シーンが浮かんだのは50話あたりを書いてた頃、と言うことは五年前
ここまで連れてきて頂きありがとうございます
クライムは努めて心を凍らせた。そうしなければ見る事も歩く事も出来ないからだ。
少年を脱し、青年となったクライムは正規の騎士ではない。クライム自身は戦士であるつもりでいる。
しかし、よくて見習い。悪ければ迷い犬、もっと悪ければ目障りな虫。それが周囲からの評価であると弁えていた。
本来なら帯剣して街を歩ける身分ではない。それどころかとっくに死んでいた。
今も生きていられるのは王女に拾われたからである。
若く美しく誰よりも優しい王女の慈悲に救われ、恐れ多くも傍に侍る事を許された。
故に周囲の評価は当然であると、クライム自身も認めていた。但し、その場に甘んじてはいけないと固く決意している。自分の醜態が王女の評価に繋がるかも知れないのだ。
王女の慈悲が王女の足を引っ張る。自分の無様が原因で。
クライムはそんな事を絶対に許せなかった。王女の傍に侍っても良いと、認められなければならない。
日々の修練は全て王女へ捧げるもの。自身の立身出世など頭にない。
人並みでは駄目だ。人の倍でも駄目だ。誰が見ても大した奴だと思われなければならない。
少し前はクライムの理想を体現している戦士がいた。王国戦士長ガゼフ・ストロノーフだ。
ガゼフは誰もが憧れる戦士長であるのに、度々クライムを気に掛けてくれた。出自が同じ平民だからであって、クライムに特別な何かを見出したわけではないだろう。
才能がないのは自覚している。それは努力を怠る理由にならない。
思えば、直向きに努力を重ねられたあの頃は楽しかった。
王女の親友である縁で、アダマンタイト冒険者「蒼の薔薇」と誼を得た。
王女のおまけ以上と思ってくれたのは自惚れではないはず。
揶揄われてばかりだったが、戦闘時の心構えを説いてくれる事もあった。
ガゼフとは違う強者を見るだけでも学ぶものがあった。
今はもう誰もいない。
ガゼフは王国と帝国との会戦で戦死した。
蒼の薔薇は解散し、魔導国の冒険者になってしまった。
それでなくとも王都は荒れ果てている。
魔皇ヤルダバオトの襲撃で痛み、帝国との会戦で止めを刺された。
人心は荒れ、兵士たちの士気も低い。
街並みが変わったわけではないが、人々の顔は暗かった。見るのも辛い。何も見ずに剣を振りたい。
しかしクライムは王国を離れられない。
王女がいる王国だからだ。
こうして夜の街を見回っているのも、少しでも治安の改善に協力して王女の心を慰めたいからこそ。
王都の治安は日毎に悪くなった。
闇に潜んでいた犯罪組織「八本指」は壊滅したはずなのに、今はもっと悪い。
曲がりなりにも一つにまとまっていた悪い奴らが散らばっただけなのかも知れない。
犯罪も露骨になった。
盗むだけなら可愛いもの。剣で脅し、骸から剥ぎ取る。
荒くれ者だけでなく、子供ですら刃を持った。
王女の慈悲は孤児院を開いて子供たちに救いの手を差し伸べたが、到底足りない。
あの時の自分のように、路上で倒れてそのままの子供を何度見たか。
大人でさえ犯罪に手を染めるのに、子供が生きていけるわけがない。
あの日々はまるで夢のようだった。本当に夢だったのかも知れない。
そんな事を考えていても、上の空だったつもりはない。
「声を出すな。黙ってついてこい」
前から近付いてきた男にそんな事を言われた。右も左も塞がれている。
見るからに暴力で生きてる男たちで、クライムは当然気付いていたし警戒していた。
さり気なくこちらを囲むのは、行き当たりばったりの犯罪者では出来ない。
見えるところにいるのは五人。クライム一人でも打ち倒せる。
クライムの実力は、周囲からの評価を他所に並の兵士を遥かに凌ぐ。才能がなくても、重ねた努力は無駄ではない。
しかし、クライムは黙ってついていった。
黙れと言われたのだから声は出せない。頷く事も出来ない。頭を振れば喉が切れる。
無法者に声を掛けられる直前、喉に冷たい刃を押し付けられた。
喉に触れるまで全く気付かなかった。間違いなく自分より手練。正面からでも敵わないと思わせられる。
ただの荒くれ者ならわかる。
剣を置いていけ、服を脱いで置いていけと脅された事もある。
しかし、こんな組織だった動きで、とんでもない手練を出して、自分を狙う理由がない。自分が狙いでないのなら王女に決まっている。
自分を脅して王女に何かを要求するなら無駄だ。王女へは命を捧げている。脅しには絶対に屈しない。命を捨てる事も厭わない。
それが狙いだったとしたら。
心優しい王女の事だ。自分の首を見たらきっと悲しむ。ただでさえ衰える王国に心を痛めているのに、余計な悲しみを背負わせたくない。
何とか隙を見付けて逃げ出す。出来なければ終わる。それだけだ。
無言で歩き続け、王都の中心から大分離れた。
逃げる機会はなかった。無法者たちは何とかなりそうだが、問題は後ろにいる何か。
喉に突き付けられた刃は動かない。真後ろにいるのは間違いない。なのに足音はおろか、呼吸音さえ聞こえない。こんな手練が犯罪組織にいる事が信じられない。
真っ当に戦士になるか冒険者にでもなれば、アダマンタイトさえ目指せたろうに。
幸いな事に、クライムはこの辺りの地理を知っていた。
細い道に入った。このまま進めば暗い行き止まりになる。そこの壁には窪みがあって、頑張れば子供でもよじ登れる。
そんな事を思い出すと、あの日々は夢ではなかったと信じられる。
思い出したくなかったのは、真似をしていなくなった仲間たちが何人もいたからだ。
誰も彼ももういない。生きているのはクライムだけ。
その行き止まりに何人もたむろしていた。
暗くて良く見えないが、体の大きさから女性らしい影が二つある。
喉の刃が外れたら二人の間をすり抜けて、
「冷静でいたのは偉い。見ない間に少しは慎重を覚えた?」
「え?」
後ろから女の声が聞こえた。緊張も危険も感じさせない。まるで知り合いに声を掛けるような気軽さ。
聞き覚えがあった。
「うるさくしなければ声を出していい」
「……振り向いてもいいでしょうか?」
「いいよ」
喉の刃は消えていた。
クライムがゆっくり振り向くと、後ろにいたのは長い金髪を下ろして簡素な服を着た町娘。目が少し吊りがちだが穏やかそうな顔立ちで、思い当たるのに時間が掛かった。
「ティア様!?」
「残念、ティアは私。そっちはティナ」
暗がりにいた二人の女の一人が前に出た。こっちの印象もクライムの記憶と大分異なる。化粧で人相を変えているらしい。
「ティナ様……、ティア様も。……どうして?」
聞きたい事が無数にあった。
どうして王国を離れたのか。蒼の薔薇の他のメンバーはどうしているのか。こんな回りくどい事をして自分を連れてきたのは何故なのか。
二人に呼び出されるならすぐに出向く。
「クライムに用があるのは私たちじゃない」
「私たちのボス」
「ボス……、ラキュース様でしょうか?」
ラキュースは蒼の薔薇のリーダーだ。ティアとティナがラキュースを指してボスと呼ぶのを、クライムは聞いた事がある。
ティアとティナは顔を見合わせて、乾いた声で笑った。
「新しいボス」
「ラキュースは元気でやってる」
「元気過ぎて絶好調」
「どうしてああなった」
「あれは仕方ない」
「……はあ」
クライムには二人が何を言ってるのか全くわからず、曖昧に頷く事しか出来なかった。ラキュースが元気でいる事だけは伝わった。
「お二人の新しいボスが俺なんかに? 俺が知ってる方なんですか?」
「それはこっちのセリフ」
「どうしてクライムが知ってる?」
「そんな事を言われても。一体誰なんですか?」
「それを確かめるためにテストする」
「外したらこのまま帰ってもらうだけ」
「白と黒はどっちがいい?」
「……」
全くわからないし意味不明だ。
ティアとティナからは突飛な事を言われて揶揄われる事が何度もあった。
しかし、こんな大袈裟な真似をして揶揄うほど酔狂な二人とは思えない。思えないのだが意味がわからない。心に浮かんだものをそのまま答えた。
「白、でしょうか」
敬愛する王女には黒よりも白が似合う。クライムが王女から下賜された鎧も白だ。
「残念、ハズレ」
「帰っていいよ」
「帰った方がいい」
「…………はあ」
聞きたい事が山程ある。しかし帰れと言われたなら帰るしかない。クライムにどうにか出来る二人ではないのだ。
「巫山戯ないで! 二人とも真面目にやりなさいよ! 旦那様が仰った事は違うでしょう!?」
踵を返そうとしたところを、甲高い叫び声で呼び止められた。クライムが女性と思ったもう一人だ。
「小出しにしてどこで気付くか見るつもりだった」
「情報追加。白いのがいいのにどうして黒いのばかり選ぶ?」
「……………え?」
時が止まったと思った。
止まった時の中で、幼いクライムは高い壁を見上げていた。
まだ壁の窪みに足を掛けられなかった小さな頃。
「………………パン、ですか?」
同じ事をこの場で聞かれた。
ティアとティナが知ってるわけがない。夢のような日々は辛い記憶に上書きされて、王女にも話した事がない。あの時の仲間たちにも話さなかった。子供心にも誇らしい事だったが、ひけらかす傲慢は今も昔も持ってない。
言葉の一つ一つが輝いて、大切に心の奥に仕舞っていたはずだった。いつしか思い出す事も稀になった。
夢だったと思うほどに。
それをティアとティナが知っている。
クライム以外には話した本人しか知らない事なのに知っている。
現実が夢に侵食されたようで、体が勝手に震えてきた。
「わお、せーかい」
「びっくり」
「だから二人とも巫山戯ないで。旦那様が仰ったのは『白いパンの方が美味いのにどうして黒パンばかり選ぶんだ?』でしょう。覚えてたら連れて来い。覚えてなかったら……。私が忙しくなるところだったけど、その様子だと覚えてるのね? 黒パンを選んだ理由は?」
夢が本当になろうとしている。砕けたらきっと苦しい。砕けるくらいならそのままにしておきたい。
しかし彼女たちは知っている。何が本当で何が夢なのか。
夢の中の小さなクライムはこう言った。
「黒パンの方が腹に溜まるから……」
「それもせーかい」
「ボスの話は嘘だと思ってた」
「旦那様がつまらない嘘を仰るわけがないわ」
女性が道を空けた。先には高い壁がある。
顎でしゃくられ、クライムは夢うつつで壁の窪みに足を掛けた。
小さな頃は出来なかった。今なら窪みを使わなくても登れる。
あの日見たのと同じように壁を登って、飛び降りた。
すぐそこに高い木が生えてる。これならこっそり忍び込めば見つからない。
荒れた庭をふらふらと歩いた。
手入れがされてない。持ち主がいないのか手が回らないのか。
野放図に伸びる草木を掻き分けて、開けた空間に出た。
白いドレスの女性には気付かなかった。
隣に座る男性がクライムに気付き、顔を見せた。
「そっちから来たって事は覚えてたか」
「……」
「ふむ……、大きくなっても面影は残るもんだな。反対だと難しそうだが」
「……」
「皆に赤いの舐めさせてクイズしたら面白い……、駄目か。それやって怒られた馬鹿が出たばかりだ」
「……」
髪の色が違う。目は片方が真っ赤だ。
だけど暗い夜に輝く美貌は変わらない。
少し年上のあの人は、自分たちの英雄で救世主で、いつだって太陽のように輝いていた。
少し顔を顰めるのはあの時のまま。
「とりあえず顔を洗ってこい」
「あ……あ……」
言葉にならなかった。
何かを言いたい。夢ではないことを確かめたい。どうすれば確かめられるかわからない。そんなつまらない事を言いたくない。嬉しいのか驚いているのかもわからない。
夢のように足元がぐらついた。
「ご主人様のお言葉を」
「黙ってろ」
「失礼致しました!」
彼だけじゃないのをようやく気付いた。
「時間はあるだろ? 久し振りに会ったんだ。ゆっくりしていってくれ」
彼が椅子から立ち上がり、膝をついたクライムに手を差し伸べる。
取った手はすり抜けなかった。冷たくもなかった。
「……生きて、……たんですね?」
「死んだ事もあるな」
「でも……、それでも……」
その少し後ろでティアとティナが二人を見ていた。
「初めて見た」
「男の子ぽい」
「男になるまであとちょっと」
クライムには聞こえなかった。
死人に出会って真っ青になった顔が赤く紅潮してきた。
目が霞んでいる。
自分の足で立ってるのがわかる。
「俺……俺は……」
「いいから顔を洗ってこい。それからだ」
「わかりました!」
「誰か案内してやれ」
ティアに先導されて屋敷の中へ。
何度振り返っても彼の姿は消えない。そこにいる。
「ボスは逃げない。もたもたしてると怒られる」
ティアに脇を小突かれた。手加減してくれたのだろうがかなり痛かった。
夢ではないと信じられた。
クライムが成功したのを確認して祝杯
ティアティナは魔酒を飲んでダウン(前のは全部飲まれたので初体験)
ミラは血を飲まされてダウン
ヒルマだけが残って、
という展開を考えてましたが昨夜22時に破棄
アンケートにご協力頂きありがとうございます
その四時間後に酒の力を借りて就寝五時起床
これでは体が持たんと出したSOSが活動報告
そちらでも書きましたが、本作は後二話で完結します
元々クライムイベント後は大きな区切りをつける予定だったので、それがそのまま最終話になる形です