お屋敷の若旦那様と話し始めて五分と経たない内に、アズスは初手を誤ったのを痛感し始めた。
「だからそんなもんをラキューが払う必要はないって言ってんだよ!」
拳をテーブルに振り下ろす。
格調高いテーブルでありながら重厚な作りで、アズスが殴ったくらいでは壊れない。紅茶が少々波打つ程度。
代わりに大きな音が響き、ティーセットを並べたシェーダは顔を強ばらせた。アズスには見えないよう、顔にはありありと嫌悪を浮かべる。
「それを判断するのはアズス様ではありません。訴える権利があるのはラキュースだけです。どのみち契約は既に締結されています。それにご覧になったでしょう? 現に黄金の輝き亭は崩壊しています。再建は必須です」
「そうよ! これは私の問題なんだから叔父様は口を出さないで!」
「アズス様と話しているのは私だ。ラキュースの事だから同席させてるが発言を求めない限り黙っているように」
「あ……、はい。ごめんなさ……、申し訳ございません」
「チッ……」
お転婆だった姪っ子が躾けられつつある。アズスは露骨に舌を打った。
顔を顰めたのはラキュースだけだった。
▼
王国が誇る最高位の冒険者チーム「蒼の薔薇」が事実上解散したのは重大な事件だった。王国内に動揺が走るのは勿論のこと、事は評議国に住み暮らしていたアズスの耳にも届いた。
アズスが聞き知ったところによれば、蒼の薔薇の中核であったイビルアイと、ティアとティナは魔導国に移籍。リーダーであったラキュースとガガーランは冒険者を休止。
ラキュースはアズスの姪である。アズスは、ラキュースが幼かった頃から知っている。冒険譚に目を輝かせ、冒険者である自分に憧れ、その末に生家を出奔してガガーランと共に冒険者チーム「蒼の薔薇」を立ち上げた。
仲間を得て力をつけ、彼の「国堕とし」すら下した。蒼の薔薇は冒険者の最高位であるアダマンタイトの称号を得るに至った。
お転婆で可愛い姪っ子が自分と並び立つのは、生意気だと思うし、誇りにも感じ、喜ばしくもあった。
そのラキュースが冒険者を休止するという。あれほど憧れ、生家から逃げ出してまでして冒険者になったというのに。これは絶対に裏がある。
蒼の薔薇の他のメンバーが頼りに出来ず、王国が表立って魔導国に干渉するわけにもいかず、自分が動くしかないと判断して魔導国を訪れてみれば、ラキュースはメイドになっていた。
「私はラキュースを拘束しているわけではありません。アズス様は私が不在の間に何度か訪問されていたそうですからおわかりのはずです。私はラキュースに給金を払って雇っているのですよ」
「それで金貨二万枚稼げだと? だったら冒険者に戻した方がずっと早いだろうが」
「仰る通りです。ですが、担保がありません。言い換えますと、魔導国の一員である私は、王国の冒険者であるラキュースを無制限に信頼することは出来ないということです。それに、イビルアイ、ティア、ティナの三名は魔導国に移籍しています。ガガーラン様は調子を崩されているようで療養しているそうです。ラキュース一人を王国に戻し、金貨二万枚を稼ぐのにどれほど時間がかかるのか。加えてラキュースの――」
「話が長い! もっと短くまとめろ」
「要点を抜き出せと仰っしゃりますか? それをするには互いの認識が共通であることを確認してからでないといけません。私がアズス様に知っていて当然と期待する部分をアズス様がご存知でない場合、誤解が積み重なって後々の問題となる可能性が無視できません。逆もまた然りでございますから、アズス様が省略した箇所を私が想像で埋めてしまいますと」
「だから! チッ!」
魔導国を訪れたアズスは、蒼の薔薇の他のメンバーには会えなかったがラキュースを見つけるのは早かった。あろうことか、魔導国の公館でメイドになっていたのだ。
ラキュースが失敗を誤魔化す子供のような顔で話した内容は、聞くに連れ頭痛が痛んだ。
普通に考えれば、黄金の輝き亭が爆発した責めをラキュース個人が負うのは間違っている。どうして金貨二万枚もの大金をラキュースが一人で返すことになっているのか。百万歩譲って爆発の原因が蒼の薔薇が持っていたマジックアイテムのせいだとしても、他のメンバーも等しく責任を負うべきだ。
ラキュースは絶対にハメられたのだと確信したが、当のラキュースは何を言っても動かない。どういうわけか借金とは無関係にこの屋敷に留まりたがっているように見えた。
ならば次善の策。ラキュースの雇い主となった男を説き伏せるのだ。
生憎不在のようで二度目以降の訪問は丁重に追い返されたが、件の男の情報を集める時間を得たので都合が良かったとも言える。
一番に聞くのは美貌。暗がりに仄光る程だそうで、男女問わず彼の男の美貌には抗えないとか。異形種が支配する魔導国において、人間の身でありながら魔導国宰相相談役に取り上げられたのに威圧的なところも身分を傘に着る事もない穏やかな人物。おそらくは見目の良さから拾われたのだろうと察した。
こちらはアダマンタイト冒険者「朱の雫」のリーダー。軽く脅してやれば見た目だけのお坊っちゃんはどうとでもなると判断した。
「ここでならば衣食住を完全に保証され、安全に給金を得ることが出来ます。ラキュースの選択を私は――」
「だからそんな無茶が通るわけ無いだろって言ってるだろうが!」
「それを判断するのはアズス様ではありませんよ。以前、ラキュースたちにも話したことですが、王国にはアダマンタイトすら石ころに変えてしまう大魔法が掛かっているようですね。ラキュースは借金を背負い、私が肩代わりしている。それだけのことがおわかりになりませんか?」
「てめえ!」
眼光鋭く睨みつけても、男は眉根一筋動かさず、穏やかな笑みを崩さない。
どれほど威圧を掛けても全く意に介さない。舐められているのか、アダマンタイト冒険者を脅威ではないと思っているのか。
これだったらいつものように猫を被り、搦手で行った方がマシだった。
「再三申し上げていますように、ラキュースが本邸に留まっているのは給金を得るためです。私が立て替えた額は公金貨二万枚。ラキュースがそれだけを私に返済できるのなら、あえて雇う必要はありません」
「……おい、ラキュー」
「私は叔父様から金貨一枚たりとも受け取りません。私がちゃんと一人で返済します。だいたい叔父様は評議国にいたのにどうしてここまで来ちゃうの!? 私はもう子供じゃないんだから自分のことくらい自分でなんとかします! もう帰ってください!」
「だそうで」
金貨二万枚はアズスにとっても大金だ。それでも蒼の薔薇より長くアダマンタイト冒険者であり続けたこともあり、なんとかならない額ではない。金を借りるあてもある。
しかし、ラキュースは受け取りそうもない。
「私が契約しているのはラキュースとです。ですが、アズス様はラキュースの叔父上とのこと。もしもアズス様がラキュースの代わりにお支払いいただけるのでしたら、私はそれでも構いません」
「そんな!?」
ラキュースが驚きに悲しみが入り混じって声で叫ぶが、男は気付かない振り。
実のところ、少々面倒になってきて話をまとめに掛かったのだ。
ナザリックから馬車の旅で帰ってきたばかりなのに予定外の話し合い。お腹も減ってきた。手足を伸ばして休みたい。ラキュースの叔父で遠くからやって来たお客様だそうだから相手をしているが、自分勝手な我儘を言ってくる厳ついヒゲのおじさんの相手は極力したくない。ヒゲの手入れをセバス様に習うべきである。
「但しアズス様から受け取る場合、二万枚という訳には参りません。黄金の輝き亭再建に必要なのは二万五千。ラキュースが支払うのなら私が幾ばくか出しても良いのですが、アズス様とは初めてお会いしたわけですから私が負担する義理はありません」
二万が早速五千増えた。
「アズス様と黄金の輝き亭とを仲介するため、手数料として一割いただきます。債務の発生から日数が経っておりますから利子がつきます。日割りして計算すれば二割ほどでしょうか。ですが、一割は私が負担いたしましょう」
二万五千が二割増えて三万に。
「他に大きな問題が一つ。爆発によって散逸したラキュースの装備品の捜索です。ヴァージン・スノーは見つけたのですが、他のものはまだ見つかっておりません。捜査費用にざっと一万」
「ふざけるな! そんなにかかるわけ無いだろうが!!」
「お忘れのようですね。ラキュースが持っていたものの中でも、魔剣キリネイラムは彼の十三英雄が持っていた装備です。闇で売れば如何程にになると思います?」
「あんなもんがそうそう簡単に売れるか! どこかのバカが買ったとしてもラキュースが返還を求めれば済む話だ!」
「そんなものはどうとでもなります。例えば、買って百年は仕舞っておけばいい。個人では難しくとも、組織や国家ならその程度は簡単に出来ることです。そのため、キリネイラムの発見者には相応の報酬を出さないと持ち逃げされる恐れがあるのですよ。尤も? アズス様がキリネイラムはどうでもよいと仰るのならばこちらの費用は上乗せしません。当然のことながら、発見に至ってもラキュースに返還するわけにはいかなくなりますが」
三万に一万上乗せして四万。ラキュースの借金の倍である。
「アズス様が黄金の輝き亭再建に協力してくださるなら、私の負担がなくなります。そうなったらラキュースを専属冒険者として雇ってもいいですね」
「是非そうしてください!」
「お前は黙ってろ!」
「叔父様こそ口を挟まないで!」
「黙るのはお前だ、ラキュース。発言を求めない限り黙っていろと言っただろう」
「申し訳ございません!」
「あークソっ!!」
アズスは乱暴に頭を掻いた。
まるで堅物役人か海千山千の狸を相手にしているような気分だ。自分に全く臆さずこうも口が回るのなら、宰相の相談役になれたのは顔だけではないのだろう。
「顔だけの男が良くもまあそんな口が聞けたもんだな?」
「アズス様にもお褒めいただくとは光栄です」
皮肉も揶揄も通じない。
「代わりに話が通じないみたいだな」
「自分の意見が通らないことを話が通じないと仰るのですか? それは初めて聞く使い方です。勉強になりました。私が使うことはありませんが」
「勉強熱心なようでなによりだよ!」
「至らないことが多い身でございますから」
どうすればこの男を揺さぶれるのかさっぱり見当がつかない。
ふと思いついたことがあり口を開きかけたが、何も言わなかった。個人攻撃ならまだしも、魔導国への侮辱となれば個人間の問題ではなくなる。
王国とは仮想敵国である魔導国の公館に単身で正面切って乗り込んできたのは、エ・ランテルでは魔導国の評判が悪くなかったからだ。街で集めた情報も、この男が危険な存在と示唆するものは一つもなかった。
しかし、個人から国家の話に上げると面倒なことになりかねない。貴族の称号を捨てたアズスだが、国家内の政治力学がとてつもなく面倒なことはよく知っている。
アズスは地獄への最短直通路に踏み入ることなく、立ち上がった。
「今日のとこは帰る。ここじゃ客に酒も出してくれないようだからな」
「ああ、それなら紹介状を書きましょうか? 黄金の輝き亭は再建中ですが、美味しい食事を出すところは他にもありますから」
「………………いらねえ」
一緒に食事をする選択肢は、どちらの男にもないようだった。
「ふん」
アズスが鼻を鳴らして応接間を出ようとするも、男は座ったまま。見送るつもりはないらしい。アズスを見送るより夕ご飯の方が大切なのだ。
その時である。
アズスが伸ばした腕を、ずっと無言でいたミラが手刀で大胆にカット!
間髪入れずに拳を繰り出した。
「グハッ!!」
貫通属性があるルプーブローと違って、ミラのボディブローは吹き飛ばし属性。アズスは諸々を巻き込んで床と水平に飛び、部屋の出入り口から反対側の壁に叩きつけられた。
ずるずると壁から滑り落ち、床に倒れる時は水たまりを踏んだような音が響いた。倒れたきり、アズスは起きなかった。
若旦那様も、ラキュースも、お茶を出すだけで給仕も何もしなかったシェーダも、ぽっかーんと目と口を丸くした。
「そちらのお客様がシェーダさんのお尻を触ろうとしましたので阻ませていただきました」
嫌悪と怒りがシェーダの顔を染め、両手でお尻を抑えた。お尻を許せるのは若旦那様だけなのだ。
「叔父様、サイテー」
叔父が瀕死になったというのに、ラキュースの視線は凍えている。
腕が大胆にカットされたりなくなったりするのは、若旦那様で何度も見ている。嫌なものに慣れてしまった。
それに大怪我をしようと、お屋敷にはラキュース以上の超一流の神官が常駐している。
「あー…………。とりあえず止血するから、シェーダはルプーを呼んできてくれ。ラキュースはここの後片付けだな」
「…………はい」
早速神官様を呼んでもらえたのはアズスの親族として嬉しいが、吹き飛んだテーブルや椅子や飛び散った破片で傷ついた壁や血の汚れを落とすのはかなり大変そうだ。
「なんすか? 話は終わったっすか? お、ついにやっちゃったんすね!」
「俺じゃないし俺がやらせたわけでもない。とりあえず回復してやってくれ」
「これって一応王国の冒険者なんすよね? ラキュースの叔父とか聞いたっすけど。回復させちゃっていーんすか? 面倒なことにはならないっすよね? いっそ埋めちゃった方が早くないっすか?」
「そこのとこはどうにかするから早く」
「らじゃっす」
どんな理由があろうと、話し合いの席で暴力を出すのは良くない。法に措いて、暴力を振るった方が金を取られると決まっている。
ミラもそこのところはわかっているつもりなのだが、ご主人様への度重なる侮辱で切れそうなのを必死で堪えていたのだ。そこへシェーダのお尻を守る大義名分が加わり、実行。ご主人様からお叱りを受けるかも知れないが、悔いはない。少なくとも、シェーダは味方をしてくれるはずである。
《大治癒!》
ルプスレギナの回復魔法により、アズスのなくなった腕が元通りに。
土気色になりつつあった顔色には血の気が戻り、虫のような吐息にうめき声が混じり始め、若旦那様がカーンと頭をひっぱたいた。
以前、キーノを昏倒させたのと同じ打法である。力を入れて打つと死んでしまうので、十分以上に手加減をして。
回復したアズスはまたも気を失った。
「夢だったと思ってもらおう」
一同はまたもポカーンと口を開いた。
▼
ラキュースとシェーダは応接間の後片付け。
若旦那様の後をアズスを引きずるミラが続く。
「二階に運ぶんすか? こんなのそこらへんに放り込んどけばいーじゃないっすか」
「招いたわけじゃないけど一応お客様だからな」
ついてくるよう言われたルプスレギナは、アズスにお屋敷の客室は勿体ないと不満をこぼす。
お屋敷の二階は、ナザリックの関係者だけが入っていい場所なのだ。二階での滞在を許されたキーノは、アルベド様を危機から救った功績ゆえである。呼んでもないのにやってきて文句ばかり垂れるおじさんには贅沢が過ぎるというもの。
「何よそれ?」
現在のお屋敷は、黄金の輝き亭が再建中なので冒険者チーム「漆黒」が滞在中である。
モモン役のパンドラズ・アクターは夜が来るたびにナザリックに戻ってマジックアイテムを愛でているので、美姫ナーベことナーベラルだけが残っている。
「ナーベ様がいらっしゃったのなら話が早い」
「何のこと?」
一同は書斎へ。お屋敷でアルベド様のお食事部屋を除けば随一の防諜処置が施されている部屋である。
男は気絶しているアズスを椅子に座らせ、目と耳に血染めの包帯を巻きつけた。
「守護者統括相談役としてナーベラルに要請します。今すぐアルベド様に連絡をとってください。緊急です。王国の冒険者アズス・アインドラについての報告があります。ルプーは確か完全不可視可の魔法が使えたな。姿を消して屋敷の周りを警戒。多分、アズス様のお仲間がいるだろうから」
「わざわざそんなんしなくても屋敷の周りはずっと警戒中っすよ?」
「じゃあいいや。兎も角アルベド様のご判断を仰ぐ。指示をいただくまで待機」
「わかんないっすね。こいつに何かあるんすか?」
「なかったからおかしいんだ」
「はあ?」
何もないからおかしいと言う。
面倒でアズスとの話に同席しなかったルプスレギナには何のことだかさっぱりわからない。アズスが倒れていたのだって、ミラがぶっ飛ばしただけでおかしいことは何もないように思える。
相変わらずこの男が何を考えているのかわからないが、守護者統括相談役の名を出して今すぐにと言うのは初めてのことだ。自分にはわからないが、何かに気付いたのだろう。
何もなかった場合、怒られるのはこの男だけであるし。
「えっ!? そのようなことをしていただくわけには……。まだ不確定の話でございますので……」
ナーベラルがかしこまっている。アルベド様へメッセージを飛ばしているのだから当然だが、それにしては様子がおかしい。
他の面々は顔を見合わせ首を傾げ、何があったのだろうと思ったその時である。
書斎の中央に闇の扉が現れた。
ゲートの魔法を使うのはシャルティア様。そして、
「何があったのだ?」
「「「アインズ様!」」」
一同はその場に跪いた。
ナーベラルから緊急のメッセージを受け取ったアルベドは、何が起こったのか詳細を把握するために自分がエ・ランテルに赴こうとした。しかし、移動アイテムの狩場直行君は昨夜使って帰ってきたのは夜更けである。日付が変わらないと再使用が出来ない。
それならシャルティアを使ってゲートの魔法を使わせるか、それよりも先にメッセージの魔法が使える誰かを捕まえて簡易な報告を受け取るべきだ。
そう思って足早にロイヤルスイートの廊下を歩いていたところ、幸運なことにアインズ様とばったりお会いすることが出来た。
お会い出来たこと自体は幸運だが、今はいささか急いでいる。しかし、急いでいるからと言ってアインズ様へおざなりな態度を取ろうものなら万死に値する。緊急のメッセージを受け取ったので事の仔細を確かめるべく連絡を取ろうとしているとご報告したところ、アインズ様が直々にエ・ランテルへ赴かれると仰せになった。
不確定の情報であるのでアインズ様にご足労いただくわけにはと固辞するアルベドであったが、アインズ様は「構わん」の一言で行ってしまわれた。
ルプスレギナとナーベラルが男の口から出てきた「緊急」に驚いたように、アルベドも意外に感じた。
そしてアインズはと言うと、ビビっていた。
アルベドが関わらない限り、どのようなことがあっても、それこそ自分が死ぬことになっても、常に穏やかな態度を崩さず余裕を持って行動していた男が「緊急」と言うのだ。
間違いなく本当にやばいレベルの緊急事態に決まっている。まさかエ・ランテルで革命の兆しを見つけたわけではないと思いたいが、アインズが理解を投げ捨てた男の頭脳だ。何が起こったか全く見当がつかない。兎にも角にも一刻も早く対処する必要がある。そのためにはまず情報収集。
アルベドがエルダーリッチたちを教育してくれたおかげで、エ・ランテルの内政には余裕が出てきた。デミウルゴスの出張も終わり、ナザリックの防衛体勢も揺るぎない。どうせ夜はアインズ様当番のメイドに見守られているだけなので時間はある。一日の反省タイムが削られるが、あの男が口にした「緊急」の方が遥かに重要だ。
そうしてエ・ランテルへ転移の魔法で来てみれば、王国の冒険者であるアズスを確保したという。
男が緊急と付け加えたのは、時間制限が夜明けまでであるかららしい。
「うむ? よくわからんな。どういうことだ?」
内心ガクブルだったのだが、蓋を開けてみれば王国の冒険者を捕らえただけ。
「アインズ様にご足労いただくとは」
「簡潔に話せ」
「はっ!」
黄金の輝き亭を爆破してラキュースに借金を背負わせ、屋敷のメイドにしたのはアインズも知るところ。
アズスはそのラキュースを取り返しに来たが、当のラキュースから拒否された。
「帰り際に、ミラが手刀でアズスの手を落としました」
「ふむ」
「その後、腹部を強打し、昏倒させました」
「ふむ?」
元凶のミラは額を床に擦りつけている。
「アズスは反応も出来ないようでした」
「……それがどうしたのだ?」
「そこがおかしいのです」
ミラはヴァンパイア・ブライド・エリートシックスにて最強の個体である。
シャルティアからこの男の元に派遣されてから、戦闘経験は兎も角として、至高の鮮血を何度となく下賜され、あるいは無理に飲まされ、種としての限界を少しずつ越えていった。今や単なるヴァンパイア・ブライドを超越している。シャルティアから見れば大して変わってないようでも、他のヴァンパイア・ブライドたちと比べれば歴然である。
とは言ってもやはり元がヴァンパイア・ブライド。元々がそこまで強い種族ではない。シャルティアが彼女らに任せるのは身の回りの世話が主であって、ナザリック上層部での防衛の主軸には置いていない。
ミラの実力は帝国四騎士を越えている。
帝都のお屋敷でミラがレイナースと打ち合う事は一度もなかったが、ティアとティナのサビ落としには付き合っていた。
ティアとティナが少々訛っていた状態で、二人掛かりでミラと良い勝負になった。万全でも一対一ならミラが八割勝つだろう。
実際に剣を合わせたティアの所感では、ラキュースとは相性の関係で不利。イビルアイは色々特別なので除外。他のアダマンタイト冒険者とは互角以上。
そのミラに、アズスは無抵抗で吹き飛ばされた。
「アズスは仮にもアダマンタイト冒険者です。ですが、その割に弱すぎるのです。初撃は不意打ちでしたので受けるのも仕方ないでしょうが、その後の拳に反応も出来ていないのは不可解です。私でも避けられるとは申しませんが、後ろに飛ぶか打点をずらすくらいは出来ました。アズスはそのいずれも出来ていません。それなのにアダマンタイト冒険者であり続けています」
「弱いのにアダマンタイト冒険者であるのがおかしい。そういうことか?」
「左様でございます。アインズ様はよくよくご存知であることですが、王国と言えど冒険者は実力社会。人脈や金銭を積めば上位の冒険者になれるわけではありません。相応の実力が絶対に必要です」
「弱さをひっくり返す何かを持っている。そういうことだな?」
「その通りでございます」
男は深々と頭を下げた。
冒険者たちの実態と、アダマンタイト冒険者たちの実力を知っているこの男でなければ気付かないことだった。それとて以前なら、弱いアダマンタイト冒険者もいるものかと何の疑問も感じなかったことだろう。
全ては
GMDHの主人公デスク・ドラゴニオは暗黒カタナテックの頂点であるラウンドムーンキリングテックを極め鏖殺師の称号を持つ無敵のカタナテックマスターである。
しかし、ドラゴニオが強いのはカタナテックが優れているからだけではない。寸時の油断もない常在戦場の心構えと、針一本見逃さない優れた観察力と思考力があるからだ。
ある時は生花の切り口から敵の太刀筋を探り、ある時は足跡から敵の構えを見極める。常人なら日常に埋もれてしまうであろう些細なことも見逃さず、全てを糧として勝利につなげる。
ドラゴニオに倣い、おかしいと感じたことを放置せず、どうしてそうなのかと考え続けたが故にアズスの異常に気付けたのだ。
「……………………まぁ、折角来たことだし」
ドラゴニオがどうたらのくだりを、アインズたちは聞かなかったことにした。
アインズたちは聞かなかったことにしたのに、GMDHについて熱弁した男は、この名作はナザリック全体の課題図書にした方が良いのではと考え、かくの如き上申書を提出して件名を一瞥されただけで却下されることになるのは余談である。
《ドミネイト・パースン》
アインズが放った支配の魔法が気絶しているアズスへ直撃した。跪いていた男は、アズスの耳から血染めの包帯を外す。
ややあって、アズスの口から唸り声が漏れてきた。
魔法の効果で気絶から覚醒したのか、単にアズスの回復力によるものか。
緊急と聞いてビクビクしながら飛んできたアインズ様は肩透かしである。
ちなみに緊急で夜明けが制限時間となっているのは、エ・ランテル内あるいは近郊に、朱の雫の他のメンバーが待機してアズスの帰りを待っていると推測されるからであるらしい。2・3聞いたら帰すつもりなので、時間は問題にならないだろう。
アインズは仰々しく咳払いをしてから問いかけた。
「アズスよ。弱いお前がアダマンタイト冒険者になれたのは何故だ? 弱さを補う何かを持っているのか?」
「パワードスーツだ」
「……………………………………………………は?」
アズスから発せられた端的な答えは、アインズの思考を止めた。
魔法が発達しているせいで機械文明がさっぱりなこの世界で、パワードスーツと聞かされるのは違和感が酷い。
違和感だけで済むならまだしも、もしもアズスが言ったパワードスーツとアインズが知っているパワードスーツが同じ物を指していた場合、軽視して良いものではなくなる。
「パワードスーツとはどのようなものだ?」
「でかい全身鎧だ。攻撃力・防御力・機動力の全てを大幅に引き上げる。飛行能力もある。蒼薔薇のチビより速く飛べる」
「……攻撃力について答えろ」
「魔法武装だ。俺が使えない上位の魔法を発動できる。一番使えるのは魔導銃だ。俺の親指くらいの弾丸を超高速で連射できる。大抵のモンスターならこれだけで方が付く」
「そんなものをどこで……。ナーベラル!」
「はっ!」
「シャルティアにメッセージを。今すぐ来いと伝えろ。ペストーニャも連れてこい。その後でアルベドとデミウルゴスだ。ルプスレギナはソリュシャンを呼んでこい。ここであったことを全て記録させる。お前は何を聞くべきか考えろ。俺は魔法の維持にかかりきりになる。パンドラはどこにいる!?」
「かしこまりました」
「すぐに呼んでまいります」
「パンドラズ・アクター様はナザリックにお戻りになったと聞いております」
「あのバカ! 当分謹慎だ!」
移動の足にシャルティア。魔法を維持するための魔力タンクとしてペストーニャ。アルベドとデミウルゴスはナザリックの頭脳。
お屋敷の書斎がかつてない人口密度を誇る中、アズスの口から次から次へと情報が吐き出された。
パワードスーツ。魔導武装。魔導銃。魔神。十三英雄。リク・アガネイア。白金の鎧。評議国。ツアー。白金の竜王。強力な剣らしきもの。
「アルベド、デミウルゴス。得た情報を元に対策を考えよ」
「「はっ!」」
「今はまだ評議国を刺激したくない。こいつの記憶を操作し何もなかったことにする。ペストーニャは魔力の譲渡を」
「かしこまりました、わん!」
そして誰も彼もが一睡もしないまま夜が明けた。
何も知らないアズスは強い酒で酔い潰れたと言うことにして、朝になってからラキュースに追い立てられ屋敷を退去した。
ナザリックから来た者たちはナザリックに戻り、急遽の対策会議。まずはアルベドとデミウルゴスが議論をしてたたき台を作る。
お屋敷にはお屋敷に元々滞在していた者たちと、アインズが残った。
「お手柄、だな」
ユグドラシル製のパワードスーツは、後発ユーザー救済のためにファンタジックな世界観を無視して強引に追加された要素である。当時はロボットモノが流行っていたのだ。
カンストプレイヤーには歯が立たないが、装備によっては80レベルに匹敵する。プレアデスではまず勝ち目がない。そんな危険を事前に知ることが出来た。
竜王がどうのとは非常に嫌な情報であったが、パンドラを除く智者三人の意見は、何らかの理由があって動くことが出来ないと断定した。おそらくは何かを守っている。それは世界を荒らした魔神たちを倒すことより優先される事であるらしい。魔神を越える脅威がない限り動くことはないと思われた。対策は必須だが、当面は静観しても問題ない。
「何か望むものはあるか? 何でも良い。望むものを与えよう」
ナザリックはホワイトな組織を目指しているのだ。であるならば、功績に相応しい報奨を与えるのは当然である。
「それでは……」
ラキュースが屋敷に来たのはソリュシャンの気紛れが発端だ。
アズスが弱いのに気付けたのは、シェーダのお尻とミラの逆上のおかげ。
しかし全てはこの男がいなければわからなかったことである。
「老いぬ体と長い命を望みます」
男の言葉にアインズは、気付いてなかったのか、と言いかけたのをギリギリで堪えた。
ここでツアーがどうこうって話になると本作の方向が散らかるので、以降は多分フレーバー程度にしか触れないと思います