※この作品はR-18です。

アルベドのお食事   作:dolph

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本話12k


娼婦(?)の用途

「お前は一体何なの? どうしてここに来たのかしら?」

 

 ソリュシャンの声は冷たいだけとは言い切れない。無用な石ころを見る無関心に、恐ろしきGを目撃してしまった恐怖もとい嫌悪もとい驚きのような何かに、失望と疑念が幾分絡み合って、一言では言い表せない。

 

「ま、ま、マーレ様に、連れてきていただきました!」

「そんなの見てたんだからわかるっすよ。それとも? 私たちは見てわかる事がわかんないよーな馬鹿だって言いたいんすか?」

 

 ソリュシャンほどではなくとも、ルプスレギナも面白くない。聖域を土足で踏みにじられるに似た不快感がある。割とかなりプチっとやっちゃいたくなっている。

 

「ちちちちちちがいます! 私も急に連れてこられたので何もわからないのでございます!」

 

 女の叫びには必死の響きがあった。嘘ではないだろうし嘘を言える場面でもない。

 

 言葉を間違えれば死ぬ、ならば良い方で、いつぞやの洗礼と同じように生きたまま苦痛の極地に叩き込まれる危険性があった。

 己をそのような場に導いたマーレ様が連れてきてくださった場所なのだ。そうして会わされているのが人間であることが疑わしく思えるほどに美しい二人の女。極々理性的に考えれば、二人ともあちら側だろう。絶対に間違ってはならない。虚言を弄するなど以ての外だ。

 

「それなら今までどこで何をしていたか言いなさい」

 

 何が起こっているのか当人にもわからないのであれば、これまでの履歴からこれからを推測するのは理に適った判断である。

 

「王国内で情報を集めておりました!」

 

 女の言葉に、二人は顔をしかめた。

 

「一応聞いておくっすけど、誰の命令っすか?」

「アルベド様でございます!」

 

 予感が的中してしまった。二人はふうと息を吐き、つと額を押さえる。

 王国内での情報収集は、間違いなく重要な諜報活動である。加えてアルベド様のご命令と言い切った。ナザリック内での序列では高い位置にあるプレアデスであっても、戦略や政略に関わる高度な計画には立ち入れない。

 しかし、そうすると疑問が深まる。

 高度で重要な活動を任せていた女を、どうしてエ・ランテルに呼び寄せたのか。エ・ランテルでも城の方なら話はわかるが、こちらのお屋敷は重要な施設ではあってもナザリックや魔導国の戦略に関わる機関はない。

 一番の違いは、アルベド様の相談役がいることだ。

 

「ここに来たのはアルベド様のご命令なのかしら?」

「わかりません! 今から十日ほど前に準備が整い次第エ・ランテルに向かえと仰せつかっただけでございます!」

 

 そうは言うが、アルベド様のご命令で活動していたのを呼び出すのならば、アルベド様かアインズ様のご許可がいる。来たのがこちらのお屋敷である以上、アルベド様のご命令と推測できる。

 

 アルベド様がご自身の相談役あるいは給仕係を可愛がっているのはナザリック内にて周知、とまでは行かないのは相談役の露出の多寡であって、近くに接していればよくわかる。

 現にソリュシャンとルプスレギナは繋がったまま気を失っている二人を見ている。

 故に、相談役を可愛がるために新しい女を、と考えるのは、目の前の女を見ればあり得ないと断じざるを得ない。

 だけども、諜報活動を行っていた女をわざわざ呼び寄せて何をさせるのかと言うと見当がつかない。そして振り出しに戻るのである。

 一言で言えば、わからない事が起こっているのが不快なのだ。

 

 女が骨折の痛みと張り詰めた空気で脂汗をたらたらと流していると、部屋のドアが軽やかに叩かれた。

 

「失礼いたします。ソリュシャン様、ルプスレギナ様、昼食は如何なさいますか?」

 

 許可を得て入室したメイドは、ソリュシャンの専従メイドであるシェーダ、に指導されているラキュースだった。

 

 シェーダはソリュシャンの専従メイドである。ソリュシャンの身の回りの世話をするのが仕事だ。しかし、そのソリュシャンも実態はメイド。自分の事は自分で出来、あまり手が掛からない。

 これが現地で雇ったメイド相手だったら我儘を言って当たり散らして振り回すだろうが、自身と創造主を同じくするシェーダにそんな事を出来るわけがない。元よりシェーダの仕事は完璧だ。

 と云うわけで、シェーダには空いた時間が多かった。

 帝都にいた頃は、空いた時間を利用してカルカや双子幼女にナザリックの事や作法を教えてきた。しかし、彼女らは帝都に残り、エ・ランテルに戻ったシェーダは再び時間を持て余した。その時間を若旦那様が使ってくれるなら良かったが、いつでもと云うわけには行かなかった。

 そこに現れたのが、シェーダと親しい同僚であるリファラとキャレットである。二人はアルベド様の専従としてエ・ランテルにやってきた。そこには5Pをした縁があったわけだが、当事者以外知らない事である。

 アルベド様は週に一度の休日を除けば、エ・ランテルにいらっしゃるのは夜間のみ。日中の二人は時間があった。その時間を有効活用すべく、二人がメイド研修所でもあるお屋敷のメイド教官に手を挙げたのだ。

 

 二人は日中もお仕事をしているのにシェーダは暇である。そこで目についたのがラキュースだった。

 生まれが貴族のお嬢様であったラキュースは、場に相応しい美しい所作を身に付けている。今はメイドであっても、他のメイドたちとは立場が違うので屋敷の維持管理に駆け回る必要がない。暇な時間は小説執筆にあてているが、皆は働いているのに自分一人だけ部屋に籠りきりというのは気が引けた。

 双方の思惑が嚙み合って、シェーダはラキュースにメイドとしての教育を施すことにしたのだ。

 

 これによってラキュースの給金に変化はない。むしろ授業料として支払いたいと思うくらいである。ラキュースなりに、礼儀は身に付けているつもりでも、使用人としての心構えはまるでなかったのだから。

 というのは建前であり、本音はお屋敷に留まる期間を出来る限り延ばしたいからである。

 先の毛皮収穫では、新生蒼の薔薇に一人当たり金貨100枚の報酬が出た。それをラキュースは受け取らず、留守番をしていたティナとガガーランへ渡している。

 金貨二万枚の借金は、月額金貨十枚のお給金で完済するのだ。また、これを機に若旦那様専従という夢を見ていたりもする。

 

 そのような事情はさておき、入室したラキュースは、知らない女が倒れていることに目を丸くした。

 ラキュースのみならず、ソリュシャンとルプスレギナの目を瞬かせたのは、女がラキュースの名を呼んだからだ。

 

「もしかして……ラキュース!? 王国の冒険者を辞めたとは聞いていたけれど、こんなところにいるなんて……」

「知り合いっすか?」

「いえ……私に心当たりは……」

 

 美女姉妹から目を向けられても、ラキュースは答えられない。

 王国のアダマンタイト冒険者であったラキュースは、美貌と偉業と強さでもって王国内では広く知られている。情報に聡ければラキュースと会った事がなくとも、ラキュースを見ればわかるだろう。

 向こうが知っていても、こちらが知っているとは限らないと云う事だ。

 それ以前に、傷だらけの顔では知った顔でも見間違う。

 

「回復させてもよろしいでしょうか?」

「ま、仕方ないっすね」

 

 ルプスレギナが掛けてやろうとしたが、ラキュースが先に女へ近付いた。

 

「へぇ……」

 

 ラキュースが行使した治癒魔法は、女の傷も骨折も全てを癒す。

 思ったより効果があることにルプスレギナは感心した。アダマンタイト冒険者なんてザッコとか思っていたのだ。

 

 その認識は割と正しく、ラキュースの治癒魔法は以前より効力が増している。

 ラキュースはお屋敷の若旦那様との交合を経て、位階がちょっとだけ上がったのだ。ラキュース的にはなんらおかしくも不思議でもない事である。

 

 傷一つなくなった女の顔は、やはり痩せすぎとしか言いようがない。美醜で言えば間違いなく醜に傾く。諜報員とするなら美醜のいずれかに酷く傾かなければどうでも良いだろうが、この屋敷に招くとなるとどうしても疑問が湧き出る。

 

「どこかで見たような気はするのですが……」

 

 ラキュースに見覚えがあるのなら、王国内での事になる。しかし、今までずっと王国にいた。無数に見かけた誰かしらの誰であるかまでは同定できない。

 悩むラキュースに煮え切らないとでも思ったのか、女が叫んだ。

 

「ヒルマよ!」

「あっ!? ヒルマ? 八本指の? ここで何してるのよ!」

 

 八本指とは、王国に巣くう手が長ければ根も深い犯罪組織のことだ。

 王国の治安を守るべく日夜戦い続けたラキュースにとっては宿敵と言って過言ではない。それをエ・ランテルの大きなお屋敷で、窶れ果てた姿で見ようとは夢にも思わなかった。

 

「はいそこまで」

 

 ルプスレギナが渋面で止める。

 続いて口を開いたソリュシャンも渋い顔だ。

 

「八本指と言ったわね。その時の立場を正確に言いなさい」

「はいっ! ヒルマ・シュグネウスと申します。王国の裏にて権勢をふるっていた組織『八本指』にて麻薬部門の長を務めておりました!」

「「ああ~~……」」

 

 ようやく知れた女の名に、美女姉妹は疲れたため息を吐いた。

 

 八本指の名は、二人も知っている。

 最初に知ったのは、王国内にそのような犯罪組織があること。八本指の幾人かにナザリック式洗礼を受けさせて、心を入れ替えた者を使っている。ヒルマはその内の一人なのだろう。

 次に聞いたのが帝都にいた時、屋敷に侵入したティアとティナを捕まえた際に話の流れで上がった。

 最後に聞いたのが若旦那様。八本指に少し迷惑を掛けたことがあると言っていた。

 その上、ヒルマは麻薬部門の長。王国名産の黒粉を扱っている部門だ。黒粉を若旦那様は割と好きであるらしく、帝都の裏市場で見つけたのを懐かしそうに購入していた。

 

 もしかしてもしかすると、昔迷惑を掛けて、好物である黒粉を扱っていたヒルマに恩返しを、と云うところまで考えて二人は却下した。

 あの男に、そういった人並みの情はない。昔の話は昔の話と切り捨てる潔さがある。

 

「ソリュシャン様とルプスレギナ様は何かご存知なのですか?」

 

 ラキュースに問われ、ルプスレギナの愉悦系ワーウルフが目を覚ます!

 にやりと悪そうに笑い、問い返した。

 

「おにーさんてむかーし八本指の連中を千人くらい殺してるんすけど、そこのとこラキュースはどう思うっすか?」

「「えっ?」」

 

 ヒルマも驚きに声を上げる。

 

 ヒルマはどうでも良いとして、ラキュースだ。

 下心や虚栄心や憧れやら色々なものが混じっていようと、ラキュースが冒険者になった理由の一つに「人々を守るため」は確実にあった。八本指は犯罪組織と言えど、モンスターや亜人などではなく人間だ。その人間を大量に殺した男をどう思うか。

 それで心が離れるならよし。そうなったら飼い殺しにするだけである。

 ルプスレギナ的にはどちらに転ぼうと何の問題もない。単に、かつて起こった事実を述べただけ。

 

「八本指は若旦那様の邪魔をしたのではないでしょうか。だとしたら仕方がない事だと思います」

 

 しかし、ラキュースは一瞬だけ動揺を見せたものの、落ち着いた様子で言葉を返す。

 ルプスレギナとソリュシャンは感心したようにラキュースを見る。残った一人、ヒルマはラキュースよりも動揺して目を見開いた。

 

 八本指の一部門の長として、ラキュース率いる蒼の薔薇と敵対していたヒルマだ。ラキュースの事は細かく調べ上げていた。

 以前得た情報では、ラキュースは情に厚い。敵対者には容赦しなくとも過度な攻撃を加えることはなく、よく言えば思い遣りがあり、悪く言えば甘かった。

 それが千人も殺されたと聞かされても、一瞬眉根を寄せただけ。

 メイド服を着ているこの女は、本当に自分が知るラキュースなのかと疑わしく思えてきた。

 

 と、ヒルマが疑うのも、ルプスレギナとソリュシャンが感心するのも無理はない。ラキュースは以前のラキュースとは違うのだ。

 ラキュースの主観では、高き所から自分を教え導くために降臨為さって下さったお方と高い次元での交合を繰り返して高きに導かれてきた。或いは上書きされている。高き所からいらっしゃった天上人の歩みを地上人が妨げることは許されない。それは人が蟻を踏んでしまうようなもの、とまで言ってしまうと過言だが、あの方の邪魔をしてしまったのなら仕方ないと断言できてしまう程度には染まっていた。

 相手が犯罪組織の八本指と云うのなら猶更である。

 

 が、実態はもう少し酷い。

 八本指の構成員が千人も死んだら組織が存続できなくなる。いなくなったのは当時の奴隷部門の上の方で、犠牲者の大半は八本指の構成員ではなかった。

 尤も、治安が特に悪い地区で起こった事なので、八本指と無関係な者ばかりではなかったろう。

 今や詳細は誰にもつかめない事である。

 

「そ、それは、いつ頃に起こった事なのでしょうか?」

 

 ヒルマが恐る恐る質問する。

 ソリュシャンとルプスレギナはそっと目を合わせた。

 わざわざ質問に答えてやることはない。が、事の仔細は二人も知らない。当事者である八本指であったヒルマなら何か知っているかも知れない。

 

「お兄様は子供のころと仰っていたから」

「十年以上前なのは確実っすね」

「十年前……あっ!」

「なんか知ってるんすか? 知ってたら全部話した方いいっすよ?」

「は、はい。以前、王都の一画で大火がありまして……」

 

 八本指の奴隷部門が焼かれたのは先述した通り。

 それによって、八本指の上の椅子がごっそり空いた。当時はまだまだ現役だったヒルマが若くして一部門の長となれたのは、その時の大火が遠因だった。

 

 皆は男の逸話をふむふむと興味深く聞き、シェーダがやってきたことでお開きになった。

 ラキュースは、昼食について聞きに来ていたのだ。仕事をこなせなかったラキュースが小言をもらったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 アルベドのお仕事が終わる時間は不定であるが、エ・ランテルに戻る時間を何時にするかは幾つか決めていた。

 

 ある時間までに戻れたら屋敷で夕食を取る。ナザリックの24時間営業レストランと違って、こちらでは食事の準備に時間が必要だ。代わりに味はそこそこ。ナザリックから高品質な素材を供給されているし、お嬢様として君臨してきたソリュシャンが我儘を言い続け、メイド教官たちが料理が出来ないなりにあれこれと注文を付け続けた成果である。アルベドも今朝の朝食には及第点を出した。

 夕食時間に間に合わなかったら、ある程度の時間を置いてから戻る。どんな時間に戻ろうとも自分の出迎えのために、少なくとも自分の専従となったリファラとキャレットと、彼が出向いてくるのは確実だ。憩いの時間を邪魔しないがための気遣いである。その際はナザリックで夕食を取る。それはそれとして夜食はきちんと取る。この時間に戻ることを夜食時間とする。なお、夕食時間に戻っても夜食は取る。

 夜食時間に間に合わなかったら、その日はもう仕方ない。夜の時間は、ソリュシャンかルプスレギナか他の誰かが有効に使うだろう。その場合、朝一のファーストショットは絶対だ。今朝方は時間の都合があって精飲にしたが、時間があったら睡眠姦をしたかった。それこそが住まいをエ・ランテルに移した目的の一つなのだ。近々絶対にやると心に決めている。

 当然のことながら、するだけでなくされたい。とてもされたい。以前、寝たふりをして誘ったことがあるのだが残念ながら不発。あの時描いていた絵はどうなったのだろう。

 聞けば、彼は朝がとても弱いのだとか。自然に睡眠姦に持っていくのは難易度が高いかも知れない。予め言い含めておけばしてくれるだろうが、それではサキュバス的矜持に関わる。どうすればと悩ましく思うも時間はある。これからは一つ屋根の下に住み暮らすのだ。

 

 この日、アルベドがエ・ランテルの屋敷に戻ったのは夕食時間より少し前。

 引越しした一日目なのだからお仕事をいつもより頑張って、終わらなかった分は明日に回した。その分、明日は夜食時間に間に合うか微妙である。

 

「「アルベド様、お帰りなさいませ」」

「ええ、今戻ったところよ」

 

 アルベドがエ・ランテルのお食事部屋改めアルベドの私室に戻るなりドアが恭しくノックされた。帰還を知らせる鈴はきちんと機能している。夜食時間を過ぎたら鳴らないように設定した方が良いかと考える。

 入室を許せば、リファラとキャレットが帰還の喜びを告げた。

 一人足りないとアルベドが眉をひそめたのをキャレットが気付く。リファラも優秀なメイドだが、キャレットに比べると少々おっとりしていた。

 

「相談役殿、いえ、若旦那様はマーレ様をお送りしているところでございます」

 

 公的な場なら相談役殿と呼ぶ。しかし、エ・ランテルの大きなお屋敷はアルベドのお食事処で私的な場所。公私のメリハリをつけるようにとアルベドが命じたため、この屋敷では若旦那様は若旦那様なのだ。ソリュシャンとルプスレギナも、おにーさんやお兄様と呼び続けることをアルベド直々に許している。

 

「マーレが来た? するとあれが届いたのね」

 

 マーレが届けたものをアルベドは知っている。彼の計画に理解を示し、アルベドが許可したのだから知らないわけがない。

 

「私も会うわ。どこに置いてあるのかしら?」

 

 

 

 そうして始まったのがヒルマへの圧迫面接その2であった。

 

 場所は空いた客室から書斎へ。

 ヒルマはポツンと椅子に座らせられ、正面には一人掛けのソファに座る男。アルベドは男が座るソファに両手を突いている。ヒルマは男とアルベドのどちらに視線を合わせるべきかと真剣に悩み、高速で視線を上下に動かした。

 

「アルベド様はお座りにならないのですか?」

「ここでいいわ。今日はずっと座りっぱなしだったもの。立っていたいの」

 

 ナザリックではデスクワークが大半のアルベドだ。視察をすることも稀にあるが、わざわざ見に行くまでもなく正確な情報がアルベドの元に集まるようになっている。

 

 男は、頭上にあるアルベドの胸に触りたくて仕方がなかった。顔を埋めるのでもいい。午前、マーレが来るまでにソリュシャンとルプスレギナに色々してされているが、アルベドのおっぱいは別ぱいである。

 しかし、これから重要な話をしなければならない。舌を噛み切った痛みで紛らわせ、誘惑に耐えた。

 

「私たちはそれの名を聞いただけでございます」

「おにーさんに言われて回復させてからは放置してたっす」

 

 午後になって、アインズ様へ帝国の一次資料を届けたのはソリュシャンだ。

 お嬢様ロールをしているソリュシャンには重量的に運べる量ではなく、お嬢様ロールをしていなくとも体積的に困難で、二体のデスナイトを使って運び入れた。

 その資料は速やかにデミウルゴスの手に渡り、デミウルゴスが久しぶりに一日三十時間の矛盾をすることになるのは余談である。

 

 ソリュシャンとルプスレギナは男が座るソファの両脇に立つ。

 ミラはヒルマの真後ろだ。ヒルマに至らないところがあったら制裁を加えるためである。

 

 凄い面々に包囲されたヒルマは、冷たい汗をかきっぱなしだ。媚びへつらって追従笑いをしたいのだが、顔面が引きつってまともな表情が作れなくなっている。

 そんなヒルマを見て、男は唸った。

 

「うーん……。ヒルマ、で合ってるよな?」

「はいっ! 八本指の麻薬部門をまとめておりましたヒルマ・シュグネウスと申します!」

「本当にヒルマなのか。なんだか聞いてたのと少し違うな……」

 

 ヒルマが男の美貌に驚いていたのとは真逆の驚きが、男にはあった。

 兎にも角にも痩せすぎである。ゆったりとした服から覗く手足は骨の形が浮かび、目の下は窪んで頬がこけている。

 金色の髪は豊かで唇は赤く塗っているのが一層異様に感じる。

 

「元は高級娼婦と聞いてたんだが、それで合ってるか?」

「はい! 部門の長に就いてからは客を取ることはありませんでしたが、以前は娼婦として勤めておりました! 客には王国の貴族や名のある商人たちが連ねておりました!」

「うーん……」

 

 高級娼婦と言うのなら教養があり、顔もそこそこ見れるものだったのだろうが、骨に少々肉付けした程度にしか見えない今のヒルマに、その頃の面影はない。面影はないが、本人がそう言うのなら本当にヒルマなのだろう。以前聞いていたのと大分違うが。

 

 娼婦と聞き、ソファの両脇から男へ強い視線が注がれる。

 アルベドが安心させるように目配せすれば、視線は男からヒルマへ戻った。

 

「何でそんなに痩せてるんだ? 食事を取ってないのか?」

「それは……その……。固形物が喉を通らなくなってしまいまして、スープしか飲むことが出来ないのです……」

「どうして?」

「それは、何と申しましょうか……」

 

 言葉に詰まるヒルマへ、背後のミラがさっさと話せと殺気を注ぐ。

 首筋を冷やす視線にヒルマの舌がますますもつれる。

 事情を知ってるルプスレギナが話してやった。

 

「恐怖公のところで躾けられたって聞いてるっすよ」

「うっ!」

 

 その時の事を思い出したのか、ヒルマの顔色が真っ青になった。

 細身を越えた骨身のヒルマが真っ青になっていると、そのまま死んでしまいそうだ。

 

「恐怖公……。確かエントマさんのおやつを召喚した方だとか」

 

 コックローチである。

 ヒルマは無数のコックローチに責められ、飲まされ、もぐもぐされてしまって心を入れ替えた。

 今でこそ窶れ果てたヒルマであるが、それはその時の経験が心に傷を残し、固形物を飲み込むことが出来なくなったからだ。

 ナザリック式洗礼の直後は焦燥しきってはいたものの、体におかしなところはなく窶れていたわけではなかった。

 ヒルマが八本指の一部門の長に上り詰めたのは、心の機微などを察する能力に優れていたからだ。肉体的や精神的に格別優れていたわけではない

 

 一方、ビーストマンの中でブレイバーの称号を得るほどに優れたケムキチは、ガチギレしたルプスレギナとミラの責めに耐えた。けれども、男が責めたら毛皮は色褪せ体は縮んだ。

 

 洗礼直後のヒルマとケムキチの様子を見れば、ケムキチの方が大変だった。とは言え、ケムキチは今でもきちんとご飯を食べれている。

 どちらの洗礼がより有効であるかは、時と場合に依るだろう。

 

「恐怖公……コックローチ……。そうだ!」

 

 ヒルマがコックローチによって心に傷を負ったのだと察した男は、閃いてしまった!

 

「コックローチのせいで食事を取れなくなったのなら、コックローチで癒せばいい」

「「「?」」」

 

 男がいつものように変な事を言いだした。

 

「簡単な事だ。この前エントマさんと話したことを実行する。動いていると逃げられるから、熱した油で素揚げして」

「ルプスレギナ」

「はいっす」

 

 フンッボッグハッ! 男は赤い血を吐いた。

 

 アルベド様公認物理的強制力によって男の提案は妨げられてしまった。アルベド自身も貫通させたり真っ二つにしたり綺麗な顔を吹っ飛ばしたりしている。ボディに行くくらい大したことではない。

 すぐに回復されたのが悪かったのか、男はめげなかった。

 

「私はコックローチを皆の主食にしようとしているわけではありません。いつか訪れるかも知れない食糧難に備えて新たな食糧を開発しようと」

「ダメよ」

 

 男の提言を、アルベドは切って捨てた。

 もしもデミウルゴスが相手だったら、男の言葉に一定の理解を示してしまったかも知れない。賢い男の弱点で、理詰めで来られると弱いのだ。賢いが故に言葉の正しさを認めてしまう。

 しかし、女には嫌なものは嫌と言える強かさがあった。

 

「もしもそんなのを食べでもしたら二度と口でしてあげないわよ」

「うっ………………。かしこまりました……」

 

 アルベド様のお口カードに勝てる札を、男は持ち合わせていなかった。

 ヒルマの主食をコックローチにするだけなら、アルベドも賛成したことだろう。しかし、この男は絶対に自分でも食べたがる。オーガがどうとかビーストマンがどうとかは、アルベドの耳にも入っていた。

 嫌な事を皆に強制する男ではないが、コックローチを食べた唇にキスしたいと思う女はいない。エントマは行けるかも知れないが、女と呼ぶよりまだまだ女の子である。

 

 こうしてヒルマの主食がコックローチになる事は避けられた。ヒルマは五体投地してアルベドへ感謝を捧げるべきであった。

 

「仕方ないか」

 

 男は立ち上がり、机の引き出しを開ける。

 取り出したのはやや大きめの蓋付きカップ。ヒルマへ投げ渡した。

 

「それを飲むといい。栄養不足で作戦中に倒れられたら困るからな。飲み方はわかるか?」

「は、はいっ! ええと……」

 

 わからなかったらしい。

 男が教えるまでもなく、ヒルマの後ろにいたミラがカップに付属のストローを剥がして取り出し、蓋に刻まれた十字に刺す。

 ミラからストロー付きカップを渡されたヒルマは、男から顎でしゃくられ、恐る恐るストローに口をつけ吸い込んだ。

 中身の液体が舌に触れるなり目を見開く。

 美味しい、とは思うのだが兎も角甘い。甘さは粘性を感じる程だったが、液体であるので苦も無く喉を通る。

 胃に溜まるに連れて、久しく感じていなかった満腹感が出てきた。スープなどで胃が膨らんだだけとは明らかに違う。

 三分の一も飲めばお腹いっぱいになった。

 

「全部飲むように」

 

 言われ、何とか飲み続ける。

 満腹感があっても、量的には大したものではない。強い酒などなら兎も角、お腹に溜まるだけの液体なら何とか飲み干せる。

 

「これは一体……」

 

 飲み終えたヒルマは口を押さえ、独り言ちた。

 

「あれはもしかしてシズの、ですか?」

「ソリュシャン、正解。この前行ったときにお土産でもらったんだ。忙しい時用にとっておいたんだが、仕方ない。あと幾つかあるけど、それがなくなったら」

「そうしたら私が持ってきてあげるわ」

「アルベド様にそのようなお手数をおかけするわけにはいきません!」

「あなたの考えが上手くいって欲しいのは私もよ」

「アルベド様、ああ、なんとお優しい……!」

「私如きのために何と申し上げればよいか言葉を選ぶことが出来ません! お優しいアルベド様の御心に心からの感謝を捧げます!」

 

 何か言われる前に、睨まれる前に、ヒルマはとっさに椅子から下りて床の上に跪いた。

 自分が何を飲んだかはわからないが、アルベド様が自分のために何かをしてくださることだけはわかったのだ。

 そこのところが分からなかった場合、ケムキチがやせ細った洗礼を受ける可能性があった。幸いにもナザリック式洗礼を受けているヒルマは、礼儀がなっていたようである。

 

 言うまでもなく、ヒルマが飲んだのはシズちゃん専用甘々ドリンクである。

 たった一杯で成人男性に必要な一日分の栄養素がたっぷり詰まっている。ガリガリになっているヒルマなら、一杯飲めば三日は食事をしなくて済む。

 

「出来るなら食事を取れるようになった方がいいが、当面はそれを一日一杯飲むように」

「は、はいっ! お慈悲に感謝いたします!」

 

 三日で一杯で足りるところを、毎日飲まされるらしい。

 

 

 

 ヒルマの栄養補給が何とかなったところで、ようやく本題に入った。

 王国への潜入情報収集よりも重要な指令があるのだ。

 

「元とは言え高級娼婦だったのなら、男をその気にさせたり悦ばせる技術に長けているんだろう?」

「はい! 旦那様が……」

 

 ご所望でしたら何なりと、と続けようとしたが、重い視線に舌が縫い留められる。

 反射的に答えようとしたものの少し考えれば、今の己を燐光を放つような美貌の男が求めるとは思えない。

 

「その技術を伝えることは出来るか?」

「出来ます! 今までも新人に指導したことが何度もありました!」

「……元気がいいのはわかったから、少し落ち着け」

「ももも申し訳ございません!」

「だから、声の調子を落とせ」

「…………はい」

 

 アインズ様なら仕方ないと諦めるところを、この男はめげなかった。めげない末に物理的強制力を行使されるのはついさっきもあった事だ。

 

 技術を伝える云々で、アルベド以外の女がこっそりと顔をしかめた。

 今までの自分たちが至らなかったからこの女に指導させると言われでもしたら、女心が酷く傷つく。

 アルベド様がお許しになった事なのだからそれはないと思いたいが、果たして男の要求は女たちが思うこととは全く違った。

 

「その技術を活かして、娼婦を一人仕立てて欲しい。先に言っておくが俺が使うわけじゃない」

 

 この男にとって娼婦とは、自分が楽しむための存在ではない。技術の研鑽や開発のための練習相手だ。特に、複数人を同時に相手取る時はどのようにされるのがいいかを詳しく聞き取っていたりする。

 今までは魅惑の秘薬を売ってる店を使ってきたが、是非にと誘われている事もあり、そろそろトロトロの蜂蜜を売ってる店に顔を出そうと考えている。

 

「それでは誰の相手を用意させるのですか?」

「まさか髭のおっさん、はもういないっすよね」

 

 アルベドは微笑を崩さない。

 ミラはヒルマの牽制役で口を開かない。

 髭のおっさんことラキュースの叔父はとっくにエ・ランテルを離れている。まだ滞在していたとしても、わざわざ娼婦を紹介するわけがない。この男はそんな気を利かせられない。そもそも気を利かせていい事がある相手ではない。

 

「俺の古い知人だよ。そろそろ会いたくなったからその時のプレゼントさ」

「うっそだー」

 

 ルプスレギナは一瞬で男の嘘を見破った。

 誤魔化そうと思えばややこしい事をややこしいままに話してけむに巻けるが、基本的に嘘は下手な男である。

 

「古い知人なのは本当だよ。そいつに女の良さを教えてやりたい」

 

 女の良さを教え、溺れさせる。求めるのはただそれだけ。

 

「年は俺より大分下かな? 目が悪いのか頭が悪いのかわからないが知覚機能に異常があるようだ。清楚可憐な美しいお姫様に……」

 

 実際とはかけ離れた言葉を口にしたせいで、男は気分が悪くなった。

 だけれども、アルベド様が撫でてくれたおかげで瞬時に回復。言葉を続けた。

 

「清楚可憐と思い込んでるお姫様に貞操を捧げてる真面目しか取り柄のない青年騎士だ」

 

 美しい姫。

 姫にかしずく青年騎士。

 

 王国の事情に聡いヒルマには、誰であるか瞬時に分かった。

 王国の王女ラナーが拾ったと聞く騎士見習い、クライムのことであると察しがついた。




夏が暑かったり風邪引いたりで下がった投稿ペースを戻したいと思うがさぼり癖が付いたような気がしないでもないです

成人女性が一日に必要とするカロリーは1,7~2k
ヒルマは省エネになってるので1,5kと仮定
甘々ドリンクのカロリーは4kと仮定
脂肪1kgのカロリーは7,2k
以上から、ヒルマが毎日飲むと三日で1kg太ります
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