※この作品はR-18です。

アルベドのお食事   作:dolph

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本話14k


イス

 初めて口にした時から虜になった。

 月光を溶かしたかの如き滑らかな舌触り。吸血鬼であるからこそ感じる濃厚な旨味。どんな美酒だろうと麻薬だろうと再現できない天にも昇る陶酔感。悲しみも苦しみも全てを忘れさせる酩酊感。

 

 それだけであるならとっくに飽きていた。

 幾ら美味でも続けて飲めば飽きるもの。偉大なるペロロンチーノ様も「カレーはうまいけど三日も続くと飽きる」と真理を述べられておられる。

 

 この男の血は単に美味であるだけでなく、奥深いのだ。

 まるで男が生きてきたこれまでをなぞっているような、或いは官能的な一夜を共に過ごしているような。

 飲む度に新たな発見がある。

 採血してから時間が経ったものを飲んでも至福だというのに、口移しで直飲みする時は言葉にならない。吸血鬼として生を受けた意味の一つは、これを味わうためと断言できる。これを知らなければ生まれた意味がなく、これを知ったからこそ生に彩りがある。

 もしも限られた量しかなかったら、宝物庫の奥深くに仕舞い込んで善き日を祝う時しか口をつけられない事だろう。

 

 これからはそうなるのだ。

 

 この男の配下となったヴァンパイア・ブライドのミラから、吸血によって被吸血者が吸血鬼に転化する条件を詳しく聞いている。

 吸血によって吸血鬼にするには、肉に牙を刺した状態で血を飲むこと。男の首筋に嚙みついたシャルティアは、完全に条件を満たしている。

 吸血鬼になってしまったら、温かい血は流れない。吸血鬼が吸血鬼の血を飲むことは、不可能とは言わないが稀である。不味い上に滋養にはならないのだから。

 

「んっ……んっ…………」

 

 温かい血が喉を通り、体を熱してくる。頭が熱せられるのが先かも知れない。

 いつもなら官能的な美味に酔いしれるところだが、今日は違った。

 これが最後なのだ。

 最初で最後の、己の牙を使った吸血。

 首筋から唇を離せば、この血を永遠に失ってしまう。

 

「んっ……うぅ……」

「シャルティア…………」

 

 見ていることしか出来ないアウラは、思わず声を掛けた。シャルティアを罵倒したかったのに、声音には慰めの湿り気があった。

 

 シャルティアは、泣いていた。泣きながら血を啜っていた。

 永遠に失うが、新たに得るものもある。

 それが失ったものに釣り合うかはわからない。

 寂しいのか悲しいのかわからない。

 失うのだから喪失感がある。何かに見放されたような寂寥感もある。取り返しのつかない事をしてしまったこの気持ちを何と呼ぶか、シャルティアにはわからない。

 後悔なのか、後悔せざるを得ない事をしたのは一体何に背中を押されたのか。どうしてこんな事をしたのか。シャルティアにはわからなくなった。

 

「あぁ…………」

 

 肉から牙が抜け、首筋から唇が離れ、シャルティアは男の背中に抱き着いた。

 心がどんなに荒れ狂おうと、肉体を支配する強い酩酊感に立っていられなくなった。

 

 ややあって、声が響いた。

 

「……アウラ様、私の拘束を解いて頂けませんか?」

「………………うん」

 

 シャルティアには男の声が遠く、アウラには硬質に聞こえた。

 

 アウラは男を縛る鞭の持ち手を掴むと、軽く引っ張っただけで拘束が解けた。

 男は自身にすがりつくシャルティアの手を優しく包み、シャルティアが倒れてしまわないよう注意して立ち上がる。

 空いた椅子にはシャルティアを座らせた。

 

「アウラ様、その鞭をお借りできませんか?」

「いいけど……、何するの?」

「すぐお分かりになります」

「はにゃ?」

 

 シャルティアが呆けた声を出す。

 最後の吸血で酔いしれていても、自分の体が縛り付けられればわかるらしい。

 男は先ほどまでの自分がされていたように、長い鞭を使って椅子の背もたれにシャルティアの細い体を縛り付けたのだ。

 

「にゃっ……にゃにを、すりゅぅう!!」

 

 シャルティアの怒声は呂律が回ってない。

 酔っていなければさぞや迫力ある顔を見せたろうが、残念ながら酩酊状態。酩酊していなくとも、シャルティアの怒声で怯む男ではなかった。

 

「それはこちらの台詞です。いきなり血を吸うなんてどういうおつもりですか? あーいう風に血を吸うと吸血鬼になってしまうと、ミラから報告が行っていたはずですよ?」

「ほえ?」

 

 そーいう風に血を吸われた男は吸血鬼に転化したはずだった。

 吸血鬼による吸血によって吸血鬼になった者は、闇の父あるいは闇の母に絶対服従となる。よろめく母を椅子に座らせるのはおかしなことではないが、その後に縛り付けるのは異常事態だ。

 

 男は厳しい目でシャルティアを見下ろす。

 何がどうなっているのか、シャルティアは考えがまとまらない。アウラが代弁した。

 

「あんた、ちょっとこっち来て口開けて」

「私がバンパイアになったかを確認するためでしょうか?」

「いいから早く」

 

 男は言われた通りにアウラの前に跪き、口を開ける。歯は白く艶がある。歯並びもよい。肝心の犬歯は伸びてない。

 アウラは指を男の口に突っ込んで犬歯をつついてみる。犬歯なので鋭いことは鋭いが、吸血鬼の牙とは明らかに違う。

 続いてほっぺをなでなで。肌触りや柔らかさは措いておき、温かい。これまた体温がなくなる吸血鬼とは違う。

 ついでにシャルティアが噛んだ場所を確認。首筋には小さな傷が二つ並んでいる。シャルティアの牙を見れば深い穴が空いてもおかしくなさそうだが、少しだけ皮膚が破れているようにしか見えない。

 男には脈がある。つまり心臓が動いているのだから、シャルティアがつけた傷がそのまま残っていると、噴水のように血が噴き出る。そうなってない以上、傷が癒えたと考えられた。

 

 アウラはシャルティアに向かって首を左右に振って見せた。

 どこからどう見ても吸血鬼ではない。男は人間のままだった。

 

 シャルティアは真祖の吸血鬼である。闇の父も闇の母もない生まれながらの力ある吸血鬼。

 そのシャルティアに吸血されたのだから吸血鬼にならないとおかしい。

 道理を捻じ曲げる何かがこの男に働いている。それがなんであるか、当事者である男は思い当たるものがあった。

 

「アウラ様とシャルティア様にはまだ報告しておりませんでしたが、私はとある功績によってアインズ様から褒美を下賜されたのです。その件に関しましては、アインズ様は慎重に扱うことをお決めになりましたので詳しいことをお話し出来ない事をご了承ください」

 

 アズスから色々な話を聞きだした件である。この件が漏れると、どこぞの吸血鬼が吶喊してしまう危険性があるため緘口令が敷かれているのだ。

 

「私はアルベド様に、アインズ様に、ひいてはナザリックに長く仕えるため、アインズ様に不老不死を望み、与えられたのです!」

「「!!!!!」」

 

 アインズ様がお持ちの不老不死を与えるアイテムと、シャルティアの吸血鬼としての特性では、誰が判断しても前者が勝る。男の言葉は説得力を持って二人に響いた。

 が、件のアイテムはとても美味しいだけのドリンクである。と、アインズだけは知っている。吸血鬼化を防いだのは、この男が持つクラス特性によるものだ。

 

 

 

 アインズだけが気付いていることであるが、この男はセバスが死亡判定を出した状態でアインズの話を聞いていた。

 死亡判定を出したのは他ではないセバスである。心臓の鼓動も呼吸もない事を確かめ、気を操る術に優れたセバスが死んだと判断したのだ。肉体は確実に死んでいた。

 肉体が死んでいても話を聞くことが出来たのは、精神は生きていたからだ。

 お骨になったアインズが死んだ目でデバッグモードレベルと見做すクラスである。肉体が死んだ程度で真の死は与えられない。肉体があってこその精神だが、逆転している。精神があるから肉体がある。

 

 少々の傷ならすぐに治るようになってきたのを、上等な食事にポーションや回復魔法の多用で体が丈夫になってきた、と当人は思っている。

 実のところ、精神に合わせて肉体が戻っている。ソリュシャンにトロトロされたりエントマにモグモグされても、当人が自身のクラス特性を把握して意識さえすればすぐに元通りになる。残念ながらアインズの懸念によってクラス特性を知らされていないため、そうはなってない。これからもルプスレギナを手放せない日々が続くことだろう。

 そこでシャルティアの吸血である。吸血によって人間の肉体に死を与え、吸血鬼として新たな生を与える。しかし、この男へは吸血によって死を与えることが出来ない。転化のための儀式が完了しないのだ。

 アインズがぶちぎれるレベルの隠しクラスが、ただの吸血でなくなるわけがなかった。

 

 

 

 男が人間のままでいることに、アウラは胸を撫で下ろしたがシャルティアは冷や汗だらだらである。

 吸血して吸血鬼にしようとした理由は、この男に考えさせるつもりだった。それが叶わなかった以上、正当な理由を考えなければならない。

 さもなくば本件をアルベドはいいとしてもアインズ様に報告され、叱られてしまう。そしてそれ以上に恐れることがあった。

 

 普段はピンク色のシャルティアの頭脳が、この時ばかりは灰色になって高速で回転した。

 

「違うでありんす!」

「何が違うのでしょうか?」

 

 わけも分からず吸血鬼にされそうになったのだ。男の声は依然硬い。

 

「今のはあれでありんす。あれはそう……これではなくて…………」

「指示語ばかりでは何のことだかわかりかねます。あれとこれとはいったい何のことでしょうか?」

「だからあれでありんすからにして…………」

 

 必死で言い訳を捻り出そうとしていると、男の向こうでアウラが苦笑しているのが見えた。

 シャルティアは閃いた。

 

「あれはそう……、テストでありんす!」

「テスト?」

「お前は知りんせんようでありんしたが、アウラが今までお前に色々食べさせてたのは魔法の効果がある果物だったんでありんすよ!」

 

 男はパチパチと二度瞬き。

 初めて聞く話の真偽を確かめようとアウラを見れば、露骨に狼狽えていた。どうやら本当であるらしい。

 

「それはもうすっごい効果があって? 寿命が延びたり老化が止まったり回復力が増したり無敵になったりといい事尽くめでありんす!」

 

 シャルティアの舌がペラペラと回る。

 

「効果は一時的じゃありんせん。ずーーーっと続くんでありんす! お前は気付いてなかったようでありんすが、食べる前に比べたらずっとずーーーっパワーアップしてるんでありんすよ!」

 

 アウラから「差し入れた果物はメイドたちにあげてないよね?」と確認されたことを、男は覚えている。

 美味しいだけではなくそのような特殊効果があるのなら、雇っただけに過ぎないメイドたちに振舞えないのは当然だ。アウラに答えた通り、一番食べていたのは自分である。次にソリュシャンとルプスレギナ。そこにカルカが加わっていたりする。

 最近のカルカは以前よりも肌と髪の艶が良くなってきたそうで、各種美容品の効果を絶賛していた。が、もしかしたらアウラから差し入れられた果物の効果なのかも知れない。

 美容品についてはレイナースも褒めていたので品質は高いと思いたい。

 それはそれとして、カルカ以外に試作品の試用者を増やすことを決めた。

 

「だから、……そう! 血を吸ってもヴァンパイアにならないことはわかっていんした。それを確かめるためのテストでありんす!」

 

 シャルティアは自信満々にババーンと言い放った。

 

 シャルティアはシャルティアだからと言われるシャルティアであるが、けしておバカではない。知恵の使いどころが間違っているだけなのだ。

 仮に説得対象がアウラであれば、疑惑の眼差しを向けられるだろうが何とか飲み込んでくれたことだろう。階級が階層守護者未満の者であれば、階層守護者の威光でもって有無を言わせない。

 しかし、今回は相手が悪かった。整合性をとても気にかけ、道理から外れれば主神にすら反論する男である。

 

「なるほど、筋が通っているように思えます」

「そうでありんしょう!? だからすぐにこれをほどきなんし。階層守護者である私を? 椅子に縛り付けるなんて不届き千万でありんすが? 今すぐにほどくなら不問にしてやらないでもないでありんすよ? お前は私の優しさに感激してむせび泣きなんし!」

 

 シャルティアは勝利を確信した。たちどころにいつものペースに戻り、この件はこちらからあちらへの貸しと云うことにしてどういう形で取り立ててやろうかと考えた始めたところで遮られた。

 

「ですが、前後のやり取りを振り返りますと、シャルティア様もアウラ様も私がバンパイアに転化することを前提としていらっしゃるご様子でした」

「そんな事ありんせん! お前の気のせいでありんす!」

「吸血前に、アウラ様は「それはまずい」と仰いました。シャルティア様は「吸血した理由は後で私に考えされればよい」と仰いました。何よりも先ほどの説明では、こうするしかないと仰った理由が不明です。また吸血後のアウラ様のご様子は、私がバンパイアに転化しているものと思われていたようです」

「う…………」

「アウラ様は如何思われます?」

「えーーーっと。確かにあんたにはいろんな効果がある果物をあげてたけど……」

「そうでありんす! 私はアウラの計画に乗ってやっただけで全部ぜーんぶアウラが考えたことでありんす!」

 

 揺れていたアウラの目が一瞬で据わり、冷え切った。

 このおバカな吸血鬼は、擁護してやろうとした自分に全てを押し付けようとしたのだ。シャルティアに隙を見せてはいけないとよーっくわかった。

 

「私は何も聞いてないよ。あんたを連れてきたのは私の話が原因だから手伝っただけ。果物の効果の検証とか全部嘘。シャルティアがいきなり吸血して、あんたを吸血鬼にするつもりだったみたい」

「アウラァアアァァアアア!!」

「なに? 私に何も言わないでいきなり血を吸ったのはシャルティアじゃん」

 

 血も涙もないアウラの裏切りに、シャルティアの心は怒りに燃えた。何としてもこのちびっ子ダークエルフに事の道理を教え込んでやらねば気が済まぬ。

 しかしそれは、目の前の難事を見ない振りするための現実逃避に過ぎなかった。

 

「やはり私をバンパイアにしてシャルティア様の眷属にするためだったのですね。どういうおつもりですか? 理由如何によってはアインズ様にご報告する必要が出てきます。私はアルベド様の配下にありますが、それをシャルティア様が強奪しようとしたのですから。そのような事をされては組織の運営に関わります。大きな問題になりかねません」

「うっ……。アインズ様には内緒にして欲しいでありんす……」

「私も叶うならばそうしたいと思っております。結果として何も起こらなかったわけですから、大事にはしたくありません。ですが、同じことが繰り返されるととても困ります。困るのは私だけではありませんよ? 組織に、つまりナザリックに関わる者全てです。アインズ様がお困りになるのですよ。シャルティア様はアインズ様を困らせたいわけではありませんでしょう?」

「もちろんでありんす!」

「そのためには、同じことが起こらない保証が必要になります。シャルティア様がお話になる理由から同じことが起こらない確信が得られれば、この件は私の胸に納めることをお約束します」

「それは…………」

 

 俯くシャルティアを、アウラは腕組みして見下ろす。

 シャルティアが行動した理由はわからなくもないが、助けてやる気はもう失せた。これはシャルティアの自己責任もとい自業自得である。

 

「アインズ様にご報告した場合、シャルティア様は私への接触禁止令が出ることでしょう」

「!!」

 

 シャルティアの顔が跳ね上がった。

 アインズ様に叱られるのはとても厳しくて悲しい事だが耐えられないでもない。現に叱られたことが何度となくある。しかし、もう一つは受け入れられない。

 意思を込めて見返した目は、どこまでも冷静だった。

 

「おかしなことではありません。同じ問題が起きないよう対処するのは当然のことです」

「お前は私に二度と会えなくてもいいのか!?」

「ですからそれを避けるために理由をお話しくださいと言っています。何もわからなければあった事をご報告するしかありません」

「うぅ………………」

 

 シャルティアの頭が、またもがっくりと項垂れた。

 このまま口を噤んでいると、アインズ様に厳しく叱られてこの男への接触禁止令が出る。

 理由を話すのは、心に秘めた計画が露見する可能性がある。そして恥をかく。

 

「……話したらアインズ様に報告しないと約束しなんし」

「出来かねます」

「だからお前はぁあアア!!」

 

 力ある吸血鬼が目から赤光を漏らして怒りの叫びをあげても、男の態度は変わらない。

 冷めた目でシャルティアを見下ろし、正直に話せと迫り続ける。

 二度と会えなくなるかも知れないのに、男の態度は冷めきっている。

 男を見続ける内に、シャルティアは自分が馬鹿に思えてきた。

 

 男を吸血した理由を一言でいえば、盗られたくないからだ。

 愛の行為を交わし、愛の言葉を交わし、至高の血を差し出され続けてきた。男の血と命と心が、自分の中にある。確実にある。

 己は至高の御方であられる尊きペロロンチーノ様に創造された。今やこの男の一部が自分を形作っている。いや、一部なのだろうか。己を新しく作り直したのではなかったか。

 男の一部でも自分の一部ではなく、全部なのではないだろうか。

 血と命と心が重なって混じりあって、一つに溶け合って新しく生まれたのではなかったか。

 新しくなったのは自分だけで、この男は違うと云うことか。

 そうでもなければ、二度と会えなくなるかも知れないのにこんなにも冷めているはずがない。

 そうでもなければ、アインズ様に報告しようとするはずがない。

 想うのは自分だけで、向こうは何とも思っていなかったのか。

 有象無象の一つとでも思っているのか。

 

 怒りは間違いなくある。

 それ以上に、醒めてしまった。

 美味な血に酔いしれ、血の狂乱を抑えるために力を振り絞って、最後と思った吸血は言葉に言い表せるものではなく。

 それが、全て、醒めてしまった。

 

 全てが馬鹿らしく思えて仕方なかった。

 どうなろうと構わない。でもアインズ様に叱られるのはやっぱりきつい。それだったら全て話した方がずっとまし。

 失うものは何もない。

 得ていたと思ったものは、空っぽだったのだから。

 たとえアインズ様が認めた男であろうと、人間の男に心を預けたのが馬鹿だったのだ。

 

「お前が結婚するのが気に入らなかったでありんす。吸血して眷属にすれば私の命令に服従するでありんすから。そうすればお前はずっと私のものでありんした。でも安心しなんし。もうそんな気はありんせん。そんな事するよりずっと血を絞ってた方がお得でありんす。アインズ様に報告するのは好きにしなんし。その場合もちゃんと血を寄越しなんし。接触禁止令が出てもそのくらいなら構いんせんでありんしょう?」

 

 葛藤はどこに行ったのか、全てを話した。

 後は野となれ山となれ。どうなろうと構わない。どう思われようと構わない。

 

「そういうことでしたか」

 

 冷めた表情が和らいだ。

 だとしても、関係断絶を前にしてあんなにも冷めていた男だ。シャルティアの冷え切った心は動かない。動かないはずだった。

 

「シャルティア様のお気持ちはとても嬉しく思います」

「は?」

 

 呆けた声を出したのはアウラだ。

 シャルティアは、何を言われたのかわからなかった。

 

「仮に私がバンパイアとなってどのような理由を述べようとも、シャルティア様がアインズ様からお叱りを受けることは避けられなかったことでしょう。シャルティア様はそこまでして私を欲してくださったのでしょう? 光栄に思わないわけがありません」

 

 今までを振り返り、自ら行動して己を求めてくれたのはシャルティアが初めてなのだ。それも、アインズ様からのお叱りを覚悟して。

 嫉妬めいたことは他の者も見せることはあった。特にソリュシャンは、ユリと結婚すると話したら突然ドアをぶち破って攻撃を仕掛けてきた。どんな攻撃を仕掛けようと思ったのか、かなり致命的な状態に陥ったのは間違いない。それとて一方的な行動。痛い目に遭うのは自分だけだ。

 シャルティアはそこから一歩進み、自分が傷つくことを受け入れて行動した。そこまで高く評価している、と云うことである。

 

 なお、ユリとの結婚話を聞いたソリュシャンは、この男を速やかに殺害した後は自裁するつもりであった事を、当の男は全く知らないでいる。

 

「お……、お前は…………」

「はい、なんでしょうか?」

 

 男はシャルティアを見下ろしてはいない。

 縛られたシャルティアの前に膝を突き、柔らかな微笑を見せている。

 

「私が……、お前を自分のものにするのを、嬉しいと。そう言いんしたね?」

「はい。シャルティア様からそう思われて嬉しくないわけがありません。私はアルベド様直属なのでご希望には添えかねますが」

「だったらどうして私以外と結婚する!!」

「はい?」

「だってそうでありんしょう! 私にあんなに好きとか愛してるとか言ったくせに私以外の女と結婚するんだろう! そうしたら……そうしたら……!」

 

 それ以上は言葉にならなかった。言葉にしたくなかった。

 結婚とは愛し合う男女がするものだ。結婚してしまったら、結婚した相手以外とイチャイチャラブラブすることは不可能。自分以外の女と結婚するのだから、今までの関係は完全に失われてしまう。シャルティアはそう思っていた。

 

「結婚したら、何でしょうか?」

「こっっのっっっっバカッッッッッッ!!!」

 

 シャルティア様はシャルティア様だからと言われるシャルティア様にバカと言われるのは心に来るものがあった。

 

「お前が結婚したら……!」

「結婚したら?」

「結婚したら…………」

 

 シャルティアの顔が、怒り以外の赤に染まっていく。

 これまでベッドの上で、好きとか愛してるとか、愛の言葉を何度も言ったし言わせてもいた。言えたのはベッドの上だからだ。全く思わないでもない言葉ではあるが、こんな状況で、しかもアウラがいる場所では口にしづらい。

 口ごもるシャルティアに、男は察するものがあった。

 

「もしかするとシャルティア様は、私の話を聞き流していたのではありませんか? アウラ様からもご説明があったのではと思うのですが」

「何のことでありんす?」

「まず、私はソリュシャンたちと結婚する予定です。アルベド様とアインズ様にも通した話ですので、確定と考えてくださって結構です」

「…………」

「ですが、結婚するだけです。シャルティア様との関係はこれまでと何ら変わりません。シャルティア様がお望みでしたら、の話になりますが」

「はえ? ど、どういうことでありんすか!?」

「どうもこうもありません。シャルティア様は結婚を何だと思っているのですか」

 

 お前こそなんだと思っているのか。

 シャルティアは男の顔を見返した。真面目な顔だ。ふざけている様には見えない。

 アウラの顔を見た。アウラは両手を上げて首を左右に振っている。

 

「結婚とは、男女が結婚すると宣言する以上の意味を持ちません。そこには個人の意思も感情も不要です。何故ならば結婚とは、国家が個人を管理するための方策の一つに過ぎないからです」

 

 王国の貴族社会に詳しい男である。

 そこには愛のない結婚があれば、互いに見知らぬ者同士なのに結婚する場合も多々あった。結婚とは権力者たちが権力を維持または強固にするための手段の一つに過ぎない。そして管理を容易にするため。

 正当な結婚関係ではない両親から生まれた男である。結婚とは書面で交わす契約と全く変わらないと思っている。契約書が一枚増えるだけ。契約内容はその時々によりけりだろうが、ナザリックでの結婚契約に不自由な拘束はないと確信している。仮にあっても交渉で何とでもなると見ていた。

 

「私が結婚したとしても、これまでと変わることは何もありません。アウラ様はシャルティア様にそれらを説明なさらなかったのですか?」

「一応ね」

「そんなの聞いてないでありんす!」

「ちゃんと説明したでしょ! 聞いてなかったのはシャルティアじゃん!」

「うっ……」

 

 もしもこの男が結婚して結婚相手以外との関係を断絶するのなら、アウラは話を聞いた直後に然るべき行動に移っていた。それが今日まで何の行動にも移らなかったのは、どうしたいのかわからなかったからだ。

 シャルティアに相談したのは何かをしたかったわけではなく、意見が聞きたかっただけ。男の拉致に手を貸したのは、シャルティアも直接話を聞きたかったからなのだろうと思っていた。

 

「……お兄ちゃんは、結婚しても、変わらない?」

「変わるつもりも予定もありません。シャルティア様とも、アウラ様とも親しい関係でいたいと思っております。お二人が望まれないのでしたら私からは何も出来ませんが」

「…………」

 

 シャルティアはシャルティアだからシャルティアなのだ。

 自他ともに短絡で直情的と認めるシャルティアである。

 この男が結婚すると聞いて頭に血が上り、以降の話は全く頭に入っていなかった。

 他の女と結婚すると聞いて酷い裏切りを受けたと思って行動したのだが、全部自分が先走ってしまった事だとしたら。

 

 最大の懸念は、吸血して眷属にしようとした事で嫌われる事だった。しかし、嬉しいと言ってくれた。許してくれるに違いない。アインズ様に報告されるのもきっと止めてくれるはず。

 そうすると後に残るのは、先走った己の愚かさだけ。

 

「………………このことをアインズ様には……」

「ご報告いたしません。シャルティア様の為さった事がアルベド様のお立場を危うくするおつもりでしたらそういうわけには行きませんでしたが、そうではないのでしょう?」

「そんなつもりはこれっぽっちも思ってないでありんすよ!?」

 

 もしもそのつもりであったら、微塵の容赦もなく色々な罪や懸念で嵩増しして封印するのも止む無しと持っていくのも仕方なかった。

 そうならなかったのは幸いだ。シャルティアとの付き合いは長く深く、配下のジュネが愛し忠誠を捧げているとも言っていた。

 

「シャルティア様が為さった事に驚きはしましたが、重大な結果は生じていません。むしろ直接吸血されても影響がない事がわかったのは幸いです。迂闊に試せない事ですから。これからは直接飲んでいただいても構いませんよ」

 

 甘々な裁定に、アウラはやれやれと首を横に振り、シャルティアはうんうんと縦に振る。

 アルベドが関わることなら兎も角、実害が生じてない以上、男には大事にするつもりはなかったのだ。

 しかし、無罪放免とはいかなかった。

 

「但し、シャルティア様には罰が必要です」

「罰!? どうしてでありんすか!? お兄ちゃんは嬉しかったんでありんすよね? お兄ちゃんはシャルティアを許してくれたんでありんしょう?」

「それとこれとは別の問題です。私がシャルティア様を罰したいわけではありません。シャルティア様のためなのです」

「私のため?」

「その通りです。例えば、アウラ様がシャルティア様を崖から突き落としたとします」

 

 酷い例えに、アウラとシャルティアは頬を引き攣らせた。

 

「あんたもしかして…………、割と怒ってる?」

「怒ってはいませんよ。先ほどは厳しい態度を取りましたが、あれはシャルティア様に正直に話していただきたかったからです。事後になりましたが、ご容赦ください」

 

 上空3,000㍍から落っこちても無傷だった男である。崖から突き落とされようと悪戯の範疇としか思わない。

 

「話を続けさせていただきます。崖から突き落とされたシャルティア様は、下手人がアウラ様であると知りました。アウラ様もシャルティア様に知られてしまった事を把握します。ですが、シャルティア様はアウラ様を責めることなく、笑ってお許しになりました。さて、アウラ様はどう思われますか?」

「すっごい気持ち悪い」

「気持ち悪いだと!?」

「だってシャルティアが許すわけないじゃん。後で絶対仕返しするでしょ?」

「そんなのあったりまえでありんす! 絶対に倍にしてやり返すに決まってるでありんしょう!」

「と、シャルティア様は思っていらっしゃるわけですが、表面上はお許しになるわけです。さて、アウラ様はどう思われますか?」

「私が油断したころに仕返しするとしか思えない」

「と、言うわけです」

「何がというわけでありんすか!」

「シャルティア様が私から報復されることを恐れず、すっきりするためです。アウラ様も禍根を残すよりその場で解決したいとお思いになるでしょう?」

「まあ、思うけど」

「でもでも私はお兄ちゃんを信じていんす!! お兄ちゃんは後で仕返しとか絶対やりんせん! アウラとは違うんでありんす!」

「私じゃなくてあんたとでしょーが!」

 

 信じきれなかったから吸血したり不貞腐れたりしたのだが、シャルティアの頭脳には記憶されてない。都合が悪い事実は全てなかったことに出来る。シャルティアはとても楽しい吸血鬼生を送れる才能を持っているのだ。

 

「シャルティア様からの信頼をとても嬉しく思います。ですが、もう一つ理由があるのです。事前に連絡を頂けるなら兎も角、突然このような事をされると困ります。現にナーベラルからメッセージの魔法で不満をぶつけられました。同じ事を繰り返さないよう体で覚えていただく必要があります」

「か、体でありんすか?」

 

 シャルティアはごくりと唾を飲み込んだ。

 頬が、怒りや羞恥とはまた別の赤で染まっていく。シャルティアは高レベルなのだ。

 

「と申しましても、以前の罰ゲームのように後で行うことは出来ません。この場で済ませられるものが望ましいです」

「何をするつもりでありんす?」

「そうですね……」

 

 今この場で完結しなければならないので、大仰な事は出来ない。

 罰なのだから肉体か精神に苦痛を与えるものが妥当だろうが、高レベルなシャルティアなので前者は不可能。後者も、以前のように変装させて連れ回すなどの手間がかかることは出来ない。

 ふと思い出したのはティナである。

 

「そう言えば、シャルティア様はティナに椅子になる事を覚えさせていましたね」

 

 調教競争でティナが披露した芸である。あれのおかげで不戦勝に近い結果を得られた。

 

「……わかりんした」

 

 シャルティアは何かがわかったらしい。

 

「ふんっ!」

「千切れるでしょ! ほどくからちょっと待って!」

 

 シャルティアを縛り付けているのはアウラの鞭だ。とても強いシャルティアなので、頑張れば引き千切れる。

 愛用の鞭を壊されては堪らないと、アウラは慌ててほどいた。

 

「私の姿を見るがいい!」

「シャルティア!?」

 

 椅子から立ち上がって仁王立ちしたシャルティアは、ババっとドレスを脱ぎ捨てた!

 サキュバススキルの脱衣を使ったかの如き早業である。

 一瞬で下着姿になったシャルティアは、黒のブラジャーも外した。ブラジャーを外すとおっぱいのボリュームが数ランクダウンしてしまうのは、パッドがいっぱい詰まっているからである。

 ガーターベルトとガーターストッキングはそのままに、一思いにショーツを下す。なお、ガーターベルトの上にショーツを穿くのが正しい穿き方である。さもないと、ショーツを着脱する度にガーターベルトを外す必要が出てくる。

 白い裸身に黒いガーターベルトとガーターストッキングだけになったシャルティアは、その場に跪いた。

 両手も床に突き四つん這いとなって顔を上げる。

 シャルティアの目には決意があった。

 

「さあ! 座りなんし!」

 

 アインズ様にしか許したことがないシャルティア椅子である。シャルティアが出来る最上級の謝罪の形。

 しかし、男は眉間に皺を寄せる。呆れているらしかった。

 

「どうしてそれが罰になるんですか?」

「なん・・・だと・・・!?」

 

 最上級の謝罪の形を、この男は一蹴した。

 

 椅子になるのは、文字通り尻に敷かれることから屈辱感がある。しかし、率先してお馬さんになれる男だ。その程度で屈辱を感じる心はとうに失っている。

 では肉体的にはどうか。椅子になる、すなわち四つん這い。両手両膝を床につくだけで、姿勢としてはかなり楽である。吸血鬼である上にとても力が強いシャルティアなので、丸一日椅子になっても肉体的には何の痛痒もないだろう。

 精神肉体の両面で、椅子になるのは罰として不適である。

 

「椅子になるのでしたら反対でしょう?」

「反対? お兄ちゃんが椅子になるんでありんしょうか?」

「違います。私が申しあげた反対とは、シャルティア様の体勢です。背中を上にするのではなく、腹を上にしてください。つまり、ブリッジの姿勢です」

「ブリッジ!?」

 

 ブリッジとは、四つん這いの反対。

 両手を床につくのは同じでも、膝ではなく足の裏をつける。そして、背中を下に、腹を上に。

 四つん這いに比べれば、難易度も疲労度も遥かに高い。

 

「シャルティア様には簡単な事でしょうから、やはり他の罰を」

「やりんす! すっごく大変な罰でありんすが、お兄ちゃんを思えば頑張れるでありんす!」

 

 男に任せればどんな恐ろしい罰が来るか見当がつかない。シャルティアは四つん這いを崩し、その場に寝転んだ。

 両膝を立てて足の裏を床につけ、両手は逆手にして両耳の脇につく。

 

「ふんぬぅっ!」

 

 体を押し上げるというより、床を押し込む。

 力が強ければ柔軟性も高いシャルティアだ。シャルティアの体は一息で上がり、見事なアーチを形作った。ちっぱいが重力に負けて真っ平になっている。

 

「さ……、さあ! すわりなんし!!」

 

 逆さまになったシャルティアの顔は、長い髪が床につく。

 四つん這いの時よりも高さがあり、椅子としてならこちらの方が上。

 

「それでは遠慮なく」

「ぐふぅっ!」

 

 本当に遠慮なく、男はシャルティアの上に座った。

 ブリッジだと一番高くなるのはへその辺り。男が座ったのはそこからやや上。柔らかなお腹の上だ。

 

「おっ……おにいちゃんは、きちくでありんすぅ……」

「失礼な。これはシャルティア様への罰であることをお忘れなく。私がいいと言うまで今の姿勢を保ってください。長くても朝までですから大したことではありません」

「あ、あさ……!?」

 

 体力無限大の力ある吸血鬼であるシャルティアであっても、ブリッジをして腹の上に座られるのは大変であるらしい。

 たらりと冷たい汗をかくが、いつもとは反対方向に流れていく。

 

「それでは次にアウラ様への罰ですが」

「私!? なんで!? やらかしたのシャルティアじゃん!」

 

 安全圏から苦笑して見ていたアウラに、照準が定められた。

 

「先ほどシャルティア様へ申し上げたように、アウラ様のためです。尤も、アウラ様がシャルティア様が為された事に一片の責任も罪悪感も覚えないと仰るなら不要です。如何ですか?」

「そうでありんす! 私はアウラにそそのかされたんでありんすよ!」

「くっ……! きたない…………!!」

 

 もしもシャルティアがアウラの立場にいれば、全責任をアウラに押し付けていた。カルマ極悪は伊達ではない。

 しかし、アウラはそこまで開き直れない。アウラはとっても良い子なのだ。

 

「シャルティア様と同じことをしろとは申しません。アウラ様には……予習をしていただきましょう」

 

 男はアウラに手招きする。

 歯ぎしりして恐る恐る近付くアウラは、色々と覚悟した。

 

 とりあえず、この男は間違いなくカルマが極悪であると確信した。




気力体力が尽きてました
全部夏が悪い
本話で総文字数2m到達、長い
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