目が覚めたらとっぷりと日が暮れておりました。
あれおかしいなアルベド様がいらっしゃったのは日が登り切らぬ時間帯で書斎で幾ばくか過ごしたけれどお昼ご飯はまだ食べてないはずなのにどうして窓の外は暗いのか。
「あー、ようやく起きたっすねー。いやーよく寝てたっすよー」
ベッドから身を起し、振り返ればからからと笑うルプスレギナ。ルプーはどうでもいいのです。
「アルベド様は?」
「とっくにお帰りになったっすよ」
「なん・・・だと・・・」
記憶にある最後のアルベド様はお顔を真っ赤に染められてとても可愛らしいご様子でした。そこから今に至るまでがごっそりと抜け落ちています。一体何があったのかさっぱりわかりません。
「アルベド様は何か仰っておりませんでしたか?」
「………………」
笑っていたルプスレギナは、この時ばかりはキリリと表情を引き締めました。真面目顔のルプスレギナはとってもレアです。
「いいっすか? 気をしっかりと持って聞いて欲しいっす」
「……わかりました」
ルプスレギナは、あーあーと発声練習してからアルベド様からのお言葉を伝えました。
「『バカバカバカバカバカバカ! あなたはちっともデリカシーを覚えてないじゃない! 最低よバカバカバカ! もう顔も見たくないわ!!』」
「……………………………………」
割と上手な物真似でした。
上手であろうとなかろうと、アルベド様からの言伝を聞いた若旦那様は完全にフリーズしてしまいました。
ルプスレギナは、アルベド様とおにーさんとの間に何があったのか知りませんが、おにーさんの方は何があったかを思い出していました。
アルベド様のおっぱいで気持ち良くなった後、アルベド様の口には出せないお望みを叶えるためにイラマチオとアナルセックスをしたのです。そしてキスをしようとしたら、アルベド様はお尻から…………。
若旦那様は魂を抜かれた幽鬼のようにベッドから立ち上がりました。ゆらゆらとよろめきながら窓辺に近付き、窓を開きました。
夜の風が髪を撫でます。
二階の窓なのですが、大きなお屋敷なのでそこそこの高さがありました。
「なにしてるんすか?」
「アルベド様に不要と断じられた私に生きる意味はありません」
身投げするつもりなのです。
「なにアホなこと言ってるんすか」
「アホだとこのアマ!」
このアマ呼ばわりされてルプスレギナはビキリと来ましたが、憔悴しきって美顔を歪めるおにーさんはとってもレアで初めて見ました。こんな顔も出来るのかと感心しました。大変な美貌なので怒りの表情は滅茶苦茶迫力があるのです。
「そのくらいで死ななくていいって言ってるんすよ。おにーさんがアルベド様に捨てられたなら私が飼ってあげるっすから」
「え、やだ」
「………………」
即答されて、物凄くビキビキって来ました。
これが名も知らないそこいらの人間だったら撲殺待ったなしです。しかしこのおにーさん相手にそんな事をしてしまうと色々なところからお叱りを受けてしまいます。きっとお叱りでは済みません。
それなら痛い目に合わせたいところですが、このおにーさんは痛みにめっぽう強いのです。この前何てソリュシャンの中で半日以上もとろとろされていたのに平気な顔をしているのですから。あれをやられたらルプスレギナだって十分で泣きが入ります。
このおにーさんには手も足も出ません、と言うのは過去の事。
おバカを担当しているのはシャルティア様であって、普段は使わないだけでルプスレギナにはそこそこの知力があるのです。
おにーさんの急所は把握済みです。
「そこでそーゆーこと言うからアルベド様にデリカシーがないって言われるんすよ!」
「うぐぅっ!」
クリティカルヒット!
おにーさんは胸を押さえてその場に崩れ落ちました。
人狼であるルプスレギナは、獲物が弱ってきたら攻撃を繰り返して止めを指すべきと本能に刷り込まれておりました。
「だから私がおにーさんがちゃーんとデリカシーを覚えられるように色々教えてあげるっすよ?」
獲物を前にした狼がするように、ぺろりと唇を舐めました。
人狼の体力でもってそれはもう色々なことをして、未だにぽけぽけしてるソリュシャンから一歩も二歩もリードを奪うつもりなのです。
「いや……しかし俺はもう……アルベド様から顔も見たくないと………………うぅ……」
弱気な若旦那様もレアです。シクススなら優しく励ましてくれるかも知れませんが、ルプスレギナにそーゆー優しさはありません。鬱陶しいだけです。さっさと元に戻って欲しいのです。そこでじわじわ行かないからソリュシャンに後れをとっていると気付けません。
「おにーさんて頭いいのに肝心なところでバカっすね。アルベド様が本当に要らないって思ってたらわざわざ回復させるはずがないっすよ」
「!?」
回復したと云う事は回復する必要があったということ。
意識が途切れる直前に何があったのかを思い出しました。アルベド様がとっても可愛らしかったその直後、強く突き飛ばされて壁に激突し、あちこちがぽきぽき折れていたのでした。
「おにーさんはまず私に感謝しなきゃいけないんじゃないっすか?」
「あ……あ……ありがとう、ルプー……」
「私に色々教えて欲しいっすか?」
「欲しいです」
「むっふー! それじゃ早速」
「いやその前に食事をとりたい」
「……仕方ないっすね」
肉体の損傷は回復してもお腹が膨れるわけではないのです。
ベッドに引きずり込もうとしたルプスレギナはちょっと我慢することにしました。
ちなみに、アルベド様からのお言葉は全て伝えたわけではありません。伝言として残されたわけではないのであえて伝えてないのです。
アルベド様はこう仰っておりました。
『睡眠不足と言っていたからしばらく寝かせておきなさい』
もしも若旦那様が聞いたら感激にむせび泣く事でしょう。
だとしても、アルベド様が帰っちゃったことに変わりはありませんが。
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アルベド様が克服した不思議な運命力はルプスレギナの下へ巡って来たのかも知れません。
「もうじき私はアインズ様のお供で遠征に行くでありんすから? その前に英気を養いに来たでありんす」
美味しいご飯を食べてもっと美味しいルプスレギナを食べようとしたらシャルティア様がいらっしゃってしまいました。夜は吸血鬼のお時間です。
ルプスレギナは伏せた顔を思いきし面白くなさそうに歪めています。
「アルベドが今夜はお前を貸してくれると言ったでありんすよ」
「アルベド様が……なんとお優しい……」
「……まあ私とアルベドの仲でありんすから? まあそのくらいは?」
嘘です。
本当は、今日はお休みでエ・ランテルに行ってるはずのアルベド様をナザリックで見かけたため、今夜はあの男は空いてると察してそれじゃ私が、となったのでした。
おバカおバカと言われようと悪知恵は働く吸血鬼なのです。
今夜のシャルティア様は如何にも吸血鬼な装いでした。
いつもなら美しい銀髪をリボンやヘッドドレスでまとめているのですが、今日はアップにすることもなく下ろしています。
服装はシンプルの一言。漆黒のマントで首から下を足元まで覆っています。襟元を金の飾り紐で留めているのがお洒落です。マントから伸びる腕は肘まで覆うドレスグローブ。こちらも漆黒ですが、マントとは違って光沢があり手触りが良さそうです。
赤い目と赤い唇がてらてらと光っています。唇から覗く牙は冷たい光が。
今夜のシャルティア様は、吸血鬼が吸血に行くに相応しい正統派吸血鬼スタイルでありました。
「それじゃあ……」
若旦那様にぴょんと抱き着き、しっかりと首筋に腕を回します。
抱き着かれた若旦那様はシャルティア様の背中と膝裏に腕を差し入れてお姫様抱っこ。マント越しに感じるシャルティア様の感触は、なんだか不思議なものでした。見た目よりも分厚いマントなのか、触ってもシャルティア様の御身体がよくわかりません。
それもそのはず、シャルティア様が着けているマントは魔法のマントでした。というか、ナザリックの衣服はメイドが着るメイド服であろうと全てに魔法が掛かっています。シャルティア様のマントは装備品を見えにくくする効果があります。そのため、マントを開いてもその下にどんな服を着ているのかわからないのでした。いわゆるロールプレイ用です。
シャルティア様は吸血鬼の蒼白な頬を薄っすらと染め、若旦那様の耳へ唇を寄せました。
「今日のシャルティアはぁ、おにいちゃんにいっぱい可愛がって欲しいの! シャルティアのえっちなおまんこにぃ、おにいちゃんのとってもえっちなおちんちんをいっぱいハメハメして欲しいなあ♡」
シャルティア様の告白に若旦那様とルプスレギナはフリーズしてしまいました。
あのこれいやこの人じゃなくてこの吸血鬼と云うかシャルティア様はどうしちゃったんですか? そんなの私は知らないっすよいっぱいハメハメしちゃえばいいんじゃないっすかー? ルプー怒ってる? 怒ってないっすよー。じゃあいいや。かーーーーーーーっだからおにーさんはダメなんすよ怒ってると思ったんならなんかフォローするべきっす! だって怒ってないんだろ? 怒ってないけど楽しくもないっすよ! シャルティア様を優先するしかないだろう。そんなのわかってるっすよ!
ナザリックのシモベ達は建前上皆平等となっていますが厳然たる階級があり、中でもシャルティア様は特にうるさ型の御方です。プレアデスのルプスレギナが遮ることは許されません。
「二人で何をこそこそと話してる? ……もしかして今の言葉遣いおかしかったでありんすか?」
自身の創造主であるペロロンチーノ様の姉上であられるぶくぶく茶釜様が稀にそのような言葉遣いでいたのを覚えていました。ペロロンチーノ様は泣いておられましたが、喜んでいらっしゃる方々もおられたのです。
「いえ……。シャルティア様が余りにも可愛らしくて驚いてしまいました」
「えっへへ♡ 今日のシャルティアはおにいちゃんにいっぱい可愛がってもらうの♡」
いっちゃいちゃし始めた二人にルプスレギナはおもいっくそ面白くありませんでした。
ふん、やればできるじゃないっすか。あんなので良かったのか。よかったみたいっすねー。今日は無理だけど明日はルプーのために時間をとるよ。絶対っすよソーちゃんより先に私っすからね? わかったよ。
「さあ行くでありんす! あ、今日はルプーは遠慮しておくんなんし」
「かしこまりました。どうぞごゆっくりとお楽しみくださいませ」
「もちろんでありんすよー。じゃあおにいちゃん、行こう?」
おにいちゃんの頭をホールドして頬っぺにちゅっちゅ、耳たぶはむはむ。
あれいいなあ明日になったら私もやるっす! と意気込むルプスレギナは、明日がなくなることをまだ知らないでいた。