「「ようこそいらっしゃいました、アウラ様!」」
「……なによ、こいつら」
幼いソプラノステレオボイスに、アウラは眉をひそめた。
「ウレイです」
「クーです」
「……あれ? クーがウレイじゃなかったっけ?」
「そうなの? それじゃウレイがクー?」
「きっとそう。クーがクーでウレイがウレイ」
「それならウレイがウレイでクーがクーだよね」
「うん。だからわたしがクーで……、クーがウレイ?」
「じゃあわたしがウレイでクー? ウレイはどっち?」
顔に背丈が同じなら声も同じ。服装も一緒と来れば全く見分けが付かない。
「…………本当になにこいつら?」
「安かったんで買っちゃいました」
「「ご主人さまに買ってもらいました!」」
どこか得意げな屋敷の臨時主人に、アウラは眉間の皺を深くした。
アウラを迎えたのは、アウラより幼い双子の姉妹だった。
■
前回アウラが屋敷を訪れた翌日に、帝都名物奴隷市場で買い求めたのである。
買い主も売り主も、当事者である商品たちも知らないことであるが、中々不幸な目に遭ってきた双子だった。
裕福な家で生まれ育ったが、幼い双子が知らない内に生家は没落。一家はたちまち困窮し、双子は実父から奴隷商人に売り渡された。
速やかに買い手がつき、手付け金もあったというのに買い手はいつになっても商品の引き取りに現れなかった。
ここで困ったのが奴隷商である。
手付けが払われたので他へ売るわけにいかない。放置して死なれでもした後に引き取りに来られたら違約金が発生してしまう。適度に世話をして生かしておくしかなかった。親に売られた幼子へわずかばかりの哀れみもあったかも知れない。
世話をすると言っても最低限である。奴隷商に限らず、生体を販売する商売は世話に金を掛ければ掛けただけ儲けが削られるのだ。
劣悪な環境に良いとこ育ちの幼子はたちまち体調を崩してやせ細り、不安と恐怖に泣きわめけば容赦のない怒声を叩きつけられた。一応は商品なので直接的な暴力がなかったのは幸いだった。
奴隷商としては早く何とかなって欲しい不良在庫。
幼い双子は未来を完全に閉ざされて暗闇でうずくまるしかない。唯一の慰めが、双子はセットの方が価値が高いと判断されたことで、姉妹が引き離されることがなかったことだ。離されたときは死ぬときだと二人とも悟っていた。
そんな二人の前に現れたのが、学士として帝都に来ている男である。
奴隷市場を見て回り、二人を抱えている奴隷商の門を叩くや否や、奥に仕舞い込まれている子供が欲しいと来た。
どうして奥に仕舞っている在庫に気が付いたのか奴隷商人は不思議だったが、在庫が捌けるなら万々歳である。後で揉めないため、先に手付けを払った者がいることを正直に話した。一目するだけで、騙したら後でとんでもないことになると確信できる一行だったのだ。
買い手の男は意に介さない。
手付け金を払ってから時間が経ちすぎている。帝国の商法でも商習慣でも全く問題がない取引であると主張した。ここで問題が起ころうものなら、まずは帝国の司法に訴え、それでどうにかならなかったら「おいおいあれってどうなってるんよ?」と帝国の騎士経由で皇帝にちくり、それでも問題解決しなかったらこの男を我が君とする忠実なヴァンパイアブライドが特攻する。
余談になるが、このヴァンパイアブライド、ミラは並のヴァンパイアブライドから逸脱した。
ミラの同僚はかつて、そこそこ腕が立つ人間の剣士に遅れをとったことがある。ヴァンパイアブライドとは、種としてそこまで強力なモンスターではないのだ。
そこへいくとミラは、真祖の吸血鬼が選抜したエリートシックスの一人で、同僚たちの中では割と強力な個体だった。主から見ればどんぐりの背比べだろうが、頭一つ抜けていたのは確かである。
主と共に偉大なる至高の御方の遠征に随伴して成果を上げ、お褒めの言葉を授かった。主からはミラとの名を頂いた。そしてもう一つ。主から頂戴した究極の鮮血である。
同僚たちは五人で一瓶だったが、エリートシックスは一人一瓶頂いた。なお、彼女らのとても可愛い女主人は50本以上を独り占めである。
強い血である。主はこくんこくんと飲み干していたが、ミラは一舐めするのが精一杯。そのたった一舐めで忘我の域にまで連れ去られてしまうような強い酩酊感と陶酔感。漲る力に気が付いた。強さの限界に至っている主と違って、ミラには伸び代が残っているようだった。
とは言っても、如何に鮮度を保とうと、採血してから時間が経った血を一舐めするだけで卒倒しかねない代物。強くなれるのかも知れないが、直飲みは余りに恐ろしくて、許されようと出来る気がしない。
そのような経緯を経て、帝国の四騎士と同等の力を持った不死の美女が立ちはだかるのだ。
奴隷商人は安心して取引に同意した。
ところが、ここで買い手の男に同行していた赤毛の絶世の美女が待ったをかけた。
『汚くてボロボロの子供っすけど安すぎじゃないっすか?』
売られている幼子の小さな手で握れる程度の金貨で済んでしまう。安すぎて難ありと思えたのだ。訳あり商品だとしたって安すぎである。
これには男も同意した。商品の仕入れ値を聞き出し、その三倍の額を払うことにした。飲食店の原価率は三割前後と聞いたことがあったからだ。奴隷を飲んだり食べたりするわけないので全くの見当違いなのだが。
奴隷商は平身低頭で輝ける一行に商品をセットで引き渡した。買い手としては一人で良かったのだが、くれるというのならもらっておくのである。
なお、買い手である男にはお金の価値がよくわからない。あちこちで商品の値段を見聞きして相場を知ってはいるのだが、自分でお金を使う生活をしていないので今一つピンと来ないのだ。
赤毛の美女、ルプスレギナはもっとわかってない。そもそもお金を使ったことなど一度もない。エ・ランテルでは商店から何かを求めることはあったのだが、値段は見ずに全てつけ払い。いわゆる信用払いで済ませてきたので、商品の金銭的価値などわかるわけがない。
そもそもにして、ナザリックのシモベたちは金銭感覚が狂っている。
代表として、階層守護者であるアウラを取り上げよう。
アウラはペットのロロロのご飯にユグドラシル金貨を一枚使う。金貨を入れると望む物に変換してくれるアイテムがあるのだ。
ロロロとは、アウラと同じ階層守護者であるコキュートスが鍛えているリザードマンが飼っていたヒュドラである。アウラからすれば、配下の魔獣とは比較にならないほど弱いけど割と可愛いペットである。
そのペットのご飯にユグドラシル金貨を一枚使う。
ユグドラシル金貨を重量で換算すると、帝国で流通している金貨の二枚分はある。繊細な細工が施されて芸術的な価値もあり、もしも帝国の貴族の手にあれば、本邸のマントルピースの上で額縁に入れて飾られておいてもおかしくない。ユグドラシル金貨はざっと帝国金貨三枚分の価値があるとしよう。
金貨が一枚あれば、帝都に暮らす庶民一家なら2・3ヶ月は暮らせる。現金収入に乏しい農村なら一年以上は優にもつ。ナザリックと接触する以前のカルネ村は金貨を目にすることすら希であった。一度も見ないで生涯を終える者も少なくないだろう。
その金貨三枚分の価値があるユグドラシル金貨が、ペットのご飯の一食分。
ナザリックとその他とでは、金銭感覚が千倍、下手をすると万倍もの差があるのだ。
ルプスレギナが商品を高い安いと言うのは余計な口出しでしかなかったが、奴隷商人は感激して、支払う若旦那様も「そんなものかな」としか思わなかったので誰も不幸にならなかった。
そのようにして買い取られた双子は、ルプスレギナの回復魔法で一発全快。
しかし、商品として扱われた期間に負った心の傷はどうにもならなかった。アインズ様が星に願えば可能なのかも知れないが、まさかこんなことでアインズ様にお手数掛けられるわけがない。陳情したところで一笑に付されるのは間違いない。
これには帝都の裏市場で見つけた懐かしの黒粉を吸わせて落ち着かせた。若旦那様も当然のように吸ったわけだが、ラナーから与えられていた物より数段質が下であって、何とも複雑な心境になった。
落ち着いたところに、アルベド様を一発で昏倒させた魔酒をフレッシュジュースで千倍に薄めた物を少しずつ与えて恐怖を忘れさせた。
自然回復力を頼りにして自分の影に怯えて泣かせておくより、適切に薬を処方して落ち着かせる方が人道的である。
普通に生活できるようになったら育ちがよい子供と判明した。何かあれば騒ぎたがる子供とは違って落ち着きがあり、礼儀作法の基本が出来ている。
煤けていた髪は明るめの金髪となって、顔立ちもなかなかに愛くるしい。健やかに成長すればそれなりの美人になると思われた。
いつでも二人一緒で、幼いながらも自分たちが買われたことを自覚して、何とかしてご主人様の役に立とうと一生懸命なところがメイドたちに大人気である。
ただし、全てが上手くいったわけでもない。
二人を引き離すと途端に精神が変調をきたして恐慌状態となる。双子の名前はウレイとクーと言うらしいが、自分がどちらなのかわからない。金髪の大人の女性を見ると誰彼構わずお姉さまと呼ぶ。
時間が解決するのかどうか誰にもわからない。
▼
「ふーん」
双子の説明を軽く聞いて、アウラは興味を失ったように視界から外した。
男としても一応引き合わせただけなので、二人には退室を促した。双子は元気よく挨拶をして部屋から出ていった。
これからは真面目なお仕事の時間である。
アウラはどことなく面白くなかった。どこかに棘が刺さったような不快感があった。
前回の訪問時にあったことではない。双子のことだ。
幼い子供がこの男の側にいることが気に入らない。
自分のことを子供だとは思いたくないが、客観的に見れば小さな子供だ。この男の側にいる子供は自分だけだったのに、知らない内に増えている。
自分の居場所をとられたような気がして不快なのだ。
まさか自分の代わりに双子を買ったわけではないだろうが。
実はそのまさかが本当である。
売り物だし安かったとは言え、どうして奴隷なんかを買い求めたのか疑問に思ったルプスレギナは、『どうしてこんなの買ったんすか?』と聞いていた。まだまだ子供なので劣情を向けるわけではないと思いたいが、アウラ様に何かしでかしたらしいので不信が拭えない。
『抱き枕に買ったんだ。今はガリガリだけどもう少し肉がつけば。アウラ様に抱き枕になってくださいなんて言えないからね』
『それ絶対にアウラ様に言っちゃダメっすからね?』
放っておくと素直に答えて九割殺しになる気がしてならない。なったとしても回復してやればケロリとしているのは間違いないのだが。
▼
「もう少しアウラ様と過ごしたいのですが、今日はこの後に予定が入っています。申し訳ございません」
「……まあ、今日来るって言ってなかったしね」
前回もその前も、二人だけの会議が終われば誘われた。今日もと思っていたがなしであるらしい。
アウラは、「私より大事なことってなに?」と言いそうだったのをギリギリ堪えた。そんな事を言ってしまうのは子供丸出しだ。アウラの中で育ち始めたプライドが、女のプライドがそんな事を口にするなんて絶対に許さない。
これについてはアウラに非がある、と言うのもおかしな話だが、アウラは帰り際に「また来るね」としか言わないので都合を合わせられないのだ。
特に今回は、前々回と前回との間の倍以上の日数があいていた。それでも来る時間帯は大体同じなので、極力あけておくようにしている。帝国の貴族から社交に誘われることもあるのだが、今のところは全て断っていた。
この男の優先順位は明確である。
第一にアルベド様。何を置いてもアルベド様。自身の命はもとより、世界の存亡が掛かっていてもアルベド様。
その次にアインズ様が来るところがナザリックのシモベたちとの一番の違いである。
三番目にアウラらナザリックの守護者の方々。
次に自分の都合が来てその次がプレアデスなのだが、理不尽な暴力によって自分の都合を優先させてもらえないこともある。
アルベド様もアインズ様もいらっしゃらない以上、アウラの要望が最優先になっても良いのだが、他の要因として順番がある。優先順位が同じなら、先約を優先するのが道理である。
アウラはいつものように、「また来るから」と言って去っていった。
飛び立つドラゴンを見送り、夕食も風呂も終えて夜が深まってきた。
「ご主人様、そろそろお時間になります。馬車の準備は整っております」
「わかった。出発しよう。御者は頼んだよ」
「たまわりました」
帝都の屋敷から、六頭立ての豪奢な馬車が姿を現す。
馬車に劣らず豪奢な馬具をまとった馬は蹄の音すら朧気に、帝都の門を潜って街道へ出た。
帝都から十分離れると街道を外れ、道なき道を進み始めた。
この世界で最高峰のレンジャーが馬車をつけているのを、御者も乗客も、馬車を待っていた白い影も気付かなかった。
複垢まで作ってた人は今回も一発BANされました、皆さんのおかげですありがとうございます
多分また来るのでその時もよろしくお願いしますペコリ
Webでは幸せになったけど書籍では死んでるぽいが確定ではないぽいので出てきた双子
活躍するかは未定、むしろしてはいけないかも知れない
アンケートは、同性間の友情と実の姉弟の絆のどっちが強いかにしても良かった気がします
2・3話先に反映すると思うので、次話投稿から20時間後くらいに終了予定
わかりやすいかと思ってサブタイ編集中
禁煙はちゃんと頭にあるんです、本当です
アウラには
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優しく
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エロく