「まさか本当に死ぬとはな。一体どうやって死んだ? 毒とは思えんし、こいつは魔法を使えないはず。……いや、それよりも。コキュートス、どう見た?」
「ハッ、疑イナキカト」
「セバス」
「はい、見事な忠誠心でございます」
「うむ、文句なしに合格だ」
アルベドの胸中は複雑だった。絶望と希望と、喜びと悲しみがない交ぜになっている。
アインズから合格を言い渡されたのは純粋に喜ばしい。しかし、アインズから試されたということは、何かを疑われていたということに他ならない。自分の行いの何がアインズからの不信を買ったのか、全く見当がつかない。
そしてやはり、床に倒れる男。
傷一つなく、頬にはまだ赤みが差し、安らかに眠っているようにしか見えない。しかし、死んでいる。
ナザリックには死者を復活させる方法は幾らでもあるのだが、アインズからの命令で奪った命を戻せようものか。
これからは、この男がいない日々が始まるのだ。
「セバス、ペストーニャを呼んでこい」
「はっ、かしこまりました」
「さすがアルベドだな。打ち合わせもなしに見事な演技だったぞ」
「…………………………え?」
アインズの意外過ぎる言葉に虚を突かれ、アルベドが我を取り戻したのはセバスが執務室を出た後だった。
「お見苦しいところをお見せしました。ですが、演技とは一体どのような意味でしょうか?」
「……ん? わかってしたのではなかったのか?」
アインズは、きょとんとした様子でアルベドを見た。
アルベドの微笑は、珍しく崩れていた。
「私の愚かさをお許し下さい。今の一幕がどのようなものであったかご説明いただけないでしょうか?」
「最初に言った通りだ。こいつの処遇を決めるためだ」
「それは……、アインズ様をご不快にさせたことを裁いたのではなかったのですか?」
「わざわざセバスを呼んだのだ。それで伝わったと思ったのだが?」
アルベドが感じた通り、先の一幕はセバスが本当に裏切ったのかどうか確かめた時を模していた。
「……私の行いに不信を抱かれたのではなかったのでしょうか?」
「それこそまさかだ。もしもアルベドが裏切るようなら私はこの場所にいはしないだろう」
「ああ、アインズ様!」
アルベドは感動して目をキラキラさせた。
一方、冗談めかして言ったが、アインズはかなり本気だった。
もしもアルベドが裏切りでもしたら、影響はセバスの比ではない。アルベドに裏切りの兆しを感じた時点で、アインズは真偽を確かめることなくナザリックから姿をくらませるに違いない。そして暴走したアルベドが、無慈悲な女王として世界に君臨するのである。
「試したのはアルベドではない。こいつだ」
覚めない眠りについた男を見下ろした。
■
数時間前、お仕事に疲れたアインズは、気晴らしに第九階層の様子を魔法の鏡で眺めていた。
するとシャルティアに連れられたこの男を発見。好奇心に駆られて覗き続けると、アルベドの部屋に入っていった。しばらく様子を見て、何が起こっているかを把握した。覗き見を続ける趣味も興味もなかったのでひとまず仕事に戻る。
男がアルベドの部屋から出てきたところを完全不可知化の魔法で待ち伏せし、支配の魔法を掛ける。
そして、アルベドとの間に起こった諸々を聞き出した。
二人が男と女の関係にあると知り、友人の娘になんてことしてんだゴルァ! と何かしらの感情が呼び起こされるでもなく、感じたのは罪悪感。
友人から預かっていた大切な娘さんの管理不行き届きでこんなことに、と思った時間は短く、元はと言えばアルベドの種族をサキュバスにしてあのような設定を書き込んだタブラ・スマラグディナが悪い。俺は無罪!
そもそも、薄々察していた。
サキュバスが輝ける美男を引き込んだのだ。それで何も起こらないと思うほどアインズは子供でなかった。
アルベドは己に愛を歌いながら、他の男をベッドに引きずり込む。これでもしもアルベドが人間だったら、アルベドの言葉など一切信じられなくなったことだろう。しかし、アルベドはサキュバスである。サキュバスにとって、男との交わりは食事の一環。種族によって食事の方法が様々であることは、ナザリックの支配者であるアインズはよく知っている。
もしもアインズが人間であったら、理性ではアルベドの食事について理解しながらも、感情ではとても納得出来なかったことだろう。今のアインズはオーバーロードだ。感情に振り回されることは決してない。
そして、肉の体を失ってからは性欲もない。男と女の情交は、キノコが胞子を飛ばすのと大差ないと感じている。せいぜいが、場所を選べとか、周りを汚すな程度にしか思わない。
アインズが人間であった時分に経験があれば何かしらを思ったかも知れないが、アインズは人間であった頃から魔法使いだったのだ。元から知らなかったものについて、知る機会がなくなったと言うだけの話。
それでも、アインズの中にわずかに残る人間としての残滓がもう少し多ければ、己の正妃を自称するアルベドの奔放な振る舞いに感じるものがあったかも知れない。しかし、アインズは様々な経験を経て、精神を鍛え、あるいは磨耗させていった。
最後に罪悪感が少しだけ残った。
ダブラにではなく、アルベドにでもなく、この男に対して。
聞けば、アルベドに精気を吸われて死にかけたことが何度もあるとか。いつぞやエ・ランテルの屋敷で起こった流血事件は、アルベドが夜這いを失敗したかららしいとの推測を聞かされたときは、流せる涙があったら流していたかも知れない。
先ほどアインズが覗いていたのは、アルベドが男をベッドに押し倒しポーション使うまでであったが、その時の男は顔面蒼白。全身から血の気が失せ、まさに死を迎えようとしていた。あれは止めに入るべきか否か、本当に悩んだ。
色々と有能な男である。そしてアルベドが重宝している男である。アルベドの抑えとして、得難い男である。
アインズがアルベドからギラついた目で見られることは何度も何度も嫌になるほど何度もあった。
あれは本当に怖いのだ。霜降り肉を目の当たりにした飢えた肉食獣の目。アインズに性欲が残っていれば兎も角として、完全にゲットアウトしてしまった今となっては怖いだけ。
ナザリックがこの地に移転した直後に触ったアルベドの胸は柔らかくて良い感触と思ったが、襲われるリスクを考えればふわふわ枕の方が万倍もいい。
この男が来てからと言うもの、アルベドから危険を感じなくなった。この男が命の危険を冒してまでしてアルベドの欲求を解消してくれているからだ。
最近は帝国に行ってしまったので、アルベドはそのような時間をとれていなかったらしい。
日毎にアルベドの視線に危険を感じるようになった。ここ数日はあまりに剣呑な目つきで、第三者がいないときはアルベドに会えなかったほどである。
帝国にいたところをわざわざナザリックまでやって来た。
これを機に、ナザリックでの正規の身分を与えようと考えた。
そのために最後の試練として、男の忠誠心が本物であるかどうかを確かめたのだ。
尋問していた間の記憶を魔法で忘れさせ、記憶の空隙に自分を不快にさせたからアルベドを交えて裁くことにした、と言うことにして結果が出たところである。
▼
アインズから試されていたのは自分ではなく、この男であった。
言われてみればその通りで、アインズの真意を察せなかった己の愚かさが恨めしい。
この男は見事に合格を勝ち取った。
アルベドは声が震えないよう最大限の注意をもって、口を開いた。
「この者の忠誠はアインズ様もご存知であったと存じましたが……」
「そうだな。以前、ナザリックで行った演説も見事だった。あれを聞かされたらこいつの忠誠を疑う者はいないだろう」
「でしたら……」
直接聞くのは躊躇われた。
ならば何故、疑ってもいないことを試したのか。
「だがな」
ナザリックにて知謀を誇るアルベドの裏をかけて、上機嫌だったアインズの雰囲気が変わった。
「俺は言葉なんて信じない」
握りしめた拳が机に振り下ろされ、ぶつかる寸前で止まった。
「もしも本気の言葉が本当になるなら、俺が一人でここにいることはなかったはずだ!」
ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のギルドメンバーは41人いた。しかし、この地に飛ばされたのはアインズただ一人。
他のメンバーはそれぞれの事情で引退した。丹精込めて作ったアバターを削除した者もいた。
事情があるのはアインズにもわかっている。たかがゲームに過ぎないユグドラシルを続けるどころではなかったのもわかっている。
しかし、皆こう言ったのだ。
『ユグドラシルがサービス終了するまで一緒にやろう』
と。
あの言葉は嘘ではなかった。みんな本気で言っていた。それなのに、残ったのはアインズだけ。
事情があるのはわかっているのだ。それくらいわかる。アインズは子供ではない。子供ではないのだから、それぞれの苦労に思いを馳せ、仕方ないことだとわかっている。
しかし、皆こう言ったのだ。最後まで一緒に、と。
裏切られたとは思っていない。仕方ないとわかっている。
しかし、出来もしないことを言うな、と。思ってしまった。
「………………幾ら本気で言ったことでも行動が伴わなければ無意味だ。その点、こいつは言葉と行動が一致している」
ナザリックがこの地に移転した直後は、NPCたちに襲われるかも知れないと危惧していたアインズだ。今は全くそんなことを思っていない。シモベたちを信じられるようになったのは、シモベたちが忠誠を行動で絶えずに体現してきたからである。
「アインズ様…………」
コキュートスは、アインズが感じている孤独に心で涙した。
アルベドは、去ってなおアインズを苦しめるギルドメンバー達への憎悪を深くした。
「こいつは、合格だ。生き返ったらアルベドの副官にするか補佐役にするか、そのあたりは好きにするといい」
執務室のドアが叩かれた。
「失礼いたします。ペストーニャを連れて参りました」
ペストーニャを連れたセバスが戻ってきた。
「ペストーニャよ。この者を復活させよ」
犬面人身のメイド長は、床に横たわる男を検分した。
死んでいる。外傷はない。魔法を使われた痕跡もない。
「アインズ様のご命令が聞こえなかったの? 早くしなさい」
急かすアルベドを、ペストーニャはじろりと見た。
「死因をお聞かせ願えますか? ……わん」
「何故だ?」
「生前のこの者より、遺言を預かっております。もしも自分がアルベド様から死を賜った時は、どのような事情があっても復活させないで欲しい。自分のせいでアルベド様がお言葉を翻すことはあってはならない。そう言っておりました。……わん」
アルベドは口を噤まざるを得ない。
「死してなお主人の誇りを守るとは」
「マサニ忠義者ノ鑑ヨ」
男二人の戯言が、アルベドには耳障りで仕方なかった。
「私の命令で死を与えたのだ。アルベドに非はない」
「アインズ様……!」
偉大なるアインズ様は、自ら泥を被った。
ああ、偉大なるアインズ様アインズ様、真に至高にして偉大なるアインズ様は。アインズ様賛歌が荘厳なメロディを伴ってアルベドの脳裏に流れた。
何となく事情を察したペストーニャは、男の遺言よりもアインズの命令をとった。
《トゥルー・リザレクション!》
男の体が清浄な光に包まれた。
脆弱な存在だと、低位の復活魔法では復活を果たせず灰になってしまうことがある。復活できたとしても、弱体化を避けられない。それを緩和することが出来る死者復活魔法のハイエンド。真なる蘇生。
それなりに丈夫になってきたこの男なら、間違いなく復活するはずであった。
しかし、魔法の光が消えても男は全く動かない。呼吸も心臓も止まったまま。ただでさえ白い肌からは血の気が失せて紙の白さになりつつある。
「……拒否されました、……わん……」
復活の魔法の難点は、対象が受け入れないと復活できないことである。
アルベドからの最後の命令として命を捧げたこの男が、素直に生き返るわけがなかったのだ。
「……まあ、仕方あるまい」
アインズは椅子から立ち上がって、男の横に立った。
虚空から取り出したのは、神聖な輝きを放つ長い杖。
「それは……」
「特別だぞ?」
呆としたアルベドの呟きに、アインズは冗談めかして答えた。
死者を復活させるマジックアイテムの最上位、の一つ前。
魔法では拒否されることもあるが、このアイテムなら問答無用に復活させることが出来る。蘇生後の弱体化も真なる蘇生より抑えられる。
先日アウラに与えたアイテムは、入手手段がないことからアインズ的に貴重なアイテムであった。
こちらは違う。入手手段は既になく、お遊び用ではない本当に有用な希少アイテム。
貴重なアイテムと、アルベドの抑え役。その上、アルベドをして分野によっては自分より優れていると言わしめる男。どちらが貴重かと言えば、圧倒的に後者が勝った。
締まり屋のアインズであるが、本当に必要と判断するなら出し惜しみはしない。
「復活せよ!」
アインズの声に応え、男の胸に置かれた杖は白い光を放った。
眩しいほどの光が消えると、杖は光に照らされた影のごとく消え去っていた。
横たわる男の頬に赤みが差す。
長い睫毛がピクピクと動き、五感に優れるセバスは、男の心臓が力強く脈打つのを聞き取った。
そして、再び止まってしまった。
自らの意思で己の心臓を止められる男である。主神アルベドから死を命じられた以上、生き返ったとしても再度の死を選んでも不思議はなかった。
「…………………………」
空気が張り詰めた。
「この……何という頑固者だ!」
「全くでございます。アインズ様のご厚情を蔑ろにするとは!」
「コレハ忠義デハナイ。タダノ愚カ者ダ!」
「……お前ら少し黙れ」
「「ハッ!」」
男二人を黙らせて、アインズは考え込んでしまった。
貴重なアイテムではあるが、もう一度試すのはやぶさかではない。そのくらいの価値をこの男は持っている。しかし、同じことを試しても同じ結果になるのは目に見えている。
超希少アイテムである星の指輪や願いの魔法を使えば生き返らせることは出来るだろうが、生き返ったところでまた死なれては目も当てられない。
生き返る前に、死なないよう言い聞かせる必要がある。しかし、アインズは死の支配者であっても、生憎死者と対話する手段を持ち得ていなかった。
(マズいぞ。どうすればいい? このままだと俺は訳の分からない理由でこいつを殺した器の小さい男になってしまう。こんなことをデミウルゴスに知られたら……。いや、きっとわかってくれるとは思うが……。クソッ! 死んだというのになんて頑固な奴だ! 生き返らせたんだから素直に生き返ればいいものを! こいつが生き返らないとアルベドが……。ヤバい。喰われる)
性的な事柄への興味が完全に消えてしまったアインズだ。
喰われるとは比喩ではなく、骨をガリガリと齧られ穴だらけになった自分の体を幻視して、感情抑制を発動させた。
一周まわって冷静になっても手段が見つからない。
ペストーニャが意を決して口を開く。
「恐れながら申し上げます。呼びかけてはいかがでしょうか? ……わん」
「……どうやって呼びかけるのだ?」
「このまま呼びかければよろしいかと。死にたての者に一番効くのは、近しい者の言葉であると読んだことがありますわん」
死は生と対立していると捉えているアインズに対し、死は生に内包されていると理解しているペストーニャである。
死の支配者よりも癒し手の方が死に対して深い理解があるのは皮肉であった。
「……このまま呼びかけてみればいいのね?」
世界でこの男に最も近しいのは、揺れる瞳で事態を見守っていたアルベドに他ならない。
アインズは尖り気味の顎をしゃくって無言で促した。
アルベドは横たわる男に恐る恐る近付き、健やかな寝顔にしか見えない綺麗な死に顔を見下ろす。
「……起きなさい。命令よ。私が命令してるのよ? 生き返りなさい!」
アインズの前である。アルベドは、声に感情が乗らないよう努めた。それなのにどこか悲痛な響きがあり、情に厚いセバスは歯を食いしばった。
「起きないじゃない!」
復活の魔法でも、貴重なアイテムでも生き返らなかったのだ。
アルベドが声を掛けただけで生き返るわけがないと思われた。
ペストーニャは提案しただけであって、アルベドが責めるのは筋が違う。違うとわかっているのに、声は荒くなってしまった。
「………………命令だからいけないのではないでしょうか?」
セバスに視線が集まった。
「先ほどのアルベド様は、最後の命令と仰いました。命令以外の形で伝える必要があるのではと愚考します」
やはりアルベドの命令で死んだのだと、ペストーニャがアルベドを見る視線に責める色が乗った。
「命令以外の形となると……頼むのか?」
「願ウノカモ知レマセヌ」
「お願いするのが一番ではないでしょうか? ……わん」
「お……おねがい?」
今度はアルベドに視線が集まる。
アルベドの瞳は揺れに揺れ、白皙が瞬く間に真っ赤に染まった。
「私が、人間の男に、お願い?」
ナザリック守護者統括である己が人間の男にお願いをしなければならない。それも、アインズ様の御前で。
ナザリック守護者統括としてあり得ない不様である。二人きりならまだしも、アインズ様にセバスとコキュートスとペストーニャが。
羞恥と怒りが際限なく湧いてくる。
「私は命令せんぞ。そういうことは命令されてするものではないからな」
「忠義ニハ報イルベキダ」
「……ペストーニャ、本当にそれで生き返るんでしょうね?」
「そんなことより早くいたしませんといけませんですわん! アルベド様が心を込めて訴えればきっと届くはずです。……わん」
この男はメイド達の玩具になってくれたことがある。評判はかなり良かった。
メイド長として、メイド達を慰撫出来たのはとても喜ばしい。次を頼み易いように貸しを押しつけるため、魔法のブレスレットや高級ポーションをプレゼントしたのだ。
ところが、アルベドが死なせてしまった。
死んでしまったことへはアルベドなりに思うところがあるようだが、それなりの罰があって然るべき。
それに、話したことに嘘はない。死にたての者が近親者からの呼びかけに応えて戻ってきたとは、実際にあったことなのだ。非常に稀な例ではあるが。
「ここにお座り下さい。手も握って。もっとしっかり握って下さい。そこは両手で握るべきです、わん!」
困惑しきっているアルベドを床に座らせ、男の手を握らせる。
「心を込めて呼びかければきっと応えるに違いありません。……わん!」
「…………生き返らなかったら」
「そんな事を考えてはいけません。この者も申していたではありませんか。後のことは考えず、一心に呼びかけるのです! ……わん!」
一同は無言でアルベドを見守っている。
アルベドは落ち着かない様子で一同を見回し、誰も何も言ってくれないと悟ると、ペストーニャの強い視線に負けて男の顔へ目を落とした。
ここまでやらせて男が生き返らなかったら、ペストーニャはアルベドからひどく責められることになる。
それは織り込み済みだった。
おそらく生き返ることはないだろうが、その時は死体が損傷しないように保存し、定期的に復活の魔法を掛ければよい。何度も何度も掛け続ければ、いつか拒否の意思が薄れることだろう。
「………………」
アルベドは目を瞑り、全てを視界から追い払った。
再び開いた目には、眠る男しか映らない。
見下ろすアルベドからは黒髪がさらさらと流れ、男とアルベドだけを閉じこめる檻となる。
すぐ側にいても、アルベドがどんな顔をしているのかわからない。
きゅっと手を握った。
掠れた声は、檻の外まで届かない。あえて、誰も聞こうとしなかった。
「起きて。お願いだから。私をおいて逝かないで……!」
エ・ランテルのお食事部屋にて、ソファの上で繋がったまま訴えた言葉。
あの時の言葉は、情交を盛り上げるだけの単なる睦言。
しかし、守護者統括としての身分から解放され、ただの女となったアルベドが、心の底から紡ぎ上げた言葉。
「っ!?」
弱々しい力で握り返された、ような気がする。
「あ……ああ…………」
瞼がゆっくりと持ち上がり、赤と青の瞳が姿を現した。
霞んだ瞳にはすぐさま光が宿り、確かな意思をもってアルベドを見返した。
「あるべどさま…………グボァッ!??!」
男に意識が戻るや否や、アルベドは握っていた手を振り払い、男のボディへ拳でもって打ち下ろしを叩き込んだのだ。
防御主体であろうと100レベルの守護者統括。拳は男の体をあっさりと貫通して床を叩いた。
「ペストーニャ、回復してちょうだい」
「かしこまりました」
アルベドは、何事もなかったかのように立ち上がった。
意味もなく男を攻撃したわけではない。
魔法であれアイテムであれそれ以外であれ、復活直後は朦朧としているものである。
ならば大きな怪我を負わせてから回復させれば意識もはっきりするだろうと思われた。
けっして照れ隠しのためだけに殴ったわけではないのである。
過日、アルベドに付与されたツンデレ属性に、暴力属性が加わってしまった。
最初から持っていたとは言ってはいけない。
なお、女達を見守っていた男達はどん引きした。
ユグドラシルシステム的にマスクデータが条件を満たしてエクストラクラスへ、とかやれば盛り上がるとは思いましたがそーゆーの求めてないので止めときました
次回、ひとまず最終話