※この作品はR-18です。

アルベドのお食事   作:dolph

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何となくわかってるとは思いますが改めて説明しますと、
▼は現在進行形のお話
■は過去のお話です


おわる
忍び寄るま()の手


「……ずいぶんと賑やかでありんすね」

 

 書斎の扉を開けるなり、シャルティアは呆れを滲ませてそう言った。

 

 

 目当てである書斎の主が部屋の真ん中に座っているのはおかしくない。しかし、何故か左腕を水平に伸ばしている。そこそこに筋肉がうねる左腕は肩から先がむき出しだ。何故か半袖を着ている。

 その左腕を、隣に立つソリュシャンが持っている。手の平は開かせて自分の胸元へ当て、手首と二の腕を下から支えるようにしている。このお屋敷では珍しいことにプレアデスの正装をしている。上乳見せのトップスにマイクロミニの魔改造メイド服。普段のお嬢様ルックより露出が凶悪である。

 ソリュシャンの隣にはルプスレギナが。男の肩へチョップでも食らわすかのように右手を振り上げて、左手には小瓶を持っている。よく見れば右の手の平は何かしらの液体に濡れており、小瓶の中身が塗られているのではと思われた。

 ここまでならエ・ランテルの屋敷に常駐している三人組なので、それぞれのポーズの不可解さを措いておけばおかしくはない。

 

 男の正面には黒板を前にキリリと立つパンドラズ・アクターがいた。黒板に書かれている文字はシャルティアには読めないもので、男へ何かを教えている風景に思えた。

 一番不審なのはナーベラルだ。漆黒の英雄モモンに扮するパンドラズ・アクターがこの場にいるため、モモンのパートナーである美姫ナーベことナーベラルがいても不思議ではないが、何故か男の後ろで抜き身のロングソードをひっさげていた。

 

 ナーベラルは、ちらとパンドラズ・アクターを窺った。シャルティアが同席していると少々あれなことをするのである。

 

「時間がないのでしょう? やりなさい。もしもシャルティアが暴れ出したら私が何とかしましょう」

「私が暴れるってなんでありんすか! パンドラがいくらアインズ様に創造されたからって私が暴れん坊みたいな言い方は――――あっ」

 

 斬! ソイヤッ! トプン……。

 

 姉妹が魅せる目にも留まらぬ早業だった。

 ナーベラルが男の左腕をロングソードでもって根本から切断。ルプスレギナが切断面の本体側に血止めの軟膏を塗って出血抑止。切断された左腕は瞬く間にソリュシャンの体に飲み込まれる。

 シャルティアのところには血飛沫どころか血臭すら届かない。

 

「これからしばらくの間、お兄様と私は別行動になってしまいます。そのため、その間のおやつ……いえ、食糧……ではなくて、お兄様を忘れないがために各部位の収穫をしているところでございます。エントマへのお土産も含まれております」

「……お前はそれでいいでありんすか?」

「はっはっは……」

 

 乾いた笑い声。シャルティアを見る目は空虚だった。常人なら痛みに悶え狂うところ、この男がこの程度でどうにかなるとはこの場の誰も思っていない。

 

「エントマと言うとデミウルゴスのところでありんすか?」

「その通りでございます。私はデミウルゴス様扮する魔皇ヤルダバオトに操られる仮面の悪魔メイドとして、アインズ様に敵対する役を担う予定でございます。ですが、その時にはパンドラズ・アクター様と同じ種族であるグレーター・ドッペルゲンガーに姿を写し取らせるため、実質的には陣中見舞いとなります」

 

 仮面の悪魔メイド達は魔皇ヤルダバオトに操られている。そこを我らが偉大なるアインズ様が魔皇をやっつけて、悪魔メイドたちは解放されるのだ。

 プレアデスの中から幾人か姿を写し取らせてアインズ様の活躍を彩る予定である。中でもずっとナザリックでお留守番をしているシズちゃんは大活躍する、予定である。

 言わずもがな、魔皇が亜人達を束ねて聖王国を苦しめているのも、その後にアインズ様が聖王国を救済するのも、悪魔メイドたちが解放されて魔導国の一員となるのも、全てデミウルゴスの仕込みである。こうして聖王国は魔導国の属国となる予定なのだ。

 

「それは私も知ってるでありんすが、ソリュシャンがデミウルゴスのところへ行くのはもっと先じゃないでありんすか?」

 

 大きな作戦はナザリック内である程度共有されている。少々あれだと思われていても、階層守護者であるシャルティアが知らないわけがない。

 聖王国での作戦が始まるのはまだ先のこと。陣中見舞いならいつでもいいだろうが、そうするとパンドラズ・アクターの「時間がない」との発言がつながらない。

 

「私に帰国命令が出ました」

「命令? アインズ様でありんすか?」

「……アルベド様です」

「ほーん? 確かお前は王国の生まれでありんしょう? 王都にでも行くでありんすか?」

「生まれは王国の王都です。ですが、私とソリュシャンは帝国から来た商家の一族と言うことにしてあります。帝国に行けと命じられました」

 

 

 

 

 

 

 この男にとってアルベドは直接の上司である以前に、長く囚われていた石の部屋から解放してくださった救世主であり、世界に光をもたらした美の神である。上司と部下、女と男、主人と下僕等々、様々な属性の一番上に『主と信徒』が挙げられる。

 アルベドへの悪意や悪戯心は微塵もない。むしろアルベドへ悪心を抱くモノを誅殺する立場である。ガチ泣きするまで追い込んで改心するなら良し、しなければかくの如し。

 よってアルベドに「何か変わったことは」と聞かれて話すことはアルベドを楽しませようと、歓心を買おうと思って選んだものである。アルベド様ならばこのようなことを楽しんでお聞きくださるだろうと心の底から思って語ったのである。

 

「変わったことと仰いますと、ユリ・アルファ様、ルプスレギナ・ベータ様、ソリュシャン・イプシロン様、ナーベラル・ガンマ様、プレアデスの長女から三女までの四名から自分と結婚せよと言われております」

「は?」

 

 初っ端からアルベドの理解を超えた。

 それは確かに変わったどころか大変なことだろうが、どうして自分に何も報告がないのか。

 

「どうしてそんなことになってるのよ?」

「ユリ・アルファ様は責任を取るために自分と結婚せよと言われました。責任と結婚がどのようにして結びつくのか未だに理解できませんが、結婚しても何かが減るわけでもないため、了承した次第です」

「………………」

 

 アルベドは頭が痛くなった。

 あのお固いユリが責任と言うのなら、間違いなくこの男はユリと男と女の関係になったのだろう。そう言うことになったのならユリが結婚と言い出すのも頷ける話。

 しかしながらこの男は、責任と結婚が結びつく理屈がわからないらしい。

 ナザリック出身ではないので、ナザリック生まれである自分たちとは価値観が違うところがあるとは知っていたが、それにしたって真っ当に生きていればそのくらいはわかりそうなものである。と思ったところで、真っ当に生きてこなかったことを思い出した。この男の価値観は王国や帝国の人間たちと比べても相当特異である。

 

「ルプスレギナ・ベータ様は丈夫な赤ちゃんをいっぱい産むために結婚せよと言われました。ですが子種を仕込むためにわざわざ結婚する必要はないと思われます。そもそも人狼と人間との間に子供が出来るのでしょうか?」

「……それは私も知らないわね」

「私も同じように思っております。それでもルプスレギナ様は強く結婚することを求められましたので、こちらも了承した次第です」

「………………」

 

 アルベドは頭痛が痛くなった。

 子供を欲しがるくらいなのだから、ルプスレギナがこの男をどう思っているかは知れる。それなのにルプスレギナの気持ちは全く伝わってないようだ。結婚の申し込みを断らなかったのだから悪くは思ってないのだろうが。

 この男はデリカシー云々以前に女心が全くわかっていないようだ。それというのも、そのようなことを学ぶべき期間をあの女に囚われていたからだ。

 

「ソリュシャン様はメイド達の話を真に受けたか、若い男女が一つ屋根の下に暮らすことからそのように思ったのかも知れません。アルベド様のお耳には入っていなかったかも知れませんが、メイド達が『お嬢様と若旦那様はとてもお似合いでいらっしゃる』と噂話をすることがしばしばでありました。私自身は生活を始めとする様々な面でソリュシャン様に感謝しておりますので、結婚程度が恩返しになればと思い了承した次第です」

「………………」

 

 ここまでくると、アルベドは胸が痛くなった。

 人間は下等な生き物だが食べれば美味しい、くらいにしか思っていないソリュシャンが結婚を求めたのだ。そこには相当なものがあるのだろう。ソリュシャンがそこまで想っているのにこの男と来たら恩返しに結婚とか言うのはもう本当になんて言えばいいのか。

 ソリュシャン達が哀れに思えてしまうのは、アルベドがナザリックの慈悲と慈愛の象徴なのだから無理はない。

 

「ソリュシャン様は私との結婚をセバス様に相談しています。セバス様からナザリックの方々へ、ナザリックのシモベと人間との結婚をどう思うかと意見を募っているはずです」

「それはあなたのアイデアね?」

「ソリュシャン様から相談された折りに、セバス様の名を挙げたことはあります」

 

 セバスを動かすあたりが狡猾である。セバスの配下にあるソリュシャンではまず思いつかない考えだ。

 ナザリックのハウススチュワードであるセバスが人間の女であるツアレと憎からず想う仲であるのは周知である。そのセバスから、ナザリックのシモベと人間との結婚について意見を求められれば否定意見は出せない。セバスと反目しあってるデミウルゴスでさえ、たっぷりと皮肉をぶつけるだろうが、最終的には肯定するだろう。デミウルゴスとて、ナザリックの仲間の幸せを望んでいるのは間違いないのだから。

 

「ナーベラル様については私も同意するところです。ナーベラル様は美姫ナーベとしてモモン様と行動を共にしております。ですが、男女が一緒にいれば何かと勘ぐられるもの。モモン様へ下賤な想像を抱かれないように私と結婚をして、モモン様とはそのような仲ではないと知らしめるおつもりのようです」

「……それもあなたのアイデアね?」

「はい。仰るとおりです」

 

 ナーベラルはけっして馬鹿ではないが、迂遠なことを考えるのは得手ではない。

 モモン様の風聞のために結婚するのではなく、結婚したいからそのような理由を捻り出した、否、捻り出させたのだろう。

 あれほど人間嫌いだったナーベラルが、と思ったところで、「ナーベラルに女の悦びを教えるのね」とか「おまんこにしないのはかわいそう」と言ったのは自分だったのを思いだした。

 あれやこれやをやられて、この男に情が湧いたのかも知れない。

 

「四人と結婚なんて。あなた、どうするつもりなのよ?」

「ナザリックでは重婚が禁止なのでしょうか?」

「えっ」

「仮に禁止だとしても、ユリ様とはカルネ村で、ルプスレギナ様とはナザリックで、ナーベラル様とはエ・ランテルで、ソリュシャン様とは帝国で結婚する形にすればよろしいかと」

「………………」

 

 なんと、次善の策を考えてあった。

 アルベドは本当に頭が痛くなって、そっと額を押さえた。

 

「つまり、あなたはその四人とやることをやったってことなのね?」

「やること、でしょうか?」

「セックスのことよ」

「はい、その通りです」

「ソリュシャンやナーベラルはわかるけど、ユリやルプスレギナとはどうして? いえ、その前に他に手を出した女がいるなら言いなさい」

「手を出した、とは?」

「だからセックスした女のことよ!」

「それでしたら……」

 

 出るわ出るわいっぱい出てきた。

 メイドのシクススとそのようなことになったのはわかる。美しい女が傍にいてかしずくのだ。普通の男なら手が伸びる。この男の場合、夢精をどうにかするためだったようで、話すときは頬を赤らめた。アルベドがこの男のそんなところを見るのは初めてで、あら可愛いと思ったものである。

 シズとそんなことになったのはどういうことなのか、事故と言って良いのか。シズの小さな体にこの男の大きなあれがきちんと入ったのだろうか。機会があったら見てみたい。

 カルネ村のエンリとは何と言おうか。エンリは先日、ンフィーとか言う人間の男と結婚したはずである。そんなことになったのは結婚する前なのか後なのか。どちらであっても大胆極まる娘であることに変わりはない。

 

 アルベドはサキュバスである。

 サキュバスに貞操観念などどこにもない。男と女がいて、いたからする事をした。以上である。

 ゆえに、この男が誰と寝ようと嫉妬はなかった。

 未通だった頃は自分を差し置いて好いことをしていたシャルティアやソリュシャンに嫉妬したものだが、今は違う。

 この男が誰と寝ようと、優先順位の一番は断トツで自分であり、数多いる女の中で自分だけが特別なのだ。

 この男に惹かれる女がいればいるほど、そんな男を自分の男にしている己の格が上がると言うもの。

 嫉妬どころか誇らしく思うところだ。

 結婚云々は少々面食らったが、面白い話ではあった。

 ついでだからこの男の結婚観を聞いてやろうと思った。

 

 アルベドだって女の子。結婚は何というかちゃんとしなくてはいけないものなのだ。もしもおかしな考えでいたら正してやらなければならない。

 アルベドが口を開こうとしたところ、男の話は尚も続いた。

 

「他には……」

 

 

 

 

 

 

「お兄様、その場にお立ちください」

 

 立ち上がったお兄様の体をソリュシャンが後ろから抱き締めた。左足を前に出すと艶めかしい生足は形を失って不定形となり、お兄様の足首に絡みついた。

 上が半袖なら下は短パン。ずんばらりんと行くためである。

 

「ちょっと待つでありんす!」

 

 ロングソードを振りかぶったナーベラルを、シャルティアが止めた。

 なお、切断役をナーベラルが担っているのは、魔法職なのに一つだけファイターのクラスを取っているのでそこそこに剣が扱えるからである。

 

「ソリュシャンが欲しいのはお肉でありんしょう? 血はそこまで欲しくないでありんすよね? だったら…………」

 

 シャルティアは大きく喉を鳴らした。

 この男の血を味わったのは二度。一度目はアルベドがアインズ様へ引き合わせたとき。二度目は屋敷を訪れた際にアルベドとバッティングしてしまったとき。

 一度目はあまりの美味しさに我を失い、二度目は大量に全身に浴びてしまったため血の狂乱を発動してしまった。次こそはしっかりじっくり味わいたいと思っていた。

 目の前でざっくざっく行ってるのだ。ちょっとでいいからぺろりんしたい。

 

「ううむぅ……。もしも血の狂乱を発動したり暴れたりした場合、エ・ランテルの外へランダムに転移させますよ? それでもよいと言うのなら鮮血の戦乙女の名が欲する通りに」

「さっすがパンドラは話がわかるでありんすねえ! ナーベラル! さあ行くでありんす!」

「……かしこまりました」

 

 斬!

 

 お兄様はソリュシャンが抱きついているので片足になっても倒れない。

 切断面にはすかさずルプスレギナが軟膏を塗り、本体から離れたあんよはシャルティアの手の中に。

 股下から指数本分の一番太いところからで、断面からは鮮血がたらたらとこぼれだした。

 大きな杯のように、シャルティアは無言で脚を傾けて、

 

「…………っ!!!!!!」

「シャルティア様!?」

 

 シャルティアの手から脚が離れ、床に落ちる前にソリュシャンが回収して収納。

 シャルティアは両手で赤い唇を押さえ、その場に崩れ落ちた。

 周りから声を掛けられても反応せず、床の上にうずくまる。

 いざという時のために魔法の準備をしていたパンドラズ・アクターも、これは流石に予想できなかった。

 

「……おにーさんの血はいつから毒になっちゃったんすか? 昨日とかめっちゃくちゃお酒飲んでたしそのせいじゃないっすかね?」

「昨日の酒が残ってるわけないだろう。残ってたとしたって、今日はルプーから何度も治癒の魔法を受けてるんだ。きれいさっぱり消えてるはずだよ」

「しかしシャルティアのこの様子は……。たとえ毒であろうとシャルティアに効くわけがないと思いますが」

 

 みんなから心配されてるシャルティアは、目を閉じて口福に浸っていた。

 閉じた口の中では舌が鮮血を転がし、香りに味に温度に舌触りに、味覚と嗅覚を最大限に発揮して堪能していた。

 言葉もなかった。

 あえて言うならば、美味、ではない。幸福である。

 この男の血が美味いことは知っていたはずだが、甘いだとか濃厚だとかの域を越えて、もっともっと深遠な何かを感じさせる。シャルティアにもう少し語彙があれば、官能的と評したかも知れない。

 たった一口の口福。

 たった一口だけでここまでの口福。

 もう一口してしまえば理性と自制が飛び、血の狂乱を発動しかねない危うい美味。

 口中でかき回している鮮血は唾液と混ざり合って、少しずつ喉の奥へと落ちていく。

 喉を伝う感触すら背筋が痺れるような官能がある。

 もう一口してしまえば、血の狂乱を発動させる前に絶頂してしまうかも知れない。

 吸血鬼にとって、究極の美味であるやも知れぬが破滅が隣に佇んでいる。

 

「………………う」

「う? シャルティア様、お加減は如何ですか?」

「ソリュシャン、念のためにシャルティアから離れなさい。もしも血の狂乱が発動したら……」

「っっっっっまあああああぁぁああぁあぁいぃぃいいいぃい!! お前いったい何をした!? 前飲んだときはこんなに美味しくなかったでありんしょう!? くうううううぅぅうう!! もっおおうぅこれは吸血鬼泣かせの血でありんすねえ!!」

 

 シャルティア大爆発!

 吸血鬼の蒼白な肌は興奮に上気して、怒ったような嬉しいような、何とも複雑だがとても大きな感情を滾らせて男を睨みつけた。

 

「そう仰られても。考えられるとしたら、ここで暮らすようになってから食事事情が改善されたからでしょうか。かつてとは比べものにならないほど上質な食事を頂いておりますので」

「ぐるるるるるぅううう!」

 

 肉食獣の目である。

 もしもシャルティアに吸血されたらお兄様はヴァンパイアになってしまう。ソリュシャンは手を広げてシャルティアの前に立ちふさがった。

 

「うううぅぅうう! …………わかってるでありんす。もしもおにいちゃんの血を吸ったらヴァンパイアになってしまうでありんすから。そうしたら美味しい血がもう飲めなくなってしまうでありんすよ……」

「おにいちゃん?」

「あっ」

 

 シャルティアはとっさに口を押さえた。

 

「ソリュシャンこそお兄様と言ってるでありんしょう?」

「え? …………あっ」

 

 ソリュシャンも口を押さえた。お兄様から手が離れたが、半ばソリュシャンの体にめり込んでいるため倒れはしなかった。

 ソリュシャンお嬢様をしているときはお兄様と呼ぶソリュシャンである。それがパンドラズ・アクターの前でもお兄様だった。今になって繕おうとも、今更というやつである。

 

「続けてもよろしいでしょうか?」

 

 そんな二人を意に関さず、ナーベラルは見た目通りにクールである。

 

「……待つでありんす。血をいれる瓶はないでありんすか?」

「各種ポーションなどを容れるための小瓶ならそれなりにございます。お持ち帰りになりますか?」

 

 たった一口で絶叫するほど美味しい鮮血。持ち帰って楽しみたくもなるだろう。

 この場の誰もがそう思った。

 

「ヴァンパイアブライドたちのお土産にするでありんすよ。あいつらも、まあ、それなりによくやってくれてるでありんすから」

 

 一同に衝撃が走った。

 シャルティアがシモベであるヴァンパイアブライドたちを酷く扱っているのは皆知っている。地下大墳墓ナザリックの不思議な力でいくらでも湧いてくるのだからそうなるのは無理もないと言えよう。

 だと言うのに、そのヴァンパイアブライド達へ、とっても美味しい血液をお土産にするというのだ。

 

 

 

 過日、アインズ様の遠征に随伴したシャルティアは、功を急いで先走ってしまうことが何度かあった。その度にヴァンパイアブライドたちから窘められた。

 気性が荒く、ヴァンパイアブライド程度は使い捨てとしか思っていなかったシャルティアである。忠言したヴァンパイアブライドをシャルティアは殺してしまうのではないかとアインズは危惧したのだが、そのようなことは一度もなかった。

 ギリギリと歯軋りをして悔しそうな素振りは見せたが、シモベの忠言をちゃんと受け入れたのだ。

 これにはいっそ感動を覚えたアインズである。

 あのシャルティアが、シモベを大切にするようになったのだ。あのシャルティアが、目に見えて大きな成長を見せてくれたのだ。

 これを喜ばずして何を喜べと言うのか。

 心の中でペロロンチーノにシャルティアの成長を報告したアインズは、シャルティアを大いに褒めそやした。

 そして今度は、ヴァンパイアブライド達へ、とっても美味しい血液をお土産にすると言う。

 

 後日のことになるが、この件を知ったアインズは感情抑制を発動させた。

 シャルティアは、アインズを心から感動させるほどの成長を遂げたのである。

 

 

 

「アトリエに保存の魔法が掛かった小瓶があります。私は動けないので、ソリュシャンに頼めるかい?」

「わかりました。あるだけ持ってきますので、少々お待ちください」

 

 たくさんの小瓶がいっぱいになるほどずんばらりんと行かれるのである。

 と言うか、この作業は朝からやっていた。

 

 部位を欠損するような怪我をしようと、ルプスレギナの治癒の魔法で完全回復できる。

 ところが問題が一つあり、怪我の直後に魔法を掛けてしまうと、分かたれた部位が消えてしまうのである。

 それを避けるには、離れた部分が原型を留めないほどに加工するか、時間を置くか、の二つである。

 ミンチにしてパン粉と刻み玉葱を混ぜてからよく捏ねて成形して焼くところまで行けば大丈夫。だけどもソリュシャンはそんなの欲しくない。必然的に時間を置く方になる。

 アインズ様の実験により、回復しても欠損部位が消失しないのは怪我から一時間後以降となるのが判明している。

 そのため、左手と両足をざくっと行ってから血止めして一時間。魔法で回復してからもう一度。そして繰り返し。

 重量にして、既に男四人分以上となる手足がソリュシャンの中に収納されている。

 そして日が暮れてからはパンドラズ・アクターがドイツ語教室のために来訪し、授業を行いながら作業を続けていた。右手が無事なのは本のページをめくるためだ。メモはとらない。全て頭の中に落とし込む。

 

「そう言えば何で急に帝国に行くことになったでありんすか?」

「……それは、ですね」

 

 

 

 

 

 

 淫魔であるアルベドが、男が誰と寝ようと嫉妬するわけがない。

 どこで誰と何をしようと、必ず自分のところに戻ってくるのだ。自分に捧げられる忠誠も感じている。不安に思うわけがなかった。

 しかし、何事であっても例外は存在する。

 

「そろそろラナーが私に接触してくると思われます」

「…………………………………………………………………………………………え?」

 

 アルベドの時間が止まった。

 

(あの女が? この子に? 接触? どうして? どうして接触するの? ……よく考えなさいアルベド、そんなの決まってるわ。この子を取り戻すためしかあり得ない。

 待ちなさい。本当によく考えて。

 この子が私のところに来たのは王都でゲヘナ作戦を行ったとき。王都はどこも混乱していたけれど、デミウルゴスは王城まで攻め込まなかった。この子が一人で王城から逃げられたわけがないわ。あの女は誰かが連れ去ったと気付いている。誰が連れ去ったか。この子の存在を知っていたのは何人いたか。何人いようと、それが可能で、あの女が知っているとなると限られる。

 アインズ様。デミウルゴス。そして、私。私が連れ去ったと気付いてるのは間違いない。

 私からこの子を奪うつもり? 違う。焦ってはダメ、順序よく考えて。

 この子はどうしてあの女が接触してくることを知っている?

 あの女と通じていた? 私に内緒で連絡をとってた!? だから接触してくるのがわかる!??!?

 違う! だからアルベド落ち着きなさい! 密かにしていたことをわざわざ私に話すわけがないわ!)

 

 止まった時間の中でも思考できるのは、アルベドが非常に優れた頭脳を持っているからだ。

 しかし、アルベドの時間が止まっていても、アルベド以外の時間は流れている。

 アルベドが黙り込んでから口を開くまで、二十分ほどの間があった。

 

「……どうしてあの女があなたに接触してくるとわかるの?」

 

 そこのところはアルベドの時間が止まっている間に一通り説明していたのだが、もう一度と言うのなら否はなかった。

 

「以前、王国の冒険者である蒼の薔薇がエ・ランテルを訪れました。魔導国と王国は敵国同士。王国の冒険者は国家の関与を受けないとの法がありますが、わざわざ敵国の首都を訪問する謂われはありません。必ずやどこからかの依頼によるものです。

 蒼の薔薇のリーダーであるラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは有力貴族の娘であるため、意に添わない依頼は拒否出来る立場にあります。そのラキュースに依頼を強要できるのは、ラキュースと個人的な誼を結び、地位でも上にあるラナーしかいないでしょう。

 私とソリュシャン様はエ・ランテルの黄金の輝き亭で蒼の薔薇と遭遇しました。ラキュースは間違いなく私とソリュシャン様のことをラナーに話していることと思われます。ラキュースが私を私であると認識できたとは思えませんが、ラナーは確信するに違いありません。

 忌々しいことではありますが、ラナーはこの身に執着していると思われます。私の存在を知ったのなら、何かしらの形で接触をはかると推測しています」

「………………」

 

 エ・ランテルに蒼の薔薇が訪れたことはアルベドも知っていた。

 取るに足らない者達だが、アインズ様が注視なさっている。魔導国宰相の元へ、ナザリック守護者統括の元へきちんと報告が上がっていた。

 しかし、この男とソリュシャンが接触したとは聞いていない。

 いや、聞いたとしても大したことではないと判断したことだろう。

 第一、この男がラキュースと知己であることを知らなかった。ラキュースはこの男が誰であるかがわからなかったようであるが。

 

「…………いつ? あの女が来るのはいつなの?」

「ラナー本人が来るかどうかはわかりませんが、蒼の薔薇がエ・ランテルを訪問し、ラナーへ報告し、王都とエ・ランテルまでの距離を考えますと……。明日明後日とは思えませんが、一ヶ月や二ヶ月も掛かるとも思えません」

「………………」

 

 アルベドは決断した。

 お食事がしばらく取れなくなるかも知れなくても、おセックスがしばらく出来なくなることになろうとも、この男を失うことに比べたら。

 

「わかったわ。あなたはエ・ランテルを離れなさい」

「……え?」

 

 あの女がこの子はエ・ランテルにいると思っているのなら、この子をエ・ランテルから離れさせればいい。

 そのためにはナザリックに仕舞い込んでしまうのが一番なのだが、その一番はアルベドが潰していた。

 この子をアインズ様にお目通りさせた時、アインズ様はナザリックで暮らせばよいと仰ってくださった。それを自分はとんでもないことだと主張してエ・ランテルで囲うことにしたのだ。

 それを今になって、ナザリックでと言うわけにはいかない。

 アインズ様のご厚意を無下にしてしまったと言うのに今更何を言わんや。

 アインズ様がどれほど慈悲と慈愛にお優しさに満ちた御方であることかを痛感すると共に、自分がどれほど愚かな女であるかを体が引き裂かれるほどに自覚してしまう。

 ナザリックが駄目ならカルネ村。しかし、カルネ村も駄目だ。エ・ランテルの目と鼻の先だし人口も少ない。もしもカルネ村を訪問されたら一発で露見する。それだったらエ・ランテルに隠していた方がまだましだ。

 幸いなことに、バハルス帝国は魔導国の友好国だ。アインズ様も帝国の皇帝と友誼を結んでいる、と言うことにしている。

 王国と帝国とでは距離がある上に、長年の敵国である。王国の冒険者は帝国に入らない。王国の王女であるあの女なら絶対に入ることなど出来はしない。

 

「エ・ランテルを離れ帝国に行きなさい」

「……何故でしょうか?」

 

 盲信するナザリックのシモベたちと違って、ガチな忠誠を捧げていても納得できないところがあれば抗弁できるのがこの男の違うところである。

 

「……あなた、デミウルゴスにレポートを出したわね?」

「出しましたが、それが何か?」

「それが何か、ですって? 人類を絶滅させるとか書いたでしょう!? お前のレポートを読んでアインズ様はお心を痛めたのよ!」

「!?」

 

 デミウルゴス様に出したレポートが何故かアインズ様のお目に触れてアルベド様もご存じの様子。

 

「アインズ様は人類を絶滅させるなどとは思っていらっしゃらないわ。それなのにお前と来たら……! 私はそのせいでアインズ様からお叱りを受けたのよ!」

「そ、そんな…………。いえ、ですが」

「言い訳は聞かないわ。お前はその近視眼的なところをどうにかしなさい。そのために多様な文化に触れる必要があるのよ。それを学ぶために帝国に行けと言っているの。わかった? お前の為なのよ?」

「……かしこまりました」

「三日以内にエ・ランテルを離れなさい。いいわね? これは、絶対命令よ」

「…………かしこまりました」

「復唱なさい」

「……今日より三日以内にエ・ランテルを離れ、帝国に向かいます」

 

 

 

 

 

 

「人類絶滅とかってお前はバカでありんすか? 絶滅したらお前も死ぬでありんしょう?」

「いえ一人残らずと言うわけではなくて数十万くらいは残すつもりで……。それに私が死んでも」

「お兄様」

 

 上位者であるシャルティアとパンドラズ・アクターがいるため、ソリュシャンとルプスレギナとナーベラルはこれといって口を挟まなかった。

 代わりに物質化するほどに重く鋭い視線を男へ向けた。

 

「実現する計画とは思っていませんでしたが、多様性を学ぶために帝国で学べと命じられました」

「帝国、でありんすか。アウラが出しゃばりそうでなんかイヤでありんすね……」

 

 アウラとマーレは、帝国への使者として赴いたことがある。帝国でどうこうなれば、首を突っ込んでくる可能性がなきにしもあらずであった。

 

 シャルティアが考え込んでいる間にソリュシャンが戻ってきた。シャルティアが入れそうなほど大きな箱を抱えており、中には空き瓶がたくさん詰まっている。

 ずんばらりんが早速始まって、ソリュシャンはフレッシュブラッドを空き瓶に注ぎ始めた。

 血臭が鼻に届いているであろうにシャルティアは考え込んだまま。

 

 

 

 実のところ、おバカおバカを思われているシャルティアは、それほどおバカではないのである。

 どうすれば次に繋げられるのか、実に真っ当なアイデアを思いついて悪そうに口角を持ち上げた。

 

 ここにアルベドのお食事は終焉を迎えた。

 ここからはシャルティアのデザートが始まるのだ!!

 

 

 

「にまにま笑っちゃってシャルティア様どうしちゃったんすかね?」

「しっ! きっと起きたまま夢を見ていらっしゃるのよ。起こしてはダメよ」

「そこの二人! 講義の邪魔をするなら出て行きなさい!」

「「申し訳ございません!」」

 

 シャルティアがどんな夢を見ているのか、夢が実現するのか、それは誰にもわからない。




この後どうなるのか自分で書いておきながら全くわからない!
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