不朽のナザリック史に残る大演説が始まってしまった。
「私はアルベド様がおわす場で『アルベド様は美しい』と口にするのは大変愚かしいことだと思っています。それは太陽を指してあれは太陽だと言うのと同じことだからです。皆様方には理解しがたいことかも知れませんが、この地において美しいという言葉は仮初めの物でした。アルベド様が降臨なさったその時に初めて真の意味を与えられたのです。故に『アルベド様は美しい』とは『美しいは美しい』『アルベド様はアルベド様』と言うも同然。ああなんてことだ……。物の本に寄れば物事を突き詰めればトートロジーになるとありました。アルベド様はまさにお名前だけで真理を体現しておられるのです!」
初っ端から誰もついていけない全速力。そもそもトートロジーの意味がわかったのはアルベドと最古図書館の司書達だけ。ちなみにトートロジーとは同語反復のことで、例文として「青は青」「良いことは良いことだ」「アルベド様はアルベド様」などがあげられる。
しかしナザリックのシモベには敵が不可解であろうと臆する者は一人もいない。ナザリックの一番槍が果敢にも切り込んだ。
「それじゃあアルベドと私とではどっちが綺麗でありんすか?」
「月が太陽になれないと同じで太陽もまた決して月にはなれません。シャルティア様は夜空に輝く銀月でありますゆえに」
「くふふ……、わかってるでありんすねぇ!」
一合と噛み合うことなく打ち払われた。
暗に『シャルティア様ではなくアルベド様』と言ったのだと気付いた者は多かったが、ご機嫌になったシャルティアへ水を差せようはずもない。
男の演説は更に続く。
「おわかりいただけますか? 美しいと云うことはアルベド様のようだと云うことなのです。しかしみだりにアルベド様のお名前を唱えるのは余りにも不敬。故にこの地に住まう者達は劣った表現と知りながらやむなく『美しい』と云う言葉を使っているのです」
讃えられているアルベドは階上から醒めた目で見下ろしている。しかし、腰から生える一対の黒翼はバッサバッサと羽ばたいて、隣に立っているシャルティアは鬱陶しそうに距離をとった。
「少し昔のことです。ある日のこと、私が眠りから覚めると目に映る全てが少しだけ明るくなっていることに気が付きました。これは一体どうしたことだろう、一体なにが起こったのだろうと疑問に思いましたが、アルベド様に拝謁叶った時に全てを知りました。この方が世界に光をもたらしたのだと。またある時には床が点々と光っているのを目にしました。この時ばかりは我が目を疑ったものです。なんと、アルベド様の足跡が光り輝いていたのですよ!」
「さすがにそれは嘘でしょ」
思わず突っ込んでしまったアウラへ、ギロリと鋭い視線を送った。アウラが思わず身構えるほどに強い視線だった。
ナザリックのシモベ達がアインズ様を賛美しているときに邪魔されると、9割以上のシモベは邪魔した者を誅殺する。アウラは1割弱に入るが、それでも余計なことを言えない体にするくらいはするだろう。
それと同じである。誰であろうとアルベド様への賛美を邪魔するのはかなり許されない。
「アウラ様でいらっしゃいますね。私は私、あなたはあなた。共に同じ物理世界に存在していますが、鳥の目・犬の耳・猫の鼻は同一の対象をそれぞれ違うやり方で知覚しています。優れたレンジャーであるアウラ様が観る世界を私が観ることは叶いませんが、私が観ている世界をアウラ様が捉えることも困難でしょう。知らないことを知っているとうそぶくのはとても危険です。ナザリックの末席を汚している私にすらアインズ様がどれほど情報を重要視しているか耳に入っています。アウラ様は情報の真偽を確かめることなく確かなことであるとご報告されないでしょう?」
「う……うん……」
「そのように自らの過ちを直ぐに認められるアウラ様だからこそ皆に慕われアインズ様も信頼なさっておられるのでしょう」
「………………どーも」
男の演説は一瞬たりとも止むことなく続き、アウラは隣に立つマーレの背にそそくさと隠れた。
100レベルのアウラであっても論戦で知の怪獣に立ち向かうのは無謀が過ぎた。
勝ち目があるのは、まずデミウルゴス。男が密かに心の師と敬うお方である。しかし現在出張中。
次にパンドラズ・アクター。アインズが創造したNPCであり、デミウルゴスとアルベドに匹敵する頭脳を持つ。しかしこちらもエ・ランテルでアインズの影武者として出張中。皆の前に出すのがちょっと恥ずかしいと思うアインズの意向も大いにある。
そしてアルベドはと云うと、少し前から黒翼は羽ばたくのを止めていた。翼は力なく萎れ、先端が床に落ちている。澄ました顔こそ変わらないが僅かに俯け、頬が少し赤くなっている。時折上目遣いに男へ恨めしそうな視線を送った。
そんなアルベドをアインズは横目で見やり、大喜びしていた。
(ふははははははっ! どうだアルベドよ、褒め殺しはきついだろう! お前たちがいつも俺にやってることだからな? 俺がどれほど苦しんできたか思い知るがいい!)
アインズのカルマ値は-500。配下の苦しみにすら愉悦を覚える極悪である。
「アインズ様が偉大なのは皆様もご存じの通りです。しかし偉大であることよりも偉大であり続けることの方が遙かに難しい。アインズ様がかような難事を容易く為されるのは何故か? アルベド様が支えているからです。これは内助の功と云うものです」
ちょいちょいアインズ様上げも入るため、シモベ達は心地よく聞いていられる。
面白がって聞いていたアインズだが、いつまでも喜んでいるわけにいかなかった。演説の内容がおかしな方へ向かっている。
「画竜点睛と云う言葉があるそうです。とある画聖が壁画に白竜を描き目に瞳を入れたところ、壁画の竜はたちまち本物の竜に変じて天に上ったそうです。ナザリックも同じです。現在のナザリックはまさに画竜点睛を欠いている。そこへアルベド様の像があればナザリックはたちまち天に上ることでしょう。地下大墳墓ではない、天空の大宮殿ナザリックになるのです!」
そんなわけねーだろと誰しも思ったのだが、ナザリックで随一の純心を持つ者が応えてしまった。
「す……すごい……。ナザリックが飛ぶんですか!?」
マーレ・ベロ・フィオーレ。アウラの双子の弟であるが、創造主の趣味により女装をしている。とても可愛い。
「マーレ様でいらっしゃいますね。ナザリックが天空の大宮殿となるのを見たくありませんか?」
「み……見たいです!」
「アルベド様はお美しいでしょう?」
「はい! アルベドさんはとっても綺麗です!」
「そうでしょうそうでしょうそうでしょうとも!」
マーレもまた、姉と同じく階層守護者である。ゆえに格がそれ以下の者は突っ込めなくなってしまった。
アウラは戦意を喪失し、シャルティアはナザリックが天空の大宮殿になるならアルベドの像を飾るのも悪くないでありんすねと考え始めている。
アインズは適当なところで却下するつもりだったが、不味い流れになってきた。
(このままだと不味いな。セバス、行け!)(かしこまりました)
「アルベド様の像を飾るのは中々のアイデアだと思いますが一体誰が製作するのですか?」
「私が造ります」
「あなたが? 失礼ながら、あなたに彫刻の経験があるとは思えません」
「彫刻どころか絵筆すら握ったことがありません。しかし、アルベド様の像を造るのならたとえどんな凡夫が手掛けようと空前絶後の傑作になることは明らかです。もしも駄作を造ろうものなら目が開いていようとアルベド様のお姿を全く映してないのと同じこと。その時には我が目を抉り、アルベド様に返上いたします」
「そ…………そうですか。……その、返上とは?」
「私の血肉はアルベド様のもの。私が有効に活用できないならばアルベド様へお返しするのが道理です」
「………………なるほど」
セバス、敗退。
王都で出会った騎士見習いとは何もかも違う。元が同じ王国民とは思えない。
(ぬぬ……。コキュートスよ、行くのだ!)(承知イタシマシタ)
「像ガ完成シタ暁ニナザリックガ飛バナカッタラドウスルノダ?」
「コキュートス様は剣を扱われるのですから、きっと様々な剣術の型に通じておられるでしょう。しかし時には刃を己自身と為し全身全霊全能力全生命を掛けた一刀を繰り出すこともおありでしょう?」
「ム……アルガ、ソレハ関係ナカロウ」
「大いにあるのです。刃を振り上げたときに世界が始まり、振り下ろしたときに世界が終わる。そのような一太刀を使うときに、避けられたら受けられたらなどと考えますか?」
「ソレハ剣ノ極致ダ」
「アルベド様の像を作るときも同じなのです。コキュートス様の問いかけは駄作を造れと云うに等しい。けして答えてはならないものと愚考します」
「ムウ…………、ソウダナ。許セ」
あろうことか、守護者が全て敗れてしまった。
「皆様もアインズ様が地の支配者に留まるのは不足だとお考えのはずです。アインズ様は地のみならず天すら統べるに相応しいお方。ナザリックは地下ではなく天上にあるべきなのです!!」
アインズ様の御前であるため、声を上げる愚か者は一人としていなかった。
しかしそれでも、シモベ達が高揚しているのは玉座に座るアインズにまで伝わってきた。
誰もが期待を込めて己の偉大な支配者へ視線を送っている。
(な……なんだこいつら、さっきまで八つ裂きにしてやろうみたいな雰囲気だったのに。こいつの人心掌握術が凄すぎるのか? ギルメンにもこんな奴はいなかったな。くそう、そんな能力が欲しかったぞ! もしも俺がこいつみたいに…………あーあーやめやめ!)
「アインズ様!」
男は伏して願い出た。
「どうかナザリックを天に上らせる許可をお与えください!!」
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男の動きがピタリと止まった。
守護者達を筆頭に時間耐性がある者達は第十位階魔法であるタイムストップが使用されたことを悟った。使用者はどうやらアインズ様である。アインズ様のなさることに間違いはない。苦言を申し上げるわけがなく、アインズ様のなさることを見守るのみ。
中でもアルベドはあどけない少女のように瞳をきらきらと輝かせてアインズ様へひたむきな視線を送っている。
アインズ様はタイムを要求したのでした。
シモベ達の気分が盛り上がっているし、もしも像が完成してもナザリックが飛ばなかったら笑い話にするとして、製作の許可を出そうと考え始めていました。
しかし男から急に名前を呼ばれてビックリしてしまい、感情抑制が発動。冷静になることが出来ました。そして男の巧妙な罠に気付いたのです!
天空の大宮殿とかアルベド像とか言ってますが、ことの始まりはナザリックに相応しい最上の美。アルベド像の製作許可を与えると云うことは、アルベドが最上の美であることを認めることに他なりません。
アルベドが凄い美人であることはアインズ様も認めるところですが、最上の美かと云われると自信がありません。それにもしもそれを認めようものならアルベドとシャルティアの正妃争奪戦に決着がつきゴールイン待ったなしになりかねません。
それはちょっと困るのです。
まだまだ自由でいたくてもっともっと冒険したいのです。結婚とか大それたことはちょっとまだ早いというかあれがあれで兎も角困るのです。
しかしここからどのようになしの方へ持って行けばいいのか。
シモベ達はどうやら大賛成。
主である自分を守護するはずの守護者達は全敗して本当なら戦ってはいけないはずの自分の番がやってきてしまいました。
アインズ様は考えて考えて、タイムストップの効果時間が切れたときに閃きました!
▼
「お前の言う通りアルベドは美しい。勿論シャルティアも美しい。アウラもマーレも、コキュートスもセバスも、ナザリックのシモベ達は全てが美しい。私の仲間達が創造した掛け替えのない愛し子達なのだ。アルベドの像を飾り、ナザリックをより美しい場所にするのも良いだろう。しかしそれでいいのか? 今のナザリックだからこそ皆の美しさが際立っている。ナザリックが美しいのではない。ナザリックにいる者達が美しいのだ! お前の言うことは絵の額縁を飾りたてるようなもの。ナザリックは今のままでよい。ナザリックは美しい者達で満ちているのだから」
「なっ……………………」
男は跪いたまま、大きく目を見開いてアインズを見た。
(やったか!? やったよな!? 頼む反論しないでくれ!)
アインズを見つめていたのは数瞬、男は深く頭を垂れた。
「…………感服いたしました」
男が敗北を宣言すると同時に、シモベ達は天空の大宮殿の望みが絶たれたというのに割れんばかりに手を打ち鳴らした。アインズの栄光を讃える歓声も止まない。
己の偉大なる支配者がお前たちは美しいと言葉を尽くして讃えてくれたのだ。
シモベ達は涙を流しながらアインズ・ウール・ゴウンの栄光を讃えた。
歓声はアインズの栄光を讃えるものだったが、アインズには熱弁を振るっていた男を讃えているようにしか思えなかった。
▼
(もしかしてこいつがやろうと思えばナザリックを乗っ取れるんじゃないか? デミウルゴスが随分と評価しているしもしも二人が手を組んだとしたら……。いやいやデミウルゴスが裏切るわけがない!)
慎重すぎるアインズは男が危険であるとの思いを脳裏から振り払えなかった。
勿論杞憂である。男にとって、ナザリックの乗っ取りや世界征服よりも夕飯にポテトサラダがついているかいないか、ついているとしたらリンゴが入っているかいないかの方が重要である。
しかしアインズは知らない。
精神支配して尋ねれば済むことだが、今この場では出来ない。後でやろうにもどういう名目で呼び出せばいいのか。出来れば今この場で安心が欲しい。
アルベドへの心酔振りから裏切りの可能性はゼロに等しいだろうが、完全なゼロにしたい。
そのためにはナザリックの一員であることの益を与える必要がある。
「中々面白い話だったぞ。褒美を取らせよう。何か望むものがあるか?」
シモベ達の歓声がピタリと止んだ。今までの喜びようとは打って変わって男へ憎悪すら入り交じる羨望の眼差し。
これによって男を密かに抹殺する選択肢が消えた。男が演説を始める前なら何とでもなったが、アルベドとナザリックへの忠誠をこれでもかと主張し、アインズが直々に褒美を取らせるほど評価している男を処分しようものなら必ずや疑念を抱かれる。特にデミウルゴスあたりは男の頭脳故に手を下されたと察するだろう。忠誠心があっても有能であらば処分しかねない主君と思われてしまう。
居並ぶシモベ達は男を脆弱な人間と蔑視するも、自分たちがあれほどまでアインズ様を崇拝しているかと言えば、言いたいのだが、忠誠心の深さで敗北感を覚えたものも、人間なのに中々出来ていると思うものもいる。
激辛評価に定評があるデミウルゴスから、人間にしては出来ていると言われたのは伊達ではない。
アインズがしまったと気付くのは翌日のことである。
「すでに十分すぎるほどの給金をいただいております。これ以上を望むのは過分であるかと」
そのお給料は全額を娼館につぎ込んでいる。他に使い道がないわけだが、字面を見るともの凄くダメな男である。
「それはお前の仕事への対価だ。褒美と言ったぞ? 私に恥をかかせるつもりか?」
ずるい言い方である。それを言われると配下は受け取らざるを得ない。
「アルベド様が望むものが私の望むものでございます」
ナザリックのシモベ達とて同じことを言うだろう。
アインズが隣に立つアルベドをちらと見ると、アルベドは小さく頷いた。
「アインズ様はお前の望みを言えと仰せよ。私に関わることではないお前だけの望みを言いなさい」
アルベド像が却下されてちょっぴり気落ちしているアルベドだが、心はなんだかぽわぽわしていた。
「それでしたら……」
ここで素直に自分の望みを言えるところがナザリックのシモベ達とは違うところである。
「ナザリックにある大図書館を利用させていただけたらと存じます」
制限はあるものの、ナザリックのシモベであれば図書カードを作れば誰でも利用可能である。
そんなことかとアインズは拍子抜けし、一応念のために閲覧させられない書物もあると言いおいた上で許可を出した。
「いよっしゃーーーーっ!! やったーーーーーーっ!! ……………………はっ!? 嬉しさの余り無礼な真似を」
両拳を突き上げての快哉の雄叫び。何をしたかに気付いて慌てて跪いた。
「よい。そのくらい素直に喜んでくれた方が私としても嬉しいぞ」
「ありがとうございます!」
頭はいいのだろうが、こうも素直に感情を表す男が裏切るとはさすがに思えなかった。
▼
男は図書館利用権をゲットした!