ナザリック第六階層は大森林である。鬱蒼とどこまでも樹木が広がっており、見上げれば青い空。どこか未開の原野にでも迷い込んだ気持ちになるが紛れもなくナザリック地下大墳墓内の一階層である。敷地面積はナザリック内で一番である。森林であることから空気は澄んでおり、とても過ごしやすい環境である。
故に、ナザリック外から連れてこられた者が多数暮らしている。なんと、第六階層には村があったりする。地下の屋内なのに村である。ナザリックで一番広い場所なのは伊達ではない。
居住者は、アインズが連れてきたドライアード等の森の精或いは森の妖怪。これらは畑の管理をしている。
他にコキュートスが鍛えているリザードマン。選ばれし十人のリザードマンである。ハムスケと一緒に訓練の日々を送っている。
そしてもう1グループ。
第六階層「ジャングル」はダークエルフの双子アウラとマーレの守護階層であり、二人が寝起きする家がある。見上げるような巨大樹をくり抜かれて作られた住居だ。
そこには二人を世話するエルフメイド達がいる。
三人のエルフの女はかつて奴隷であった。奴隷として筆舌に尽くしがたい凄惨な環境に置かれていた。希望など一切ない絶望の日々であったが、ある日彼女らの主人がナザリックに侵入。ハムスケの練習相手であっさり死亡。残された彼女たちは敵意も害意もない抜け殻同然であったところを、偉大な方々の気まぐれによって助けられた。
命を助けられ、奴隷の証として切り取られた耳を回復してもらい、彼女たちの忠誠心は天元突破するに至った。
今や奴隷であった日々を忘れ、彼女たちの生き甲斐はナザリックに忠誠を捧げ、アウラとマーレによく仕え、二人を立派な紳士と淑女にする事である。実はちょっと迷惑かなと思われたりすることも希によくある。しかし二人の情操教育のためにアインズ様が配置したため、二人に拒否権はない。
幸福感に満ちた充実した日々を送っていた彼女たちであったがその日、異変が起こった。
異変の始まりはアウラとマーレが日が昇りきらない暗い時間に飛び出していったことだった。
何があったのかは知らされていない彼女たちだったがすぐ戻ると聞き、いつものように朝食の準備を始めた。私たちのアウラ様とマーレ様に美味しい食事を振る舞うことも生き甲斐の一つである。
「ただいま戻りました」
「「「お帰りなさいませ!」」」
三人のエルフメイドは愛しき主人の帰還に歓喜をもって斉唱する。取るに足りない自分たちへわざわざ挨拶をしてくれる可愛い主人達が、彼女たちは大好きなのだ。
今日の朝食も心を込めて作りました。マーレ様がお帰りになるのを今か今かとお待ちしていました。アウラ様はまだいらっしゃらないのですか、今日はまだおぐしを解かしておりませんのに。
伝えたい言葉はいっぱいある。もしもそれらを伝えようものなら面倒に思われるだろうし、何よりも押しつけがましい。ぐっと我慢して、マーレ様が昨日より充実した一日を過ごされるよう誠心誠意お仕えしなければならない。
しかし……。
「あの……お風呂の準備をお願いします。あと着替えの用意も」
「…………はい。かしこまりました。ところで、その、そちらの方は?」
帰ってきたのはマーレともう一人。もう一人はアウラではなかった。
「マーレ様のご厚意により、短い間ですがお世話になります」
それは、彼女たちがナザリックの一員となって初めて見た存在である。聞くところによればナザリックの深い階層には帝国の人間がいるらしいのだが、それらがここまで上がってくることは一度もなかった。まさかここでこんなものを見ることになるとは。
「僕のお客さんです」
それは優雅に一礼した。
それは、人間の男だった。
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「これは美味しいですね! エ・ランテルの屋敷にも様々な方のご厚意でナザリックから食材が送られてくることはありますが、これほどのものは中々。鮮度はもちろんのこと、食事をする環境がいいのですね」
それはつまり私たちの料理の腕はどうでもよくて単に食材がいいと言うだけか。
エルフメイド達は内心を努めて表に出さないよう給仕をする。歓喜にはほど遠く、無心になるのも難しかった。
「そうなんですか? 僕たちはいつもこれが普通なんですけど」
「マーレ様も時には違う経験をしてみると日々の食事がどれだけ素晴らしいか感じられるかも知れませんよ?」
「でもアインズ様が……」
「アインズ様であればマーレ様が色々な経験をしてみることに反対はなさらないと思います。尤も、大切なマーレ様をお一人にするのはご心配でしょうから難しい判断を迫ってしまうかも知れませんね」
「マーレ様の教育は私どもが仰せつかっております。余計なことは言わないで下さい」
「それは失礼を」
この男は図々しくもマーレ様と一緒に食事をとっている変態だ。私たちからマーレ様を奪おうとする敵だ。
こちらがどれほど冷たい目で見ても穏やかな微笑を崩さないが絶対に心を許してはならない。許そうものなら骨の髄までしゃぶり尽くされるに決まってる。なにせ人間の男なのだ。
にもかかわらず、マーレ様はこの男と和やかに会話をしていらっしゃる。自分たちが相手をするときは僅かながらの緊張を感じてしまうのに、今は心底からリラックスしているようで自然な笑みを浮かべていらっしゃる。
確かに見た目はよいと思われるがどうしてこの男へそんな表情をお見せになられるのだろうか。マーレ様に気安くお声掛けして無礼千万の不忠者にして鞭打ち兆回でも足りないと思われるのに。
三人のエルフメイドが思うことは誰も似たり寄ったり。
兎も角一刻も早く出て行って欲しい。なのに出て行く気配は全くない。
生意気なことにマーレ様と一緒に食後のお茶を楽しんでいる。
いつもなら朝食を終えたマーレ様は早々にどこかへ行ってしまうのに、どうしてこんな男とお喋りを楽しんでいるのだろう。話し相手なら私たちがいるのにどうしてこの変態がそこにいるのだろう。
現状に耐えきれなかった一人が空になった皿を下げるために食堂を離れた。
皿を下げて戻ったらいなくなっていればいいのにと祈りながら。
「!?」
(声を出すな)
食堂から見えない位置に来た途端、強い力で口を押さえられた。硬直して皿を落としてしまう。しかし、皿が割れ響く音はしない。それどころか何がどうなったのか、いつの間にか厨房の奥に移動していた。
(魔法を使ってお前に語りかけている。手を離すが声は決して出すな。心で念じれば私に声が届く。わかったか?)
バカのように頷いた。
彼のお方の言葉には絶対に従わねばならない。
彼女の口を押さえたのは、地下大墳墓ナザリックの偉大なる支配者アインズ様だったのだから。
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アインズは遠征の準備を終えていた。あとはもう出発するだけなのだが、出発する前に出兵式だか壮行式だか何かしらをしなければならないらしい。現在、アルベドが最終確認をして、今夜にも何とか式が行われるらしい。
少し時間が空いてしまった。遠征の事以外にもする事はそれなりにあるのだが、来る遠征に向けて心が少し逸っている。遠足前夜の子供が中々寝付けないのと同じで、他のことをする気になれなかったのだ。
それなら守護者達の顔を見ていこうと思ったところである。遠征に出立すればしばらく皆の顔を見ることが出来なくなるのだから。
先ほどまで第五階層のコキュートスのところにいた。シャルティアは一緒に遠征に行くので必要なく、デミウルゴスは出張中。
残るはアウラとマーレで、食事の邪魔をしてはいけないと、朝食の時間が終わるのを見計らって第六階層を訪れた。
時間を措いたつもりだけど、もしも食事中だったら二人は絶対に食事を止めてこっちを優先するに決まってる。育ち盛りの双子にそれは酷だ。気付かれないよう姿を消して食事が終わったかどうか確認したのだ。気遣いのアインズ様である。
こっそり覗いたと同時に感情抑制が発動した。
エ・ランテルにいるはずのあの男がどうしてここにいるのかとかチャチな疑問はどうでもいい。
感情抑制が発動して落ち着いた心でもう一度覗いた。
もう一度感情抑制が発動した。
強制的に落ち着かされた心で再チャレンジした。
もう一度感情抑制が発動した。
感情抑制が発動すると強制的に感情の起伏が抑えつけられ冷静な精神状態になる。しかし、感情抑制が発動したからと言って感情を揺るがした対象への耐性が出来るわけではないらしい。何度繰り返しても、それを見る度に大いに感情が揺さぶられてしまった。
思い出すだけで発動しかねない。努めて心を押し殺し、名も知らぬエルフメイドに問いかけた。
(あいつはどうしてあんな格好をしているのだ!!!!)
全然冷静になっていなかった。
問いつめられたエルフメイドはガクブルで声も出ないが、本来なら気遣いのアインズ様には気付く余裕がなかった。
(ま………………)
(ま!? マジでおかしくなったのか!!?!?)
(ひっ……、ち、違います。マーレ様がお貸しになったのです。ご自分の衣装からあの者へ着替えを用意せよと仰せになりました。私どもは他の衣服や、叶うならばアウラ様のものをと申しましたが、勝手には出来ないと仰いました)
(マーレかあ…………………………!!!)
人間のあの男は、マーレの服を着ていたのだ!
男の子なのに創造主の趣味で女の子の格好をさせられているマーレの服である。
これが通常の衣服であれば人間換算外見年齢が10歳ほどのマーレの服を成人男性が着れるわけがない。しかし、メイド服にまで魔法が掛かっているナザリックの衣服であり、階層守護者であるマーレの服に魔法が掛かっていないわけがない。サイズ違いは魔法の力でジャストフィットしてしまうのだ、残酷なことに。
男はひらひらのブラウスにふりふりのフリルいっぱいのボレロを合わせていた。下に掃いているのはふわふわに広がるスカート。
色は白とピンクで、マーレが着るならとても可愛らしいことだろう。
しかし男である。
逞しくなってきた成人男性である。
アインズが感情抑制を発動してしまうのもむべなるかな。
悪夢だった。
アインズ様に詰め寄られたエルフメイドはガクブルである。
なにせ、服を選んだのは彼女たちなのだ。
マーレは自分の服からと言っただけで、具体的に指定したわけではなかった。マーレの所有する衣装には性別を感じさせないユニセックス的なものも含まれている。それなのにあえて女の子女の子した可愛い服を選んだのは、私たちのマーレ様を惑わした男への復讐であった。彼女たちはもう善良なエルフではない。極悪集団ナザリックに染まって悪に墜ちている。
女装した男を笑ってやろうと思ったのだが、笑う前にマーレが「ちゃんと着れたんですね、よかった」と言ってしまった。一緒に笑ってくれたら復讐が完了したのにどうにもならない。
そもそもあの男はどうして抵抗なく用意した服を全部着たのか。変態だからに決まっている。
あの男は変態です変態なんです! と、アインズ様に直訴できればよかった。
しかし、ただでさえ虚ろな目を更に空虚にして虚空を見上げるアインズ様へ一体何を申し上げればよいというのか。
『ん? ナーベラル様ですか? はい、怪我一つしておりません。今はマーレ様と一緒に食事を終えたところです。はい、はい、ありがたいお話です。ではその前に、ナザリックへの訪問が叶いましたので大図書館へ、ああ、最古図書館と呼ぶのですね。ご指摘ありがとうございます。最古図書館へ訪問し、本を借りていこうと思います。いえ、帰りまでお手数掛けるわけにいきませんので通常の……はい……はい…………』
男の声が食堂から聞こえてきた。
「ひっ」
アインズに睨まれ、エルフメイドは思わず怯えた声をもらしてしまった。万死に値する所業であるが、おそらくは守護者達であろうと声を漏らしてしまったに違いない。
それほどまで、アインズからは何かしらの大きな感情のうねりが感じられた。
(絶対にあいつをあの格好で出歩かせるな。これは絶対命令だ。わかったな?)
(は、はい。かしこまりました。ですが、アウラ様の衣装を勝手にお借りするわけにも……。マーレ様の衣装は、その……)
(ああくそっ! 恨みますよ茶釜さん………………。セバスの配下に男性使用人がいる。話は通しておく。後で取りに来い)
(はい、仰せの通りに致します)
(よし。私がここにいたことは誰にも話すな。勿論マーレにもだ)
アインズは来たときと同じように姿を消した。
エルフメイドが一人残された。
気が抜けて膝を突きたくなったが、そんなことをすればメイド服を汚してしまう。気力を奮って足を動かした。
気力を奮っても濡れた下着はどうにもならない。
女性は男性に比べて尿道が短く、驚いたり何かあったりすると、ちょっぴり出てしまうのだ。いつぞやのルプスレギナがそうだったように。
泣いてる時間もパンツを換える時間もない。
急いで食堂に戻った。
「早かったわね」
怪訝な顔をした同僚に声を掛けられた。ゆっくりしたように思えたがそうでもなかったようだ。実際はアインズが時間を停止させていたわけだが彼女は知らないでいる。
同僚に気を掛けている場合ではない。アインズ様からの勅命を果たさなければならない。しかし困ったことに、彼女には第六階層以外へ移動する権利は少しあるかも知れないが手段がない。
「マーレ様。この者を最古図書館へお連れする際は他の服へ着替えさせた方がよろしいのではないでしょうか?」
「えっ、このままじゃダメですか?」
びっくりしたようにマーレが言う。
二人の同僚は、どうして着替えさせるのこのままでうろつかせて笑い物にしちゃおうよ、と声なき声で言ってくるのを、うるさいバカ言わないで絶対に着替えさせるの! と声なき声で答える。
彼女もこの男を晒し者にして笑い物にしたい気持ちは十二分にあるのだが、アインズ様の勅命に逆らえる者はこの世にいない。
「私たちはよいと思うのですが、他の方々を驚かせてしまうかも知れませんので。セバス様の配下の男性使用人の方々からお借りできないでしょうか?」
「うーん……。セバスさんは今いないから……、大丈夫かな?」
大丈夫なんですアインズ様が話を通してくださってるらしいのですと言うか勅命なんですと言いたいのに言えない。
先のアインズを思い出し、額から頬から背筋から脇からあちこちからダラダラと汗を流した。
同僚の尋常ではない様子に二人のエルフメイドも何かを悟ったらしい。似合っていますが着替えさせた方が、マーレ様の衣装はこの男に贅沢すぎる等々。援護射撃の甲斐あってマーレは頷いた。
「わかりました。じゃあ一緒に行きましょう」
「いえいえいえ私がお付き合いします後学のためにどうか同行をお許しください美しきナザリックを素晴らしいマーレ様と一緒に歩く光栄をどうかどうかお許しくださいませ!」
絶対に出歩かせるなと言われている。着替えるために外に出したら本末転倒である。
「マーレ様にはご足労願ってしまいますが、私がマーレ様の衣装をお借りしていることを妬ましく思う方もいるかも知れませんから」
「そんなことないと思うんですけど……」
ともあれ、エルフメイドの必死の説得の甲斐あって、マーレはメイドを一人連れて第九階層へ向かった。
二人が姿を消した直後である。
「ちょっとあなた。座ってないでそこに立ってくれるかしら?」
表情の険しさを隠そうともせず、茶色の髪をショートに整えたエルフメイドが表情に相応しい声で言った。
言われた男は片眉を跳ね上げた。
なお、アウラはシャルティアとの枕投げで決着がつかず、枕チャンバラに移行しているのはどうでもよいことである。
いまNARUTO全巻読み放題なんですね出遅れました
期日までに読み切る自信ない