ナザリック第六階層ツリーハウスのバスルームにて。
アウラの心境はもんのすごく滅茶苦茶だった。
しかしながら、やらない後悔よりやった後悔。そして、やってしまったことよりこれからのこと。ざぶんと頭まで湯船に潜った。
「……ぶくぶく…………ぷっはーーーーーっ!」
大きく息を吐き、頬に張り付く金髪をかきあげる。改めて手足を伸ばした。
湯に沈む体を見下ろし、難しい表情を作る。
あの時とは違って体は小さい。不思議な青いキャンディーを使ったのは、アインズ様の御前で披露したのと、あの時の二回だけ。今はいつも通りの子供の体。
ずーっとこの体だったのだから、手足が短く、肉付きもまだまだなことに不満はない。成長すれば、あのような体になると証明された。将来への不安もない。
ただし、あの日変えられてしまった部分に、少しだけ困っている。
「…………また乳首が立ってる……」
エッチなことを考えたわけではなく、あの日のことを思い出しているわけでもないのに、脈絡なく唐突に乳首が立ってしまうようになった。
今は一人きりで風呂に入っているので、まだいい。
何でもない普通の時に立ってしまうのが問題だ。
アウラがいつも装備しているのは、革鎧の上下の上に軽装鎧、更にその上にズボンとベスト。乳首が立とうと気付かれる心配は皆無である。でも、立ってしまうと擦れるのだ。擦れてしまうのがわかってしまうのだ。変に擦れたりしないよう、乳首だけガードする何かを着けるべきかと真剣に悩んでいる。
「ん…………、ダメダメこんなことしてマーレたちに気付かれたらどうするの!」
乳首を摘まもうとして、我に返った。
下の方がじわっと来ないだけシャルティアよりましなのかも知れないが、あんなエッチな吸血鬼が比較対象になるかと思うと情けなくて泣けてくる。
(アウラ様、如何なさいましたか?)
「!? なんでもないからほっといて! ……そろそろ出るから着替えの用意したら出てってよ」
(かしこまりました)
ドアの外へ応えると、アウラはもう一度湯船に潜った。
上げた顔には決意があった。
「ちょっとシャルティアのとこに行ってくる」
「今から?」
「今から」
吸血鬼のシャルティアと違って、お子様なアウラとマーレはおねむの時間である。
いつも通りのズボンとベストを着込んだアウラと違って、マーレは可愛いパジャマを着ていた。ネグリジェの時もあるのは余談である。
「……やっぱりシャルティアさんと何かあったの?」
「何かって何よ」
「この前シャルティアさんと一緒にお兄ちゃんのところに行ってから、お姉ちゃんの様子が変だったから」
「はあ!?」
努めて仏頂面を作っていたアウラは、一瞬で真っ赤になった。
「おおおおお義兄ちゃんて何よ?!?!」
「えっ? 大人の男の人だからお兄ちゃんだと思うんだけど……おかしい?」
どうしてアウラが取り乱したのかさっぱりわからないマーレは、姉の剣幕に気圧されながらもきちんと答えた。
アウラは己の早とちりを悟った。顔は依然赤いままで、むっつりと黙り込む。
「………………それならデミウルゴスとセバスもお兄ちゃんなわけ?」
「うーーーーーん、デミウルゴスさんはお兄ちゃんかも知れないけど、セバスさんはおじいちゃんじゃないかなあ」
デミウルゴスは大人の男である。悪魔だが。
セバスは竜人で、大人と言うより白髪白髭の老人である。むきむきのマッチョだが。
「………………あいつのことは関係ないから」
「そうなの?」
「そうなの!」
苦し紛れの反撃は、あえなく弟に一蹴された。
姉の威厳でもって、弟の疑問をはねのける。
マーレは納得していないようで小首を傾げているが、アウラが睨みつけると就寝の挨拶をして寝室へ飛び込んだ。
エルフメイドたちへ、帰りは遅くなるかもと言付け、アウラはシャルティアがいる第ニ階層死蝋玄室へ向かった。
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「アウラがいつ来るのか。ずっと待っていんしたよ」
「……あっそう」
死蝋玄室の大きな寝台の上で、シャルティアが一人待っていた。
長い銀髪はほどいて流している。身に着けているのは、マーレが着ることもあるネグリジェよりも薄手でとてもセクシーなもの。
妖艶に笑い、右手をアウラへ差し向けた。手のひらを上に向けて軽く握り、人差し指だけを伸ばして数度折り曲げる。
「キャンディーは舐めないんでありんすか? ま、それもいいでありんしょう。こっちに来なんし。この前は教え切れんかったことをたーっぷりと教えてあげりんすよぉ?」
シャルティアの手招きに引き寄せられるようにして、アウラは寝台へ近付いた。
靴を脱いで上にあがる。
「ふふ……、アウラも女の良さを知ってしまったでありんすから? まあ、この私が? 責任をとって? 色々なことをしてあげりん、ぶげらっ!?」
近付いてきたアウラの頬を撫でようとした手を叩き落とされ、顔面にグーパンを叩き込まれた。
美少女なシャルティアは、とっても強い吸血鬼なのだ。
自分が全力でパンチしても痛手にならないと知ってるアウラである。顔面にグーパンする躊躇いは全くなかった。
「何をする!!!」
ベッドに沈んだシャルティアは瞬時に体を跳ね起こした。
多少は痛かったが、ダメージはない。それよりも、これから好いことをしようと思っていたのに思い切り殴られて、精神的なショックの方が大きい。
これは殴り返しても無罪。シャルティアは固く拳を握って、
「そんなことしに来たんじゃないから。色ボケないで」
アウラの声は思いのほか冷静だった。
「じゃあ喧嘩を売りに来たんでありんすね!? 折角アウラとレズセックスしようと思ってヴァンパイアブライドたちを遠ざけたのに!」
「するわけないでしょ」
「……どっちをするわけないんでありんすか?」
「喧嘩の方。相談に来たの」
「…………………………ほう?」
喧嘩は否定したが、レズセックスは否定してない。しかも、この前相談に来たときの内容はセックスだった。もしかしてもしかするかも知れないと、シャルティアは胸を熱くした。
「あいつのこと」
「アウラの処女膜を破ったあの男のことでありんすか?」
「そこまで言わなくていいから!!! …………でもそいつのこと」
努めて冷静を装っていたアウラだが、つつかれれば弱いもの。
事実を指摘されただけで、頬に朱が差した。
「ほーん? あいつがどうしたんでありんすか? またセックスに付き添って欲しいんでありんすかぁ?」
「だからそう言うんじゃないから! もう一人で出来るし!」
「今度は一人で行くつもりでありんすか。もう次の予定を立ててるなんて、アウラは思ったよりエッチだったんでありんすねぇ」
「違うって言ってるでしょーが!!」
「それじゃあもうセックスしたくないんでありんすね?」
「だから! …………くっ!」
実に珍しく、論戦でシャルティアにリードを奪われている。
アウラは言い返したくなるのをぐっと堪えて言葉を飲み込み、深く息を吐いて吸った。
「真面目な相談」
「……言ってみなんし」
アウラの雰囲気を感じ取って、シャルティアは姿勢を正した。
二人ともベッドの上で、シャルティアはエッチなネグリジェ姿ではあるが。
「あいつは人間の男でしょ?」
「そうでありんすね。……あ、ちょっと待ちなんし。メッセージの魔法が来んした」
シャルティアが目を閉じて、誰かと何かのやりとりをしている。
眉間に皺が寄り、開いた目はつり上がった。
「アルベドに呼ばれんした。後でもいいでありんしょうか?」
「……うん、急ぎじゃないから。今はあいつのことで相談があるってことだけ覚えといて」
「わかりんした」
シャルティアはヴァンパイアブライドたちを呼び寄せ、衣服を整えてからアルベドがいる第九階層へ向かった。
アウラは、自分をもてなそうとするヴァンパイアブライドたちへ断って、自身の階層へ戻った。
あの男は人間の男だ。
あっという間に老いて死ぬ定命の者。自分が大人になる頃には、間違いなく死んでいる。
そこをどうにかしないか、と相談する予定だった。
人間のままが好ましいが、他に手段が見つからない場合、シャルティアに吸血させてヴァンパイアにしてしまえば良いと考えた。アルベドが強固に反対するだろうから、本当に最後の最後の手段になるだろうけれど。
■
「あら?」
アウラがお風呂に入っている頃、アルベドは第九階層に数ある会議室の一つで仕事をしていた。
書類にペンを走らせていたところ、ペン先が音もなく折れたのだ。
「アルベド様、どうぞこちらを」
「ええ、ありがとう」
お骨の一人から新しいペンを手渡される。
部屋にいるのはアルベドの他に、アインズが作成したエルダーリッチが数体いた。
アルベドが、アウラとマーレがおねむの時間になるまで仕事をしているのは、本当に忙しいからだ。
ナザリックの運営に、エ・ランテルの統治。これだけでも割と手一杯だったところへ、アインズ様が先の遠征で獲得した新たな支配領域。いずれは聖王国も加わる。リ・エスティーゼ王国が加わるのも遠くない。
特にエ・ランテルでは、人間の役人たちが全て逃亡してしまったため、ナザリックにて内政能力があるアルベドに負担が集中している。
自分が頑張ればどうにかなると言うのなら、アインズ様の為に心身を惜しまないアルベドであるが、絶対的に手が足りていなかった。このままではいずれ破綻するのが目に見えている。
目に見えているものを放置するほど愚かなアルベドではない。
いずれは然るべき行政機関を作って諸々の運営を任せる予定だ。今はそのつなぎとして、エルダーリッチたちへ行政等の教育を行っているところである。
教育が完了すれば多少は楽になるだろうが、すぐにその次が待っている。
アインズ様は週に一日の休日をお与えくださったが、その一日とて惜しい毎日を送っているアルベドだった。
休日があっても、以前とは違ってすることは特にないことであるし。
「あら?」
今度はペキリと音を立てて、ペン先が折れた。
力加減を間違ったようだ。ペン先は書面を破き、硬い執務机にぶつかってひしゃげてしまった。
「……どうぞこちらを」
「ありがとう。折角作った書類を破いてしまってごめんなさいね」
「いえ、また書けばいいだけですので」
お骨の一人から新しいペンを受け取って、破けた書類から次の書類へ目を落とす。
書類の出来は上々。
さすがはアインズ様が作成したエルダーリッチである。一度教えたことはそつなくこなす。これなら一通りのことを教えれば即戦力になる。
即戦力になると言えば、今は帝国にいるあの子。
あの子なら、教えなくても勝手に学ぶ。以前読んだレポートから、文書作成能力は十分と評価している。
あれならば文書の書式を教えずとも見せるだけで戦力になるのは間違いない。帝国のあらゆる書物を要約して報告していたくらいなので、この土地の法や慣習に詳しいことも頼りになる。
しかし、使うつもりはない。あの子には働いて欲しくない。
使えるのに使わないのは自分の我が儘に過ぎないとわかっているが、そこは公私の区別だ。あの子と仕事の話をしたくない。夢のように素晴らしい時間を過ごすだけでいい。それだけがいいのだ。
その時間を、最近は全く得られていなかった。
かつて処女であった時に敗北した後は、意地を張って訓練という名の自慰に励み、しばらく会いに行かなかった。今はそれ以上の時間が空いている。
「あら?」
「…………どうぞ」
「ええ、ありがとう」
今度はペンが真ん中から真っ二つに折れた。
言葉少なく、お骨が新しいペンを持ってくる。
あの子と会っていない。
キスをしていない。
精気を吸ってない。
フェラチオをしていない。
精液を飲んでない。
乳房を揉まれていない。
秘所を舐められていない。
秘所に指を入れられていない。
セックスをしていない。
幾ら自慰に励んでも、あの快楽には遠く及ばず後には虚しさが残るばかり。
餓えていた。
ナザリックの食事では得られない新鮮な精気が吸いたいのか。
ナザリックの食事より上等と断じることが出来る精液を飲みたいのか。
濃厚なセックスをして快楽を得たいのか。
そのいずれなのかわからない。
おそらくはいずれもだと思われる。
体を持て余している。
アインズ様へ襲いかかってしまいそうになる。アインズ様はそんな己の卑賤さを察しておられるようで、不自然に目を逸らされることが何度もあった。
今度襲いかかってしまえば、謹慎ではすまないかも知れない。アインズ様から見放されてしまうかも知れない。断固として避けなければならない。
しかし、もしもアインズ様がこの気持ちにお応えくださったならば。
ああ、しかし。
だがしかし、アインズ様におちんぽはないのだ。
アインズ様のお体は、磨き抜かれた純白のお骨であるがゆえに。
ここまでなら、己のことである。
自制を強くすれば何とかなる。
何とかならないのは、あの子と一緒にいるルプスレギナのこと。結婚したいと言うくらいなのだから、間違いなくセックスしている。
シクススもそうだ。自分から性処理を買って出たと言うのだから、間違いなくセックスしている。
更に気に入らないのはシャルティア。あの淫乱う゛ぃっち吸血鬼は、ゲートの魔法で帝国まで瞬時に移動することが出来る。間違いなくセックスしている。
自分はこんな時間まで仕事に勤しんでいるというのに。
「あら?」
手の中で、ペンがぐちゃりと握りつぶされた。
充填されていたインクが周囲に飛び散る。
「………………」
お骨は、新しいペンを持ってこなかった。
微動だにせず、アルベドの様子を注視している。
「替えのペンはないかしら?」
アルベドは、頬に黒いインクの飛沫を付けたまま、慈悲と慈愛の微笑を浮かべていた。
もしもお骨たちに肉の体があれば、全身から冷たい汗を流して固唾を飲み込んだことだろう。
アルベド様は微笑んでいらっしゃるが。内心は全く違うと察せないほど愚かなお骨たちではないのである。
「…………休憩をとられては如何でしょうか?」
決死の思いで進言した。
エルダーリッチである己たちと違って、アルベド様は100レベルの守護者統括でいらっしゃる。手弱女に見えようと、細い腕を一振りすれば一撃で自分たちを粉々にしてしまう膂力を秘めている。
アルベド様はお疲れで、このまま講義を続けるのは難しいと思われる。
しかし、守護者統括様へ進言してしまうのは越権行為であると思われる。
爆発するまで黙っているか、決死の思いで進言するか。
「……………………………………そうね」
お骨たちは勝利した!
アルベドは物憂げに息を吐き、真っ白なハンカチで頬を汚すインクを拭った。
「しばらく休憩にするわ。シャルティアを呼んで頂戴」
▼
シャルティアがやってくるまで、アルベドは会議室で待っていた。
「遅い!!!」
「これでも急いできんしたでありんすよ? 守護者統括様にはしたない格好を見せるわけにはいきんせんでありんしょうから」
シャルティアは髪を綺麗にヘッドドレスでまとめ、ボールガウンを完璧に着こなして、手にはドレスグローブ。
ヴァンパイアブライドたちに着付けを手伝わせたわけだが、エルダーリッチからメッセージを貰ってから優に三十分は経過していた。
「…………………………いいわ。帝国にいるあの子を連れてきて。今すぐ」
「ほー? へーーえ? ふっっっうぅうーーん? アインズ様はお仕事をしていらっしゃるのに、お忙しい守護者統括様は何をするつもりでありんしょうかねぇ? 守護者統括様はそんなに良い御身分なんでありんしょうか?」
シャルティアは、嫌味たっぷりに嘲笑した。
「あの子に二度とシャルティアに触れるなって命令するわ」
「直ちに帝国へ赴き、あの者を連れて参ります!」
シャルティアは命令を復唱し、ゲートの魔法を発動した。
アルベドは急いで自室に戻り、散らかっているアインズ様グッズを片づけ始めた。
あと2~4話で終わらせます、たぶん