少し前に230話を投稿しています
書斎に残った二人の内、男は窓のカーテンを閉める。全部閉めると怪しまれるのでレースのカーテンだけ。
アインズは幾つかの魔法を発動した。まずは壁や床を通り抜けられないよう防御の魔法を掛け、覗き見や盗聴防止の魔法を掛ける。
これから内緒話をするのだ。秘匿性はそれなりに高いけども、何が何でも絶対に漏れては困るとはまではいかないので、いつぞやと違ってマジックアイテムまでは使わない。
男はローテーブルに数枚の紙を重ねて置き、アインズはインベントリからホワイトボードを取り出して設置する。二人とも行動は速やかで準備万端だ。
アインズが帝都のお屋敷を訪れたのは、偶然ではない。フィースを連れてきたのは、はっきり言っておまけである。
男が先だってナザリックを訪問し毛皮を献上した時に、この日のこの時間に帝都で落ち合うよう命じていたのだ。
ナザリックやエ・ランテルでまとまった時間を共有すると、会話の内容が漏れなくとも周囲から推測される。それが複雑に絡みぶつかり合い、どういうわけかモモンズ・ブレイドアーツの修得に至った。
あれはあれで満足しているアインズである。単純な腕力ではなく技量によって強くなれるのは喜ばしいし、何よりカッコイイ。カッコイイのはとても重要だ。
しかし、毎回カバーストーリーを作るのは面倒である。ならば偶然を装えばよい。
アインズが時折気晴らしで帝都の屋敷を訪れているのは知られている。男が毎日帝都を訪れ、時に宿泊するのも周知だ。二人が帝都で偶然顔を合わせるのは過去に何度かあった事。
二人が帝都の屋敷で時間を共有しても、誰も疑問に思わないだろう。予め示し合わせて互いに時間を作ったのだ。
「シクススとフィースはこちらから声を掛けない限り近付かないでしょう。ソフィーは出掛けたばかりです。外はまだまだ暑いのですが、今日は幾分過ごしやすいです。しばらくは戻らないはずです」
「うむ。壁抜けも防止した。気紛れで戻って来ても片付ける時間は稼げるだろう」
「私としましては壁抜けを止めさせたいと思っております。何度注意しても止めません。本人は時と場合は選んでいると言い張るばかりでございまして」
「子供のすることだ。迷惑が掛からん限り目くじらを立てるものではあるまい」
「……かしこまりました」
シクススが尊厳の危機を迎えたりもしたのだが、この場にシクススはいなかった。彼女なりに対策してもらわなければならないだろう。
「では早速始めさせていただきます。そちらの用紙には本日お話する内容を簡単にまとめておきました。後ほどご確認ください。王国を打倒する必要性についてご理解いただくために、まずは王国の成り立ちから解説させていただきます」
「頼む。いずれシャルティアに説明することを考慮して、な?」
「承知しております」
アインズが口裏合わせをして男の時間を求めたのは、王国攻略の是非についてだった。
それについてはナザリック内で結論が出ている。円卓会議で男に説明をさせた事もある。が、あれはあくまでも内向きの言葉。外向きの言葉が必要なのだ。外交用、とは少し違う。それよりも広い視点での話だ。
とても強い無敵のナザリックであっても、ナザリックの長であるアインズはとても慎重な性格をしている。絶対に油断しない。問題が想定されれば、事に取り掛かる前に策を講じる。
そこで王国の攻略である。ナザリックでの円卓会議で決定したため、覆ることはない。しかし、問題の発生が予想出来た。
アインズが警戒する対象は幾つもある。
まずは王国の南にある法国。プレイヤーの気配が濃厚に漂い、けして油断できない。
評議国も警戒に値する。アズスから聞き出したところによれば、強大なドラゴンが幾匹もいる。中でも評議員の中で永久評議員とされる白金の竜王は、最強の竜王だと言う。ユグドラシル基準でカンスト、あるいは100レベルを超えていてもおかしくない。ただし、諸事情あって動けないらしいというのは好材料だ。
そしてアインズが最も警戒するのは、自分以外のユグドラシルプレイヤーである。
法国を作ったとされる六大神や伝説に残る八欲王はプレイヤーである事がほぼ確定だ。それ以外にもプレイヤーと思わしき伝承を残す存在がある。
今現在も、アインズ以外のプレイヤーが存在している可能性はけして否めない。
アインズがこうしてギルド拠点ごと異世界に転移したことから、今後もプレイヤーがこの世界にやって来る可能性がある。
もしも彼らが、王国を滅ぼした魔導国を見たらどう思うか。
『やはりアインズ・ウール・ゴウンは悪の中二DQNギルド! 許すまじ! やっつけてやる!』
とでもなったらとても困る。
ユグドラシル時代にはナザリックに押し寄せた総勢1,500人のプレイヤーと傭兵NPC混成軍を返り討ちしたことがある。が、その時はギルドメンバーが全員揃っていた。今はアインズただ一人。
今やNPCを越えた存在となったシモベ達がいるにせよ、不安は拭い切れない。そうならないのが一番だ。
そうはさせないために彼ら向けの言葉を、つまりは王国を攻略する是非についての理論武装を求めた。
そういった事ならアルベドやデミウルゴスが頼りになりそうではあるが、基本的に人間を蔑視しており、ユグドラシル時代に他のプレイヤーから討ち取られた事を覚えているようで、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」以外のプレイヤーには激しい憎悪を抱いているようだ。
二人に聞いたところで、人間の国を亡ぼすのに理由が必要だろうか、と来るのは想像に難くない。
ならばと云うことで選ばれたのがこの男である。なお、パンドラズ・アクターは最初から選択肢に入れなかった。忘れていたとも言う。
アインズは、幅広い視点を持つために云々と適当な言い訳をして男に助言を求めた。アルベドには内緒だぞ、と付け加えて。
男のやる気は99%に届いた。
魔導国やナザリックでのお仕事からは、アルベドの意向で遠ざけられている。そこへ、いい話あるよ知的なお仕事だよ、と囁かれれば飛びつかないわけがない。しかもアインズ様からの要請なのだ。
準備はばっちりである。
「詳細をお求めでしたらメモに添付した参考資料をご覧ください。この場ではいずれシャルティア様にご説明することを想定して簡易な内容にしております」
「うむ」
シャルティアに分かるなら俺にだってわかるはずだ理論である。
下手に説明させると難しいものを難しいまま教えようとするので、こういった手順を踏む必要があるのだ。
「ほとんど唯一にして最大の問題が、かつて王国と帝国は一つの国であった事。そしてアゼルリシア山脈を挟み西は王国に、東は帝国になった事です」
さすがはシャルティア向けの説明である。最初からクライマックスだった。
「まず、王国と帝国の違いを説明いたします。リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国ではなく、広義の意味における王国と帝国と捉えてください。ご理解いただくために、それぞれに住み暮らす者たちについて取り上げます。
この地には様々な種族がおります。まずはアインズ様の種族であるオーバーロード。オーバーロードやヴァンパイアなどを大きく括り、アンデッドとします。
アルベド様やデミウルゴス様の種族である悪魔。悪魔にも多様な種族があると聞いておりますが、ここでは悪魔とまとめます。
そして私の種族である人間。アンデッドや悪魔に様々な種族があるように、人間にも様々な種族があります。エルフやドワーフもその一つです。亜人などもひとまずここに入れてしまいましょう。
これら様々な種族の中で、最も大きな集団を作るのが人間です。言い換えますと、国家を作るのは人間だけと言うことです」
「うむ? 東方にはビーストマンの国家があるのだろう? エルフの国も確認されている。それとも亜人も人間だから、と言うことか? それに評議国はドラゴンが治める亜人の国だ」
「仰る通りでございます。確かにケムキチから聞き取ったところによると、東方ではビーストマンの国家が複数あるようです。ですが、国家とは言え私たちが想像する国家とは形態が異なるようです。国があり、都市もある。けれども民は非常に流動的だそうです。平時は点在し、必要となったら一つにまとまる。人間たちの諸国家のように常に一つにまとまっているわけではないようです。
エルフや亜人たちは、おそらく本来は国家を作りません。精々が部族単位の集落でしょう。これらが国家を作るに至ったのは、外力の影響です。人間たちが国家を作った事に影響されたのだと推測できます。
そのため、人間の国家が基本となるのです」
「なるほど……」
大仰に頷きつつも、アインズの頭の中で「ケムキチ」がリフレインしていた。
ケムキチ。
いい名前である。
「人間以外の種族が大きな集団を作らないのは強いからです。強いからまとまる必要がない。弱いから集団を作らねば生きていけない。他にも認知機能などを上げるべきですが、余計な話となりますので今回は割愛いたします。興味がおありであればメモに末記した資料をご参考ください。
ここから人間の分類について掘り下げていきます。
まず、外見で区別します。髪の色、目の色、肌の色、顔かたち、体格、背の高さ。つまりは人種です。帝国には複数の人種がありますが、王国では大抵一つの人種しかありません。
人種の下の階層に語族があります。使う言語によって分けるわけですが、近隣諸国では単一の言語しか用いていないため、ここでは考慮しなくて構いません。
同じ人種、同じ語族。ここから更に無数に分類されていきます。
信仰、結婚形態、食事などの生活習慣。挨拶の違いで分けてもいいでしょう。違いはどんなに些細な事でも構いません。些細な事であればあるほど良いかも知れませんね。こう考えると凡俗の法則に似ている気がいたします」
「聞き慣れぬ法則だな?」
「ナザリックでは凡俗の法則が適用される者がいらっしゃいませんから。
凡俗の法則とは、高度で複雑な問題は粛々と専門家たちが処理する反面、凡俗でつまらない問題、例えば食後には紅茶を出すか珈琲を出すかと言ったような極々些細な問題だと誰もが口を出して自分の主張を譲らない事を言います。難しい事には口を出せなくとも、自分がわかる事ならば物事を自分の意思で左右させたいと思うのでしょう。
凡俗の法則の如き些細な事で区別された者たちが集まり、自らを「我々」と意識したその時に発生するのが民族です。逆を言いますと、違いがあっても区別せず意識させなければ民族は生まれません」
「民族の定義、か。ここまで段階を踏んで説明するならシャルティアでもわかるだろう」
男が板書するホワイトボードには幾つかの円が重なり合い、外側から種族・語族・人種・様々な生活習慣を表し中央に民族が現れる。
なお、アインズはここまで段階を踏まなくても理解できた。シャルティアとは違うのだ。
「ありがとうございます。
ここで最初の話に戻ります。帝国は複数の人種や民族を受け入れます。反対に王国は一つの人種・一つの民族だけで構成されます。
リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国はかつて一つの国でした。帝国には多様な人種・民族があるのに、王国には単一の民族だけです。さて、アゼルリシア山脈の西には一つの民族だけが住み、東には多様な人種・民族が住む。そんな事があり得るでしょうか?」
「ないな。王国には平野があれば海に面した土地も多い。一つの民族だけで、この場に合わせれば生活習慣と言うべきかな? 一つの文化しかないとは思えん」
ホワイトボードからは民族を示す階層図が消され、王国と帝国の地図が描かれた。
アインズは男が描いた地図を一目して、以前アウラから献上された地図の真の作成者に気付いた。アウラはこいつを便利に使っているのだなと思うがアインズも一緒である。気付かなかったことにした。
「ご推察の通りでございます。
アゼルリシア山脈の西にも多様な人種・民族がいたことでしょう。ですが、今はいません。彼らはどこへ行ったのか?
同化させたか追い出したか、となります。
私は帝国に滞在していた折に、帝国貴族の来歴を調べたことがあります。少なくはありましたが、先祖が現在の王国に住み暮らしていた者たちもあったようです。ゆえに、帝国貴族には王国征服を熱望した者もおりました。
また、追い出し方も様々です。土地から追いやるなら良い方で、この世から追い出された者も少なくなかったでしょう」
「王国の手も血に濡れている、と言うことか」
「勿論歴史には残っていません。死人に口無しと言いますから。
王国が建国されたのはざっと200年前。伝説に歌われる十三英雄が魔神を討った時代に重なります。魔神の仕業に見せかけて滅ぼした諸族が幾つもあったことでしょう」
「……そこまでするか? 魔神とは当時の人類にとって天敵にも等しい存在だったはずだ。難事だからこそ手を取り合うべきだろう」
魔神はかつてこの地に訪れたプレイヤーがギルドごと連れてきたNPCであると推測される。
それを討った十三英雄には、それこそプレイヤーが含まれていたことだろう。
「仲間同士なら手を取り合うでしょう。ですが、仲間と思えないから国を割ったのです。
こんな言葉があります。
似たような者たちが住んでいるのに、どうしても一つになれなかったから国境を引く。
隣国同士とは基本的に仲が悪いのです」
「ふーむ……」
人間はやはり愚かしいと思うべきか、違う世界だからなのか。
もしもここにデミウルゴスの創造主であるウルベルト・アレイン・オードルがいたら、人間なんてそんなものだと嘲た事だろう。
「王国の性質が明らかになりました。次に、このまま王国が存続し続ける仮定の話をいたします。
王国が今のままで、国境の外にけして出てこないのならば構いません。ですが、エ・ランテルは人々の移動に寛容であり、王国からも人の行き来があることでしょう。
発展し続けるエ・ランテルや帝国から富の流入を得て、以前よりも豊かになっていきます。富とは必ずしも財貨だけではなく、知識や技術も含みます。豊かとは言いましたが、王国では階級による格差が激しいため、豊かになるのは上層に位置する者だけとなります。
以前より余裕がある生活を得た者たちは暇を持て余します。そこで非常に危険な考えが発生する可能性がとても高いのです」
「その考えが生まれる可能性があるから王国は存在してはならない。そういうわけか?」
たった一つのアイデアが生まれるかも知れないだけで滅ぼすのに値する。
アインズにはちょっと思いつかない。
「王国は一つの民族による国民国家です。
その考えとは、自分たちのことは自分たちで決めるべきだ、です。
王国からこのようなメッセージが発信され、諸民族が受け取ったら大変なことになります。
多様な人種・民族を抱える帝国は一瞬で解体し、終わりのない内戦に突入します。
複数の亜人種がいる評議国も似たようなもの。また、魔導国も同じ道を辿ることになるやも知れません。
世界の統一は夢のまた夢と成り果て、分断と争いの時代に突入することになります」
「ふむ……」
ここまで聞いて、アインズは「イデオロギーか!」とピンときた。
元は単純だったものを、兎も角複雑にしてややこしくして解決不能にさせてしまう。しかも形がないものだからどうにもならない。
「王国には不治の病が蔓延っていると申しました。
病は既に芽吹いています。手遅れにならないうちに何としても剪まなければなりません」
「うーむ。それならエ・ランテルはどうなのだ? 今は魔導国の首都だが、王国の都市であった時代もあった」
言い方に気を遣ったアインズである。
色々な経験を経て、政治的な事柄に気を遣えるようになってきたのだ。
「エ・ランテルは位置的に帝国文化の影響を受けております。王都に比べれば遥かに健全でしょう。辺境に位置するカルネ村も中央から遠いことが幸いして毒されてはおりません。
魔導国の橋頭堡及び首都としてカルネ村とエ・ランテルをアインズ様がお選びになったのはまさに慧眼でありました。
これが王都を選んでいたら統治どころではなかったかも知れません」
「もしも魔導国が王都を統治しようとしたらどうなっていたのだ?」
なんだこいついやに持ち上げるなと思ったが、興味が勝った。
「恐れながら、エ・ランテルを統治するのも様々な困難があったと推察しております」
アルベド様のお食事頻度などから察していた男である。
あの頃のアルベドは本当に大変だった。エ・ランテルのお屋敷で美味しいご飯と温かいベッドなんてそれこそ夢のまた夢だった。
「それが王都を統治するとなれば、絶対に人手が足りません。王都の人間を使わなければ統治どころか荒れ果てる一方となりましょう。
そこが、魔導国の支配をよしとしない抵抗勢力、反体制派とでも言いましょうか。それらの狙いどころとなるのです」
「正面から魔導国に挑んでも勝ち目はない。だから魔導国に従うものを標的にするわけだな?」
「少し違います。狙うのは、その者たちの家族です」
「えぇ……」
予想を上回る答えに、変な声が漏れた。
「手法は残酷であればあるほど望ましいです。
そうすれば体制に協力するものは恐れをなして逃げ出すことでしょう。
ここで反体制派を取り締まることが出来ればいいのですが、誰が反体制派なのかわかりません。結局は国民を弾圧することになります。体制側は不満が高まる国民を力で押さえつけなければなりません。それでも抵抗運動が続くと、いずれは不満が爆発することになります。そこまでして統治するくらいなら、最初から鏖殺して人間は他所から入植させた方が効率的です。
しかし、どうしても王都の統治を必要とするのであれば間接統治が有効でしょう。税を取る代わりに自治を認めるわけです。但し、これでは病の芽を剪みきれません」
無論のこと、男が戦争や反体制派の抵抗運動、いわゆるレジスタンス活動をその身で知っているわけがない。ナザリックの最古図書館から得た知識を統合したものだ。
これにはソリュシャンからの課題図書も意外と役立っている。悲恋の舞台として、戦争を取り上げたものが幾つもあったのだ。レジスタンスの男と体制側の女による悲恋は、読むものが読めば感涙するだろう。この男は悲恋の原因を、優先順位が付けられないことと登場人物たちの無能によると一刀両断した。ソリュシャンとルプスレギナとシクススは凄い目で見た。
ロマンス小説は読者が問題解決を探るものではない。男が作品の読み方を間違えただけであって、人の心がないわけではないはずである。
「ならば聖王国はどうなる? あそこも王国だろう」
デミウルゴスがとても頑張ってマッチポンプして属国化したローブル聖王国である。
統治は順調で、魔導国からの支援も滞りない。が、それはヤルダバオトが齎した混乱から脱していないだけで、いずれは王国と同じ問題が発生するのではないだろうか。
「ローブル聖王国が魔導国からの干渉を受けることなく長い時間を経れば、王国と同じ道を辿る可能性がありました。ですが、現在ならば問題ありません。聖王国は王国よりも若いのです。若いと言いましたが、実際の時間の流れは関係ありません。成熟の度合いと捉えてください。
王国と違って、聖王国は宗教国家です。権威が王ではなく宗教にあるのです。現にカルカが王に選ばれたのは血筋ではなく、神官としての力量が神殿から大きく評価されたからです。
権威は統治の正統性を裏付けるものです。王国では王に権威がありました。聖王国はその段階にまで成熟しておらず、宗教による権威がなければ王になれないのです。
聖王国の神は法国を築いた六大神です。神殿がそれらを崇めています。その座にアインズ様が座るだけでございますから、聖王国の統治は王国よりも遥かに容易く行えることでしょう。
また、亜人の集落と隣接する緊張状態にあるのに女を王としました。良くも悪くも寛容な体質なのでしょう」
聖王国ではアインズを神と崇める宗教が密かに起こっているのも、宗教的な土壌が濃い土地であることの裏付けとなる。
「そうすると法国も宗教国家だ。魔導国による統治は可能だと思うか?」
アインズの中に湧いてきた疑問を、男は首を左右に振った。
「スレイン法国が宗教国家なのは形だけです。現在は完全に形骸化しています。実態は官僚国家です。六大神に准えて六つの宗派だとか六色のなんたらだとかありますが、派閥政治に過ぎません。
また、法国には神人なる者がいるそうです。これはキーノから聞き取った話になり、書面で報告したものとなります。神人とは、名実ともに六大神の血を引き、その力を覚醒した者を指すそうです。法国ではこの神人を特殊作戦に従事させる事があるとか。法国が真に六大神を崇める宗教国家であればあり得ないことです」
「そうか? その者にしか出来ないことであればやむを得ないだろう?」
「それはアインズ様がお優しいからそう仰るのです。
これまでもアインズ様が様々な事態の正面に立ってきたと聞き及んでおります。アインズ様はナザリックの方々に傷ついて欲しくないと思われているからだと推察しますが、皆様はアインズ様が矢面に立つことを歓迎していないのではないでしょうか?」
「うっ……、まあ、そうだな」
男の言う通りである。
冒険心を満たしたかったりナザリックでじっとしているのに飽きてしまったりと他の要素も多分にあるが、仲間たちの子であるナザリックのシモベたちを危険から遠ざけたい気持ちは確実にあった。
過日、シャルティアが操られた件などはまさにそれだ。あの時の犯人はまだ見つかっていない。見つけたら絶対に容赦しない。
「仮定に仮定を重ねた話をご容赦ください。
500年後の魔導国にて、アインズ様が何かしらの事情によって魔導国を離れたとします。魔導国にはアインズ様の血を引き、アインズ様と同等の力を宿す者がいたとします」
「………………うむ」
お骨の体でどうやって子孫を残すのかは、仮定に仮定を重ねた話なので考慮する必要がないのだ。
「魔導国の中枢は、アインズ様の子孫でありお力を宿すその者に、特殊作戦への従事を命じます。魔導国がアインズ様へ尊崇の念を抱いていたら絶対にあり得ません。アルベド様やデミウルゴス様がそのようなことを為さるか想像できるでしょうか?
もしもそのような事態があり得るとしたら、魔導国からアインズ様への尊崇が消えた時です。法国はそれを行っています。ゆえに、法国における六大神への信仰は形だけのものなのです。
アインズ様が仰ったように、その者だけに解決する問題だとしても、それは最終手段です。始めから選択肢に上げて良いものではありません」
「確かに信仰する神を尊ばないようでは、形だけと言われても仕方がないな」
「はい。その上、異種族排斥を国是にしています。王国以上に頑迷な国です。
ただ、伝え聞くところによると汚職が少ないことだけは評価できるでしょう。反面、家族の絆は強固とは言えないでしょうが」
「汚職がないとどうして家族仲が悪くなるのだ?」
「家族・血族での絆が強固であれば、官僚は得た利権を最大限利用して家族や親族に利益を誘導するからです。中には良好な家族を築くものもいるでしょうが、法国では少ないかと。
法国は王国が帝国に飲み込まれるよう画策しておりました。事がなってしばらくは良好な関係を築くかも知れませんが、帝国と法国では価値観に違いがあります。いずれは軋轢となり、問題が噴出することでしょう。
この点に置きましても、多様な文化を有する帝国と誼を結んだアインズ様のご慧眼は素晴らしいものと言えます」
「……まあ、そう褒めるな」
「失礼いたしました」
アインズには、変に言葉の裏を取られて持ち上げられることがよくある。本当によくある。そのせいで何故か「深遠なる智謀を持つ端倪すべからざるお方」などと思われていたりする。
が、成した事実を列挙され、選択の正しさと効果を讃えられるとどうにもくすぐったい。半分は運で、半分は成り行きなのだが。
「多様な種族を抱く魔導国と、多様な文化を有する帝国ではとても相性が良いと愚考します。
帝国の多様性は、アインズ様のご友人であるジルクニフ皇帝陛下が体現しております。陛下の後宮には様々な人種や民族の者がいるそうです。陛下ご自身がそのようなことで区別をしないからこそなのでしょう」
後宮云々はレイナースから聞いた話である。
ジルクニフが体現する帝国の多様性や寛容には、他の証拠もある。
アゼルリシア山脈に生息していたクアゴアという亜人種は魔導王の遠征によって魔導国の支配下となった。クアゴアたちの王ペ・リユロは偶然出会ったジルクニフとたちまち胸襟を開きあい、あっという間に親友と言って差し支えない仲になった。
魔導国に支配された者同士という境遇が手伝ったにせよ、ジルクニフの性向が寛容でなければ友になるどころか序列を付けていたことだろう。
「多様性や寛容の精神と申しますと、評議国もそちらに入ります」
「評議国とはぶつかるよりも友好をというわけか?」
「王国や法国に比べればその可能性があるという話でございます。評議国とて種族や民族が分断して争い始めたら困るでしょうから。王国が孕む病を聞かせれば、聞く耳を持たないということはないでしょう」
「どの道王国を滅ぼすのは必要ということだな」
「その通りでございます」
そこからは男がアインズの疑問に答えたり、細かい話となった。
が、国家の体質を決定づける要因やらはシャルティアには難しい。アインズには何とか理解可能。聞いてる時には尤もらしく聞こえても、いくつか前の話を振り返ると「あれ?」と思う事もあるので、きちんと復習しなければならないだろう。
他愛ない話にもなり、アインズがシクススへ話したように世上の事も話題に上がった。
そこからどこがどうなって元の話に戻ったものか、会話の流れはとても流動的である。
とある話をアインズが漏らした瞬間、男の時間が凍り付いた。
「……いま、なんと仰いましたか?」
「王国との会戦の事か?」
「はい。守護者の方々が幾人か出陣なさると仰せになられたようでしたが……」
「アルベドも、だな。決定ではないしそんな話が出ている程度だ。そうなったとしても心配いらんぞ? アルベドの防御力は守護者の中でも随一だ。王国が全軍をもってしても傷一つ付けることすら不可能だろう。アルベドの専用鎧はもっと凄い。ヘルメス・トリスメギストスと言う神器級の全身鎧だ。見た目は薄いが三層構造になっている。防御力は本当に凄いぞ。俺が持つ防具もあれほどの防御力があるものはない。なにせ超位魔法に耐えるレベルだからな」
アインズはパンドラズ・アクターの創造主であるだけあって、特殊なアイテムの話になると早口になる。
「それでしたら……心配は要らないのですね。アルベド様が前線に出ることもないでしょうし」
「いや……まあ……そうなってもアルベド用の武装がある。問題はない」
「アルベド様の武装? どのような武器を使われるのでしょうか?」
「それは、だな」
アインズがぱっと思い付いたのはギンヌンガガプ。「真なる無」とも呼ぶワールドアイテムで、冗談抜きの最強武器。
様々な状態異常に耐性を持つシャルティアが操られたことから、シモベ達が危険を伴う任務に携わる時はとても希少なワールドアイテムを持たせることがある。しかし、ギンヌンガププは過剰すぎる。何かの間違いでおかしな事に使われたらとんでもないことになりかねない。
「以前、私を斬ったバルディッシュでしょうか?」
「……そうなる」
自分を真っ二つにした武器だからアインズ様は言い淀んだのだ、と男が思ったのは誤解である。
バルディッシュには「3F」という名前が付いていたりするが、気遣いのアインズ様は解説しなかった。
「そうですか……。あのバルディッシュが……」
鎧については、アインズ様が力を入れて語るので問題ないだろう。
しかし、わが身に受けたあのバルディッシュには不安があった。確かに自分は一撃で真っ二つになったが、それを基準にして良いものではない。あれは武器に求める機能を万全に果たせるのだろうか。それ以前に武器に求める機能とは何か。
アインズはカルマ極悪に相応しく、男に悩みの種を落としてナザリックに帰還した。
▼
ナザリックに戻ったアインズは、いつものように諸々の報告を受け、執務をこなし、一日を終える。夜は眠れないなりに自室のベッドで休むのが習慣だ。
この日の夜はベッドに横たわることなく、机に向かった。
男の話を聞きながら取っていたメモを開き、男から渡されたメモにも目を通して復習するのである。
その様子を見守っているアインズ当番のメイドは、ああお優しいアインズ様アインズ様、なんと偉大なる御方よ、全知全能の御力により、世界を統べる御方よ、アインズ様、アインズ様、我らが崇める御君よ、とアインズ様賛歌の一番を脳裏で流した。
アインズは、(うわ、字が汚いなあ。だからソリュシャンとルプスレギナに代筆させてるんだな。代筆させてないってことは誰にも言ってない証拠だと思うか)などと思いながら王国打倒の正当性を固めていく。
目指すのはシャルティアに説明する事ではなく、いつか来るかもしれないプレイヤーに対して訴えるためだ。復習には念が入っている。
幸いな事に、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」にはリアルで教師をしているやまいこがいた。アインズは彼女から、効果的な勉強方法を教えてもらったことがあった。
音読やら仲間と勉強するやら色々あるが、中でも一番効果的なのは、勉強したことを誰かに教える事である。
中にはその効果を利用するため、自分で学びながら生徒に教える教師もあるとか。
教師の学びは深くなるだろうが、最初の生徒にとっては災難である。
「と、言う事だそうです。私がアインズから聞かされた話はそのようなものでした。アインズがそこまで先の事を見通しているとは考えた事もありませんでした。残念ながら私には有効な反論が思い付きません。王国が軽挙に出ない事を祈るばかりです」
「……そう、ですか……」
アインズがモモンとして訪れているのは、エ・ランテルのお屋敷である。生徒役に選ばれたのがラキュースだ。
アルベドたちに知られないよう王国打倒の理論武装を求めたので、ナザリックのシモベたちは生徒役に適さない。
ジルクニフなら話しても良いが、まだ復習中なので突っ込まれるとボロが出てしまうかもなので却下。
屋敷に勤めるメイドたちにそんな事を話しても興味を持ってもらえない。冒険者たちも似たようなものだろう。
消去法で選ばれたのが、エ・ランテルの屋敷で何故かメイドになってるラキュースである。
冒険者と言えど、貴族出身であるラキュースなら国家間の諸問題に興味があるだろうし、理解する頭もある。
いざとなれば記憶操作してしまえばいいのだ。先日のアズスから色々聞きだした件で、そのあたりのノウハウが溜まっている。
「私は今はこうしてメイドをしていても、王国の一員であると思っています」
「……そうでしょうね」
祖国が滅ぼされる可能性が濃厚であると聞かされれば、正義感が強いラキュースでなくとも同じように感じるだろう。
復習は上手くいったが記憶操作した方がいいかな、とアインズは思ったのだが、ラキュースが続けた言葉は意外なものだった。
「ですが、王国の存在が災いを齎すのであれば……。しかも既に芽吹いていると言われると……、残念ですが、心当たりがあります。災厄を広げないために止むを得ないのであれば……。とても悲しい事ですが……止めることは、出来ません」
ラキュースの答えを、アインズがいざという時のフォロー役として置いておいた男はうんうんと頷いている。
「たとえ王国が滅んでも、いつかはまた人々が明るい笑顔を見せる日が来ると、信じています」
ラキュースが男の顔を盗み見て、薄く頬を染めて下腹を軽くさする意味を、アインズは察せなかった。
勿論、既に、と言う意味ではない。いつかは、という期待だ。
尤もラキュースの体は、ラキュースが気付かない内にソリュシャンが定期的にチェックしている。ソリュシャンが良しと思うまでは出来ない事が確定している。どんなに早くても、ソリュシャンがちゃんとお嫁さんになれた後になるだろう。
ラキュースの将来への展望を知らないアインズは、とても意外に感じた。
ラキュースと少し話せば、生家を離れて冒険者になろうとも祖国への思いは強く、人々の安寧な暮らしに気を掛ける高潔な精神が伝わってくる。少なくとも、今までモモンとして接した限りではそのように感じていた。
それが仮定の未来の話であろうと、祖国の滅亡を受け入れるとは思いも寄らなかった。復習が上手く行こうが行かなかろうが、最終的には記憶操作が必要だと思っていた。隣室にはこっそりとペストーニャを待機させている。
男をちらと見れば、満足そうに頷く。アインズが話した内容が及第点を越えていたのと、ラキュースの態度に満足したからだろう。
昨日の話では、仮定として王国の民の矯正は可能かどうかと言うのも上がった。集団が相手となると、教育でどうにかなるものではないと返ってきた。王国の性質は固着してしまった体質なのだと言う。
しかしそれは、相手が集団の場合である。ラキュースのように個人が相手ならばその限りではないようだ。
(ふむ…………。ずっとほったらかしにしてたが、こいつにあれを任せてみるのもいいかも知れないな。何と言うか……暇そうだし)
暇そうに見えて頭の中では新たに降って湧いた課題に集中している男なのだが、頭の中は見えないものである。
アインズからは、とても暇そうにしか見えなかった。
一部トッドを参考にしています
巨人はどの時代にもいるもんですね
チート武器作成フラグ
お目見え未定
次話も未定