男は跪くクライムへ、
『いいから帰ってラナーを犯してこい!』
と言いたかったが、言えなかった。言ってどうにかなるなら、とっくにどうにかなっている。
そもそもラナーは一体何を考えているのか。ラナーがクライムを誘導すれば、大好きなわんわんとわんわんごっこに興じるのは容易かったはず。
男はラナーに囚われていたころ、クライムがクライムがと何度も聞かされた。加えて魔導国に協力する条件としてクライムの安全を挙げるほどなのだから、強い執着があるのは間違いない。
ならば思うようにすればいいのにやってない。やらない理由もない。ラナーはクライムへの思いがないのかと疑おうも、現状は否定する。
まさか、と考え男は身震いした。
まさか、ラナーは、清らかなお姫様と高潔な騎士の素敵な一夜を夢見ているのではないだろうか。
実態との乖離が甚だしいにも程がある。悍ましさの余り、男は吐き気を覚えた。
裏に隠されたものがあろうがなかろうが、クライムのお願いは即答できるものではない。覚えておくとだけ伝え、帰らせようとした。
しかし王国を出奔したクライムに帰る場所はない。知らない相手ではないが、屋敷に置いておくことは出来ない。どこかで宿を取れと言えば「それが……」と俯いた。出奔を気取られないよう着の身着のまま飛び出たため、最低限の路銀しかもっていなかったらしい。男は割とかなり頭痛が痛くなった。
パンを与えて面倒を見てやっていた頃のクライムは素直で無力で、無力だからこそ自分に出来る限りの配慮をする子供だった。それが何という事だろう。ここまで考えなしに育つとは。これも全てラナーに毒されたからである。
仕方なしに、少々の金貨を与えて安い宿を紹介した。金は返さなくても良いのだが、クライムは必ず返すと言ってきかない。幸いにも、魔導国の首都であるエ・ランテルは非常に活況を呈している。仕事は幾らでもあった。全てアインズ様のおかげである。
冒険者になるもよし、他の仕事を探すもよし。お勧めは黄金の輝き亭再建の作業員である。力仕事はアインズ様が使役するアンデッドでどうとでもなるが、細かな作業をする人員が不足しているらしいのだ。これもエ・ランテルが盛況過ぎるからである。いずれ城壁をぶち壊して街を広げる必要が出てくるだろう。
「私はナザリックに戻るわ。用事を思い出したの」
「……かしこまりました」
クライムが帰るなり、アルベドもナザリックに戻ってしまった。
今日のアルベドはお休みであり、後七回も残っていた。一日を一緒に過ごせると期待していた男は落胆したが、アルベドを引き留められる立場にない。名残惜しくアルベドの寝室まで付き添った。
一人書斎に戻った男は、うへえと呻いて簡易ベッドになったソファーに身を投げた。
クライムによるラナー封印が叶わなかった以上、少々相手をしてやらなければならないだろう。アインズ様のご厚意を無下にするわけにはいかないのだから仕方ない。先日アウラ様から、アインズ様のことで仕方ないと言うなと言われたばかりだが、こればかりは仕方ない。
現在、ナザリックからラナーに接触したのはアルベド様とデミウルゴス様だけであり、アインズ様はラナーを知らないのだ。知らないが故にあのような事を仰せだったのだろう。知れば口が裂けても出ないはず。
今からもう嫌で嫌で仕方ないが、仕方ない。仕方なくても始めれば悪くないと知っているのが余計に気を重くする。
ラナーの事は仕方ないから我慢するとして、疑問なのはアルベド様である。
お帰りになってしまったのは、ラナーの封印失敗が無関係ではないだろう。加えて、「あなたをあの女に取られたくない」と仰った。そんな事は絶対にあり得ない。あり得ないが故に、盛り上げるための演技であると思っていたのだが、節穴を自認する己の目にも真実の気配が感じられた。
だからこそ余計にわからない。アルベド様はラナーに会った事があると仰った。ならばあり得ないとお分かりのはずなのだ。ソリュシャンとルプスレギナがナザリックの黒棺にて恐怖公とるんるんデート、があり得ないのと同じである。
ご懸念があるならばお話しくださればと思う。或いはこちらの言葉が足りなかったか、それとも大きな勘違いを為さっているのではないか。
疑問が尽きなくても、アルベド様が為さることを妨げられるわけがない。お言葉を待つしかなかった。
が、その翌日。男はアルベドから言葉を賜る機会がなかった。アルベドはエ・ランテルに戻らなかったのだ。
その翌日もさらに翌日も訪れない。
一体何が、と男は気を揉むこと頻りだったが、幸いなことに週に一度はシャルティアのお手伝いでナザリックを訪問出来る。お手伝い後の自由時間に会うことが出来た。
「調べなければならない事が出来たのよ。あなたには何も伝えなかったから不安にさせてしまったかしら? 大丈夫よ。あなたは何も心配しなくていいわ。しばらくはエ・ランテルに行けそうにないけれど、それが終わったら……」
「是非とも私をお使いください。書を相手取るのは得手である自負がございます」
「……そうしたいのだけど、何を調べているのか伝えるのが難しいの。私一人で大丈夫だから、あなたもあなたのことを励みなさい」
「…………かしこまりました」
三日振りに会ったアルベドは、変わった様子が全くなかった。美とはこれであると天上が遣わした美貌は、慈悲と慈愛の優しい微笑を湛えている。忙しそうではあるが、問題が生じたわけではないらしかった。
調べものも方便ではなく本当であるらしく、アルベドは閲覧室の一室を独占して様々な書物を読み漁っているようだ。男はティトゥスからそう聞いた。
シャルティアのお手伝いで定期的にナザリックを訪問出来る一番のメリットは、最古図書館に行けることである。
GMDH以外にも、以前は知的飢餓から様々な書を読み漁った。読んでない書物はまだまだ無数にある。一日十冊を一万年続けても読み切れない。ある程度の飢えが治まった現在は、勿論読むけれど以前のような乱読はしない。焦らなくても本は逃げない。
最古図書館に来る目的はティトゥスと話す事であった。
魔導国と王国との戦争が近付いてきた。アインズは年を跨ぐと言った。一年以内に戦端が開かれる。それまでに何としてもアルベドの武装を完成させなければならない。
構想は確定した。実現は不可能だ。実現させるための理論の構築と実験にティトゥスの協力を仰ぎ、賛同を得た。
ティトゥスとしては、断る理由がないどころか積極的に協力したい案件である。男の考えが実現すれば、ナザリックの力が大きく増す。司書長である己のみならず、司書たちにも実験の協力を命じた。
二番目のメリットがセシルの音楽教室である。
何度会ってもセシルは厳しい。その上、言ってる事が頻繁にわからなくなる。
音の粒なら理解出来ても、「朝起きて目覚めの珈琲を飲みながら今日の予定を確認する時のように」だとか、「散歩をしていたら素敵なブローチが落ちてるのを見付けて思わず拾い上げた気持ちになって」だとか、何を言ってるのか全く分からない。
わからないのだけれど、そのような場面を想像してギターを爪弾くと、何故か音が良くなっている。一時的に魔法でも掛けられたのかと思うが、エ・ランテルのお屋敷に戻って同じように弾いてみればやはり音が良い。
男はわけがわからなかった。音楽の奥深さを痛感した。
セシルが「音楽を軽く見ないで頂きたい」と言ったのは真実だった。
そのように、男はラナーの事を忘れて変わらぬ日常を過ごす。エ・ランテルに戻らないアルベドが気になるも、会って話せばいつもと変わらない。手伝いは不要と言われた以上、出来る事は何もない。アルベドの調べものが早く終わることを祈った。
アルベドはいつもと変わらず執務をこなす。ラナー封印が失敗してから最古図書館に籠るようになったが、それ以外は何も変わらない。
誰も彼もアルベドの打ち込みように気を掛けた。しかし、何日も続けば日常となる。ナザリックにて群を抜いて優れた頭脳を持つアルベドが深く研鑽する態度に、感銘を受けても心配する者はいなくなった。
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ラナーの封印が失敗した以上、彼は確実にラナーに会い、そして。と想像し、アルベドはそれ以上考えることを止めた。
彼とあれは実の兄と妹である。血が繋がっただけの他人に過ぎない。とある神話では、兄による弟殺しが史上初めての殺人としている。血の繋がりとは、所詮はその程度のものに過ぎない。
しかし血が繋がっているからこそ、兄の弟殺しが際立つ。斯様に血の繋がりは重いものだ。ナザリックで言えば、アインズに創造されたパンドラズ・アクターを羨まないシモベは一人もいない。
どんなに嘯いたとしても、血の繋がりが重い事から目を逸らせない。
その繋がりが、彼とあれの間にある。自分にはない。娘にはある。
アルベドは実の娘に嫉妬した。
しかし血の繋がりがないからこそ、それ以上に強い絆を結ぶことが出来る。結婚して妻と夫になればいい。
妻と妹では、誰が見ても前者が勝るだろう。いいや、誰が見ても、ではない。自分が、である。
結婚すれば彼が離れることはないと自分を納得させられる。
だが出来ない。己はモモンガの正妃となるのだ。
肉を持たないアインズは、アルベドが求める愛を与えてくれない。しかしそれでも、アルベドがアインズを求める心は変わらない。自分に向けられる愛が慈愛博愛の類であろうと構わない。
しかし果たして、肉の欲がないアインズが、人の妻を娶ろうとするだろうか。ナザリックでは重婚が可能となる可能性が非常に高く、あり得ないわけではない。しかし可能性がある事と実現するか否かは訳が違う。
それにそれでは、シャルティアに第一夫人の座を譲るのと同じである。
それ以上にアインズへの裏切りだ。モモンガを捨てた下衆と同じに成り下がる。絶対出来ない。ナザリックに最後まで残ってくれた慈悲深きモモンガを裏切ることなどあり得ない。考えた者も裏切った者も誅殺しなければ。
ならばアインズの正妃となった後で彼と結婚すればいい。重婚が可能なのだから問題は何処にもない。しかしそれでは遅すぎる。あれがナザリックに来るまで一年もない。彼が会いに行くのはもっと早い。
モモンガの正妃となれるのはアインズが世界征服を成し遂げた後と決まっている。駄々を捏ねれば早まらないだろうか。いいやそれではお叱りを受けるだけ。失望させてしまう事になりかねない。
思考が散らばっている。一つにまとまらない。可能と不可能と矛盾が散乱する。あの時は矛盾だった。
彼がナザリックへの忠誠をアインズに試された時、アルベドは愛しい男の命とアインズへの忠誠を秤に掛けた。
彼の命は失えない。アインズへの忠誠は絶対。どちらかを取ればどちらかを失ってしまう矛盾である。しかし矛盾とは、矛と盾が両方存在する。矛を盾に突き立てれば結果が出るのだ。矛盾とはパラドクスではなく対立である。
その結果は、アインズの慈悲と寛大な心に救われた。
今度は正しくパラドクスである。
彼の妻になることと、アインズの正妃になること。両立出来るのは遠い未来。今はどちらかしか選べない。しかし、片方を選べばもう一方は消失する。
非AとAは両立しない。非AがあればAはなく、Aがあれば非Aはない。論理学の初歩の初歩、古典論理の無矛盾律。絶対に覆らない絶対の法則。
ここに至り、アルベドは解決出来ない事を悟った。
しかしそれは、自分では解決不能であるだけだ。自分以外であれば解決出来るかも知れない。答えを外部に求めた。
誰かに相談出来る事ではない。彼に話したとしても、自分がアインズと並び立つとは恐れ多いと身を引くだろう。相談出来なくても、わざわざ誰かに聞く必要はない。ナザリックには膨大な知の集積がある。
最古図書館の書物であれば、求める答えを得られるかも知れない。
切っ掛けでいいのだ。答えそのものではなく、答えに至る道筋を見付ければよい。
どこにあるか、誰が持っているかはわからない。よって、まずは多数の人物が現れる小説を読み漁った。
飲食に睡眠が不要となる指輪を嵌めて、夜を徹して読み漁る。
十が百に、百が二百に届いたところで無意味と知った。
事実は小説より奇なりは確かであると確かめただけだった。尤もこれは意味が真逆。事実が小説より奇なのではなく、小説は事実を越えた奇を書けない。
例えるなら灰かぶり。下女が着飾って王子に見初められ、正体を見破られる前に逃げ出そうとして階段を駆け下り、そこで転んで死んだらどうなるか。これでは物語にならない。物語を成り立たせるために、小説は事実を越えてはならない。
逆に下男を見初める女王はないかと探すが、あったとしても立身出世の物語に成り代わる。
ならば事実を求めればよい。
アルベドが次に手を取ったのは歴史書だった。
存在しない異界の歴史。何の役にも立たない完全に無用の長物である。その世界が紡いだ技術に知識は有用でも、歴史は全く役に立たない。しかしそこには、誰かが生きていたのだろう。誰かが小説を越えた奇を為したかも知れない。
歴史の流れなどどうでも良い。個に絞り、女を調べ、女傑を並べ、
「……ふふっ…………。ふふふふ……、あははっ! こんな、こんなことって……! あははははっ!」
「アルベド様、何かございましたでしょうか?」
声を立てて笑うアルベドに、巡回していた司書が駆け寄ってきた。
「あら? うるさくしてしまったかしら。図書館では静かにしないといけないわね。ごめんなさい。ふふっ……。そうね、何でもないわ。いいえ、そう、そうだったの。とても難しい問題があったのだけど、ビックリするくらい簡単に解決出来るのよ。こんなに簡単な事を悩んでいたのがおかしくなってしまったの。ええ、そう。大丈夫よ。何も問題ないわ」
「悩みが晴れて幸いでございます」
「ありがとう。私が散らかしてしまった本を片付けてくれないかしら? すぐに戻りたいの」
「かしこまりました。それが私共の仕事でございます」
アルベドが席を立つ。使っていた机には多数の本が幾つもの山を作っていた。山から外れて一冊だけ置かれた本は、アルベドがたった今読んでいたもの。存在しない異界にて、北の帝国の歴史書である。
アルベドが読んだ最後のページは帝国の女帝を語っていた。美しく恋多き女帝は誰とも結婚しない。恋人は多くてもすぐに離れる。そんな女帝が結婚したのは。
鼻唄が出そうなほど上機嫌なアルベドは、駆け足にならないよう注意して最古図書館の長い長い通路を歩く。
ふと思い付き、書架から一冊抜き出した。
貸し出しカウンターを通さず、そのまま自室に戻り身を清めた。日が変わる前に、急いで輝く三角錐に触れた。
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アルベドは、日付が変わる前にエ・ランテルのお屋敷の自室に転移した。
左手薬指の指輪はナザリックの自室に置いてきた。ナザリック内での転移を無制限に行え、ナザリック外からナザリック内へ転移出来る「リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン」は外への持ち出しが厳禁である。外すのはいつもの事だ。
右手薬指の指輪は「リング・オブ・サステナンス」。飲食に睡眠を不要とし、忙しい時は使う者が多い。アインズはナザリックをホワイトにしたいので、なるたけ使って欲しくないと思うもアインズ様当番になるメイドは必ずつける。
少し考えて、アルベドは右手の指輪も外した。空腹は覚えなかったが、長い間眠っていなかったので強い眠気が襲ってきた。
このまま自室で眠ってはいけない。自分がいるべきはここではないと知っている。部屋を出て、静まり返った廊下を歩いた。
目的地はすぐ近く。目当てのドアは鍵が掛かっていなかった。お屋敷に危険はないとは言え、相変わらずの不用心に微笑に苦みが混じった。開錠(物理)をした自分のせいだとは夢にも思わない。
表向きはお屋敷の主人である若旦那様の部屋であるが、アトリエに書斎にと用途に分けて幾つもの部屋がある。寝室は寝るためだけのもの。部屋にある物は少なく、部屋の主が大きなベッドで眠っているだけだった。
気付けば夏が終わっていた。夜ともなれば肌寒い。冷たい肌の吸血鬼は招かず、日中に満足させられてかソリュシャンもいない。
男は一人でベッドに眠っていた。
「あなた、ただいま♡」
眠る男の唇に、アルベドはそっとキスを落とした。
長く抱かれていなかった。当然、精も得ていない。
それが何故か欲情しない。眠いからか、眠りを邪魔してはいけないと思うからか。とても大きな答えを得た高揚が打ち消しているからか。
欲情しなくとも、愛しさは際限なく湧いてくる。キスをしてキスをして、触れては舐めて、アルベドは男の胸で眠りについた。
▼
目覚めた男は、遂に己は天上遥かの上方世界に招かれたのだと思った。
日頃から善行を重ね続け、感謝の祈りを欠かさなかったからに違いない。
「んぅ……♡」
すぐそこにアルベドの寝顔があった。
黄金の目は静かに閉じられ、長い睫毛が降りている。通った鼻梁の下はふっくらと艶やかな唇が緩く結ばれる。どのような夢を見ているのか、時折まつ毛がピクリと震え、唇が綻んだ。美しさはそのままに、あどけない童女のように夢を見る。
神聖にして不可侵である美神の寝姿に、男は一瞬でいきり立った。
脇腹には豊かな乳房を押し付けられ、長い脚をこちらの脚に絡みつかせている。立つなという方が無理である。手が伸びて、このまま犯してしまいたくなる。
が、主神の眠りを妨げられようものか。舌を噛み切り、意思の力を総動員して耐えた。
「んっ……、あぁ……。ふふっ♡」
長い睫毛がゆっくり上がり、煙るように美しい黄金の瞳が焦点を結ぶ。男の体に乗せていただけだった手が、硬い胸板をなぞってから頬を撫でた。
「おはよう♡」
「……お目覚めでございますか? 起こして――」
白く長い指が唇を閉じさせた。
「余計なことは言わなくていいわ。今日はとっても忙しくなるの。起きたらすぐに帝都に行ってソフィーを呼んできてちょうだい。すぐ来るように言うのよ?」
「かしこまりました」
「あなたもすぐに戻りなさい。私は一度ナザリックに戻って、アインズ様からお休みを頂いてくるから」
「お休みを、でございますか?」
アルベドのお休みは週に一日。アルベドが先の休みをどう過ごしたか知らない男であるが、アインズにお休みを申請するのは意外だった。
日々の執務に余裕が出来ても、すべきことは無数にあるのがナザリック守護者統括にして魔導国宰相閣下であるアルベドなのだ。
「すぐにわかるわ。帝都から戻ったら私を待ちなさい。それと、今日は私以外の女に触れてはダメよ? 許せてもソフィーだけね」
「……ルプスレギナに飛び掛かられたら避けられる気がしません」
「私から言っておくわ。忙しくなるから邪魔しないように言えば大人しくするでしょう」
「私めのためにアルベド様を――」
またも唇を閉じさせられた。
「ご飯も持ってきたわ。それを飲んだら早速……。もう、仕方ないわね♡」
アルベドは男の脚に絡ませた脚をじゃれつくように動かして、太ももが上がったところで男の股にぶつかった。男の股間から、肉の棒が雄々しくそそり立っている。アルベドはサキュバスであるのに、男が勃起していることを今になって気付いた。
「アルベドさまっ……!」
「一度だけしてあげる。時間がないから一度だけよ? いっぱいぴゅっぴゅしたら大人しくしてるのよ?」
「……承知、しました。っ!」
男の体に身を寄せて、アルベドの手はガチガチに勃起した逸物を優しく握った。
朝一番はとっても硬い。量が多いのも知っている。ソリュシャンは朝駆けが大好物らしいが、アルベドだって大好きだ。寝込みを襲っておはようフェラを何度もしてきた。
今朝は口を使わない。焦らしもしない。握る手は圧を強めて熱さを感じ、リズムよく上下に振った。
「おちんぽ気持ちよくなって? アルベドのお手々でいっぱいしゅっしゅしてあげるから♡ 我慢しなくていいわ。私の手にいっぱい出して? んんっ♡ ダメよ、イタズラしないで! 私もおちんぽ欲しくなっちゃうでしょ?」
男の首筋に舌を這わせ、顎に頬にと口付けを送る。唇だけは避けた。したら欲しくなるとわかっていた。
押し付ける乳房に男の手が伸び、乳肉に指が沈もうとするのを優しく払う。本当はされたいけれど、今日はこれから忙しくなる。続きはすべきが終わってからだ。
「ふふっ♪ おちんぽが熱くなってきたわ。出したいんでしょう? 私の手をどろどろであっつい精液で汚したいんでしょう? いいわ。出して♡」
「っ!!」
アルベドの手淫は全く容赦がなかった。
扱く手は一瞬たりとも止まらず、きつく握られていると思えば僅かに緩む時もあり、耳に寄せた唇は甘い息を吹きかけながら甘い言葉を囁いてくる。
絡みつく女体の柔らかさも手伝って、男はあえなく射精した。
「あはっ♡」
真上を向かされた尿道口から、どぴゅどぴゅと吐き出された。アルベドの手は射精が始まっても離れず、断続的にびゅるると吐き出させた。
白濁したぬるつく粘液が繊手を汚す。量も多くて、人差し指から小指までねっとりと絡みつく。
射精させてなお扱くものだから、手のひらも満遍なくぬるついた。
最後の一滴まで搾り出させ、手の甲にまで垂れてくる。
「!?」
力を失いつつある逸物から淫らな手が離れ、その後のアルベドに男は目を見張った。かつて一度たりともなかった事だ。
「そっちは自分で綺麗にしなさい。これを使っていいから」
アルベドは白い手を汚す出したばかりの精液を、口に運ばなかった。白いハンカチで拭い、男の股間にも白いハンカチを掛けた。
一枚のハンカチでは拭き取りきれず、目に付いたタオルも使って指を拭う。ハンカチやタオルに顔を埋める様子もない。
アルベドが精液を無駄にした事は一度もなかった。口に出されたものは全て飲み込んだし、掛けられたものは舐めとった。膣内に出される時は子宮に導いて全て吸収する。例外と言えるのが、アルベドがスキルの制御を誤って続けて出され、もしくは量が多すぎて吸収しきれず溢れた時。
尋常ならざる事態であると、男は気を引き締めた。
「はい、ご飯はこれね。あなたはよく飲んでるのでしょう? 食事に掛ける時間が惜しいわ」
そう言ってアルベドが差し出したのはナザリック特製シズちゃん専用甘々ドリンクである。
男は類似の品をよく飲むが、それは甘々に酸味を足して風味を変えたもの。渡されたのはオリジナルの甘いまま。
甘すぎるものはちょっと苦手な男は、味わわずに喉へ流し込み三十秒チャージである。そんな様子にアルベドは苦笑して、自身はカップにストローを突き立てた。ちゅるると吸って、表情を固まらせた。
アルベドは初めて飲む甘々ドリンクである。とても甘かった。それはそれで美味しいが、ほんの少量でもお腹に溜まる。これをヒルマに一日一本支給してきた。飲ませ続けたらいずれ死ぬかも知れない。そう言えば、骨と皮だったヒルマには肉が付き、ふくよかな体付きになってきた。支給量を考え直すべきだろう。
「そのままだとソフィーがあなたの匂いに酔っちゃうわね。軽く流してから行きなさい。一人で入るのよ? 誰かに手伝わせるのはダメ。今日は私以外の女に触れるのも触れられるのもダメ。わかったら着替えて行きなさい」
「はっ! かしこまりました!」
男はベッドから飛び下りガウンを羽織って廊下に出た。
すぐにミラを見つけ、アルベド様からのご命令を短く伝える。軽く風呂を使って着替えたら、その足で書斎に駆け込んだ。
▼
帝都へは行って帰って。
予定があるらしかったソフィーは唇を突き出したが、お母様からの厳命である。ジュネにキャンセルと伝え、帝都の屋敷から飛び立った。
男がエ・ランテルに戻れば、アルベドは既にナザリックから帰還していた。お休みは無事に取れたらしい。次の休みの先取りなのかも知れない。
「こっちよ。あなたが器用なのは知っているけれど、どれだけ時間が掛かるかは知らないの」
「はい、何なりとお申し付けください」
アルベドが男を引っ張ったのは、男の工作室にして調合室であり趣味の部屋でもあるアトリエである。
クラシックギターのメンテナンスも、ローションや美容品の調合に、強壮剤を始めとする薬の開発、指輪を作ったのもアトリエだ。
アトリエの棚には様々なものが並び、しかし系統別に整理してあるので散らかっているようには見えない。お掃除好きのアルベドはこれならよしと頷いた。
但し、場所を取る器具もある。それらは大抵重いため、使用の度にミラに動かさせている。
「指輪を二つ作りなさい。私の指輪とあなたの指輪。どの指が相応しいかわかっているわね?」
「相応しい指、でございますか……?」
男は、アルベドの左手薬指をチラと見た。細い指には何も嵌められていない。これがナザリックにいる時だと、力ある神秘の指輪を嵌めている。そこが塞がるなら別の指か。
「わかっているでしょうけど、今の私は一つも指輪をしていないわ。どの指も空いてるの。わかるわね?」
「……承知しました。どのようなデザインがよろしいでしょうか? 以前、ソリュシャンたちに見せたデザイン画が――」
「ただのリングでいいわ。でも表面に文字を刻むから少し幅がある方がいいのかしら? そこはあなたの加減に任せるわ」
「承知しました。素材は――」
「金は駄目。白金があるわね?」
「ございます。白金貨を溶かして使用いたします」
「それでいいわ」
二人とも金と白金の特性を理解している。
どちらも変質しにくく、他の物質に溶けない。例外が王水だが、指輪を嵌めた手を強酸の王水に突っ込むことはない。
他にも様々な特性がある。そして白金は金より産出量が少なく、希少性が高い。だから白金貨は金貨の十倍の価値がある。
「ではまず炉の設置を――」
「これかしら? 私が動かすからあなたは早く準備をしなさい」
「……かしこまりました」
サラマンダーの鍛冶師たちに作ってもらった特製の炉である。小さくても高火力。ついでに重い。男一人でも動かせる重量ではあるが、アルベドはティーカップを摘まみ上げるようにひょいと持ち上げた。アルベドはとっても力持ちなのだ。
空いた場所に設置した炉に火を入れ、男は分厚いカップのような坩堝を取り出した。
「これに素材を入れて火にかけ溶かします。白金貨を一枚使うと指輪にするには量が多すぎるため、適量を砕いてから――」
「どれくらいかしら?」
「…………一つ作るのに二切れあれば十分かと。一個分ずつ溶かしていきます」
男は白金貨を切断しようと思っていたが、アルベドは親指と人差し指で軽く摘まむと、何の抵抗も感じさせず千切り取った。濡れた紙を千切るようだ。アルベドはとっても力持ちなのである。
白金はやがて赤く光り、白く輝いて形を失った。溶けたら細長い形の型へ流し込む。輝きはすぐに消え、金属の光沢を取り戻す。しかし表面がざらついているため、元の輝きはまだ現れない。
「へえ……。こんな小さな欠片が指輪になるのね」
「熱いのでお気を付け……」
「え?」
溶かしたばかりの白金である。特に白金は金よりも融点がかなり高い。温度が色温度ではわからなくなっても、触ってしまえば酷い火傷を負う。
なのにアルベドは固まった白金を型から取り出し、細い指で摘まみ上げた。小さな金属片なのですぐに冷えるとは言え、間違いなくとても熱い。なのだけれど、アルベドは火傷するどころか熱さを感じているかもわからない。いつも着けてるオペラグローブの防御力が凄いのかも知れない。
「次にこちらを使用して圧延します」
以前はミラがとんかんを頑張って金の棒を細長く引き伸ばした。今は圧延機がある。男が設計し、エ・ランテルの鍛冶職人に作らせたものだ。
二つのローラーが回って挟んだものを圧延するだけだから精度は不要なのである。
圧延機もアルベドが移動させた。
ローラーの間を通る度に白金の棒は長く引き伸ばされる。アルベドにはただの棒にしか見えなかったが、形になるのはこれからだ。
丸棒に白金棒を当て、男が叩く。棒は曲げられ両端が内を向き、一つの輪となった。本来ならこの後に継ぎ目をロウ付けする。
しかし、0.1ミリの二つ下のオーダーまで測れる男。更にアルベドが付ける指輪なのだから、意気込みは以前との比ではない。断面の結晶構造すら把握して、両端をしっかり嚙合わせる。丸棒から外されたリングは、アルベドの目にはどこに継ぎ目があるのか全くわからなかった。
一発で磨き作業を完了させる魔法のヘラで表面を磨けば、アルベドの顔すら映るピカピカのプラチナリングが完成した。
「……早いのね。こんなに早く出来るとは思わなかったわ。ソフィーは間に合うかしら? 次はあなたの指輪よ。その間に私は刻む文字を書くから」
「かしこまりました」
男は続いての作業に取り掛かる。
アルベドはオペラグローブを外し、只の輪であるプラチナリングを左手の薬指に嵌めた。表面は鏡よりも滑らかで、サイズも形状も完璧である。指に吸い付くようだ。嵌めた瞬間に自分の一部となるのを感じた。
二つ目の指輪も滞りなく完成する。次は文字を刻む。
アルベドが紙に書き付けた文字らしきものに、男は軽く首を傾げた。アナグラムか文字を置換した暗号かと思うがすぐに答えが出なかった。
文字ではあると思う。しかし、男の知識にはない形と並び。文字の集合が四つあり、四つ目の集合は一文字目が大きい事から大文字と思われた。アルベドの手元にある紙も同じ文字が並び、最後の集合だけが違う。字数から、おそらくアルベドの名前。ならば母音と子音に分かれる表音文字。
わからないが故に慎重な作業が必要となる。文字であれば意識せずとも崩れてしまう男だが、絵として見るなら完璧に写す。
彫金ナイフで形を彫り込み、盛り上がりをヘラで均す。二つ目に移ろうとしたところでアルベドに取り上げられた。
「こっちは私が刻むわ。その間にあなたはこれを読みなさい。内容はどうでもいいわ。中身を完全に理解しなさい」
「かしこまりました」
大して厚くもない本である。読み切るのに時間は掛からない。内容がどうでもいいのなら尚更だ。なのに中身を理解しろとはよくわからない。読めばわかると男は本を開き、1ページ目の1行目で悟った。
「きましたー。もうなんですかぁ? 今日はちょっとお出かけしようと思ってたんですけどー」
ノックもなしにソフィーが入ってくる。
本に集中する男は気付かず、アルベドが微笑んで手招きした。
「こっちにいらっしゃい。ソフィーには立ち会ってもらおうと思って呼んだの。もうすぐだから少し待っていなさい」
「えー、待つんですか?」
「すぐよ。暇なら小さな箱を探してくれないかしら? 手の平に乗るくらいの大きさで、蓋と本体が離れないもの。使ったらすぐに捨てるから」
「すぐに捨てるのに探すんですか? 私が?」
「そうよ。なくてもいいのだけれど、ソフィーは暇なんでしょう?」
「暇にさせたのはお母様です! もう本当に何なんですか!」
「すぐにわかるわ」
母はたおやかに微笑んでいる。ソフィーはしばらく頬を膨らませていたが、やがて諦めたように肩を落とし、窓を開けずにすり抜け外へ出た。
五分もせずに帰ってきた。
「ただいまー。紙箱作ってるメイドがいたから作ってもらいました。お父様は後でお小遣いあげてくださいね。……お父様は本を閉じて何してるんですか? お母様も」
「ご苦労様。ちょうどいいサイズね。このハンカチを詰めてもらえるかしら? くしゃくしゃに丸めていいわ」
「いいですけどホントにもう何なんですかぁ? それに立ち合いって?」
「大きくなってもまだ子供ね。じっとしていられないの? だったらこっちにいらっしゃい。お母様がしていることを見せてあげるから」
「はーい。これって指輪ですよね? 二つ? お母様とお父様の?」
編み物が得意なアルベドはとても器用なのだが、彫金するのは初めてである。慣れない手つきでゆっくり刻む。最初の単語を刻んだところで教えてあげた。
「これは『dist』の意味を強めたものよ。『dist』は、そうね。形がないものを捧げるイメージかしら?」
ソフィーは可愛らしく小首を傾げた。
アルベドが刻む文字は、男が読み終えた本に現れる言語だった。
本は小説だった。内容は、少女が見知らぬ土地に飛ばされ、奮闘する物語。作品最大の特徴は言葉が通じない事である。少女は未知の言葉を少しずつ覚え、最後には自在に使えるようになっていた。
300ページもなかったので、男は二分と少しで読み終えた。中身は全て頭に入った。しかし、未知の言語はわからない。少女は習得したのに己はまだだ。自分の愚かさを嘆きたくなったが、一秒でも早く修得しなければならない。
少女の言葉から発音を推測し、子音と母音を把握し、4番目の単語はやはり自身の名前だと気付く。
文字が違えば文法も違う。形容詞が名詞の後に来るのはすぐにわかった。刻んだ文字と同じ文字列を見つけ、前後の文脈から推測し、少女の言葉で補強する。3番目は永遠である。
そして2番目は。
「え? え? え? ええぇぇええっ!!?? えっ!? ホントに!? このことあ――」
全ての意味を教えられたソフィーが、驚きに声を上げた。「え?」と繰り返す度に喜色が滲み、長く伸びた時は100㌫の喜びだ。最後まで言い切る前に、アルベドの指がそっと押さえた。
「今日の事は私たちだけの秘密よ? 絶対に誰にも話しては駄目。秘密だから意味があるの」
「わかりました!!」
喜色満面になったソフィーとは対照的に、文字列の意味を全て知った男はカッと顔が熱くなった。頭に血が上り、紅潮してくる。直後に引いた。
指輪に刻んだ文言は、余りにも重大な意味を帯びていた。ただの溝に過ぎなかったのが、命を与えられ輝いているかのようだ。
「あなたはわかったかしら?」
アルベドは彫金が終わったらしい。丁寧に刻んだけれど、やはりそこは初めての仕事。アルベドの文字をそのまま写したような男の彫金に比べたら少々歪んでいる。
男が刻んだ文字はアルベドが書いて、アルベドが刻んだ文字は男が書いたようにも見えた。
「自在に操れるかと言えば、まだです。ですが、指輪の文字は、わかりました。ですが、それを」
「それだけわかるなら十分よ。ソフィー、二つの指輪を箱に入れて。この本は」
「「あっ!」」
異口同音に父娘が声を上げた。
アルベドは男の膝にある本を取り上げると、真っ二つに引き裂いた。
最古図書館の蔵書である。劣化や破損を防ぐために保存の魔法が掛かっている。アルベドの手は魔法の抵抗を一瞬たりとも許さなかった。
魔法を破られた本は炉にくべられる。白金も溶かす高温で、灰すら残さずこの世から消えた。
「これで知ってるのは私たちだけよ。さあ、行きましょう」
「はいっ!」
「……かしこまりました」
元気いっぱいなソフィーと違って、男はゆらりと立ち上がった。壁に手を突き、支えがなければ歩けない有様だった。
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三人が廊下を歩くのを、ソリュシャンとルプスレギナがひょっこり覗いていた。
「アルベド様とソフィーちゃんは楽しそうっすけど、おにーさんは見た事ない顔してるっすね。あれは絞られるっすよー。何やらかしたかソーちゃん知ってるっすか?」
「……………………お兄様は消沈していると言うより……、緊張為さってるように見えるわ」
「緊張? おにーさんが? まっさかー。怒られるの覚悟してるんじゃないっすかね?」
「アルベド様はお怒りではなさそうよ」
「……それはそうっすね」
「今日一日は近付かないようにと仰せだったから、明日伺ってみましょう」
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広大な領土を持つ北の帝国にて、頂点に立つ女帝が結婚したのは奴隷だった。比喩ではなく金で贖った奴隷である。奴隷に恋した女帝はすぐさま自由の身分を与えたが、元奴隷の称号は一生付きまとう。女帝の夫には相応しくない。ならばどのようにして結婚したか。
秘密に結婚したのだ。
女帝の秘密結婚は後世から推測されたものであり、秘密は秘密のまま保たれた。
結婚したいが表に出せない。ならば秘密に結婚すればいい。アルベドが笑ってしまうくらいに簡単な解決策だった。
式場はアルベドのお食事部屋にして寝室である。
書斎の次に入念な防諜策が施された部屋であり、許可を得ずの入室は絶対に許されない。アインズだって覗かない。カルマ極悪であろうと、女性の寝室を覗く悪行は為さなかった。興味がないとも言う。
立会人の前に、男と女が並んで立った。
堪らず男が口を開いた。
「アルベド様! 如何に私が凡愚であろうと、アルベド様が為さろうとすることはわかっております。大変光栄ではありますが、私がアルベド様を得るなどと」
「逆よ。私があなたを欲しいの。永遠に私のものにしたいの。そのための儀式よ。私たちだけの秘密の儀式。……いや?」
「…………いいえ、そんな事はありません。光栄です。お受けいたします」
アルベドには既に命を捧げている。追加の儀式は必要ない。男はそう言いたかった。しかし、アルベドにここまで言わせてしまっては。
血の気が引いて顔は白いままだけど、心は決まった。
「ソフィー、お願いね」
「はーーーい♪」
ソフィーは満面の笑みである。
紙製のマリッジリングケースを両手に掲げ、コホンと咳払いした。
「えーっと、あなたはお母様を永遠に愛することを誓いますか?」
「……今まで何度も誓い、命まで捧げております。ですが、今ここに新しく誓いましょう。誓います」
「キャーーーーーッ! もうお父様素敵過ぎます!! ソフィーが結婚していいですか? いいですよね♡」
「ダメに決まってるでしょう何を言ってるのよこの子は! 早く続けなさい!」
「はーい……」
父も母も、返事を伸ばすなとは言わなかった。
ソフィーは母にも問う。
「お父様が大好きなお母様。お父様を永遠に愛し、お父様の妻になる事を誓いますか?」
「ええ」
美顔に浮かぶ微笑はいつもと違う。喜びの笑みである。
「誓うわ」
「はい! これで二人はちゃんと夫婦です。えっと、指輪の交換ですよね。新郎から新婦に指輪を付けてあげてください」
ソフィーが開いた紙箱には、白いハンカチの上に二つのプラチナリングが並んでいた。
新郎が取るのは自分が彫金した指輪。新婦の左手を取り、震える手で薬指に指輪を嵌めた。
新婦は左手を翳し、恍惚と見つめた。
「次、お母様ですよ。気持ちはわかりますけどまだ終わってないですから」
「わかってるわよ!」
新婦も自分で彫金した指輪を取り、新郎の左手薬指に嵌めてあげた。
新郎は柄にもなく緊張で固まっている。
ソフィーはずっとにこにこしている。
大好きな父と母が、ちゃんと結婚するのだ。秘密結婚という形式で誰にも言えないけれど、結婚は結婚である。嬉しくて堪らない。
「それじゃ誓いのキスですね。チュッだけですよ?」
妻と夫が向き合い、妻が少しだけ背伸びをして、ほんの少しだけ唇が重なった。
「キャーーーーーッ♡ キャーーーーーッ♡」
ソフィーは見ていられなかった。
色々な事をしてきている新郎新婦の両親で、娘のソフィーの前で実演もしてもらった。
しかしどちらも結婚は初めてだ。初々しくて可愛くて見ているだけで恥ずかしくなって見ていられない。
「あっ……」
ベッドの上を転げまわっていたソフィーだが、小さな声を聞いて顔を挙げた。
母が指輪を外すところだった。
「結婚したけれど、指輪をずっと付けているわけにいかないわ。秘密結婚ですもの」
「……その通りでございます」
「だからその代わりに」
「え゛」
男はぽかんと口を開いた。
ソフィーは乙女に相応しくない汚い声で呻く。
アルベドは指輪を外したと思ったら、口を開いて放り込んだ。白い喉が大きく上下した。飲み込んだらしかった。
「こうすればずっとつけていられるわ」
「バカじゃないですか?」
「何ですって!?」
ソフィーは素直だった。アルベドが眼尻を吊り上げるが取り合わず、やれやれと首を振る。
「前から思ってたんですけど。お父様ってお母様の事だとすぐ怒るんです。お母様をすっごく大事にしてるのはわかるんですけど、お母様って……」
「何よ?」
「お母様って、ちょっとお父様の事が好きすぎじゃないですか?」
「……いいじゃない。好きでも……」
男はぽかんと口をあけたまま。しかし心境はさっきと全く違う。
顔を背ける母を見て、ソフィーは言い知れぬ敗北感を覚えた。
頬を染めて顔を背けるアルベドは、恋を知られた乙女のようだった。
母はすごい美人でおっぱいが大きくて形も良くて腰はキュッとしてお尻も大きくてスタイル抜群でいつかああなれるかなあと思うソフィーであるが、どうしてこんなに可愛いのか。これはずるいのではないだろうか。卑怯ですらある。
しかし大好きな母である。ソフィーは大きな溜息を吐いた。
「体の中に入れたいならソフィーが入れてあげます。そーいうの得意ですから。飲んだの取り出すからお母様は防御しないでじっとしててくださいね」
「……わかったわ」
余剰次元の住人であるソフィーに、物質の枷は存在しない。
母のお腹に手を突っ込み、あれかなこれかなとやってプラチナリングを取り出した。されていたアルベドは、触れられた感触すら覚えなかった。
「うぅ……ちょっと汚いです」
「汚いって何よ!」
「だってお腹の中ですよ? お父様、ちょっと綺麗に……えぇ…………」
「これでいいだろう?」
アルベドの胃から取り出した指輪を、男はひょいっと口の中に放り込んだ。もごもごやって表面に付着する液体を綺麗に舐めとった。
指輪を受け取ったソフィーは、この母にしてこの父と強く思った。
「それじゃ体の中に入れますね。どこかの骨に引っかけるのがいいかな?」
「心臓よ。でも心臓の中には入れられないから大動脈ね。心臓から上に伸びてるからすぐにわかるわ」
「え」
「白金は体内に入れても溶けないし害もないよ。問題ない」
「…………」
違うそうじゃない。ソフィーは言いたかったけど、言えなかった。
父と母は互いが好きすぎると言うより重すぎるのではないだろうか。両親が仲良しなのは娘として嬉しいが、感情が大きすぎると思わなくもなかった。
ソフィーは無言で母の体内に結婚指輪を入れる。目当ての場所はすぐに見つかった。
母の体から引き抜かれたソフィーの手は何も持っていない。指輪は母が望む場所に置いてきた。
母は自分の体を抱きしめた。潤んだ目を見ると、苦しいわけではないらしい。
次は父である。
父の体にも母と同じ場所に指輪を置いた。しかし姿を消した自分を捕まえられる父なのだから、その気になれば自分の手で出し入れ出来るのではないだろうか。そう思ったが口にはしない。
父の血を引いていても、母の血も引いてるソフィーは父よりも空気が読めるのだ。
秘密の結婚式が終わった。
誰にも知られないからこそ、誰にも邪魔されない。
妻と夫は、心臓に永遠の愛を捧げた。
こうして男は妻を得て、アルベドは夫を得た。
三人は正しく家族になった。
そして新郎新婦は朝の続きに没頭した。暗くなるまで続けられ、存在を忘れ去られたソフィーは拗ねてナザリックへ遊びに行った。
アルベドの秘密の結婚 おしまい