誰も時系列なんて気にしてないでしょうが
本話17kちょい
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新情報を入手してナザリックの一部はとても忙しくなりました。けれども一部以外は、具体的に言うとアルベド様とデミウルゴス様以外は平常通りです。アインズ様は新情報にちょっぴり気を揉んでいますが、現状では頼りになる二人に頼りきりです。つまりは気を揉むだけで特に何もしていません。出来ることは何もないとも言います。
なお、本件には箝口令が敷かれています。迂闊に触れ回ると、「そんな大トカゲは私の槍のサビにしてやりんす!」と宣いながら突撃してしまう迂闊者が出て来るかも知れないのです。
魔導国宰相閣下の相談役にして我らがお屋敷の若旦那様は、以前より少しだけ忙しくなりました。忙しいと言っても元が元なのでたかが知れています。
相談役のお仕事は高きより至高の光を伴ってこの地に降臨なされたアルベド様から余計な事はしなくていいと言われてしまっているので、新情報については関与していません。
給仕係としてのお仕事も美という概念が形を成した美神であられるアルベド様がとてもお忙しくなってしまい、前回のお食事日も時短でした。
若旦那様が忙しくなったのはクラシックギターを覚えたからです。
ナザリックオーケストラのソリストの視聴に耐える演奏です。ナザリックにて様々な音楽に触れているソリュシャンにルプスレギナ、シェーダにミラに、メイド教官たちもこれには大いに驚き、褒め称えました。
ラキュースを含む現地で雇ったメイドたちは驚嘆の一言です。
演奏技術もさることながら、楽曲が素晴らしいのです。
勿論、王国や帝国には宮廷音楽なるものがあります。
庶民たちにだって祭りなどで音楽を楽しむ機会があります。流しの楽師が大通りや酒場などの人の集まる場所で弾き語ることもあるでしょう。偉大なるモモン様の英雄譚が遠くまで知れ渡るのは彼らの働きが無視できません。
しかし、若旦那様が弾く楽曲は違います。ナザリックから提供された楽曲なのです。
はっきり言ってしまいますと、近隣諸国で楽しまれている音楽とナザリックが抱えている音楽とでは、歴史の積み重ねが段違いなのです。ナザリックの音楽の方が遥かに洗練され、演奏技術も磨かれ抜かれています。
カタツムリとタイラントドラゴン、とは言いません。パピードラゴンとグレートドラゴンでしょうか。パピーが厳しい修行を長い年月に渡って積み重ねていけばいずれグレートに至るかも知れません。それはあくまでも遥か未来の話であって、現時点では大きな差があるのです。
仮にナザリックオーケストラのヴァイオリニストであるセシルが帝国貴族たちの前で24のカプリースを弾けば、凄まじい演奏技術から悪魔認定されても不思議ではありません。実際悪魔ですが。
そんなわけで、若旦那様のギターは大人気です。
もっぱら書斎で弾いているのですが皆に聴かせようと窓を開け放って弾くので、繊細にして情熱的な旋律に耳を傾けるのに男女の差はありません。
ソリュシャンにルプスレギナも暇があれば聴きたがります。
幸いと言っていいのかどうかわかりませんが、現時点で若旦那様が弾く楽曲はシズちゃんに覚えさせられた南のソナチネを筆頭に丸暗記したものばかり。譜面を読み込んで記憶の宮殿に保管したものだけとなっています。
若旦那様は記憶の宮殿内でいつでもどこでもギターの練習が出来るのですが、音感がさっぱりなため実際に弾いてみないとどんな曲かわからないのです。当面は覚えた曲がどのような曲なのか確認して弾き熟す毎日でしょう。セシルから贈られた譜面にはまだ目を通していないのです。
セシルの罠はまだ発動していません。
若旦那様は、モモン様とナーベ様にギターを聴いて頂くこともありました。ナーベ様はいつでもナーベラルなのと違って、モモン様はパンドラズ・アクター様にアインズ様の時もありました。
パンドラズ・アクター様は純粋に若旦那様の技量を褒め、アインズ様は(変態だと何でも出来るんだな)と微妙な感想を持ちました。完全に若旦那様への理解を投げ捨てたのです。
ナーベ様の視線が日毎にキツくなっていくのはさておき、漆黒のお二人がいるということはハムスケさんもお屋敷にいるのです。
若旦那様はハムスケさんと交渉するのですが、成果は芳しくありません。
「もう嫌でござる!」
「暖かくなってきたんですからいいじゃないですか。むしろ涼しいですよ。水浴びと似たようなものです」
「そういう問題じゃないでござる。某は殿の騎獣でござる。毛を刈られるためにいるわけじゃないでござるよ!」
「……いえ、うまく行ったら必ずしも毛を刈る必要はありません」
「上手く行かなかったらどうするでござる?」
「その時は仕方ありません。一度丸刈りにして毛生え薬を塗って」
「ほおらみるでござる! 某は羊じゃないでござる! もう騙されないでござるよ!」
ハムスケさんの態度は頑なでした。
若旦那様は、ハムスケさんを今度こそもふもふにしてやろうと思っていたのですが、肝心のハムスケさんの協力が得られません。
ハムスケさんの殿であるモモン様も、中身がパンドラズ・アクター様の時は我関せず。中身がアインズ様の時は、「本人が……本獣? がこう言っていますから」とハムスケさんを味方します。他の方々に口添えを頼もうにも、アインズ様に言われてしまっては諦めざるを得ませんでした。
さすがのアインズ様は若旦那様の嘘を見抜いていたのでしょう。若旦那様がハムスケさんをもふもふにしたいと言うのは嘘だったのです。
ナザリックでは金貨が富であるとデミウルゴス様から教えていただいた若旦那様です。そして、ナザリックには素材を金貨に変えるマジックアイテムがあるのだとか。
ハムスケさんの毛皮から紡いだ毛糸は中々の高品質で、体も大きいため一回刈取れば相当量の毛糸が収穫できるのです。若旦那様は、ハムスケさんを素材にして金貨をたくさん作ってやろうと目論んでいました。
しかし、上述の理由によりハムスケ案は断念。
それならばということで、若旦那様は腹案を実行することに決めました。
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「随分妙な顔ぶれでありんすね」
その日、お屋敷の中庭に集まった面々はシャルティア様が小首を傾げるくらいには妙なものでした。
まず、お屋敷の若旦那様。本日の企画の立案者です。若旦那様からは片時も離れたくない護衛兼荷物持ちのミラ。回復係のルプスレギナは本日必須です。それと、帝都のお屋敷から単身飛んできたソフィー。
「シャルティア様お久しぶりです。マスターったら酷いんですよ? 皆で遊びに行くのにお前は勉強してろって言うんです! 息抜きは絶対必要です! アインズ様だって週に一日はしっかり休めって仰ってるんですから!」
「ソフィーは相変わらず元気でありんすねえ。しっかり息抜きしなんし。今日はジュネはいないでありんすか?」
「ジュネはピクニックに行くより勉強してる方が好きみたいです。そんなの絶対おかしいですよね? シャルティア様だっておかしいと思いますよね?」
「ピクニックより勉強!? それはおかしいでありんす! ……あいつは本当にヴァンパイア・ブライドなのか?」
というわけでジュネは帝都のお屋敷で勉強中であるため、ソフィーは一人で帝都からエ・ランテルまでの間を飛んできました。ソフィーの翼は飾りではないのです。
「ピクニックに行くわけじゃ……、似たようなものかも知れないがちゃんと目的があるんだからそっちを忘れないように」
ソフィーが来たことに若旦那様は渋い顔ですが、来てしまったのですから仕方ありません。空気を読まない若旦那様でも、これから出発の段になって帰れとは言いづらいです。
遠くにお出かけするのは確かでもピクニックではないつもりです。尤も、ソフィーくらいの強さがあれば血噴き肉落ちる過酷な戦場であってもピクニックと似たようなものでしょう。ソフィーがどれくらい強くなったかと言うと、階層守護者の方々には敵いませんが、物理主体であるセバス様ならワンチャンあるくらいには強くなってしまいました。反面、魔法マスターであるアインズ様には全く敵いません。
これから向かう先で荒事がある予定ですがソフィーの戦力は過剰が過ぎます。ソフィー的には本当にピクニックです。
「エントマもこっちに来た……、いたんでありんすね」
「はい、シャルティア様。アインズ様のお許しを得ましたので、当面はあちらとこちらで交互に過ごす予定でございます」
エントマさんは昨日来たところです。今日の予定を聞いて、それなら私も行くと手を上げました。
ソリュシャンお嬢様はお嬢様なので体面的に同行出来ないため、エントマさんはソリュシャンお嬢様からくれぐれもお兄様にお怪我がないようにと何度も念を押されました。
なお、昨日の夜にポーションの対価を一回分もらっています。早速ピクニックの携帯食です。
なお、皆の携帯食はミラが持っている大きなバスケットにたっぷり詰まっています。
「で、こいつらは?」
シャルティア様とエントマさんが言葉を選んだのは彼女たちがいるからでした。
「ティナはいいとしてそっちは珍しい顔でありんす。それにそいつは……」
シャルティア様の視線がやや険しくなったのは、金髪のちびっ子が視界に入ったからです。ちびっ子は絶対強者の敵意に身じろぎしました。
ティナと呼ばれた彼女は、難しい顔をしてシャルティア様に訴えました。
「シャルティア様のお世話になったティナは留守番。私はティア」
「ほーん? 全く区別が出来んせん」
過日、調教競争とかいう頭痛が痛くなる競争の際に、シャルティア様が担当したのはティナでした。
ここにいるのはティナではなくティアなのです。二人が一緒にいる時は、髪を留める紐の色などで区別出来るようになっているのですが、一人だけだとどっちがどっちかわかりません。
ティアとしては、ここでシャルティア様に自己主張する必要は特にありません。けれども、シャルティア様がすっごく強くて魔導国でも重要な立場にあることは察しています。それに加えて、銀髪美少女であるシャルティア様はレズビアンであるティアのどストライクでもありました。積極的に歓心を買うべきなのです。
ティアはちょっぴり顔を赤くして右腕を高く上げます。ティアの装備は忍ばない忍者スタイルなので、とても動きやすく軽快な装いです。端的に言えば露出過剰です。そんな服装で腕を上げると、脇の下が丸見えでした。
「……ティナはシャルティア様にツルツルにされたけど、私はまだちょっと、本当にちょっとでちゃんと剃ってるけど、ちょっとだけ生えてる」
「むむ、確かに」
シャルティア様が覗き込むティアの脇の下は、ちゃんと剃っているけれどちょこっとだけ顔を出している脇毛がありました。
「あとでボスに脱毛してもらう予定」
「それじゃ区別が出来なくなりんす!」
「…………下の方はそのままにしてもらう予定」
「ほうほう! 区別するには素っ裸にひん剥いて欲しいというんでありんすね。良い心がけでありんす」
「いやちがっ…………」
ティアの抗弁には耳を貸さず、シャルティア様の興味は隣に移りました。
ちなみにティアが口にしたように、ティナはお留守番です。今日は遠出するので、ちょっとまだ怪しいガガーランを連れて行くのは不安でした。ティナはガガーランの面倒を見ています。イカサマありありのコイントスで負けたのです。ティナもイカサマをしたので、コイントスというよりイカサマ勝負でした。
「そいつはメイドじゃなかったでありんすか?」
「私はこれでもアダマンタイト冒険者よ!」
「元、だろう」
「……元アダマンタイト冒険者です」
ラキュースが元アダマンタイト冒険者なのは、正式に王国の冒険者を辞め、魔導国に移ったからです。魔導国ではまだ冒険者としての活動が出来ていないため、魔導国の冒険者ギルドからアダマンタイト認定を受けていないのです。
以前のラキュースは処女しか装備出来ない頭がおかしい鎧をつけていましたが、諸々の事情により装備できなくなりました。今はモモン様の口利きによりさるところから澄んだ青色の鎧を貸与されいます。今日の働き如何によって貸与が贈与になる予定です。
「で、こいつは? どうしてここにいる?」
「わ、私はご主人から頼まれて……あ、いや、その。そこの相談役殿から依頼されて来ている。それだけだ!」
「ふっっうぅうううぅーーーーーん?」
シャルティア様、ジト目です。
最後の一人、金髪のちびっ子吸血鬼ことイビルアイこと本名がキーノ・ファスリス・インベルンはエントマの敵なのです。エントマさんはアインズ様の御前で、「あの者を殺す際は声を私に」と訴え、受け入れられています。
そのキーノがこの場にいるのは違和感があります。キーノを罠に嵌めて寄って集ってやっつけるのなら話はわかりますが、今日の目的が違うことはシャルティア様も聞いていました。
「キーノは既に魔導国の冒険者となりました。エントマさんと和解したとまでは言いませんが、魔導国の旗の下に集う同士です。争われては困ります」
「そうだ! ……そうです」
いつもは威勢がいいキーノでも、とっても強くてとっても可愛いシャルティア様の前では大人しくなってしまいます。
胡乱な目のシャルティア様に、若旦那様が耳打ちしました。
(エントマさんはキーノの声を私にとアインズ様に申し上げたそうですが、どうやらキーノの声が気に入らないようで取り下げたのです。アインズ様もお認めになりました)
(それは初耳でありんす。本当でありんしょうね?)
(私がアインズ様の名を騙ったと仰せですか? ありえません)
(それはそうでありんすね。だがそいつがエントマを傷つけたことに変わりはない!)
(戦闘でしたから仕方がなかった、とは申しません。ですが正式に魔導国の冒険者になったのです。まずは様子見をしていただけないでしょうか?)
(むう……。ま、仕方ありんせん)
魔導国の冒険者をシャルティア様がやっつけてしまうととても不味い事態になってしまいます。それこそ、我らがモモン様がシャルティア様を討伐する一芝居が必要となるくらいに。ホニョペニョコ再びです。
「新生蒼の薔薇、というには若干メンバーが足りていませんが、彼女たちには私から正式に依頼しました。本日の件は難易度は高くないのですが、人手がいるのです。何より重要なのは信頼です。彼女たちなら情報を漏らすことは絶対にないでしょう」
若旦那様直々に調教したティアは、若旦那様のためなら姉妹の首の骨を蹴り折るほどです。実際、ティナへ延髄切りを食らわせて痙攣させたことがあります。
ラキュースはメイドとして過ごしながら心身を若旦那様に侵されています。それに、ラキュースにとっての若旦那様は、いと高き世界から自分を迎えるため月面世界に降り立った悟りを授けてくれる大賢者なのです。若旦那様に対しては、裏切るという発想がそもそも存在しません。
キーノが王国から魔導国に移籍したのは、言うまでもなくモモン様の影響大でありますが、決定打は若旦那様です。吸血鬼としての自分の力を利用せず、今まで苦労したのだからこれからは帳尻を合わせるために幸せになるべきだ、と言われました。長い吸血鬼生で初めてです。若旦那様に弓を引くのは初めて得られた幸せを投げ捨てるも同意。それに、とっても美味しい血を厭わずに提供してくれたりします。離れる選択肢はありません。
若旦那様に、ルプスレギナ、エントマ、ミラ、ソフィー。新生蒼の薔薇からラキュース、ティア、キーノ。合わせて八名が今日のお出かけメンバーです。
「それではシャルティア様、お願いいたします」
「わかりんした。今日のでこの前の借りはチャラでありんす!」
「承知しております。それとこちらは昨日採血したものです。量はありませんがお持ちください。今度いらっしゃる時までに一定量をご用意しておきます」
若旦那様がシャルティア様に渡したのは、昨夜エントマさん用に収穫した手足から抜いた血液です。少ないと言いつつも左腕に加えて脚二本分はそこそこの量で、いつもの小瓶で十本もありました。強い血ですので、シャルティア様だって一日一本は飲みきれません。
シャルティア様が口にした「借り」とはお姫様抱っこ耐久とは関係ありません。あれは若旦那様の借りでした。その後で採血しすぎて死にかけた件のことです。
「それじゃお前ら、こっちに来なんし」
シャルティア様がゲートの魔法を発動します。
一行は順々に闇の扉を潜りました。
トンネルの向こうは木々が生い茂る森の中でした。
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「それじゃ後で迎えに来んす」
「よろしくお願いいたします」
シャルティア様はお一人だけもう一度扉を潜り、一行を残してエ・ランテルに帰りました。
若旦那様が皆に呼びかけます。
「皆集合。俺たちがいるのはここだ。目的地はここ。ゆっくり歩いても一時間は掛からない。先走ってもいいけど、今日の目的を忘れないように。特にソフィー」
「なんで私!? 言われたことくらいちゃんと出来ますう! それにこの中じゃ私が一番強いんですよ!」
「そういうところだぞ。今日の目的はビーストマンなんだからそんなに強くなくてもいいんだ」
若旦那様が地図を広げながら皆に説明します。
ラキュースとティアとキーノは、高精細な地図に面食らいました。若旦那様がアウラ様に献上する予定の地図の写しなのです。この世界のどこにも存在しなかった詳細な地図なので、驚くのは無理もありません。
「ここには集落があった。今はビーストマンが駐留してるはずだ。二月以上前の情報からの予測だからいない可能性もある。いた場合、最大で二千体」
一行がいるのは竜王国の南東部です。
若旦那様は竜王国の地図を作るために、竜王国上空をアウラ様と一緒に飛んでいました。あちこちでビーストマンの集団を見たものです。その時に見たビーストマンの位置と、竜王国側の抵抗と、魔導国がレンタルしているアンデッド兵の戦力と、諸々を加味して検討した結果、一定数以上の新鮮なビーストマンがいるであろう場所を予測したのです。
「ミラは荷物持ち」
「かしこまりました」
「今日のルプーには頑張ってもらう予定だから、前には出ないでゆっくりしててくれ」
「了解っす。先に言っとくっすけど、二千回とか絶対無理っすからね? 外側を塞ぐだけでも頑張って百回くらいっすから」
「厳選するよ。他の皆はそれぞれ協力して事に当たるように」
返事は微妙でしたが、若旦那様は気にせず周囲の地形などを説明します。
この場にいる皆はそれなりに強いのです。ビーストマンなんて敵じゃありません。若旦那様も今日はカタナブレイドを持ってきていますから、十体くらいに囲まれても楽勝です。アウラ様と空のお散歩中に落っこちた時は、一体だけでしたが素手で完勝しています。
ですが散らばって逃げられると面倒です。そうはさせないよう要所を押さえておく必要があるのです。
「最後にもう一度注意しておく。なるたけ殺さないように無力化するんだ。ルプーが大変だから極力外傷をつけないように。それじゃ気をつけて行こう。森の中は歩きにくいから転ばないように」
若旦那様の締まらない言葉で作戦開始です。
今日の目的はビーストマンの駆除です。ビーストマンは人間に敵対的な亜人として広く知られています。かつての蒼の薔薇もビーストマンの駆除に協力したことがありました。新生蒼の薔薇の手始めとして全く問題ありません。
作戦開始と同時に、エントマはキーノをキツく睨みつけて飛び立ちました。エントマ自身に空を飛ぶ能力はありませんが、蟲使いのスキルで飛べる蟲を召喚して背中に貼り付け、飛ぶことが出来るのです。
なんだか不思議な理由でキーノをやっつけることが出来なくなってしまったのですが、仲良く協力なんてやってられません。キーノに負けるのも以ての外です。
キーノよりたくさんビーストマンをやっつけて若旦那様に褒めてもらって、手とか足をご褒美に貰うのです。もしも貰えなかったら、ちょっと恥ずかしいことで可愛がって貰うのも大歓迎です。この前、シズちゃんと一緒に体験したことはすごい体験でした。毎日はしなくていいですが、偶にはと思っているのです。
エントマに睨まれたキーノは一瞬だけ眉間に皺を作ると、フライの魔法を唱えて宙に浮かびました。そしてそのまま高速で木々の間を飛んでいきます。ソフィーの全力飛行に比べたらアヒルとシルフィードですが、人が走るよりずっと速いです。
キーノとしてはエントマと競うつもりはさらさらありませんが、ビーストマンをたくさんやっつけて若旦那様に褒めてもらってご褒美を貰おうと思ってるのは一緒です。
実のところ、今日のメンバーの中で、キーノは仲間外れでした。場の空気からなんとなく感じているのです。
ミラはキーノ自身の目で見ています。ルプスレギナとソフィーは若旦那様にベタベタしているので、おそらくそうなのだろうと察せられます。ソフィーについてはまだなのですが、サキュバスなのでいずれが確定してます。
ラキュースとティアも若旦那様との距離感がなんかあれです。
キーノもその中に入りたいのです。入って欲しいとも言います。そのために目に見える功績を打ち立ててご褒美ゲット計画です。気合が入っています。
ティアは忍者らしく姿を消して、ラキュースは真っ直ぐに駆け出しました。チームワークなんてあったもんじゃありません。
荷物持ちのミラは兎も角、残る三人は呑気です。
「ねえねえお父様、今日のお弁当はなんですか?」
「だからお父様と……。今はいいか。ソフィーは食べたことがないだろう。ウィットニーさんが焼いたパンを使ったサンドイッチだ」
「おっ! あのパン屋が再開したんすか?」
ルプスレギナも一回だけウィットニーさんのパンを食べたことがありました。その時に使用された小麦粉はナザリックから提供された上質なもので、味は極上。ナザリックのレストランで提供してもどこからも不満が出ないであろう出来でした。
ですが、ウィットニーさんはそれを機にパン屋を休業。冒険者に戻ってしまいました。ティアとティナが聞き出したところによると、満足行くパンが焼けたので心残りがなくなったのだとか。美味しいパンを焼いて欲しいがために若旦那様が口を利いたのですが、それがウィットニーさんにパン屋の休業を決断させるとは皮肉なものです。
実は伝説の凄腕シーフであったウィットニーさんにティアとティナが弟子入り。修行は順調なようで、ウィットニーさんは時々パンを焼くようになりました。遠からずウィットニーさんのパン屋が開店することでしょう。
「何も挟んでないバゲットやカンパーニュも用意してある。そのまま食べても美味しいけど、何か良さそうなものがあったらそれを使ってもいいな」
その時、ミラの赤い目がキラリと光りました。
「アウラ様から仰せつかっております。ご主人様の口にけしてビーストマンの肉を入れないようにとのことでございました」
「ビーストマンって食べられるの?」
「いやいや食べないっすよ。食べないっすよね?」
「…………肉じゃなくて骨ならいいんだな?」
「訂正します。ビーストマンの肉体全てでございます」
「いいかよく聞け。俺は私利私欲や好奇心を満たすためにビーストマンを食べようとしてるんじゃないんだ。いつか魔導国に食糧難が来るかも知れない。その時に備えて豊富な食糧としてビーストマンが利用できないかと研究を……」
ビーストマンについてよくわかってないソフィーは可愛らしく小首を傾げますが、ビーストマンが亜人の一種であると見知っているルプスレギナは、こいつマジかの目になりました。
アルベド様以外だったら誰からどんな目で見られようと一向に気にしない若旦那様です。ミラを説得にかかるのですが、ミラは顔を強張らせて首を左右に振るきりです。
ご主人様の希望に沿いたいミラですが、アウラ様から厳命されていますし、固形物を口にしないヴァンパイア・ブライドの目からしてもビーストマンが食用に適しているとは思えないのです。
ルプスレギナが否定派なこともあって、若旦那様はビーストマンを諦めざるを得ませんでした。食の道は険しいようです。
「それじゃソフィーもちょっと行ってきまーす」
「あんまり傷をつけないようにな」
「そーいうの得意だから大丈夫。ついでにお弁当食べる場所も探してきますね」
行く先にビーストマンの大群が待っているかも知れないのに、ソフィーは呑気なものです。まるきりピクニックです。
空を飛べるソフィーは、翼をはためかせて宙に浮いたと思ったらあっという間に見えなくなりました。帝都とエ・ランテルの間を自前の翼で飛んでくるだけはあります。戦闘能力は兎も角、飛行能力は母よりあるのです。
「ルプーに頼むのは再収穫したくなるくらい良いのがあった時くらいだから」
「一回掛けたら一時間待ちっすからね。同じの何回も使ってたら日が暮れるっすよ?」
「数がいるから大丈夫だろう。これから行くところは水場が近いし、竜王国が構築した戦線からも遠い。想定最大数に近いビーストマンがいるはずだ」
こちらはのんびりしていますが、先行した者たちは早くも接敵しました。
若旦那様の予測は見事に的中したのです。
森の中の開けた空間には朽ち掛けた廃屋が立ち並び、粗末な天幕が幾つも張られています。あちらこちらに両端が丸みを帯びた白い棒が転がっています。大きめな白く丸い石もあります。どの石も二つの穴が並んで空いていました。
位置的に戦線から遠いため、略奪部隊あるいはビーストマン軍の後方駐屯地のようなものなのでしょう。
突如現れた小柄な少女をビーストマンたちが不思議に思い、次いでご馳走がやってきたと舌なめずりする間にもエントマが先手を取りました。
「えぇえええーーーーーいっ!!」
エントマが両腕を振ると同時に、ビーストマンたちが血しぶきを上げてバッタバッタと倒れていきます。
これぞエントマの遠距離攻撃「鋼弾蟲」です。親指大の細長い蟲を高速で射出して敵を貫くのです。ビーストマンくらいならさくっとパイ生地を型抜きするように貫通できます。
奇襲に成功したエントマは、ヒット&アウェイの原則に則らず吶喊した勢いのまま、ビーストマンたちが密集しているところへ突っ込みました。
「とりゃあああぁあーーーーーっ!!」
エントマの腕に長いムカデが現れました。長さはざっと10メートル。これぞエントマが誇る近接攻撃手段にして最大の攻撃手段である千鞭蟲です。ビーストマンたちはエントマが振り回す千鞭蟲に触れるなり真っ二つになって宙を舞います。
エントマが接敵して僅か一分少々で、ビーストマンたちの戦力は一割弱が中立化されてしまいました。
ビーストマンたちの数は若旦那様が推測した最大数近かったというのに、恐ろしい勢いですり減っていきます。
「敵にすれば恐ろしいが、味方になれば頼もしいものだな」
離れた位置からエントマの活躍を目撃したキーノは、ポツリと零します。キーノとエントマの仲は険悪を通り越して一触即発だったりしますが、強さは認めているのです。エントマには絶対聞かせたくありませんが。
「私も良いところを見せないと、な」
大活躍中のエントマを制圧するのは不可能と判断したビーストマンの一群は撤退を選択しました。キーノが降り立ったのはビーストマンたちの進行方向です。
がおがおがおーと怖いビーストマンたちの前にまたも小柄な美少女が現れました。先程の少女と同様に、こちらの少女もビーストマンたちに怯える様子がありません。それどころか不敵に笑ってみせました。
《サンド・フィールド オール!》
キーノを轢き殺す勢いで突っ込んできたビーストマンたちに砂塵が襲いかかります。
これぞキーノが得意とする行動阻害魔法《砂の領域・全域》です。キーノは単なる行動阻害魔法からひと工夫して、動きを阻害した対象の生命力を削ることが出来るようにしました。
しかし、エントマ大活躍中なので、のんびりとはしていられません。
《クリスタルダガー!》
呪文名の通りに水晶の短剣が現れ、動けないビーストマンたちの脳天に突き刺さっていきます。相手が動けないため、百発百中の無駄撃ちが皆無です。
第一陣を壊滅させたキーノも、エントマと同じように突っ込んでいきます。
一体一体を確実に仕留めるのは大切なことですが、このままではスコアがエントマより大分劣ったものになりかねません。
上空から移動してビーストマンたちが密集しているところまで来ると、
《シャード・バックショット!》
水晶の散弾を撒き散らす魔法を唱えました。キーノ的に攻撃力は大したことがない魔法なのですが、ビーストマン相手ならこれで十分です。ビーストマンたちは結晶散弾に貫かれて、やはりバッタバッタと倒れていきます。
「二人とも凄いわね。もう終わっちゃいそうじゃない」
ラキュースは最短距離を駆け抜けてきたのに、ビーストマンの駐屯地は死屍累々でありました。
それでも、幾ばくか残ったビーストマンたちが僅かな活路を求めて押し寄せてきます。
百には届きませんが、十は遥かに越えるビーストマンたちに、ラキュースは怯えません。真剣な眼差しで背中に担いでいた大剣を引き抜きました。
「起きなさい、キリネイラム!」
ラキュースの呼びかけに応えるように、漆黒の大剣が唸りました。但し、唸り声が聞こえるのはラキュースだけです。
これぞラキュースが失った魔剣キリネイラムです。伝説の十三英雄の一人が所持していたと伝わる暗黒剣は、以前のラキュースが装備していたものでした。
今回のお出かけに合わせて、ティアとティナが見つけてきてくれたのです。そもそもその二人が隠していたのはラキュースも薄々察していました。過去はともあれ、こうして自分の手に戻ってきたのです。
「無辜の民を苦しめるあなた達を、私はけっして許しはしない!」
ラキュースはキリネイラムを構えました。
「行くわよ! 超技!」
キリネイラムに暗黒のエネルギーが集う!
ラキュースの美貌が苦悶に歪みました。
「くっ……! 久し振りだから、今の私なら簡単に乗っ取れると思っているの!?」
魔剣キリネイラムはラキュースの暗黒面を引き出し、大爆発を引き起こすことが出来るのです。しかし、それは諸刃の剣。
暗黒面に引きずり込まれないよう、魔剣キリネイラムの所有者は自身のダークサイドと日々戦っているのです。
ラキュースがキリネイラムの力を引き出すのは久し振りです。ラキュースの暗黒面であるダークラキュースこと影羅が、ラキュースの体を乗っ取ろうと深淵より這い上がってきます。
しかし、ラキュースは今までのラキュースとは違います。
キリネイラムと離れていたのは確かでも、その間は高き世界から降臨なされた光り輝く美しい方と何度も交合して己の位階を高めてきたのです。影羅との対峙が久し振りであろうと、負けるつもりはありません。
「今の私は誰にも負けない! 秘技! 暗黒刃超弩級衝撃――」
(待て、ラキュース!)
「はっ!?」
どこかから聞こえてきた声に、ラキュースの集中が解かれてしまいました。キリネイラムに宿った暗黒のエネルギーも霧散します。
その間に近付いてきたビーストマンは、キリネイラムで横殴りにふっ飛ばしました。
ビーストマン如きに魔剣キリネイラムのダークブレードメガインパクトは過剰です。ラキュースはこれでも元アダマンタイト冒険者なのですから、ビーストマンなぞ敵ではありません。
千や二千を超えるなら兎も角、百や二百なら剣一本で十分です。
ビーストマンをふっ飛ばしながらラキュースは自問しました。
(今の声は影羅? 私を止めたと言うの?)
「あっ……」
ラキュースに一体一体無力化されているビーストマンたちに、横殴りの暴風が襲いかかりました。
ラキュースがあっと呟いた間に、ビーストマンたちは大穴が空いたり真っ二つになったりズタボロになったりと散々です。暴風はラキュースが無力化したビーストマンたちも見逃さず、一体一体どころか十体二十体をまとめて潰していきます。
「今のは私がやっつけたんだからぁ!」
「いや違う傷口をよく見ろ。急所に刺さったのは私の魔法だ!」
「そんなの私がやっつけた後にやっただけだもん!」
「それはこっちの台詞だ!」
「いいから邪魔しないでぇ!」
「私が来た方にそっちが来たんじゃないか!」
暴風の名を、エントマとキーノと言いました。
若旦那様たちがのんびりお喋りしながらビーストマンたちの駐屯地に着いた時には、新鮮なビーストマンは一つもありませんでした。
代わりに、焼くか埋めるかした方が良い廃棄物ばかりになっていました。
▼
「で、二人とも俺が言ったことを忘れていたようだな。始める前に俺がなんと言ったか復唱しろ」
「………………」
「………………」
仁王立ちする若旦那様の前に、暴風から無風になったエントマとキーノが座っています。
地面の上に直座りです。その上、両膝を揃えて曲げる座り方は正座と呼ばれています。
若旦那様の前で正座をさせられている二人は、俯いて地面を見つめていました。
「二人は忘れてるようだから、ラキュース。代わりに言ってみろ」
「ええ。作戦開始前に若旦那様はこう言ってたわ。「なるたけ殺さないように無力化する。極力傷を付けないように」と。だから私はキリネイラムの腹でビーストマンの頭を狙って気絶させていたんだけど……。二人が……」
「というわけだ。殺すなと言ったのに全滅だ。傷つけるなと言ったのにどれも穴が空いてるわ真っ二つだわ木っ端微塵だわで、どうやっても使えないものばかりだ。しかもうち漏らしはゼロ。通常の駆除作業なら満点だが、俺は殺さずに無力化、あるいは極力傷つけないようにと言ったはずだ」
うち漏らしがゼロなのは、ビーストマンたちの逃走ルートを押さえていたティアが確認しています。駐屯地の周囲を回るようにしてお弁当エリアを探していたソフィーも、逃げ出したビーストマンは一つも見ませんでした。
その二人は現在、ソフィーが飛んでティアを吊るし持ち、近くにビーストマンの集団がないか探しに行っています。
(おにーさん、アルベド様の事じゃないのに珍しく怒ってるっすね)
(シャルティア様にお願いして連れてきていただいたのが不意になったのですから、無理もないかと)
ルプスレギナとミラはこそこそお話します。
叱られてるキーノについてはざまーみろ。エントマはちょっと可愛そうだけど自業自得。手を差し伸べるつもりはありません。
若旦那様が怒ってる時に口を出すと、酷い飛び火があるのをルプスレギナは身を持って知っているのです。ミラにご主人様へ諫言できる胆力がありません。むしろご主人様の気持ちに寄り添って、二人のことをけしからんと思っています。
「俺が二人に聞いているのは、失敗の鬱憤を晴らしたいからじゃない。同じ間違いを繰り返して欲しくないからだ。簡単なことを失敗したんだからそこには原因がある。原因を探って対策を立てるのは当たり前のことだろう? 二人は失敗の原因を放置して同じ失敗を繰り返す者を馬鹿だと思わないか? 二人ともそこまで馬鹿じゃないのなら俺の意見に賛同するだろう? 失敗の原因を探りたいと思うのがそれほどおかしくて不思議なことだと思うか? 思わないならきちんと答えるように。俺の要請を無視したのはどうしてなんだ?」
これは迂闊に答えると心が折られるのを、ルプスレギナは経験済みです。
子供枠である二人には割と甘かった若旦那様ですが、今回は見逃さないようでした。
「それは…………」
「それは?」
若旦那様の優しさを信じて、エントマが小さな声で答えます。
「こいつに負けたくないって思ってぇ……。それで、頑張ればおにぃちゃんに褒めてもらえると思ってぇ……」
「こいつとはキーノの事かな。エントマさんはキーノを相手に遅れを取るまいと張り切ってしまって、力が入った。そういうことでいいのかな?」
「…………そう、ですぅ……」
「俺の要請を完全に忘れて無視するくらいにはキーノへの対抗意識が強かったということだな?」
「う………………。そう…………かもぉ」
「かも? そうである可能性はあるが、そうではない可能性もある。そういうことだな? それならそれ以外にどんな要因があって俺の言葉を無視したんた?」
「無視したわけじゃなくてぇ……そのぉ……、えぇとぉ…………」
今日もエントマは仮面の表情を変える魔法を使っています。
声が濡れていれば顔は曇って、可愛らしい顔は今にも泣きそうでした。
しかし相手は若旦那様です。美少女が泣こうが喚こうが容赦しません。若旦那様の辞書に斟酌という言葉はないようです。
「エントマさんは、キーノへの対抗意識を知られたくないほど強い対抗意識がある。そう理解すればいいかな?」
「うぅ………………そう、ですぅ………………。くすん……」
エントマは泣き出してしまいました。とっても可愛そうですが、自業自得です。
エントマが失敗した原因がわかったところで、若旦那様は次に移りました。
「で、キーノ。お前が俺の言葉を無視したのはどうしてだ? まさか忘れていたのか? ラキュースはきちんと覚えていて復唱出来たのに、キーノはあんな短い命令文も覚えられないのか?」
「それは、その…………。わ、私はちゃんと覚えていたんだ! だから最初は行動力を奪うだけで…………」
「出来てないだろう。五体満足なビーストマンは一体もいない。二千近くいたはずなのに一体もいない。どういうことだ? キーノは自分がやろうとしていたことが出来ないのか? それともやろうと思っていなかったのか? どっちだ?」
「うっ……その言い方は……、あ、いや、ごめんなさい……です……。やろうと思っていたが、忘れてしまって……」
エントマが泣くまで責められたのを見たキーノは、素直に白状しました。
「忘れた。忘れるほどの何かがあったという事だな。何があった? そんな衝撃的な出来事がそんな短い時間の間に起こっていたのか?」
「……エントマがビーストマンを駆除しているのを見て………………、つい」
「つい、なんだ? エントマさんがビーストマンを駆除するのと、キーノの記憶喪失とどんな関係がある?」
「あの勢いで駆除され続けると私の分が…………、私が活躍できなくなると思って……」
「整合性が見えない。俺が聞いているのは、エントマさんの活躍とキーノの記憶喪失との関係だ。活躍が意味するにも不明だ。察するにビーストマンを駆除すること指して活躍と言ってるんだな?」
「はい……そうです……」
「エントマさんが活躍すればキーノが倒すビーストマンの数が減る。それはわかる。それがどうして記憶喪失につながる?」
「それはその……」
キーノはぐすぐすしてるエントマをちらりと横目で見ました。
「私も対抗意識が出てきてしまって、負けたくないと思ったら力が入って、つい……」
「キーノもエントマさんへの対抗意識が高じて力が入った。結果、ビーストマンが全滅した。そういう理解でいいな?」
「はい……。そうです……」
キーノは下手に抗弁しなかったので泣くまでは行きませんでしたが、地面から目が離せません。
二人が叱られているのを見たラキュースは、あの時の声は影羅が自分を助けてくれたのだと確信しました。月面世界にて影羅との合一を果たしたパーフェクトラキュースに隙はないのです。
原因を聞き出した若旦那様は、大きなため息を吐きました。
二人の間に確執があるのは知っています。仲良くして欲しいとは思っていません。けれども互いが互いの足を引っ張り合うのは困りものです。
こんな事になるならどっちかをエ・ランテルに置いてくればよかったのですが、既に竜王国に来てしまっています。今この場で何とかしなければなりませんでした。
「わかった。二人が仲良くするのは難しいだろう。しかし、今は一緒に行動している。互いに意識され続けるとこっちが困る」
若旦那様は妙案を思いついてしまいました。
「だから、二人が互いを呼ぶ時は「ちゃん」をつけるように」
「「ちゃん!?」」
エントマとキーノが弾かれたように顔を上げ、互いに見合い、そっぽを向きました。
二人とも相手のことをちゃん付けで呼ぶなんてさらさら御免でしょう。嫌なことはしたくないのが道理です。嫌なことをしたくないがために、二人は自然と距離を取るはずです。
二人が揃うと対抗意識が芽生えてろくでもないことになるのなら、二人を引き離せばよいのです。
「こいつにちゃんを付けるなんて……」
「エントマさん」
吐き捨てるように言ったエントマを、若旦那様が咎めました。
「ちゃんを付けるようにと言ったばかりでしょう? ほんの十秒前に言ったことだ。三つの子供だって覚えていられる。それなのにエントマさんは俺が言ったことをもう忘れたのかな? それとも、エントマさんは短期記憶力に問題でもあるのかな? もしもあるならアインズ様に上申するから療養するといい」
「そういうわけじゃなくてぇ…………ごめんなさいぃ……」
「謝る必要はありませんよ。俺が言っているのは、出来るならやれ。出来ないなら療養すべき。それだけです。わかったかな?」
「……………………はぃ」
エントマはしょんぼりと頷きました。
「ふん、いい気味だ」
若旦那様に叱られて面白くないキーノは、叱られる原因となったエントマに苛立ちをぶつけました。
ぼそっと呟いたのにエントマの耳にはきちんと届き、凄い目で睨みつけられました。
けれども、キーノが怖いのはエントマの睨みより若旦那様の冷たい目でした。
「今のは俺に言ったんじゃないだろうな? 今日はシャルティア様にお願いして竜王国にまで運んでもらったのに現状では大失敗だ。キーノの言う通りに散々だよ。で、散々な原因となったキーノが、俺に向かって、いい気味だと言うのか?」
「それちがっ……! 私が言ったのはご主人じゃなくてそっち……」
「そっち? 指示語じゃなくてちゃんと名称を使え。それともキーノはここにいる皆の名前がわからないのか? 自己紹介が必要か?」
「いや…………大丈夫、です……」
「大丈夫ならちゃんと言え。そっちとは誰のことだ?」
「…………………………………………エントマ……ちゃん。です……」
キーノは絞り出すように言いました。
今度はエントマが噴き出します。
「ぷぷっ…………、キーノちゃんのばーか!」
「なっ!! 元はと言えばエントマちゃんが先走るからだろう!」
「そんなの関係ないもん! キーノちゃんが自分で失敗しただけで私は関係ないですぅ」
「私がやりすぎたのはエントマちゃんがビーストマンをなぎ倒してるのを見ちゃったからだ!」
「そんなの釣られたキーノちゃんがバカなのに決まってるでしょぉ!」
「それを言うなら先に始めたエントマちゃんの方が馬鹿じゃないか!」
「バカって言う方がバカなんですぅ。だからキーノちゃんのばーか!」
「先に言ったのはエントマちゃんだ! 馬鹿なのはエントマちゃんだ!」
「キーノちゃんのバカ!」
「エントマちゃんのバカ!」
罵り合いを始めた二人を若旦那様は放置です。
ちゃん付けをしたくないなら離れればいいのに、一緒にいるのが不思議ではありますが、罵り合うのだからそのうち離れることでしょう。
一方、ルプスレギナは混乱しました。
「なんすかこれぇ」
罵り合っていますが、ちゃん付けです。
下手をすれば殺し合いに発展しかねなかった二人なのに、今や喧嘩するほど何とやらにしか見えませんでした。
50話くらい前から書きたかったエピソード
次回、残酷な描写タグが必要になるかもです
ソフトにするつもりですが、これはセーフかどうかと考えながら書くのは面倒でして