エ・ランテルにある豪華なお屋敷の一等豪華な食堂ではお屋敷の若旦那様とお嬢様が真剣勝負さながらの真剣な表情で向き合って一触即発の空気を醸し出しておりました。
アインズ様に立ち会っていただいた際に交わした約定を果たしてもらうべく男は口を開いた。
「ソリュシャン、少し出かけてくるからお小遣いちょーだい」
ソリュシャンはピキッと来た。
宵の口である。
美味しい夕御飯を食べた後である。
お小遣いを欲しがるということはソリュシャンの同席を求めず一人で出かけるということ。
暗くなってから男が一人で小遣いもって出かけるとなれば、飲みに行くか遊びに行くか。
屋敷には男がアルベド様をもてなす為に美味しいお酒を造ろうと蒸留器まで備えている。間違いなくエ・ランテルで一番多種多様なお酒が揃っている。断じて飲みに行くのではない。
遊びに行くのだ。
どんな遊びに行くのか。
「構いませんが、どちらへお出でになるのかうかがってよろしいかしら?」
「秘薬を扱ってるところだね」
ソリュシャンはカチンと来た。ソリュシャンはスライムなので体の硬度を変えることが出来る。たゆんたゆんでぷるんぷるんのおっぱいがアダマンタイトより固くなった。
エ・ランテルには『紫の秘薬館』なる娼館があるのだ。
お兄様のお給料をお小遣い制にしたのは、入り用になったときに自分からお金をねだるのは心理的抵抗があるだろうと考えてだった。
無駄だった。
流石のお兄様は無神経でデリカシーがなくて心臓に毛が生えてる怖いもの知らずである。
「誤解してるようだけど遊びに行くんじゃない。ソリュシャンとの愛を確かめに行くんだ。どんな女性が現れても惑わされないことを確かめてくる。何物を持ってしてもソリュシャンとの愛は砕けないことを証明してくるよ」
「お兄様………………それ、マリアージュの引用ですわね?」
「なんだ知ってたのか」
ネタがバレても悪びれもしないお兄様にビキッと来たが、ロマンス溢れる言葉に幾分気を良くした。
今し方の台詞はソリュシャンがロマンチックな言葉を覚えるようにと教科書代わりに渡したラヴロマンス小説からの引用である。タイトルは「偽りのマリーアージュ~伯爵夫人が背負いしローゼンクロイツ~」。美魔女で流されやすい伯爵夫人が様々な男性に誘惑され続けた末に真実の愛に目覚めようとしたところで悲劇的な死別を迎えるストーリーである。
当然、ソリュシャンも読んでいた。
「約束ですから仕方ありませんね。いかほど入り用ですか?」
「全く見当がつかないな。とりあえず金貨10枚くらい?」
「足りないのではなくて? 食事処ならともかくそんなところから請求が来るなんて、私いやですわ。100枚ほどお持ちください」
「100枚なんて重いよ」
「貧弱ですわね」
「かさばって嫌なんだ」
金貨は重いしかさばる。持ち運びには非常に不便。
エ・ランテルのみで通用する域内通貨か金貨との兌換紙幣があれば便利だなと男は考えた。そうすれば今以上にスムーズな経済活動が出来るはず。書面にまとめてアインズ様に提案してみることを決めた。
なお、これらのアイデアはデミウルゴス様から貸し与えられた日本語辞書を飽きずに繰り返し読んだ末に得られたもの。
出てきたアイデア、或いは気付いてしまったことは他にも多数。自分が読んで良いものだったのかと思ったが読んでしまったのだから仕方ない。
「お帰りはいつごろに?」
「初めて行くからさっぱりわからないな。遅くなってもエ・ランテルの治安は魔導王陛下が保証してくださっている。心配ないよ」
「そうですか。お帰りになったらご相談したいことがありますの」
「なんだろう?」
「とっても素晴らしいことを思いついたんです。実現するためにどうすればいいのか、お兄様のお知恵をお借りしたいのです」
何を思いついたかは話さなかった。
ソリュシャンはとってもいい笑顔でお兄様を送り出した。
若旦那様とお嬢様は金銭感覚がおかしいと固唾をのんで一部始終を見守っていたメイドたちは思いました。
▼
同日同刻。
ナザリック第9階層にはマイコニドのピッキーが腕を振るうバーがある。
現在は常連のデミウルゴスが出張中であるため、同じく常連であるコキュートスは足を運ぶ頻度が落ちていた。メイドたちにはいささか敷居が高い場所であり、来客ゼロも珍しくない昨今。
今日は違う。
ピッキーがシェイカーを振る音だけが響くバーのカウンターにうなだれている影が一つ。
「スクリュードライバーです」
ウォッカをベースにしたアルコール度数が高いカクテルの代名詞。オレンジジュースを使うので口当たり爽やかにして甘いお酒。女性にも大好評。
「ありがとうぉおー」
「……差し出がましい口とは存じますがそろそろお止めになった方がよろしいのでは」
「うぅるさいわねぇえ……」
引ったくるようにグラスを掴み、ピッキー渾身のカクテルを味わうことなく喉へ流し込む。一飲みである。
「うすいわよー? うすめないですとれーとでちょうだい」
「……かしこまりました」
飲み干すとまたもうなだれる。
彼の御方がこのような醜態を見せるとはよほどのことがあったに違いない。もしやアインズ様からお叱りの言葉を受けたのだろうか。だとすれば傷心なのも頷ける話。傷ついた心を一時なりとも慰めるのにお酒は有用。ピッキーはウォッカに角砂糖を落としたものを出した。
またも一瞬で飲み干され、瓶ごとご所望。
「お酒だけだしてくれればいいわ。あとはほっといてちょうだい」
「かしこまりました。何かございましたらお声かけください」
ひらひらと手を振って追い払う。
手酌でぱかぱかとグラスを空けるのは、ナザリックのみならず世界が認める美の化身、アルベド様であった。
頬には朱が差し呂律が回らないほど強かに酔っている。
本来なら泥酔できるアルベドではない。酒の味は楽しめても高レベルによる状態異常耐性が深酔いを防いでしまう。どんなに飲んでもほろ酔いが精々。それとて一瞬で醒める。
わざわざシモベに状態異常耐性ダウンのデバフを掛けさせてからバーを訪れた。
飲みたかったのだ。
酔って忘れたかった。
先日、挿入を失敗したのはアルベドの精神に尋常でない動揺をもたらしていた。
サキュバスなのに挿入失敗。
アイデンティティが砕けかねないほどの衝撃。
酔って正体を忘れたくなるのもむべなるかな。
(ちゃんとおちんぽおっきできたのにわたしおまんこぬれぬれだったのになんではいらなかったの? なにがだめだったのぉおお!? わたしサキュバスなのにいいいいぃいい!!!)
飲みながらアルベドは考えた。
あの子は自分のものであって間違ってもシャルティアやソリュシャンのものではない。だと言うのにシャルティアはいつもいつもじゅぽじゅぽヌプヌプした痕跡を見せつけてくる。ソリュシャンがナニをした証拠は挙がってないがあの子と一緒に住んでるのだから間違いなく毎日毎日おちんぽミルクを絞っているに決まってる。そして自分は飲んだくれている。こんなのっておかしいわよ!!
この前行ったばかりだから一週間のお預けが終わるまであと五日も待たなければならない。
後五日。何回数えてもあと5日。片手には五本の指があって、それと同じだけの日数。
長い長すぎる。アインズ様がお決めになったことであるが、長すぎる。アインズ様は私の健康を思いやってくださって週に一度とお決めになられた。しかしアインズ様はサキュバスではない。サキュバスがどんなに精液をごっくんしたとしても体調を崩したり食べ過ぎでお腹が出ちゃったりするわけがないことをご存知ないに違いない。
ああしかし偉大なるアインズ様へ不見識を正せようものか。
もしかしたら私には理解できない崇高なお考えの元に一週間とお定めになったのかも知れないのだ。そこへ苦言を申し上げてしまえば私の愚かさに失望なさってしまうかも知れない。
アインズ様が仰った通りにご馳走は偶にであるからこそご馳走と言うのもその通りであることであるし。
でもでもごっくんばかりじゃないし……………………!?
アルベドは閃いた。
バーカウンターに突っ伏していた体をバンと跳ね上げた。
体を起こす際にカウンターを両の拳で叩き、叩かれたところが窪んだことには気付かなかった。気付いたピッキーは何も言えなかった。
「そうよ…………。そうだわ……。そうすればよかったのよ!」
泥酔しているとは思えないほどの機敏な動きで立ち上がり、ピッキーには一言も残さず嵐のように去っていった。
アルベドは気付いた。
アインズ様が仰せになったのはご馳走は週に一度。
ごっくんでなければいい。お食事でなければいい。
セックスなら問題ない。
先日は失敗してしまったが、あの子は私のものであって私があの子のものではない。自分からするのではなくあの子にさせればいいのだ。
素晴らしいアイデアを実現すべく、アルベドは自室にダッシュで戻り、エ・ランテルのお食事部屋へ通じるマジックアイテムを起動した。
「アルベドいるー? あれ、いない?」
アルベドと入れ違いでバーに現れたのは褐色の肌に金髪が映える美少年。耳がとがっているのはエルフの証。左右で色が違う瞳がチャームポイント。ナザリック第6階層の守護者であるアウラ・ベラ・フィオーラ。
男装だが実のところ女の子である。創造主の趣味で男の子の格好をしているのだ。
「ようこそお出でくださいました、アウラ様。アルベド様は先ほどまでいらしたのですが、急にお席を立たれました」
「ありゃ、入れ違いになっちゃったか。まあ急ぎでもないしいっか」
アウラは凹んだバーカウンターを胡乱な目で眺めてから背の高いスツールに座った。
外見年齢は10歳程度のアウラだが、レベルは100で身体能力もそれ相応。スツールに飛び乗るくらいわけないことである。
「せっかく来たから何か飲んでこうかな。ピッキー、美味しいのお願いね。お酒が入ってないやつで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ノンアルコールカクテルだってお手の物のピッキーである。
色が赤青緑の三層に分かれている鮮やかなカクテルにアウラはわおと目をまるくした。
「これってどうやって飲むの?」
「そのままお飲みください。最後の一滴まで飽きずに楽しんでいただけるものと思います」
ピッキーの言に違わず美味しいカクテルだった。
綺麗なカクテルだったので少しずつチビチビ飲んでいたのにいつの間にかグラスが空になっている。アウラはすぐさまお代わりを頼んだ。
「そう言えばピッキーってハムスケのこと知ってたっけ?」
「存じております。白く大きな魔獣で、羨ましくもアインズ様のペットを仰せつかっているとか」
ピッキーは副料理長でもある。そしてアウラが管理する第6階層は広大なジャングルで一画には農園がある。ピッキーが食材の調達に第6階層に赴くことは希ではなかった。
「ハムスケってさ、見た目はもふもふなのに触ると毛が固いんだよね。フェンは見た目通りにもっふもふなのに。それでね、ハムスケの毛皮を柔らかくしようって考えてる人間がいるんだって。アインズ様が良かったらそいつと会ってみないかって。その人間はアルベドが飼ってる奴らしいからどんなのか聞いてみようと思ったんだけど。ピッキー何か知ってる?」
「アルベド様がお飼いになっている人間……。聞いたことがあります。何でもゲームでアルベド様を負かしたとか。デミウルゴス様が興味を持たれ、試したところ中々優秀な人間であったそうです。先日ナザリックに一時帰還為された際、ここを訪れていただき楽しそうにお話になっておりました」
「へーーーーーーっ! デミウルゴスが認めるなんてよっぽどだよね?」
「私もそのように思います」
「どんな奴なんだろ? デミウルゴスが認めるんだからやっぱり頭いいのかな?」
「アルベド様とゲームの腕を競うことが出来る程度には良いのかも知れません」
「うーーーー、会ったらバカにされないよう気を付けなくちゃ!」
▼
ナザリックからエ・ランテルの中枢に戻り、今度はアインズ様の居館。
広い執務室ではアインズ様がせっせと書類を処理しておりました。アルベドを筆頭に優秀な配下がいるのでゴーサインを出すだけの簡単なお仕事です。けどもエ・ランテルが魔導国の所領となってから日が浅く、処理すべき書類は山のようにありました。
かつて人間であったアインズ様はブラックな職場におりましたが、現在は24時間片時も休むことなく仕事に追われています。飲食睡眠その他諸々が不要な骨の体でなければ到底持ちません。最下級平社員から絶対君主へチェンジしたはずなのに何故か今の方が遙かにハードワークです。
不思議なものです。
小難しい書類群の処理が一段落ついて、気分転換に別ジャンルの報告書や要望書に手を伸ばした。
「………………こいつは本当に王国が嫌いなんだなあ。って言うより王女が嫌いなのか? 王女が施行した法を全否定だな。セバス、お前もこれには目を通したんだろう? どう思う?」
「はっ、一理あるとは思われます。ですが急な政策転換は動揺をもたらすかと」
「その通りだ。王国だったら奴隷制復活もいいだろうが魔導国では不要だ。暇な奴にはちゃんと仕事を与えてやる」
セバスは無言で一礼した。
アインズが読んでいるのは、エ・ランテルのお屋敷で若旦那様として収まっているアルベドのご飯からの提案である。
一、奴隷制の復活。
奴隷制が悪いのではなく、奴隷への虐待や奴隷確保のための人攫いが悪い。これらを解消し、奴隷達にいずれ自分の身を買い戻す道を与えれば奴隷制を止める必要はなかった。王国では廃止されたが、あれは現実を見たことがない愚か者の政策である。自由を与えられても盗むか野垂れ死ぬかの二択しかない者もいる。犯罪に走らせるくらいなら奴隷として労働力にした方がよい。
と言うようなことが丁寧な言葉遣いで書かれている。なお、王国の奴隷制を廃止したのは王女であるラナーである。
かつては貧困層であったアインズには糧を得る手段がない者達の境遇を想像できた。
それらを解消するため、魔導国では職業訓練や新たな職業の創設を賢いシモベ達が色々考えている最中である。
「あと黒粉かあ。言われてみるとその通りなんだよな。……セバスがいい気持ちしないのはわかるが」
「私如きの私情でアインズ様のお考えを妨げるわけには参りません」
「……悪い考えではない。しかしこれもすぐには無理だ」
「仰るとおりかと」
二、黒粉の流通。
黒粉は精神に作用し安寧をもたらす良薬である。中毒性もなく長期間の服用による後遺症も認められない。これを麻薬と断じて禁じたがために犯罪組織の資金源となった。優れた商品作物を投げ捨て腐敗の温床にするとは愚策ここに極まれり。帝国が黒粉の流入を嫌ったのは自国領土で栽培した黒粉より王国産の黒粉が高品質であるため資金の流出を嫌ったからである。
黒粉を禁じたのは王国の法であり、ラナーはアダマンタイト冒険者である蒼の薔薇へ依頼して黒粉の流通を阻止しようとした。
黒粉は犯罪組織「八本指」の資金源の一つとなっており、セバスが救った人間の女性ツアレは八本指に虐げられていた。セバスが面白くないと思うのは仕方ないが、こうして文書をアインズの目に触れさせたのだから一理あると考えたのかも知れない。
どちらも大胆な提案である。
前者は却下、後者はひとまず保留で支配下に置いた八本指を使って試してみるのは悪くはないと考えた。
「それとこれは…………あいつも苦労してるんだな……」
アインズは側に控えるセバスに聞こえないよう小さな声で呟き、虚空を見上げた。
こちらはソリュシャンからで、ポーションと治癒のスクロールの補充要請だった。
ついこの前、アインズが許可を出してソリュシャンはあの男をトロトロしてしまった。
回復するには当然ポーションなり治癒のスクロールなりが必要となる。
ポーションとスクロールの補充要請が来たということは、それなりに大変な目にあっていると想像できた。
ここで問題が幾つか。
まず、治癒のスクロールは安定供給の目処が立っていない。必要なのはわかるが、無尽蔵に提供できるものではない。
ポーションは大量にある。特に男が使うには最下級の回復ポーションで事足りる。こちらはナザリック内で安定して生産が出来ているし、現地の薬師を確保して新たなポーションの開発に取り組ませてもいる。提供するのはやぶさかではないのだが、アインズ様は締まり屋だった。
ポーションが一万個あります。一日100個生産できます。一日に10個消費します。毎日90個増えるわけです。だけれども、もしもその10個を消費することなく貯蔵することが出来れば一日100個増えるのです。
しかし、です。もしかしたら一万個のポーションを一度に消費してしまう大事件があるかもわかりません。その時になって、あの時に10個も使わなければ助かったのにと思わないとも限りません。
そんな可能性は非常に低いとわかっています。低いどころか皆無でしょう。でも考えてしまうのです。
何故ならば、アインズ様は貧乏性なのでした。
(ポーションやスクロールを使うと減るんだよな)
当たり前です。
(治癒の魔法を使えるのは……、いやでもペストーニャを人間の街に置くわけにもいかないし)
ペストーニャ・S(ショートケーキ)・ワンコ。ナザリックの一般メイド達を管理するメイド長である。
ナザリックでは実に珍しく慈悲深い性格で、人間達へ侮蔑どころか積極的に救いの手を差し伸べる。
その上、守護者に次ぐ高レベルの神官であり、回復魔法はばっちりである。人間の男の回復役としてはあまりにも役不足が過ぎて勿体ない。
勿体ないに目をつむっても、ペストーニャをエ・ランテルに置くわけにはいかなかった。
ナザリックのメイド長であるし、外見が二足歩行するわんこなのだ。
ちょっとダメである。
「回復魔法が使えて手が空いているとなると……」
「ルプスレギナは如何でしょうか?」
ルプスレギナはカルネ村の守護を命じられている。カルネ村は王国に属する開拓村だった。現在は魔導国に属する。
カルネ村が隣接するトブの大森林はアウラがシメたし、アインズが最初に接触した人間の居住地ということで多数のシモベが置いてあるし、なにやら要塞化してしまっているし、エンリ大将軍がいるし、と言うか王国の正規軍を追い払ったことあるし。
プレアデスの一人であるルプスレギナ・ベータを常駐させているのは、現状でははっきり言って過剰だった。
「(回復できるからって滅茶苦茶やりそうな気がすっごくするが)そうだな。セバスの案を取り入れよう」