※この作品はR-18です。

アルベドのお食事   作:dolph

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本話21k
のんびり書きすぎたようです


乱獲ダメ絶対

 エントマちゃんとキーノちゃんについては本人同士に任せて作戦続行です。

 幸いな事に、ソフィーとティアがこちらに向かってくるビーストマンの一団を発見しました。先にあったのはエントマとキーノが頑張ったせいであっという間に壊滅しましたが、ここはビーストマンたちの駐屯地です。新しく補充されても不思議はありません。

 

「きゃーたすけてー」

 

 悲鳴を上げながらソフィーが逃げ惑います。色々な意味で美味しそうなソフィーに、ビーストマンたちは目を輝かせて追いかけてきます。

 ビーストマンたちにもう少し知恵があればソフィーの服装をおかしく思ったことでしょう。ソフィーの服装は綺麗なドレスだったのです。靴だって踵が高く、森の中ではとても歩きにくいはずです。それなのにソフィーは転ぶことなく、ビーストマンたちとの距離が離れることも縮まることもなく走り続けます。

 やがてソフィーの行く末に二人の少女が現れました。

 

「二人とも今度はちゃんとしてね」

「「………………」」

 

 二人の少女は無言で頷きます。

 ソフィーは距離を置いて佇む二人の少女の間を駆け抜けると、宙に浮かんでどこかへ消えてしまいました。

 

 追いすがって来たビーストマンたちは、目当ての少女が消えて新しい少女たちが現れたことに、獲物が増えたと喜んでいます。

 ビーストマンたちの思惑はさておき、二人の少女は目前に迫る毛むくじゃらたちより、隣に立つ少女の方を強く意識していました。

 

「……キーノちゃんから行けば?」

「エントマちゃんだって出来るんだろう?」

「あーーーっ、キーノちゃんって傷つけないで無力化出来ないんだぁ。出来ないなら邪魔だから帰っていいよぉ?」

「エントマちゃんこそどうなんだ? 私はエントマちゃんの攻撃力が凄いのは知ってるが、あれが敵の沈静化に使えるとは思えないな」

「ちゃんできますぅ」

「だったらしてみたらどうだ?」

「グォォオオオオオオオオオオ!」

「「うるさい!」」

 

 一番乗りした足の速いビーストマンが、美味しいとこは俺が頂くぜとばかりに前足もとい右手を振りかぶりました。

 ナイフのように鋭い爪が、人間よりずっと膂力があるビーストマンの腕力で叩きつけられるのです。可愛い女の子なんて簡単に引き裂いてしまえます。

 が、長い爪が少女に叩きつけられることはなく、ビーストマンはその場にばたりと倒れました。近くでよく見れば小さく痙攣しているのがわかります。

 

「…………ふん。やれば出来るんじゃないか」

「だから出来るって言いましたぁ。私はキーノちゃんとは違うんですぅ」

 

 最初のビーストマンが襲いかかったのはエントマの方でした。エントマは太くて長い蟲を召喚すると、ビーストマンに突きつけたのです。されたビーストマンには何が何やらさっぱりの内に意識がなくなりましたが、隣にいたキーノは見ていました。蟲から伸びる細長い針が、ビーストマンをぷすりとやったのです。

 効果は見ての通り。

 倒れたビーストマンは動かなくなっても痙攣はしているので、死んではいないのでしょう。どうやら対象を麻痺させる毒を注入したようです。また若旦那様に叱られるのは嫌なので慎重です。

 

「即効性があり非常に強力なようだな。しかし、これだけ数がいると一々刺して回れないだろう?」

「む!」

 

 キーノに煽られたエントマが頬を膨らませる間にもビーストマンが続けて襲いかかってきます。

 最初の一体は倒れているわけですが、ビーストマンたちは何かの間違いかラッキーヒットだと思い込み、エントマを脅威に思う者は一つもいませんでした。棒読みのソフィーに釣られるだけはありました。

 

「まとめて相手をする時はこうするんだ!」

 

 キーノが魔法を発動します。

 

《サンド・フィールド オール!》

 

 さっきも使った行動阻害魔法です。十体のビーストマンが囚われ、少しずつ生命力を奪われ衰弱していきます。

 

「へ、へ〜〜〜。でもそれじゃ時間がかかって他のに逃げられちゃうもん」

「む!」

 

 エントマは逃げを打ち始めたビーストマンをぷすりぷすりと刺していきます。一体一体にしか攻撃できませんが、こちらは即効性があります。

 エントマのドヤ顔に頬を引き攣らせたキーノは、砂塵に囚われていたビーストマンたちが衰弱しきって動けなくなったのを確認すると、同じ魔法を発動します。しかし、今度は五体しか捉えられませんでした。

 

「キーノちゃんはそこでゆっくりしてたらぁ? 私はいっぱい頑張っておにぃちゃんに褒めてもらうからぁ」

「数は似たようなものじゃないか! むしろ私のほうが多いぞ!」

「ぐだぐだ言ってないで協力すればいいじゃないっすか」

 

 二人がのんびりしてる間に後続がやってきました。

 ルプスレギナの声かけに、二人はしばし見つめ合いました。睨み合ったとも言います。

 

「絶対ヤダ!」

「私一人で十分だ!」

「ぐぬぬ!」

「ぐぎぎ!」

 

 激しい視殺戦です。二人は目からビームを撃っているが如く、視線が交わる宙空にバチバチと火花が散っているようでした。

 二人が行動を共にしているのは、間違っても協力するためではありません。互いに互いを監視するためなのです。相手の失点を見つけて若旦那様に報告して、もう一度叱ってもらうのです。

 

 相変わらずの二人に、ルプスレギナは大きなため息を吐きました。ルプスレギナ的には妹であるエントマを応援するのは当然なのですが、二人がこの調子だとMVPは他に奪われることになりかねないのです。

 ティアは忍者らしく森の中に姿を消して、散らばったビーストマンを処理しています。

 ラキュースはのんびりしている二人を追い越して、ビーストマンをふっ飛ばしています。

 

 

 

 ソフィーはビーストマンたちを釣った後、再度ビーストマンたちの後方に戻りました。

 

「お父様はどうしてこんなの食べたいんだろ? 美味しそうに見えないんだけどな」

 

 ソフィーは地に倒れるビーストマンたちを眺めながら、お肉の種類を思い出していました。お肉に加工される前の動物たちに、こんな毛むくじゃらはいなかったと思うのです。

 それとも自分が知らないだけで、毛むくじゃらでも美味しいのがいるのかもと思いましたが、ルプスレギナやラキュースたちの反応を思いだせば、やはり食用には適さないだろうとの結論が得られます。

 ビーストマンが食用に適さないのは確かでも、まだまだお子様なソフィーは羊や山羊をすぐに思い付けませんでした。

 

「今回は食べるためじゃないし、アウラ様に言われたみたいだから食べないよね、きっと。あっ」

 

 倒れているビーストマンから顔を上げたソフィーの目の前に、高速で飛来する矢がありました。

 木々の陰に潜んでいた一体のビーストマンが、恐るべき美しい少女の隙をずっと狙っていたのです。自分の爪が主武装のビーストマンですが、弓や剣を使う個体もあるようです。道具を使える分、他の個体より知恵があったのでしょう。

 矢は狙い違わずソフィーの顔に突き刺さり貫通し、全く勢いを落とすことなく飛び去って向こうの木に刺さりました。

 

「けっこう頑張ったと思うからもういいかなって思ってたんだけど。エントマたちはまだなのかな?」

 

 釣られたのをエントマたちが、釣られなかったのをソフィーが、散らばってしまったのは協力して。これがすごく大雑把な作戦内容です。

 ソフィーはビーストマンの後詰めを全滅させたので、もう十分働いたかなと思っていたのです。思っていても、向こうから来るのなら別でしょう。

 

 ソフィーは音もなくビーストマンとの距離を詰めました。浮いているのだから音がないのは当然でしたが。

 言うまでもなく、矢が貫通したソフィーの顔に傷はありません。余剰次元の住人であるソフィーに物理攻撃を当てるのは、攻撃者が余剰次元に干渉する能力を持つか、攻撃に任意の効果を付与するしかありません。ビーストマンがどんなに頑張っても、ソフィーに傷を付けることは不可能でした。

 

「えいっ」

 

 ビーストマンは大きな木の向こうに隠れていたのに、ソフィーは無造作に手を突き出します。

 ソフィーの手は木をすり抜け、ビーストマンの皮革もすり抜け、肉もすり抜け、指先で主要な臓器をちょっとだけ突っつきます。アインズ様が使う即死魔法《トゥルー・デス》を物理攻撃で再現したようなものです。

 攻撃の性質上、物理防御を無視します。一定以上のレベルがないと即死してしまう凶悪攻撃です。その上、本気で攻撃する時は姿を消して不意を打つため、回避が非常に難しかったりするのです。

 とは言え格上には中々通用せず、特にアウラ様が相手だと姿を消していてもなんとなくで位置を見破られたりして、ナザリックでのレベル上げや課題の洗い出しにお世話になったものです。

 

「よし、これで私の担当終了! おべんとおべんと楽しみだなー」

 

 バタリと倒れたビーストマンには毛ほどの傷もありませんでした。

 人が転べば怪我をするものですが、ビーストマンたちは毛皮を持っているのでそのくらいで傷が出来たりしないのです。

 その毛皮こそが、今日の目的でありました。

 

 

 

 

 

 

「皆お疲れ様。今度は上手くいって本当に良かった」

 

 若旦那様の労う言葉に皆は歓声と拍手で応えます。

 

「ここからは俺たちの仕事だから、皆は休んでくれ。少し早いがお弁当を食べても構わないよ」

 

 そう言われても、若旦那様を差し置いてお弁当を開こうとする者は一人もいません。ルプスレギナはそちら側かも知れませんが、前半のお仕事を見てるだけだったので後半のお仕事が待っているのです。

 頑張ってくれた彼女たちが気持ちよく休めるように、若旦那様は早速作業を開始しました。

 

 数えたところ、素材は全部で200個弱あるようです。

 半数はソフィーがとても綺麗に仕留めてくれました。えっへんと胸を張るのも納得の仕事です。ちょっと残念なのは、どれも回復魔法が効きそうにない事でした。どうやら後詰めの方にビーストマン的に身分だか階級だかが高いものが多いようで、毛並みや大きさが立派なのが多かったのです。

 もう半数はエントマ、キーノ、ラキュース、ティアが再利用可能な形で仕留めたものです。スコアはエントマとキーノがほぼ同数。ラキュースはその半分。ティアは更にその半分ですが、散らばったのを主に仕留めていたので、陰の功労者と言っても良いかも知れません。

 

 再利用可能なのは一先ず動けないように拘束して、先に加工するのはソフィーが仕留めたものからです。

 今日は試しのつもりでいたので、全部加工するつもりはありません。半分もあれば十分です。というわけで、まずは選別です。

 良さそうなのを選り分け使わないのは廃棄、と言いたいところですが数があってそこそこ嵩張る上に時間が経つと色々な問題が出てきます。そうならないよう、エントマにお友達を召喚してもらってキレイにしてもらいます。エントマとキーノが張り切って作ってしまった廃棄物も同様に処理してもらいます。

 これで近くの水場でお弁当を広げても臭いが気になることはありません。

 

 要らないのをミラにあっちへ運ばせて、若旦那様が加工を始めました。

 手早く切れ目を入れて、ショートカタナブレイドを差し込みながら毛皮を剥いでいきます。ここでポイントとなるのが、利用する皮の方に脂肪が付かないようにすることです。極寒の地で一時的に防寒に利用するなら脂肪があっても良いのですが、普通は入念に除去します。脂肪が残っていると酸化したり腐ったりで色々と困ることが出てきてしまうのです。

 そのあたりのことをきちんと学習済みな若旦那様の仕事はとても丁寧です。無造作に剥いでるように見えて、皮の方には全く脂肪が付いていません。足などの少々凹凸が大きい部分はショートカタナブレイドから小さなナイフに替えて作業します。

 最初の一個目は時折手を止めて考えながら作業していたので時間が掛かりました、と言っても五分強でしたが。

 それが二個目になると作業時間が半分に。三個目は更に半分に、とまでは行きませんでしたが、ミラが片時も離さない金の懐中時計でカウントすると秒針が二周で完了していました。

 ルプスレギナの目には、ボトルに貼られているラベルをペリペリ剥ぐのより簡単に見えました。簡単そうで面白そうなので試しにナイフを借りてやってみたところ、削りすぎて皮に脂肪がいっぱい付いてしまったり、肝心な皮が破けてしまったりと中々上手く行かないようです。挙げ句、手が汚れた臭くなったとブー垂れる始末。

 現在作業しているビーストマンには回復魔法が効かなくなっているので、ルプスレギナの出番はもうちょっと先なのです。

 

 自分たちの担当が終わったとはいえ、若旦那様だけに作業させるわけにはいかないと考えた新生蒼の薔薇は、ティアを中心に作業を始めました。

 彼女たちは一応冒険者なので、獲物を料理する際に皮剥などを経験済みなようです。手が血や脂で汚れるのも気にせず、サクサクと皮を剥いでいきます。どうやらラキュースが胴体や背中などの面積が広い部分を、細かな作業が必要な部分はティアが担当するようです。二人ともビーストマンを加工することに、自分がこんな事をすることになろうとはと思いはしても、忌避感はないようです。これが人の皮だったら色々あれでしょうが、ビーストマンは人間の天敵でありますから。

 もう一人の蒼の薔薇。人間であった時分はいいところのお姫様で、吸血鬼になってからは飲食不要になったので獲物の加工は全くの無縁で、つまりはキーノは何の役にも立てないようです。

 そんなキーノにエントマが「あれれぇ~~? キーノちゃん見てるだけなのぉ? お手伝いしないのぉ? あー、不器用そうだもんねぇ、そんなの出来ないよねぇ」と煽るのはお約束です。キーノはプルプルするきりで有効な反論が思いつかないようでした。

 煽り散らすエントマは、皮を剥いで不要となった中身を処分するお仕事で活躍しているのです。

 

 なお、キーノ以上にお姫様でお嬢様のソフィーはお弁当エリアの探索を再開しました。暇なので散歩しているとも言います。

 

 剥いだ毛皮は口のところに紐を通して一纏めにしたら水に浸けておきます。

 ソフィーが見つけたお弁当エリアは川のほとりで、その少し下流側に流されないように固定しておくことにしました。

 

 ミラが廃棄物の処理と毛皮を水に浸ける作業とであっちにこっちに何度も往復して、お昼の時間を少し過ぎた頃に作業が一段落付きました。

 ようやっとお弁当の時間です。

 

 

 

 

 

 

 サンドイッチは、中に挟まれている具材が美味しいのは当然ですが、主役はパンなのです。

 ウィットニーさんのパンは、生まれた時から高級食材しか口にしたことがないソフィーも大満足のようです。顔を輝かせてパクパクしておりました。

 

「ソフィーちゃん、こっちも美味しい。食べさせてあげるからあーんして」

「あーん……、んっ! これも美味しい! うー、でもそれ全部食べちゃうとこっちが食べ切れないし」

「ダイジョブ問題ナイ。こっちは私がきちんと処理しておくからソフィーちゃんはもっと色々食べて大丈夫。大丈夫、食べきれなかったら私がいる」

「そうなの? それじゃあっちの味見したいからこれ食べちゃって」

「喜んで!」

 

 ソフィーの注意が向こうに向かったのを確認してから、ティアは手渡されたサンドイッチを見詰めて生唾を飲み込みました。

 とても美味しそうなサンドイッチですし、なによりもたった今つけられたばかりの新鮮な歯型があるのです!

 ティアは若旦那様に感謝を捧げ、ちゅっと歯型へ唇で触れてからはむはむと少しずつ歯型の部分からサンドイッチを食べました。

 

 シャルティア様の歓心を積極的に買いたいティアです。ソフィーの美貌はシャルティア様に負けず劣らずで、吸血鬼であるシャルティア様と違って肌が温かいのも高得点です。一緒に近隣のビーストマンを探し回った時は、柔らかで滑らかで傷一つなくてぷにぷにで繊細な手のひらに思わずはあはあしたものです。

 気安くちゃん付けで呼んでも気にしません。オチビと違って素直で明るいところも凄くいいです。

 

 ところで、サンドイッチは二十人分も用意してありました。体をいっぱい使う予定だったので、お腹が減ると思われたからです。それでも二十人分は多すぎます。その他にバゲットやカンパーニュも用意してあるのですから。

 ソフィーはたくさんのサンドイッチをいっぱい味見することが出来ました。その代償に、ティアは五人分も食べる羽目になりました。細身ながら冒険者なので一般女性より食欲が旺盛だったりしますが、倍は食べません。明らかに食べ過ぎでした。

 しかし、ティアに一片の悔いもありません。どのサンドイッチにも綺麗な歯型がついていたのですから。

 

 

 

「すごく美味しいぃーっ!」

 

 と、過剰に美味しさアピールするのはエントマです。

 

「こんなに美味しいのにキーノちゃんは食べないんだぁ。残念だねぇ? あーかわいそ」

「ぐぬぬ!」

 

 エントマは何をするにもキーノを煽ります。ちゃん付けのハードルを越えた途端にこれです。

 エントマのカルマは、ソリュシャンやルプスレギナに比べたらずっと中立寄りで、その二人から極悪認定されてる若旦那様からは見たら善良と言って過言ではないくらいですが、因縁がある相手には別のようです。エントマは可愛くても極悪集団ナザリックの一員ですから、不思議ではありません。

 なお、キーノと同じく吸血鬼であるミラもサンドイッチを食べないのですが、エントマはそこのところは失念しているようです。まだ子供ですから仕方ないでしょう。

 

「そうだな。キーノの食事だけないのもあれだから」

 

 若旦那様がキーノを手招きします。

 ショックを受けて顔を硬直させたエントマに、キーノは勝ち誇った顔を向けてから若旦那様の隣に行きました。若旦那様はナイフを取り出すと、刃を左手の中指でなぞります。指先に小さな血の珠が浮いてきます。

 なお、皮剥に使ったのとは別のナイフです。色々と無神経な若旦那様は、バゲットやカンパーニュを切り分けるのも皮剥に使ったショートカタナブレイドを使おうとしたのですが、ルプスレギナが止めさせました。

 

「ほら」

「う、うむ」

 

 若旦那様の血はかなり強いので人前で飲むところは見せたくないキーノですが、エントマに見せつけられるのなら別です。

 長い指に舌を這わせて官能に酔いしれ、パクリと指を咥えてちゅうちゅう吸いました。目がとろんとして頬が赤くなってきます。その様子を、エントマは食い入るように見詰めていました。

 キーノが、はふうなのかハァンなのか、艶っぽい息を吐いて離れると、エントマはすかさず手を上げました。

 

「私もおにぃちゃんの手かじっていい!?」

「ダメです」

「!?」

 

 間髪入れずに却下されました。

 

「でもルプーがいるし!」

「ルプーにはこの後頑張ってもらうんですよ。温存しててもらわないと困るんです。エントマさんは昨日あげたのを持ってきてるんでしょう?」

「持ってきてるけどぉ……、でもぉ……」

「エントマさんはかなり失敗したけどその後で頑張ってもらったからお礼をしたい気持ちはありますが、今は無理です。我慢してください」

「うぅ…………、それじゃ後でくれるぅ?」

「後でならいいですよ」

「はぁい。今は我慢するぅ……」

「良かったじゃないっすか」

「良かったけどぉ……」

 

 ルプスレギナに励まされますが、そうではないのです。キーノに己の優位を見せつけたかったのです。

 若旦那様と違ってルプスレギナにはエントマの気持ちがわかりました。だからといって、回復魔法を無駄打ちして後で使えなくなったら怒られるのは自分です。エントマには少し我慢してもらわなければなりません。

 

「キーノが済んだから、ミラ」

「はい。私でございますか?」

 

 キーノと一緒でミラも吸血鬼です。サンドイッチではなく血液が主食です。

 

「あ……、あの?」

 

 しかし、ミラの時はキーノとは違いました。

 座っていた若旦那様は立ち上がり、ミラへ指を差し出すことなくそっと抱き寄せます。

 

「「「「あーーーーーーーーーっっっ!!」」」」

「あっ……、んむぅっ!」

 

 皆の悲鳴をBGMに、若旦那様はミラの唇を奪いました。舌を差し込み鋭い牙を探り当て、舌先をちょっとだけ傷付けます。滲みでた血を唾液と一緒に飲ませるのです。

 んっんっとミラの喉が上下します。ミラの手は若旦那様のジャケットを掴んでいたのですが、やがて力なく下がってしまいます。ビクンと腰が少しだけ跳ねたのを、いずれも一流の戦闘者である皆は見逃しません。

 長い口付けが終わった時、二人の唇を銀色の糸が繋いでいました。

 若旦那様の表情はキスの前と変わりませんが、ミラは恍惚の一言です。

 

「キーノより少ないかも知れないが十分だろう?」

「はい…………」

 

 十分であろうとなかろうと、今のミラは若旦那様からの言葉に「はい」としか言えなくなっていました。

 

「はいはいはーいっ!!」

 

 衝撃的な情景に女たちが互いに牽制しあう最中、ソフィーが元気よく手を上げます。

 

「それじゃ私はマスターのミルクが欲しいです! 頑張ったんだからそれくらいいいですよね?」

 

 女たちにまたも衝撃が走りました。

 素直で愛らしくて現世の汚れを何一つ知らなそうなソフィーなのでまさかとの思いがありました。ナザリック勢はソフィーの種族がサキュバスと知っていますが、新生蒼の薔薇の面々はとっても綺麗でかなり強い女の子としか知らないのです。

 けれどもこの場の全員が若旦那様とそんな事をしたことがあるため、ミルクとはどのようなミルクなのか想像出来てしまいました。若旦那様のミルクと来れば答えは一つです

 

 とっても愛らしいソフィーのおねだりに、若旦那様の答えはとっても連れないものでした。

 

「バカ」

「バカ!? よりにもよってバカ!? ソフィーはあんなに頑張ってお父様も褒めてくれたのにどうしてバカなんですか! バカって言う方がバカなんですよ!」

「それじゃ俺もバカでいいよ。作業はまだ半分以上残ってるのにそんな事してる暇はない。そーいうのは全部の作業が終わって、時間が余ったらだ。というか明日でもいいだろうが。エントマさんだって我慢したんだし。それとお父様と言うな」

「じゃあ頑張って終わらせてください」

「だったらソフィーも遊んでないで手伝うように」

「うぅ、私すっごい頑張ったのにまだ何かしなきゃダメなの?」

「ソフィーが手伝えば空き時間が増えるかも知れない。手伝わなかったら増えない。それだけだ」

「横暴です!」

「何が横暴だ、どこが横暴だ」

 

 帝都のお屋敷にて、ソリュシャンの跡を継いで我儘お嬢様をしているだけはありました。

 

 

 

 

 

 

 午後のお仕事も基本的に午前の続きです。

 午前はソフィーが仕留めたビーストマンを処理したわけですが、皮を剥いだのは30個ほどでした。残りの70個は古傷などがあって少々見苦しかったのです。

 数が増減しようと所詮は試しなので気にしません。それに、再利用可能なのがまだ100個も残っているのでどうとでもなります。

 

 若旦那様は皮剥ぎ続行ですが、そちらの作業を始める前に午前に剥いだのを適切に処理しなければなりません。

 いわゆる皮なめしです。

 

 剥いだ皮は、まず丁寧に脂肪や汚れを落とします。薬品を使うことも多いです。

 次に加工しやすくするため、水などに浸して皮を柔らかくします。

 柔らかくなった皮を叩いて更に柔らかくします。

 その次がいよいよ皮なめしです。皮にタンニンを添加して、固く耐久性がある皮に変えるのです。

 タンニンは様々な植物に含まれています。それとは別に伝統的な皮なめしの方法に、ブレインタンニングなるものがあります。動物の脳みそにはタンニンが含まれているのです。脳みそを細かくすり潰して皮に塗るのです。

 若旦那様はどの方法も使いません。皮なめし用の薬液を調合済みですので、それをひたすら塗布していきます。

 

 川から毛皮を引き上げ、毛は後日処理するので皮の側に薬液を塗っていきます。最強のローション同様によく伸びるので大きな刷毛を使って豪快に、けども漏れなく塗っていきます。

 こちらの作業は新生蒼の薔薇とついでにソフィーに任せます。食べ過ぎたティアが戦力外になってしまったので、ソフィーには頑張って欲しいものです。

 

 若旦那様は、午前と同じように選別から始めました。使えなさそうなのに止めを刺し、エントマに綺麗にしてもらいます。

 これはいらないあれもいらない、これならなんとか、これは良さげで何枚か取ろう云々。

 

 確保してあるビーストマンはどれも衰弱しきっていたり、エントマが使った蟲の毒で朦朧としていたり、少々変形しているのはラキュースが力加減を間違えた物です。

 だけども生きていれば回復可能。古傷だって小さなものなら消してしまえます。

 但し、回復魔法を使うと一時間以上空けないと本体から離れた部位が消えてしまいます。なので再利用したいものから処理します。

 

 以前キーノを昏倒させた打法で頭をカーンと引っぱたきます。

 意識を失ってガックリしたビーストマンから手際よくペリペリ。剥ぎ終わったのは逃げないように移動手段を壊しておきます。どうせ再利用する時は回復するのだからと、ルプスレギナが雑に処置しました。

 少々傷がついてるけれど体が大きくて毛並みが立派なのはルプスレギナに回復させてから作業します。ルプスレギナのお仕事がやっと回ってきました。

 

 作業は順調に進んでいきます。なめし作業の監督も忘れません。若旦那様が20個ほど剥いだ頃には何とかティアが復活しました。ソフィーちゃんに汚れ仕事はさせられないと気合が入っています。

 この調子なら空き時間がそこそこ出来そうです。ソフィーがサキュバスらしく舌なめずりをしたその時、事件が起きました。

 

「死ねえええええええええええぇぇええ!!」

 

 なんと、皮剥ぎのために草地へ放り投げたビーストマンが若旦那様に襲い掛かったのです!

 

 

 

 このビーストマンはただのビーストマンではありませんでした。ビーストマンたちの中では勇猛で知られ、一部隊を預かるビーストマンブレイバーだったのです。他の個体より体が大きく、必然的に体力もそれなりにあり回復力も相応です。キーノの魔法で体力を削り取られ消耗しきっていましたが、放っておかれる内に何とか動けるくらいには回復しました。

 意識を取り戻したビーストマンブレイバーは、化け物たちの恐るべき所業を目の当たりにさせられました。

 仲間たちを助けるのは不可能。自分が100人いても化け物たちに抗うことは不可能。体力と気力と装備が万全であってもこの場から逃げ出すことは不可能。

 どうあっても助からない命です。それならば最後の気力を振り絞って、化け物たちに一矢報いることを決意したのです。しかし、自分に魔法を掛けた小さな化け物には敵いません。その隣で仲間たちを昏倒させていた別の小さな化け物にも敵いません。自分たちを小石のように放り投げる白い女、おそらくは吸血鬼にも敵いません。褐色肌の赤毛の女は皮を剥がれた仲間たちの脚を無造作にへし折る恐ろしい膂力を持っています。

 自分にも何とかなりそうなのは、仲間たちの皮を剥ぎ続けている男でした。自分たちビーストマンの餌に過ぎない人間が牙を剥くなんて許されないことなのです。

 仲間たちを苦しめ続ける男には憎さ百倍。自分の皮を剥ぐ時には他の化け物たちはそれぞれの作業に移るため、絶好の機会でありました。

 

 倒れた状態から左腕の力だけで体を跳ね起こし、鋭い爪を備えた右手を開いて振りかぶります。

 あとは男へ叩きつけるだけで命が奪えることでしょう。

 

(は?)

 

 白い吸血鬼は背を向けています。赤毛の化け物は恐ろしい顔をして皮を剥がれた仲間たちを眺めています。他の化け物たちは違うところにいるようです。助けは間に合わないはずです。確実に殺ったと思ったのですが、ビーストマンブレイバーの目に映ったものはおかしなものでした。

 ほんの一瞬前まで男は右手に小さな短剣を持っているだけでした。それが何故か、どこから取り出したのか細い長剣を抜き放って構えています。

 叩きつけた右手は男を捉えること適わず、伸ばした指先に長剣がちくりと刺さります。

 

「つぅっ!」

 

 長剣は指先から手のひらへ、腕へ肩へと切り裂きました。しかし、浅いです。皮は切れても肉には届かず。これなら痛みに耐えるまでもなく、二撃目を送り込むことができます。

 だけれども、二撃目を繰り出すより男が長剣を振り上げる方が速かったのでした。

 体の中央にちくりと刺さり、股間から顎の下まで切り上げられます。こちらも先と同様に浅い剣。皮は切れましたが肉には届かず、行動に支障はありません。

 めげずに攻撃を繰り出そうとしたところで、白い吸血鬼に取り押さえられてしまいました。

 

 

 

「ご主人様お怪我はございませんか!? 申し訳ございません! これを始末した後に疾く自裁を果たし我が罪を――」

「何言ってるんだ? それより切れ目を入れたんだからそこに寝かせてくれ」

「え? は、はあ……」

 

 若旦那様にはビーストマンに襲い掛かられた意識がありませんでした。むしろ、単調な作業に飽きが来たと察したミラが気を利かせたのだとすら思っていました。

 誰も知らないことですが、モモン様がグレートソードから繰り出すモモンズ・ブレイドアーツは、若旦那様が開祖なのです。

 若旦那様は剣士系統のクラスを持っていないため攻撃力はへなちょこでも、技量はアインズ様の剣の師であるコキュートス様と同等にあると豪語し、見事な抜刀術でアイモン様もといアインズ様を驚かせたことがあります。

 間近から襲い掛かるビーストマンを抜刀術で迎え撃ち、殺傷することなく皮剥ぎのための切れ目を入れるくらいに余裕がありました。

 しかし、呑気なのは若旦那様だけでした。

 

「いやー、そーいうわけにはいかないっすねー」

 

 ルプスレギナが呑気な口調で近付いてきます。ただし、呑気なのは口調だけ。いつも笑顔を浮かべている情熱的な美貌は、とても珍しいことに真顔でした。上位者の方々を前にした時以外でルプスレギナが真顔でいるのは、若旦那様が真顔でいる時よりも遥かにレアです。

 ルプスレギナはビーストマンを取り押さえているミラに手招きします。

 手招きの意味を悟ったミラはビーストマンに逃げられないよう足を踏み潰してから、透き通った表情でルプスレギナに近付きました。

 

「いくっすよ?」

 

 ルプスレギナの宣言に、ミラは無言で頷きます。

 次の瞬間に起こったことは、何が何やらさっぱりの若旦那様を大いに驚かせました。

 

「ぐぅっ!」

 

 ルプスレギナが右手で拳を固めたと思ったら、全力でミラの腹部に叩き込んだのです。手加減なしのルプーブローです。ヴァンパイア・ブライドでありながら割と強くなってきたミラなので貫通はしませんでした。しかし、無傷というわけには行かず、盛大に吐血します。

 体をくの字に折り、それでも膝をつかないのがミラのプライドでありました。

 

「おにーさんが無傷であーだからこれくらいで勘弁してやるっす」

「は……はい……。寛大な、処置に、感謝、いたします」

「おいおい何してるんだ!?」

 

 若旦那様は二人のやりとりが全く分かりません。そんな若旦那様に、ルプスレギナは深いため息を吐きました。色々と鈍感な若旦那様に説明するのは面倒です。

 

 ルプスレギナがミラにルプーブローを叩き込んだのは、若旦那様を危険に晒した報いでした。

 ビーストマンの回復力が自分たちの想像よりあったのが計算外でしたが、だからと言って若旦那様を危険に晒してよい道理はありません。結果として、若旦那様は危険にあったという認識すらなかったようですが、それはそれ。ミラには相応の罰が必要でした。

 そして、それ以上に罰が必要なものがあります。

 罰を与えるべく、ルプスレギナは毛むくじゃらの頭を掴みました。

 

「ちょっと待て。これからそれを剥ぐんだから、何の用か知らないが後にしてくれ」

「おにーさんこそちょっと待っててくれないっすかね? 他にもいっぱいあるんだから順番がちょっと違ってもいいじゃないっすか」

「そりゃそうだけど」

「ルプスレギナ様、私もご一緒してよろしいでしょうか?」

「いいっすよ」

「いや良くない。ミラにはこっちの手伝いをしてもらわないと」

「ご主人様、申し訳ございません。少しだけ猶予を頂けないでしょうか?」

 

 ミラが真剣な顔つきで頭を下げます。

 若旦那様には何が何やらさっぱりでも、二人が真剣なのは感じ取りました。だけども手が減るのは困りものです。

 ソフィーがやってきたのはちょうどいいタイミングでした。

 

「お父様、こっちの調子はどうですか?」

「ちょうどよかった、こっちを手伝ってくれ。でかいの運ぶだけだから簡単だ」

「えっ」

 

 ティアとバトンタッチしたソフィーが様子見に来たことで力仕事の懸念は解消されました。

 ビーストマンの図体はでかくて相応に重く、若旦那様が運ぶと引き摺ってしまうのです。

 問題が解決したことでルプスレギナは笑顔に戻り、ビーストマンを引き摺るミラと一緒に木立の向こうに消えました。

 

 

 

 

 

 

 それからビーストマンブレイバーは大変な目にあいました。

 若旦那様を殺傷しようと攻撃を仕掛けたのです。ルプスレギナとミラは絶対に許しません。たとえアインズ様がお許しになろうと、闇討ちをせよということだ、と曲解するほどキテいました。

 

 叩いて凹ませて叩いて窪ませて叩いて潰して叩いて千切って回復して。

 カットしてカットしてカットしてカットしてカットしてカットしてカットして体積が半分になったら回復して。

 折って折って折って折って折って折って折って折って陸に上げられたクラゲも斯くやという有様にしたら回復して。

 開いて外して引っ張って加減を間違え慌てて回復して。

 

 酷い目にあっているのに、ビーストマンブレイバーは悲鳴を上げません。歯を食いしばり、力みすぎて牙が砕け口の中が血だらけになったりします。

 それ以前に口がなくなって悲鳴どころではない状態の方が多いです。

 そんな状態になっても、ビーストマンブレイバーは諦めていませんでした。

 生存に望みを繋いでいるわけではありません。自分がこの場で死ぬことはとっくにわかっています。苦しみぬいて遠からず死ぬのです。死ぬとわかっているからこそ出来る覚悟というものがありました。

 ビーストマンブレイバーには二人のしていることがわかっていたのです。

 これは、苦しめるためだけの遊びです。ビーストマンブレイバー自身も、捕らえた人間相手にやったことがありました。残酷な手段で責めて苦しめて、悲鳴をあげさせる遊びなのです。悲鳴をあげればあげるほど、相手を喜ばすことになるのです。

 どうせ死ぬのだから、ビーストマンブレイバーの誇りに掛けて二人を喜ばせまいとしているのです。

 

 二人にもビーストマンブレイバーの覚悟は伝わりました。

 ミラはヴァンパイア・ブライドらしく残酷を厭わず、ルプスレギナはむしろ大好物です。

 しかし、二人とも責めることは出来ても効果的な責め方というものを知りませんでした。ナザリックにはそちら方面の専門家が何人もおります。腕力に物を言わせることしか出来ない二人では、どうしても専門家たちには劣ってしまいます。

 二人はどうしてもこのビーストマンに絶望の悲鳴をあげさせたいのです。そうでなければ気が済みません。なにせこの毛むくじゃらは、若旦那様に攻撃を仕掛けたのですから。

 夢中になっている二人には時間の経過が曖昧になっていました。

 

「ルプー、そろそろこっちを頼む。出来るのは一通り終わって、後はルプーの回復待ちなんだ」

「うーーー、手が臭くなったーーーー! お父様はあとで絶対にご褒美ですよ!」

「自分で勝手についてきたんじゃないか。それに運んでただけだろうが」

「だってこんなことするつもりはなかったですもん。それに剥いだ後のってぬるぬるして気持ち悪いーーー!」

「あとで綺麗にすれば大丈夫だろう」

「手は綺麗になっても心の傷は別ですよ!」

 

 獣臭い毛むくじゃらを運ぶのは、お姫様でお嬢様のソフィーに心の傷を与えたようです。

 

 いつでも呑気な二人にルプスレギナの毒気が抜かれます。ミラも、二人のやり取りに荒立った気持ちが凪いでいくのを感じます。

 二人が隙を見せたからでしょうか、回復直後の毛むくじゃらが吠えました。

 

「女に庇われる腰抜けが!!」

 

 あれだけの目にあってまだ反骨心があるのだから大したものです。

 ビーストマンブレイバーはビーストマンにしては頭が回り、若旦那様が一行の中心と見抜いていました。勝ちの目は皆無ながらも、せめて心にダメージを与えたかったのです。獣臭さでソフィーに心の傷を与えていたりしますが、それは与り知らない事でしょう。

 

 ルプスレギナとミラは瞬時に激怒しますが、言われた若旦那様は吞気なものです。

 

「ビーストマンの価値観はそうなのか? 後々効率的に集めるためにも社会構成を知っておくのは悪くないな。喋れそうなのを何個か持って帰るか。そうしたら向こうでも毛皮が剥げるし」

 

 罵り言葉からビーストマンの社会を想像する若旦那様です。何を言われようと右から左に流す若旦那様ですので、毛むくじゃらが何を吠えようと気にするわけがありません。

 ですがその時、ルプスレギナの脳裏に極悪集団ナザリックに相応しい禁じ手が過りました。まさに禁じ手です。大きな代償を必要とするかも知れません。

 それでも、ルプスレギナはなんとしてもこの毛むくじゃらを泣かせたかったのです。

 言ってしまいました。

 

「おにーさんの精神って化け物っすからね。アルベド様のことを悪く言わない限り何を言われてもへっちゃらっすよ」

「おい、ルプー」

 

 変な文脈で出てきたアルベド様のお名前に若旦那様が眉間に皺を作ります。

 そして、毛むくじゃらがまたも吠えました。

 

「アルベドとは醜い化け物のことか!」

「うっ……」

 

 毛むくじゃらが吠えた直後、若旦那様は顔を押さえて体を折りました。

 

「おにーさん!?」

「ご主人様!?」

「お父様!?」

 

 女たちがそれぞれに若旦那様を呼びます。

 若旦那様が顔を押さえた手の隙間から、真っ赤な血がぽたりぽたりと落ちてきたのです。

 

「…………目が、見えなくなった。ルプー、回復」

「は、はい」

 

 想定外の効果があった禁じ手に、ルプスレギナが慄きながら回復魔法を唱えます。

 ミラは毛むくじゃらを拘束し続けます。ソフィーは、気遣わし気に若旦那様の顔を清潔なハンカチで拭います。

 若旦那様の血が拭われ、三人は何が起こったのかを知りました。若旦那様の目が真っ赤になっていたのです。

 目の色が赤いというレベルではありません。眼球が真っ赤なのです。見る間に眼のふちに血が溜まり、頬を伝って流れていきます。

 毛むくじゃらも、若旦那様の異相に息を飲みます。

 

 若旦那様は無言で毛むくじゃらの鼻面を平手打ちしました。

 

「お前はアルベド様を知らない。知らないが故の言葉だ。だから許してやろう」

 

 目の前でアルベド様を罵倒されたというのに、許すと言います。

 若旦那様のアルベド様への忠誠を知る三人はどういうことかと思うのですが、口を挟めません。

 毛むくじゃらも何も言えません。若旦那様の平手打ちは、手のひらの厚い部分を効果的に使った掌底と言うべきで、その一撃で顎の関節を外されてしまったのです。

 

 若旦那様はミラに毛むくじゃらの拘束を解かせ、毛皮に包まれた腕を引っ張りました。

 それだけで、手首、肘、肩の関節がごきゅごきゃぽくんと小気味よい音を立てて外れます。

 右腕に続いて左腕。

 胸を押しながら足払いを仕掛けて地に転がし、足首、膝、股関節の連結も外しました。

 何十体ものビーストマンの皮剥ぎをしていた若旦那様ですから、体の構造をとっくに把握済みなのです。

 

「しかし、罪の重さは知るべきだ」

 

 若旦那様は目にも留まらぬ速さでカタナブレイドを抜き放つと、さっと一閃しました。毛むくじゃらの目を封じたのです。

 それから毛むくじゃらの腹に足を乗せ、カタナブレイドの切っ先を胸部の中央に落としました。貫いてはいません。ほんのちょっとだけ沈んだだけです。

 そこは肉体の構造上、筋肉が薄いところでした。刃先はすぐにカツンと硬いものに触れます。

 直後でした。

 

「――――――――――――――――!!」

 

 空気が揺れます。顎が外れていなければ、さぞや見事な咆哮となったことでしょう。

 毛むくじゃらは体中の関節を外されているというのに、釣りたての魚のようにビチビチと跳ねます。

 

 若旦那様は、カツンカツンとカタナブレイドを落としていきます。その度に毛むくじゃらは体を跳ねさせます。

 どこをどうすれば痛くなるのか、若旦那様は熟知していたのでした。

 

 怒りであれ愉悦であれ、感情による残酷は限度があります。感情が発散されたらそれまでだからです。

 しかし、理性による残酷は違います。限度などありません。理性的に合理的に目的をもって残酷を行使するのです。

 理性による残酷がどれほど恐ろしいかは、魔導国の法に記されていたりします。つまり感情に任せた、いわゆる魔が差した犯行より、計画的な犯行の方がずっと罪が重いのです。魔導国は王国や帝国よりずっと進んだ法を整備しているのです。

 

 目の前の光景に、ルプスレギナは思わず唸ってしまいました。

 痛めつけるのが大好きなルプスレギナですから、悲鳴や苦悶の表情が好きだったりするのです。だけれども、若旦那様がしている事は違います。痛みを与えることだけに注力しています。ルプスレギナには思いつかない発想です。

 

 ミラが若旦那様を見る目には尊敬が宿っています。若旦那様をご主人様に頂くミラなのです。為すべきを為すご主人様がとても素敵に見えてなりませんでした。

 

 ソフィーはちょっとだけずれています。お父様がお母様をどれほど大切に思っているかが強く伝わってきて、羨ましいやらずるいやら素敵やら、一言ではとてもとても表せません。

 

 やがて、毛むくじゃらの口からぶくぶくと白い泡が噴いてきました。赤いものが混じっているのは、声が出ないのに吠えすぎて喉が切れたようです。

 あぶくで窒息されては困るので、命じられたミラがひっくり返しました。

 背中からもカツンカツンと軽く刺していきます。毛むくじゃらはビクンビクンと跳ねるのですが、段々と跳ね方が小さくなっていきました。刺しながらコリコリしてる時は微動だにしません。刺した直後は小さく跳ねるので、死んでしまったわけではありません。痛みが余りにも酷くて、体を跳ねさせる体力すら失ってしまったのです。

 

「あれ?」

 

 若旦那様は毛むくじゃらを痛めつけたいわけではありません。罪の重さを教えているだけなのです。よって、毛むくじゃらがどれだけ痛がろうと関係ありません。決めたことを決めた通りに実行するだけです。

 ところが、決めたことを半分ほど消化したところで手が止まってしまいました。

 色つやがよかった毛むくじゃらの毛皮が色褪せてきたのです。体も小さくなったように見えます。何とも不思議な光景でした。

 ルプスレギナたちは感心して見ているのですが、若旦那様はちょっと困ってしまいました。

 この毛むくじゃらは体が大きくて毛皮も立派で、何度か収穫しようと思っていたのです。それなのに色褪せてしまっては価値が減じてしまいます。

 

「ルプー、回復」

「はいっす」

 

 ルプスレギナが毛むくじゃらに回復魔法を掛けます。しかし、毛皮は色褪せたまま。

 この現象に、若旦那様は察しがつきました。自分にも同じことが起こっていたからです。

 

 それは幼い日のこと。

 煮えた油で顔を焼かれた時、激しい痛みのショックで髪の色が抜けてしまったのです。今では同じ目にあっても、痛くて熱いだけでそんな事にはならないはずです。

 とすると、痛くて色褪せてしまった毛むくじゃらは子供なのでしょうか。疑問が口をつきました。

 

「図体はでかいけど子供なのかな?」

「……数えで、36、です」

 

 意外なことに答えがありました。

 顔面を地に擦り付けながら毛むくじゃらが返事をしたのです。

 

「ビーストマンの年齢だとか社会だとかは知らないな。成人の概念はあるのか? 一人前と見做されるのは幾つだ?」

「12で、狩りの訓練が始まる。始まり、ます。一人で獲物を仕留められれば、一人前、とみます」

 

 毛むくじゃらが気持ち悪いくらい素直です。

 三人の女たちは、どういうことかと顔を見合わせました。

 

 若旦那様が立てと言えば素直に立ちます。座れと言えばお座りできます。

 今やブレイバーの面影はどこにもなく、若旦那様に怯え切っているようです。

 

「そんなに痛かったのか? 大人なのに情けないな」

「はい。俺は情けない奴です」

 

 ビーストマンブレイバーだった毛むくじゃらは、若旦那様の言葉を全肯定です。

 痛さのあまりに精神が漂白され自我が砕け、絶対服従を体に刻み込まれてしまったのです。死ねと言われたら、喜びに涙を流しながら命を捧げるほどに。

 

「どうしようか、これ」

 

 そんな事を訊かれても、女たちに答えがあるわけがありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 毛皮集めからしばらくして、若旦那様はナザリックの玉座の間にて跪いていました。

 玉座にはアインズ様がいらっしゃいます。この日の若旦那様は、わざわざアインズ様に拝謁の許可を頂いてこの場に臨んだのです。

 玉座の周囲には、アウラ様とマーレ様、シャルティア様がいらっしゃいました。お三方は話を聞きつけて好奇心が赴くままにやってきたのです。他の偉い方々はそれぞれのお仕事中です。なんだか大人組と子供組が分かれているように思えます。

 

「本日は偉大なるアインズ様の御前に拝し奉る栄光を許され、謹んで感謝申し上げます」

 

 形式的な言葉の後に、早速本題に入ります。半分以上遊び人な若旦那様と違って、アインズ様はお忙しいのです。

 

「こちらの品を献上いたしたく」

 

 黒木の献上台を持ったミラが一歩進みます。

 幾ら強くなろうとも、ミラはヴァンパイア・ブライドです。それが、アインズ様に献上品をお届けする大任を担おうとは想像だに出来ない事でした。ガッチガッチに緊張しきって、両手が塞がっていなければ右手と右足が同時に出ていたことでしょう。

 

「ビーストマンの毛皮でございます」

「ビーストマンの毛皮ぁ?」

 

 アインズ様の御前であるのに、ちょっぴり短気なシャルティア様が鼻を鳴らします。口にこそしませんが、アウラ様とマーレ様も態度から察せられます。

 ビーストマンとは、東の方に国を構え、竜王国にちょっかいを出し続ける弱っちい毛むくじゃらの亜人です。そんなものの毛皮に価値があるとは思えません。それをアインズ様に献上するというのです。

 お忙しいアインズ様の時間を割いて頂いているのにそんなつまらない品を献上しようとは、若旦那様でなければ木っ端微塵になっているところでした。

 

 偉大にして寛大であるアインズ様は若旦那様を怪しからんとは思いませんでしたが、意外には思いました。アインズ様も、たかがビーストマンと思っていたのです。それでも、この男がつまらないものを献上するとは思えません。その差異が不思議でありました。

 

「ミラ」

「はっ!」

 

 若旦那様に促されたミラが、献上台を掲げてアインズ様のすぐ傍にまで歩み寄ります。もう緊張が凄すぎてガッチガチです。ロボのようにカクカクです。

 台に乗せられた毛皮は、アインズ様が知識として知っているライオンの毛皮のようでした。幾重にも畳まれているようですが、案外厚みがありません。それなのに一番上に来ている部分はもふもふの毛が盛り上がっています。

 

「ふむ……」

 

 献上したいと言うのがビーストマンの毛皮というのに少々がっかりなアインズ様ですが、くれると言うなら貰っておくのがアインズ様です。

 台の上の毛皮に手を伸ばし、「うむ?」と首を傾げました。

 アインズ様が毛皮を撫でます。ミラは台を揺らさないように全身全霊を掛けています。

 

「ほう……、すごいな、これは。お前たちも触ってみろ」

 

 何やら感心している様子のアインズ様を不思議に思いながら、アウラ様とマーレ様とシャルティア様が毛皮を撫でます。ミラはプルプルしています。

 

「うわすごっ。フェンよりずっとふわふわ」

「ビーストマンの毛皮ってこんななんですか!?」

「うむぅ、まさかあれがこんなになるとは、このシャルティアの目をしても見抜けなかったでありんす!」

 

 三者三様に驚きます。

 若旦那様は、内心でにやりとしました。

 

 ハムスケさんを加工するために、毛皮加工のノウハウを積み重ねていた若旦那様です。

 持てる技術を最大限に駆使して加工したビーストマンの毛皮は、もふもふやふわふわを超えたさらさらの域に届きました。

 触れたのがわからないほどの柔らかさ。そのくせ手を沈めればしっかりと包み込んで暖かく、柔らかさの中に程よい弾力があります。手を離せば毛並みは元通りの形になって、変な癖がつくこともありません。

 ナザリックで使われている敷物や、寝台に使われる寝具よりも上等な感触なのです。それがたかがビーストマンの毛皮から得られたということに、アインズ様たちは驚きを隠せませんでした。

 

 ここで若旦那様は毛皮を入手した目的を話しました。

 ビーストマンはたくさんいるため、毛皮は大量生産が可能です。この毛皮を不思議なアイテムで金貨に変えれば、ナザリックの富として役立つのではないかと考えたのです。

 

 実をいうと、若旦那様の考えは本人の意図とは別に歴史的な面がありました。

 

 ナザリックでは金貨を富としています。

 帝国や王国では、金貨を貨幣として使用しています。貨幣の機能とはざっくりいうと三つあり、それぞれは価値の尺度、財の貯蔵、商品を交換する手段です。

 では貨幣が登場する前はどうだったかというと、色々な過程がありましたが、物々交換があった時代もありました。浜辺に住む人と山に住む人が、お魚とお肉の交換をしたことがあったかも知れません。

 ここで問題が一つ。お魚もお肉も、時間が経つと傷んでしまうのです。

 そこで登場したのが毛皮でした。

 毛皮はそれ自体に価値があります。身にまとってよし、寝具にしてよし、土地によっては天幕に使うこともあるでしょう。素材としての価値があるのです。貨幣には、素材として価値があることが重要なのです。だから希少で素材としての価値がある金が貨幣に選ばれているのです。

 そして毛皮はお魚やお肉と違って、簡単には傷みません。貯蔵することが出来るのです。財の貯蔵する機能があるのです。

 と来れば、お魚これだけに対して毛皮何枚、といった取引を思いつくこともあるでしょう。商品を交換する手段として利用できるのです。

 そこへ加えて、毛皮の利用には緊急性がありません。これが食べ物ですと、余裕がない時には交換することが出来ません。何かと交換するより、自分たちが食べれなければどうしようもありませんから。ですが、毛皮が本当に役に立つのは冬季です。食べ物と違って、常に絶対必要というわけではないのです。

 

 このように、毛皮は貨幣としての機能を十分満たしているのです。

 と言ったところで、アインズ様に献上した毛皮はエクスチェンジボックス、通称シュレッダーに突っ込まれて速やかに金貨にすることが可能だったりします。

 

「そう言うことなら。少し惜しいとは思うが」

「この場に持って参りましたのは一枚だけでございますが、別室に五十枚置かせて頂いております」

「それだけあるなら試しに入れてみるか」

 

 はしたなくも物欲しそうな顔をしている子供たちにも分けてあげるつもりのアインズ様です。

 アインズ様が持ってこさせたエクスチェンジボックスは、上部に細い投入口がある細長い箱でした。投入口に毛皮を近付けますと、明らかに毛皮の方が大きいのにするっと入ってしまいました。

 それから箱の脇についているボタンを押すと、ボックスの下側が開いて金貨が転がってきました。

 

「ふむ……、素晴らしい手触りだったが特殊効果のある品ではないからな。こんなものだろう」

 

 金貨の数は20枚でした。アインズ様がユグドラシルで集めていたドロップアイテムに比べれば雀の涙です。それでも毛皮一枚で20枚なのですから、かなりの高額査定と言ってもいいでしょう。ビーストマンの生涯収入が金貨20枚というとちょっと悲しくなってしまいますが。

 

「ビーストマンは東方に複数の国家を作っているそうです。聞き知った話からの推定になりますが、生息数は最低でも五千万を超えると思われます」

「ほう」

 

 一枚一枚は安価でも、五千万あれば十億です。金貨十億枚は至高の豊かさを誇るナザリックであっても無視してよい数字ではありません。

 それに毛皮を剥いだビーストマンを回復させて再利用すれば、一つから何回も収穫できます。

 アインズ様は頭の中ででそろばんを弾きます。

 魔導国の大戦略としては、堅実に足固めをしてから王国を攻略することが決まっています。でも金貨10億枚。

 

 ルックイースト政策が始まってしまうのかも知れません。




ここで水浴びやルプーにペナルティやブレイバーの行く末を書こうと思うとさらに20kでも足りなそうなので割愛
ティアティナラキュとシクススの話が済んだらアルベドの計画、の予定
諸々をカットしてクライムをどうにかの話に進めるのもありとは思う
字数が嵩んでも話が進まないのは進めようとしてないからなのだろうか_(:3 」∠)_
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