!
ベッドから落とされても起きない男であるが、ベッドから壁へ垂直に叩きつけられ、壁から床に垂直に落ちれば幾ら何でも寝ていられない。
ぶつけたおでこをさすりながら男が見たものは、美麗な顔を怒りに歪め、ベッドの上で仁王立ちするシャルティアだった。
「シャルティア様? どうしてここに?」
「お前に用があるから来たに決まってるでありんしょう!」
シャルティアは腰に両手を当て胸を張る。今日はパッドが入っているようだ。
一緒のベッドに寝てたはずのネムは、ドアの陰から怯えた様子でこちらを覗っている。不安を拭うため、笑顔で手を振ってやった。
今日はナザリックを訪れる日である。
ナザリックに行けば必ずシャルティアに捕まると思っていたが、まさか向こうから来るとは想定外。
「私はこれからお仕事でありんすのにお前はいい身分でありんすねぇ?」
「シャルティア様の献身あってこそ魔導国の平穏は保たれているのです。アインズ様もさぞやお喜びであるかと存じます」
「まあ? アインズ様にお褒めの言葉をいただいた私でありんすから? 朝からお仕事頑張るのは当然でありんしょう!」
「さすがはシャルティア様でございます。シャルティア様にお時間を割いて頂くことを感謝いたします」
「たっぷり感謝しなんし。私がわざわざ朝からお前のところに来たのは私がお仕事の間にお前をテストするためでありんす」
「テスト、でございますか?」
男は起きた姿のまま、つまりは全裸で怪訝に首を傾げる。
寄せた眉根はテストの内容を聞くに連れはっきりと皺を刻み、渋面を作った。
「どうして私がそのようなことを試されなければならないのですか?」
「ソフィーの面倒を見てやったのが誰か忘れんしたか?」
「ソフィーはシャルティア様からのご恩を生涯忘れない事でしょう」
「まあそれはね?」
シャルティアはえへんと胸を張る。しかし今度は引っ掛からなかった。
「だからつべこべ言わずに言う通りにしなんし」
「…………かしこまりました」
微妙な行き違いがあった。
男が問うたのは、テストの目的。シャルティアが語ったのは、テストを行える権利の主張。
もしもこの時、もう少し踏み入ってテストの目的を聞き取っていれば、ナザリックでの滞在がより自由になったかも知れない。
しかし、正当性を訴えるシャルティアはとても手強い。難しいことが苦手なシャルティアが、これは正しいことだと判断しているのだ。そして客観的にも、借りは返さなければならないのは正しい事なのだ。男の部下ということになっているソフィーがシャルティアの世話になったのは事実である。
滅多に手に出来ない武器を手に入れたシャルティアが、そう簡単に手放すわけがなかった。
「着替えたら早速開始でありんす! あいつらにきちんと言い聞かせておきんしたから、サボったりしたらいけんせん!」
「……かしこまりました」
男は不精不精に頷いた。
シャルティアは意気揚々と寝室を出る。ネムに目を留め、顔を寄せてふんふんと鼻を鳴らす。
「たしか、ネムと言いんしたか? そんなに怯えなくても何もしんせん。アインズ様から優先保護対象と言い付かっておりんすから」
突如現れた物凄い美少女に目を白黒させていたネムは、偉大なるお方の名前を聞いて目を見開いた。シャルティア様と言うらしいこの方を従えているらしい偉大なお方の偉大さを改めて実感する。
先だってナザリックの訪問を許されたネムは、ナザリックの素晴らしさを拙い言葉ながらこれでもかと褒め称え、アインズ様の琴線を大いにかき鳴らした。その結果シャルティアが口にしたように、新型ポーションを開発したンフィーレアに次ぐ優先保護対象として周知されたのだ。
(お兄ちゃんと寝たのにまだ処女でありんすね? まだまだちっこいから仕方ありんせん。もうちょっと成長したらお兄ちゃんに処女膜を破ってもらいなんし)
匂いで処女か非処女かを判定できるシャルティアである。好き勝手に要求を突きつけたシャルティアは、ゲートの魔法を使ってお仕事に向かった。
男は身だしなみを整えつつ、ネムへシャルティア様の事と処女膜についてを説明する。
シャルティアの言葉を飲み込んだネムは、人間じゃないみたいだけどいい人だ、と誤解した。
人前に出ても恥ずかしくない格好になってから外に出れば、少し困った様子になっていた。
「兄さん、どういうことか説明していただけやすか?」
「ご主人様、おはようございます」
仮宿の外では、朝日の下に十一名のヴァンパイア・ブライドが整列していた。白い肌に白い衣装が眩しい。代表して挨拶をしたのは一人だけドレス姿のミラである。
そんな彼女たちを、倍以上のゴブリンが囲っている。
ミラは昨日少しだけ顔を見せたのでジュゲムは見知っているのだが、その他に十もの吸血鬼がいたら穏やかではいられない。
特に家の中に入っていった小柄な吸血鬼は、自分たちが束になっても勝てないと思わされた。この場にいるゴブリンたちが束になっても、ではない。カルネ村に在住する五千もの全ゴブリンが束になっても、だ。間違いなくナザリックから来た恐ろしい方々の一人である。
「どこから説明したものかな」
「ご主人様、それよりもシャルティア様から仰せつかったテストを始めてもよろしいでしょうか? テストをしながらでも説明は出来ると思われますので」
「………………わかったよ」
テストが始まるとジュゲムの目が訝しげに細められ、テスト内容を聞くと顔全体で呆れてますと主張し、最後には生暖かい目となった。
一年前、エンリの姐さんをベッドに引きずり込んだか引きずり込まれたかして、どちらであれ一夜を共にした美貌の男だ。ジュゲムが知るエンリがそのようなことをするとは思えず、言葉を弄して引きずり込んだのではと疑う気持ちはあった。
しかし、この様子を見ると引きずり込まれたと言うのは嘘ではなかったかも知れない
男は吸血鬼の一体を横抱きにした。いわゆるお姫様抱っこである。
テスト内容はヴァンパイア・ブライド全員をお姫様抱っこする抱っこ耐久。
先にいらしていた小柄なお方は、アインズ様に仕えるとっても強くてとっても可愛いとっても残酷な吸血鬼であられるシャルティア・ブラッドフォールン様であり、この場にいるヴァンパイア・ブライドたちはシャルティア様にお仕えしている。アインズ様のお言葉により、カルネ村に危害を加える可能性はない。
男から簡単な説明を聞いたジュゲムは、心の底から湧いてきた疑問を口にした。
「えー…………、それで何のためのテストなんで?」
口にした直後、十体のヴァンパイア・ブライドから鋭い視線が突き刺さる。
シャルティア様の為さることに疑問を抱こうとは不届き千万、ではなくて、下手なことを口にされて抱っこがなくなりでもしたら許せない、である。
「それは俺が聞きたい。が、シャルティア様から貸しの対価にやれと言われたら断れるわけがない」
「あのお方に借りを作っちまったので?」
「俺が作った借りじゃない」
「………………さようで」
テスト開始の言葉を聞いた直後は辟易した顔を見せた男だが、今は暗いものを感じさせない澄んだ笑みを浮かべている。何を訴えても無駄と悟っているのだろう。
自身の美貌を利用して女たちをいいようにする男ではないか、と思ったら真逆であるらしい。美貌に目をつけられ、女たちから好き勝手にされているのだ。
「……兄さんも大変でやすね」
「ははは。大変なわけないじゃないか」
聞く者が聞けば涙を誘う乾いた笑い声であった。
エンリ邸で朝食を取る時もテストは続いている。
吸血鬼といっても、肌が蒼白なだけの肉惑的な美女だ。美女をお姫様抱っこしながらの朝食。当然のことながら両手は塞がっているので、抱っこされてない美女たちが食事の世話を焼く。
エンリにンフィーレアにネムにジュゲムは、何と言っていいかわからなかった。吸血鬼たちをいないものと扱っている男から声を掛けられて、ようやく返事をするのが精一杯。
異様な食事風景であるがそれなりに実りはあって、カルネ村で採取した薬草類を定期的にエ・ランテルへ運んでもらえることになった。
ネムへは、カルネ村の一時宿泊施設の管理をお願い出来るかどうかアインズ様へお伺いしておく、と伝える。昨夜のお風呂を、ネムがとても気に入ったらしいのを男は察していたのだ。
今度来た時は、帝国で売り出した美容品セットの試用品を持ってくると約束。
去り際に、ンフィーレアから熱い礼の言葉をもらったのは不思議であったが、なにか良いことがあったのだろう。
エンリからは、
「エ・ランテルへは何度か薬草を運んだことがあります」
「そうでしたか。その時はよろしくお願いします」
「わかりました」
滞りなく契約が締結した。
▼
カルネ村からナザリックへは、ゆっくり歩いて約二時間。やや長めの散歩である。
馬車等は使わず、始めから徒歩で移動する予定だった。
男は歩きながら昨夜のエンリを思い出し、以前ルプスレギナから物理的に叩き込まれた女の貞節に照らし合わせる。
ルプスレギナが言うには、一人の男を決めた女はドアを閉めて鍵をかけるものらしい。
だとすると、エンリの振る舞いは疑問である。シャルティア様からのご命令とは言え、初対面の男に体を開いたヴァンパイア・ブライドたちもそうだ。
ルプスレギナが言う女たちと、エンリとヴァンパイア・ブライドたちの違いを考え、思い当たることがあった。
今のカルネ村は平和そのものだが、エンリ大将軍が治める以前はとても厳しい環境であり、冬を越せない者は珍しくなかったとか。ヴァンパイア・ブライドたちは今でこそ無意味に命を散らすことはないが、以前はシャルティア様の気分次第で物理的に首が飛び、死地に追いやられることも多かったようだ。
対してルプスレギナが口にしたナザリックの女性たちは、己が聞き取った限りでは一人も死んだことがないそうだ。
つまり両者の違いは、死との距離。
汚されたら死ぬ、と言えるのは誇り高く思えるが、それ以外で死ぬことがないからこそ言えるのだ。
誰も彼もが簡単に死んでいく環境なら、死ぬとは口にしないだろう。そんな事を言わなくても簡単に死んでいくのだから。
死との距離が近い冒険者達も性には奔放だ。よく知るのは蒼の薔薇。
吸血鬼であることを隠していたキーノと、貴族のお嬢様であったラキュースを別にすれば、ティアとティナとガガーランも男を取っ替え引っ替えであったそうな。ティアが取り替えていたのは女で、ティナはショタ専であったが。
乱暴にまとめれば、良くも悪くも刹那的。しかし、刹那を生き抜かねば死ぬ。生きている瞬間瞬間を楽しもうと思うのは当然と思えた。
というような事を、面白くはないがつらつらと考える。
そうでもしないとテストが辛くなってきたのだ。
「時間です」
「もうですか? 時計は狂っていませんか?」
「シャルティア様から頂戴した時計です。狂っていません。早く降りなさい」
「そうです次は私の番ですよ!」
抱き上げていたヴァンパイア・ブライドを下ろし、次のヴァンパイア・ブライドを抱き上げる。
七人目である。
お姫様抱っこする時間は一人あたり十五分。金色の懐中時計を手にしたミラが時間を計っている。本テストのためにシャルティア様から下賜されたそうで、暇があれば取り出して見入っている。代わりに、ミラの番はない。テスト中は時計係である。
「抱き上げるのはいいんだが、少しは休憩を入れてくれないか? 腕が痺れてきたんだ」
「申し訳ございません。シャルティア様からは間を置かずテストせよと仰せつかっております」
「……まあ、いいか」
食事中は膝の上に乗せられたので楽だったが、それ以外はずっと腕の力だけでヴァンパイア・ブライドを抱き上げている。
持ち上げられないほど重くはないのだが、一人あたり十五分で七人目ということは既に六人を抱き上げたということ。6掛ける15は90である。一時間半もお姫様抱っこをしているのだ。疲れて然るべきである。
しかし、半分を越えた。今抱き上げているのを合わせて残り四人。ということはあと一時間。
ちょっと滅気そうになったが、後少しと自分に言い聞かせて一歩を踏み出す。ナザリックへの短い散歩道も一歩からである。
「相談役様、同じ景色に飽いてはございませんか?」
「ん?」
腕の中の女がそんな事を言う。視線を下げれば、女は真っ赤な唇で弧を描く。
彼女は抱かれるのに邪魔にならないよう組んでいた腕を動かし、乳房を覆う白い帯を少しずらした。
ミラはいつもの白いドレスだが、他のヴァンパイア・ブライドたちはお仕着せのエロ衣装を着ているのだ。
「ご主人様のテストを邪魔するようなことは控えなさい!」
「この程度が邪魔になるとは思えませんが? 相談役様は如何思われますでしょうか?」
「いい景色だけと下を見ながらだと歩けないからね」
「それでは見なくても感じられるようにいたします」
「パム!! あなたは何をやっているんですか!!」
パムと呼ばれた女は、男のシャツのボタンを外して胸をはだけさせてから、帯をずらした自分の乳房を押し付けた。
さすがはシャルティア側近のヴァンパイア・ブライド・エリートシックスである。パムの名はシャルティアから授かったものだ。なおシックスの一であるミラが出向しているので今はファイブであるが、シックスとの呼び名は変わらない。
ミラとパムがやり合う間も時間は経過し、八人目。
班のリーダーであるパムに倣って次の女も乳房を押し付けようとするがミラの圧に負け、代わりにスカートの中へ手を差し込んだ。
「あなたも何をしているんですか!!」
苦笑しながら腕の中であがる嬌声を聞き、痺れるを越えて感覚がなくなってきた腕を突っ張り九人目。
シャルティアに仕えるヴァンパイア・ブライドであるのにとても優しい性格らしい。腕の負担が減るよう、こちらの首にすがりついてきた。喉に舌を這わされ少しくすぐったい。
ミラは物言いたげな顔をするが、おっぱいを押し付けるのや自慰を始めるのに比べたらマシだと判断したらしい。
最後の十人目は心を無にした。
ヴァンパイア・ブライドたちは肉惑的な女性であるからにして、それなりに体重がある。抱き上げるのは苦ではないが、ずっと同じ体勢で抱き上げているのはとても辛い。
せめて背負う形にすれば相当楽なのだが、シャルティアの指定はお姫様抱っこである。
遠くにナザリック表層部の白い霊廟が見える頃になって、十人目が終わった。
男は開放された腕を伸ばして曲げて回して凝り固まった筋肉をほぐす。
手指が何とか動くようになり、腕を下ろすと左右から二人のヴァンパイア・ブライドが近付いてくる。
極自然に腰を抱いた。
そんな二人をやはり物言いたげな顔で見遣ったミラは、咳払いを一つして話し始めた。
「ご主人様から仰せつかっておりました手配について報告いたします」
「そーいうのは先にして欲しかったな」
「申し訳ございません!」
「いや、時間はあるから構わない。次からは頼む。それで?」
ミラの報告が後回しになったのは、同僚たちのアプローチがいささかはしたなかったので注意しなければならなかったからである。
「はい、順に報告いたします。脱毛剤はピッキー様が用意してくださるとのことでございました。今日にも制作なさってくださるそうなので、明日以降に受け取りに来て欲しいと仰っておりました」
ラキュースに使う脱毛剤である。
大変危険な薬なので直接の手渡しでなければ渡せないそうだ。
「各種細工道具に関しましては、サラマンダーの鍛冶師たちが対応します。具体的にどのような物が欲しいのか説明をなさって欲しいそうです」
ラキュースにゴールドブレスレットをプレゼントした。ただし、ラキュースの下の毛製。
素材が何であれアクセサリでプレゼントなのは確かである。ソリュシャンとルプスレギナも欲しがった。欲しがったのだが、下の毛製は断固拒否である。
というわけで、貴金属製の何かを作ることになってしまった。しかし材料は兎も角、材料を加工する道具がない。
素材が糸状であれば編むことが出来るが、貴金属が相手では素手での加工は不可能。何でもスパッと切れるカタナブレイドでも、細かな細工は施せない。
貴金属を加工するための各種道具を注文したのだ。エ・ランテルの鍛冶師でも対応してくれるだろうが、ナザリック製の方が性能が良いに決まっている。可能ならばナザリック製を選ぶべきである。
彫金の道具以外に炉も必要だ。
「論理学のテキストはティトゥス様が選んでくださいました。習得には時間がかかると思われるため、複製を用意してくださるそうです」
ジュネを教育するためのテキストである。
ついでにソフィーにも学ばせるつもりでいる。
「マーレ様はいつでも良いとのことでございました。ただ、アウラ様から時間が出来次第必ず顔を出すようにと言付かっております」
マーレ様がナザリックに引き入れた者に用がある。特命を受けているらしいのでマーレ様は難色を示されるかも知れないが、アルベド様からお許しを受けている。
「最後になりましたが、デミウルゴス様は大変お忙しいようでございます」
一日三十時間の矛盾はアインズ様のお言葉もあって流石に控えているデミウルゴスだが、やることは色々ある。出来る男は自分から仕事を見つけてしまうのだ。アインズ様から命じられた休憩の間も、趣味の人骨アートに費やしているのでやはり時間がない。
「ですが、本日の昼過ぎであればお時間をとってくださるそうです」
「なんだ、すぐじゃないか。それなら昼食は後回しにして、先にお伺いすべきだな」
「食事の時間は十分あると思われるのですが」
「デミウルゴス様にお会い出来ると思うと気が逸るんだ」
ナザリックで一番忙しい男である。優秀な部下たちのお陰でかなり楽になってきたアインズ様よりも遥かに忙しい。
ナザリック守護者統括と魔導国宰相閣下を兼任しているアルベドと同じくらいに忙しい。
アルベドと違って休憩時間に休憩せず、趣味に全振りしているのでとっても忙しくて時間がない。
ホワイトを目指しているナザリックのブラックな部分を色々な意味で体現する悪魔である。
「それでは私どもはこれで失礼いたします」
「いつでもいらしてください」
ナザリックに到着すれば、男とミラは表層部のログハウスから内部へ転移するが、ヴァンパイア・ブライドは霊廟から入って日々の業務に移る。
男は名残惜しそうなヴァンパイア・ブライドたちへ一人ひとりハグしてからログハウスに入った。
「どういう、ことだ!?」
「「「「「お待ちしておりました」」」」」
広いのだが人口密度によってとても狭く感じるログハウスの中には、先と同じ十人のヴァンパイア・ブライドが並んでいた。
本日のログハウス当番であるらしいミディアムヘアのメイドはちょっぴり迷惑そうな顔をしている。
「シャルティア様はヴァンパイア・ブライド全員と仰りませんでしたでしょうか?」
「仰っていたが…………、さっきので全員じゃなかったのか?」
「ヴァンパイア・ブライド全員でございます」
「全員、だと? 俺の記憶が確かで増えたり減ったりしてなければ47いたはずだ」
「増えも減りもしておりません。ご主人様が前回訪れたと同じ者たちがそのまま揃っております」
「47? 全員は47だと?」
10人は消化したので残りは37人。
37掛ける15。二桁の掛け算なんて複雑すぎて計算出来ない!
「よしわかった。皆は何が欲しい?」
「「「「「!?」」」」」
初手買収。頭は良いのに交渉はド下手であった。
「私どもはシャルティア様から相談役殿のテストをするよう仰せつかっております。シャルティア様のお言葉に背くようなことは」
「違うそうじゃない。俺はこれからデミウルゴス様にお会いする。シャルティア様の命令を無視しろと言ってるんじゃない。デミウルゴス様に失礼があってはいけないと言っているんだ!」
「それは…………」
ヴァンパイア・ブライドたちは揺れている。
買収を持ちかける前にこちらを訴えていれば、余計な支払いはしなくて済むはずであった。
「それでは私も何か頂けるんでしょうか? アルベド様の相談役に無茶なことを言うつもりはありませんけど、何か良いことがあれば口が固くなる気がするんですよね」
メイドがそんな事を言う。
肩に届く髪は淡い褐色でやや金色が混じっている。まさに亜麻色の髪の乙女である。落ち着いた髪色とは対照的に、赤い目は光が強い。
「私に出来る事なら何なりと」
「私が決めていいんですか? うーん、迷っちゃうな〜」
「私どもの話はまとまりました。デミウルゴス様の階層へは相談役殿お一人で伺っていただきます。ですが、それ以外の場所ではテストを続行していただきます」
メイドを買収している間に、班のリーダーが速やかにまとめてくれた。
「私どもが頂けるものでございますが、相談役殿のお時間を少々分けていただければ十分でございます」
残り9人は一斉に頷く。
ミラの顔は少々渋い。ご主人様はシャルティア様からのテストを破棄するのではなく、デミウルゴス様への礼節を守るために一時中断を主張している。道理であるが、シャルティア様はテストは絶え間なく続けよと仰せであった。
「ミラはテストに47名全員が必要な理由を知っているか?」
「いえ、シャルティア様は全員と仰っただけでございました」
「だったら厳密に47である必要はない。シャルティア様の真意は、多数であること、だろう。10人くらい減ってもテストに問題はない」
「そう、でしょうか?」
「そうなんだ」
ここでミラが拒否すると、10人のヴァンパイア・ブライドとメイドは欲しい物がもらえなくなる。
11人の目とご主人様からの提案に負け、ミラは折れた。
これで10人減って残り27。
しかし27掛ける15も二桁の掛け算である。
とても複雑で難解だ!
200話に来てしまった
上には上がいるもんですが長い