本文が短くても前書きあった方が便利と気付きました
若旦那様の様子が少し変である。いつもやってる突然の奇行とは明らかに違う。若旦那様に特別近しくなくても、屋敷に勤めているなら誰しも気付いた。
わかりやすいところでは、毎日暇があれば掻き鳴らしていたギターを弾かなくなった。弾く時は窓を開け放つのだから、全く弾かなくなればすぐにわかる。
おかしいところは他にもう一つ。こちらは既に実害が出ている。と言って何かをするわけではない。突然動きを止めるだけだ。
カタナブレイドを振り回して遊んでいる時。食事の途中。庭を散策している時。更にはエ・ランテルの街に出ている時も。
何の前触れもなくぴたりと動きを止め、どこか遠いところを物憂げに見詰めるのだ。今までシクススが体を張って隠してきた若旦那様の物憂げな様子である。
性別年齢種族問わずに見入ってしまい、お屋敷のメイドたちが見とれて仕事を忘れるくらいなら良い方で、街中でそんな事をされると事故につながる。
シクススがいれば頭をどついたり耳を引っ張ったりして事なきを得られるのだが、若旦那様の部下であるミラや、シクススから色々教えてもらっていたシェーダでは荷が重い。結果、犠牲者が増えるのである。
これには恍惚と鑑賞するソリュシャンやルプスレギナも危機感を覚え、屋敷内はともかく、外に出ている時は一秒でも早く若旦那様を隠すようにと、ミラに命じた。自分たちでは出来ないらしい。
とてもらしくないことに、若旦那様は何かを思い悩んでいるらしい。
ソリュシャンたちは悩みの原因を尋ねるのだが、当の若旦那様は「何のことだ?」と言って取り合わない。正気を戻した若旦那様はいつもの若旦那様なのだ。
あちらに行ってる時間が極端に増えたのが問題なわけで。
男がアルベドの前では呆けたところを見せるわけがない。見せないのだからアルベドは何も知らない。知らないのだけれどソリュシャンたちから男の様子がおかしい事を伝えられ、それとなく「心配事でもあるのかしら?」と尋ねた。
男はアルベドの心遣いに感激して恐縮するも、心配事はないと言う。
アルベドが重ねて「それなら悩んでいる事は?」と聞いても答えは同じ。アルベドが更に強く聞くと、「アルベド様にお話しすることではありませんが」と前置いた上で、
『パンに塗るのはジャムか、バターの上にシナモンシュガーを掛けたものか、どちらがいいか悩んでおりました』
『……………あっそう』
美味しいものは油と砂糖で出来ている。バターとシナモンシュガーの組み合わせは最強だ。
アルベドが強く聞いてもこれである。本当に悩んでいる事はないようだ。
アルベドはソリュシャンたちに一連のやり取りを話して安心させてやった。
が、翌日以降も若旦那様が突如動きを止めるのは変わらない。
アルベドが強く言った上でこれなのだから、ソリュシャンたちには打つ手がなかった。
本当のところ、男は何も悩んでいない。
日本語辞書を熟読している男は、「悩み」の意味をきちんと把握しているので彼女らの問いかけを間違って受け取ったわけでもない。「悩み」とは多義語で、精神的に苦痛・負担を感じること。物事が上手く行かずに苦しむこと。どうすれば良いか迷うこと、などがある。
男がアルベドに答えたトーストについては、三番目の意味になる。
多方面から精神は化け物と評される男なので、多少のことで精神的に苦痛や負担を感じるわけがない。
男が時間を割いているのは悩み事ではなく、考え事であった。アルベドが対王国戦に参戦することである。
目指す目的ははっきりしている。アルベドに危険が及ばないことだ。目的達成には幾つかの道筋があった。
一つは王国との戦争を起こさないこと。
魔導国による王国攻略は必須なので、他の手段で滅ぼす必要がある。内戦を起こして疲弊させるのが一番楽だ。以前アインズ様に語ったように、王国の貴族を独立させ革命を起こさせる。
まずラキュースの生家で当主や継承権がある者を片端から片付ける。ミラは戦力的に十分でも目立つ。ソフィーにこっそりキレイキレイしてもらうのが確実だ。
そうしてラキュースを生家に戻す。ラキュースが今までエ・ランテルにいたのは、魔導国の動向を探るためとでも言えば支持を得られるだろう。魔導国の強大さを知らしめ敵対する無謀を説き、王国へ反旗を翻すのだ。
が、却下。話にもならない。
王国内で革命を起こすのは、アインズ様がさせてはならないと仰った事だ。禁じられたことを出来るわけがない。それに、これでは討ち漏らしがでる。
アインズ様が王国との大規模な会戦を想定しているのは、散らばっているものを片付けるより、一つにまとまったものを片付ける方が遥かに容易で早いからだ。
男は悪あがきとして、魔導鎧で武装したアズスや、ツアーが遠隔操作する白金鎧が参戦する可能性を指摘したのだが、さすがのアインズ様は織り込み済みであるらしい。魔導国が王国を平らげるのに障害は何一つないのだ。
ゆえに、魔導国と王国の会戦は必至。アルベド様の参戦もほぼ決定となる。
ならば、戦闘時でのアルベド様の安全確保が唯一の道となる。
防御については、アインズ様が熱く語ったヘルメス・トリスメギストスなる鎧があるそうなので、万全と思う他ない。
攻撃については、僭越と思いつつも不安があった。
あの時使用した漆黒のバルディッシュは、確かに逸品なのだろう。
しかし、自分の目から逸品と判断出来るような品では困る。切れ味が鋭い程度の武器では不足である。切りつけたら対象が爆発四散したり、攻撃の射程が7㌖くらいあるなら良いが、自分が切られた時は真っ二つになっただけだった。
そもそも切れ味が鋭いと言っても、何でも切れるのだろうか。それこそ盾と矛の逸話通り、あのバルディッシュでヘルメス・トリスメギストスを切りつけたらどうなるのだろう。いや、問うまでもなく答えは出ている。アインズ様が仰った超位魔法がどのようなものかは知らなくとも、凄まじい威力があると察せられる。その超位魔法に耐えるヘルメス・トリスメギストスを、あのバルディッシュで破れるわけがない。
理性的に考えれば、アルベド様がお持ちの武器は攻撃力が不足過ぎる。アルベド様に相応しい武器が必要だ。
武器の形状・素材などを考える前に、武器が必要とする機能を詰める。
武器は敵を倒すものだ。一振りでどんなに離れた敵でも一撃で倒せる武器が望ましい。が、現状では不可能。非常に残念ながら近接武器に限られる。
では近接武器を使ってどのように倒すのか。
と、男はそのような事を只管考え続けている。
ドラゴニオがいれば斬国剣で王国を一刀両断できるのに、と思ったところで思考を打ち切った。
夢のような願望に傾く時点で思考が濁っている。夢に浸るくらいなら、ハイエンド・オブ・ラウンドムーンキリングテックの斬国剣発動時にて、妖刀ティーゲルハッチの剣長を20㌖に伸ばす機構は何なのかと考えた方が遥かに建設的である。一瞬でそんなものはないと結論を得てしまったが。
モモンから呼ばれたのはそんな時だった。
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「……アルベドも来たのか。呼んだつもりはなかったのですが?」
「彼は私の相談役よ。勝手に動かさないでもらえるかしら? 用があるなら私を通しなさい」
「ご安心ください。モモン様が魔導国の不利益となる事を為さるわけがございません」
「それは私に同席するなと言ってるのかしら? 私に内緒で何をするつもり? あなたは誰の味方なの?」
「もちろんアルベド様でございます。万が一にもアルベド様にご面倒をお掛けする話であれば、委細全てを漏れなく報告いたします」
男はアルベドの味方であると主張しつつ、内緒話をすると言い切った。アルベドが関わる話でなければ報告しないと言っているも同然なのだ。
図々しいのか面の皮が厚いのか、穏やかな表情はいつもと全く変わらない。帝国皇帝のジルクニフを辟易させてきたのは伊達ではない。
尤も、本人にアルベドへの悪意があるわけがなく、アルベドに面倒を掛けたくないだけである。
「アルベドに用があるわけではないのですが、同席したいと言うなら構いません。全く関りがない事でもないでしょうから」
「だったら余計な事は言わずに最初から認めて欲しいものね」
アルベドとモモンの関係は大分面倒くさい。
モモンは言わずと知れた漆黒の英雄であり、アインズが支配する魔導国の民、つまりは人間たちの味方である。いざという時は我が身を犠牲にしてもアインズを討つと決意している。そのアインズとモモンは親しい友人であるので、アインズが余程道を誤らない限りは起こりえない事だ。
アルベドは魔導国の宰相閣下であり、アインズの臣下だ。アルベドはモモンの事を、ぽっと出のくせにアインズ様に近付いた得体の知れない男と見ており、嫉妬を絡めて警戒している。
そんな二人は、間違っても良好な関係とは言えなかった。と言う設定である。
アルベドが日中を屋敷で過ごすのは週に一日で、モモンは冒険者としての活動から外泊が多い。それでも同じ屋敷で寝起きするのだから、これまでも顔を合わせることはあった。その度にとげとげしい言葉を応酬している。
モモン役を担うのはパンドラズ・アクターな事が多いし、アインズ様がモモン役をしたとしても屋敷に来るなりドッペルゲンガーと交代してしまう。アルベドがつれなくなるのは、対外的な演技を抜きにしても当然である。
表向きにはモモンを憎々しく思っている、と言う設定になっているアルベドなので、モモンへはさっさと出て行って欲しい、と言う演技をしている。
けども実のところ、アルベドが住処をエ・ランテルのお屋敷に移せたのはモモンの影響大であった。
エ・ランテルの大きなお屋敷はアルベドのお食事処である。が、それは裏の話。
お屋敷の表向きの履歴を語ると、魔導国建国時の混乱に乗じて商家のお嬢様であるソリュシャンが買い取り魔導国へ提供した、と云う形になっている。
表向きには屋敷の責任者にして主人となっている若旦那様は、ソリュシャンの遠縁であり療養のために身を寄せたのが始まり。優れた能力が魔導国中枢の目に留まり、宰相閣下相談役に取り上げられた。人間であるのに、異形種溢れる魔導国中枢に食い込んだ。と言う設定である。
魔導国に住まう人間たちからすれば我らの出世頭だ。民からは人間側に立っていると期待されている。そのため魔導国宰相閣下相談役であるのに、どちらか一方に重きを傾けるわけにはいかない。
若旦那様は魔導国宰相閣下相談役になったのだから、若旦那様が住むお屋敷はせめて人間のものであって欲しいという期待が、民にはあった。
そこにアルベドが住んでしまうとバランスが崩れる。バランスを崩さないためには反対側に重しを乗せる必要があり、それがモモンなのだ。
つまりは民心への配慮である。面倒だが仕方ない。魔導国を支配するのは民を蔑ろにする暴君ではないのだ。
なお、パンドラズ・アクターも冒険者チーム漆黒はずっとお屋敷を拠点にして欲しいと思っている。屋敷に戻ればドッペルゲンガーと交代してナザリックに戻れる時もあるからだ。
モモンのパートナーであるナーベも同じ。お屋敷に滞在していればいい事が出来る機会があるからだ。
しかし、黄金の輝き亭の建設は始まっている。次の春には完成してしまうだろう。内装工事で引っ張っても、更に半年は伸ばせそうにない。その時にどうなるかはアインズ様次第である。
時刻は夜。
応接間に通されたモモンたちは、テーブルを挟んで向き合った。
モモンからの話と云うことで、モモンのパートナーであるナーベも同席している。恐縮しながらモモンの隣に座った。
アルベドはモモンの対面だ。
若旦那様はアルベドの隣に座りたいところなのだが、政治的な配慮でどちらとも向き合わないテーブルの端。
「本題はわかっていると思いますが、その前に」
モモンがヘルムを脱いで白い玉顔を現した。ここからはモモンではなくアインズである。今日のモモンはアインズであるからこそ、アルベドは食い下がったのだ。
アルベドもナーベラルも、即座にソファを降りて跪こうとするのを、アインズは手で制す。なお、重しがある若旦那様は降りる素振りを見せなかった。
「そのままでよい。モモンの口調を崩すだけだ」
「モモン様はアインズ様でいらっしゃいますが、今のアインズ様のお言葉はモモン様のものとして扱えと仰せなのですね。それではモモンズ様と」
「それは止せ」
この男は真面目にやっているのか、笑いを取りに行こうとしているのか、時折真剣に悩むアインズである。
それでもアインモモンサマンよりマシか、と思い出して小さく肩を震わせた。
「これからする話は命令ではない。重く受け取るなと云うことだ」
「賜りました。何なりとお話しください」
「うむ。で、だ。お前、子供が好きなのか?」
アインズの視線が男に注がれる。アルベドとナーベラルも男を見る。視線の先は男の顔より少し下。幼女の緊張した顔である。
男は膝の上に、小さな女の子を座らせていた。
男はナーベラルが連れてきた女の子を見るなり屈んで目線を合わせ、こっちにおいで、と手招きした。
女の子は、モモン様がとっても怖いお骨であると知っている。意識的にも無意識的にも距離を取ろうとする心が働いた。男の顔が美麗だったのも大いにある。
男は躊躇いがちに近付いてきた女の子をさっと抱き上げ、そのままソファに座ってしまった。
アインズもアルベドも、口を挟む隙がないほどに自然な動作だった。
「特に子供好きであるとは思っておりません。ただ、子供は大人と違って体面を気にしない事が多いので気安く接しやすいと思っております。マーレ様とお話する時もこのように。これがコキュートス様になりますと体格的に不可能でございます」
「そりゃそうだろう!」
男の真面目な顔を見る限り、ボケたつもりはないらしい。
ここにジュネが加わると毒にも薬にもならない話を延々と回し続け、ルプスレギナが爆破するのが帝都での日常だった。
「まあ……、子供嫌いでないなら丁度いい。お前に頼みたいのはそいつの世話だ。言ったように、アインズからの命令ではなくモモンからの頼み事だ。重く捉える必要はない」
「かしこまりました。どのように世話をすれば良いでしょうか? 目標や成長してからの用途などはございますか?」
「特にない。お前が適正を見定め、良いように育てろ」
「承知いたしました。最後に一つだけお聞きしたく存じます。彼女は一体どのような……」
男はそこまで言って、大きく目を見開いた。脳髄にドラゴンライトニングを撃たれたかの如き衝撃!
後ろから弄んでいた幼女の小さな手を離し、細い太ももの上に戻す。
アインズは、とても嫌な予感を覚えた。
「お前……、何を考えた?」
「いえ、大したことではございません。けして口外しないことを誓います。申し訳ございませんが、アルベド様のお言葉であってもお話しする事は出来ません」
「私にも言えないこと? さっき、私が関わることなら何でも話すと言ったわよね? 私には絶対に関わりがないことと誓えるのかしら?」
「……アルベド様が大変に優れた叡智と理性をお持ちと存じておりますから、アルベド様はご自身の益不益に関わらないと判断為されると確信しております」
短く言えばアルベドの主観次第。もっとわかりやすく言えば、気分次第で捉え方が変わるということ。気にしないでください、ということだ。
勿体ぶった言い方に、アルベドは眉間に皺を寄せ、アインズの嫌な予感はますます強くなっていく。
「いいから言え。何を言おうと構わん」
「…………そう仰るのでしたら」
男は深呼吸して、声が震えないよう注意した。
額には薄っすらと汗が浮いている。季節問わず快適なお屋敷で、お客様を入れる応接間はいつだって適温だ。暑いわけではない。冷や汗である。
幼女の髪の色は金色で、肩に触れない長さで真っ直ぐに切り揃えてある。目の色は紫。シェーダたちより暗く感じるのは色合いよりも目付きのせいかも知れない。顔立ちは、言われてみればとても利発そうだ。とても可愛らしいお子様である。
まだまだ小さいのに、膝上に乗せられて大人しくしている。大人たちの話は退屈でつまらないだろうにきちんと我慢が出来ている。この一事だけをとっても、普通の子供ではない。
ヒントはモモンが連れてきたことだ。
モモンが連れてきたけれどアインズに戻った上で、モモンの言葉として捉えよと言う。箱の中に入った箱が外箱になっているような、複雑な入れ子構造である。
加えて、お子様にはモモンがアインズであると知らせてしまった。これは元から知っていたと考えるべきだろう。
であるならば、答えは絞られる。
「こちらの少女は……………………アインズ様の隠し子でしょうか?」
「!??!?!?!」
アルベドが椅子を蹴って立ち上がった。
三人がけの大きなソファは、黒翼に弾かれてひっくり返る。
麗しい金眼は瞳孔が縦に裂けた。
アルベドが放つ怒気は実体世界にも影響し、長い黒髪が蛇のようにうねって逆立った。
「待て待て待てバカおい落ち着けどうしてそうなるこのバカ俺の子のわけがないだろうステイステイ違うふざけるなバカ濡れ衣だ違うって言えどうしてそうなった!!!!!!!」
アルベドがローテーブルを踏み潰したところで、アインズの必死の言葉が届いたらしい。
しかし、髪はまだうねっている。般若を越えた本成である。言い訳は通じない。
「だから落ち着け! テーブルに乗るな! こいつはアルベドも知ってるはずだ! ちゃんと報告してある。まさか私からの報告書を読んでないわけではあるまいな!!」
「私が知っている者なのですか?」
アインズが上位者らしく部下の怠慢を咎める言葉を出したことで、アルベドはようやく沈静化した。
しかし、アルベドの記憶に少女の顔はない。
「クレマンティーヌだ」
「あっ」
見たことはなくとも、その名は記憶にあった。モモンの名声を高めた立役者だ。
かつてエ・ランテルの共同墓地で、アンデッドが異常増殖する死の螺旋が起こった。死の螺旋は、一定数以上のアンデッドが集まると更に強いアンデッドを呼び寄せる現象を指す。死の螺旋が発生すると、発生源を止めない限りアンデッドが増え続け、死の土地となってしまう。そうさせないために、どこの土地も死体は厳重に管理しているはずだった。
エ・ランテルにて死の螺旋を引き起こした片割れがクレマンティーヌであり、止めたのが漆黒のモモンだ。
クレマンティーヌは人間にしては卓越した戦士でモモンを追い詰めたらしい。モモンの中身がアインズでなければ致命的な痛撃をもらっていた可能性が高かったとか。
死の螺旋の首謀者二人は適切に処理した後、死体を回収してナザリック第五階層「氷河」で保管した。後々で何かに使えるかと思われたからだ。
が、直後にシャルティアがナザリックを離反。それどころではなくなった。
シャルティアは何者かに操られたらしく、アインズがこれを解決。
そしてクレマンティーヌの事はそのまま忘れ去られた。
それを先日復活させ、情報収集を行ったとはアルベドにも報告があった。
「大変失礼を致しました。アインズ様が仰せの名は確かに記憶にございます。ですが、ご報告いただいたものと姿形が異なるようでございますが?」
アルベドはクレマンティーヌと直接会った事はない。ナザリックでクレマンティーヌを知っているのは、先の情報収集に同席した者を除くと、モモンが適切に処理した後の姿をナーベラルが確認したくらいだろう。
アインズが事の次第をまとめて報告したので名前は知っていても、見たことがある者は少なかった。
ナーベラルがかつて見たクレマンティーヌの姿は、アルベドが読んだ報告書にあったクレマンティーヌの容姿は、少なくとも成人女性であった。
男の膝上に座っているのは、どう見ても幼女。
顔立ちの美醜以前に、表情が悪いので色々と論外。笑おうとして目元を下げ口角を上げようと努力しているのが完全な失敗に終わり、単に滑稽な顔になっている。
「アルベドの記憶が正しい。それについての口外は不要だ」
復活させ、魔法を使って情報を抜き出していた時までは成人女性だった。その後、若返りの秘薬を使用した。
ユグドラシル時代には特殊効果があるけども実際には使用できないイベントアイテムが無数にあった。ゲームでは記念品に過ぎなかったそれらが、この地に転移したことで謳われた通りの効果を発揮するようになった。その一つである。
クレマンティーヌはモモンを追い詰めるほどの戦士だ。そのままにしておくわけにはいかず、戦闘能力を封じるために子供にしたのである。
「私もその件について伺ってもよろしいでしょうか?」
「いや、お前は知らん方がいいだろう。その方が先入観を持たずにいられる。アルベドもナーベラルも余計な事を言わないようにしておけ」
「「かしこまりました」」
「私もクレマンティーヌと呼べばよろしいでしょうか?」
「好きに呼べ」
「クレマンティーヌと呼んでも構わないかな?」
男は幼女の顔を覗き込み、幼女の顎に指を添え、顔を上向かせて視線を合わせてそう言った。
「はい。クレマンティーヌです。クレマンティーヌと呼んでくださいね☆」
めいっぱい媚を売った甘い声。
アルベドの顔はつまらないものを見るものとなり、ナーベラルは眉間の皺を深くする。
鋭い視線が刺さった幼女は、急所を貫かれたらしく強張った笑顔のまま冷や汗を流した。
「私がクレマンティーヌについて他に把握しておくべきことはございますでしょうか?」
「特にないな。強いて言うなら勝手に外に出さないようにしろ」
「かしこまりました」
「私からも一つお聞きしてよろしいでしょうか?」
アルベドがひっくり返したソファを戻し、座り直してからアインズに問う。
「なんだ?」
「どうしてこれの世話をこの者に任せるのでしょうか? 教育をするなら他の場所でも可能です。生かすだけならユリのところでも構わないと思われます」
「それは、だな」
ストレートに、暇そうだから暇つぶしの玩具に、と言うのは躊躇われた。
暇にさせてるのはアルベドである。アルベドに慮って、と言うわけでもない。アルベドの部下なのだから好きにさせればよいと思っている。
しかしここで「暇そうだから」と言ってしまうと、適切な仕事を振られる可能性があった。ちゃんと仕事をさせて忙しくさせてしまうと、先日の理論武装を考えさせたように、都合よく使えなくなってしまう。男が忙しくなったらアウラも困るだろう。
幸いにも、言い訳に使えるネタをその時に仕入れたばかりだった。
「思想の変遷を観察するためだ。アルベドにはクレマンティーヌについての報告が行っているだろう? 中々手強い経歴をしている。人格も極端だ。それが穏やかで適切な教育を受けることによってどのように変わっていくか。魔導国はこれからもますます大きくなっていく。国民は平和と安寧を享受するだろう。そうなった時に、民草の荒れ果てた心がどのように安定していくのか予想出来れば政策立案に活かせるのだ」
「……ああ、なんとお優しいアインズ様。まさかアインズ様が下々の事をそこまでお気に為さっているとは……。このアルベド、我が身の浅慮を恥じるばかりでございます」
「為政者として当然だ」
アルベドとナーベラルはアインズの深い展望にますます感服し、深く頭を垂れた。
そんな一大事を任されてしまった男は自分に務まるだろうかと一瞬だけ思ったが、アインズ様は良いように育てろと仰るだけで細かい事を語られなかった。基本的に好きにすればよいのだろうと判断する。
当事者であるクレマンティーヌはわけがわからない。
だけれども、一つだけわかった事がある。
どうやら自分は、玩具になってしまったらしい。
このエピソードが終わったら「もどる」を閉めて次に行くんだ
ちゃんと終わるかどうかは知りません