ユリは二度目も最初から最後までじっくり見ていた。
ルプスレギナが甲高い声で鳴いた。
二人はしばし抱き合う。小声で何事かを交わし、ルプスレギナが乱れた衣服を整えた。どうやら終わったらしい。
しかし終わったと思ったのはユリだけで、ルプスレギナはその場に屈み込むと男の下半身に顔を近付けた。髪と耳を撫でられながら頭を激しく前後に振る。
やがて男が小さな声で呻いた。ルプスレギナは立ち上がらない。闇視可能なユリには、ルプスレギナの喉が小さく上下するのが見えた。
今度こそ終わったらしい。ルプスレギナは男の頬にキスをしてから夜闇の中へ消えていった。
ユリは焚き火の側に戻って椅子代わりにしていた大きな石の上に腰を下ろす。
自分が一体何を見たのか。
あれはつまりどういうことなのか。
夜が明けるまで考え続けた。
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翌朝の朝食は昨夜の夕食と同じでナザリックで貰った非常食用のレーションである。少ない量でもお腹にたまるのはとてもありがたい。しかも美味しい。流石のナザリックである。
お茶は夜通し火の番をしていたらしいユリが用意してくれた。
野営なので太陽の目覚めと同時に活動し始めたため、エ・ランテルにいる時と比べるとかなり朝早い時間である。森の小鳥たちもようやく起き出した頃だろう。静かな森の中で鳥のさえずりだけが響いている。
昨日と違って会話らしい会話はなかった。ユリと違って空気を読む能力に欠けているこの男は無言が幾ら続いても一向に気不味くならない。気にしないとも言う。アルベド様のご機嫌さえ損ねなければそれでいいのだ。
しかし、お茶は不味かった。
一体何時間煮込んだのか。風味は完全に飛び、香りはきれいに死滅して焦げ臭さがある。丁寧に淹れれば澄んだ紅色になるはずだが暗色と言うか真っ黒だ。余りの黒さにどこか遠い異界へつながっているのではと思えるほど。味は言うに及ばず最悪の一言。とても渋い。とても苦い。明らかに茶葉の分量を間違っている。
もしやこれがユリの好みなのかと思いつつ無言で飲む。お湯に墨を溶いて飲んだ方がまだましと思われた。
デュラハンなので飲食不要なユリは、昨日とは違ってお茶にもレーションにも手をつけなかった。
焚き火を消して早速馬車の旅が始まった。昨日と同じように二人とも御者台に乗る。
旅路は順調である。出発時刻が早かったため、このままだとエ・ランテルの住民たちの朝食の時間に着いてしまいそうだ。
馬車の旅が始まってもユリは無言だった。ただし、口の代わりに目で物を言っている。隣をチラチラと盗み見するではなく、じーっと露骨に凝視する。
おもむろに口を開いた。
「………………君はボクのことどう思う?」
「お綺麗な女性だと思いますよ。プレアデスの方々の長女であるだけあって心根が優しく、責任感のある方に見えます」
ユリの口調に内心で首を捻ったが疑問はひとまず脇に置き、思ったことにユリが喜びそうな事を付け加えて答えた。このあたりの加減はソリュシャンからの課題図書で学んでいる。
「それじゃ……、胸が大きいのって、どう? 大きすぎるとおかしい?」
「大きいの程度によるでしょうが基本的には好ましいと思います。ユリさんの胸はとても魅力的だと」
「べべべっべべ別にボクのことなんて聞いてないだろ!?」
「失礼しました」
自分のことをどう思うかの次は胸と来た。これはもしかして誘われているのかと思ったが、顔を赤くして違うと言うのだから違うのだろうか。
そのユリは拳を握って小さく振る。いわゆるガッツポーズである。
「じゃあ………………。ボクの胸、触りたいって思う?」
ユリはまっすぐ前を見ている。凛とした表情は崩していないが、頬も耳も赤くなっている。髪は結い上げた夜会巻きにしているのでうなじまで赤いのが見えてしまう。
とんでもないことを言い出したユリに、男は背筋に冷たい汗をかいた。
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ユリはプレアデスの長女である。
姉より優れた妹はいないとの格言通り、優秀なのだけどどこか抜けてるところもある妹たちに比べると頭脳明晰である。明晰な頭脳でじっくりと考えた。
この男はルプスレギナとあんなことをしていた。ルプスレギナが人間の男に肌身を許すのは意外に思えたが、妹にいい人が出来たならそれはそれで悪いことではない。ルプスレギナときたら人間はよく鳴く壊れやすい玩具としか思っていなかったのだ。そのルプスレギナが心を改めたのなら喜ばしいことと言って良い。
しかしこの男、好色であるらしい。ルプスレギナが面と向かってそう言っていたし、言われた方も暗に認めていた。
ナーベラルからも忠告を受けている。曰く、人の皮を被った淫魔か淫獣の類。ナーベラル自身の経験から出てきた言葉だろう。この男はナーベラルもそのような対象と見ていたということだ。昨夜のルプスレギナと同じようなことをしていた可能性は高い。
ソリュシャンは帰還が一日遅れただけでヒステリーを起こしたとか。あのソリュシャンがである。ソリュシャンもナーベラルと同じく人間は下等な生物と言ってはばからず、人間の判断基準は為人や容姿よりも食べていい人間かどうか、食べていいなら美味しいか不味いか、である。そのソリュシャンが人間に強い執着を表した。食べてはいけない人間なのにどうして執着するのか。もしかしてそんな事があって昨夜のルプスレギナのような云々。この男にとってソリュシャンもそんな対象なのだろうと推測するのは容易だった。
そして、あろうことか、シズ。この男がナザリックにいた期間は短かったが、その間はずっとシズが側にいた。シズはずいぶんと気に入ったようで、監禁して撫で撫ですりすりしたとか何とか。もしかしてもしかしたりすると、シズもそんな目で見られていたかも知れない。小さくて表情がわかりにくいが、ナザリックのシモベの例に漏れずシズはとても美しい少女なのだ。
デミウルゴス様の出張について行き不在のエントマを除けば、自分以外の姉妹が全員そんな対象であるのかも知れない。
仮にシズを抜いたとしても、次女と三女二人はその身をもって好色であると知ったに違いない。
これは一体どういう事か。
妹たちはそうなのにどうして自分だけ違うのか。
ルプスレギナは「ユリ姉のおっぱいを揉みたくならないか?」と訊いていた。そこでの答えはこの際どうでもいい。あんな状況で素直に「揉みたい」と答える剛の者はいない。
問題は、おっぱいをチラ見されるだけでいやらしい気配がなかったことである。
もしや自分には女としての魅力が備わってないのだろうか。
親しい者が相手だと気を抜いて一人称をボクとしたり、少々男の子っぽい口調になることもあるが、そんな面は見せてないはずである。きちんとした淑女であったはず。それなのに何故。
自問自答を繰り返した。
最終的には好みの問題として解決を見ようとしたのだが、ほんの一瞬「じゃあシズは?」と思ったらもうダメだった。
問題児ばかりの妹たちの中で、小さくて可愛いシズはユリの癒しである。
シズちゃんはとっても可愛いのだ。
しかしそのシズはそんな対象なのに自分は対象外。
『ボクの女子力ってシズより下なの!?』
これは、キツい。
シズは確かに可愛いが、小さなシズよりも女の魅力が劣っていると言われるのはアイデンティティとかレーゾンデートルとかの危機である。
創造主のやまいこ様は己に女性らしく美しい姿を与えてくださった。
自分が性的な目で見られないという事は、やまいこ様への侮辱につながるのだ。
どうしてそうなるのか、不思議なことにユリの中でそんな結論が出てしまった。
結論を得て、それを覆すために直接聞いて誘惑してやろうと思ったのはやまいこ譲りである。
女教師であるやまいこだが、ユグドラシルではゴツいアバターを使用し「とりあえず殴ってから考える」が信条だった。殴ってみて強そうだったら逃げる、と後のことも一応考えてはいたらしい。
やまいこの性質はユリに受け継がれ、ユリも殴ってから考える脳筋タイプである。知的な見た目とは裏腹に。
ゆえに、とりあえずおっぱいを差し出して様子を見ることにしてしまった。
戦闘時とは違って、その後に逃げられるわけではないのに。
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ユリはまっすぐに馬車が行く先を見つめている。
街道を包む森は所々に伐採した箇所があり、もう少し進めば視界が開けてくる。エ・ランテル近郊まで近付けば田畑も広がっている。路面は昨日より乾いて馬車は軽快に進む。
しかし、ユリは前を見ているようで全く見ていなかった。全神経を隣の男に注いでいる。
その男はと言うと、内心で「これはやってしまったかも知れない」と、見えないところに冷たい汗をかいていた。
朝食に飲まされた不味いお茶。ユリの好みかと思ったが、ユリは飲まなかった。自分に飲ませるために高級な茶葉を大量に使ってあのスゴいお茶のような何かを淹れたのだ。如何に心の機微に疎かろうと、そんなことをされれば怒っているのでは、と推測できないわけがない。
何を怒っているのか。それはおそらく昨夜のこと。
昨夜、ルプスレギナが来てしまったのでユリを放置してしまった。しかし、ユリは待っていたのかも知れない。
一見淑女然としたユリであるが、小さなシズに向かって「セックスはほどほどにね」と注意していたのをその耳で聞いている。ユリは、発情狼や淫乱スライムに搾精人形たちの長女である。
アルベド様のご命令であろうとわざわざエ・ランテルまでの護衛を引き受けたのはそれなりの思惑があったのかも知れない。馬車を用立ててくれたのなら一人でも可能な道程なのだから。
それを知らずに放置してしまった。これは怒って然るべきだろう。
少し考えればその気配はあった。馬車がその証左である。大きくて豪奢な馬車で、昨夜はふかふかの椅子に寝そべって眠ることが出来た。移動のためだけでなく、居住性も抜群なのだ。たかだかナザリックからエ・ランテルまで移動するだけなのにこんな馬車を用立てる必要がどこにある。移動や荷物を運ぶこと以外の目的があると察するべきであった。
本当のところは全く違う。
お茶が不味くなったのは考え事をしていたユリが無意識に茶葉を放り込んだせいだし、馬車が豪華なのはアルベドがナザリックの名誉を考えたためである。ナザリックから出立する馬車が貧相なもので良いわけがない。そしてプレアデスであるユリがナザリックの序列第二位にある守護者統括の命令に従うのは当然だった。セックスはほどほどにだって誤解である
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「それでは失礼をして」
「!?」
人一人分空けて座っていた距離を詰められた。
「触るつもり!?」
「え? ダメなんですか?」
言外に「触らなくてもいいんですか?」と付け加えたのだが、そんなニュアンスがユリに伝わるわけがなかった。
(ボクのバカバカバカ! そんなこと聞いたら触ってくるに決まってるだろ! どうしようどうしよう男の人におっぱい触らせたことなんてないのに。でもここでダメって言ったらボクはただの変な人じゃないか……。いっそのこと触らせる? おっぱいを触らせるくらい大したことないしルプーに触られたことだってあるし減るものじゃないし。…………き、昨日のルプーは、なんていうか、あれだったけど。でもそれってその、……あそこをされてたからで、おっぱいだけでそんなことになるわけないじゃん!? 大丈夫、おっぱいだけ。おっぱいだけだから。別にルプーが羨ましかった訳じゃないもん! だからボクはおっぱいだけなんだから!)
ユリは深呼吸して背筋を伸ばした。巨乳の常で、背筋を伸ばすと乳房の重みに負けないよう背はやや反り気味になる。背が反ると胸が前へ突き出される。
ユリが着ているメイド服はナザリックのメイドのお仕着せとデザインが似て、乳房の部分だけ生地が切り替わってエプロンドレスの下に着ているブラウスが表に出るようになっている。そんな服で胸を張られると、乳房の大きさがこれでもかと強調されてしまう。
「…………………………いいよ?」
許可を出した形だが、実際のところは触りなさいと言うことだろう。下っ端は上の人たちのお気持ちを察して忖度しなければならないのである。
とは言え、無力な人間の男と言ってもナザリック守護者統括アルベド直属である。ヒエラルキー的に考えてプレアデス相手にへりくだる必要は特にない。しかし命令系統も役割も全く別になるので、そこのところが上手く組み込まれていない。そのため、こんなおかしな齟齬が出てきてしまう。
「へあっ!?」
ユリは右、男は左に座っている。距離を詰めると男の右腕はユリの左肩にぶつかり自由に動かすことが出来ない。だから左手を伸ばしてくると思ったのだが、伸びてきたのは右手だった。
腰を抱くように、右手は反り気味の背の裏を通ってユリの右側に現れた。
ユリは一応手綱を握っているので両腕を上げている。無防備な脇の下から顔を出した右手は上を目指し、
「!?」
「……なんでしょう?」
右手が到着する前に、ユリは咄嗟に脇を締めた。
「今何かスキル使った?」
「スキル?」
今にも自分の乳房に触れそうな右手を凝視していたユリは、男の右手から鮮やかなピンク色の濃密な何かが迸ったのを見た。何かしらのスキルか魔法が発動したに違いない。
「何も使っていません。そもそも私は魔法もスキルも武技もアビリティもタレントも保有していませんので、使いたくても使えません。それとも……、ナザリックには胸を触る際に発動するスキルがあるのですか?」
「え、いや……、そんなのない、と思うけど。……見間違いだったのかな?」
確かに見たと思ったが、脇で封じられた右手は光ったりせず綺麗なだけの手である。
小首を傾げながら脇を緩めた。
「それでは改めて失礼をして」
手の平が広げられる。拳で戦うユリよりも大きな男の手。
(大丈夫大丈夫、服の上からちょっと触るだけで大したことないしおっぱいだけで昨日のルプーみたいになるわけないし。触るだけじゃなくてもしかしたらももももも揉んでくるかも知れないけどそのくらいお風呂でいつもしてることだろ!? ルプーなんて直接されてたんだからそれに比べたら絶対大したことないって! でもでもまさかあそこを触ったきたりしないよね!? そこは絶対触らせないんだから! おっぱいだけなんだから!)
格闘職であるユリには、右脇から出てきた手が自分に触れるまでの短い時間が焦れったいほど長く感じられた。
「!」
背が跳ねた。
手綱が引かれ、馬が止まる。
ユリの豊かな乳房に男の手が触れていた。
なかなか話が進まないけどまあいいやの精神で
次かその次かその次くらいにはエランテルに着くはずです、たぶん