そろそろ大丈夫だろうか?
夜が明けて朝になってしまった。エ・ランテルを離れる日が来てしまったのだ。
見上げれば鬱々とした曇り空。まるでエ・ランテルから追い出されることを嘲笑っているかのようだ。ギリギリと歯軋りしながら天を睨みつけても自業自得でどうにもならない。
すると、ぽつりと小さな雨粒が頬を打った。雨はそれきりで、石畳に濡れている箇所はない。外に出ている他の面々も雨を感じてないようだ。これは天から唾を吐きかけられたということか。
何という門出だろう。帝国での生活を暗示しているように思えてならない。まさかいつの日かエ・ランテルに戻るまでアルベド様にお会いできないのだろうか。
「お兄様、どうかお気を付けて。私も後ほど参りますから」
せめてもの慰めは別れを惜しんでくれる人がいること。
屋敷のエントランス前にはメイドや使用人達が勢揃いして、中央にはメイド教官に支えられているソリュシャンが神妙な顔をしている。一昼夜の瞑想で何とか動けるようになりはしたが、メイドの介助が必要らしい。
「馬車はもう来てるっすよ。雨が降らない内に出発するっす」
「……ルプー姉様、どうかお兄様のことをよろしくお願いいたします」
「そりゃもちろんっすよ。私に任せておけば全然問題ないっすから。くっふっふ……」
ルプスレギナは帝国へ同行する。
元々彼の回復係としてエ・ランテルに招喚され、聖王国での作戦にも参加しない。何よりも、彼自身がルプスレギナが必要と主張した。必要とした理由は知れたこと。エ・ランテルにいる間に何度瀕死になったか数えれば自明の理である。
「若旦那様、荷物はすでに運び込んであります。お名残惜しいのはわかりますが、そろそろ」
メイド教官の一人であるシクススも同行する。
ルプスレギナはプレアデスの一人でありメイドでもあるのだが、あくまでも回復係兼護衛として同行する。生活能力がない若旦那様の世話を焼く者が必要なのだ。そのあたりは帝国で手配できるだろうが、何から何まで向こうの世話になるわけにはいかないのである。最低でも一人くらいは、と言うことでシクススが立候補した。仲良しのフォアイルとリュミエールから大いに心配されて、定期的に手紙を書くことを約束した。
屋敷の門の向こうではエ・ランテルで一番上等な馬車が待機している。持って行く荷物は全て運び込まれ、後は帝国へ向かう三人が乗車するのを待つばかり。
「そうだね。行ってくるよ」
ソリュシャンへ、しばしの別れにと抱擁しようとしたが目で止められた。お兄様の手足をいっぱい収納しているソリュシャンはわりとかなりいっぱいいっぱいである。余りにいっぱいすぎて、昨夜は更に一本の腕と二本の脚をトロトロしていた。
苦笑して耳元へ唇を寄せ、触れずにちゅっと鳴らした。
ソリュシャンの輪郭がほんの一瞬だけ崩れたのは、ルプスレギナしか気付かなかった。
「みんな、留守の間たの、んだ……よ……?」
使用人達へも別れの言葉を告げようとしたが、言葉尻が締まらなかった。予想も出来ない光景に呆気にとられた。
屋敷のエントランスから門へと続く道の真ん中に、真っ暗な球が現れたのだ。
暗い球形はゲートの魔法。
ナザリックでゲートの魔法を使うのは、まずアインズ様。次に、
「間に合ったようでありんすね」
「シャルティア様?」
移動にゲートの魔法を多用するのはシャルティアである。
先の遠征を終えてから、遊び以外にちゃんとしたお仕事でエ・ランテルを訪れるようになり、屋敷の使用人達にも、エ・ランテルの住民達にも知られつつあった。
シャルティアがゲートから出てきても門は消えない。それどころか、縦にも横にもシャルティアの上背の倍以上の大きさはシャルティア一人が潜るには明らかに過剰。
「ほら、早く来なんし」
推測を裏付け、間を置かず次なる者が門から姿を現した。
カツカツと鳴るのは蹄が石畳を叩く音。
全身を立派な馬具に覆われた馬が、一頭、二頭。都合、六頭も現れて、馬が引くのは馬具に負けず劣らず豪奢な馬車だった。
「この前は四頭立てに乗ったと聞きんしたから六頭立てを用意したでありんすよ」
ナザリックからエ・ランテルまで移動する際に、アルベドが用立てたのは四頭立て。自分は六頭立て。誰が見ても自分の勝ち。シャルティアは、ふんすと胸を張った。
「帝国に行くでありんしょう? これに乗っておくんなしえ。わざわざ用意したでありんすから。……お前は降りて挨拶しなんし」
御者台には白い麗人が乗っていた。
足首まである長いスカート。腕はフリルがある長い袖にドレスグローブ。豊かな尻と胸の間には蜂のように細い腰。ドレスは喉元まで覆い隠して肌が露出している部分はどこにもない。白い鍔広の帽子にはやはり白いベールが垂れ下がって顔を隠す。
全身を白く隠した女性は、長い黒髪を靡かせて、御者台からシャルティアの後ろまで一足跳びに降り立った。
一歩二歩と彼の前にまで歩み進むと、純白のドレスが地につくのも構わず跪く。
「シャルティア様より、あなた様を我が君と思ってよく仕えよと命じられました。何なりとお使いください」
「お前一人では心配でありんすから、お守りにこいつをつけることにしんした」
「シャルティア様、恐れながら彼の者の護衛には私がおります」
「護衛は幾らいてもいいでありんしょう?」
「……その通りでございます」
実に真っ当な正論によって、ルプスレギナはシャルティアに退けられてしまった!
「よろしくお願いいたします」
一礼して顔を上げ、彼にだけ見えるように少しだけベールを上げた。
蒼白の肌に真紅の唇。そして唇よりも赤い輝く瞳。シャルティアのシモベであるヴァンパイアブライド。中でも先の遠征に随行させたエリートシックス。その中で唯一人処女を散らすことが出来たヴァンパイアブライドエリートシックスにて最強の者である。
エ・ランテルから帝国に行かれると、シャルティアは今までのようにちょくちょく遊びに行くわけにいかなくなる。よって、繋ぎとして自身のシモベを護衛としてつけるのは、シャルティアにしては実に真っ当なアイデアで反論しづらい。
「あんな馬車よりこっちを使いなんし。こっちの方がずうっと速いでありんすから。出来れば私が送ってやりたいところでありんすが、こう見えてけっこう忙しいでありんすよ。私と来たらそれはもうアインズ様からもうもんのすっごく期待されてありんすからにして、その忙しい私がわざわざこうしてお前のために用意してやった心を………………あ゛あ゛!?」
長々と恩着せがましい口上を述べていたシャルティアは、唐突に言葉を止めて空を見上げた。まだ雨は降っていない。
代わりに、シャルティアの視線の先には小さな黒点があった。
黒点は見る間に大きくなり、姿形が確認できる大きさにまでなるや否や、屋敷の中庭に墜落した。飛んできた速度の割には響きわたる衝突音は小さなもので、墜落ではなく正しい着陸であったようだ。
「なんでおチビが来るでありんすか!」
メイド達は飛んできたものの異様さに硬直している。恐慌に陥ってもおかしくないが、何とかその場に踏みとどまっていられるのはメイド教官からの日頃の教育の賜物だろう。
そのメイド教官はあんぐりと口を開けている。
ソリュシャンお嬢様も似たり寄ったり。ルプスレギナも何がどうしてそうなったのかよくわからず呆けた顔を見せた。
平然としているのは、驚いたりする神経が死んでる若旦那様だけである。
「あれ? なんでシャルティアがいるの?」
「それはこっちの台詞だ!」
飛んできたのはでっかいドラゴンだった。エ・ランテルどころか王国全土を焦土に変えうる凄いドラゴン。そんなドラゴンに乗ってくるのは、マーレかアウラのどちらかしかいない。
ドラゴンは中庭の訓練場めいた空間に着陸し、空中で飛び降りたアウラは屋敷のエントランスに。幼い美貌のダークエルフが、皆が集まってる真ん中に降り立った。
「私はこいつを帝国に連れてってあげようと思って来たんだけど? なに? シャルティアは……、馬車? ふふん、ドラゴンと馬車はどっちが速いと思う?」
「ぐぬぬ……!!」
息をするようにシャルティアを煽るアウラだが、実のところ仲良しである。喧嘩するほどなんとやらだ。
「アウラは帰りなんし! 仕事をサボって何してるんでありんすか!」
「サボってないって。警戒ルートの確認がてら送ってくってアインズ様にご報告してあるし」
「ドラゴンより私がゲートで送った方が速いでありんす!」
「シャルティアの魔法ってそんなに遠くまで行けるんだっけ? その方が速いかもだけど、シャルティアこそこんなところでのんびりしてる時間はないんじゃない?」
シャルティアが自分で言ったとおり、時間があるなら自分で送りたいところを、忙しいからシモベに任せることにしたのだ。
一瞬で送れるにせよ、一緒にいるのが一瞬だけでは意味がない。一緒にいる時間が大事である。
それに帰るならアウラではなくシャルティアの方。シャルティアの目的は護衛をくっつけることであって、それは既に成功している。帝国まで送り届ける必要は特にない。向こうで合流すればよいのだ。
そもそも本当に割と忙しい身の上。遠征で見せた成長ぶりにアインズ様はシャルティアを大いに評価し、新たな仕事として、今までシャルティアが担ってきた物資輸送を発展させ、魔導国の物流を任せることにした。飛行モンスターを自在に使えるナザリックならではの航空便を始める予定である。アインズとしてはアルベドの助言の元、それ以上を考えてはいるのだが、一気にしてしまうとシャルティアがオーバーヒートするのでまずはぼちぼちと、である。
だからといって、アウラ相手にシャルティアが退けるはずがなかった。女の意地。あるいはシャルティアの創造主であるペロロンチーノが密かに持っていた弟の意地かも知れない。シャルティアの創造主とアウラの創造主は、実の姉弟だったのだ。
「私がのんびり出来ないってわかってるならアウラが退けばいいでありんしょう!」
「……それもそうだね」
「へ?」
アウラは両手を挙げて苦笑した。
いつになくあっさり退いたアウラにシャルティアが呆気に取られたその瞬間である。
「うおっ!?」
「しっかり捕まってて」
アウラは帝国へ送り届ける荷物を担ぎ上げた。
肩に担ぐには体の大きさが足りないので横抱きである。いわゆるお姫様抱っこ。
「ごめんね、このドラゴンは二人乗りなんだ!」
荷物を担いだアウラが中庭の奥に消えると、ややあってドラゴンが飛び立った。
残された一同はぽっかーんと口を開いていた。
いち早く我に返ったのはシャルティアだ。戦闘者の本能が急変する事態に警鐘を鳴らした。
「追いかけろーーーーーっ!!」
「はっ! 直ちに!」
ヴァンパイアブライドが、飛び降りたときと同じように一足跳びで御者台に飛び乗った。
鞭を振り下ろし、前脚を高く上げた六頭の馬が走り始める。
馬具に隠れた中身はオーガより強いアンデッド馬。それが六頭。
猛加速した馬車は、屋敷の門が開くのを待たずにギュガーン! と弾き飛ばして駆けていった。
「…………私たちは普通の馬車でのんびり行くっすかね」
「……はい、それがいいと存じます」
ルプスレギナとシクススは、門の向こうで待っている馬車に乗り込んだ。
もしも門前にピタリとつけていたらアンデッド馬車に爆散されていたところ、門を塞がないように停めていたのが良かった。マナーの勝利である。
後には全壊した屋敷の門が残された。
ソリュシャンは、シャルティア様に壊されましたと報告することに決めた。
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「すげー! すげー! エ・ランテルがもうあんな遠くに! 地平の向こうまで見える! 大地が丸いのは本当だったんだ!」
「空飛ぶのって初めて? 嬉しいのはわかるけど落っこちないでよ。死ぬから」
「はい! 死にたくないので気を付けます!」
空の二人。
アウラはいつも通りに乗っているが、ドラゴンに乗るのも空を飛ぶのも初めてな若旦那様は、ドラゴンの長い首にすがりついて眼下を見下ろし、どこまでも遠く見渡せる地平に見入っていた。
大興奮、超興奮である。
眼下に映る光景と頭の中にある地図を照らし合わせ、真下に見える地形から現在地を推測する。振り返って遠くなったエ・ランテルの距離と見下ろす時の角度を大雑把に計算。両者を合わせて現在の高度を導いた。1000メートル以上の高さなのに雲は更に上にある。辞書を読んでも雲の高さなんて書いてなかった。知らないことはまだまだ幾らでもあると好奇心が刺激される。
「アウラ様、このように素晴らしい景色を見せていただき、まことにありがとうございます!」
今日は鬱々とした始まりだったのでどうなるかと思っていたら、素晴らしいご褒美が待っていた。
思えば、以前もアウラ様からの厚意を与ったことがある。
「以前もオーガと戦わせていただき、ありがとうございます。機会がなかったので礼が遅くなってしまったことをお詫び申し上げます」
「え? あ、うん。わざわざ野良オーガ探してあげたんだよ? どうだった?」
「楽しかったですよ。コキュートス様からいただいた剣はとても良い切れ味で快適でした。回復力があるのも良かったですね。何度も切れ味を試せましたし」
「……うん、喜んでもらったなら良かったかな。……マーレがずいぶん懐いちゃったみたいだからサービスしたけど、あんまり贔屓するとちょっとあれだからね。内緒にしといてよ」
「かしこまりました。私のためにありがとうございます」
アウラがわざわざこの男の宅配を名乗り出たのは、以前オーガをけしかけた件について口止めを行うためだった。
ところが、いい子ちゃんなアウラは日頃の行いがよかったようで、拍子抜けするほどあっさりと目的を達した。
達してしまったからもういいやと言って放り出すわけには行かない。
帝都までの長い距離を、二人きりの旅が続く。
禁煙を始めたからと言ってすぐにゼロにしたがるのは素人、プロはまず本数を減らす!
ここ一ヶ月くらい、投稿してから寝ると感想もらう夢を見ます
前はこんなことなかったんですが
アウラはアインズ様が秘蔵してる凄いマジックアイテムで
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爆乳王女様(公式)になって色んなことを
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やっぱ小さいままで出来るとこまで