今、自分は鬼殺隊という役目を離れる事はできない、だが、全ての鬼を退治して平和になったら、貴方を娶りに来る、そうしたら夫婦になろう。。
口から出た言葉は本心だ、それなのに心が揺れるのは不安だからだ。
「本当に」
わずかに震えている声に悲鳴嶼行冥は頷いた、多分、女は笑おうとしているだが、泣きそうな顔をしているのかもしれないと思った。
眼が見えない自分、だか、わかるのだ。
自分は、あなたより年上で子が産めない石女と言われて出戻りになった、そんな女を嫁に貰ったところで幸せになれるとは思えない。
だが、その言葉に男は首を振った関係ないと、それに自分も目が見えない盲目だ、普通なら嫁に来てくれる女などいない。
こうすれば貴方を見ることができる、男は手を、女の頬にのばし、そっと触れた。
「行冥さん」
名前を呼ばれ、待っていていいんですかと聞かれ、頷きながら男は抱きしめたいと思った。
普通の男女なら躊躇うことなく、そうするだろう、だができない、女も自分も互いに触れることを、子供の様に怖がっている。
「待ってます」
女の言葉に頷くと村を後にした。
「悲鳴嶼さん、あんた、それでいいのか」
その日、不死川実弥と話をしていたときのことだ、柱であっても、仲間同士でも自分の事はあまり詳しく話さない悲鳴嶼だったが、実弥にだけは自分と女のことを話した、いや、聞いて貰いたかったのかもしれない。
「口約束だけで何年も待たせる気か、もっと確かな証を女に見せた方が良くねえか」
一瞬、脳裏に浮かんだのは抱きしめようとしてできなかった、不甲斐ない自分の姿だ。
「幸せってもんは、いつ、どこで、壊れるか分からねえ」
その言葉に行冥は無言になった。
「あんたも、その女もお互い、ガキじゃねえんだ、んっ」
その時、一人の少年が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「鬼です、以前、退治した村に、また、鬼が」
その言葉に悲鳴嶼は唖然とした、鬼を退治した村と聞いて不安がよぎった。
鬼になったばかりの男は自分が鬼になった事さえわからなかった、日が暮れかけた森の中を一人でふらふらと歩いていたところ、一人の女に声をかけられた。
自分の姿は、余程ひどい有様だったのだろう、女は自分の家に招いてくれた。
数日前、この村は鬼に襲われた、そして今では数人の人間しか村にいないということを。
女は一人らしい、家族はと尋ねると自分は一度、村を出たが嫁ぎ先から子ができないので追い出されたという、馬鹿な話だと男は思った。
跡取りの長男ではないだけで嫁の来てがない男だって世の中にはいるのだ、それに子供ができても貧乏なら口減らしのために奉公や人買いに売られる子供だっている。
翌朝、男は外に出ようとしたが太陽の光がひどく眩しいことに驚いた、外に出ようとして、足が震えた、どうしたんだ、今までこんなことはなかったのに。
頭がくらくらとして目の前が、真っ暗になった、そして気がつくと自分は家の中にいた。
不安そうな顔で自分を覗きこむ女が玄関先で倒れていたと話す。
「疲れているんですよ、しばらく休んで下さい」
女の言葉に甘えることにした。
どれくらい眠っていたのだろう、男は子供の泣き声で目を覚ました。
だが、次に聞こえてきた悲鳴と女の叫び声に体を起こした、倒れて寝込んでいたのが嘘のように体が軽い。
なんだ、あれは人間ではない、バケモノ、頭に角の様なモノが生えている、鬼のようだ、そう鬼ではないか、しかも、子供を食べている、悲鳴が聞こえた。
「逃げて、早く」
女の声だ、視線を向けると周りにはバケモノ、鬼がいた、血走った目で口のまわりをは濡れている、助けなければ、だが、自分に武器はない、だが。
鬼、オニ、オマエは。
声が聞こえた、いや、空耳か、男は周りを見たが、バケモノは子供を年寄りに夢中だ、そして女は地面に座りこんだまま。
「オマエ、鬼デハナイカ」
はっきりと、その声は、まるで、自分の体の中から聞こえた気がした、体が熱くなり男は女に向かって駆けより両手を伸ばした。
「なんだ」
「キサマ、鬼、なのか」
「何故、どうして、殺そうとする、鬼を」
鬼達は叫んだ。
数日前に、この村は鬼達に襲われた、若い女、子供と食べられる人間はあらかた喰らい尽くしたのだが、鬼の食欲に限界というものはない。
鬼狩りの人間に仲間を殺されて鬼達は焦っていた、だが、鬼も馬鹿ではない、長い年月を生きてくると知恵もつく。
一度、襲った村なら残った人間は村を捨てて出て行く者もいる、それに残った者は抵抗できない力のない者が多い、いや、それだけではない。
鬼狩りの人間も油断する、まさか、同じ場所を、また、襲う事はしないだろうと。
それに、妙な気配を感じたのだ。
だから、他の鬼達が集まってきたのだ。
あの気配の元を探そう、ところが、突然、一人の鬼が自分たちに殺気を向けてきた。
男は鬼達を殺し始めた、爪で牙で、切り裂くだけではない、掴んだ鬼の腕や体を、力任せに引き裂いた、そして知った。
ああ、自分は鬼になったのだと、太陽の光を眩しく感じて、日の当たる場所に出たくないと思ったのは、人ではなくなったからだ。
「大丈夫、ですか」
周りにいた鬼達を全て殺した自分に女が近寄ってきた、驚きと恐怖に怯えながらも近寄ろうとする女に男は首を振った。
(近寄るな、駄目だ)
ああ、自分は人でなくなった、泣きたい、死んでしまいたい。
悲鳴嶼行冥は女の無事な姿を見るとほっとした、だが、自分の前に立って男を庇っている、訳がわからず混乱した。
「この人は助けてくれた、悪い人じゃないんです」
肌の色、顔、どこから見ても人ではないのは明らかだ。
しかし、それだけではない、鬼になった男の顔を見て悲鳴嶼行冥は驚いた、見覚えがあったからだ、ずっと昔、自分と同じ村にいなかったか。
「悲鳴嶼さん、女も鬼じゃないのか」
不死川実弥の言葉に、まさかと思う、だが、もしそうなら。
「違う、女の人は人間だ、人だ」
そのとき駆けつけた竈門炭治郎が叫んだ。
鬼ではないのだ、よかったと思うだが、女は鬼になった男の前に立っている。
行冥は手を伸ばした、自分のところへ来てくれといわんばかりに。
「鬼を殺すのでしょう、あなたは、この人を」
駄目だと女は頭を振る。
そのとき鬼が口を開いた。
「俺は鬼、鬼に、なってしまったらしい」
駄目だと女は首を振った。
今、ここで貴方が切られたら、それを許したら自分は人ではなくなる。
「そうしたら、私の方が人でなくなってしまう」
人でなし。
人デはナシ。
人では、なくなってしまう。
いいやと鬼は首を振った。
今更の様に男は思い出す、自分が外に出ようとして倒れたときのことを、村は一度鬼に襲われている、鬼がどんな生き物か知っているのだ、だとしたら。
確証はない、だが、自分が鬼になった事を。
「人間は殺さない、だから、俺を追うな」
「悲鳴嶼さんっ」
惑わされるなと言わんばかりに叫ぶ不死川実弥の声に悲鳴嶼は我に返った、鬼は幻術を使う、という事を思い出す、惑わされているのかもしれない。
悲鳴嶼さん、女が手を自分に向かって、その瞬間、鬼が女の体を抱き上げた。
まずい、攻撃できない、踏み切ることができない悲鳴嶼は女の顔を見た。
十日あまりが過ぎた、鬼が女を連れて逃げたという事実は鬼殺隊の隊員だけではない、柱である者達、そして産屋敷耀哉に疑問を抱かせた。
柱である不死川実弥、悲鳴嶼行冥の二人だけでなく、竈門炭治郎、三人の攻撃を振り切って逃げたというのが納得できなかったのだ、もしかして、その鬼は上弦の鬼かと思ったが、そうではないらしい。
油断していたとしていも、あり得るのか、疑問だ。
かける言葉がない、腹が立つ不死川実弥は苛ついていた、怒りのやり場がない、あの後、自分と悲鳴嶼行冥は後を追った、ところが、気配が消えたのだ、ぷつりと。
こんな時、自分は、鬼殺隊の一人として、どんな言葉をかければいいのかわからない。
表面上、悲鳴嶼行冥の様子は、いつもと変わらない。
だが、それが見せかけだと自分は分かっている、付き合いが長いからだ。
その夜のこと、夕餉を済ませた悲鳴嶼は竈門炭治郎に呼ばれた、急いで下さいと言われて呼ばれたのは台所だ、そこには竈門禰豆子がいた。
「禰豆子、さっき外でやったこと、もう一度できないか」
そう言って水桶を指さすと少女は頷き、手をかざした。
すると、鏡のように水の面に何かが見えた、次第にはっきりと鮮明に。
女の姿に悲鳴嶼は驚きと同時に安堵した、生きていたのだ。
だが、それは一瞬だ、そばには鬼の姿が見えたからだ。
何か話している、声を、そう思ったとき。
「戻りましょう」
女の声が聞こえた。
「人間に戻れるように、きっと方法が見つかるから」
「鬼狩りは鬼を殺すことしかしない」
「悲鳴嶼さんは、そんな人じゃない」
すると、鬼が繰り返した、悲鳴嶼だと、行冥というのか、あの男か。
「知ってるの。あの人は」
「なんて巡り合わせだ、あいつは鬼を殺す、そして、この俺は殺されるという、なんて」
「大丈夫、あの人は、行冥さんは」
「さん、行冥さん、だと」
男の手がゆっくりと伸びた、女の首筋にだ。
悲鳴嶼は叫ばずにはいられなかった。