「なーんかあれっすよねーーー」
ルプスレギナは書類仕事に飽きた。もといとっくに飽きてる。前回のように、男が趣味の範疇で始めた仕事なら投げ出していた。今回はアインズ様から催促されてしまったとかで、仕方なしに頑張っている。
仕事量が前回の十分の一なのは何の慰めにもならない。寝ずに一か月が十分の一になっても、寝ずに丸三日だ。しかも、最大能率を常に発揮して三日である。
いわゆるフルタイムで専念して丸一週間。休みなし、残業ありあり。
普通に考えて能率は上がったり下がったりなので、そこを考慮すれば早くて十日。
雑事や所用が混ざったりしてなんとか半月。
若旦那様は三日で終わるとほざいてくれたが、常識的に考えればその五倍は掛かる量なのだ。
イラっと来て八つ当たりしてしまうのは正当な行為である。
「音が出るだけならギターじゃなくて空き瓶でも叩いてりゃいーんじゃないっすか?」
「………………」
クレマンティーヌの手がピタリと止まる。ギターのネックから上目遣いにルプスレギナへ視線を移す。
一瞬だけギラリと光ったのを、ルプスレギナはにんまりと受け止めた。
ギターを指導してる若旦那様はすぐ傍にいるのに、ルプスレギナの軽口を咎めることはなく、手が止まったクレマンティーヌを促すこともない。ルプスレギナには清書する書類の原本を渡してあるし、クレマンティーヌには課題を与えてある。後は進展があるかどこかで詰まるかするまで放置するつもりでいる。一応、クレマンティーヌのフォームは時々確認している。
本人は寝椅子に寝転がって長い脚を投げ出し、ナザリックの最古図書館で借りた本を読んでいるところだ。
読んでいるのは
GMDHの外伝では、主人公のデスク・ドラゴニオは諸事情あって愛剣のティーゲルハッチが封印され、カタナブレイド以外の武器で戦う内容となっている。ストーリーは本編と全く同じ。悪逆非道のドラゴニオが極悪虐殺をし続ける。
ちなみに外伝1巻の武器は徒手だった。
「おにーさんはあっという間にマスターしたのにおチビちゃんは全然っすね」
クレマンティーヌは子供用ギターを構え、ドレミの練習をしていた。
ギターにはドレミの位置に音階を示すシールが貼ってあり、チューニングや音階で多用する5フレットには線が引いてあってわかりやすい。ボディのカラーリングも子供らしくピンクである。
先日、ナザリックまでダッシュで行ってきたミラが仕入れてきたギターである。生成コストは用立てた公金貨で足りたらしく、余ったものは楽団長に献上してきたとのこと。ちなみにコストは大人用ギターの三分の一。ナザリック的にはおもちゃである。
ミラはセシルにも会うことが出来、「先日ご主人様がいただいた譜面は何だったのでしょうか?」と聞いたところ、「ギター用の譜面です」と真っすぐな答えがあったとか。
セシルとしては譜面を見た男の反応を聞きたかったのだが、プライドが口を閉ざした。
「はっきり聞こえないし音もちっさいし、そんなんじゃギターが勿体ないっすよ」
「………………」
大人用ギターだとクレマンティーヌの小さな体はボディで隠れてしまうが、子供用ギターは相応に小さく、きちんと構えることが出来ていた。ネックも握れるようだ。ミラと違って、爪で弦を弾いても切断することもない。音は出ている。が、きちんと出ているかと問われれば疑問符がついた。
フレットの押さえ方が甘いので、音階がはっきりしないし音を出してもすぐに消えてしまう。右手の運指はたどたどしく、続けて音を出すことが出来ない。
如何にもな初心者そのままだった。
「クレマンティーヌは俺じゃないんだからいいんだよ。今は基本の構え方が出来てればいい。ずっと触ってれば効率的な音の出し方がわかってくる。で、わかってないことを指摘しとくと、左手はフレットぎりぎりを押さえた方がいい。フレット自体には触れないように」
「……あっ」
今まではフレットとフレットの真ん中を押さえていたので、フレットに押し付ける弦のテンションがいまいちだった。それがフレットぎりぎりを押さえると、弦は効果的にフレットに押し付けられ、弾かれて振動する間にフレットから離れることがなくなる。
言われた通りに押さえて鳴らすと音の響きが明らかに変わり、幼女は少しだけ顔をほころばせた。
「……おにーさんはどっちの味方なんすか?」
幼女はちょっとだけ機嫌をよくしたが、幼女を弁護されてルプスレギナは面白くない。書類を作っていた手が完全に止まった。
「こんな事で敵も味方もないだろう。……いいか、ルプー。もしもアインズ様がお一人で何でもこなせてしまったら、俺やルプーは要らなくなっちゃうんだぞ。アインズ様でも手が回らない事があるからこそ、俺たちはお役に立てる。何でも出来なくていーんだ。むしろ出来たら困る」
「…………そっすね。チビちゃんはずっと出来ないままでいていいっすよ」
「それじゃ俺が困る。まずはドレミを弾けるようになれ」
「はい、頑張ります!」
「頑張らなくていいから出来るようになれ」
「………………はい」
▼
「とか言ってたけど怪しいっすねー。ケムキチと走らせてる時とかたまに口が悪いっすよ? あれは結構性悪っすね」
同類ゆえに嗅ぎ取れる臭いとでも言うべきか。
虐めるのが大好きなルプスレギナは、クレマンティーヌから同種の気配を感じていた。
「ルプーはあんなのを随分と気にかけてるのね。でも、今ここで出して欲しい話題じゃないわね」
「ソーちゃんは2回もしてもらった後じゃないっすか。まだ物足りないんすか?」
「そういう問題じゃないわ。ムードの話よ」
「えー。終わった後でもっすか? あ、でもおにーさんがもう一回って言うならいいっすよ♡」
「だったら続けたくなるようなムードにしなさい」
「そーゆーのたまにでいいじゃないっすか。毎回だとお腹いっぱいになっちゃうっす」
「ルプー姉様はお腹に溜まるのね。私は胸に溜まるからルプー姉様とは違うの」
「あ?」
「二人とも俺を挟んで言い合うな」
ルプスレギナは男の左腕を枕に、右腕はソリュシャンが枕にしている。
3人はベッドの上で、いずれも一糸まとわぬ姿でいる。朝と呼べる時間から、3人でいい汗をかいた後であった。
昨夜はアルベド様が。今夜は遅い帰りが決まっているので朝一で。
お兄様成分が足りないと訴えたソリュシャンにルプスレギナが便乗して、朝食後にクレマンティーヌへ課題を与えたら3人で寝室に籠っていた。
いつでもどこでも裸になりたがる淫乱スライムと違って、ルプスレギナは妹の前で行為することに抵抗があったが、帝都の屋敷でソリュシャンに辱められ、7Pしてから吹っ切れた。それにソリュシャンがいると、溢れた淫液を拭き取る必要がなくなるので便利である。
ソリュシャンは、姉の愛液が混じった精液を吸収することに全く抵抗がない。勢いよく迸るお兄様の小水を口で受け止め溜まるペースに負けずに飲み干すことが特技の一つだ。ルプスレギナには全く理解できないししたいとも思えないことであるが。
「おにーさんはわかってなさそーだし、ソーちゃんはこれだから私が言わなくちゃならないんすよ」
クレマンティーヌの事は特に気に掛けなくていいと言われたので気に掛けていないソリュシャンである。結果、無視をしていた。目の前にいてもいないものとして扱っている。
その事に呵責を覚える良心を、ソリュシャンは持ってない。ナザリックでは持ってる者の方が少ない。少なすぎて希少ですらある。
「あのチビちゃんは警戒心剥き出しっすね。誰も信用してないっす。おにーさんの事も例外じゃないっすよ?」
野外でチビちゃんの相手をするルプスレギナは、チビちゃんが屋敷の警備体制を探っているのを感じていた。本人としてはさり気なく見てるつもりだろうが、ルプスレギナの目は誤魔化されない。そのあたりを注意して見ていれば、こちらの誰にも気を許していないのが見て取れた。
「別に信用されなくても構わないだろ。そうだな……、例えばケムキチがとち狂って爪を出したまま屋敷の中に飛び込んできたとする。出来ると思うか?」
「無理っすね」
ケムキチがケムキチ専用天幕から出て爪を隠す手袋を外した時点で、陰に陽に屋敷を警護する者たちの目に留まる。ケムキチの注意が屋敷に向いた時点で警戒態勢に移行。屋敷に飛び込む前に取り押さえられるのが確実だ。
「それと同じで、クレマンティーヌがどう思っていようと出来る事はない。ギター壊されたら怒るが、怒られるだけの事をするほど馬鹿じゃないさ」
「うーーん……」
左側で唸るルプスレギナとは対照的に、右側ではソリュシャンが僅かに体を起こして向きを変え、男の体に豊かな乳房を押し付けつつ右手を男の股間に伸ばした。枕にしていた腕は背中に回させ自分の尻を撫でさせる。
つまらない話を聞くより、愛しい男の体を愛でる方が万倍も良い。
しかし、自分の名前を上げられカチンと固まった。
「それじゃ例えば、実はソリュシャンは俺の事が嫌いだとする」
「何を仰るんですか!? 私がお兄様を嫌ってるわけがありません!」
「ソリュシャンは口ではそう言うけど、口では何とでも言える。真実しか口に出来ないなら詐欺師が生まれるわけがない」
想いを否定された上で詐欺師呼ばわり。
たとえ話とわかっていても、体が震えるのを抑えられない。
「……でしたら今この時はどう説明するおつもりですか? 私はお兄様に全てを委ねているんですよ? 私はお兄様の全てを受け止めました。それでも嫌っていると仰るのですか?」
「だったら娼婦はどうなる。金と一夜の夢を交換してるんだ。どんな行動をとるかは関係ない」
言うに事を欠いて、今度は娼婦呼ばわり。
ソリュシャンの震えが止まった。微動だにしなくなった。
「どんな言動をとろうと内心はわからない。見えないんだから見えるところから判断するしかない。で、見えるところから判断すると、ソリュシャンとこうするのは一度や二度じゃないし、想いも何度も伝えられてきた。一時だけじゃない。今までずっとだ。嫌ってたら中々出来る事じゃない。ソリュシャンがそんな事をする必要もない。すると前提が覆る。ソリュシャンは俺を嫌ってないって事になる」
「……まあ、そうっすね」
ルプスレギナは男の腕枕から抜け出し、距離を取った。
「クレマンティーヌが内心でどう思ってるかはわからない。今のところは問題を起こすことなく大人しくしてる。いざ問題を起こしても対処する余裕がある。だからルプーは気にし過ぎってことに――」
男の言葉は突然途切れた。それどころか姿もない。
男が消える瞬間、ソリュシャンの体が一瞬だけ波打った。
立ち上がったソリュシャンの顔は、割と厳しかった。
「お兄様のお話がたとえ話だったことは理解しています。理解していますけど、どうしてそんなありもしない事を例えたのですか? 私はずっとお兄様に尽くし続けて来ました。お兄様の事ならどんな事でも受け止めるつもりでいます。だからと言って何を言われようと構わないわけではありません。口にしていい事と悪い事があるのをお兄様には未だに理解していただけないのですか? ……ですから、例え話と言っても限度があると言ってるんです! よりにもよって私がお兄様を嫌ってるなんて…………!! お兄様こそ私の事をお嫌いなわけではないでしょうね? ……ええ、わかってます。お兄様が私の事を仰ったように、お兄様が私に触れる手はいつだって優しかった。お兄様の思いは十分受け取っております。ですが思いが通じていれば何を言っても良いとでも? どうしてお兄様はお兄様でいつまで経ってもお兄様なんですか! ……いえ、はい。確かに成長は認められます。ですからたとえ例え話であっても、ですよ?」
全裸でぷんぷんしながら独り言をループさせるソリュシャンは、客観的に見て怖かった。
もちろんソリュシャンがおかしくなったのではなく、丸呑みして体の内部に取り込んだ男に対して苦言を突き付けているのだ。
ルプスレギナの心情は妹寄り。確かに、例え話と前置いてもあれはないと思われる。
痛みに耐性がある男なので、少々どころか凄く痛い目に遭わせても全く懲りない。ならば今のソリュシャンのように、逃げられない状態でひたすらお説教するのは意外と効果があるのかも知れない。
「言い訳は聞きたくありません! それは詭弁です! 道理が通っていようといまいと、それは駄目だと言っているんです! ……ええ、ですからお兄様の考えもお気持ちもわかっています。表現の仕方に良くないところがあると言っています。いいですか? 例え話であっても、あんな事をたとえてはいけないんです。ええと、限度と節度について仰っていたのは何方だったかしら? きっとお兄様の辞書には限度という言葉は載っていないのでしょうね。だから限度の事はいったん忘れてください。節度です。常に節度を保っていれば口にしてはいけない事は出てこないはずなんです。いいですか? 今まで何度も申してきましたが、ずっと一つの事を言っているんです。お兄様にはデリカシーが足りないんです!」
話が何度もループしている。
これは時間が掛かると見たルプスレギナは、服を着てそっと部屋を抜け出した。
「大体今の話の結論を得るのに私のたとえ話が必要でしたか? ……わかりやすかっただろう、ですって! …………アインズ様のお名前を出せば私が引き下がるとお思いでしたら大間違いであると教えて差し上げます。それにアインズ様が仰ったのは言葉には行動が伴うべきだと伺っております。私が申し上げているのは気持ちの事です。……ええ、ええ、確かにお兄様の仰る通り。ですから、気持ちの橋渡しをするのは言葉と行動なんです。言葉が気持ちを届けるのですから、たとえ話としても言っていい事と悪い事があるんです。いいですか? いいえ、聞きません。私の言葉を遮らないでください。いいですか? 気持ちが通じ合っていると思っても確認し合うことが必要なんです。お兄様は既に知っているはずです。知っているからこそ愛してると仰って下さるのでしょう? ……ええ、もちろん私も愛しています。愛しているからこそお兄様には間違ったことをして欲しくないのです」
ソリュシャンは昼を過ぎても部屋から出てこなかった。
▼
お嬢様が突然書斎にやってきたのは夕刻である。
今までずっとお嬢様から無視されてきたクレマンティーヌだ。自分がいるところにお嬢様が来ることに驚かされた。
そのお嬢様が突然ドレスを脱いだのは、痴女と知ってはいても気が狂ったのだと思った。
「ちょっとちょっとソーちゃん。チビちゃんがいるっすのに」
お嬢様に続いて赤毛の嗜虐者。
次に神妙な顔をした吸血鬼。珍しい事に、いつも引っ付いてるゴシュジンサマはいないようだ。お嬢様が脱いでるのを見ると、慌ててドアを閉めた。
つまりお嬢様はドアが開いてるのに素っ裸になった。狂ったのでなければそういう趣味だ。痴女の上に変態である。
「あー……久し振りっすねぇ……」
「うえ……」
クレマンティーヌは思わず声を漏らす。目の前の光景はいささか衝撃が強かった。
全裸のお嬢様からぬるりと出てきたのは一体の人間だった。頭部と胴体はあっても手足がない。床に落ちた人物はうつ伏せになったが、髪の色から誰であるか察しが付く。
「ルプー、お願い」
「はいはいっす」
赤毛の掛ける回復魔法で、男の手足が生えてきた。
法国の漆黒聖典でも、ここまでの回復魔法を軽々と扱える者はいない。今更ながら、赤毛はただの赤毛ではないと思い知らされる。
「申し上げたいことは全て申し上げました。お兄様が私の言葉を活かしてくださることを期待しております。いえ、期待しております、じゃ駄目ね。必ず活かしてください」
床に落ちたドレスをお嬢様が踏むと、ドレスは裸体に吸い込まれ、裸の中からドレスが浮いてきた。化け物の着替えはやはり人間離れしている。さすがに部屋の外へ出る時は服を着るらしい。
お嬢様が部屋から出ても、倒れた男は動かない。化け物の体内で手足を溶かされたのだからショックが強かったのかも知れない。中身はお嬢様や赤毛と同類の化け物なのだろうが。
「ほらほら、おにーさんはさっさと起きて着替えるっすよ」
赤毛は男の体の下に爪先を突っ込み、足でひっくり返す。仰向けにされた男は、呆然と虚空を見上げていた。
どこでもないところを見つめる顔はどこか現実離れしていて、どこを見ているのか気になってしまう。目を離せず、引きずり込もうとする引力がある。
「ミラ」
「はっ!」
赤毛の呼びかけで吸血鬼が男の体にマントを掛けたところで、男が全裸だったことに気が付いた。
吸血鬼がマントを掛けようと屈んだ時、ほんの一瞬だけそっちに目が行った。
ほんの一瞬だけ、男の裸を見てしまった。
男女で特に顕著な違いがある部分は、吸血鬼の体に隠れて見えなかったのが残念、と思った事に自己嫌悪する。
「今度は何考えてるんすか? 本読めなくて残念っすか?」
「…………俺のカタナブレイドを取って来てくれ」
「ただちに!」
吸血鬼が部屋を飛び出る。
戻ってくるまでの間に、男はズボンだけ身に着けた。
男がズボンのベルトに刺したのは、緩やかにカーブするロングソード。刀であると、クレマンティーヌは知っていた。
「ふむ……」
男は机の上に置いてあった金貨を手にする。
親指でピンと弾き、煌めきながら落ちてくる金貨へ刀が一閃。
左手だけの抜刀。左手の親指で鍔を押し上げ、刀の峰に親指を添わせて勢いよく鞘から摺り上げ、刀が宙に浮いたところで柄を握って振り上げる。
金貨は澄んだ音を立てて宙で二つに分かれ、片方は男の右手が、片方は刀の剣先が受け止める。男が刀を軽く動かせば、剣先の金貨は弧を描いて男の右手に収まった。
「相変わらず器用っすねー。で、それがどーかしたんすか?」
「金貨が切れた」
金貨は側面から真っすぐに切断された。
「見りゃわかるっすよ」
「ルプーはそのままの位置で。俺が動くから」
「何すか?」
赤毛も吸血鬼も、男がしている事がわからないらしい。
男は吸血鬼が持ってきた服を探り、どこに入っていたのか、ショートソードを取り出した。刀と拵えが似ている。
鞘から取り出したショートソードを宙に放り投げ、またも刀を一閃。
今度は両手を使って抜刀し、高く構えて振り下ろした。
ガチンと火花が散った。
「おわっ!? 危ないじゃないっすか!」
「ルプーなら取れるだろう。ほら、ちゃんと取ってくれた」
「やるんだったら先に言って欲しいっすね」
宙で切り付けられたショートソードは、真っ直ぐに赤毛のところへ飛んで行った。
残念な事に、片手で軽々と受け止められた。
「む……ちょっと欠けたな」
「あーあぁ。それってコキュートス様から頂いたものっすよね? こんな事で欠いちゃったら怒られるっすよ?」
「どうして欠けたと思う?」
「へ? そりゃ切り付けたからに決まってるっす。こっちもちょっと欠けたっすよ」
刀がぶつかったのはショートソードの刀身。散った火花は欠けた一部だろう。
「じゃあどうして金貨は切れた?」
「柔らかいからっすね。てゆーか、そんなのおにーさんもわかってるっすよね。何考えてるんすか?」
「……どうして欠けたか考えてる」
「はあ……」
男は二つになった金貨と欠けた刀身を、じっと見詰めている。
赤毛は付き合い切れなくなったらしく、ため息を吐いて部屋を出て行った。
▼
男は、どうしてソリュシャンに手足を溶かされたか、溶かされながら考えていた。ソリュシャンが溶かすに至った理由ではなく、溶けた理由である。
脆いからだ、と結論付けた。
金貨を切断したのはその確認である。
ショートカタナブレイドに斬り付けたのもその延長だ。
脆いから溶けた。
柔らかいから切れた。
切れずに欠けた。欠けたのは脆いからだ。
金貨を斬る前に空気に触れていた。空気はカタナブレイドの進路を邪魔しなかった。
水の中で斬る事も想像する。水は空気よりも遥かに大きな抵抗となって、刀を振り切るのは大変だろう。しかし、水も空気と同様にカタナブレイドの進路を邪魔できない。
金の中ではどうか。柔らかい金の中だ。十分な膂力があれば可能だろう。
カタナブレイドの刀身と同等の刃金の中ではどうか。問題になるのは膂力だろうか。カタナブレイドも欠けてしまった。
空気と水と金貨では、気体・液体・固体とそれぞれ違う。
空気は水の進行を阻止できない。水は金貨が沈むのを止められない。
浮力つまり密度、それとも重量否質量。どこかに答えがある。
空気に対しての水のように、水に対しての金貨のように。では金貨に対して何があるか。固体であるのは間違いない。
固体を固体足らしめているのは何だろうか。
金貨は切断できた。
カタナブレイドは欠けた。
切れず、欠けず、しかし気体でも液体でもないもの。
アルベド様の武装に使うべき素材の片鱗を、掴んだように思えた。
▼
と云う事を男が考えているのを誰も知らない。
知らなくても、男がよくわからない事に思考を沈めて帰ってこなくなるのはよくある事だ。
それをよく知ってるルプスレギナは、呆れて行ってしまった。一旦ああなると、ソリュシャンに腕を溶かされても気付かない。シクススに引っ叩かせるか、放置して戻ってくるのを待つしかない。
ご主人様を己の命以上の存在としているミラは、立ち尽くすご主人様の衣服を恭しく整えた。
しかし、クレマンティーヌは何も知らない。
クレマンティーヌにとって、この屋敷は魔窟である。味方はいない。
アルベド様は怖くて近付けない。そもそも会う機会がない。朝と夜に見かけることがある程度。
お骨様とは全く会わない。モモンは時々やって来るが、周囲の反応から中身が違うらしいと気付いた。
お嬢様は論外。完全に無視をされている。目の前を通りがかった時にぺこりと頭を下げても無反応。心の中でギッタギッタにしてやった。
赤毛の神官は駄目。あれは人を甚振るのが大好きな性悪だ。自分もそうだからよくわかる。
吸血鬼はゴシュジンサマの言葉しか聞かない。
そのゴシュジンサマは、優しいのだけれど甘くはない。赤毛の指導が厳しいと訴えても、「生きてるだろ」の一言で終わらされた時はぶっ飛ばしてやりたくなった。頑張れの一言もなく出来るまでやれとは何様のつもりか。
けども、今の一幕。
金貨を斬ったのは、金髪に見立てたのだ。
ショートソードは赤毛に叩きつけた。
赤毛には腹をぶち抜かれて、お嬢様には手足を溶かされた。
思うところの一つや二つがあって当たり前だ。
化け物同士だろうと、仲良しなわけではないらしい。
あの男をどうにかするのが鍵になる。
自由を閉ざす扉の鍵だ。
今度こそ今年最後の投稿
本年は本作をお読みいただき誠にありがとうございますm(__)m
来年も読んでいただけると嬉しいです
Cl編はあとたぶん4~5話で終わるような気がします
前話の後書きより伸びてるのは何故なのか