二時間は休みなく喋り続けた。途中で話し疲れても、仄かな甘味と爽やかな酸味がとても美味しいナザリック製清涼飲料で喉を潤せば体力回復、舌の回転速度も上がっていく。ちなみにシズが持ってきてくれた。やっぱりシズちゃんは最高である。
「以上になります」
参考にしたテキストはティトゥスも読んでいたので最初から最後まで滞りなく口述筆記を終えることが出来た。頭の中にレポートの文章を全て仕舞っていた男もさることながら、段々と早口になっていく男の口述について行き完璧に筆記を完了したティトゥスもまた最古図書館の司書長に相応しい。誤字は一字もなく、文字は篆刻を押したかのように美しい。
長々と語っていたので流石に疲れたのか、男は大きく口を開けては閉じ、百面相をして顔面の体操をしている。ティトゥスは男の奇行に目を向けず、たった今筆記したレポートに目を落としていた。
三部あるレポートは一つのレポートを三章に分けたのではなく、三つのアイデアをそれぞれ独立させたもの。外部性を考慮しない荒削りで、細かな粗は幾つもあるが、政策立案ではなくテキストの理解度を計るのが目的なのだから十分と言えよう。ティトゥス以外の他の司書達の査読にも耐えうる出来。これならばデミウルゴス様に提出しても男が恥を掻くことはないと思われた。
しかし、と言っていいものかどうか。
一案は現地の技術だけを活用した都市計画案。
二案はナザリックからの技術をローカライズして提供。当然のことながら、こちらの方が一案よりも遙かに発展していく。
三案が問題作だった。一・二案より遙かに荒い。これはアルベドの添削を受けていないので当然だが、そのような次元ではなかった。ここまで大胆なアイデアは極悪集団ナザリックからも出てこない。
ティトゥスは男の正気を問うた。
「三番目のレポートについて伺います。これをデミウルゴス様に提出するのですね?」
「はい。課題の趣旨とは少し外れるかも知れませんが、この程度の遊び心ならデミウルゴス様は笑って受け入れてくださるものと思っております」
「仮にこの計画がアインズ様へ上申され実施されることになったらどうしますか?」
「光栄です。私のアイデアがどのような形を作っていくのかとても楽しみです」
「序章の部分です。あなたの親しい人が巻き込まれたらどうしますか?」
ティトゥスの問いかけに、男はぱちぱちと瞬いた。とても不思議で思いがけないことを言われた顔。
「実行するのは発案者である私ではなく、適切な人員が当てられると存じます。私がどう思おうと実行者は適切な行動をとるでしょう。始まった計画を私の気分で左右することなどあってはいけません」
「……、そうですね。愚かなことを聞いてしまいました。謝罪しましょう」
「いえ、謝罪などとんでもないことです。愚者はどこまでいっても愚者ですが、賢者は愚者にもなれると知っています。ティトゥス様でなければ出来ない問いかけでしょう」
「そ、そうですか」
繕うことを知らない素直な男である。デミウルゴスを感心させ、ソリュシャンに理解を諦めさせるほど優れた頭脳を持つ。そのため、匙加減をちょっと間違えるとソリュシャンを感心させるほどの毒舌が流れるように出てきてしまう。幸いにもティトゥスは賢者だった。
「いずれにせよ私に親しい人間は一人もおりません。ご心配には及びません。お気遣い、ありがとうございます。………………あのね、シズさん。いますごい真面目な話をしてるんですよ?」
「終わった?」
膝上のシズに声を掛けた。
時々様子見に来てフレッシュジュースの差し入れをしてくれていたシズは、ティトゥスが無言でレポートに目を落として男が百面相しているのを見て、口述筆記は終わったのだと判断。男の膝によじ登り、男のくせに傷も染みもない繊細な手を弄び始めた。
「終わりました。誤字はないと思われますが、念のために一読してもらった方がいいでしょう」
ティトゥスがレポートの束を整え男へ差し出す。男は一礼して手を伸ばし、ピタリと止まった。如何にも不審な様子にシズとティトゥスは揃って首を傾げた。
「今は最古図書館におります。いえ、決して遊んでいたわけではありません。むしろ自由な時間は一時たりともありませんでした。これからようやっと本を選ぼうと……」
なにやらおかしな独り言を言い始めた。シズとティトゥスが傾げる首の角度が深くなる。男は明後日の方向を見ながら机の上に手を伸ばし、ティトゥスが筆記に使っていた羽ペンを掴んだ。ティトゥスが気を利かせて未使用の紙を渡すとペンを走らせた。
(ナーベラルさまからメッセージのま法がありました)
下手な字である。ティトゥスは男が代筆を頼んだ理由に心の底から納得した。
「今から!? 無茶を仰らないでください。私は最古図書館に来たばかりでまだ一冊も読んでないんですよ! ですから遊んでいたわけでは。アインズ様の出征式に参加することを許されたのです。はい、アインズ様のお言葉は一字一句覚えておりますから」
(早くエランテルにもどってこいとおおせです)
メッセージの魔法でナーベラルと会話しながら文字を書いている。器用な男である。
シズは男の手からペンを奪い取り、紙に一文を書いた。
(メッセージの魔法は喋らなくても相手に伝わる)
男は頬を赤らめた。変な見栄を張らず、素直に感情を表すところがエ・ランテルのメイド見習い達に評判がよいと知らないでいる。
「………………、いえそんなつもりは。けっして誤魔化そうなどと思っているわけではありません」
(早口すぎて何言ってるかわからないとおこられました)
思考の速度がそのまま相手へ伝わるメッセージの魔法は、相手にも同等の思考速度が要求される。ナーベラルが遅いのではない。こちらが早すぎるのだ。
「………………、そ、れ、は。急ぎではないのではないでしょうか?」
(私の仕事がたまってるそうです)
(それはいけませんね)
(いえですが急ぎの仕事はないはずです。アインズさまへのごほうこくも今はえんせいに赴かれておりますし)
「うっ………………。それを仰られると……、はい、申し訳ありません。パンドラズ・アクター様へお礼申し上げます。……直接言えと? はい、そのつもりですが……」
(急にいなくなった私の不在を不しんに思われないようパンドラズアクターさまがお姿を変えてくださってるそうです)
生来の病弱でエ・ランテルに療養に来たところを魔道国から秘薬を与えられて回復したと言う微妙に真実が混じっている設定になっている。数日なら寝込んでいてもいいだろうが、全く姿を見せないのは不審極まる。グレーター・ドッペルゲンガーのパンドラズ・アクターが男に化けてメイドたちの不審を拭っている様子。
「カルネ村を訪れないわけには行きません。これから何度も訪問することになるのですからこの機に顔見せを……」
(まっすぐよりみちせず帰ってこいと言ってます。子供あつかいですよ)
シズは気分良さそうに鼻を鳴らした。エントマと末妹争いをしているシズはいつも子供扱いされる。子供扱いされる男を見て、同士を得た気持ちになった。
「それにカルネ村には会ってみたい女性が…………~~~~~~っ!! あたまに、響くので……。は? エンリ? 大将軍の? 男性ではなかったのですか? いえ、大将軍と伺っていたのでてっきり男性なのかと」
(エンリ大将軍って女せいだったのですか?)
(アインズ様が初めて会ったこの地の人間。ゴブリンを従えてるのでルプーがふざけて将軍と言っている)
(ルプーにからかわれてたんですね私は)
「いやだって一冊も……。アルベド様はあと三日は滞在して良いと……、ええ…………。そんな……だって……、それはそうですけど初めて来たんですよ!?」
(早くもどれの一点張りです。ソリュシャンがうるさいらしいです。どうすればいいでしょう?)
(諦めては?)
(ティトゥスさまひどい)
(私がいるから帰れないと言えばいい)
「シズさんがいるので帰れません。~~~~~~~~~っ!!! ……………………はい。そう言えと言われただけです」
(めちゃくちゃどなられました)
(お前馬鹿すぎ)
「なんだと!? ……申し訳ありません! けっしてナーベラル様へ申したわけでは。……はい、申し訳ありません……。いえ、ユリさんは適度に相手をせよと仰っておりましたので。はい、そうです。ユリ様のお言葉なんです、はい」
(シズさんに言ったつもりなのになーべらるさまへ伝わってしまったらしいです)
(私は仕事へ戻ります。こちらは封をしてデミウルゴス様配下の方へ届けておけばよろしいですか?)
(はい、お願いします)
ティトゥスはレポートの束を丸めて筒にいれ、蓋に封蝋を垂らして封印した。封蝋には司書長の印璽を押す。これで封筒を開けるのはアインズ様を除けばデミウルゴス様のみとなる。
本来なら最古図書館の次に第七階層を訪れてデミウルゴス様配下の悪魔へ渡す予定だったのだが、そんな時間はなくなりそうだ。
(ちょっとシズさんなにしてるんですか)
ティトゥスが閲覧室から離れるなり、膝上に座っていたシズは立ち上がった。男の胸に背を預けて座っていたのを互いに向き合うように座り直す。
「すぐ帰らないといけないなら今の内にしておく」
シャツのボタンを外して胸をはだけさせる。男の耳へ唇を寄せ、小さく囁いた。赤い舌が耳朶を舐め、首筋へと這っていく。
(まったまじで、かえる前に時かん作りますから今はほんとうにまって)
「わかりました。明日です。明日、ナザリックを発ちます。カルネ村の滞在はたとえ一日でも今後のために必要です。エ・ランテルに戻るのは明後日になるかと。三日を一日に短縮するのですよ? ナーベラル様はいらっしゃいませんでしたが、そこのお二方はご存知のはずです。アインズ様から許可を頂いたのですから。…………はい、そのように」
「うわぁ」
シズを巻き込んで机に倒れ込んだ。
長い長いメッセージの魔法がやっと終わった。そしてナザリックの滞在も終わってしまう。ちょっぴり涙が出そうになった。
「シズさん、降りてください。ナーベラル様と話がつきました。明日の昼過ぎにナザリックを離れます。それまでに時間をとりますから今は本を読ませてください」
「……わかった。約束。…………、ナザリックにはまた来る?」
「勿論来ます。何度でも。借りた本を返さなくてはいけませんし」
「ん」
シズは男の膝から飛び降りた。
最古図書館に来たときと同じように、満足そうなシズの後ろをとぼとぼとついていく。
ソリュシャンとルプスレギナとナーベラルの三姉妹に責められてナザリックの滞在が終わってしまった。これから三日間は寝食を忘れて読書に耽る予定だったのに。ナザリックの方々はいつもこうである。しかし、今回の訪問は急だったので色々なところに無理が生じてしまった様子。次回以降は正規の訪問許可を得て滞在すればよい。
本の貸出期間は二週間で一回の延長が可能。月に二度、少なくとも一度は訪問出来るはずである。今回は過ぎたこととして色々諦め、次回以降の訪問に胸をときめかせた。
シズの先導で図書館の地理を示す案内板の前に立ち、意外な人物に会った。
「珍シイ処デ会ウナ」
「コキュートス様」
メタリックブルーのヴァーミンロード。身長が250センチもあるので梯子を使わなくても書架の最上段に手が届く。代わりに最下段へ手を伸ばすのは割と大変。
ここでコキュートスに遭遇したことが男の運命をちょっぴり曲げることになる。結果として苦しむ人がでるやも知れぬが今は誰にもわからない。
▼
「話がついたわ。明日、ナザリックを出発するそうよ」
「はーーー。まったくなにやってたんすかねー。あのおにーさんは」
「全くよ」
エ・ランテルの大きなお屋敷の書斎ではプレアデスの三姉妹が揃っていた。主不在の書斎であるが、屋敷で二番目に強固な防諜処置が施されている部屋であるため、内々の話をする時に使われることが多かった。なお、一番の部屋はアルベド様のお食事部屋である。
「エ・ランテルに戻るのは明後日だそうよ。一人で帰らせるわけにはいかないから私が迎えに行ってくるわ」
ナザリックとエ・ランテルの間には相当の距離があり、徒歩では途中で野宿を挟む必要が出てくる。カルネ村が隣接するトブの大森林はアウラがしめたのでおバカな野良モンスターは少ないはずだが絶対安全とまでは言えない。無力な男を一人歩かせるわけにいかず、ナーベラルの提案は尤もであった。
「駄目に決まってるでしょう」
「そうっすよ。何言ってるんすか?」
「どうしてよ!」
しかし姉妹二人から即座に却下された。
「貴女は漆黒のナーベなのよ? 貴女が動くとモモン様も同行しなければならなくなるわ」
「ナーちゃんの我が儘にパンドラ様を付き合わせるつもりっすか? ナーちゃんはいつからそんな偉くなったんすかねー?」
「くっ……」
正論である。ナーベラルは悔しそうに顔を歪めた。
「だから私がお兄様のお迎えに行ってくるわ!」
ソリュシャンが顔を輝かせて宣言した。愛しのお兄様をお迎えするのは自分以外にあってはならない。お兄様成分が欠如しつつあるソリュシャンは一刻も早く補給しなければならないのだ。
「残念でしたー。ソーちゃんも駄目っすね。お屋敷のお嬢様に一人旅なんてさせるわけにいかないっすからねー」
「自分の立場を弁えなさい。ソリュシャンが屋敷を留守にしたら主人が不在になるわ」
「くっ……」
ソリュシャンも正論でもって却下された。
「ってわけで私が行ってくるっすよ! 私はカルネ村をよく知ってるし? 道もよく知ってるし? 私以上の適任はいないから仕方ないっすね! 二人は大人しく留守番してるっすよ。私がちゃーんと連れてくるっすから」
正論である。
三者の中でルプスレギナ以上の適任はいない。しかしながら姉の提案を素直に通すほど寛容な妹たちではなかった。
「…………駄目よ」
「…………抜け駆けなんて許さない」
「二人とも何言ってるんすか。私が行かないで誰が行くって――」
「駄目なものは駄目と言ってるのよ!」
「そうよ。ソリュシャンの言う通りよ。ルプスレギナに任せたら絶対に真っ直ぐ帰ってこないわ」
「むむ……、真っ直ぐ帰ってこないのは二人の方じゃないっすか!」
睨み合う三姉妹。
ソリュシャンとナーベラルは姉の横暴を阻止出来るのか。
ルプスレギナは妹二人の無茶を正すことが出来るのか。
実にくだらない姉妹喧嘩が勃発してしまった。麗しい姉妹愛を持つ三者なのだが、男が絡むと話は別になるらしい。
男の帰路に暗雲が立ちこめていた。