ラウンドムーンにソウルを捧げることによってラウンドムーンキリングテックを会得した暗黒カタナテックマスターであるデスク・ドラゴニオは世界の敵である。
盗み殺し犯し、悪の限りを尽くすドラゴニオを討伐せんと、生きとし生けるもの全てが追いかけてくる。
ドラゴニオは愛刀ティーゲルハッチから繰り出すラウンドムーンキリングテックで全てを斬り伏せ孤独な旅を今日も続ける。
超長編ダークカタナテックジェノサイドノワール小説「グレート・モンド・ダウンヒル」本編122巻、外伝44巻、全166巻!
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ひょんなことでリザードマンの指導をすることになったコキュートス。しかし、コキュートスは生まれたときから強者であった。指導をした経験はおろか、弱者であった時代すらも皆無である。
さてどのように指導すべきかとヒントを求めに最古図書館を訪れ、司書長に剣に関する書物をリストアップしてもらった。その中に件の小説が含まれていたのだ。
コキュートスは軽く一読し、はまってしまった。物語の面白さもさることながら、作中で語られる剣の術理が理に適っているのだ。
大切に大切に少しずつ読み進んでいたところ、11巻を借りに最古図書館を訪れたとき、見知った人間の男を見かけた。
『コレハ面白イゾ』
と薦めてから数時間後、シズを連れて続きを貸してくださいと第五階層に乗り込んできた。11巻はコキュートスの手元にあったのだ。
一気読みするなもっと大切に読めと訓示を垂れた。知識を蒐集するための書物ではなく楽しむための小説である。
男は粘ったが、次にナザリックに来るときまでには読み終えて図書館に返しておくからそれまで待てと納得させた。
そして「グレート・モンド・ダウンヒル」談義が始まった。同好の士が集まればすることは決まっている。
作中の様々なシーンを語り合い、帰る際にはドラゴニオが持ってるカタナと近い形のカタナブレイドセットを贈ってやった。切れ味はそこそこだが、ナザリック的には数打ちの量産品なので、同好の士に贈るのに惜しくはなかった。
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オーガが棍棒を振り下ろすのを見て、アウラは青ざめた。
あれは人間の男だが、ナザリックの一員でありアルベド直属の配下である。しかも、アインズ様が直々に褒美を下賜するほど評価されている。
それをちょっと気に入らないからモンスターをけしかけて潰しちゃったなんてことになりでもしたら、『さすがはアウラね。アウラはこんな風にしてモンスターを操るのかしら?』ペシッ『あうぅっ! や、やめてよぉ……! アグゥっ!』『あら? アウラと同じことをしてるつもりなのに違うのかしら? もっと強くしないと駄目なのね』ビシィッ!!『ひいッ!! ゴメンナサイゴメンナサイ! もうしないから許してください!』『ご免なさい? 許して? どんな罪を免じて何を許せと言うのかしら? あなたはどんな罪を犯したというの?』ペシペシバチィッ!!『あああああああああ…………』
磔にされ、慈愛の微笑を浮かべているのに目が全く笑っていないアルベドから鞭で打たれるのを幻視した。
オーガが棍棒を振り下ろすのを見て、ユリは反射的に首元を飾るチョーカーに触れた。
アルベド様はあの男の護衛にと自分をつけたのだ。それなのに護衛対象から離れ、オーガにぺちゃんこにされちゃいましたなんて言おうものなら、『ユリはもう少し周囲へ気を配れると思っていたのだけど私の勘違いだったのかしら?』『申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません』『謝る必要なんてないわ。ユリがもっと遠くまで見れるように手伝ってあげるから』『あのそのあのそれはあああああああああぁぁぁぁぁ……………………』『これなら遠くまで見えるわね。……あら? 残念ね、ユリには聞こえてないみたい。誰かユリをとってきなさい』
首を外され、アルベド様の凄いパワーで何度も遠投される未来を見た。投げられるだけでなく蹴られたりバルディッシュでフルスイングされたりもあるかも知れない。
戦々恐々ガクガクブルブルの二人を余所に、オーガの棍棒は無情にも振り下ろされた。
鮮血がぴゅーーーっと噴き上げた。
(……………………うっそぉ!)
オーガの振り下ろしは地を叩き、長剣がオーガの左頸部を切り裂いた。切られたオーガと距離があったユリには、長剣が棍棒をすり抜けたようにしか見えなかった。
優秀なレンジャーであり、間近で見ていたアウラは何が起こったかをその目で見た。男は棍棒にぶつかる寸前に剣を引き、以降は手首の力だけで剣を振ったのだ。
元から引くつもりで振り上げたのだからへなちょこに見えたのも当然だ。如何に切れ味鋭い剣だろうと手首の力だけで堅い物を断ち切ることは難しい。オーガの皮膚は人間よりも遙かに強靱であり、手打ちでは薄皮一枚切るのが精々。しかし、その薄皮一枚を切り裂いたところに急所がある。
振り下ろしを受けなかったのも、素早く避けたのではなく振り下ろされるときには当たらない位置に移動していたからだ。速いではなく早いのである。
オーガの生命力は高く頸部の出血はすぐに止まったが、以降の戦闘は一方的だった。
オーガの攻撃が始まったときには既に当たらない位置へ移動している。オーガの攻撃を誘発するフェイントを交えているため、面白いように空振っている。そして必ずカウンターを決めている。
攻撃力は大したものではない。オーガからすれば針で突いたような傷だろう。しかし、いずれも急所だった。
棍棒を振り下ろして頭が低くなれば目や首を、振り下ろしに懲りて薙いでみれば振り切ったところで指を断たれ、あるいは振り始める前に懐に潜られて急所を突かれる。
生命力や腕力を比べれば人間とオーガほどの差がある。
しかし知力を比べると、ただでさえ頭が悪い野良オーガが狂乱しているのだ。カタツムリの溜息とアインズの超位魔法ほどの隔絶があった。男はカルネ村でオーガを見ている。オーガの肉体の可動範囲を完全に把握していた。行動の始点と終点が手に取るようにわかる。強靱なオーガであろうと鎖で繋がれているのと大差ない。
ついでに思考速度を比べれば、ナメクジの歩みとサラマンダーの全力飛翔を競うようなもの。オーガが一つ行動する度に周囲の環境を含めて十手以上先を読み最善を選択し続けている。
猛るオーガに向かう恐怖は全くない。ナザリックのシモベ達から殺意を向けられるのと比べたら何を言わんや。
かなり乱暴にしても全く怒らないソリュシャンのおっぱいを揉む時よりも気楽である。
そもそもにして、カルネ村の城壁を攻撃するなら兎も角、オーガが人間の男を攻撃するのに武器は過剰どころか不要であって、むしろ邪魔である。武器を使わなくても手で叩けばぺちゃんこになる。只でさえ自分の半分ほどの大きさしかないのだ。下を向き、腰を落として屈まないと攻撃が当たらない。下を向けば視界が狭まる。狭い視界が戦闘にどのような悪影響を及ぼすのか言うに待たない。
武器を手放すことも出来ない。人間であっても武器を持つと使いたくなってしまう。それが頭の悪い野良オーガなのだから、折角持っている武器を手放そうとは思えない。それが自分に不利をもたらすことになったとしても。
(あっ!)
アウラは思わず手を出しかけた。
男が真っ直ぐ左に移動して大回りにオーガの背後へ回り込もうとしたのだ。真横に移動してしまうとオーガの薙ぎ払いの攻撃範囲から逃れられない。
オーガは逃げる男を追いかけて一歩踏みだし棍棒を振り回そうとしたところで、足を滑らせた。ぬかるみに踏み入るよう誘導されていたのだ。その隙を見逃されず、足首を打たれた。
斬り飛ばすほどの威力はなく、刃が食い込んだのは指一本分。ただし足首の急所である。オーガは絶叫を上げながらどうと倒れ、倒れ込むとそれ以上の絶叫を上げた。長剣をだらりと下げる男に注意を向けず、懸命に背中へ手を伸ばしている。オーガの背中の中央部には短剣が柄まで埋まっていた。
男が回り込む際に短剣を放り投げたのをアウラは、手を出すべきか否か悩んでいるユリも見ていた。
「グオ!?」
舌なめずりしながら近付く男を見て、オーガは初めて怒り以外の声を上げた。
男はいやらしく唇を歪めていた。
戦闘に高揚して、とか言う上品なものではない。生物としてもっと根源的なもの。食欲である。
オーガは雑食である。雑食の動物は肉の臭いがきつく、食用とするには工夫して臭いを消す必要がある。しかし、裏技が一つ。
骨髄である。
昨日、エンリからご馳走されたメニューの中に、森の獣の骨髄を使ったスープがあったのだ。ハーブなどで香りを整えていたが、それがなくても「癖がある」の範疇に留まる。
ぷるぷるの骨髄を湯に溶いて塩気を足せばそれだけで濃厚なスープになる。
焼いて食べるのもいいだろう。
お屋敷の料理人に頼んで、旬な野菜と合わせて品よくゼリー寄せにするのも悪くない。
オーガのあの巨体を見よ!
あのぶっとい太股。大腿骨はさぞや太いに違いない。かち割れば濃厚な骨髄がたっぷり詰まっているのは確定的に明らか。
一人や二人では到底食べきれない。メイドたちに振る舞おうか。それとも黄金の輝き亭に持ち込んで他の客たちに提供するのもいいだろう。
市場で買った野菜より、家庭菜園の不揃いな野菜の方が美味しく感じるものである。
市場で買ったお肉より、苦労して自分で狩ったお肉の方が美味しく感じるのは道理である。
すぐそこにあるご馳走に笑みこぼれてしまうのは無理もなかった。
しかし、である。
王国でも帝国でも法国でも、亜人を食べる習慣はどこにもない。人に似ているから、と言う理由で猿を食べることすら忌避する。亜人であるオーガの骨を調理してくれと言っても確実に拒否されるであろうことを男は知らなかった。
だらりと下げた長剣がゆっくりと弧を描き始めた。
「貴様の汚れたソウル、ラウンドムーンに捧げるまでもない。我が直々に喰らってくれよう!」
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デスク・ドラゴニオがつかうラウンドムーンキリングテックには最終奥義が二つある。
一つは光が1mmと進まない間に、つまりは完全同時に7兆回の斬撃を出現させる「シュトルム・レーゲン・スパーダ」。至近で受ければ分子レベルで寸断され煙すら残らない。ドラゴニオの斬撃は分子間力を断つほど凄まじいのだ。
もう一つは愛刀ティーゲルハッチの剣長を20kmまで伸ばしてから繰り出す大斬撃「斬国剣」。剣撃は地核を切り裂きマントル層にまで達する。斬国剣を放つと、早ければ30分後には大地が割れ大噴火を引き起こす。ドラゴニオは一刀で1000万人を虐殺する鏖殺師の称号を持つ。
どちらの奥義も発動する際にはラウンドムーンの力を引き出さなければならない。そのための儀式が、ティーゲルハッチでラウンドムーンを描くことなのだ。
本編は真っ当なカタナテックストーリーなのに、奥義がぶっ飛んでるのが「グレート・モンド・ダウンヒル」の魅力である。
ちなみに作中の世界人口は17兆人を越えているため、ドラゴニオが一日一億人斬り殺しても自然増の方が多い世界である。
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男の長剣もドラゴニオにあやかってゆっくりと円を描き始めた。当たり前だがラウンドムーンキリングテックの最終奥義を放てるわけではない。様式美である。
「我が秘剣を受けたことを誇るが良い。食らえ! ラウンドムーンキリングテッ…………何故逃げる!?」
オーガは逃げ出した!
アウラに追われて狂乱していたが、己が食われることへの本能的な恐怖が体を動かした。
「逃げるに決まってるでしょう」
逃げ出し始めたオーガの土手っ腹をユリの拳が貫いた。哀れ、オーガは絶命してしまった。
ユリは拳の血を振り払い、死んだオーガを冷めた目で見下ろしてから男へ向き直った。
意外や意外に善戦どころかオーガを圧倒してしまった男であるが、あそこは自ら立ち向かうのではなく難を避けるべきだった。これはお説教しなくてはと思ったのに、何故かじとっとした目で見られた。明らかに非難の目である。
「な、何ですか。ご自分で止めを刺したかったとおっしゃるのですか?」
「いいえ、それはどっちでもいいんです」
「でしたら何でしょうか? 私からも申し上げたいことがございます」
「……ユリさんがお強いのはわかってます。折角強いんですから、もう少しやりようがなかったのですか?」
「………………え?」
オーガの土手っ腹にはネムが潜れそうなほど大きな穴が空いていた。穴にあった部分は消失したのではなく、オーガの向こう側へぶちまかれている。絵的にとってもあれである。
ぶちまけた部分が部分なので、悪臭も酷い。これは一体誰が片付けるのだろうか。森のお友達が何とかするのだろうか。
「………………コホン。こんなところにどうしてゴブリンとオーガが現れたのでしょうか?」
露骨に話題を逸らしたユリに胡乱な目を送ってから嘆息し、男は作業を始めた。
「アウラ様ですよ。アウラ様がゴブリンとオーガをここに寄越したんです」
「アウラ様が!?」
(ぎっくううぅう!!)
アウラは冷や汗を流しながら二人の会話に耳を傾けた。
「どうしてアウラ様と言えるのですか、あなたは自分が何を言ってるのかわかってるのですか?」
「消去法ですよ。他の可能性はありません。ナザリックの支配領域下にあるモンスターが自発的にナザリックの馬車を襲うと思いますか?」
「…………それは……」
「仮にナザリックの支配領域外から来たとしても、大森林を支配するアウラ様の警戒網を抜けてここまで侵入することが出来ると思いますか? ユリさんはどうです? アウラ様の警戒を振り切れますか?」
「………………不可能です」
「よって、アウラ様しか考えられません」
アウラの優秀が裏目に出た。アウラの警戒を抜けてここまでモンスターが侵入することは、アウラの誇りに掛けても絶対にあり得ない。
「……どうしてアウラ様がこんなことを」
「そんなの私目当てに決まってるでしょう?」
(あわわわわわわわわ!!)
その通りである。
エルフメイドに何か変なことをしたらしいあの人間をちょっと脅かしてやろうと思ってゴブリンとオーガをけしかけたのだ。脅すに留めるつもりで傷つけるつもりは全くなかったとは言え、実際に剣を交えて危険に晒してしまった。もしもアルベドに知られたら滅茶苦茶怒られる。
「現にユリさんはゴブリンもオーガも一撃で倒していました。ユリさんにモンスターをけしかける意味は全くありません。となれば私しか考えられないのですよ」
「ではどうしてアウラ様はあなたに?」
「それはもちろん私のためです」
(……………………へ?)
「アウラ様はコキュートス様から私が「グレート・モンド・ダウンヒル」を読んだことをお聞きになり、剣を振りたくなったと察してくださったのでしょう。だからゴブリンよりもオーガを相手に選んだのですよ。オーガは力が強くて大きいだけの愚鈍ですからね。でかいだけの的です。初心者には丁度良いと思われたのかと。これがゴブリンだとすばしっこくてオーガ相手のようにはいかなかったと思いますよ?」
「……はあ、そんなものでしょうか?」
「そうですよ。先日お会いしたときのアウラ様はちょっと険があるご様子でしたのでよく思われていないのかと思いましたが、そうでもなかったようで安心しました。お優しい方なのですね」
(…………………………バカで助かった)
二人からは見えないよう木陰に隠れていたアウラは胸を撫で下ろした。
アウラは急いでその場を離れ、ナザリックを目指す。コキュートスと話してグレートなんたらの話を聞き出して口裏合わせをするのだ。
ちなみに王国の冒険者ギルド基準で言うと、ゴブリンよりオーガの方が討伐難易度は高い。
ゴブリンから殴られても致命傷にはならないが、オーガに殴られたら掠っただけでも砕けかねない。生命力も体の大きさに比例してオーガの方が遙かに上。
とは言え、当たらなければでかいオーガの方が与し易い。頭もオーガの方がかなり悪い。
つまるところは相性が良かったのだ。
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「ところで……」
オーガに立ち向かったことが有耶無耶になってしまったがこれとは別。ユリは鋭い視線を男へ送った。
この男は、死んだオーガの体をザッシュザッシュと切りつけているのだ。戦闘時にどのようなことを思ったにせよ、既に命がないものへ過剰な暴力を振るうのはユリの倫理観に反する。
「それはもう死んでいます。それ以上は必要ありません」
「何のことです?」
「死体を傷つけるなと言ってるんです!」
「……ああ。違いますよ。骨を取り出してるんです。ユリさんも手伝ってください。腸が破れたから急がないと臭いが移るかも知れません」
「骨を?」
骨とくればデミウルゴス様。趣味で人骨アートをたしなむお方である。
デミウルゴス様に感化されておかしなことを覚えてしまったのだろうか。
「食べるんです」
「………………………………は?」
「食べると言っても骨を丸かじりするわけじゃありませんよ? ルプーじゃないんですから。骨の中の骨髄を料理するんです」
「食べる?」
「食べるんです」
「オーガを?」
「骨になれば牛や豚と一緒でしょう?」
「いやいや違うでしょう。オーガなんて食べませんよ!」
「じゃあ私が食べます」
「駄目ですそんなもの食べさせられません!」
「ご心配なさらなくても大丈夫です。オーガの血肉に毒はありませんから」
「そういう問題ではありません!」
「じゃあどんな問題です?」
「それは…………」
「それは?」
「………………」
「あっ!? ちょ、何するんですか!」
ユリは男を担ぎ上げ、御者台に飛び乗った。
有無を言わさず馬を駆り立て馬車を走らせる。
「ああ…………折角仕留めたのに…………」
ユリに襟首を捕まれ、振り向くことすら出来なかった。
無情にも馬車は進み、もっと無情にもゴブリンの残骸を轢いていった。
馬車は進み続け、取れたての食材はあっという間に見えなくなってしまった。