『次はエ・ランテルで』
色々なものが満タンになりお肌艶々になったアルベドはそう言い残し、アインズ様の代理としての職務を遂行するため執務室へ赴いた。
長い廊下の向こうへアルベドの姿が消えるまで深く頭を下げていた男は、頭を上げることなくそのままパタリと倒れた。一応、生きている。
覚醒して淫紋の力に酔いしれるアルベドの欲望を一晩中一身に受けていた。エナジードレインと併せてエナジーゲインによって生命力を戻されていたので肉体に問題はないが精神は別である。
快楽とは悦楽とは法悦とは幸福とは苦しみとは悲しみとは喜びとは悦びとは歓びとは、一周どころか何十周も巡り続け、肉体や物質を越えて形而上に至る究極の快楽は、人の身には劇薬過ぎた。常人であれば、否。人類史上最高の英雄であっても、千年の修行を積み植物と同等の精神を手に入れた高僧でさえ廃人にしてしまう魔境である。
幼い頃から黒粉を常用し、火花一つで爆発炎上する薬なのかアルコールなのかわからない蒸留酒を水のように飲み、常人をたった二匙で精神の彼岸へ追いやる魔酒を平気な顔で一瓶空け、ナザリックからもたらされる超高級食材でステータスアップし、アルベドのアルベド汁を浴びて祝福を与えられ、高レベルの処女膜を幾つも貫いて経験値を獲得し、美神アルベドの処女を下賜されついとレベルアップし、サキュバス十八番の淫夢に囚われて一晩中生死の境を彷徨った末に奇跡の生還を果たした男をして、愛しき主人の前で無様を晒さないのが精一杯だった。
お仕事へ向かわれるアルベド様を何とかお見送りすることが出来たがそこで力尽きた。地下大墳墓ナザリック第九階層「ロイヤルスイート」にて史上初の行き倒れである。
倒れ伏し寝息を立て始めた男を見下ろす影が一つ。
「お慈悲を賜ったようですね、わん」
ペストーニャは細い腕で軽々と男を持ち上げた。高位の神官であるペストーニャは高レベルに相応しく見た目によらず力があり、成人男性を持ち上げるくらい軽いもの。
昨夜のことである。
男がアルベド様の部屋へ向かう前に、ペストーニャはもしもの時のための遺言を預かっていた。
『昨日のことです。私の不手際によりアルベド様から大変な御不興を買ってしまいました。もしやすると死を賜るかも知れません。その時はアルベド様がなんと仰せであろうと復活などさせないようお願い申しあげます。私のせいでアルベド様がお言葉を翻す事などあってはいけません。私の死体は上下二つに分けて、下はエントマ様のおやつに、上はエ・ランテルのソリュシャンに届けてください。ペストーニャ様には大変にご迷惑をお掛けしてしまいます。最後の我が侭をどうかお許しください』
人間を下等な生き物と見るナザリックのシモベ達をして、人間にしては出来ていると言わしめる男である。中でもペストーニャはナザリック最後の良心と言われるほど善良な心を持つ。
ペストーニャは男の覚悟を受け取り、遺言を果たすことを約束した。
そして夜が明けた。
男は生きてはいるが疲労困憊と言った様子で、廊下の真ん中で倒れて寝息を立てている。
「かなり衰弱してるように見えますが生命力やステータスに異常はありませんね、代わりにたっぷり絞られたようですけれど……わん」
油を絞る方の「絞る」である。別の何かを絞る意味で「絞る」と言ったわけではない。
ペストーニャ様はぴゅあなのだ。
寝転んでも埃一つ付かないほどに磨き上げられているロイヤルスイートの廊下だが、そんなところで寝かせて置くわけにはいかない。ペストーニャは男を使用人達の控え室の一つで休ませることにした。
ナザリック第九階層は、広さを示すのにキロメートルを使わなければならないほど広い他の階層と同じくやはり非常に広い。基本的にはギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のギルドメンバー達の居住空間である。ギルメン達の私室に、大浴場・バー・ラウンジに各種ショップ。階層の一つと呼ぶより街と言った方が相応しい。
そこには九階層の各種設備を維持する使用人達が多数いる。当然の事ながら、彼ら彼女らの生活する空間も存在している。ペストーニャが連れて行ったのはそんな部屋の一つだ。とは言え、使用人達が寝起きするプライベートな場所ではなく、銘々がくつろぐ休憩所のような部屋である。
九階層には空いてる客室も多々あるが、ほんの少し休ませるだけでロイヤルスイートの客室を使わせてよいものかどうかと悩んだ末の選択である。ナザリック第九階層「ロイヤルスイート」は人が立ち入ること叶わぬ神域であるがゆえに。
「ペストーニャ様。その者をどうかされるのですか?」
部屋には先客があった。数名のメイドが卓を囲っている。彼女たちはペストーニャの姿を認めるなり起立して、抱っこしている男の扱いを訊ねた。
「疲れているようなのでしばらく休ませます。アルベド様直属とは言え客室を貸し与えるのは過ぎた扱いに思えましたので、そこのソファに寝かせておきますわん。目が覚めたら……一応知らせてください。……わん」
「かしこまりました」
メイド長のお言葉は絶対である。メイド一同、深々と頭を下げてペストーニャを見送った。
休憩室のソファに寝かされた男は健やかな寝息を立てている。
男にとって幸いなことに、「人間の男が同じ空間にいるなんて!」とまで思うメイドはいなかった。人間の男にしてはまあ出来てる人間であるらしいし、ナザリックにも珍しい美貌の男は寝顔であっても目に楽しい。
彼女たちは男の顔を鑑賞してお喋りの種にして楽しみ、仕事へ戻っていく。入れ替わるように他のメイド達が訪れる。彼女たちへもペストーニャ様からの言葉をきちんと伝える。
その彼女たちが一休みするとまた別のメイド達が。
ナザリックには41人の一般メイドが存在している。
その内の十数名はエ・ランテルにいるため、残りの人員でロイヤルスイートと第十階層の維持管理を行わなければならない。それでは仕事がキツくなると思われるが、実のところ真逆である。
彼女たちの最大の仕事は至高の御方々へ仕えることである。しかし、現在はアインズ様を残すのみ。アインズ様当番が如何に大切で重要で至福をもたらす仕事であるか知れるものである。
そのアインズ様は遠征に行ってしまった。
アインズ様がご不在だからとは言え仕事に手を抜くメイドはナザリックに存在しない。存在しないのだけれど、その仕事の絶対量が少ないのである。
結果、手が空く時間が割と出来てしまう。
休憩するメイドたちが何度か入れ替わって、今は三人のメイドが休憩に入った。アルベドの私室を整えてきたメイド達だ。
一般メイド達は一人の例外なく誰もが見目麗しい女性である。三人も美しい女性であり、同じ一般メイドであるシクススがあどけなさを感じさせるのに対し、大人びた印象があるのは落ち着いた表情からか。
彼女たちは他のメイド達のようにお喋りに興じることなく、じっと男の寝姿を見つめている。
誰かが言った。
「…………………………こんなところで寝かせておくよりベッドがいいんじゃない?」
「そうね」
「私もそう思ったわ」
41人の一般メイド達は三人の至高の御方々によって創造された。メイド達は創造主を同じくする者達と行動することが多い。この場にいる三人のメイドもそうである。その中でも姉妹のように似通っている三人だ。
三人一組で仕事をすることも多い。メイド長であるペストーニャがメイド達の仲を配慮したわけではなく、チームを組んで仕事に当たった方が効率的だからだ。ゆえに、三人は一緒にアルベドの私室を整えてきた。
その他にも、声を大にして言えない共通点がある。
「……廊下には誰もいないよ」
「ここから一番近い空き部屋は……」
「出来れば私たちの部屋がいいわよね?」
二人が男の腕を自分の肩に回して持ち上げる。ホムンクルスである彼女たちは同じ体格の人間の女性より力がある。二人掛かりなら成人男性を持ち上げることくらい苦ではない。
ドアから外を覗いていたメイドが手招きする。
三人のメイド達は誰にも見つかることなく、男を自分たちの部屋に連れて行くことに成功した。
ソファで寝かせておくより、ちゃんとベッドに寝かせた方が疲れがとれると判断したのだ。
メイド達の部屋は一人部屋から五人以上が寝起きできる大部屋まで様々。彼女たちの部屋は三人部屋で、三つのベッドが衝立で仕切られて並んでいる。
至高の御方々が過ごされる部屋やアルベドの私室に比べたら質素な部屋であるが、使用人が使うには過ぎた広い部屋。調度品の数は少なく華美ではないが、いずれも格調高い。
男は真ん中のベッドに寝かされた。
ここに至るまでほっぺたをつんつんされたり、頭を撫で撫でされたり、胸板をさわさわされたり、腕を捕まれ足を引きずって連れてこられたのに全く起きる気配がない。
過日、夜襲を敢行したアルベド様に色々されてもスゴく痛い目を見るまで目が覚めなかったことからわかるように、一度寝たら簡単なことでは起きない男だった。原因は体質である。
体を休めるのに必ずしも睡眠は必要なく、横になるだけで疲れは癒されていく。それでいて睡眠を必要とするのは、起きているときに得た情報を記憶として整理し定着させるために必要だからだ。特にこの男は、起きているときは必ず何かしらのつまらない事を考え続けている。考えすぎてぼうっとしているように見え、ソリュシャンからこっそりとトロトロされることもあるくらいに。
そんな男がナザリックを訪れた。
ナザリックは人の世とは隔絶した神域であり、情報量が非常に多い。慣れなければナザリックにいるだけで目眩がするだろう。そして、一昨日の夜にシャルティアに連れてこられてから一睡も出来ていない。お昼寝したかったのに色々あって出来なかった。物凄く眠かったのだ。
滅多なことでは起きないほどの深い眠りに落ちていた。
ベッドに寝かせた男の頬を、黒髪を肩口で切り揃えたメイドがつんつんとつつく。起きない。唇を摘まむ。起きない。肩を揺すって声を掛けてみる。ううん、と唸りはしたがやはり起きない。
完全に寝ている。
「よく寝てるわ」
「……うん」
「………………えっと、それじゃ」
「待って。もしも起きたときに驚かせないように目隠ししないと」
「それなら寝ぼけてベッドから落ちないように縛ってあげた方がいいかも?」
「あっ! こんなところに何故か紐が!」
男はスカーフで目隠しされ、両腕は広げられて手首を縛られ、紐はベッドの支柱に固定された。
「これは私たちが真理を追究するために必要なことなの」
黒髪メイドのクールな言葉に残る二人は頷いた。
「ペロロンチーノ様が遺された異本は真実を伝えてるに決まってるけど」
「でも確かめなきゃ。アインズ様は情報の精度を殊の外重視しておいでなのだから」
三人が声を大にして言えない共通点。
それは、ペロロンチーノがもたらした異界の書物「ウース異本」に魅入られてしまったことである。
▼
彼女たちが行動するに至った心理を辿るため、性別を逆転させて考えてみよう。
彼ら男性使用人達はナザリックによく仕える忠義の徒である。彼らは経験はなくても性の何たるかを知識として持っていないではない。
上役の方々、或いは立場を同じくするメイド達には美しい女性ばかり。しかし彼女たちへ欲望を抱くのは天に唾するも同じ。彼女たちは至高の御方々が創造なさった存在なのだ。汚れた目で見ることは許されないし出来ないし、そもそも家族同然であるためそのような目で見ることは例え命じられても難しい。
しかし、知識はある。興味はない。しかし、刺激されれば興味が湧いてくることがあるかも知れない。
至高の御方へ仕える日々を送っていたところ、一番偉い上司が人間の女性を連れてきた。ナザリックでも希と言って差し支えない美しい女性である。
彼女が上司の恋人や愛人であったら恐れ多くて触れることすら叶わないだろう。
しかし生命力を吸うためだけに使っているようで、大切にしているのかも知れないが扱いは割とぞんざいである。用が済めば放置して廊下に寝かせておくくらいに。
そんな美しい女性が目の前で無防備に寝ている。
何をしようと一向に起きる気配がない。
むくむくと興味が湧いてくるのは必至である。
これで何も感じないようなら精神が死にきっているか、己の無知すら知らない白痴に過ぎない。好奇心は生きる上でとても重要である。全てを手に入れ至上の力を持ち不死であるアインズ様も好奇心をとても大切にしているのだから。
ちょっぴりつんつんしたくなってしまう。
絵でしか見たことがない秘密の部分が本当はどうなっているのか確かめたくもなってしまう。
しかし、寝ている者相手へそんな無体をするのを良心が許すのか。
そんなものは最初から持っていなかった。
極悪集団ナザリックである。
いきってる殺人鬼だって泣いて許しを請い願った末に愉快なオブジェにされてしまうナザリックである。
チャンスがあれば誰だってそうするだろう。
アインズ様だってもしも僅かばかりの興味を抱くことがあれば、そして誰にも知られないことが担保されているならば、きっとつんつんしたりペロリとしたりしてしまわれることだろう。
▼
「それじゃあ………………」
三人とも髪型は同じ。色が白黒金と分かれている。
月夜に湧く霧のように白い髪をしたメイドが男のシャツのボタンを外す。
金と呼ぶより太陽のような明るい髪をしたメイドが脱がしておいたジャケットとベストをハンガーに掛ける。
黒髪のメイドはドアの施錠を確かめて、念のための時間稼ぎように衝立の一つをドアの前に移動させた。
メイド達による真実の追求が始まった。
今更ですがあれこれねつ造しています(テヘペロ
色々出てきたモブが再登場することがあれば名前だします
エンリを
-
食べちゃう
-
素通り