見る者が見れば大満足していると知れるシズの後ろをとぼとぼとついていく。色々と屈辱の時であった。
ナザリックの方々は良くも悪くも正直だ。下手な奸計を巡らすことなく、欲しいものがあれば力でもってもぎ取っていく。愚かなのではない。知恵とは弱者が強者に抗う術なのだ。だと言うのに、シズには一体何度騙されたことか。
精液の入手に当てがあるというのは嘘。脱出不可能のセーフティルームへ誘導された。
セーフティルームからの脱出方法を知っていると言うのも嘘。6時間経過しないと出られない。
しかし6時間経過しないと出られないのも嘘。4時間経過したところでシズがギミックを操作し、出ることが出来た。ギミックが操作を受け付けるのは入室から4時間経過してからと言うことだった。
ところがこれも嘘。実は三時間経てば操作を受け付けるらしいのだ。
余計な一時間で何をしていたかと言えばその前の三時間と同じくナニをしていた。ずっとシズ上位で。
騙されていたのが屈辱なら拘束されてシズに好き勝手されたのも屈辱だ。あちらから素直にこういうことがしたいと言ってくれば受け入れなくもなかったが、騙されていいようにされるのは、とっくになくしたと思っていたプライドが大いに傷ついた。
「……シズさんとはもうしない」
「!?」
小さな呟きを耳敏く拾ったシズは電光石火の速度で振り向いた。
「…………何故?」
「何度も嘘を吐かれて心が傷ついたからです」
「じゃあもう嘘を吐かない」
じゃあってなんだじゃあって! と言いたいのをぐっと堪え、大きく息を吐いた。疲れ切った溜息だ。メイドのベッドで快眠して回復した体力と精力は全て吸い取られていた。
「嘘を吐かなくても嫌です。シズさんは自分勝手すぎます。加減を覚えてもらわないと体が持ちません」
「じゃあ加減を覚える」
だからじゃあってなんだじゃあって! と言いたいのを歯を食いしばって堪えた。
「嫌なものは嫌です。大体したいならそう言ってくれればいいものを、人を閉じこめて縛り付けて」
「む…………。それを言うなら最初はそっちが私を縛った」
「私がしたわけじゃありません。私の意思が全く絡んでない以上、不可抗力です」
「過失を主張しても結果が全て。私を拘束したことに変わりない」
「ですから滞りなく解放に導いたでしょうが。その後のことは私に一切の非はありません」
「私は悪くない。やられたことをやり返しただけ」
「ああそうですか。だとしてももうしません」
「むう…………。それは困る」
「私は困りません」
見る者が見れば焦燥しているとわかる無表情のシズ。見てもわからないが言葉からそうではないかと察せられるが、それはそれ。シズが困っても自分は困らない。自分が困るのはアルベド様が困るときだけだ。
二人が言い争っているのは第九階層のロイヤルスイート。広い広いナザリックなので常に誰かが行き交っていることはない。けどもこの時は二人に掛けられる声があった。
「ここにいましたか。あら、シズも一緒にいたのね」
「ユリ様」
「ユリ姉」
プレアデスの長女ユリ・アルファだった。プレアデスの例に漏れず幻想的なまでに美しい。長い黒髪をまとめて留めた夜会巻きとメガネがチャームポイントの知的な女性である。シズの姉であることから、シズがなんだか困っているらしいことに気が付いた。
「まずはアルベド様からのお言葉を伝えます。あなたがナザリックに滞在中は私どもプレアデスが世話をせよとご命令を受けました」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
ユリと顔を合わせるのは初めてではない。先日にナザリックの玉座で行った演説と昨夜の出征式を除き、一昨日の夜シャルティアにナザリックへ連れてこられたとき表層部のログハウスで出迎えられた。その前はアルベド様に連れられアインズ様にお目通りしたときに同席していた。己の身の上を語った際、他の方々と違って痛ましく悲しそうな表情をしていたのが印象に残っている。
それもそのはず。ユリのカルマ値は150。ナザリックでは珍しく明確に善に属している。見た目は白いのに中身真っ黒なこの男よりも遙かに善性を持っているユリは、やんちゃな次女やサディスティックだったり毒舌だったりする三女たちとは比較にならないほど優しく思いやりに溢れている。妹が困っているらしいのを放っておけない。
「お二人は何か言い争っているようでしたが何かお困りですか?」
「ユリ姉、聞いて欲しい。この男が酷いことを言う」
ユリの目がキラリと光った。善に属するユリだが、アルベド様直属の配下であっても人間の男と大切な妹を天秤に掛ければ圧倒的に後者へ傾く。
「私をマジックアイテムで拘束しておかしなことをした」
「………………本当ですか?」
ユリの声から温度が消えた。もしもシズの言葉が本当だったら創造主のやまいこ譲りの鉄拳制裁をしなければならない。なお、ユリの創造主でアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーであった「やまいこ」は女教師であった。
「そこへ至った過程が抜けています。まず、拘束したのは私の意思ではありません。シズさんの不注意です。それに拘束はすぐに解けました。それなのにシズさんときたら私を密室に閉じこめて縛り付けて、何時間も好き放題したんです」
「あれは正当な報復。そっちも悦んでた」
「それはシズさんの勝手な解釈です。私が何度解放を訴えたか数えてましたか?」
「そんなの一度も聞いてない」
「……こんのちびっ子がぁ……!」
「ユリ姉助けて。この男がいじめる」
シズはさっとユリに駆け寄って後ろへ回り込んだ。背中にすがりつき、姉の顔をじっと見上げる。困ったことに、ユリにはどちらに非があるかわかってしまった。
「ボクは表層部のログハウスに詰めていないとだから彼の相手はシズにお願いするつもりよ。悪いことをしたならきちんと謝って仲良くしなさい」
「…………はい。ごめんなさい」
「よくできました。シズが色々したくなっちゃうのはわかるけどほどほどにしないとダメよ?」
「!?」
傍らで聞いていた男はユリの言葉に衝撃を受けた。ユリはほどほどのエッチなら構わないと言っている!
思えば、次女は発情狼。三女は淫乱スライム。もう一人の三女であるナーベラルは知識が少なくそれほどでもなかったが知らないだけなのだろうか。末妹のシズは搾精人形で、彼女らを束ねる長女のユリも相応の存在なのかも知れない。未だ一度も会ったことがないプレアデスの最後の一人、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータはアラクノイドと呼ばれる人の形をした蜘蛛であるらしいからそのようなことはないと思われるが以上を振り返ると全く自信がもてない。人肉が大好物であるらしいのでそちら方面への欲求はないと思えるのだけどソリュシャンの例がある。
実のところ、エントマとはプレアデスの誰よりも固い絆で結ばれエ・ランテルのお屋敷を恐怖のどん底に落とすことになるのだが、それはアインズすら見通せない未来の話である。
勿論のこと、男がユリに対して思うのは誤解である。ユリもまた誤解していた。
ユリは、シズは可愛いものが大好きだと知っている。そしてこの男は、ユリであってもじっくりと鑑賞したくなってしまう美貌の男。シズがちょっぴりやんちゃして撫で撫ですりすりしたくなるのは頷ける話。
「無理のない範囲でシズに付き合ってあげてください」
「……はい。……かしこまりました」
「私にかしこまる必要はありません。プレアデスと言えどメイドであることに変わりありませんから」
「……はい。……わかりました。ユリさんとお呼びしてよろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
ユリは艶やかに笑ってその場を離れた。シズは見る者が見ればわかるドヤ顔で胸を張った。
「私が案内する」
「……お願いします」
「どこへ行きたい? また休憩する?」
誰がするかと言いたいのをぐっと堪えた。今は避けられても就寝時にはまたシズに絞られると思うと肩が落ちる。絞り出すように言った。
「最古図書館へお願いします」
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「………………お…………おお……おおお…………おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ナザリックが誇る知の集積場、最古図書館「アッシュールバニパル」は第十階層にある。一歩足を踏み入れるなり、男はわけのわからない声を上げて跪いた。感極まって精神と肉体が制御できなくなったのだ。
どこまで続くのかと思うほどに広い回廊は、壁の全面が書架になっており無数の本に埋め尽くされている。天井は高く、仰ぎ見ればアーチ状の天井には見事なフレスコ画と細工の数々。そんなものよりも二階層部分だ。ざっと目算で高さ三メートルはある書架の上にはバルコニーが突き出しており、そこもまた一階層部と同じ高さの書架が果てしなく並んでいる。
しばし放心していた男はおもむろに立ち上がって書架に近付き、一冊抜き出した。文字が書いてある。シャルティア様に習い、九割九分は自主学習で修得した日本語で書かれている。ぱらぱらとめくってみる。ここではないどこか遠い国の服飾について書かれている。隣の本を抜き出す。内容はさっきの本の前編であるらしい。
無数の書物は飾りではなかった。数えるのもバカバカしい程の書物は飾りではなかった。どれもが自分の知らない知識を静かに抱えている。
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男は勿論、ナザリックのシモベ達も知らないことであるが、最古図書館の完成には曲折があった。
男の心を震わせたように、最古図書館は非常に広い。収容可能な書籍数は無限といって良いほど。
しかしながら、ナザリックがかつて存在していたユグドラシルでは非常に本が少なかった。本の形をしたアイテム、或いは魔法やスキルについて記された魔道書や武芸書などいわゆるスキルブックの類を全て網羅しても確実に五千を切る。たった五千冊で図書館を名乗るなど烏滸がましいにも程がある。個人レベルの書斎なら大した量だがここは図書館だ。全く持って話にならない。
ならばと言うことでユグドラシルでの映像記録などを書籍の形にして保存することにしたが、それでも到底万にも届かない。仮に届いたとしても、蔵書数が一万冊で図書館を名乗るなんて恥ずかしいと言うより勘違いしている。それは、図書室のレベルだ。
ここにいたり、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のギルドメンバー達のやる気に火がついた。ガチ勢のギルメン達だが、そんな時こそ盛り上がる遊び心を持っている。各々が自分が持ってる本を提供した。今はアインズと名乗るモモンガも仕事を覚えるのに必要だったビジネス本などを提供したものだ。
ペロロンチーノも頑張った結果、メイド達を惑わせることになったのは措いておく。ペロロンチーノが提供した書籍群はユグドラシルでのR18規制に引っかかるものばかりだったのだが、そこは暗号化することで規制をすり抜けていた。書籍のページを開いても文字化けした意味不明のものばかり。そんなものを一々解読するほどユグドラシルの運営は暇ではなかったのだ。まかり間違えばBANの危険があったというのに、シャルティアの創造主であるペロロンチーノがどれほど勇気に溢れた人物であるか知れると言うものである。
41人のギルメンが頑張った結果、そこそこの数が集まってきた。多量の資料を持っている漫画家や現役教授がいたので、集まった本はなんと5万に届いた。
5万冊あれば立派な図書館である。しかし、最古図書館をいっぱいにするにはあと三桁くらい足りない。人力でどうにかするには不可能と悟り、ヘロヘロを筆頭にプログラミングの技術がある者が何とかしてしまった。WEB上から無料公開されている書籍データを自動でダウンロードして最古図書館へ追加するプログラムを組んだのだ。
1000万冊に届いたときは花火を上げ、ギルメン達は自らの勝利を祝った。アインズの心を仄かに照らす思い出だ。
ギルメン達がユグドラシルから離れた後もプログラムは動き続け、総数が幾つになったのかはアインズも知らない。全てを知っているのは最古図書館の司書長だけである。
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「閲覧禁止の本もある。立ち入り禁止の場所にあるから、見える範囲の本は全部読んでいい」
シズはここへ案内しただけだ。最古図書館の利用はアインズ様から許可されている。だと言うのに、男はシズから散々弄ばれたことも忘れ、心の底からの感謝をシズに捧げた。シズちゃんはとっても可愛いしエッチは淡泊だったけどなんだかんだでいっぱい出ちゃってつまるところシズちゃん最高!
「貸し出しには図書カードが必要。詳しいことは司書長から聞いて欲しい。案内する」
「はい、お願いします」
引き合わされた司書長は小柄なお骨であった。人の骨とは違い、頭蓋から二本の角が伸び、緋色のローブから覗き見える手指は四本だ。
「よろしくお願いします」
そんなことで臆する男ではなかった。にこやかに挨拶をして、握手のために手を差し伸べる。これには司書長も困惑した。最古図書館には帝国から来た人間が利用することもよくある。魔法に狂って何も見えなくなった老人を除いて誰もが自分へ恐れを抱いた。人間からこうも友好的な態度を示されるのは初めてだ。
司書長ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスは気を取り直して男の手を握った。図書館の地理や利用方法などを説明して男の名前を登録した図書カードを作成する。物凄く広い図書館なのでどこにどの本があるかは案内板や目録カードを参照。数名いる司書へ問い合わせても良い。
一通りの説明を受け、男は晴れて最古図書館を利用することが出来るようになった。しかしがっつくのはまだ早い。欲望に身を任せるのはすべきことを終えてからだ。
「ティトゥス様にお願いがあります。口述筆記が可能な方を紹介していただけないでしょうか?」
「司書であれば誰でも可能です。もちろん私でも。何故ですか?」
「デミウルゴス様へ提出するレポートの清書をお願いしたいのです」
過日、デミウルゴス様に課されたレポートは完成し、三部のうち二部まではアルベド様に添削されて完成度は完璧である。しかしながら字が下手だった。日本語を書くのに慣れていないし、頭の中で瀑布の如く湧き出る文字を一字一字手で書いていくのは非常にじれったく、のたうつミミズの様なとまでは行かなくも速記のような崩し文字になった。アルベド様にも下手ねえと笑われるほど。
頑張って丁寧に書いてもたかが知れている。日本語の読み書きが完璧になった今でも、アインズ様へ提出する書類はソリュシャンが清書しているのだ。
そんな字で書かれたレポートをデミウルゴス様へ提出するのは大変に心苦しい。であるならば、本職の方へお願いした方がいいに決まっている。
「レポートの作成に参考にした書物はありますか?」
「はい。デミウルゴス様から貸与されたもので、タイトルは……」
高度な専門知識を要する書籍で、内容を把握しているのは司書長であるティトゥスだけだった。口述筆記するだけなら他の司書でも可能だが、内容を把握していなければスムーズな筆記は難しい。
「デミウルゴス様からの課題となれば無下には出来ません。私が行いましょう」
「よろしいのですか?」
「構いません。他行中は他の司書へ任せますから」
「ありがとうございます。と言うわけで、シズさん。しばらくの間、ティトゥス様に付き合って頂きます。おそらくシズさんには退屈と思われますので」
「……わかった。終わったら一緒に本を選ぶ」
シズはふらふらと何処かへ歩き去り、男はティトゥスに案内されて静かな閲覧室へ連れて行かれた。
「ではお願いします」
男の口から淀みなくエ・ランテルを発展させるための都市計画が流れ始めた。
ここ十日で寿命が十年縮まり五年回復するようなことがあり、ちょっと他のを書いてたところ何を書こうとしてたか綺麗に忘れたので書きやすいところに戻ってきました
今週中にはカルネ村にいけるといいなあと思います