アインズの元にアルベドの相談役から連絡があった。
以前、事前に何の連絡もなく、ズシンズシンと書類の山を持ってこられた。二つに分けて積んで尚、それぞれがアインズの頭を越える高さ。
文書はチラ見しただけでそのままデミウルゴスに流したわけだが、持って帰れと言わないだけ有情であった。持ってきたのがソリュシャンではなくあの男だったら言っていたかも知れない。
あんなものを突然持ってこられても困る。次からは事前に連絡を入れてから持ってくるようにと命じておいた。
ナーベラルを通して届いたのはその報告である。
アインズがわざわざ確認に訪れたのは、文書量を確かめるためである。
もしも前回のようにズシンと書類の山を築かれたら、作成にどれほどの手間が掛かっていようと、容赦なくやり直しを命じるつもりでいた。思い遣りに溢れたアインズであるが、カルマは下限の極悪なのだ。
「こちらになります」
エ・ランテルの大きなお屋敷の書斎にて、ズシンと書類の山が置かれた。アインズは思った。こいつわかってねえと。
確かに、前回に比べれば小さな山だ。小さくても山だ。高さにして軽くメートルを超えた前回の十分の一程度だが、大人用の分厚い日本語辞書だって厚さは8センチ。それよりもかなり高い。
頑張ったのだろうが要求を満たしていない。アインズのオーダーは、前回の千分の一であった。
残念ながらやり直し、とアインズが言いかけたところで、男がぺらい紙束を取り出した。
「そしてこちらが、私がこれらの資料から読み取れた情報となります。私の主観による優先度の順で箇条書きにしてあります」
「ほお」
アインズが直接受け取った紙は、僅かに三枚!
帝国では秘中の秘であろう情報が無造作に書いてある。こういうのでいいのだ。
「更にこちらは、それらの情報の根拠を提示したものになります。数字などの引用元を末尾に記載しましたので、必要に応じて参照していただければ幸いです」
書類の山から抜いたのは約1センチ。これくらいだったら、アインズでも要約した情報と照らし合わせることが出来る。
要求を適切に満たしている十分な仕事だった。
しかしそもそもを言えば、絶対君主に詳細な一次資料を提出する方が間違っている。アインズが受け取るべきなのは、今受け取った箇条書きの文書だけで十分である。
資料の分析は他の者たちの仕事となる。デミウルゴスが目を爛々と輝かせて頑張っているところだ。
「よくぞここまでまとめてくれた。三人ともご苦労だった。ルプスレギナとソリュシャンは続いての慣れない仕事に苦労しただろう」
「「勿体ないお言葉でございます」」
性悪姉妹は歓喜を胸に頭を垂れる。それをナーベラルが羨ましそうに見ていた。
ナザリックのシモベにとって、アインズの言葉は無上の喜びを与えるのだ。
心の喜びだけでなく体の悦びも伴うあちらの方が上の可能性がなきにしもあらずだがそういう事柄は比べるものではないのでどちらが上とも言えないのでアインズ様のお言葉はやはり無上の喜びである。
「長期間、帝都に遊学させていただいたのです。ようやくある程度の成果を示せたように思えます。胸のつかえがとれました」
この場の幾人かは「お前はそんなん感じねーだろ」と思ったが、殊勝に跪く男に誰も何も言わなかった。
「重ね重ねご苦労だった。ルプスレギナとソリュシャンはこれからもこいつの補佐を頼む」
「「はっ! かしこまりました!」
性悪姉妹には、現状維持にアインズ様のお墨付きを与えられることが何よりのご褒美である。やはりナーベラルが羨ましそうな目で見た。
「さて、お前には……、ふむ。何か望むものがあるか?」
ナザリックはホワイトを目指している職場なので、信賞必罰が必要だ。
先日の王国攻略の理論武装といい、今回の報告書といい、どちらも中々の成果である。何もなしと言うわけにはいかなかった。
「先だって、アインズ様から過大な報奨を頂いたばかりでございます。私は私の務めを果たしただけに過ぎません」
アズスの件で不老不死を授かった、という事になっている。今回の報告書は、厳密に言えばこの男の仕事ではないかも知れない。が、帝都に遊学して何の成果もないのが論外なのも確か。
不老不死の秘薬が美味しいドリンクに過ぎないことを知っているアインズは、僅かに残っている良心がちょっぴり痛んだ。理由あってのことではあれど、あれは詐欺も同然。追いの手を打った。
男の言葉から、欲しいものが何もないと言ってるわけではないことに気付いたのだ。
「それほどの仕事ではなかったと言うのか? それなら私の気紛れだと思え。何かを与えたくなる気分の時もあるのだぞ?」
「そう仰って頂けるのでしたら……」
男も気紛れで、ミラに凝った指輪を贈ったところだ。アインズの気紛れがわからないではなかった。
とは言え、欲しいものがないのは確か。形あるものが欲しいわけではない。
「このようなことをアインズ様にお願いするのは大変おこがましいことであると承知しているのですが……」
「なんだ? 叶えられるかはわからんが、試しに言ってみると良い」
「一つ、ご相談したいことがあるのです。経験がないことですので、少々私の手に余るのではと思い始めたところでございまして」
「うむ?」
物であれば与えれば済む話。持っていなかったら諦めろで終わること。
それが相談となると、難しい。
ナザリックにて知力担当のアルベドやデミウルゴスが認める男からの相談となると、何が飛び出てくるのか見当がつかない。もしも答えられないことだったら、全力で支配者ロールを駆使して自分が関わることではないと回避するつもりでいる。
「クレマンティーヌの事なのです」
「ふむ」
アインズがモモンとして連れてきたクレマンティーヌである。報告によると、クレマンティーヌは概ねお行儀よく日々を過ごしているようだ。
が、生前と言うか、モモンと敵対していた時のクレマンティーヌは、随分と尖った性格をしていた。安穏と過ごす内に素を出して、問題でも起こしたのだろうか。
「クレマンティーヌは幼いことから、どうやら想像力が豊かなようなのです」
「うむ?」
アインズの予想とはかけ離れた言葉が続いた。
クレマンティーヌが幼いと言っても、秘薬で若返らせたのであって、本来は成人女性なのだ。
「想像力が豊かな事だけでしたら、私にも経験があります。子供なのだから当然と言っても良いでしょう。ですがクレマンティーヌは想像と現実の境を曖昧にする傾向があるようで……。いえ、おそらくは本人も理解しているのでしょうが、曖昧にしたがると申しましょうか。あるいは想像にのめり込んでいると言った方が適切なのかも知れません」
「よくわからんな? どんな状態なのだ?」
アインズは、ちらと性悪姉妹を見た。姉妹は首を左右に振った。二人に思い当たることはないようだ。
クレマンティーヌは復活させた後、精神操作系の魔法で知りうる情報を粗方喋らせ、その後に記憶操作して魔法による尋問の記憶を失わせた。そのあたりの事が影響して、物事を認識する能力に瑕疵が出来てしまったのだろうか。もしもそうであった場合、元通りに回復するかどうかは未知数だ。
「私も実際に見るのは初めての症状ですので、上手く言葉に出来ません。幸いにも類例を書物で読んだことがありました。典型的な例を演じてみても構わないでしょうか?」
「構わん」
「それでは……。ルプー、俺を何かであおいで風を起こしてくれないか? ほんの少しでいい」
「いいっすけど……」
アインズがわからなければ、ルプスレギナにもわからない。
何の意味があるかわからないまま帽子を脱ぎ、えいっとあおいで男に風を送った。
男へルプーの匂いが届き、銀髪が僅かに揺れ動いた。
男は髪を抑えると、明後日の方向を見てこう言った。
「この風…………、悲しんでる」
三姉妹はポッカーンと口を開いた。
アインズは顔を背けた。
■
本当にいっぱい読まされてきた。何十何百と読まされてきた。ちゃんと読んだかテストもされた。
短期間に大量に読まされたせいで、登場人物名に混乱することもあった。人物に個々の名前はつけず、いっそ全て役名で書いて欲しいと思ったものだ。もしくは役柄によって名前を共通させるか。
作品では、まず主人公。ロマンス小説が主だったので、主人公の相手役。味方と敵。そしてそれぞれが細分化していく。
中には敵にも味方にも分類されない者が多数あった。作品の臨場感を盛り上げる役だ。
そんな盛り上げ役にも類型がある。その中の一つに、妙なものが頻出した。中立ではあっても主人公に好意的な例も多く、味方の一種である助言者に分類しても良いかも知れない。
それは「真実を見抜く子供」であった。
「真実を見抜く子供」は本当に何でも見抜く。大抵の作品には一度しか出番がないのだが、幾つもの作品に似たような存在が頻出する。
子供が何を見抜くかと言うと、主人公の心を見抜くのがほとんどだった。
ただの子供なのに心を見抜くのだ。見抜く相手は主人公。
主人公は作品の主人公を張るくらいなのだから、凡庸な人物ではない。
歴史ある国家の王宮にて海千山千の形容が相応しい老獪な政治家たちと渡り合う事も、凄惨な戦場で苛烈な戦いを潜り抜けることも、幼少期から厳しい教育を多方面から施されていることもある。
なのに、ただの子供が心を見抜く。
悲願の復讐を遂げようとする主人公へ『どうしてそんなに悲しそうなの?』と言ってみたり、仇敵の元に嫁がされる令嬢へ『お姉さんは良いことあったの?』と言ってみたり。
経緯を見れば的外れな言葉なのに、何故か主人公の心あるいは未来を暗示するものとなっている。
言ってしまえば作品を盛り上げる舞台装置だ。
しかし、妙なことにまで整合性を求める男は、子供がどのような存在であるか考察してみた。
その1。実はただの子供ではない。何者かが子供の姿をとって主人公を導いている。但し作中では何の言及もないので、いささか無理な解釈である。
その2。神託。子供は神から託された言葉を主人公に届けている。神とはつまり作品の作者である。元も子もないが、これが一番可能性が高い。と言うか、これ以外にない。
しかし男は更に考えた。
その3。子供の妄想。子供は何となく頭に浮かんだことを出たとこ任せで主人公に告げたのだ。それが偶然にも主人公の心を突いたに過ぎない。
これはそれと思わせる描写もあって、子供は『太陽が笑ってる』とか『星が歌ってる』とか『風が悲しんでる』とか、奇妙な言葉を口にする。
言うまでもなく、太陽は笑わないし星は歌わないし風は悲しまない。子供の想像力の産物と言って良い。子供は自身が想像したものを現実に重ね合わせているのだ。
男がここまで考察を進めた時、ラキュースの内なるラキュースである影羅が『私を忘れるなよ』とラキュースに囁いたのかどうか定かではない。
クレマンティーヌはその3の子供と同じである。
読み書きに四則演算が問題なく出来ることから、高度な教育を受けてきたと察せられる。きっと様々な物語に触れる機会もあったことだろう。
そんなクレマンティーヌだから、こっちは全く辛くないのに『辛そうです』とか『気持ちがわかります』だとか『心は一つです』と言ってしまったのだ。
ちなみにGDMHにも似たような子供が出てきた。ドラゴニオに向かって「剣が悲しんでる」と指差した子供に、ドラゴニオは「よくぞ見抜いた馳走をやろう」と言って頭の天辺から真っ二つにした。
いつものドラゴニオなので、子供の言葉が真実を突いたか否かは謎である。
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男の寸劇に、三姉妹は中々反応できなかった。
いち早く我に返ったのはソリュシャンだ。
「誰かが不可視化してお兄様に何かを告げたのでしょうか? 誰!? アインズ様の御前なのよ! 姿を現しなさい!」
「それともメッセージの魔法が届いたの? アインズ様がいらっしゃるのだから、少し待ってもらうことは出来そう?」
「いやいやいや…………。二人とも何言っちゃってるんすか。私があおいだ風っすよ? 不可視化した誰かとかメッセージとかあるわけないっすよ。こんなこと言いたくないんすけど…………、おにーさん。……頭おかしくなっちゃったっすか?」
「やめてさしあげないか!!」
「「「はっ!」」」
アインズの一喝に、三姉妹は跪いた。
「いいか? クレマンティーヌはだな。悲しい過去があるのだ。家族から見放され、国を捨てる羽目になり、汚い仕事に手を染めてきた。そうしなければ生きてこれなかったのだ。それがやっと平穏な生活を手に入れたんだぞ? 少しくらい想像力が豊かになったくらいでとやかく言うのは好ましくないな」
「「「はっ!」」」
「心に闇があるのだ。ゆえに辛い現実から目を逸らし、空想の世界に心を遊ばせているのだろう。言うなれば闇の時代からの反動と言えよう」
三姉妹に加えて男も跪き、アインズの言葉を拝聴する。
クレマンティーヌはアインズが連れてきた子供であることから、それなりに重要な存在と捉えてきた男である。が、アインズがここまで言葉を尽くすとなると、相当に気を掛けているのだと察せられる。
三姉妹は、たかが人間の子供にアインズが言葉を重ねるのに驚くと同時に、人間の子供にまで慈悲を与えるアインズの寛大に心打たれた。
しかし、アインズがクレマンティーヌを気に掛けているわけがない。
情報を抜いた後で処分しても良かったくらいなのだから、言ってしまえばどうでもよい。
にも関わらずアインズが言葉を尽くすのは、自分のためだった。
仮に、アインズの親しい友であるペロロンチーノと、そっち方面に詳しいウルベルトにダブラを加えて博識である朱雀がこの場に現れ、
『あの時のモモンガがドイツ帝国の軍服に惹かれたのは軍服が主張する精神性とモモンガのこのような願望が重ねあったからであり』だとか『ドイツ語の響きは日常的な言葉であっても日本語話者である我々からするとシャープな印象があり、無駄を削ぎ落としたように感じられ、モモンガの嗜好がそちらに向かったのは』だとか『実用重視に見えてパンドラズ・アクターの振る舞いを見るとモモンガが必ずしも質実剛健だけを目指したわけではないと分析出来る』だとか『ぶっちゃけいい年してるのに遅れてやってきた中二病ですよね!』だとか言われたら死んでも済まない。
かつて、守護者一同に「Wenn es meines Gottes Wille!(我が神のお望みとあらば!)」をやられた時は精神の死を迎えた。
その時は死の支配者であることから何とか復活できたが、もしも中二病時代の事を解説されでもしたら、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを全て回収し侵入の手段をなくしてから宝物庫に永遠に引きこもるか、ナザリックを捨てて自分を知る者がどこにもいない新天地に旅立つ。
幸いにも、三姉妹の言葉はアインズを指してるわけではない。クレマンティーヌの症例を実演した男に対してだ。
それでも、アインズは見ていられなかった。
共感性羞恥である。見てるだけで恥ずかしいというあれだ。とてもいたたまれない。居た堪れない、だ。居るだけで辛い。
クレマンティーヌがどうのとはどうでもいい。兎にも角にも一刻も早く止めさせなければならなかった。
「優しくしてやるのだ。少しおかしな事を言っても無闇に否定してはいかんぞ? 基本的には優しく肯定してから、少しずつ正してやるといい。荒療治はいかん! 本人も心のどこかでわかっているはずなのだ。少しずつ、少しずつ解きほぐすべきだ」
アインズがそっち方面に偏っていた時代にやって欲しいと思う対応である。
頭ごなしに言われたら、反発できるほど若くないので、きっと恥ずかしくて堪らなくなるだろう。それはダメゼッタイである。
「お前ならクレマンティーヌの心の闇を払えると信じて任せたのだ。だが臆することはないお前なら出来る全てはお前に任せているから以降は私に報告する必要はないお前が良いと思うようにするといいうむそれがいいそれでいい報告書ご苦労だった確かに受け取ったでは頼んだぞ私はナザリックに戻るこれでもすべきことが中々多いのだ」
息継ぎの必要がないアインズは早口で言い終えると、跪く男の肩をポンと叩くなりゲートの魔法を発動して姿を消した。
書斎には様々な防御の魔法が掛かっているが、例外としてアインズだけはどのような魔法も問題なく発動できる。書斎設計時に抜け穴を作っていたのだ。
それがこの時に役立とうとは、アインズであっても見通せなかったことであろう。
「ソリュシャン、ルプー、アインズ様のお言葉を聞いたな? これからはアインズ様のお言葉を念頭に置いて行動するように」
性悪姉妹は深く頷く。クレマンティーヌと接点がないナーベラルはちょっと仲間外れである。
こうしてみんなはクレマンティーヌに優しくなった。
▼
「私の処刑っていつになったの?」
深夜の書斎にて、クレマンティーヌが言う。気負いはなく、自身が発した重大な言葉は、既に確定したものと思っているようだった。辛く苦しい過去がクレマンティーヌの心を闇で覆い、現実の認識を誤らせているのだ。
もしかしたらきちんと認識して色々とわかった上で言ってみてるだけの可能性も大いにあるが、アインズによるとそこを指摘してはいけないらしい。
とても難しい。
難しいと思ったから、男はアインズに相談したのだ。
だが、「信じて任せる、お前なら出来る」と言われては応えないわけにはいかない。
アインズ様のお言葉を、自分には荷が重いと投げ出せるわけがない。そんなことを、アルベド様はけっしてお許しにならない。
何とかしなければならなかった。
クレマンティーヌの心の闇を払うのだ!
たぶんあとちょっと、たぶん
2・3日くらい前に後書きか前書きで何か書くべきことがあったように思ってたんですが綺麗に忘れました
ヒルマの需要だったか、クレマンかロリマンかどっちかって事だったのか、書いててもピンと来ないのでたぶん違います