ペストーニャの魔法で体の真ん中に空いた大穴は無事塞がった。残念ながら、シャツとジャケットの穴はそのままだ。
ペストーニャの手を借りてよろよろと、けどもしっかりと自分の足で立ち上がった。
男の前にはアルベドが立つ。
手を握り返された瞬間は感極まって目を潤ませるほどだったが、今は般若の形相。険しい顔で睨みつけた。ペストーニャはそっと男から距離をとった。
「どうして死んだりしたのかしら?」
「アルベド様が死をお命じになったから――」
斬! ゲヴァア!!
漆黒のバルディッシュが横薙ぎに振り切られた。
舞う血飛沫。充満する血臭。
体の真ん中から真っ二つになり、下半身はその場に倒れ、上半身は宙を舞って、床に落ちる前にペストーニャの回復魔法で完全回復された。
アインズは何も言わなかった。むしろ言えなかった。無言でスクロールを取り出し、無臭と清潔の魔法を発動して執務室を清めた。これらは第一位階の魔法なので、スクロールの量産体制が整っているのである。
「言ってないわ」
「!?」
男は、嘘ですよね言いましたよね聞きましたよね何か言って下さいよアインズ様!、の目でアインズを見た。
「!?」
アインズは目を逸らした。
コキュートスとセバスは、最初からこちらを見ていない。直立不動の彫像めいて、何もない壁を凝視している。
援軍は望めない。
生き返ったばかりだと言うのに、その直後に二度も瀕死の重傷を負ったばかりだと言うのに、たった一人でアルベドに立ち向かわなければならない。
己の主である。美を司る美神である。ナザリックの守護者統括である。今し方味わった力は絶大で、男が千人いようと勝負は見えている。
しかし、真実は一つ。
男は強い目でアルベドを見返した。
「言いました!」
「っ!」
バルディッシュが振り上げられ、
「アルベド様、縦はいけません。縦は、……わん」
「そうね……」
ペストーニャに止められ、バルディッシュを下ろした。
代わりに男の横面を張る。
パアン、ピシャバチャ……。
下顎粉砕。歯や骨片が飛び散り、またもペストーニャが瞬時に回復。
アインズもそっとスクロールを取り出して魔法を発動させた。いい加減にしてくれればいいのに、男はめげなかった。
「……私を嬲ってお気が済むのでしたら幾らでも。ですが、あったことをなかったとは言えません!」
「っ…………このっ!」
「アルベド様、どうもこの者はよくわかっていないようです。私にお任せください。いいですか? アルベド様はこう仰っているのです。言葉の表層に囚われず、真意を察せよ、と。……わん!」
「そう、そうよ! 私が言いたかったのは、本当に私に命を捧げられるかどうかと言うことよ。それなのに勝手に死んで。アインズ様はお前の為に貴重なアイテムを使ってくださったのよ!」
「な、なんと言うことを……。申し訳ございません。私が浅慮でありました」
男が跪いてアルベドとアインズへ深く頭を垂れ、一段落ついたらしい。
アルベドも、アインズへ一礼した。
「お見苦しいところをお見せしてしまいました。この者への仕置きが終わりましてございます」
「そ……、そうか」
仕置きと言うより痴話喧嘩じゃねーのと思わなくもなかったが、口には出さないアインズだった。
未だ残っている男の本能が、女への根源的な恐怖を感じて何も言えなかったのだ。
とりあえず、女は怖いと再確認した。
「ま、まあ……、こいつの忠誠はよくわかった」
多少声が震えたような気がしないでもなかったが、今のアルベドには対面するだけで偉業に値するだろう。
現に、コキュートスとセバスは、アルベドを一瞥もせず壁を見つめている。
「真っ二つになったりしたが大丈夫なのか?」
「罪多き我が身へのお気遣いを感謝いたします。折角仕立てていただいたスーツが破けてしまいました」
「いやそれよりお前の体なんだが……大丈夫そうだな」
死んだり瀕死になったりしたばかりなのに、幾ら回復魔法で体は万全になったとしても、もう少しこう動揺していたり困惑していたりあるんじゃないかと思ったのだが、男の態度は全く変わっていなかった。肉体は兎も角として、精神がタフすぎる。
「スーツなら後でまた作ればいい」
「アインズ様にご不快を感じさせてしまった私に何という温情を……」
「そのことだがな」
先の一幕は、不快にさせた罪を裁く為というのは嘘で、正式にナザリックで取り上げるのに相応しいか否かを測るための試験だったとアインズ直々に伝えた。
「お前は合格だ。どのような立場にするかはアルベドと相談せよ。これからも期待しているぞ」
「光栄でございます。今までと変わらぬ尊敬と忠誠をアインズ様に捧げることを誓います」
上げた頭を再度下げ、口上を述べた。
「そこはこれまで以上の忠誠を捧げるべきではありませんか?」
男の言葉に、セバスが反射的に突っ込んでいた。
アルベドの無体に何も言わなかったのは、アインズ様が何も言わなかった以上お許しになっていたと判断したからである。しかし、こちらは違う。アインズ様へ忠誠を捧げる身として看過できない。
「アインズ様へは既に最大限の忠誠を捧げております。これ以上というのは北極の更に北を目指せと言うようなもの。言葉としては如何様にも言えますが、アインズ様は行動を伴わなければ意味がないと仰ったばかりです。偽りを申せと仰いますか? それともセバス様は……、アインズ様のお言葉をいただくまで最大限の忠誠を尽くさないのでありましょうか?」
「そ、それは……っ!」
迂闊に突っ込んでしまったセバスは大火傷必至である。
コキュートスが、言わないで良かったと胸をなで下ろしたかどうかは定かでない。
「駄目よ。今まで以上の忠誠を尽くしなさい」
「はっ、アインズ様に今まで以上の忠誠を尽くすことを誓います」
「手のひらクルックルだな! ……はっ!? …………うおっほん!」
今度はアインズが反射的に突っ込んでいた。
アルベドの言葉で、発言が180度転回したのだから無理もない。
「……セバスに言ったことと全く違うではないか。確かに言葉には行動を伴うべきだが、容易く翻す言葉は軽く見えるぞ」
「私は最大限の忠誠を尽くしているつもりでありましたが、アルベド様はそれ以上があると見通されたのです。我が身の愚かさを恥じるばかりでございます」
「………………そうか」
セバスとしては、アルベドより頭脳が劣ると言われたようなものだが、その通りなので何も言えなかった。
その時、男ははたと気付いた。
アインズ様へ忠誠を捧げるのだ。
相応しい言葉があると学んでいたのに、どうしてすぐに思い出せなかったのか。
己の愚かさを嘆きたくなったが、それよりも先ずすべきことを為さなければならない。
跪いていた姿勢から、背筋を伸ばして立ち上がった。
踵を揃え、爪先をきっかり60度に開く。
左手は真っ直ぐ体に添えて、右手を指先までピンと伸ばし勢いよく振り上げた。
「
アインズの時間が静止した。
アインズの精神が、もっと脆弱であれば動揺のあまり感情抑制を発動して冷静になっていたことだろう。
しかし、いまやかつてのアインズとは違う。様々な経験を経て、強靱な精神を手に入れてしまった。
動揺しながらも、この男がどうしてそれを知っているのか考えた。
パンドラズ・アクターしかいない。
パンドラがこの男に教え込んだのだ。
パンドラはアインズが創造したNPCである。アインズの趣味をこれでもかと突っ込んでいる。
しかし、それは以前の話。ちょっとイキってたりして、重度の中二病に罹患していた時代である。完治した今となっては、全くもって良いとは思えない。むしろダサい。これはない。人様にお見せするのが恥ずかしい。歩く黒歴史である。
ゆえに、優秀なシモベであるパンドラは裏方に回らせているのだ。
それがまさかこんなところで発動しようとは。
エ・ランテルにいるパンドラへメッセージの魔法を送り、お前あれ教えたのかどうなんだ、と問いただした。
それは、悪手であった。
パンドラを問いただすのは、よい。この男に自由な時間を与えるのが致命的だったのだ。
たった今、それは黒ではないかとのセバスの指摘を真っ向から跳ね退け敗北感を刻み込み、それは黒であるとのアルベドの指摘には論理を補強しつつ迎合した。
見方を変えると、白にするも黒にするも自由自在と言うことである。
▼
「私、余り好きじゃないのよね、それ。アインズ様が俯いてしまわれたじゃない」
アインズは顔を俯け、何やらぶつぶつと呟いている。
アルベドの指摘は尤もに思えるが、男は凄い剣幕で言い返した。
「何を仰いますか!」
超カッコイいドイツ語でアインズ様を讃える言葉である。
とは言え、自分が良いと思うだけならば愛しき主人に物申したりはしない。自分の嗜好よりもアルベドの嗜好を優先するのは当然だ。
ところが、である。
これはパンドラズ・アクターから教わった言葉なのだ。
「今の言葉は、私がパンドラズ・アクター様から教わったものです。アインズ様を讃える時はこのように申しなさいと教わったのです」
「……それが何よ?」
二人の言い合いを、コキュートスとセバスは瞠目して観戦していた。
己の主人へ真っ向から反論することなぞ、ナザリックのシモベ達に出来ようはずがない。例えるならば、二人にとってはアインズ様へ物申すようなものなのだ。
彼の男がアルベドへ抱く忠誠は、己達がアインズ様へ抱く忠誠に勝るとも劣らぬものであると証明したばかり。
さらには理不尽なツンデレ暴力によって瀕死になったりもした。
だと言うのに、アルベドを恐れずに物申す。
これを勇者と呼ばずして何を勇者と呼べばいいのか。
「パンドラズ・アクター様はアインズ様自ら創造なさったシモベです」
「…………それが何よ?」
言うなれば、アインズとパンドラの関係は親と子である。
ナザリックのシモベ達の中で、一等強い絆でアインズと結ばれている。パンドラへ嫉妬しないシモベはいない。
「たっち・みー様」
「私の創造主であられるお方です」
「はい、そのように聞き及んでおります。ナザリックの方々の中で、アインズ様を除けばたっち・みー様について一番お詳しいのはセバス・チャン様に他なりません。違いますか?」
「いいえ、違いません。その通りです」
この男が何を言いたいのかわからない。
しかし、己の存在を賭けて、至高の御方々のお一人であるたっち・みー様を最もよく知るのは自分を措いて他にはいない。セバスはそう断言する。言葉だけでなく、心の底からその通りであると確信している。
「武人建御雷様について一番お詳しいのはコキュートスに違いありません。如何でしょうか?」
「ソノ通リダ!」
コキュートスも力強く断言する。
その先に何が待っていようと、けして否定できない問いかけである。
「おわかりいただけましたか? パンドラズ・アクター様はアインズ様が創造なさいました。ゆえに、アインズ様のご嗜好について最もお詳しいのはパンドラズ・アクター様に他なりません!」
「!?」
「申し訳ございません。残酷なことを申しあげます。たとえアルベド様が先の言葉をお好みでなかろうと、アインズ様は違うのです。アインズ様はアルベド様ではないのですよ!」
「!?!?!」
落雷に撃たれたかのごとく、アルベドはよろめいた。
「アインズ様へ忠誠を示すのならば、先の言葉以上に相応しいものはございますまい」
「…………………………その通りね」
アルベドは、負けてしまった。
男はおもむろにドアを開けた。
「ふえっ!? 盗み聞きしてたわけじゃないでありんすよ!? アルベドがどんな用件で呼び出されたのか気になりんしたからここで待ってればすぐに教えてもらえると、ってどうしてお前がここにいる?」
「シャルティア様、どうぞ中へお入り下さい。いえその前に、よろしければアウラ様とマーレ様をお連れいただけないでしょうか?」
「……何でありんすか?」
「アインズ様へ忠誠を示すのですよ」
「わかりんした。ちょっと待ちなんし」
ゲートの魔法で行って帰って。
マーレをパジャマから常の装備に着替えさせ、出張中のデミウルゴスとパンドラズ・アクターを除く守護者一同がアインズの執務室に集まった。
後から来た三人へも、アルベドへしたと同じ説明を繰り返す。
「発音はこうで、イントネーションは……」
▼
(わかったか? 教えるのは構わんが無闇に口にしないよう言っておけ。わかったな? ……………………ん?)
パンドラを叱りつけ、メッセージの魔法を終えたアインズが顔を上げると、何故か一同が目の前に整列していた。
アルベドを中心に、コキュートス、セバス、ペストーニャ。一歩下がってアルベドの暫定副官。
さっきはいなかったはずのシャルティアにアウラとマーレも。
アインズが怪訝に首を傾げ、どうしてここにいるのか問おうとした矢先である。
背筋を伸ばしたアルベドが、真っ直ぐに右手を振り上げた。
一拍遅れて、他の者達も同じように振り上げた。
「
アインズの時間が静止した。
「「「「「「「ウェン エス マイネス ゴッテス ウィル!!」」」」」」」
アインズの精神は恥ずか死んだ。
くうつか(ry
これにてひとまず完結です
本作は原作の本筋に関わらない日常系?なのでどこに挿入してもいい最終エピソードでした
一応完結と言うことにしましたが、未消化のイベントを並べてみると
1.セバスにSEKKYOU
2.デミウルゴスのお土産
3.エントマと邂逅
4.帝国でレイナース出ないとかありえない
5.結婚騒動
6.アルベドの子供
7.蒼薔薇
8.感想でも度々触れられたラナー
なんでこんなにいっぱいあるんだろう……
完結させましたが、多分そのうち書くとは思うんですが、どうなるのか全くわかりません
特に5はいっそうカオスになると思います、どう収拾するのかさっぱりわかりません、どうなると思いますか?
とりあえずご愛読ありがとうございました