※この作品はR-18です。

アルベドのお食事   作:dolph

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本話12k


図書館とお姉さん

 若旦那様が幸せになってる一方で、エ・ランテルのお屋敷は悲喜こもごもだった。

 

「お兄様が謹慎!? そんな……、そんな嘘よ! ずっと私といたのにそんな事になるはずがないわ!」

 

 悲の代表はソリュシャンである。

 一報が耳に入るなりテーブルを叩いて立ち上がった。手から滑り落ちたカップは気にしない。シェーダが素早く片付けた。

 

「ちょっと落ち着いたらどうっすか? 謹慎はおにーさんじゃなくてソフィーちゃんみたいっすね。おにーさんはソフィーちゃんの上司だから謹慎中の監督するみたいっすよ」

「同じ事よ! お兄様がお帰りならないのよ? 一週間もお兄様と会えないのよ? 私にどうしろって言うのよ!!」

「……どーもしなくていいっすよ」

「ルプーはお兄様にお会いできなくても構わないと言うの!?」

「そーじゃないっすけど」

 

 ルプスレギナとて、若旦那様が戻らないのは残念だ。

 しかし、世界の破滅を告げられたかのように嘆くソリュシャンを見たら冷静にもなる。残念は残念でも、ソリュシャンほどには反応できない。

 

「前はもっと離れてた時があったじゃないっすか。ソーちゃんはこの前も何日か帝都に行ってたっすよね? それと一緒っすよ」

「その時は準備と覚悟があったから耐えられたのよ」

「準備と覚悟」

 

 ルプスレギナはおうむ返しに応えた。思い返せば、準備の手伝いをした事もあった。今回は急な話で、詳細は文書で飛んできたものだから何の準備も出来ていない。

 

「ああ、お兄様……! ソフィーのために一週間も謹慎だなんて。お可哀そうに!」

「いや、結構喜んでるんじゃないっすか? 図書館行きたいってずっと言ってたし、チャンスとか思ったかもっすね」

「お兄様が私から離れることをお選びになるわけがないわ!」

「その自信はどっから出てくるんすか……」

「私がお兄様の一部だからよ!」

 

 ルプスレギナは聞こえないように呟いたつもりだが、聞こえてしまったようだ。

 

「お兄様は私を愛してくださっているわ。私もお兄様を愛しています。愛し合っているのよ。体だけの事じゃないわよ? 心で愛し合って繋がっているの。肉体を凌駕して心で繋がっていると言う事は、体が二つに分かれているように見えても本当は二人で一つになっていて、つまりお兄様と私は一つなのだから私がお兄様の一部と言う事は」

「あーはいはい!」

 

 ソリュシャンの超理論なのか妄想なのか、戯言に付き合うのは苦痛である。

 ルプスレギナは乱暴に会話を打ち切って立ち上がった。ソリュシャンが落ち着くまで距離を置いた方がよさそうである。

 

「ごちそうさまっす。私はチビちゃんを構ってくるっすよ」

 

 立ち上がって、ふと思いついた。

 

「シェーダからリファラとキャレットに言っといてくれないっすか? 今日はおにーさんの部屋はベッドメイクしなくていいっすよ。シーツも枕カバーもそのままにして欲しいっす。私が使うっすから」

 

 若旦那様はいないのだから仕方ない。せめて若旦那様の匂いにつつまれて眠るのだ。

 

「え? 待って! 私が使うわ!」

「何言ってんすか。私が使うんすよ」

「ルプーはお兄様とお会いできなくても辛そうに見えないわ。だったら私に譲ってくれてもいいでしょう?」

「ソーちゃんこそおにーさんとは離れてても繋がってるんすよね? じゃーいーじゃないっすか」

「それとこれとは話が別よ!」

「都合よく別の話にしないで欲しいっすね」

 

 時々喧嘩するが、これでも仲良し姉妹である。

 仲良しのためにか、喧嘩はあっさりと終止符が打たれた。

 

「大変申し上げにくいのですが、若旦那様のベッドは既に整えてあります」

 

 シェーダが今朝の仕事を告げた。

 毎晩色々な事で汚れることが多い若旦那様のベッドは、基本的に朝一で綺麗にされるのだ。

 

 ルプスレギナとソリュシャンは振り上げた拳をどこに下せばいいかわからず、かと言って争い続ける燃料は揮発し、気まずそうに笑い合った。

 

 

 

 

「若旦那様が謹慎!? 一週間もいないのか!? ウオオオオオオオオオオオ! やあああああ…………………………ったああああああああああーーーーーーっっっ!!!」

「……ケムリン、そんなに大きな声出すと外に聞こえるよ? あと、謹慎は若旦那様じゃなくてソフィー様? の方だってさ」

 

 悲の代表がソリュシャンなら、喜の代表はケムキチである。むしろケムキチだけである。

 ケムキチは、クレマンティーヌから若旦那様の不在を告げられるなり快哉の雄たけびを上げた。今この時だけ、かつてのビーストマンブレイバーに戻ったかのようだ。

 

「ご主人様がいらっしゃらない事をよくもまあそこまで喜べるものですね!」

 

 しかし、往時の輝きは一瞬で消えた。

 

「グワーーーーーーーーーーッッ!!」

 

 ミラに蹴飛ばされ、天幕の外に弾き出された。

 

 ミラの仕事には、クレマンティーヌの安全確保が一応含まれている。

 若旦那様がいないのでクレマンティーヌに目を配っていたら不届き千万な叫びが聞こえた。早速仕置き執行である。

 

 ぽきりとなったケムキチは、遅れてやってきたルプスレギナにも蹴飛ばされ、着地する前にミラに蹴飛ばされ、再度ルプスレギナに蹴り上げられ、地上に戻るのにしばしの時間を要した。

 一部がひき肉になって一部が取れて一部が零れてコックがゴミ捨て場を勘違いするような有様になってから回復魔法を掛けてもらった。

 

「そうか。若旦那様がいないのか。残念だがいないなら仕方ないな!」

「……ケムリン元気だね」

 

 ケムキチは若旦那様からもたらされる精神的重圧が酷過ぎて、相対的にそれ以外の苦痛を小さく感じるようになっていた。

 ペットが飼い主に似るのは本当であるようだった。

 

 

 

 

 

 

 その若旦那様は自由時間を得ていた。

 要監視のソフィーは、ぐったりしながらアルベドに連れていかれた。ソフィーがぐったりしてるのは、父と二人きりの朝食で数学のテストをされていたからである。

 

 数学のテストは不思議なキャンディーの効果時間の計算から始まった。

 不思議なキャンディーは、赤も青も効果発動中に追加で舐めると、効果時間が増加する。加算される時間は前に舐めたキャンディーの半分である。よって、不思議な赤いキャンディーを舐め続けて不老不死を実現するのは不可能となる。

 では、大量に舐めた場合の効果時間は一つだけ舐めた時の何倍になるか。

 

『2です』

 

 ソフィーはあっさり正解。問題が簡単すぎたようである。

 なので、増加する効果時間を67%と仮定すると幾つになるか。

 

『大体3です』

 

 正解である。細かく言えば、3,0303…となる。

 どちらの問題も等比数列を知っていれば簡単だ。数列を知らなくても、代数の概念がわかれば答えがでる。

 先生としては一般化して解答して欲しかったのだが、ソフィーは強引に計算してしまった。

 

 続いての問題は、13の平方根は幾つになるか。

 

『……大体3,6です』

 

 正解である。ソフィーは4の自乗、3,9の自乗と計算して解に近付いていった。

 先生としては平方根の近似式を考えて欲しかったのだが、ソフィーはまたも力技で計算してしまった。

 

 三乗根の問題も、ソフィーは強引に計算してしまう。計算能力は父譲りであるようだ。

 

『お父様は色々課題を出しますけど、あれって意味あるんですか? どれも使う数字がちょっと違ったり多かったりするだけですよね? 数学の問題なんて全部計算しちゃえばいいんじゃないですか?』

 

 ソフィーの舐め腐った態度に、先生は割と真剣に悩んでしまった。

 

 勉強をしたくないための言い訳に過ぎない、とは断言できない。勉強を嫌がる素振りは多々見せるものの、課題を出せばきちんとこなす。本当に数学とは計算能力が全てと思っている可能性もある。

 ソフィーの真意がどちらであるか判別できない先生は、絶対に計算しきれない問題を出した。*1

 

『そんなの計算出来るわけないじゃないですか!!』*2

『どうして計算出来ないんだ?』

『数が多すぎます!』*3

『計算出来ない問題もあるってわかっただろ?』

『でもそんなのできなくてもよくないですか? できなくても困らないです』

 

 ソフィーは言ってはいけない事を言ってしまった。

 

『いいか、ソフィー。それは出来ない奴がやりたくない時に言う常套句だ。大体出来もしないくせに出来なくても困らない、だと? 出来ないくせにどうしてそんな事がわかる? わからないのにわかってるとはどういう状態だ? そう言うことは出来るようになってから言え。まさかとは思うが、勉強したくないから言ってるわけじゃないだろうな?』

『ちがいますぅ!』

 

 先生もソリュシャンから課されたロマンス小説の件で全く同じ反論をして全く同じお説教を食らっていた。

 娘に同じ轍を踏んで欲しくないがための親心である。

 

 こうしてぐったりしてしまったソフィーはアルベドに引き取られたのだ。

 

 色々悔しかったソフィーは、父から出された難問を母にぶつけた。母が非常に聡い事を知っていても、数学は専門外のはず。わからなくて狼狽えているところを見てやろうと思ったのだ。

 

『普通に計算するのは無理よね。だったら部分集合の和とそれぞれの個数が出る多項式を考えて、そこに5の倍数だけ出てくるフィルターのようなものを掛ければいいんじゃないかしら? 具体的な計算までは出来ないけれど、考え方はそれで合ってると思うわ』

 

 アルベド、大正解である。ソフィーは目から鱗のようなものが落ちた。*4

 賢さが極まるとそんなところにまで応用が出来るのかと感心も感動もして、母への尊敬の念がますます強くなった。

 

 

 

 

 

 

 ソフィーが母の偉大さを知りながらお仕事見学をしている間、自由時間を得た男は早速図書館に向かった。

 譜面の件でセシルに物申したい気持ちはあったが、為すべきことを為さなければならない。アルベドの武装に用いる素材についてだ。

 求める素材は、全ての固体を液体のように扱える物質である。言うまでもなく、そんなものは存在しない。存在しないので新しく作らなければならない。作るには何が必要か調べなければならない。しかし何を調べればいいかもわかっていない。

 求めるものは明確でも、そこへ至る道が全くの不明である。道があるかどうかすらわかっていない状況だ。

 よって、まずとりあえずは武具や金属や物質に関わる書籍を司書長のティトゥスにリスト化してもらった。

 リストを見ながら迷宮の如き広大な図書館を歩き、リストにある本や関連すると思われる本を抜き出して台車に放り込む。台車はあっという間に積載上限に達した。当然のことながら、貸出上限を超えている。そこは司書長との交渉があった。ソフィーの謹慎期間に合わせて、一時的に貸出上限を撤廃してもらった。代わりに貸出期間が一週間厳守である。

 リストにある本は、どれも借り手が稀だから取れた優遇措置であるらしい。稀どころか皆無に近いようだ。唯一の例外は、冶金関連の本をサラマンダーの鍛冶師が借りた事があったとか。武器の製作について、いずれ彼らの手を借りるかも知れない。

 

 そうして重い台車を貸し出しカウンターまで運び、司書長直々に貸し出し手続きを行ってもらった男は試練に直面した。

 

「……どうやって登ろう」

 

 最古図書館がある第十階層と第九階層を繋ぐ大階段を仰ぎ見て、途方に暮れた。

 

 本を読むだけだったら閲覧室を利用すればよい。

 しかし、一応は謹慎しているソフィーの監視役である。現在のソフィーがアルベド様のお仕事見学をしているにせよ、長時間持ち場を離れるのは好ましくない。

 加えて、あちこちをうろうろしていると誰かしらに捕まる可能性が高い。具体的には、シズとかシズとかシャルティアとかシズとか、エントマがいる可能性もある。ナザリックには遊びに来ているわけではないので断る名目はある。しかし、不思議な力と不可解な理論によって再び貸しを押し付けられるかも知れない。目的がある今は遠慮願いたいのだ。遭遇しないのが一番である。そのため、閲覧室ではなく指定の部屋で読書をしたい。

 

 台車を押すのも重い本の山。持ち上げて階段を登るのは不可能である。

 持てるだけの冊数に止めるくらいなら閲覧室で読んだ方が早い。それをしたくないから本を吟味することなく、ティトゥスにリストを出してもらったのだ。

 しかし、どう頑張っても登れそうにない。悩んでも考えても無理なものは無理なのだと実感する。誰かに頼むしかない。誰に頼むのかが問題だ。

 

 ナザリックはとても広い反面人員は少なく、現在は午前も早い時間なので誰もかれもお仕事中だ。最古図書館まで訪れる者は非常に少ない。

 図書館を回ってる間にちらほらと数名のメイドを見かけたが、彼女たち全員の協力を得ても一度では運べそうにない。ホムンクルスである彼女たちは、普通の人間よりもちょっぴり力持ちであるが、あくまでちょっぴりである。自分の体重の云倍は無理である。

 それとも忙しそうな司書の手を借りるか。お骨である彼らもしくは彼女らはスケルトン・メイジであるティトゥスと違って、アインズ様と同じ種族であるオーバーロードであるらしい。重い荷物を運ぶくらいお手の物だろう。

 

「お困りのようですね。私がお手伝いいたしましょうか?」

 

 ティトゥスに誰かを貸してもらおうかと考えていたところに、声が掛かった。優しくありながら軽やかに聞こえる声は、階段を仰ぎ見る男が面白かったのか。

 男が振り返れば、一人のメイドが上品に口元を手で隠し、目だけで柔らかく笑っていた。知的で上品な上におっぱいがとても大きく、更には親しみも感じさせる完璧なメイドである。ナザリックのメイドはおっぱいが大きい者ばかりだが、ここまで大きいメイドはただ一人。

 意外な場所での邂逅に男は軽く驚き、すぐに心からの笑みを浮かべた。

 

「ユリさん、こちらにいらしていたのですね。ぜひお願いします」

「かしこまりました。私も時にはナザリックに戻っているんです。相談役殿がいらっしゃるのは不定期ですから、こうしてタイミングが合うのは初めてでしたね」

 

 ユリはとっても力持ち。メイドの体重の云倍は軽くある台車を軽々と持ち上げ、危うげなく階段を登り始めた。

 

「相談役殿は先の事を考えて行動した方が良かったですね」

「仰る通りです。本当に助かりました」

「せめて手で持てるだけにすれば良かったのではないでしょうか? こんなにもたくさんの本を借りては、読み切るのに相当の時間が掛かると思いますよ?」

 

 台車の重さを抜きにしても、やはりメイドの体重の云倍はある。冊数は三桁を超えていた。

 

「読み切れなかったら再度借ります。ですが、読むだけなら問題ないでしょう。理解が追い付かない部分があるでしょうが、あとで追い付かせるだけですから」

「そ、そうですか……」

 

 ユリは本の山から話題を逸らすことにした。読書は嫌いではないが、これに付き合わされたらと思うと嫌な汗が湧いてくる。

 

 他愛ない話をしながら階段を登り終え、ユリは台車を床に下した。ここからは手伝わなくても大丈夫だろうが、折角なので目的地まで付き合うことにする。話したいことも残っている。

 

「あれから少し時間が経っています。完成しているとは思いませんが、どのようなものにするかくらいは決まったのではないでしょうか?」

「何のことです?」

「……まさかお忘れではないですよね? 相談役殿がはっきりと約束してくださったことです」

「…………ああ。勿論忘れてはおりませんよ。幾つか試作しましたので、基本は押さえたと判断しています。デザインも完成させました。ですが、それではいけないと強く制止されてしまいまして」

「待って! こっちに!」

 

 突然、ユリは男の袖を引いて手近な部屋に飛び込んだ。廊下に敷かれたふかふかの絨毯が幸いして、台車がガラガラと鳴る事はなかった。

 入った部屋は、利用者がいないゲストルームの一つである。利用者がいなくとも、メイドたちが完璧に管理している。

 ユリは台車を部屋の奥に押しやると、ドアを少しだけ開いて聞き耳を立てた。

 

「ユリさん? 何かあったのですか?」

「しっ! ちょっと静かにしてて!」

 

 ユリはスキルによって気配を探知することが出来る。男が気付かなかった何かに気付いたようだ。

 ややあって、気配の正体がドアの向こうに現れた。

 

(うーー、見つからないでありんす! さっきまで図書館にいたのは確かでありんしょうから近くにいるはずでありんすのに)

 

 現れたのは、男が見つかりたくないと思っていたうちの一人。シャルティアであった。

 尋ね人が見つからないらしく、ご機嫌斜めであるようだ。

 

(アルベドに話は通しんしたから文句は言わせんせん。お兄ちゃんが私に文句なんて言うわけないでありんすけどー)

 

 シャルティアが探しているのはお兄ちゃんであるらしい。シャルティアがお兄ちゃんと呼ぶのは一人である。ユリは、思わず尋ねられ人と顔を合わせた。複雑に苦笑していた。

 

「シャルティア様がお探しなのは私のようですね」

 

 見つかると時間を取られるので避けたいと思っていたが、あちらから探されては仕方ない。アルベドの名が出たことも気になる。出て行くしかないだろうとドアに手を掛け、ユリに肩を掴まれた。

 

(ユリも来てるらしいでありんすね。私のオフにお兄ちゃんとユリがいるのは初めてでありんす。これはお兄ちゃんと一緒にユリをあへあへのトロトロのねちょねちょのぬぷぬぷにしろというお告げに違いありんせん! ここは神託に従うべきでありんしょう! くっふっふ……、きーっひっひっ!!)

 

 吸血鬼の悍ましい笑い声が、ユリの背筋を冷たく撫でた。

 

 淫吸血鬼として全ナザリックに知られるシャルティアは、様々な性的嗜好を持つ。中でも特に強い性質が、レズビアン、ネクロフィリア、そしてオッパイスキーである。

 おっぱいデュラハンであるユリは、不幸にも全ての条件を満たしていた。ユリはシャルティアの好みのドストライクなのだ。

 

 ユリは男女一通りのことを経験済みである。お口も前も後ろも使われ、初体験は妹が目の前にいた。先日はどうしてそうなったかよくわからないが、協力プレイをすることになった。自分の手や口に色々なところがアルベドやナーベラルに触れてしまった。逆もまた然りである。

 しかし、同性愛の気はない。同性を責めることに抵抗があれば、同性に責められる事にも強く抵抗を感じる。だからこそシャルティアの行動には注意を払い、迂闊に二人きりにならないようにしてきた。

 今ここでシャルティアに見つかったら、きっと取り返しがつかない事が起こる。絶対に見つかってはならない。

 

(うーーーん? どうしてこのドアは開けっ放しでありんすか?)

 

 第九階層の部屋はメイドたちが完璧に管理している。僅かな隙間であろうとも、ドアが開いているのはとても目を引いてしまうのだ。

 

「こっちに来る! 隠れて!」

「え、いや、ちょっと!」

 

 直後、部屋のドアが大きく開かれる。

 シャルティアが見たものは、台車に乗った本の山だけだった。

 中には誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

「本、でありんすね。どうしてこんなところにある? 置き忘れか?」

 

 部屋に踏み入るシャルティアに、二人は固唾を飲んだ。

 

(私は隠れなくても良かったのではないでしょうか?)

(咄嗟に体が動いちゃったんだよ!)

 

 二人はクローゼットの中にいた。

 クローゼットの扉はルーバータイプである。ルーバーとは細長い羽板を隙間を空けて平行に並べたものだ。通気性が良く、お洒落度も高い。隙間があっても、羽板は傾けて取り付けてあるので見えるのは近くの床ばかりである。

 但し、物音は良く聞こえる。二人の耳に、シャルティアが室内を歩く音が届いた。

 

「こんなに本を借りるのはお兄ちゃんくらいでありんしょうが……、ここはお兄ちゃんの部屋じゃないでありんすぇ。間違ったんでありんしょうか?」

 

 二人は隠れても、台車を隠す余裕はなかった。

 誰も使ってない部屋に本の山があれば、どうしてそんなものがあるのか気になるのは当然である。

 

(声を出すんじゃないぞ? もしもわざと見つかったりしたら本当に怒るからな!)

(しませんよ。それよりもう少し離れて頂けますか?)

(狭いんだから仕方ないだろ!)

 

 クローゼットの内部はとても広い。ナザリック第九階層ロイヤルスイートのゲストルームなのだから当然だ。コキュートスが寝そべる事も出来る。

 しかし内部で仕切られていた。二人が隠れたのは、仕切られた内の狭い方であった。男が両手を伸ばせば左右の壁に届く広さである。大人二人が隠れる余裕はあっても、全く触れ合わずにいるのは難しい。

 

(言っておくけど、絶対に変な気を起こさないでおくれよね。君ってすぐに変な事やろうとするから)

 

 ユリ的には至極真っ当な忠告である。この男からは実に様々な事をされてきた。それがこんな狭いところで二人きりになれば、懸念を持って然るべきである。

 だと言うのに、男は鼻で笑った。

 

(ふっ、問題ありませんよ。ユリさんこそおかしな気を起こさないでくださいね)

 

 淫魔淫獣と指差される男であるが、本人はそれほど性欲が強いとは思っていない。直接的に色々されたら反応するのは仕方ないにせよ、ナーベラルの生乳を揉んでも立たせなかった実績がある。狭いところでユリと二人きりになった程度で興奮したりしないのだ。昨夜アルベドとたっぷりしていたのもある。

 余裕の態度でユリの懸念を拭ったつもりだったが、ユリには全く伝わっていなかった。

 

(は?)

 

 ユリの声は、とても硬質だった。

 それではまるで、お前では立たないと言われたも同然である。今まであんなに色々な事をしてさせて来たのに、一体どういうつもりなのか。

 ここはおっぱいを押し付けて本当にその気にならないか試すべきではないか、と思ったところで理性が働いた。

 今はシャルティアから隠れることが優先である。

 

「ギャーーーーーーーーッ!!!!」

((!?!?))

 

 突如、シャルティアの悲鳴が響き渡った。

 

 シャルティアから隠れていても、シャルティアの身に大変な事が起こったのであれば見捨てることなど出来はしない。

 男の方はシャルティアの自助努力に任せる判断をするかも知れないが、カルマが善であるユリにそんな事は出来ない。

 反射的にクローゼットのドアを開けようとして、

 

「字がちっちゃいいいぃい! 数字に記号がいっぱいあるぅううう! 何だこの本は! どうしてこんなものが存在している!!」

 

 続く叫びに思い留まった。

 

 男が借りた本は、様々な分野の入門書から専門書まで多数ある。シャルティアは専門書のどれかを開いてしまったらしい。どうやらとても難しい本のようだ。

 

「ぐぅうう……、魔導書の類でありんしょうか!? これはアインズ様にお願いして封印してもらうしかないでありんす!」

 

 シャルティアがいつものようにおバカな事を言いだした。

 折角借りた本を封印されては堪らないと、今度は男がクローゼットのドアを開けようとして、

 

「って、魔導書のわけないでありんすね。…………今の叫びを誰も聞いてないだろうな? 聞かれていたら口を封じる必要がありんす……」

 

 男も思い留まった。

 

 叫んだのはシャルティアの小芝居だったらしい。本人なりに出来はいまいちだったようで、物騒な事を言いだした。

 隠れていた二人はますます出ていけなくなった。

 

「うー……。頭がくらくらするでありんす。ここで少し休んで行きんしょう」

 

 柔らかく乾いた音が響く。シャルティアはソファに身を投げたようだ。

 

(……シャルティア様はいつまでここにいらっしゃるおつもりでしょうか? いえそれよりも、いつまで隠れているつもりですか?)

(そんなのボクに聞かないでよ。シャルティア様がいらっしゃる間は出て行けないだろ?)

(私は構いませんが?)

(ボクが構うんだよ)

 

 男はさっさとクローゼットから出たかった。

 シャルティアが物騒な事を言っていたが、いつもの事である。少々要求が厳しくなるだけだ。いずれにせよシャルティアはアルベドの名を挙げていたため、ずっと避け続けるわけにはいかない。読書時間は睡眠時間をあてるとして、さっさとシャルティアからの要件をこなした方が良さそうだ。

 減った睡眠時間はポーションや回復魔法で何とかすればよい。

 

 けども、ユリは見つかりたくなかった。

 シャルティアから口封じを受けたくない。あへあへのトロトロのねちょねちょのぬぷぬぷなんて以ての外だ。シャルティアとはそのような行為を含まない友好的な関係でいたい。

 

 ここに、二人の利益が相反してしまった。

 クローゼットの中は緊迫しつつあったが、外は呑気なものである。

 

「ふーん。これは図鑑でありんすね。こーいうのだったら私にもちゃーんと読めんす。……ほむほむ、クズ石だと思っていんしたが、こー見ると結構綺麗なもんでありんすねぇ。今度おっきいのを磨かせてみたら面白いかも知れんせん」

 

 多数の本には図鑑が幾冊も含まれている。

 ソファに寝転がったシャルティアは、気晴らしに柄にもなく読書を始めてしまったらしい。図鑑なら解説文より絵や写真の占める割合が多く、シャルティアでも読み進めることが出来るようだ。

 シャルティアがいつまでこの部屋にいるのか、本格的にわからなくなってきた。

 

(ユリさん、申し訳ないのですが、時間を無駄にしたくありません。一緒にシャルティア様のご用件をお聞きしましょう)

(何言ってるんだよ! されるのはボクなんだぞ! そんなのダメに決まってるだろ!?)

(そう仰られても、困るのはユリさんであって私ではありませんから)

(なんてこと言うんだ!)

 

 ユリの脳裏に初体験の記憶が蘇る。

 あの時のこの男は、後で酷いぞと脅すユリに対し、後で起こる事をどうして今恐れるのか、と真正面から打ち返してきた。打ち返されたユリは、膝をついて場外ホームランを見送ることしか出来なかった。

 このままではあの時より酷い事になってしまう。何とかして男を引き留めなければならない。

 ユリは、覚悟を決めた。

 

(ユリさん? どうしました? それとも本当におかしな気でも起こしましたか?)

(そんなわけないだろ! そんなわけない、けど……)

 

 半歩詰めた。

 クローゼットの中だ。半歩も動けば密着する。

 

(責任とるって言ったよね?)

 

 男の胸に顔を埋め、か細い声を絞り出した。

 

(確かに言いました。ですが先ほど申し上げたように、指輪はまだデザインが)

(そっちじゃなくて)

(でしたらどちらでしょう?)

 

 責任を取ってユリと結婚することになっている。

 責任がどうして結婚に結びつくのか未だに疑問な男だが、そういうものなのだと受け入れることにした。ユリにもその件を話してあるし、アインズとアルベドに話を通したことも報告済みである。

 そして何故か婚約指輪を作る事になったが、デザイン段階で待ったが掛けられた。それも話したばかりだ。

 それらを全て飛ばしてすぐに結婚は、アインズから熟慮せよと言われたため不可能。

 現状で出来る事は何もない。

 

(ユリさんと結婚することを忘れたわけではありませんよ? 私から孤児院に訪問することは止められてしまいましたが、ユリさんが屋敷を訪れるのはいつだって歓迎します。ソリュシャンとルプスレギナも喜ぶことでしょう)

(……だからそっちじゃなくて)

 

 ジャケットを掴む手に力が入った。伏せた顔は真っ赤である。

 クローゼットの中は光が少なく、暗視のスキルがない限りはっきりとは見えないだろうが、見せられない顔になっている。

 そんな顔をしてでも言わなければならない事があった。

 

(君が、さ。責任って与えられた役割とか任務って言ったよね?)

(言いました。私がそう言ったのは、確か……)

(だからそう言う事だよ!)

(どういう事なのでしょう?)

(だから……)

 

 男は、ユリに責任の辞書的な意味を話した時の事を思い出した。どんな文脈で話したかも覚えている。

 しかし、ユリがそれを言い出すだろうか。いや、言い出しても不思議ではない。ならばユリの気持ちを察してこちらから行動に移るべし、とまでは思えない。言葉通りに行動したのに、体の真ん中あたりが破裂する羽目になった。

 下手な忖度は身を滅ぼす。ここはユリの言葉を待つべきである。

 

(だから……)

 

 ユリは中々続けられない。

 言い淀んでいる内にシャルティアが出て行ってくれることを祈るも、ふんふふふん♪と鼻唄が聞こえてきた。とてもリラックスして、本格的に読書を始めてしまったようだ。

 

 シャルティアに期待するのは無理らしい。

 彼に言わせようと思って体を摺り寄せ、あの時の事を匂わせても言ってくれない。

 自分で言うしかなかった。

 

(ボクが……、せ…………セックス、したくなったら。相手をするって言っただろ……)

 

 途切れ途切れに言い切った。

 言われた男はユリを抱きしめはしなかった。代わりに首を傾げる。

 

(それでしたら、ここを出てシャルティア様のご用件を聞くのが早いのでは?)

(そうするとボクが後回しになっちゃうだろ。ボクが先にして欲しいの。先って、その触ったりとかじゃなくて、だから、あの……。入れて欲しくて……)

(うーむぅ……)

 

 男は唸ってしまった。

 ユリと一緒にクローゼットから出れば、シャルティアを交えて色々あるだろう。その際、シャルティアと一緒にユリを責めるのは間違いない。けども、先に入れたがるのはシャルティアだ。ユリはそれを阻めない。

 しかし、ユリの言葉が方便なのは気が付いた。

 頭がいいバカとか空気が読めないとか無神経だとか様々な悪評を叩きつけられてきたが、文脈は読める。ユリがセックスしたいと言い出したのは、シャルティアに捕まりたくないからだろう。

 ユリの言葉には乗っても乗らなくても構わない。

 

(あっ)

 

 柔らかな体を抱きしめ、顎に指を掛けた。

 顔を上げさせれば、眼鏡の向こうで目が潤んでいる。

 

(ユリさんが声を抑えられなくても責任は取れませんよ?)

(だっ、だいじょうぶ! 我慢、するから)

(そうも仰るのでしたら)

(あっ……んっ…………)

 

 腰に回った手が下がり、スカートの上から尻を撫でた。

 

 

 

 ユリの言葉には乗っても乗らなくてもよい。

 しかし、そこまで言わせたのを無下にしたら、ソリュシャンを筆頭に多方面から怒られるのは確実だ。

 方便であろうと、したいと言ったのはユリである。

 言われたからには、責任を取る義務があった。

*1
1から2000の集合の部分集合の和で、5の倍数となるのは幾つあるか?

*2
部分集合の個数は集合に幾つの要素があるかによって変わる。この場合、要素は1から2000。部分集合は任意の数字を含めるか含めないかの選択を要素の数だけ行う。全て含めない時が空集合。すなわち、部分集合の個数は2^2000となる

*3
一秒間に10億回計算したとして10^585年以上掛かる。一兆年の10^573倍である

*4
フィルターには複素平面を使う。なお、答えは「(2^2000-4・2^400)/5」となる




現在youtubeでファンタスティック・プラネットが期間限定公開してます
あと一週間は公開されてるようです
ずっと見たいと思ってたのです

50年前のとてもシュールなフランスアニメ映画
物好きな方はどうぞ
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