※この作品はR-18です。

アルベドのお食事   作:dolph

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立ち塞ぐのは

 立ちこめた暗雲は夜になって雨を降らせた。大気中の塵が洗い流され翌日は素晴らしい晴天になった。空は天が抜けたと思うほどに青く雲が目映い。

 ナザリック地下大墳墓表層部の霊廟を仰ぎ見る。荘厳な巨大建築物は慈雨に清められ雲よりも白く輝き、さながら支配者の玉体の如く。

 周囲はどこまでも草原が広がっている。緑の原を通る風が爽やかな涼風となって吹き抜ける。ここでピクニックしたらさぞや楽しいことだろう。事実、かつてナザリックを訪れた帝国の皇帝をこの場でもてなしたことがあった。

 振り返ると大きなログハウスの隣に、これまた大きな馬車が停まっている。四頭だての立派な馬車で、御者台にはメイド服の麗人。

 

「今日明日の二日間、よろしくお願いします」

「はい、任されました」

 

 御者台のユリは晴れやかに笑った。

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルにいる三姉妹が争っていた男の迎えは朝方になって決着がついた。ソリュシャンとナーベラルは諸事情により不可。ルプスレギナがやっとのことで勝利を収めた。

 ご機嫌になって早速お屋敷を飛び出ようとするルプスレギナを悔しそうに見ていたナーベラルは、寄り道せず真っ直ぐ帰るように釘を刺すべく男へメッセージの魔法で連絡をとったところ、ナザリックからエ・ランテルまではユリが送ってくれることになったので心配無用と答えがあった。ルプスレギナは遅すぎたのだ。

 男の安全を一番気にかけているのは誰あろうアルベド様である。着の身着のまま歩いて帰らせるわけがなかった。護衛としてユリを付け、馬車を用立てたのだ。ちなみに、王国基準では物凄く立派で王侯貴族専用と思われるほどの馬車だが、ナザリック基準ではまあこれくらいなら恥ずかしくないかなレベルである。馬もユリが操れるようアンデッドである。目元以外は馬具で隠れているのでぱっと見にわからない。

 

 

 

 

 

 

 ログハウスの前で手を振るシズへ手を振り返し、馬車の旅が始まった。

 男は馬車の中に入ることなく、御者台のユリの隣に座っている。立派な馬車で一人きりなのは心苦しいとか思うほど繊細な心は持ってない。美しいユリの隣に座っていたいとの下心もない。ナザリックでは色々あってお腹いっぱいである。

 それでも御者台に座りたがるのは馬車の旅が初めてだからだ。

 自分の足で歩くことなく移動できる面白さ。頬を撫でる風が心地よく、鳥の囀りも耳に楽しい。身を乗り出して後ろを振り返れば、あれほど大きかった霊廟が手の平に乗るほど小さくなっている。

 

「危ないですから立ち上がらないでください。本当なら中で座っていて欲しいのですが」

「ご配慮、痛み入ります」

「そう仰るなら何度も同じことを言わせないでください。今度同じことをしたら縛って中に放り込みますよ?」

「立ち上がらなければいいのですね」

「そうじゃなくて……、ああもう!」

 

 背もたれを掴んでアクロバティックに身を捩る男の襟を引っ張って座らせる。馬車が動き始めてからずっとこれである。馬車の旅がよほど楽しいのはよくわかるが、もしも落っこちて怪我でもされたらアルベド様からお叱りを受けるのは自分である。出来るなら本当に縛り付けておきたい。しかし、目をキラキラさせている男の顔を見ると苦笑を止められない。まるきり子供である。

 

「後ろよりも前をご覧ください。カルネ村が見えてきました」

「…………あれは村の規模ではありませんね」

 

 馬車が行く先には、視界の端から端までを長い城壁が覆っていた。

 

 カルネ村は数奇な運命を辿っていた。

 何事もなければ今日も昨日も明日も、百年前と同じ時間が流れていた辺境の農村だったはずである。しかし、政争に巻き込まれ虐殺の憂き目に遭い、この地に転移してきたばかりのアインズに救われ、色々あって村娘のエンリがゴブリン軍団を手に入れ、戦争に巻き込まれ、さらに色々あってエンリがゴブリン大軍団を手に入れ、大軍団の尽力とナザリックの支援により劇的な発展を遂げていた。

 魔導国の拠点がエ・ランテルなら、ナザリックが現地で初めて手に入れた橋頭堡がカルネ村である。このカルネ村の守護をルプスレギナはサボってしまってアインズ様からお叱りを受けたのである。

 

「聞いていた通りゴブリンの村なのですね」

 

 ナザリックの馬車の行く手を閉ざす城門は存在しない。

 中に入れば好奇の視線があちらこちらから飛んできた。人間もいるが、エンリがマジックアイテムを使って総数5000以上ものゴブリンを召喚してしまったため、ほとんどがゴブリンである。

 村なのに馬車がそのまま通れるほど整地された大通りを進み、馬車が止まった屋敷の前には一人の少女と少女未満の幼女が一人と、矮躯だが屈強な体つきのゴブリン数人が待ち構えていた。

 好奇と警戒と畏怖の視線を物ともせず、ユリが止める暇もなく男は颯爽と御者台から飛び降りた。

 

「今日と明日の二日間をカルネ村に滞在します。カルネ村を束ねる方に引き合わせて頂けますか?」

「ひゃいっ!?」

 

 幼女とゴブリンたちは一瞬で悟った。辛く厳しく悲しい事であるが、薬屋の少年の恋が散ったであろう事を。

 

 

 

 

 

 

 ナザリックから馬車が来たとの報告を見張りから受けたエンリは、慌てて身繕いを整えてから妹のネムと護衛のゴブリンたちと一緒に賓客を出迎えた。

 お一人は何度かお会いしたことがあるユリ・アルファ様。先日までカルネ村に滞在していたルプスレギナ・ベータ様のお姉様であるらしい。雰囲気からとても優しいお方であると伝わってくる。当然の事ながら、世界にはこんなにも綺麗な方がいらっしゃるのかと思うほどお綺麗な女性である。

 もうお一方は初めてお会いする。男の人である。驚くべき事にユリ様が隣にいても全く見劣りしない。絶対にどこかの貴族様か王子様に違いない。それどころか伝説や神話の男神様が衆生をお救いになるために顕現為されたと言われたらははーっと跪いてしまうだろう。だと言うのに。

 

「商家の一族の末子です。本家が支援していた縁があってモモン様と誼を結び、現在はエ・ランテルで魔導国と市民の仲介役のようなことをしております。恥ずかしながら政治には疎く、時折つまらない事を上申する程度しかしておりません」

 

 エモット邸の客室にて、頑丈なだけのテーブルを挟んで対面している方は声すら音楽的で美しかった。

 ナザリックのシモベ達ですらほうと唸る美貌は、恵まれた生活と美神の寵愛によってますます磨かれ、いよいよ魔性を帯びつつあった。純朴で年若な田舎娘には刺激的どころか毒でしかない。

 

「そそそそっ……そうなんですか」

 

 思い切り舌を噛み、涙目になって答えた。彼の御人はくすりと笑った。エンリは真っ赤になって俯いた。視界の端では一応の建前の護衛として付き添ってくれているゴブリンのジュゲムがあっちゃーと言わんばかりに額を押さえている。

 だが仕方ない。エンリはゴブリン大軍団を率いる軍団長の大将軍でありゴブリン一族をまとめる族長でもあり、且つかつてとは比較にならないほど強大になってしまったカルネ村の村長に担ぎ上げられてしまったが、中身は純朴な村娘である。指揮能力や胆力は中々と思われることがあっても、貴人と会合を持った経験は皆無である。ガッチガッチに緊張しきっていた。尚、アインズ様達は貴人と呼ぶより救世主の神様のすごい方なので緊張の仕方が違う。

 

「エンリさんならご存知でしょうが、魔導国の最重要拠点はカルネ村近郊にあります。私はエ・ランテルと彼の地を行き来する必要があるため、今日のように時折カルネ村に滞在することになります」

「そっ……うなんですね。好きなだけ滞在しちゃってください!」

「ありがとうございます。ご厚意に甘えさせていただきます」

 

 エンリは赤い顔のまま、何度も何度も首を縦に振った。こんな無様を晒すくらいならジュゲムが代わってくれればいいのにと思うのだが、カルネ村の村長である自分が出ないわけにはいかなかった。

 もしも二人きりだったら絶対に会話にならない。馬鹿のように見とれて何も言えないに決まっている。お目付役としてジュゲムと、あちらの付き添いとしてユリがいるから何とか自意識を保っていられる。と同時に気が気ではなかった。

 

「お兄ちゃん結婚してるの?」

「ネムッ!!」

「してないよ」

 

 彼は下を向いて答えた。あろうことか、膝上に妹のネムを乗せているのだ。

 家の前で挨拶と簡単な自己紹介を交わした後、彼はにっこりと笑ってネムを手招きした。夢遊病者のようにふらふらと近づくネムを、彼はあろうことかさっと抱き上げたのだ。それどころか、目を白黒させているネムへ「抱っこと肩車はどっちがいいかな?」と尋ね、ネムはあろうことか元気な声で「抱っこ!」と答え、以降ずっとくっついている。椅子に掛けるときもネムを膝上に乗せた。エンリは妹が失礼をしないかと怖くて仕方がない。

 

「それじゃお姉ちゃんは? 村では一番美人で結構人気があるよ?」

「ネムーーーーーッ!?」

「私は自分で結婚相手を選べるほど偉くないからね。でもエンリさんはとても素敵な人だと思うよ」

「あうぅ………………」

 

 エンリは穴を掘って埋まりたかった。素敵な人とか言うのはどうせ社交辞令に決まっているとわかっているのに嬉しいやら恥ずかしいやらでわけがわからない。

 

「まあ結婚と言っても、所詮は夫が妻を家庭に縛り付けて拘束したいだけで国家からすれば個人単位より家庭単位で管理した方が楽って意味しかないけどね。そこのところ女性はどう思うんだろう?」

 

 幸いなことにソリュシャンはこの場にいない。ユリがわざわざ伝えることもない世間話。もしもソリュシャンが男の結婚観を聞いた場合、怒りのソリュシャンズームパンチが男の土手っ腹に風穴を空けることだろう。

 

「それはそのあのそのええと……」

 

 エンリは視線を彷徨わせた。ユリを見た。苦笑している。ネムを見た。輝かんばかりの笑顔。男の顔は見れない。見たらのぼせて何も言えなくなる。ジュゲムを見た。厳めしい顔をして重々しく頷いた。さすがのゴブリン隊長は頼りになる。

 

「あっしから旦那さんにお一つ聞いてもいいでしょうか?」

「エ・ランテルでは若旦那と呼ばれてるよ。旦那にはまだちょっと届かないかな」

「それでは兄さんと呼んでも構いやせんか?」

「構わないよ」

「それでは……」

 

 エンリの後ろに控えていたジュゲムは一歩前に出た。

 ジュゲムはゴブリンだ。人間の子供並の身長しかないが横幅は成人男性ほどもある逞しい体つき。潰れた鼻に尖った耳。下顎から生える二本の牙が口の外に突き出ている。一番の違いは木々の緑で染め抜いたような緑色の肌。

 

「あっしらはゴブリンです。それなのに兄さんは全然気にした様子がない。ゴブリンが怖くないんで?」

 

 エンリ達の表情が動くが、ジュゲムは男だけを注視していた。

 こんな美貌の男が只の人間とは思えない。強さは全く感じないが、何かしらの方法で隠しているのかも知れない。ナザリックの方々のように自分たちを虫けら程度にしか思えないほどの力があるのなら恐れる必要は全くないだろう。そしてそうであるなら我らが総大将であるエンリの姐さんに近付けるわけにいかない。

 内心では決意を秘めたジュゲムを余所に、男は懐かしさに思わず微笑んだ。

 

「前も同じ事を聞かれたな……。恐怖は死の気配に触れると自然に湧き出る感情です。平和なカルネ村で誰に会おうとそんなものを感じる訳がありません。それにジュゲムさんはエンリさんの護衛なんでしょう? 何かあったらついでに私のことも守ってくれるんじゃないかくらいに思ってます」

「……そうですか。失礼なことを聞きやした。失礼ついでに同じ事を聞いたのはどちらさんです?」

「アインズ様ですよ」

 

 その場にはユリも同席していた。

 エンリとネムにとっては救世主であるアインズだが、ジュゲムは言葉の裏を嗅ぎ取った。この男はアインズに同じ事を聞かれた。つまり、アインズを恐ろしくないと思っていると言う事。

 驚愕しているジュゲムを、男は笑った。ジュゲムを嘲笑っているのではない。嘲笑の対象は他にある。男と暮らして長いソリュシャンも見たことがない暗い笑みだった。

 

「ジュゲムさんの質問にはある前提ある期待があります。ゴブリンを恐れないのか、裏を返せば人間は人間を襲わないと言う同意がある。でもね、俺は口が裂けてもそんなことは言えない」

 

 エンリとネムは人間の手で両親を失った。辛い言葉を引きだしてしまったジュゲムは息を呑む。場の空気を沈鬱な物に変えてしまった男は空気を読む能力に欠けている。コホンとユリが咳払いした。

 

「私は屋敷の片付けに行って参ります。ずっと傍に付いているわけにはいきません。カルネ村に危険はありませんが、くれぐれも、いいですか? どうかくれぐれも自重なさってください。あなたに万一の事がありますと私の首が飛びかねません」

 

 この男が思った以上の重要人物であることにエンリとジュゲムは驚愕し、まだお子様なネムはよく分かってない様子。注意された男はぷぷっと吹き出した。

 

「ははは、それはユリさんにしか出来ないユリさん一流のジョークですね」

「違います! 本当に違いますからね!」

 

 ユリの種族はアンデッドのデュラハン。別名を首なし騎士。ユリの首は取り外し可能なのだ。それを踏まえて冗談と判断したのに、何故か怒られた。

 危ないところに近付かないように。井戸を覗き込んで落ちないように。落ちてる物を食べないように。勝手に村の外へ出ないように。等々。お子様のネムですら最近は滅多にされなくなった子供向けの注意事項をこれでもかと並べ立て、ユリはプンプンしながら出て行った。

 シリアス気味だった空気はもはやどこにもない。

 

「カルネ村で行ってみたいところがあります。どなたかお手すきの方に案内願えますか?」

「それではあっしが」

 

 ジュゲムに村を案内してもらうことになった。

 

 

 

 

 

 

 ネムとお夕飯を一緒に食べる約束をしてエモット邸を出た。

 ついこの間まで都市の発展について学びレポートを書いていた男にとって、現在進行形で発展しつつあるカルネ村は非常に興味深かった。政治・工業・商業・住居などの区画分け以外にもどのような建物をどのように建てているかを一々ジュゲムに尋ねながら歩く。

 男の質問が一段落ついたところで、今度はジュゲムから質問した。

 

「本当のことを話してくれませんか?」

「本当のこと?」

「兄さんの出自についてです。帝国から来た裕福な商家の坊ちゃんからあんな言葉が出てくるわけありやせんから」

 

 人間は人間を襲わないわけがない、である。それだけでなく、人間とは美醜の感覚が微妙に違うゴブリンですら惹きつけて止まない美貌は、とてもではないが只の人間とも思えない。ユリの言葉からも非常に重要な人物であると察せる。悪い人間ではないと思いたいが、もしもナザリックから来た方であるなら色々と考えなければならない。

 

「エンリさんに話したのは表側の話。一応はそういうことにしています。これから話すことをエンリさんに伝えるかどうかはジュゲムさんにお任せします」

「さんってのも止めてくれやせんか? どうにもむず痒くって仕方ねえです」

「わかったよ。私は王都の出身だ。ちょうどネムちゃんくらいの年頃に煮えた油で顔を焼かれてね。それからついこの間までずっと監禁されてたんだ。そこを救ってくださったのが彼の偉大なお方と言うわけだ」

「嬢ちゃんの年から、この間まで。……ずっとですかい?」

「ずっと。十年はあったろうね」

「…………」

 

 軽く言ってくれたが軽いわけがない過去だった。間違ってもエンリやネムには伝えられない。エンリの心を惑わさないように出来るならさっさと出て行って欲しいと思っていたのに、こんなことを聞いてしまったら幾ら何でもかわいそうに思ってしまう。

 

「それよりまだ着かないのかな?」

「あっ……、ああ、もうすぐです」

「ふふふ、カルネ村にはあの人に会いたくて来たんですよ」

 

 二人が目指しているのはバレアレ家の工房。男が会いたかったのはリィジー・バレアレである。

 

 

 エ・ランテルのお屋敷に工房を設け、錬金術師の真似事をしている男としては、エ・ランテル最高の薬師であるリィジーは一度は会ってみたかった人物だ。尤も、あちらと違ってこちらには魔法の才能が全くない。アインズ様から太鼓判を押されるくらいない。

 それでもポーションの製作過程には魔法を用いないところも多く、何かしらの参考になるのではと思っていた。

 

 まずは正面から乗り込み仕事の見学をさせて欲しいと頼めば、気が散るから出て行きなと追い出された。

 次にジュゲムに肩車してもらって窓から覗き込めば、怒鳴り声と共にキツい刺激臭をさせる液体を掛けられた。

 いつもはもうちょっと穏やかなんですがと首を傾げるジュゲムと一緒に村の井戸まで一時退却し、服を着たまま頭から水を被っているところでおどおどした少年を発見。ジュゲムによるとリィジーの孫のンフィーレア・バレアレであるらしい。

 将を射んと欲すればまず馬を射よ。バカ正直におばあちゃんに取り次いで欲しいとは言わない。錬金術に興味があるのでンフィーレアの仕事風景を見せて欲しいと頼み込む。実際に、ンフィーレアは若いながらも天才錬金術師との異名を持つ。全く持って不足はない。

 

 ンフィーレアにとっても男との対話は得る物が多かった。

 残念ながら魔法は全く使えないようだが知識が抜群に豊富である。中でも魔力を用いない薬効成分の抽出法は大量生産のヒントがあり、苦々しく二人を睨んでいたリィジーも認めざるを得なかった。それらの手法をどこから見つけたのかと訊けば考え抜いた末に思い付いたと言う。ンフィーレア少年は感心しきりだ。

 そして物凄く器用だった。懐から取り出した短剣で細い髪の毛を二つに裂き、さらに二つに裂いたのを見せられた時は前髪に隠れた目を見開いた。男は繊細な指遣いが必要な生活を送っているのである。

 興味の対象を同じくする年が近い男同士の時間は互いに楽しく、日の傾きがきつくなった頃に明日も会うことを約束して別れた。

 

「どうして追い返したりしちゃったのさ。話してみれば凄い人じゃないか」

「ふん。あんなのが側にいたら気が散って仕方ないよ。まったく……あたしがあと十年若ければねえ……」

「十年………………。五十年の間違いじゃ」

「なんだって!?」

「な、なんでもないよ。……それにしても凄く綺麗な人だったなあ」

「ンフィーしっかりおし! ありゃ男だよ!」

「わかってるよ!」

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルとは違って、急速に発展しつつあっても農村の色が未だ濃いカルネ村は夜が早い。西の空が茜色に染まる時間はもう夕飯時である。それは村長が暮らすエモット邸でも変わらない。

 いつもならゴブリン達や幼馴染のンフィーレアと一緒に夕食をとる。今日はエンリとネムの二人で特別なお客様をお迎えする。

 ネムに発破を掛けられたエンリは、腕によりをかけてご馳走を作った。以前とは違ってゴブリン達が森で獲物を穫ってきてくれるし、ナザリックの支援もあって、食事事情は格段に良くなった。それでも高貴な方々がお召し上がりになるような上品な食事は作れない。カルネ村のエンリ的ご馳走である。

 ネムとの約束通りにいらしてしまったお客様へ戦々恐々とお出しした食事は意外なほど高評価だった。これまた社交辞令の演技かと思ったが残さず平らげたし、食材や調理方法まで詳しく聞かれた。

 もしかしたら食前酒の効果だったかも知れない。

 エンリは酒を嗜まないが、覇王()への貢ぎ物として色々な物が届けられる。お酒の類は村人やゴブリン達に全て任せてきたのだが、これは甘めで飲みやすいから試しにどうぞ、とジュゲムから押しつけられていた。結局エンリは一滴も飲まなかったわけだが、有効活用できたので問題なしである。

 貴族然としたとても綺麗で上品な方なのだが、その反面庶民や貧しい者達の暮らしに詳しい。同じ視線で語らうことが出来た。語ったことはもっぱら料理のことばかりだったけれど。

 それでも自分が会話を主導出来て、エンリはとても楽しい時間を過ごせた。

 

 明日、エ・ランテルへ向けて出発するらしい。

 朝食を一緒にするのは流石に慌ただしいので、昼食を一緒にする約束をネムが取り付けた。

 

 

 エモット邸を辞した男は、ユリからここで宿泊するよう言われた家に向かった。初めての村の暗い夜道だが地理は頭に入っているし、治安はエ・ランテル以上に良い。

 ユリはいなかった。エモット邸へ向かう前に一度寄った時、一旦ナザリックに戻り明日迎えに来ると言われていた。ナザリックとカルネ村は馬車で一時間の距離。ユリが駆ければその半分も掛からない。

 日中、ユリが片付けてくれたので寝室も浴室も直ぐに使えるよう整っている。農村なのに風呂があるのかと思われるが、以前はルプスレギナが住んでいた家だ。風呂は必須である。

 軽く湯を浴び、夜着ではなく日中のスーツ姿を少し崩した平服に着替えた。

 カルネ村ではもう夜だが、エ・ランテルではまだまだ早い時間である。しかし遊びに行く場所はない。カルネ村はまだそこまで手を着けていないのだ。

 遊びではなく仕事である。

 ナザリックでは色々と慌ただしかったため、カルネ村ではゆっくりと休めるかと思ったのだがそうも行かない様子。

 

 家を出た。

 夕日の残光はどこにもない。月も薄い暗い夜である。

 立ち並ぶ家々は、明かりを漏らしている方が圧倒的に少ない。カルネ村の住民達は夜眠り、太陽が顔を出す前に目覚める。

 目的地は先ほどまでいたエモット邸。帰るときは十分ほど掛かった。今度は足下に気をつけて歩いているのでその三割り増しほど。

 ゆっくりと食休みをして風呂を使い、行き来の時間を合わせても二時間は経たない内の再訪問である。

 

 エモット邸も明かりが落ちていた。エンリは幼い妹を寝かしつけているのだろう。

 これからの一時を思い、気を引き締めてエモット邸に至る小道に足を踏み入れた。

 その時である。

 

「そこまでにしてもらいやしょうか」

 

 暗がりから姿を現したのは逞しい矮躯。見ずとも声だけでわかる。今日一日、カルネ村を案内してくれたジュゲムである。

 ジュゲムだけではなかった。次から次へと小さな影が現れ道を塞ぐ。

 前方だけでなく周囲にも背後にも、幾つもの気配を感じた。

 

「あの方々と違って兄さんが怖いお人じゃないのはわかりやす。ですがここを通すわけには参りやせん。どうかそのままお帰りくだせえ」

 

 男の行く手をゴブリン軍団エンリ親衛隊が立ち塞がった。




当初、カルネ村のメインはエンリではなくリィジーだったため、方向転換に伴って散らかったり端折ったりしました
よって掟破りの各人の所感解説

エンリ:素敵だけど私なんて
ネム:お姉ちゃんワンチャンあるよ!
ジュゲム:姐さんが喰われちまう!

リィジー:十年若かったら……
ンフィー:色々すごいなあ

ユリ:これだからソリュシャンやルプーと気が合うのね

若旦那:ここでも仕事か……
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